対処・解消法

趣味が見つからない原因は矛盾【趣味がない悩みに大切な考え方】

趣味があると人生の彩りが増し、喜びを作る選択肢が増え、面白くなる。

趣味がないとつまらない時間が多く、喜びを作る選択肢が減り、悩みになる。

こんなことを思っていた私は、趣味を見つけてあることに気づきました。

「あれ、趣味のあるなしってこれだけ?」

世の中には趣味のない人はとても多いと思います。もし趣味が見つからないとお悩みの場合、私の理解したお話が役立つかもしれません。

ここでは、趣味が見つからない原因を見ていかれてください。

  • 趣味が見つからないのはなぜ?
  • 趣味が見つかる人と見つからない人の違いとは?
  • 趣味が見つからない悩みに大切な考え方とは?

これらを紐解き、「趣味があってもなくてもどっちでもよく、趣味がないのは何も悪いことではない」と知っていただく内容となっております。

趣味のあるなしに潜む人間心理がありますので、一つの考え方として趣味がない悩みと向き合う一助になれば幸いです。

趣味が見つからない原因

趣味が見つからない原因は「趣味の矛盾」

「趣味」とはとても不思議でトリッキーな言葉かもしれません。

初めに辞書の意味をご覧ください。

趣味とは、
物事の味わいやおもしろみを感じ取る能力。また、それによる好み。感覚。センス。
※コトバンク 引用

趣味とは個人が楽しみとしている事柄。感覚、センスなど自分の内側に存在するものを基盤に物事を味わいます。

自らが目の前の物事に取り組んでいる時、「これは私の趣味だ」とはならないと思います。

「私の趣味ってなんだろうな?」と考えることで趣味を見つけて存在させます。

どうして考えるのでしょうか?

誰かに聞かれたり、社会的に必要とされているから、持つものという価値観があるから。

誰かに趣味を聞かれたり、趣味を答えなければならない状況がなければ、趣味とは存在しないかもしれません。

このことからわかるのは、「趣味とは他の存在なくして見つける動機がない」というものです。

ここにトリッキーな点が絡みます。

 

自己満足の趣味を見出す時、他が必要になる矛盾

趣味という個人が楽しむ事柄。

例えば、私の趣味はサイクリングです。

本当の趣味は風を感じることですが、自転車はそのための最たるツールであり、好きな運動もできて、知らない所も自由に行けるので、自転車が合理的で効率的な方法です。

完全に自己満足、私が楽しみ、喜び、満足して納得するための時間です。

サイクリングして楽しむことに夢中ですので、「これが趣味だ」なんて以前は思ったことがありませんでした。

しかし、「どんなことが趣味?」と友人に聞かれたり、「ゴホン、趣味はありますか?」と面接官に聞かれたり、「みなさんいろいろな趣味がありますが、あなたの趣味は何でしょう?」と本に常識的に書いてあったりするので、考えます。

趣味を見出すためには、人やルールや社会性などの「他」が動機となります。

自己満足の行為ですので、自分ではこれが趣味だとは思いませんが、他者などに聞かれたりすると考える動機が作られ、初めて趣味というものを見出そうとします。

自分のことなのに他が主体、自己満足なのに他の存在が必要。

自分が動機ではなく、他が動機になると矛盾が起きます

趣味を見つける行為が矛盾そのものとなり、自己満足を自分ではなく他によって見出そうとすると、「自分にとってはこうだけど、他にとってはこれでいいのかな?」と交錯します。

 

趣味が見つからないのは、他に対する自信がないから

自己満足の行為に「趣味」というカテゴライズをするために、他が主体になる状態。

これは他に対して、「これが私の趣味だ」と言える理由や答えを必要とします

例えば、「趣味はなんですか?」と他者に聞かれた時。

「私はご飯食べるのが好きだな、でもそれは趣味とは言えないか。それじゃあテレビを観ることかな、でもみんなしているから趣味とは言えないよな」

趣味という自己満足を見出す動機が他によって作られると、まるで面接のように、「これが正しい答えかな?これでこの人は納得するかな?これを世間では趣味と捉えてくれるかな?」と考えます。

[他が納得するかどうか=他に対して趣味だと言える自信があるかどうか]

このような条件が無意識に付帯されます。

他に対する自信がないと、趣味のようなものがたくさんあっても、趣味だと認めるためのハードルが高まり、最終的に見つけにくくなります。

 

私が趣味を趣味だと認めた瞬間

上述の内容がわかりやすくなればと思いますので、私が趣味を見つけた時の気づきをご覧ください。

私は小さな頃から自転車に乗るのが好きでした。

しかし、それが趣味だと思ったことは一度もありませんでした。

なぜならば、趣味だと認識する必要がなかったからです。

ある日、聞かれました。

「ねぇ趣味ってある?」

「趣味?(なんだ趣味って、どういう意味だ?)」
「うーん趣味かぁ、これといってないね、生きてることって趣味になるかな?」

「それはならないよ」「そっか、じゃあないかな」

しかし、その後に私はサイクリングが趣味だと思う時がやってきます。

私が都内で会社員だった時、自転車で毎日片道一時間かけて通勤していました。

毎日時間を計るようになり、最終的には45分にまで縮めるように、サイクリング道に深く入っていきました。

都内はタクシーの運転が非常に危険なことが多く、自転車専用レーンがないのでトラックにひかれそうなことが多々あり、交通ルールを改めて勉強し直し、如何に安全かつ速く走るために、ルートや漕ぎ方や姿勢を変えたり、運転する際の考え方を変えながらの日々でした。

そんな時に、再度別の人に聞かれました。

「ねぇ、趣味って何?」

「うーん趣味かぁ、自転車、サイクリングかな」と自然に口から出ました。

他者に言える自信が付いていたからです。もしどこが趣味なのか聞かれても、答えられる自信がありました。

さらに遠出もするようになり、都内から山形県まで行く経験によって、より明確に趣味だと認識するようになりました。

 

外向きの自信があると趣味が見つかる

この経験にて気づいたのは、「あれ、趣味っていう言葉は自分のためではなく、他のための言葉なのでは?」ということでした。

趣味と言える自信があるかないかは、自分が納得できる(認められる)か、他者を納得させられるかと考えられます。

性格や性質によって傾向が分かれ、ポジティブで楽観的、または自らの喜びを求める欲が強い人は、自分が納得できれば趣味になるので、今している行為からたくさんの趣味が見つかります。買い物、旅行、ドライブ、散歩、なんでも趣味になります。

ネガティブで悲観的、喜び以上に不安や恐怖がないことを求める欲が強い人は、他者が納得できるかどうかに着目するので自分の納得が二の次になり、趣味が見つかりにくくなります。

両者は自信があるかないかに分けられますが、少し違いそうです。

ポイントとなるのは、趣味が見つかるか見つからないかの違いは、自信ではなく「外向きの自信」であることです。

 

趣味が見つかる人と見つからない人の違い

両者の違いは、「外向きの自信有無」と考えられます。

外向きの自信をわかりやすくするためにも、内向きの自信があることをお伝えします。

自信とは自らを信じる気持ち。これが内向きの自信です。

外向きは自らを信じさせるために他に対して向ける気持ち。別名能力です。自分の強味を説明する力、相手を納得させる力、見栄やプライドもこれです。

また、他者との比較による優越感を吸収する力、うぬぼれや万能感、社会認知や順応性、社交性や偽善、自己中心性も力になります。

例えば、顔の造形が整って社会的に綺麗な人が、「本当はみんな顔にしか興味ないんだ、実際の私なんてポコポコポコ」と思う場合は内向きの自信がありません。

「どや、この美しさパッーン」となる場合は外向きの自信があります。

外向きの自信がある人は、趣味を見つけやすいです。趣味自体が外向きの言葉だと考えると、在り方が合致します。

継続させるための動機も見出しやすく、より物事の理解を深める行動へも向かいやすくなります。

 

外向きの自信がない人は趣味が見つかりにくい

両者の違いには外向的か内向的かの心理的性質が関わると考えられます。

  • 外向的は外側の他に興味・関心があるので、外向きの自信を持ちやすい
  • 内向的は内側の自分に興味・関心があるので、内向きの自信を持ちやすい

内向きの自信は、他との関わり以上に自己能力を高める力になり、個人技術や特技を極めるのに特化しています。

また、内観や内省にて自己認識力の高さがあり、内部との向き合いにて自分をよく知っています。

しかし、趣味とは外側であるために内向きの自信があっても、見つける材料にはなりにくい。

内向きの自信に特化すると自己能力は高まりますが、外側への着眼がなくなり、ますます外向けの自信がなくなってしまうので、趣味を見つけるハードルがグングン高まります。

「これは趣味とは言えない」
「ちゃんと評価されるほど価値になっていない」
「みんなに認められるとは思えない領域だ」
「納得してもらえるとは思えない」
「詳細を突っ込まれたら答えられない」

趣味が見つかるか見つからないかは、外付けの自信によって趣味だと認められるか否かの違いと考えられます。

 

内外両方の自信がない人は趣味を見つける基盤がない

片方ずつではなく、両方の自信がない場合、趣味を見つける気力がなくなる可能性があります。

「認める」行為がなくなり、趣味だと認められず、自分自身を認めることから離れます。

「他者に認められる、自分が認める」のどちらも認識しなくなると、行為の目的が見出せず、与えられたもの以外をする気力が引出し難くなります。

気力がないと趣味を見つけるのはもちろん、行動して新しく何かを作ったり、自分を喜ばせる目的がなくなります。

「休日は家でゴロゴロが良い」ではなく、ゴロゴロ以外の選択肢がなくなる状態。可動域、行動自体がなくなり、好きなこともやりたいこともなくなります。

「自らを認めない」ことによって、趣味を見つける基盤が希薄になっていると考えられます。

※内・外両方の自信がある人は趣味かどうかを気にせず、自分の認識を重んじます

※好きなことが見つからない詳細は、好きなことがわからない時│見つけようとしている自分を一旦ブン投げる をどうぞ。

 

趣味が見つからない悩みのポイント

趣味が見つからない時に知りたいこと

ご自身の内・外の自信をぜひ確認されてみてください。

外向きの自信は大切なものですが、必要有無は完全に人それぞれです。

私の個人的な認識では、内向きの自信がある人は隠れた能力が非常に高い印象です。

自分の中ではそれを理解しているのですが、外側に向けるのが苦手であるため、個人的な無自覚の趣味になります(才能があるけどもわからない状態にもなる)。

趣味とはそもそも個人的なものです。

「これが趣味なんだ」と、個人で取り組んでいる物事を認識する必要などありません。

認識しなくても無意識に知っている。ただそれが「趣味」という言葉ではないだけかもしれません。

※才能が見つからない詳細は、才能がない、わからない人こそ理解できる│透明な努力には気づきにくい をどうぞ。

 

「趣味」ではなく、「癖」に言い換える

外向きの言葉があるので、内向きの言葉を見出しておきましょう。

「癖」なんてどうでしょうか。

癖は無意識なので気づきにくいです。気づく必要すらない、でも何かの拍子に気づけば、それは趣味と同じものだったり。

例えば私の趣味、もとい、癖は、コーヒーを香ることです。

飲む以上にクンクン嗅ぐために豆をガリガリ削って、ボコボコと茶色水を作っているので、癖のように豆の違いや産地を嗅ぎ分けられます。

これは趣味、いえ、癖、どちらでもいい。

なんせ趣味とは自己満足です。

 

趣味を見つける方法は一つ

趣味が見つからない時に考えられるのは、外向きの自信がないことです。

見つける方法は外向きの自信を付けることとてもシンプルです。

これが必要かどうか。ここでは要らないとお伝えしたい。

外向きは他者から評価され、肯定され、認められることによって自然と付きますので、何か称賛される機会があればその内に趣味は見つかります(見つけたければ)。

しかし、外向きが膨らんで内向きが疎かになると、うぬぼれや自己中心的になり、執着や依存が強まって自己理解が萎みます。

なにより自分で自分を認められなくなり、他者なくして自らの価値や存在意義を認識できなくなるさまが強まります。

 

ポイントは内向きの自信があるかないか

外向き以上に内向きを大切にしましょう。

内向きの自信がある場合には、外向きがなくても何の問題もありません。趣味を見つける必要もありません。

趣味という名前でなくても、自らを喜ばせ、楽しませ、満足や納得させ、恩恵をもたらす行動ができます。

感覚やセンスなど自分流を感じ、自分と向き合う時間をもたらすと、心地良く幸福感に包まれます。

これは外向きでは味わえない体感です。

趣味を見つけずとも既にある無意識の喜び作りをなくさないために、内向きの自信を大切にされてください。

※飽きて趣味が続かない場合は、【どうしても飽きちゃう】飽きない方法は天敵にあり。をどうぞ。

 

趣味が見つからない悩みの注意点

内向きの自信を大切にするためにも、「趣味がない=悪い」などの認識はアウトです。

内向きは自らとの向き合いを強めますが、他からの影響に弱い点があります。

趣味に関するどうのこうのは全て他ですので、影響を受けると内側に浸食が起き、内向きの自信がなくなる可能性があります。

「趣味を見つけなければならない、さもなくば悪、ダメ」と自らを護る認識がなくなり、強引に趣味を探して見つからないことを繰り返し、自己嫌悪にて外向きの自信をさらに衰退させてしまいます。

 

趣味がないのは悪くない

再三になってしまいますが、趣味がないのは悪くありません。しいて悪いと言えば、趣味がないことを気にして内向きの自信がなくなることです。

[趣味がない=外向きの自信がない]

[趣味がない=悪いこと]

[趣味に気づかない=癖がある]

内外両方の自信がなくなると自己否定になりますので、まずは現状のご自身を認め、内側を豊かにされてみてください。

外側の必要有無は本当に人それぞれですので、何か自らを喜ばし、楽しめるもの、最たるものは食べることや生きることですが、より詳細に分散させるとたくさん無意識にしているものがあると思います。

私の場合はこんな感じです。

  • 人の家の献立をにおいで把握する
  • 気づくと電線の上の鳥を眺めている
  • 雲の形を見るのが好き、実は妄想で物語を作っている
  • 洗濯物をする際の手際を最短にしようと極めている
  • ご飯を食べる時の口内はミュージックコンサートである
  • 風のにおいや強さの違いに敏感
  • お風呂場での息止めがもうスゴイ
  • 水的なものの味比べ
  • 日向ぼっこでの幸福感引出し能力
  • 瞑想による意識変容の洞察、意識を三次元に戻した瞬間の認識違いの洞察
  • ‥‥

なんだか無限にあるような気がします。

趣味なのか、癖なのか、はたまた別の何かか、趣味がなくても結局大切なのは自分で自分を認識しているかどうかです。

こんな感覚があって、こんな気持ちがあって、こんな思考があって。それらを認識している以上、趣味とは名前が違うだけでそこかしこにあることと思います。

※楽しいことが見つからない時は、楽しいことがわからないのは見つける場所が違う│楽しいの意味が教える自分 をご覧ください。

 

趣味が見つからない原因 まとめ

原因は外向けの自信。

これ以上に大切なのは、趣味を見つける行為は外向けであることです。

趣味の中身は明確に内向きであり、趣味なのかどうかは自分でしか決められません。

他がこういった、認められなかった。

それは他者の意見であり価値観。私達は一人一人に価値観があります。

重要なのはご自身が自らの行為と向き合い、感覚・感情・思考を認め、自らを喜ばし、楽しませ、安心させ、癒しているかどうか。

それが趣味ではなく癖であれば、それでいいと思います。

趣味が見つからない時、見る矛先は自分の内側です。もし外側も内側も両方の自信がなければ、まずは内側から育んでいきましょう。

外側がない場合には外側の影響を減らし、より内側にフォーカスされてみてください。

外側を付け足すことはとても大切ですが、それ以上に内側を消さないことが最重要です。

よりご自身の理解を深め、趣味も好きなこともやりたいことも見つけやすくする一助となれば幸いです。

それでは、趣味が見つからない原因のお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

著名な心理セラピストとして知られる、西澤裕倖(にしざわひろゆき)先生とのカウンセリング機会。
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