いろいろ音を立てる人は音を楽しんでいる。
なーんて平和的な人だったら、「あれ、もしかして日常で音楽を奏でているのかしら?」とか思っちゃう。
さぁ、冗談はさておき、生活音がうるさい人は何かと迷惑です。
どうしたもんか、どうしてそんなに音を立てるのか、目立ちたいのか、驚かせたいのか、迷惑をかけたいのか…。
パワー不足だね。
そんな話がここにあります。
なんだかパワーがあり過ぎて制御できていないようにも思えますが、実はパワーダウンが原因だったりします。
私はうるさい人や、音を立てる人を異様に察知してしまいます。おそらく私が音を立てない忍者だからです。
そんなヤベー奴の目線には、生活音がうるさい人の心理が写り、対処法が見えています。
あくまで私の理解ですが、音のない人間が音を立てまくる人間を洞察するとわかる、少し奇妙なお話をご覧ください。
Contents
生活音がうるさい人の特徴

生活音がうるさい人とは?
「何者?ふとんをバンバン叩き続けるいつかのおばちゃん?」という感じですが、共通認識をするためにも、生活音がうるさい人を明確にしたいと思います。
生活音がうるさい人とは、ノイズメーカー。
ですがナチュラリスト。日常にはびこるあらゆる物を使用して音を立てます。
ドアはバンッ!
物を置く時はドンッ!
椅子に座る時はガッシャン!
コンビニのレジにはドッサ!
歩く時はバッチャンバッチャン!
ラーメンはズルズルだけでなくバモバモ!
どんなー!とツッコミたくなる人。
このように日常での音を強調して、「これだけ音が鳴るんですよ」と行動で教えてくれる人。
その名も、ナチュラルノイザー、チュラザー、チュー。
チューは、「故意に音を立てている」と自覚がなく、潜在的に無意識に音を作っている、自然とそうなっちゃう、音を立てないようにできない、といった状態だったりします。
そのため、迷惑をかけたい人ではありません。
言うなれば、「みんな耳栓してくれ」と思いたいのが本人の気持ちだったりします。
ですがそうは問屋が卸さないのが“社会”。
共存環境では、一人という少数が音を立てていれば、その人が改善すべきと考えます。人数にはかないません。
ここでは、このように全体的な認識から物事を見ていきたいと思います。
生活音がうるさい人の特徴12選
特徴を順番にあげていきます。
1、他への敬いがない
人、物、場所、環境など、自分以外の他への配慮や敬いがない特徴です。
これは他への認識がない意味でして、物を大事にする、人の気持ちを考える、他者の目線や立場で認識するといった概念が希薄です。
2、おおざっぱでお粗末で無神経
何事にも音を立てるので、動きが大きく二方向、前後、左右、上下です。
荒っぽく、繊細さが動きにありません。
3、ブレーキがない
行ったらドンッ、戻ってドンッ。
「いや、もうこの人何なのー」と、ブレーキの重要性を教える存在です。
4、エネルギー過多で循環がない
エネルギーが多くある、いえ、もはやあり過ぎ。ですがエネルギーが循環されておらず、強引にエネルギー増し増しにて肩からピュー漏れ、あちこち漏れ漏れ。
5、無気力で力がない
エネルギーがあるので燃料満タンかと思いきや、力の入れ具合の調整ができず無気力。
足に力が入らず、床をズリズリ引きずるようにパワーダウンの兆候が。
6、承認欲求強め
自己主張として音をあえて作る人もいます。
自己価値や肯定を他から求める在り方があり、「私はここにいるよー」と叫びます。
7、重力に弱い
重力に逆らう力がなく、椅子にドンッ、机にドンッ、ドンッドンッドンッ。
椅子が壊れるの早めです。
8、体が重い
軽さ、軽やかさ、爽快さ、軽快さ、そういった躍動がなく、重みやダルさが多め。
体重とは別の重さがあり、心から来ていたりします。
9、図々しい
ガツガツ来ます。
目の前の利益がエサのように見えているので、一心不乱に真っ直ぐです。
10、弱肉強食
強い者にはまかれ、弱いものは食う。
もらえる時には全てを手に入れようとします。
11、集団帰属意識が低い
家族や社会という集団への意識が低く、仲間や他との調和に対する認識がなく、他と関わっても調和や共有ではなく、自己利益の追求になりがちです。
12、軸がない
孤独を恐れ、恐怖に弱く、強迫観念を持つ人もいます。
自分の中に軸がなく、ブレやすく、安定がないために情緒不安定になりがちです。
集中力が低く、注意散漫となる基でもあります。
以上が特徴でした。
生活音がうるさい人の特徴 一覧
上述の特徴一覧です。
- 他への敬いがない
- おおざっぱでお粗末で無神経
- ブレーキがない
- エネルギー過多で循環がない
- 無気力で力がない
- 承認欲求強め
- 重力に弱い
- 体が重い
- 図々しい
- 弱肉強食
- 集団帰属意識が低い
- 軸がない
※生活音がうるさい人の詳細がわかるので、【決定的に違う】気がつく人と気がつかない人の特徴と能力│認識力が起こすこと もどうぞ。
生活音がうるさい人の心理
対処法をわかりやすくするためにも、ここからはより音を作る人の内側を掘り下げて行きたいと思います。
生活音がうるさい人の状態
音を立てるのがノーマルか、音を立てないのがノーマルか。
これは音を立てるのがノーマルかと思います。
なぜならば、地球には重力があるからです。
そのため、肉体に力が入っていなければ自然と音が作られ、力を入れることで重力に逆らって音を抑制できます。
言い方を変えると、心身に力があればうるさくない、力がなければうるさくなります。
この力のIN/OUTは、体ではなく“心身”であることがキー。
肉体的な物質概念だけでなく、脳の思考や感情、心の気持ちや精神も含めた心技体。
これは、自己コントロールや、感情表現の抑制調整、エネルギーの循環度、肉体稼働に関与する筋肉バランスと活力を含めます。
詳しくお伝えすると、血液循環や量や質、リンパ液、エネルギーの浄化滞留など多岐に渡るので割愛しますが、要約すると自己認識による自己の内外理解によって見出される生命基盤です。
ちょっと突然ややこしくなりましたが、言葉が少し増えただけで実際に言っていることはすごく簡単です。
生活音がうるさい人は自分の理解が希薄になり、活力や動力となるパワーが見出せない(エネルギーが心身循環していない)。
キーワードとなるのは、「パワーに対する調整と抑制」「エネルギー循環」。
これら二つに生活音がうるさくなってしまう原因が潜みます。
生活音がうるさい原因
どうして重力に逆らえないのか?
重力に逆らわないと、手や足など肉体の自重にて加速するように音を作ります。
ですが、ここで一つ疑問があります。
上下の重力関係だけでなく、ドアの開け閉めや、食事の咀嚼音、テレビの音量を上げるなどの生活音もうるさい、あと布団が泣くほど叩くよ、と。
実はこれらの力の調整がなくなる様にも、パワー不足が起因します。
重力の話はあくまで例ですので一旦忘れてください。
パワー不足によって起きるのが抑制のなさ、調整ができなくなります。この原因となるのがエネルギー循環のなさ。
そのため、音の強弱に歯止めがつかなくなります。
そして、パワーをうまく出せないと無気力になり、起きる明確な状態があります。
周囲を考慮する余裕がなくなること。
いわゆる、自分のことしか見えていない状態です。
しかし、生活音がうるさい人の特徴的な様は、自分も見えていないことにあります。
その原因となるのが、基盤構築の欠如です。
この世に存在する自分としての基盤が崩れると、安定や安心がなくなります。それは心身のエネルギー循環の最も大切な初めがないので、エネルギーがあっても使い方がわからなくなる。
すると、地に足が付いていない状態になります。
わかりやすく言うと、足にエネルギーがないので足はだるく、体が重くなります。さらに自律神経も乱れ、情緒も安定しなくなります。
この状態には自己理解の希薄さが関わり、食生活、多忙による疲労、ストレス過多などがあります。
生活音がうるさい人の心理
心理のキーワードとなるのは、上述でさらっと出てきた、「周囲を考慮する余裕がない」「自分のことしか考えていないようで自分のことが見えていない」の二つです。
これら二つがあることで明確に表れるのが、他の目線で物事を認識しないこと。
他者にどう思われているか考えない、思わない、知らない、わからない、わかろうとしない、わかろうとできない、という状態で、人によってどの様かはさまざまです。
わかろうとしたくてもわからない人もいますし、わかろうとしたくてもできない人もおり、わかる気がない人もいます。
人それぞれの様がありますが、共通している心理となるのが、自己理解の希薄さ。
自己理解がなければ他者を理解することは困難です。
この原因に、地に足が付いていない状態が考えられます。
どうして地に足が付いていないのか?
言い方を変えると、どうしてグラウンディングができていないのか?
考えられることがいくつかあるので、一覧にしてみます。
- 自己責任を持つ経験がない(周囲がなんでもしてくれたなど)
- 幼少期に躾されていない
- 過去に甘やかされた、または仮面一家にて家族と絆がない
- 集団帰属意識の欠如
- 集団の中での自立がない
- 情緒的な安心感のなさ
- 絶対的に頼れる人を求めて止まない欲求(自立意識がない)
- 弱肉強食意識があり、自己優先が強い(または他を敵にする)癖
- 実質的で実利主義、目の前の確実な利益を欲する余裕のなさ
- エネルギー循環がなく、無気力
- 恐れや強迫観念があり、否定されることを恐れる(または否定されると相手を完全なる敵とみなす自己防衛の過剰)
これらの心理要因の核となるものがあります。
基盤の崩れ。
自分という存在の足場がもろくなり、そこには幼少期の環境や躾、自己理解のなさに、自責・自立意識の欠如、安定と安心感のない内情での焦りなどがあったりします。
そして余裕がなくなり、目の前の利益=今この瞬間の自分にしか認識の範囲が及ばなくなります。
この心理によって、承認欲求を強めて自分の存在認知を自らではなく他によって高めようとしたり、自己主張するかのように存在を周囲に知らしめる在り方として、あえて音を作る人もいます。
その様が当たり前になることで自覚しなくなり、幼少期から癖のように音を立てる在り方が定着する人もいます。
ちょっと真面目な内容になりましたが、この理解を基に、生活音がうるさい人の対処法を最後にご覧ください。
生活音がうるさい人の対処法

対処法ポイント
ポイントは筋トレさせる、というのは冗談ですが、エネルギー循環させてパワーを心身で体感させることです。
いわば、活力や動力を感じるようにする。
これは血流を促すようなイメージでして、滞りを流す。
キーワードとなるのは、安心させることです。
「ちょっとあんたドタバタと階段登んじゃないよ」ときつく言っちゃうと、一発K.O寸前までいきます。
崖っぷしに追いやるようなものですので、安心感とは真逆になり、うるさい人は傷つくか逆上するかの両端になりがちです。
エネルギー不足の人は傷つき、過多の人は逆上です。
安心によってうるささをなくす在り方、それはうるさい本人にもう少し余裕を持ってもらうことが対処ポイントという話です。
そんな対処になる方法をいくつかお伝えします。
※ご参考にうるさくなくなる方法、気配を消す方法は熊が教えてくれた│忍法【自分を感じず他者を見る】もどうぞ。
生活音がうるさい人の対処法①:生活に心の余裕を与える
これは身近にいる人の対処法になりますが、ストレスや多忙、自律神経の乱れや食事に対しての緩和が大切です。
刺激ではなく癒し、心身に休息や余裕を与えられるように関わることで、生活音は少しずつ治まっていきます。
関わり方、接し方、話し方が重要になり、否定や非難などの恐怖や孤独を感じさせるのはNG。
安心や安全を与えられるような関わり方が物を言います。
同時に、私が対処してきた経験からでは、食事の見直しはかなり重要項目です。
刺激物を抑え、なるべく自然物を増やします。と言っても、「オーガニックとか無添加ものだけ」なんて極端さは必要なく、少し野菜や穀物や果物を増やし、少しお菓子や化学物質を減らすという感じで、少しずつ適応できる範囲でいきます。
生活音がうるさい人の対処法②:集団帰属意識を増やす関わり方をする
これは関わる際に調和を与える対処です。
生活音がうるさい人は家族や社会など集団帰属への意識が低く、その中での自立がありません。
個を主張するのですが自立ではないので図々しくなったり、自己優先して他を敵にしますので、敵ではないことを表します。
まずは両手をあげて近付き、武器を目の前で見えるように床に置きましょう。
イメージとしてはこうですが、敵ではない様を表し、同じ社会(または家族)の仲間だと表して関わります。
絆に対して強い想いが心の中にあり、仲間や信頼できる関係が深くなればなるほどに、音を立てることがなくなり、他を考慮する余裕を持ってもらえます。
生活音がうるさい人の対処法③:安全さを認識させる
うるさい人は余裕がもたらされる環境に身を置くと、別人のように静まります。
極端ですがイメージとしては、仕事も家庭もお金もストレスも何も考える必要のない安泰の中点。別荘で朝から湖畔に釣りに行って、ボーッとコーヒー。
「あら、どなた?」と思うほど静寂を作ります。
そのため、緊張させるのは厳禁、めちゃくちゃうるさくなります。
そして、恐怖となる否定や非難もNG、あしらいや蔑み、評価の低い、まるで価値のない人のように接すると、うるささを抑制する理由を本人から見出せなくなり、うるさくするのが当たり前だと思い込み、自己認識をめんどくさがり、対処がいばらの道に。
このように自己防衛で自らを殻に入れ込むのをなくさせるのが対処法となり、そのためになるのが安全な場所にいると認識させることです。
「いや、めんどくせー」と思いました?思わない?
私は完全に思ってますが、生活音がうるさい人を対処するのは少し困難です。なぜならば潜在的な認識となり、自ら変えたくても変えるのが非常に困難だからです。
そのため、アプローチの着目は“本人に余裕を持ってもらう”ことでして、安心と安全認識をこちらから与えることが対処です。
うるさくしたくてしている訳ではなく、基盤のなさ(安定や安心のなさ)、自立のなさ、恐怖への抵抗のなさ、パワーの見出し方の彷徨い、集団帰属のなさ、自己認識のなさによる承認欲求や自己主張など、自分のことしか考えられない(けれども自分のことも考えられていない)状態があるので、本人がどうこうできる話ではないかもしれません。
ですが、エネルギーが循環されればありのままの姿として、素直で純粋で素敵な人間性が露になります。
絆や仲間意識を持つことができれば心から喜び、関わる人を大事にするのが、生活音がうるさい人です。
その際には、情緒的な安心感を持ち、他者とは比べられないほど仲間意識を強めてお互いのためになる時間が始まります。
そこまでいくのが大変ですが、お互いの育みとなるのが生活音がうるさい人の対処法、そんな話です。
※全体的に騒がしいうるさい人の対処法は、「シー」。いろいろ騒がしいうるさい人の対処法│黙らせる方法は愛を持ってフワッと をご覧ください。

生活音がうるさい人 まとめ
結構いますね、生活音が多い、騒がしい、うるさい人。
公共の場で関わりのない人であれば、対処はスルーで終わりですが、関わりのある人であれば対処は自らを変えることを意味します。
他者を変えるためにはまずは自分からです。
本人が騒音の基であると気付いていない場合もあり、気付いていても気付かないように潜在的に恒常化している場合もあり、あえて自己の存在認知と承認を得るために、うるさくしても迷惑だとは一切思っていない場合もあります。
人それぞれにうるさくする理由があり原因があり、心理があります。
人間とはややこしいですが、とてもシンプルな存在でもあるかもしれません。
物事をシンプルにするためには相手を知ることが最も効果的かと思います。
私は生活音を一切立てないように生きていた時間が長いので、まるで忍者のように気配も音も消すことができます。
かくれんぼ最強パターンと、そんなことはどうでもいいのですが、この状態にも同様にエネルギー循環のなさ(エネルギーを消してしまう自滅行為)があり、なさすぎることは我慢や抑制し過ぎで良いこととは全く別概念です。
音がないのもあるのも、どちらも本人にとっては何の問題もありませんが、周囲は気になるものです。
どうして気になるのか?
「うるさいから」と答えは簡単ですが、それ以外にも、自分自身を見てみると気になる理由や原因が潜んでいたりします。
そのため自らの在り方、それは他者認識力の育みとして、生活音がうるさい人の理解や認知を深めると、動きや音の予測、音響の広がりとうるささの影響範囲の把握など、対処の道が物理的にも見えてきます。
ここでの内容が、人間関係の理解と育みの一助となれば幸いです。
トラックはうるさいので直ぐにわかるけど、ハイブリッドカーは音が無さ過ぎて直前でビックリって話ですね。
違うかー。