対処・解消法

好きな人ができない理由と真意がある│恋ではなく愛に興味がある

人と関わる際、好きな人であればあるほど関わり合いに喜びが生まれます。

人への認識や、人と関わる人間性によって、好きな人ができることもあれば好きな人ができないこともあります。

人を好きになる際には好きになる理由があります。しかし、好きになる理由がなければ好きな人ができることはありません。

人を好きになる意味を考えると、それは軽薄であり真剣であり、人と人との関わりに張りぼてと本気度を作り調整します。

ここでは、好きな人ができない場合の理由と意味をお伝えします。

心理とスピリチュアルの理解があることでわかりやすくなりますので、両方の認識を含めて、好きな人ができないことの理由と、人を好きになる意味をご覧ください。

恋と愛の違いから、恋愛をして人を好きになる際の目的や人間性が判明しますので、見ていきましょう。

好きな人ができない理由

どうして、好きな人ができないのか?

その疑問には明確な答えとなる人間性と心理があります。

人を好きになるとは?

“好きな人”ができる場合には誰か人を好きになる必要があります。

思ったり感じたりと、脳や心が惹かれる”何か”があることで”好き”と抱き、その対象が人であれば”好きな人”になります。

好き嫌いと認識するのは自分ですので、自分を主観にします。
ある人と一緒にいることや、その人のことを思ったり感じたりすることに自分の喜びがある場合、惹かれる理由となり人を好きになります。

そのため、脳や心が惹かれる”何か”とは、“自分の喜び”のことです。

自分の喜びがもたらされるきっかけや理由がある人を好きになる
※完全に自分のみを主観にして好き嫌いが決まる

自分に喜びを与えてくれる人や、喜びを抱かせる人を好きになります。

あくまで好き嫌いの話ですので、好きな人を見ているだけでも喜び、関わらずとも話さずとも自分に喜びがあれば一方的に好きな人ができます。

極端に言えば、自分に喜びがあれば誰だろうと好きになり、自分の喜びを求めていれば誰だろうと好きな人ができます。

しかし、ここで一つ疑問になるのが、「わざわざ人を好きになる必要があるのか?」ということです。

自分の喜びのみを求めるのであれば、人でなくても犬や人形でも同じです。

もし好きな人ができないけど、好きな犬などの別のものができる場合、”人”を好きになることに対する思いや抵抗、線引きやルールがあります。

そこに恋愛の恋と愛の違いがあり、人との関わりに対する思いが表す人間性があります。

 

好きと愛するの違い

自分が喜ぶかどうかが好きになるかどうかです。そのため、自分の喜びを求めていれば気楽に”好きな人”を作って恋愛をしたり、恋愛せずとも見ているだけで十分に満足した時間を過ごします。

その際に、自分の喜びだけか、相手の喜びも含めるかにて好きと愛するの違いが生まれます。

  • 好き  → 自分が好きになるかどうかの一方通行で決まる
  • 愛する → 自分が愛して相手も愛するお互いの共通認識にて生まれる

好きと愛するの違いは、自分で決めるのかお互いに生み出すのかです。

愛することには相手の存在が必ず必要になり、好きという自分の世界だけの認識では成り立ちません。

そこには恋愛の恋と愛の違いがあります。

 

恋と愛の違い

恋と愛は一人でできるのか二人必要なのかと同時に、二人で愛を育まないか育むかの違いがあります。

  • 好きな人ができることで恋をして、自分の喜びのために関わる
  • 愛する人ができることで愛して、自分と相手の喜びのために関わる

愛は自分の喜びと同時に相手の喜びを含めて関わります。そのため、自分のためでありながら相手のための行為を持つので、お互いの共通認識にて物事を生み出すことになります。

恋は好き嫌いなので、自分の喜びがあるかどうかにて自分で決めますが、その喜びが心から感じるものかどうかにて、恋でもない“形として好きになる”状態が作られます。

  • 愛とは…愛して愛される相互関係にて育み生み出す両者の敬い合い
  • 恋とは…自分が好きになることで自分の喜びを見出す
  • 形として好きになる…恐怖を味わわない利益を得るための他者利用となる依存と執着
    ※恐怖を味わわない利益とは、周囲の目や反応を気にかけて人を好きになったり、付き合ったり、結婚したりと、自分の体裁や見栄を守り、否定されずに自分の存在価値と意義を守れること(生きている意味を見出す利益)

それぞれに”喜び”の意味が異なり、好きな人ができるかできないかには”自分の喜びが何か?”に対する認識が重要なポイントになります。

 

好きになる男女の違い

“喜び”の本来の意味は、「嬉しくて満足すること」ですので、喜ばしいことの表現になります。

しかし、喜びとは”自分にとって”のものなので人それぞれにあり、恐怖を味わわないことが嬉しい人や、人が喜ぶことが嬉しい人もいて千差万別です。

“自分にとっての喜び”には男女によって心理と脳の仕組みからの違いがあり、男女によって好きな人ができるできないの違いがあります。

 

女性の喜びは自分が喜ぶこと

女性は脳の仕組みから感覚脳であり、脳の思考以上に心を主体にする傾向があります。

そのため、思考以上に感覚と感性優位の生き方をして、心地良い心地悪いという気持ちにてシンプルに物事の良し悪しを判断します。

感覚的に自分の喜びを見出し、感覚的に好き嫌いが決まるので、過去や人に執着して依存することが少ないです。

買い物をして自分が嬉しく満足するなどのように、喜びの意味そのままに喜びを求めるため、好きな人ができる際も自分が嬉しい気持ちになるかならないかではっきりと好き嫌いが決まります。

 

男性の喜びは自分が認められること

女性とは打って変わって、男性は自分の喜び以上に”認められること”を嬉しく思います。

承認や肯定を求める特徴があり、脳の仕組みから計算式や過程を用いる理論脳であるために、脳の思考優位です。

認められ、褒められ、愛され、必要とされ、という具合に周囲や女性から存在価値や意義を認めてもらうことに大きな喜びを感じるので、認めてくれる人を好きになる傾向があります。

その典型例が母親でして、母親のような人を好きになる人や、自分を大切にしてくれる人を好きになります(愛のない親であれば全くこんなことはありません)。

男女の喜びの違いによって好きになる人に傾向がある
  • 女性は自分にとっての喜びを与えてくれる人を好きになる
    例:楽しいことが喜びであれば、楽しませてくれる人を好きになる
  • 男性は自分を認めてくれる人を好きになる
    例:褒めて、評価して、価値を認めてくれる人

※好きになることと愛することの違いは、自分を好きになる方法│そんなものはないという自分を愛する気付き をご覧ください。

自分を好きになる方法│そんなものはないという自分を愛する気付き「この人が大好き。それは私自身のこと」 このようになれば、おそらく幸せだと思います。自分を好きになり愛すれば、全ての中心を自分にし...

 

好きな人ができる人とは

これまでの内容から、好きな人ができる人の特徴がわかります。

自分にとっての喜びを理解して、自分に喜びを与えてくれる人を好きになるので、全ての主観を”自分”にしていることです。

人を好きになるのは、人と関わる時間が自分にとっての喜びであり、その時間を味わわせてくれる人を好きになります。とてもシンプルです。

言い方を変えると、好きな人ができる人は自分が大好きで、自分を何よりも大切にしています。

 

好きな人ができると男女によって相手への反応に違いがある

“喜び”に男女それぞれの認識の傾向があることから、好きな人ができた際に、その好きな人に対する反応も男女によって違いがあります。

女性は感性を主体にするために、好きな人ができることで自分の喜びが見出され、好きであればあるほどに喜びが増大していきます。

すると、喜びをもらっている認識になり、相手に感謝を抱きます。それは相手へお返しをしたいと想う愛へと進展していきます。

男性の場合は認めてもらうことで好きな人を好きだと思う認識が増えていきます。

すると、自分を認めてくれる人に対する価値を見出し、その人を重宝するように大切にします。それは敬いとなり愛へと進展していきます。

  • 女性は好きな人に感謝して、相手を喜ばせたくなる
  • 男性は好きな人を大切にして、相手を守りたくなる

好きから愛への進展もありますが、感謝も敬いもなく、自分の喜びのために他者を利用する場合には、依存と執着のエゴに進展します。

 

好きな人ができない理由

誰かを好きになることは自分の喜びのためです。始まりは全て自分の喜びを求める行為からで、その後に愛へ行ったり、エゴへ行ったりと人それぞれです。

しかし、自分の喜びを求めずに人を好きになる場合、形として好きになります。

自分が否定されない状態を作るために彼氏彼女を作り、自分を必要とする人を作るため、周囲の体裁のために好きな人を作るなどと、恐怖を味わわない利益として他者を利用します。

すると、好きな人ができてもコロコロと変わったり、自分の利益を得られなければ好きではないという状態に陥るため、物のように入れ替わります。

好きでも愛でもエゴでも喜びの意味が違いますが、それぞれに“自分にとっての利益”を求めていることは同じで、そのために人を好きになります。

そんなことから、好きな人ができない場合は主観が自分ではないことがわかります。

主観が自分ではないため、自分の利益を求めるために人を好きにならない、または好きな人ができなくなります。

自分の利益を求めて人と関わらないと、好きな人ができない。

利益というと聞こえが悪いかもしれませんが、自分の利益のために生きていない人など存在しません。

人との関わりに自分の利益を求めない人間性がある場合、そこには心理的な要因としていくつかの好きな人ができない理由があります。

好きな人ができない理由
  1. 自分が人生の主人公ではない
  2. 自分の利益のために人を好きになることが違和感
  3. 人への恐怖心がある
  4. 人との関わりを真剣に捉える
  5. 好きではなく愛そうとする

順番に見ていきましょう。

 

自分の利益のために人を好きになることが違和感

人生の主人公ではないことは、主観ではなく、自分の喜びを尊重しないことを意味します。

すると、利益を敬う認識がなくなり、人との関わりの際に違和感を感じるようになります。

「自分のために人を利用しているみたいで嫌だ」
「私なんかのためにこの人は関わってくれている」というもので、人を蔑む違和感と自分を蔑む意識、言い方を変えると、思い込みと決め付けです。

自分の喜びを求めないことで、好きな人ができない。

利用して依存している関係を周囲で見ていたりすると、そこに嫌悪や違和感を感じるために同じことをしたいとは思いません。

エゴの増殖行為、みすぼらしく惨めで、野蛮で利己的な人間性への吐き気を抱くと好きな人ができなくなり、人との関わりに大義や正義を求めます。

 

人への恐怖心がある

過去の家庭環境や生活環境にて、恐怖を覚えるような記憶や心の傷があることで人との関わりに距離を取り、好きな人ができなくなります。

過去の記憶が先行して、その人をその人として見なくなり、自分の中にあるフィルターにて人を見るようになるため、目の前の人と関わらないほうがいいと思える部分を無意識に捉えます。

それは脳の仕組みにて恐怖心を優位にした認識を作る無意識の見方となり、さらに引き寄せや鏡の法則となる、自分にとって必要なものだけ見るように脳が働きます。

すると、恐怖心を感じる人を認識するようになり、人との関わりに距離を取るような、「好きな人ができない方が良い」という結果がもたらされるような生き方と考え方をするようになり、好きな人ができなくなります。

※人間嫌いになる理由は、人間嫌いでいいじゃない。動物好きな特徴から見える意志と人間性 をご覧ください。

 

人との関わりを真剣に捉える

人を知る経験があることで、人との関わりを真剣に捉えます。

人と人が関わることで陰も陽も大きく作られることを知っていると、喜びも恐怖もとてつもなく大きなものとなる理解があるため、軽薄に自分のために他者を利用することができなくなります。

痛みを知ることで物事の真意を知るため、軽々しく人と関わったり、人を利用することに違和感があり、人を好きになることを真剣に捉えて責任を持ちます。

すると、人をよく観察するようになり、軽薄で中身のない人間と関わることがないのは無論、自分の喜びと相手の喜び、そして関わることでの影響を考慮します。

 

好きではなく愛そうとする

好きな人ができない最たる理由です。

人でなくともいくらでも喜びは見出せるので、わざわざ人を好きになる必要のない理解があります。

そのため、人との関わりには人同士だからこその意味を求め、それは”愛”を知り、与え、育み、生み出すというものになります。

愛は一方通行では生まれないために、自分が愛を持っていても相手に同じ認識がなければ好きになることはできず、周囲に依存や執着をする人間しかいなければ、好きな人ができることはありません。

※好きな人ができない理由がわかりやすくなりますので、人を愛するとは自分のみが対象│自分を敬うことが唯一でたった一つの愛 をご覧ください。

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好きな人ができないスピリチュアル

ここでスピリチュアルな理解を含めて、より愛の掘り下げと共に見ていきます。

好きな人ができないスピリチュアルな理由

好きな人ができない場合には周囲に好きになれる人がいないことが考えられます。

そこにスピリチュアルな解釈を含めると、波動の引き寄せにて自ら好きな人と関わらない状態を作っている可能性があります。

それは、自分の現状の在り方と真意の在り方にギャップがある場合です。

現状、自分の利益を求めず、人生の主人公が自分だと明確に認識しないことで、好きになれる人は現れなくなります。

「本当は愛を持っているけど、愛なんて知りません」という矛盾状態による波動を発し、「人が好きだけど好きになれない」「好きな人を作りたいけどそんな人に会えない」という矛盾を味わう結果が引き寄せられます。

自分の真意と現状の在り方のギャップにて、自分と会うべく人と関わらない状態となる
※波動の引き寄せにて自分が好きになるような人と関わらなくなる

人との関わりに軽薄さがない人間性から、もし人と付き合ったり関わっても短期間で別れるようになります。

関わる人が自分に合っていないことを意味しており、無理矢理に人を好きになったり頑張って好きな人を作ると、自分の真意を心で感じていることから、「なんか違う」「人と一緒にいれない」「恋愛できない人間なんだ」という自己嫌悪になります。

 

好きな人ができない理由に過去世の影響がある

スピリチュアル的に理解すると、過去世も含めた人生経験からの影響が起因することも考えられます。

今世での幼少期の経験などから人への恐怖心を抱くとは別に、過去世にて人から攻撃や酷いことをされた経験などがあると、無意識に人を避ける認識が作られ、人を恋しく思っても関わりにブロックが作られます。

その際には、特定の性格や人格として、顔が怒っている人、攻撃的な人、男性全般が苦手、女性全般が苦手などのように何かしらのルール設定があり、恐怖を感じるトリガーがあります。

好きな人ができない場合には、心や愛の気持ちを傷つけられる過去の経験に、攻撃や否定や裏切りがあり、他者に対して自分を許すことができない記憶が作られます。

 

好きな人ができない人間性

好きな人ができない最たる特徴となる、“好きではなく愛そうとする”には、明確な人間性があります。

それは自分の意志が強く、魂レベルが高いためです。

魂レベルとは魂の成熟度のことで、人間性の肝となる愛の認知が強い人であることを意味します。言い方を変えるとワンネスとの距離が近い人でして、愛を強く持ちます。

愛を強く持つ人間性で、自分を確立して矛盾のない生き方と考え方、それは自分の利益を何よりも大切にする本来の生き方となった時、「好き嫌い、愛する愛さない」という認識がなくなります。

誰しもを愛して、それが当たり前の状態となるため、人と人に線引きをせず、”家族だから”、”パートナーだから”、”最愛の人だから”という区分けがなくなります。

その状態では誰かを好きになることはありません。もう誰しもが大好きな状態です。

ここまで極端にならずとも、愛を強く持つことは自分の利益を尊重するために、自分を第一にして他者の喜びも敬い、自分が愛せる人と愛の育みをする人間性があります。

好きな人ができない人間性:愛を強く持つ
※好き嫌い、愛する愛さないの線引きや、人によって愛の強弱を付ける区分けルールがない

 

愛の認知が強い人は依存と執着をする人を好きになることはない

愛を持っている人は、形として好きになることに大きな違和感があり、それはエゴとなる依存と執着への違和感を意味します。

そのため、愛のある人は、依存と執着にて自分のために他者を利用する人を好きになりません。

愛のある人間性にて他者の喜びを求めて一緒に育み、そこには”自分も他者も敬う意志”があります。

他者に敬いがなくエゴだらけだとしても、それを変えようとすることは愛ではありません。そのため、関わらないことが愛となりその人自身の成長機会を敬います。

すると、周囲に依存と執着のある人しかいない場合、好きな人ができることはありません。

 

結論

好きな人ができないのは恋ではなく愛に興味があるから、と考えられます。

恋は悪いものではなく楽しくて素敵なものですが、自分が確立されている、または確立されずとも意志を持って心のどこかで真意を知っている人は、恋以上に愛に興味があります。

恋ではなく愛を求めることは多くのことが生み出され育まれ、自分の喜び以上の大きな利益があります。

愛に興味がある場合、自分を好きになることから始まります。

自分を愛していなければ波動や引き寄せにて、心から好きになれる人は現れず、実際に目の前に居ても認識をしない脳の働きが起きます。

愛に興味があれば、生き方は自分を愛することに集中します。

するとあることが起きます。

好きな人ができない時は、自分を愛することで愛すべく人と出会う。

好きな人がいなければいけないことなどありませんので、好きな人や愛したい人を作りたい場合に限りますが、自分を愛する生き方をすることで愛のある人と関わることになります。

※好きな人ができない両性的な人の話は、中性的な人は陰と陽を知る│男も女もなんでもいい魂の生き方 をご覧ください。

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好きな人ができない理由とスピリチュアル まとめ

世の中をフィルターなく見ると、素敵な愛のある人で溢れています。

好きな人ができない理由には、自分の求めているものが不明確になっていることが考えられます。

すると、出会うべく人や関わるべく人が見えなくなり、物事を湾曲させます。

自分のために人を好きになるのか。それは、自分のなんのためか、依存と執着をするためか、エゴのためか、存在理由を作るためか、人を利用して満足するためか、はたまた愛のためか、人を喜ばすためか、自分を大切にするためか、愛を育むためか、成長するためか…。

動機や目的は人それぞれです。人を好きになることも好きにならないこともとても気楽なものだと思います。

自分の利益を求めるために人を好きになる。自分を見失っていれば人を利用して依存して執着して、わがままで勝手になる。

愛を持っていれば人と共有して共感して愛を育み喜びを与え、自分も他者も愛する。

どちらも自分にとっての利益となり、どちらも良いと思います。

全ては自分の意志を明確にして、自分を知ることで理解される話が、好きな人ができない真意であり、スピリチュアルを含めた話です。

何かの理解に繋がることを願い、好きな人ができない話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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