スピリチュアル

大切な人との別れにはとっても重要な意味がある│スピリチュアルな出会いと別れ

「さようなら」。この言葉は良い意味か悪い意味か。

おそらく両方です。

人との別れにはたくさんの意味があり、影響があり、反動と作用があります。まるで物理のように、水と油がスーっと離れるように。

特に大切な人との別れにはとても大きな意味があり、影響があり、反動と作用があります。まるで物理のように、水と油は離れているのではなく隣合わせになっただけのように。

物事が起きることには必ず何かしら自分にとっての意味がありますが、大切な人との別れには“自分”と“大切な人”という当事者共にとっての意味があります。

そこには、スピリチュアルと心理から見える紐解きの理解と重要な意味がありますので、詳細をご覧ください。

大切な人との別れ スピリチュアル

初めに、人との別れではなく“大切な人との別れ”であることを明確にしたいので、「大切な人とはどういう人か?」を見ていきましょう。

大切な人とは

大切、大事、重要…言葉の定義は何でもいいのですが、かけがえのない人であり、なくてはならない人のことです。

言葉の意味だけを捉えて一歩間違えると、“自分にとって大きな利用価値のある人”になってしまいます。

すると、依存と執着をもろに持って大切な人だと思い込むことになります。

言い方を変えると、「いなくなったらメチャクチャ自分が困る、自分の喜びがもらえないから嫌だ、認めたくない、これは夢だー」と、自分の利益のみを考えたことからのかけがえのない人(自分の利益にとって)、なくてはならない人(自分の喜びのために)となります。

こういった別概念と線引きするためにも、大切な人には愛を持っていることを把握しましょう。

大切な人とは愛を持って接することができる人(または愛を引出してくれる人)

※愛とは自分も他者も敬い喜びを分かち合い、共有し、共に育むこと

愛とは敬いの気持ちです。

相手を敬うことはそのままを尊重して受け入れることです。

それをするためには、自分を敬っている前提が必ず要り、自分も他者も敬う両方があります。

そのため、自分だけを見るのではなく、相手も自分と同じように接することができる人であり、自分との距離が近い人のことです。

大切な人とは、自分と距離感が近く、共感、共鳴、共有、同調、同感したい人

※ありのままの自分らしくいられる人

大切な人は自分と同じように接したいと思える人のことで、自分と同じであればあるほどに大切な人だと心から想います。

少し現実的な話をしますと、私達は自分を主観にして人生を生きているので、自分を中心にしか物事を認識できません。

そのため、この世で最も大切な存在は“自分”です。

その自分と同じような人=同調して共鳴できる人ほど大切な人になり、自分との距離感によって大切の度合が変わっていきます。

すると、親だから、恋人だから、動物だから、植物だからという差別化や特別視するルールは適応されないことがわかります。

脳の思考ルールや思い込みは適応されず、気持ちであり記憶であり認識が大切な人かどうかを認知します。

親であればむしろ自分とは全く似ていなかったりするので、人によっては大切な人とはほど遠い存在になるやもしれません。

 

大切な人 スピリチュアル

大切な人をスピリチュアルに表現すると、自分から最も距離感が近い人はツインソウルです。

ツインソウルとは魂の片割れのことで、双子の魂のことです

自分の片割れでして、この世では別人格で別の肉体を持っていますが自分自身です。

ツインソウルは魂の記憶を共有しているので、同調して共鳴します。そのため、合った瞬間に仲良くなり、自分のように接することができます。

すると、自分のように喜びを与えたいと感じ、敬いたくなり、自然と愛している状態になります。

愛とは肉体関係や性行為のことではありませんので、敬いや尊重にて自他を想う気持ちとして、男女関係なく同性でも動物でも自然にも抱くものです。

大切な人をスピリチュアルに認識する際には“愛”がキーワードになり、どれほど相手を敬えるか=そのままを尊重できるか=受け入れられるか=喜びや苦しみを分かち合い共有して育むかにて、大切な人かどうかがわかります。

ツインソウルだけでなくとも、過去の記憶にて魂としての繋がりがあったり、グループソウルなど魂同士が繋がった関係性がある存在は“大切な人”だと無意識でも有意識でも認知するので、自分がどのように感じ、認識するかで判断します。

もちろん、スピリチュアルに拘わらず、日常生活で出会った人や家族に同調や共鳴する人間性や性格があれば、同じように大切な人です。

 

大切な人は両者が同じように大切だと想う認識になる

大切な人は自分のみの一方通行では成り立ちません。

あくまでイメージですが、両者二人で一つになれるような距離感なので、自分が「この人は大切だ」と想うだけでなく、相手も共に「この人は大切だ」と想うことで、自然に大切な人同士の関係が構築されます。

親友なども自分とどこか近いところがあり、喜んだ時に、「親友にもこれを味わってもらいたいな」「喜んでもらいたいな」と抱く愛があると思います。

そのように、両者の認識にて“大切な人”となります。

※ツインソウルとの別れの意味は、辛い人生とは一体なにか│スピリチュアルは愛の勉強会を設ける をご覧ください。

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大切な人との別れにある心理

そんな大切な人と別れるさようならは、とても辛く悲しい現実です。

それが死という別れであれば、未知の世界への移行となるので、残った側の人ができることは信じたり、幸せを願うという見えない想いの送信と託しになります。

その際には自分の意志と気持ちと意見が全てになるので、常に双方向だったものが一方通行になり、認めることや受け入れることが困難です。

生死に拘わらず、大切な人と別れることはまるで“自分を分断する”ようなもので、受け入れ難い現実を打ち付けられます。

言わば、「絶対に辛い」という。

その辛さに、別れることの意味から見える心理として“ある自分”がいます。

“ある自分”を理解することで、大切な人との別れにある大きな意味と影響に気付く始まりをきります。

その初めの気付きとなる心理とは、“自分は自分を大切にしている”ということです。

大切な人との別れによって、自分のことを大切にしていることがわかる

※自分と同じように大切にしている人がいなくなることでの初めの気付き

別れていなくなった人を想えば想うほど、悲しければ悲しいほど、それは大切な人と同時に自分を愛し敬っていることを意味します。

この気付きが“大切な人との別れにある意味”の全ての始まりです。

終わりと始まりは常に同時です。

そこには、出会った意味と別れる意味となるスピリチュアルな理解があります。

 

大切な人との出会いと別れにあるスピリチュアルな仕組み

出会いと別れ、始まりと終わりは“光と闇”です。

そして、闇があれば光があり、光と闇は裏表の関係で常に同時に存在しています。

交わり分離することはあらゆる自然の摂理と同じで、木の根が隣の木の根と交わり、いつかどちらかが先に朽ちて分解されていきます。

すると、残った木の根はさらに根を伸ばしていきます。

新たな出会いの始まりです。

水と水は常に同調して共鳴して同化しているように見えます。一滴一滴、水分子にある原子や電子、粒子一つ一つが組み合わさることで私達に見えるほど大きな粒になります。

その水の一部が油になると分離して水素結合せず、同化しません。

人が死ぬ、人が変わる、木が枯れる、木が朽ちる、水が変わる。生でも死でも物事は常に移り変わり、そこには何かしらの変化(以前とは違う何かに変わった)があります。

変われば同調しなくなり、共鳴しなくなります。それは、お互いの共通認識がなくなり、自分との一体から分離したことを意味します。

  • 大切な人とは自分と一体である状態
  • 大切な人との別れは一体から分離する状態

両者の共通認識がなくなり、どちらか、または両方に変化があることを意味する。

出会いには共通認識の基となる同調があり、別れには分離となる変化があり、そこには“波動”が関与しています。

 

出会いは波動の同調によるもの

出会いと別れをスピリチュアルに認識すると、波動やエネルギーの同調です。

同調によって人と人は出会います。
同調がなくなることで人と人は別れます。

そこにはさまざまな変化があり、過去の同調のままではお互いのどちらかにブレや差が生じた時に、一緒に居る共通認識はなくなります。

出会う時や、「この人は大切な人だ」と認識する時、そこにはお互いの共通認識となる同調があります。

わかりやすい例がカップルになる告白の際です。

「付き合おう、付き合います」の共通認識には、「この人の彼氏になる、この人の彼女になる」という状態の波動が合わさります。

同調していなければ付き合うことはありません。

それはどんな関係でも、「身体を利用したい、この人の価値を利用したい」などの依存と執着でも、共に同じ状態の波動を持って依存同士が共鳴して同調します。

波動とは状態や状況を表す振動エネルギー

※詳細は、波動とはスピリチュアルな精神性│波動が高いも低いも自分次第 をご覧ください。

 

別れは波動の同調分離=変化

生があれば死があるように出会いがあれば必ず別れがあります。

それは“自然に起きる変化”のことです。寿命であれば自然ですが、突発的な変化は自然には思えないかもしれません。

そこには自由意志や運命があり、“起きることをそのままにという自然”があります。

そのため、生きている以上は常に周囲の影響を受けて、変化を促す出来事が自然にあります。

大切な人という共通認識があれば、そこには自分を敬い愛する認識がお互いにあります。

敬いとは自分らしさをありのままにする受け入れであり、許しであり、許容のことです。

そのため、自然に変化することを拒むのではなく受け入れ、成長を求めようとする意志があります。

すると、他者や日々の出来事からの影響によって、お互いの共通認識にズレが出ます。

成長意志など、より向上を望む意志があると自然な変化として別れがくる

※依存と執着など、違和感への気付きがあれば同調がなくなる

大切な人との別れには波動の同調分離があり、成長意志や違和感への気付きと改善意欲が表れます。

そのため、お互いに現状の自分達に未熟な所があり、共通認識に欠如があると自然な変化として別れがやってきます。

別れが自然にあることに大きな意味があり、影響がありますので、詳細を見ていきましょう。

 

大切な人と別れることの意味

大切な人と別れることの意味

別れにある辛さ、悲しみ、苦しみ。

そこで気付くのは自分を大切にしている愛です。

そして同時に気付くのが、相手に依存と執着しているからこそ辛く悲しくなることです。

別れて辛くならないのであれば波動の変化がないので別れは起きません。別れて辛くないのであれば、大切な人ではないか、依存と執着がないことを表します。

言い方を変えると、辛くならない自分がいれば大切な人とは別れないということです。
もちろんお互いに辛くならない共通認識があればです。

別れるという波動の分離は、まだまだ依存と執着している自分がいる(お互いに)ことを教え、それは成長する必要があることを意味します。

カップルやパートナーなど、これから先の人生を共に歩む関係であればあるほどに、お互いに成長が必要であることを意味し、どちらかが気付くことで成長機会を別れることで作っている状態です。

お互いのために成長が必要だと認識された時、別れる

「成長するためなんだ!」と自覚している人はほとんどいないと思います。

波動は自分の状態や状況から発されるので、そこには意志や真意など見えない無意識の認識も含まれ、心からの意見として自覚なく波動が変わります。

「なんか、別れた方がいい気がする」「なんか違う気がする」などのように何かしらの違和感を感じ、それが自分のためだけでなく相手のためも含めた認識なのが、大切な人との別れです。

しかし、依存と執着が凄まじくなると干渉が強くなり、利用概念が強くなり、自分だけ蜜を吸おうとして相手を鑑みない行動と気持ちを持ちます。

「違和感あるけど俺達結構いい感じじゃん」「今のままでよくね」「あの人と話すな、関わるな」「家から出るな、言うことを聞け」などなど、大切な人とは正反対の人間に対する行動をして、そこには相手ではなく自分を愛そうとする湾曲した自己愛があります。

生きている以上は常に認識や気持ちの変化があり、現状維持というのは自然な変化をしないようにする状態です(安定とは別概念です)。

自然な変化があれば別れることは自然です。しかし、変化が起きても別れないように依存と執着、思考による思い込みや利用概念を駆使して現状維持しようとすることもできます。

大切な人との別れか、自分のためだけに関わっていた人との別れかの違いがあり、大切な人との別れだからこその大きな意味として、成長機会や成長意志があります。

 

別れの悲しみに依存と執着への気付きと認める力の育み

依存とは執着を行為にした状態です。

執着とは人や物事に心を奪われて離れられず、自分自身をコントロールできなくなることです。

死別でも決別でも別れがあることで悲しみます。

しかし、100歳を超えて亡くなった時や大往生(だいおうじょう)などは悲しみよりも微笑ましくなったりします。

悲しくても嬉しくてもどちらも人それぞれの自然な表現です。そこに執着があることで別れという現実を“認めない”ことが起きます。

別れを認めない自分に気付き、認めることで別れの意味となる成長へと向かうことができます。

初めは認められなくとも、大切な人であれば認めることができます。なぜならば自分だけでなく相手の喜びを尊重するからです。

しかし、自分のことのみであれば別れに喜びはないので認めず拒否し続けるかもしれません。

その心奪われた状態が自分への成長必須を教え、新しい出会いへの始まりとなる、現実を認めることを促す意味が別れにはあります。

それは、自然な状態でないことへの気付きであり、物事を拒否する元凶を教えることです。

別れにある執着が、自然ではない抵抗の基であり成長するべき内容として、“自分を知る促し”を教える

悲しみは大切な人と同時に自分を愛していることを教えます。
執着は別れた自分を愛していないことを教えます。

執着を手放し、事実を認めた時、別れることの最も大きな意味と影響が判明します。

最後、見ていきましょう。

 

大切な人との別れにある最も大きな意味

執着は自分を見失わせます。

私は死別の経験によって完全に自分を見失いましたが、それは見失っていることへの気付きを促すものでした。

元々見失っていたんです。

見失っても自分ですので、大切な人はいます。

最愛の人との別れを経験した際も自分を見失いました。その際には自分を確立していると思い込んでいることへの気付きを促してくれました。

まだまだ自分を見失っていたんです。

見失っていないと思い込んでも自分ですので、大切な人はいます。

そのままの関係を続けていればお互いに執着して見失いのまま関わることになります。そこに何も悪いことはありませんが、どちらかに成長意志があれば遅かれ早かれ別れがやってくるでしょう。

現状維持も人によっては大切ですが、これからまだ先を生きるつもりであれば、より最善で最高な形で大切な人と接することを選び、より自分を成長させることを迷いなく選ぶ。

それも人によっては大切で、過去以上に“大切だ”、“この人に喜んでもらいたい”、“この人と共に共有して共感して共鳴して成長したい”と想えます。

大切な人との別れにある最も大きな意味と影響、それは“より大切な人を想うための育み”です。

大切な人との別れにある最大の意味:

もっともっと大切な人を想い、愛し、敬い、共に生きるため

これは気付きですが、気付きの後の成長であり育みが何より大切です。

気付いただけで寄りを戻したり別の人と関わっても、同じような結果を作ります。

今は一緒にいないけど、見えないながらもお互いに切磋琢磨して、一生懸命に成長する時間作りが大切な人との別れです。

生きていても大切、死んでいても大切。

私達には想うという心の認知と気持ちがあり、いつまでも大切な人との育みがあります。

 

別れは出会いへ導く

大切な人との別れを認め、意味を知り理解することで新しい出会いへと導きます。

それは闇から光、終わりと始まりの同時進行への気付きです。

木が根を張り交え、隣の木が朽ちた時、根はさらに伸びて先にある隣の木と交じります。

木は拒否せず常に認める自然な状態です。常にありのままの存在はそんな変化の在り方を教え、新しい出会いは常に先にあることを教えます。

先に進むことが大切で、別れたことの意味を知り、気付いて成長を歩みます。

水が油になって分離した時、水と油は隣同士だと明確になりました。

それは、一つ一つの個が明確になったことで、自分という存在を知り、他に依存と執着せずにくっ付き合うことを示します。

成長によって自分を知ることで、お互いの道を歩みます。

生きている以上は己の道があり、人生があります。自分が見えた時、同じような道を進む人は大切な人になり、より自分に近い存在としての新しい出会いや、別れた人との再会があるかもしれません。

どちらにしろ以前とは全く違う共有が作られ、より愛を育み敬いを強める関係性が作られます。

その際にはもう別れる必要はなく、大切な人との別れにある大きな意味を体感するかもしれません。

※人を愛するための話がありますので、人を愛するためには自分を愛することが全て│この世に存在する唯一の形 をご覧ください。

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大切な人との別れ まとめ

なんであんなに悲しいんでしょうかね。

人を想う気持ちとはとても強大で甚大なものです。

愛に執着を込めることでエゴとなり、それは人を殺したり傷つけることにもなります。

愛とエゴは裏返しだけど一体です。
光と闇も裏返しだけど一体です。
出会いと別れも裏返しだけど一体です。

出会いがあれば別れがあり、別れがあれば出会いがあります。

出会いから別れの期間を如何に長くして人生の時間を消費するかよりも、如何に自分を知り人を大切に想える基盤を作るかが大切かもしれません。

大切な人が一人でも何人でも構わないと思いますが、愛とは自由で制限のない敬いです。

地球を敬うように自然を愛し、動物を愛するように人を敬う。

無限の愛があり、無限に大切な人は存在します。

全ては自分と相手との共通認識にて決まる大切な人の関係。

世の中のルール化、特別視思考がゆるまり、認識と制限が広がれば幸いです。

そして、大切な人を想い自分を想う愛の認知を深めて、素敵な人との時間を過ごす一助となることを願います。

それでは、大切な人との別れにある意味とスピリチュアルな話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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