方法

【沈黙が苦にならない人・理由・方法】気まずい時の三点セット

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「さぁ誰がいく、この気まずい雰囲気を破壊する救世主は誰なの?!」

「な、なな、ななななんか飲む?ジュース買ってきてあげるよ」

「優しい素振りで逃げたー」

こんな心理を小学校の卒業文集に書こうとして、先生に却下された記憶が蘇ります。

誰しも気まずい沈黙を味わい苦しんだことがあると思います。

私も沈黙が苦痛でした。しかし、今では初対面の人との沈黙でも苦にならなくなりました。

過去と今の違いには、明確にあることが潜みます。

ここでは、沈黙が気まずい時に知りたい、沈黙攻略法を見ていかれてください。

  • どうして沈黙は苦になるの?
  • 沈黙が苦だった過去と、苦にならない今の違いとは?
  • 沈黙が苦にならないためには何をすればいいの?

これらを紐解き、「沈黙の気まずさは自分次第で変えられるんだ」と知っていただく内容となっております。

気まずさ解消には相手ではなく自分自身の心理を知る大切さがありますので、一つの考え方としてご参考になれば幸いです。

沈黙が苦にならない人・理由

沈黙が苦になる相手と苦にならない相手の違い

初めに、関わる相手によって気まずさの有無が変わることから、どうして沈黙が苦になるかを明確にしたいと思います。

「この人といると気楽ー、全く沈黙が気にならないー」
「この人はなんか緊張するな、沈黙がまるで恥さらしの拷問だ」

何が違うのでしょうか?

状況や状態によって考えられることは多々ありますが、ポイントを一つにするとこんな共通点があるかもしれません。

自分の世界に入れるか否か

  • 沈黙が苦になる相手は、自分の世界に入ってはダメ、失礼、良くない、相手の世界に合わせないといけないと思う人
  • 沈黙が苦にならない相手は、自分の世界に入って相手の世界に合わせないでも気にならない人

相手にフォーカスしないと関われない相手は、沈黙が苦になる。
放っておいても気にならない相手は、沈黙が苦にならない。

己の世界に入らず、こちらに注目している相手は、沈黙が苦になる。
己の世界に入って口笛ピープーしている相手は、沈黙が苦にならない。

情報詮索しないと不安になる相手は、沈黙が苦になる。
情報詮索しないでも不安にならない相手は、沈黙が苦にならない。

テリトリーを広げて把握・管理・動向認知しないと安心できない相手は、沈黙が苦になる。
テリトリーを広げなくても安心できる相手は、沈黙が苦にならない。

「自分の世界に入って関われると、沈黙が苦にならない」
これがキーワードです。

 

沈黙が苦にならない理由

ポイントは相手の前で自分の世界に入れるかどうかです。

相手の前ですので、自己開示せずにコロンと白糸、グルグルコクーン状態とは違います。

相手を詮索・把握しない状態になれるかどうか、詮索・把握しない自分を披露してもいいと思えるかどうかです。

 

自分の世界に入れる時、無防備な自分を許せる

初対面であればあるほど、不安や恐怖を人に対して持っていればいるほど、人付き合いやコミュニケーションが苦手であればあるほど、この世は戦場であると思っていればいるほど、心を開かず自己開示しない傾向があると思いますので、入りにくくなります。

自分の世界に入れるか否かの着目は、入る自分を許せるかどうかと考えられます。

「相手は相手、私は私という感じでいいよね」と思える人は、沈黙は気まずくも苦痛にもなりません。

心を開ける相手という捉え方もでき、そうでなくても相手の前で無防備になっても不安にならないかどうかです。

無防備な自分になることを許せる人は、沈黙が苦になりません。

 

自分の世界に入れない時、無防備な自分を許せない

なかなか人前で無防備な自分を許すのは難しいと思います。

無防備になれば何が起きるか、何をされるかわからない世の中であれば、「戦場のど真ん中でピクニック楽しいなぁ」みたいなものです。

許せない理由にはこのようなものがあります。

無防備を許せない理由
  1. 不安や恐怖を怖れる心理
  2. 常識や世間体による観念ルール
  3. 対人関係での危惧による自分を許せない縛り
  4. 心を開いてはならない不信感(信念体系)
  5. 心を開けない(許せない)相手との関わり

心を開く自分を許せない相手であると、沈黙は苦痛過ぎて泣いてしまう人もいます。

人に限らず状況や状態によって、沈黙が苦にならなければならないと思う時もあります。

例えば、他企業との初対面打ち合わせビジネスシーン、「ちょ初めー、ねぇねぇ最近キャバクラ行ってんの?もうもう」なんて無防備、自分の世界に入り込んでいる。

「こんな自分を許してはならぬ、さもなくば切腹である」と思う人もいるかもしれません。

極端な例でなくても、「パジャマのままで人前に出てはならぬ」など、自らにルールや制約を課すことで、無防備な自分を許しにくくなる人もいます。

不安や恐怖心に飲み込まれる危険性や、無防備で関わっては危惧があると案ずる心理に基づき、自分の世界に入れない相手や状況や状態があると沈黙が苦になる、と考えられます。

 

沈黙が苦痛だった過去と今の「ある違い」

私自身、会話中に沈黙になると、「まずいまずい」と警報アラームが心身内部で鳴っていました。

不安と恐怖が先行しており、沈黙になるとあらゆることを考え始めます。

「く、相手の状況が読めなくなった、不安だ」
「嫌われてしまうから話さないと」
「つまらないと思われて評価が下がる」
「コミュニケーション下手で価値がない人だと思われちゃう」
「嫌だ!」

全て自分の思い通りにいかなくなったことでの危惧、他者の責任を勝手に負うための過干渉、不安や恐怖に自己対処できないがためのアラーム警報でした。

自己開示せずに相手の詮索ばかりして、自らの不安や恐怖を解消する目的を最優先していた私は、沈黙という相手の出方がわからない状態に違和感を感じます

「納得いかない」状態です。

当時はこんなに自分のことしか考えていないと自覚していませんでしたが、私の場合は事実でした。

自己愛が強く、自分を護りたい自己防衛スタイルを強固に構築しており、「沈黙を気にして話すのは相手への優しさだ」とあわよくば自らを誤魔化して納得できるように企みます。

恐怖心を克服した時にこの心理がパッとなくなり、沈黙が苦痛にならなくなった時に、ある違いに気づきました。

 

「ある違い」とはテリトリー意識

沈黙が気まずくなくなって気づいたのは、これまでの相手との会話時、自分のテリトリーに飲み込んでいたことです。

沈黙が苦痛だった過去と、苦痛でなくなった時の違いとは、「相手のテリトリー尊重皆無」です。

一対一の関わりでは、自らのテリトリーと相手のテリトリーを寄せ合わせるのではなく、二人を一つのテリトリーにしており、良いことだと思っていました。

これによって相手を把握できるので、不安や恐怖を解消しやすくなります。

しかし、沈黙や予期せぬ言動など、相手を把握できないと急激に不安と恐怖に駆られます。

違和感になり、苦痛を感じ、怖くなり、耐え難くなり、納得がなくなり、なんとか心地悪さを対処しようと、無理矢理話してとにかく沈黙を壊そうとします。

自らのテリトリー内部で好き勝手されていると思い込む状態であり、迅速に管理・保守・防衛活動に入るイメージです。

二人の会話であれば二つのテリトリーを一つにするのが良いことだと思っていましたが、これは心を開き合う関係性の時に限ったものだったりします。

心を開き合う場合にはお互いが開いている条件の元、一つのテリトリーで調和や共有が起きます。素敵です。

しかし、そういった特殊な関係を除いて(または一方が心を閉じている場合)、どちらかのテリトリーに偏ると、勝手に思い込んで責任を負おうとする一方と、執着して気まずさの解消を委ねる一方が作られ、執着や依存関係を増長しかねません。

人と人の関わりはテリトリーを干渉せずに寄り添うと尊重になります。相手を飲み込まず、自分は自分、相手は相手と個を尊重する状態です。

※苦痛が苦にならない人の特徴は、自分のことを話さない人の特徴と心理│そもそも何で話すのか? をどうぞ。

 

沈黙が苦にならない方法

沈黙を苦にしないためのポイント

初対面など相手を情報把握する意識が強ければ強いほど、ビジネスシーンでのプレゼンなど、「責任を負わなければ」と思えば思うほど、周囲の評価や判断を気にする意識が強ければ強いほど、無意識にテリトリーを広げます。

飲み込む意識はなくてもゴクン。見えない領域ではさまざまな活動を私達人間はしています。

相手を飲み込んで自他を区分けすると個の主張になりますが、相手を飲み込まないで自他を区分けすると個の尊重となり、「私には私の世界がある」「あなたにはあなたの世界があるもんね」と、テリトリー尊重が生まれます。

自分の世界に入りながら関わるからこそ、自分の世界を守り、不安や恐怖に対応する責任を持ち、相手は相手なので干渉せずに責任を持ち合った関わりができます。

沈黙が苦にならないポイントは、相手のテリトリーを尊重して飲み込まない、または自らのテリトリーを飲み込まれないようにすることです。

 

沈黙との向き合いは二つの捉え方

  1. 自分のテリトリーで飲み込まない
  2. 相手のテリトリーに飲み込まれない

自らの在り方を見直す大切さがありながら、相手によって沈黙が苦痛になっている可能性もあります。

それぞれからアプローチする方法を見ていきましょう。

 

沈黙が苦にならない方法①:自分の世界に入る

一つ目は、自分のテリトリーで飲み込まない。相手を飲み込まないテリトリー尊重です。

無意識にテリトリーを広げて相手から情報収集し、空気を読んで、雰囲気を察知するのが私達ジャパニーズメンタルです。

暗黙のルールという根強い文化がありますので、意識せずとも当たり前のようにテリトリーを広げ、いち早く変化や動向や空気を詮索しようとする癖は自然と付きます。

とても大切な社会性、集団主義の礎ですが、「自分の世界の大切さ」を忘れてしまう可能性があります。

自分を出さずに相手を気にかけ過ぎているかもしれません。この時のテリトリーは相手を囲むようにブワンと広がっています。

気にかけると、「自分を出すと嫌われてしまう」と思うかもしれません。

実際に自分の世界を出すと嫌われます。相手に押し付けてしまうためです。

しかし、出さずに入る場合は嫌われません。

沈黙が苦にならない方法は、自分の世界に入ることです。

自分の世界に入るとは、自分と向き合う意味。孤独で生きられる人は沈黙は苦にならなくなります。

自分と対話するのが好きな人、自らのことを他ではなく自らで認める人は、テリトリーを広げずに自分は自分、相手は相手と尊重します。尊重するつもりがなくても干渉しないので、自然と相手のテリトリー尊重になります。

不安や恐怖と向き合うことが最も重要ですが、経験にて育む必要があるので今直ぐ解決できるものではありません。

おすすめしたいのは、自分と向き合う時間を増やすことです

 

自己対話を増やすと沈黙は「間」になる

自分との向き合いは、一人で行動する、一人旅をするなどさまざまにありますが、ここでお伝えするのは自己対話です。

自分が自分に対して話しかけ、返答する。独り言ですね。

周囲の目が気になると思うので、頭の中でするのが良いと思います。

「今日のご飯は何にする?」
「そうだね、昨日がホットドッグだったから、今日はドナルドダック」
「…食べ物?」

自己対話によって客観視しやすくなり、俯瞰性と認識力が高まるサービス付

慣れてくると沈黙は「間」という空白タイムとなり、「沈黙=じーっと無」の概念はなくなり、何かしら考えたり、自己対話したり、間を感じて味わったりと、自分の世界に間を取り込んで楽しめます。

この時、沈黙が苦にならなくなっています。

沈黙は自分の世界で物事を捉えやすく、「ふむふむ、今はどういう状態かな?」という間になり、好きに使っていい自由時間になります。

考える時間になり、認識を高める時間になり、会話や質問を見出す時間になり、笑い作りの緩急、ユーモアにもなります。

沈黙があるからこそプロポーズの意味をギュッと濃くできるように、沈黙の捉え方が一変します。

※自分と向き合う孤独については、寂しさを感じないのは責任と自覚の表れ│特徴からわかる孤独ではない訳 をどうぞ。

 

沈黙が苦にならない方法②:「聞く力」を育む機会にする

もう一つの方法は、相手によって沈黙が苦痛になるケース、相手のテリトリーに飲み込まれない方法です。

自分の世界に入っても、相手が詮索を強めて沈黙した時に気まずさをフル表現する場合、世界から引き戻されます。

気まずさ表現は、自分の世界を出す状態ですので、相手への明確な干渉行為です。

この影響によって沈黙が苦痛になっている可能性があり、既に相手のテリトリーに飲み込まれていることがわかります。

例えば、初対面の人と会話する時、自分の世界に入ってしまえば沈黙は気になりませんが、相手が世界に入っていなければBluetooth検索中のように、「ピッピッピ、情報詮索できません」とテリトリードアをコンコンされ続けます。

呼ばれたのでドアを開くと、地獄のような沈黙が広がっており、「はぁ、外界はこんなことになってたの?!」と驚き、自分の世界から引きずり出されます。

相手に飲み込まれないためにも、関わる目的を明確にすると、再度ドアを開いて自分の世界に戻れます。

目的は、「聞く力を育む機会」をご提案します。

 

「聞く力」を育める沈黙タイム

目的をはっきりしておくと、沈黙が起きてもへっちゃら、なんのこのです。

目的を定めるためにも選択を明確にすると準備万端、「聞く」行為へ向かえます。

選択はこちらです。

自分の世界に入らないでテリトリーを広げる選択。
空気を読む能力によって情報察知が速く、ほとんどの情報は思い込みになります。不安や恐怖を解消して自分を納得させる利益がありながら、沈黙が苦になる対価を要します。

自分の世界に入ってテリトリーを広げない選択。
情報察知速度は限りなく遅く、情報収集がないので相手のことを把握できませんが、思い込みや勘違いをしなくなり、「会話は相手を知るための時間」と目的が明確になり、着目が相手になります。

テリトリーを広げて詮索するとわかった気になり、思い込みを強めていきますが、テリトリーを広げないと相手の動向は直接聞かないとわからない、そんな事実がはっきりします。

自分の世界に入りながら関わる選択を明確にすると、雰囲気での情報把握ができない代わりに、相手を知ろうとすることで、「聞く」行為が加速します。

自然と質問したり、相手を知るための傾聴に繋がり、自分の世界を忘れないからこそ相手に着目して関わることができ、沈黙は自らを見直したり高めたり育んだりと、プラスの意味をもたらす機会になります。

社会的には自分の世界に入らないでテリトリーを広げる方が利益が多いこともありますので、仕事の時はこう、プライベートはこうなどと選択するのが良い塩梅です。

※沈黙者へのイライラ対処は、会話が続かない人へのイライラに答えがギュー│対処法は既に自分の中 をご覧ください。

 

沈黙が苦にならない人・理由・方法の三点セット まとめ

沈黙の苦痛や気まずさをなくすポイントとして、「どんな関係性が苦にならないか・どうして苦になるか・苦にならない方法とは?」の三点を知っていただきました。

苦にならない関係性とは、不安や恐怖を自己解決する個と個の関わり、干渉し合わずに個を尊重する関係性。

苦になる理由は、テリトリーを広げた情報詮索、直接の会話で相手を理解するのではなく、思い込みにて納得を取得して、不安と恐怖を解消できる手法行使の対価払い。

苦にならない方法は、自分との向き合いを設けて自分の世界に入り、「聞く力」を育み自らを高める機会にしながら相手も安堵する一石二鳥。

こんな三点セットが沈黙攻略法という考え方です。

私達は過去の経験と記憶にて現在の在り方、価値観、観念、認識が作られています。

価値観や観念によって考えや行動を作りますので、心理や意識、そして日本の文化や慣習が重要な鍵になります。

日本で重要なのは暗黙のルールへの順応性、空気を読む察知力かと思います。

情報詮索は相手を知る以上に不安や恐怖を解消したり、満足や納得を得る利益取得であることは明確です。

相手を知る際には面々になって聞く伝えるの情報交流があり、相互コミュニケーションという方法があります。

なんの目的を持って人と関わるのかは人それぞれであり、状況や状態によっても変わりますので、自分との向き合いがとにもかくにも大切になると思います。

まずは自分の世界を大切にされて、玄関を開けて、イン。

自分を知れるから相手を知ろうとできますので、自らの世界を大切にするためにも、「沈黙」がもたらす機会を活用されてみてください。

三点セットが何かお役立ちできれば幸いです。

それでは、沈黙が苦にならないお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

著名なメンタルセラピストとして知られる、西澤裕倖(にしざわひろゆき)先生とのセッション機会。
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