対処・解消法

親の顔色を伺うのに疲れた時は合図│人生を始める機会と自立

自己防衛にもコミュニケーション能力にもなる顔色伺いは、自分のためにも自他のためにもなる行為です。

自分のためにならない場合、疲れてしまいます。

そうなりやすいのが親の顔色を伺うことです。

親の顔色を伺うのは、幼少期の経験や記憶によってやめられなくなります。呪縛があるために解かなければいつまでも顔色を伺い続けます。

しかし、「疲れた」と感じる場合、解放へ向かうことができます。

親の顔色を伺うことに疲れた方を対象に、疲れたことに含まれる意味と大切な理解をお伝えします。

「疲れた」とネガティブな状態かと思いきや、これをきっかけに物事に変化を作ることができます。

疲れた時は休むことも大切ですが、親の顔色伺いに疲れた時は始まり。人生を始める一つの考え方をご覧ください。

親の顔色を伺うことに疲れた

親の顔色を伺うことに疲れた

子供の頃に起因し、親の顔色を伺い始めます。

子供の頃は何もかも自分の思い通りにしようとしますが、自我の芽生えと成育と共に、「これでは身が持たない、護れない」と判断すると顔色を伺い始めます。

恐怖が多くて愛がない。この上下差が激しければ激しいほどに、顔色を伺うことがやめられなくなります。

やめられなくなる原因は、自己防衛をなくすことができない状況、常に恐怖を与えられるためです。

子供の頃は自己防衛と同時に愛を求める気持ちが強いため、自然と人の顔色を伺います。

愛を求めることは自分の喜びを求める行為ですので、好きなことを好きなだけするように疲れにくいです。

しかし、成育と共に愛を求める様がなくなると、自己防衛に偏り疲れていきます。

 

疲れるのは恐怖による緊張

恐怖とは拒否する様そのものです。

親を拒否する、自分を拒否する気持ちを抱くと、恐怖が多い状態になります。

恐怖があると心身が強張り緊張状態になります。常に緊張状態で身を護ろうとすることで思考は回り続け、対処法を模索し続け、情報収集に勤しんで周囲を伺い、疲弊します。

 

疲れたことに意味がある

疲れは、自己防衛が自分のためになっていないことを意味します。

親からの恐怖、拒否したくなる親、親と関わる自分を拒否したくなる気持ち。あらゆる恐怖の蓄積と継続して対処する状態があります。

親の前では自分を下にして、利用させ、逃避し、距離感を保ち、当たり障りなく、事を済ます演技に我慢、自らを抑圧する自己内部の戦いがあり、親からの呪縛となる支配があります。

支配されるとあらゆる不調和が起き、大きく三つの症状が表れます。

親からの呪縛にて起きること
  1. 自己支配が起きる
  2. 自分を許せなくなる
  3. 自立できなくなる

全てに共通するのは、自立できなくなることです。

 

呪縛にて自立できなくなる

親からの呪縛は思考的に縛りつけられます。

行動と思考を制限するルールが脳にインプットされると、従うことが定着し、相手の動向次第で自分の在り方を形成し、親という存在から逃れられなくなります。

物体として家から出て海外へ、と距離を離すことはできますが、インプットされたルールに触発することがあると、体が硬直し、緊張し、自己防衛を無意識に執り行ってしまいます。

親と久しぶりに会うと過去の記憶が蘇り、呪縛は自立を拒み、いつまでも思考を縛り付け、距離は離れません。

自分の在り方や意見、感じ方や価値観や観念を作ることが困難になり、自らの意思と意志にて立つことができなくなります。

 

疲れたと心から自覚できれば自立意識がある

親の顔色を伺うことは呪縛を意味し、頭を支配され、ルール付けられ、行動抑制されています。

この状態では、親の顔色を伺うことは自分のためになるので、必要な行為です。

顔色を伺わないようにすると、自己対処ができずに恐怖に苛まれ、自己コントロールを大きく逸脱したり、人間不信になりかねません。

自己防衛を欲して自分を護りたい状態では、「疲れた」と思ったとしても、「顔色を伺うのは自分のためにはならない」とは思いません。

しかし、自立意識がある場合、全く別の「疲れた」になります。

自立を求める意識があると自分に対する反発が強まり、緊張した体も、縛られた頭も、自ら在り方を作れない心も疲れ、心身こぞって疲弊するため、「疲れた、もう無理、自分のために顔色を伺いたくない」と自覚します。

自己防衛にて自分のためになっていた顔色を伺う行為が、心身こぞって疲れることで自分のためにならなくなります。

この自覚がある場合、疲れたことは合図となる大きな意味があります。

「自己防衛は終わり。自立の始まりですよ」

呪縛を解き、自ら立ち、自ら考え、自ら責任を持ち、自ら行動する時がきた。これを求めている内なる真意を表します。

※親ではなく人の顔色を伺う大切さは、人の顔色を伺うのをやめたい│心理と利点に伺う大切さと心持ち をご覧ください。

 

親の顔色を伺う経験の意味

親の顔色を伺うと自立が遠のきながら近づいている

自立することで人生が始まります。

自立は自分として存在するための初めの一歩。自立するために自らを穢し、傷付け、見失い、彷徨い、自分を知ろうとする動機を作ります。

過去の経験は全て自立するために大切な材料となり、自分の人生の始まりと共に知恵となり力となり、成長する基盤ができます。

親の顔色を伺うのは、とても辛く苦しい経験による賜物だと思います。無駄なんてことは絶対にありません。

経験が自立へ向かう育みとなり、機会となります。

一生自立しないまま生きていく人もたくさんいると思います。自立しないと選択の自覚がないので、物事の認識も意味も他の知識や情報やルールに従う状態となり、幸も不幸も他人次第になります。それが本人の選択なのかどうかは確認したいところです。

「疲れた」と心から自覚できる状態は末端、自己防衛の時間は終わりが来ました。

始まります。親との距離感は自らが主体となって取り、自己理解を深め、自分を知る人生のスタートです。

 

親になると呪縛を解くことができる

自立へのステップアップは本当に人それぞれです。

親からの呪縛を解かずとも、自立が促されることもあります。

典型となるのが自らが親になること。子供が自立させてくれます。

子供の力とは無限大、何でも知っています。特に赤ちゃんは人間の真理そのものです。

親になることで、自立への選択肢が見出されます。

  1. 親にされたように子供に同じことをする
  2. 親にされたことに反発して、あえて正反対のことをする
  3. 親にされた経験によって自分の育て方を持つ

①と②は自立をしない選択です。

③は呪縛されたことによって、自分の育て方や関わり方を見出します。自分の意見を持ち、自らの力で関わり、接し方を育む意識を持ち、自らの思考を自覚し、行動します。

自力、自責、行動、そして成長意志。この様はまさに自ら立っている状態です。

全てのことに意味があります。親の顔色を伺うことで自立へ向かえます。自立できていない親によって、自立の選択肢がもたらされます。

自立は行動による育みにて自ら手に入れるものですが、「自立するぞ」と決意することが最も難しいです。それをさせてくれるのが顔色を伺わせた親、または自分の子供です。

※親との生活にて自立する詳細は、一人暮らしは自立ではなく自立のお試し│実家暮らしは自立の基盤。をどうぞ。

 

親の顔色を伺う子供

親の顔色を伺う子供

ぜひ親の顔色を伺う意味を理解するためにも、子供の頃を思い出されてみてください。

どうして親の顔色を伺うのか?
顔色を伺う大切な意味とは?
がわかります。

ほとんどの子供は親の顔色を伺っていると思います。恐怖を与えられる多さと、自らの愛の大きさによって、どれほど顔色を伺うかの度合が人それぞれに変わります。

子供は波動感受が鋭いため、体感にて認識する情報がとても多く、親の気分や状態、浮き沈みや感情の変動を敏感に感じ取ります。

私が子供の頃は、家に入る一歩目は何よりも重要な瞬間、情報収集タイムでした。

非常に厳しくて恐ろしい家庭で生まれ育ち、不安定とエゴに苛まれ、自己喪失にて怒りと怖れを内包した父親が常に家に居たため、「今日の様子はどうか?」を一瞬でも早く、情報収集することが自分の身を護る術。常に緊張状態でした。

誰も助ける人がいなければ、自分の身は自分で護る必要があります。

親が不安定で、自らの行為を自覚していない場合、子供は親との関わり方を模索するのが困難になります。

「昨日は機嫌が良かったけど、今日は悪い」
「さっきまで優しかったのに急に怖くなった、でも理由がわからない」
「昨日はこう言われたけど、今日は全く違うことを言われた」
「また嘘つかれた」
「これもダメ、あれもダメか、言うことに従う以外はダメなのか」
「また怒られる、怒鳴られる、殴られる、怖い」

自尊を穢され、存在を否定され、怒られ、恐怖を植え付けられ、強要され、支配するために一方的に怒鳴り、殴り、理由も何もわからない、改善も教えられず、こうすればいいと思って頑張っても違う、考えて行動しても違う、また怒られる。

拒否され、認められず、恐怖を一方的に与えられ、肯定されず、受容がなく、愛がない。

恐怖を与えられても、愛を与えられれば子供は自己理解できます。一方的でも恐怖を与えられれば理解して対処します。

しかし、「拒否したい、愛が欲しい」と欲求だけぶつけられると、子供は顔色を伺うのをやめられなくなります。

エゴ、我欲です。

 

欲求不満の捌け口にされると子供は親の顔色を伺う

エゴによって、「誰かに私を納得させてほしい」「誰かに私の不満足を解消させたい」と我欲を持ちます。

欲求不満を表し、他の力によって自分の欲を満たし、不安や恐怖を解消しようとします。

エゴによる我欲の押し付け、欲求不満の発散行為は、自らしておきながら自覚がなく、他者を利用して自分を認めようとします。

エゴの特徴は、「拒否したい」と欲することでして、子供の行為も意見も認識も拒否します。

親の欲求不満の捌け口にされる子供は、自己防衛で身を護り、状況を対処する意識があればあるほどに親の顔色を伺うようになります。

エゴは誰しもが持つものですが、エゴに苛まれて自分を見失うほど飲み込まれると、他力で他責で自立がなく、子供と大人が真逆になります。

※親との生活にあるストレスは【実家はストレス製作所になりやすい】実家暮らしに疲れる時の心理と対処 をご覧ください。

 

親の顔色を伺う意味

子供と親は頻繁に戦いが起きます。

両者の合致がなければお互いの反発は強まり、どちらかが負けるか逃げるか諦めるかしない限り、どちらも引かない事も起きます。

自我が芽生えて増長する年頃になると親との関わりに線引きを作り、「こっちが引こう」と思う子は親の顔色を伺い始めます。

子供には親の顔色伺いに関していくつかの考えが人それぞれにあり、自己防衛意識を強めるか、愛を求めるか、または両方かの様が表れます。

親の顔色を伺う意味
  • 親との関わり方がわからない
  • 事前に情報収集しないと対処が困難
  • 自尊を穢されないように護る
  • 恐怖回避
  • 距離感を保つ
  • 親を崩壊させないように守る
  • 親に認めてもらう行動発起

自己防衛による恐怖対処と、愛を与えて求める行為に大きく二分けされます。

子供は愛を大きく強く持っているため、どれだけ酷い親でも心では愛を求め、さらに親自身の不調和や自己喪失を感じると守り、自らを犠牲にし、相手を優先し、愛を与えようともします。

 

周囲を伺うようになる環境は自立がない人を知れる

顔色を伺うとは相手の状態や状況を把握し、情報収集に観察と洞察し、あらゆる周囲の認知を増やして気をまわして配ります。

状況判断に考える力、行動発起に対処能力。凄まじい経験値があり、何より重要なことがあります。

自立がない人を知れる。

 

親の顔色を伺う大切な意味は、自立しやすくなること

私達は小さい頃の環境があり、親や周囲の人との関わりがあり、家系の繋がりや先祖、カルマに過去世、歴史を作り継承と多くのことを含めて生活して大きくなります。

その親であることに意味があり、顔色を伺う行為に執着することに意味があり、気づいて自立することに人生の醍醐味があります。

自立がない人との時間は、自立を飛躍させる経験値になります。

しかし、身を護る術として浸かり執着してしまうと、自立を育む意識すらもなくなりかねません。

「疲れた」という自覚状態は本当に重要です。合図となり、時が来ています。

向かいましょう。自立の機会は逃さないで行動です。

出会った人や物や事との関わりは全てに意味があり、自らを奮い立たせます。選択は常に自分です。

見逃さない、逃げない、動く時です。

いつの日か、親の意味が大きくわかる時がやって来ます。

※親の在り方を見直す話は、家族とは何か?問題やトラブルの原因にエネルギーとカルマの大切な意味 をご覧ください。

 

親の顔色を伺うことに疲れた まとめ

顔色を伺う行為には恐怖と愛の混在があり、伺い続けると共に愛がなくなります。

すると自己防衛行為となり、顔色を伺うことをやめられなくなり、自分のための大切な行為となります。

物事は人それぞれです。大切な行為である人もいれば、自立がやってきた合図の人もいます。

疲れた時、その行為の真意を自らが自らに教えてくれます。

自分にうんざり、親にうんざりすることは、真意であり目を背けてはならない事実です。

自立は自らに核をもたらす行動によって起きます。行動にて起きる育みにて得ます。まるで子供の時に戻る感覚です。

子供の頃、親の顔色を伺うのは自分の意見に従って自己防衛に向かい、心に従って愛に向かう行為、自立そのものでした。しかし、自覚(自責)と成長意志がなかったことで執着していきました。

今回は自立意識を持って自立する時です。すると顔色を伺う行為は使い方が変わり、自分のためにも他者のためにもなるツール化が起きます。

人を敬い想い、様子を伺う。人の立場を考え、考慮し、様子を伺う。人の状態を鑑み、思いやり、様子を伺います。

自立を促す存在が親です。親が自立しているかどうかは重要ではなく、親との経験を如何に自分のために活かすかの意識が重要です。

もし疲れてしまった時は、終わりと始まりを意識してみてください。

嫌なことがあるから疲れたわけではなく、素敵な始まりを教えるために疲れていると捉える考え方となれば幸いです。

自立にて人生を創り、楽しみましょう。

それでは、親の顔色を伺うことの大切な意味についての話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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