対処・解消法

心が汚れているのか脳なのか│心を綺麗にするには汚れの見極め要

腹黒い、純粋じゃない、心が綺麗じゃない、目が死んでいる、清くない、子供心がない…。

心が汚れていることにはたくさんのイメージがあると思います。

とんでもない穢れものは腐ったみかんのカービカビ、触れてはならない魔女の脳みそ。みなさんそんな風に思っているのでは?

カビに着眼するとなんとも美しい模様をしていたりするため、心が汚れているとはどんな状態か少し曖昧で、間違えて認識する可能性があるかもしれません。

私は真っ黒ちんのモノクロレインボーで心を染め上げて生きていた時があります。同時に、心が綺麗な人とたくさん出会って生きていた時があります。

そんな経験には心の汚れと綺麗さを知る理解があり、仕組みへの気付きがありました。

ここでは、心が汚れているとはどいうことか?それはどんな人か?を、心を綺麗にする方法と共にご覧ください。

心が汚れている人

心が汚れているとは

心の汚れ。

「汚ったねぇ世の中で生きてんだから、汚れないやつの方がおかしいんじゃねぇの」

いきなり口が汚くなっちゃいましたね。

心の汚れを知るには、私達人間の身体を知ることが大切になります。

それは、身体は肉体と脳と心で構成されていること。

※スピリチュアルを含めると心から魂に通じる理解もありますが、話がややこしくなるのでここでは省きます。

この【肉体+脳+心】の作り、全てが連動し合っています。

肉体が汚れれば脳も心も汚れる可能性があり、脳が汚れれば肉体も心も、心が汚れれば脳も肉体も。

肉体が汚れるとは血や栄養素やエネルギーなど、体内を巡る循環バランスが崩れることや、肉体にそぐわない物質を混入させて、顕微鏡で細胞を視たらなんと自分の一部がミニうまい棒みたいになっている状態です。

その要因に食事や運動、健康管理に生活習慣がありますが、同時に脳と心の連動によるものもあります。

心が汚れるといっても、肉体や脳が汚れることでの副作用ということもあります。

そんな連動話から身体への汚れを作る大切なポイントがわかります。

脳です。

肉体を汚すのも、心を汚すのも、鍵を握っているのは脳が汚れるか否か、そんな内容をこれからお伝えします。

 

心が汚れるとは脳が汚れること

脳が汚れるとは、自分らしさに抵抗が多くなることでの結果です。

自分らしさとは受け入れられる状態やその様、在り方や価値観や生き方に抵抗や邪魔がない状態です。

もちろん自分の話なので、他者が邪魔、常識や価値観が邪魔などの他を介入させた概念はここにはありません。焦点は己のみの上での受け入れられる状態や様。

これに抵抗を作るのは脳。言い方を変えると、他の介入にて自分らしさがなくなると脳が汚れます。

ややこしい言い方になってしまいましたが、シンプルにお伝えするとこんな感じ。

脳の汚れとは拒否の認識によって増える抑制の縛り、支配へのあらがいです。

この世に自分一人しかいなければ、疑うことも、隠すことも、良い悪いの評価を下すことも、正否判断もしなくなり真っ新。物事に抵抗をあえて作らない様、自然体やありのままに受け入れている状態です。

この状態では拒否があるのは己の中のみの話、本能的制御や自己防衛の反射、肉体反応など。

脳の汚れとなる拒否とは、意識的にあえて抵抗を作る様です。

すると受け入れられる自然な様がなくなり、自分らしくいられないことで心が汚れます。

心の汚れに少しずつ近付いていきましょう。

 

心が汚れる仕組み

脳が汚れる要因は、他者の影響による拒否認識を作ることです。

世の中、環境、他者との関わり、自分自身、これらが腐っていればいるほど、脳が汚れるのは自然です。すると肉体も心も汚れます。

拒否が多くなってもその状態を受け入れれば、あえて拒否を作らないので脳は汚れません。

そのため、何も考えない人は脳が汚れず、連動して心が汚れることもありません。

私達人間は社会性に準じて、他者との共存・共有を図って生きていることがほとんどですので、食べものから肉体管理、意見から価値観、性格から人格、生き方までもが他者の影響を受けています。

どれほど純粋な清い心を持って生まれる子供でも、他の影響に受け入れられないことがあれば拒否します。

常識やルールによる観念化、他律、他人軸になることへの拒否。これらは自然なことですが、それを受け入れないことが肝。

意志が強く、自分の価値観や軸があればあるほどに拒否は多くなり、汚れます。

この意志が心のこと。

心が汚れるとは意志を押し潰されたくないとあらがうことでの結果とその様です。

キーは脳です。

受け入れ難いことに従順でなければ自然と脳は汚れます。すると付随して心の意志が折れるように、「嫌だー」という抵抗色が混ざっていきます。

それは透明な水晶玉に、拒否のあらがい色が少しずつ入っていくように。

 

心が汚れるのは現状へのあらがい

ポイントは拒否を作るか否か、あらがいです。

拒否を本当はしたいのに誤魔化すことはできません。他者はできても自分は誤魔化せない。

騙す方法は一つ、思い込み。何も考えない人や、純粋すぎて意志を消せない人は完全に思い込むことで思い込みではなくなります。最強パターンです。

しかし、少しでも他の影響に翻弄される場合には完全に思い込むことは困難。どこかで自覚して嘘や疑いとなり、拒否が拭えずにあらがい続ける理由になります。

頭であれば思考的に嘘をついたことに嘘をついて、さらに嘘をついてと終わることなく続けて誤魔化せますが、心はその誤魔化しの光景をジーッと見ています。

大企業の裏の顔を知り、「私はこの腐った会社をどうにか変えてやる!」と意気込むのが心が汚れるわかりやすい例かと思います。

あえて拒否が多くなる環境で正義を振りかざす自己満足はすごく楽しそう。ですが、戦おうとすればするほどにあらがい、脳が汚れ、自ら起業したりと作り出さないで執着と依存する。

気付いた時には心はドス色、もはやにおいまでも。

心が汚れるとは自分に誠実で真っ直ぐではない(意志を誤魔化そうとする)と同時に、他に執着して依存する様でもあります。

※心の詳細は、心を知るとモヤモヤの理由がわかる│スピリチュアルな心の働きとは をご覧ください。

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心が汚れている人とは

これまでの内容は、意志が強ければ強いほど、受け入れない拒否が強ければ強いほどに心が汚れることを意味します。

お伝えしたいのは、他の影響次第で心が汚れるわけではないこと。

意志と受け入れ許容の話。これは完全に己の内側の一件。

心は自らの力でしか汚せません。

「なにっ?!」と驚きました?驚かない?

心とは意志であり自意識、自らを認識する基であり波動感受、気持ちの感受をする見えない器官といった具合です。

ここに他の影響はありません。ありますがスピリチュアルな話になり、魂からのカルマや直感といったことなので無視。

自らを汚す典型的な行為、それは誤魔化しです。

心が汚れている人とは物事を、他者を、自らを誤魔化す人。

心が汚れるとあったこともなかったことにします。体裁のために、保身のために、苦痛回避のために、安泰のために。

反省も懺悔もしない、なかったので。

誤魔化して他者に責任を押し付けることも、「全部こいつが悪い」と。
執着して依存して、恐怖を擦り付けて、正当化を試みて、他者を利用して我欲を解消、蜜を吸い取るように他者を否定して排他して、馬鹿にして納得。

他者が、「そんなことしてひどい」と言えば、「してないよ、申し訳ないもん」と嘘。

これは己の首絞め行為。

嘘、騙し、偽り、虚、空、そんなことはない、はい、なかったことに。事実はいつでも頭の中で変えられる。しかし心の中では変えられず、誤魔化そうとする様をまじまじと認識して汚れていく。

心が汚い人は自らを苦しめます。

 

心が汚れている人と脳が汚れている人の違い

心と脳の汚れの違いは、自ら汚すのか、他から影響されることで汚れるのかです。

既に他からの影響があることで自ら汚そうとする認識となり、それが誤魔化しや疑いや執着の行為となるため、心が汚れている場合には既に脳も汚れていることを表します。

流れがあります。

初めに脳が汚れることで心が汚れる可能性が作られる、そんなイメージです。

心は自ら汚すしかないため、誤魔化しである嘘や疑い、自らを認めないが故の執着、正当化、支配にて、汚すことが起きます。

ですが、脳が汚れることで心を見失うこともあるため、脳の汚れで止まる人もいます。

この場合には心が汚れるわけではなく、綺麗なままの心がどこにあるのかわからないという状態です。

このように心か脳か、どちらが汚れているのかは明確に違いがあり、心が汚いのか、心を見失ったのかで分かれます。

  • 心が汚れている人とは
    ・・・自ら心を汚し、意志を消そうとする
  • 脳が汚れている人とは
    ・・・他の影響にて心を見失い、意志が弱くなり、拒否が多くなる

心が汚れていたとしても心は綺麗になります。しかし、意志が消えたかどうかが一つの重要ポイントです。

汚れていることが苦しくない場合には意志が消えて目が死にます。
苦しい場合には意志の反発=消えていないことを表します。

心と目は反響しているように心が汚れると目が汚れ、心が綺麗だと目が綺麗になり、意志がなくなると死んだ目になります。

苦しみや辛さなど、何かしら意志に反発する反応がある場合には心を綺麗にすることができるので、方法を見ていきましょう。

 

心を綺麗にするには

心が汚れている人と心が綺麗な人の違い

心が汚れている人と、心が綺麗な人をわかりやすくする存在がいます。

それは、心を汚すことができない人

意志が強く、消すことができない人のことです。

私が知っている関わりのある人ですと、サイコパス、発達障害、知的障害、ダウン症の症状や兆候が見える人々が最もわかりやすい代表です。

サイコパスは変則的なので、心が純粋すぎて他者に大迷惑なんてこともあり、自らを愛することに真っ直ぐひた走り、周りを見ないこともあります。

同時に、心を汚すことに喜びを覚えると、自ら進んで心を汚しまくろうとするところもあります。謎が多いですが純粋が故の在り方であり、元々の心の綺麗さを表していたりします。

心を汚すことができない人(サイコパスの一部を除いて)は、「心が綺麗すぎる人」という具合です。

眩しすぎるので時に嫌われ、生きづらさを感じやすいです。

特徴は意志が異常に強く、自分を消せないために他の影響が常に強くのしかかる。

しかし、自分を消せないとは=自らを受け入れる許容が広いことを意味し、他は拒否したとしても己は拒否しない。

心が綺麗な人とは、自らを拒否しない人です。

どんな自分でも認め、喜んで受け入れます。

心を汚すことができない人は極端な例となりますが、どれだけ他の影響があっても自らは受け入れ続けます。しかし、他は拒否しまくる人もいます。
※脳が汚れすぎた場合には、心が汚れるわけではないけど見失う人はいます

すると起きるのが、脳はガンガン汚ない、ヤバい汚ねぇほどにも。そして心が異常に綺麗、とんでもなくピッカピカ。

心が汚れている人は自分を拒否しますが、他をどれだけ拒否しても、自分だけは拒否しないのが心が綺麗な人の特徴です。

※心が綺麗すぎる人の話は、純粋すぎる人は生きづらくて大変│ピュアは時に罪になり嫌われる をご覧ください。

純粋すぎる人は生きづらくて大変│ピュアは時に罪になり嫌われる純粋であることは誠実な人間性と心の純度を表し、幸せを引き寄せるように生きられます。 世の中が一人だったら…ですが。 他者との...

 

心を綺麗にするためのポイント

心が汚れているのか、見失っているのか。

汚れているのは心なのか脳なのかを見極めることがまず第一です。

見極めポイントは拒否がどこにあるか。

自分に対してか、人や常識や価値観などの他か。

言い方を変えると、生きている時の着眼がどこにあるか。自分を見ているのか、他者を見ているのかです。

心が綺麗な人は自分を見ています。他者なんかどうでもいいすら考えない所までいっちゃうとサイコパス的な綺麗さ。

心が汚れている人はどこも見ていません。誤魔化しているので盲目状態。

脳が汚れている人は完全に他を見ています。

※心が綺麗な人の詳細は、心が綺麗な人の特徴に美形もブスもない|自分で選んだ容姿にスピリチュアル をご覧ください。

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心を綺麗にする方法:脳が汚れている場合

脳が汚れている場合におすすめの方法は断捨離です。

何を断捨離するかは自由にしてください。ですが忘れないでほしいことは、自分を象徴する物事を断捨離することです。

例えば、家、仕事バッグ、脳内思考、一日のスケジュール(時間の過ごし方)、肉体などなど。

  • 家やバッグ内は掃除
  • 思考やスケジュールは考えることや思考巡り、過去や未来へ行ったり来たりすることを鎮めて手放すために、リラックスや癒し、趣味や娯楽を増やします。そして何より瞑想による断捨離
  • 肉体は運動や食事の見直し、そして何より断食

※参考にリンクをご参照あれ

断捨離は、あるものを把握しながら整理整頓、不要なものは手放します。部屋の整理整頓は脳の整理整頓にも繋がり、心の改装工事、修理修復にもなります。

瞑想による思考の断捨離も大切です。頭の中と部屋は通じているように共鳴しているので、煩雑によるどこに何があるのかわからない=思考が散らばって把握できていない状態を対処します。

肉体の断食は体の中の断捨離。体内の汚物、不要物を蓄積せず流し、心身を休めて機能改善。

断捨離には排出と同時に、把握による整理整頓、自分の理解度UP、鎮めて癒す効果、そして流れを作る循環作用の創作もあります。

脳が綺麗になると自然と心が現れ、心は元々綺麗であることを知ります。

「よっ、心。しばらく放っておいてごめんね」
「ずっと隣にいたんだぜ、忘れんなよ、もう許すけど」と直ぐ仲直りできちゃう。

※悩みの正体は、悩みを解決する方法で正体が見える│紐解くとわかる解決しない案? をご覧ください。

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心を綺麗にする方法:心が汚れている場合

心が汚れている場合、自ら汚していることを自覚することが必須になります。

そのため、自ら汚している自覚がなければここでの内容は戯言、無視してください。

ここで重要になるのは自分に正直になることです。本当に自覚がなければ無視してくださいね。

心と向き合えるのは本人しかいません。そのための助力は知識の活用、自らが自らの理解と解釈で受け取ることが重要です。

知識でなければ、カウンセリングや心理療法やセミナーなど、専門の方の協力が大切ですので、見極めは常に大事な意志そのものです。

ここでの知識活用の場合には、如何に自らを誤魔化さないかです。

嘘をつかない、疑わない。他者に嘘をつくことや疑うことは、そのまま自らに嘘をついて疑うことを意味します。

それをするのであればそんな自分を受け入れます。嫌であれば、誤魔化さないことで拒否を減らすことができます。

正直さ、誠実さ、それは他者へではなく自分に対するものです。

勇気、自信。まずは自分を信じることからです。

※心を満たす方法は、心を満たす方法は心の仕組みを知ること|満たされない理由は愛の喪失 をご覧ください。

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心が汚れている人が綺麗にするには まとめ

心も脳も肉体も、全てが連動し合って私達は構成されています。

そのため、自らを知ることがとても大切で、他の影響を知ることが関わる話です。

私達は個々に身体を持って生きていますが、生きるという行為自体は常に他者との関わり、それは社会性という環境で起きています。

他との関わりで生きる行為をして、その結果として今日も個々に生きています。

生きる行為は他と自、生きている結果は自。

両方大事です。

ですが、やはり特に大事なのは自。

その自とは心。心は意志、誰にも干渉も介入もでき得ない領域、一切他の影響のない完全なる己の確証であり、信念と通じる入口。

どんな影響が他からあっても、最終的にそれを受け入れるか否かは、影響を受けている自分を自分が受け入れるか否かです。

それが生きている証拠、生かされるのではなく生きること、脳ではなく心を持つこと。

その心は既に、そして常に綺麗。汚れていれば誤魔化している証拠、やめれば直ぐに元通り綺麗になる。

トリッキーなのが脳。脳は心を忘れたと思い込める、誤魔化しを使って。

誤魔化しは自らへの疑い、不信。脳に支配され、軸も主観も核も自ではなく他になった証。

ですが常に心は存在し、目くらましのすぐ隣にチョン、いえドンッとある。

気付くか否か、それは脳と心の見極め、汚していることの自覚、自分自身を正直に見る純粋な目。

その目が心となります。

もし関わる機会があればダウン症の方の目を見てください。それは完全なる純粋な光。

心の綺麗さをそのまま表す愛。紛れもない自らを愛する光です。

断捨離、正直。思い当たる内容であれば、ぜひ活用して見直しをしてみてください。

何か役立つことを願います。

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