変人とは

個性が強いと言われる訳がある|特徴からわかる個性的とは違う人

「変人かっ!」と言うのは失礼かもしれないな。

「個性が強い!」

…「それどういう意味?」

言われた方はわかりません。

個性的や個性が強いと言われる場合、あなたはどんな人なのでしょうか?

個性の意味が分かることで、個性的や個性が強いことの意味が明確になります。

そこには良いも悪いも両方含まれた理解があり、本当の意味での理解があります。

そんな理解とは、「私ってなんなの?」への気付きです。

難しい話はありません。個性が強いと言われることへの理解と、言われる理由がわかる話を特徴と共に見ていきましょう。

個性が強いとは

初めに個性の意味、そして個性が強いの意味をご覧ください。

個性の意味

個性とは : 個々の人または個々の事物に備わっていて、他から区別させている固有の性質

※引用 コトバンク

このように辞書には書いてあります。

言葉の定義以上に、”自分という存在”を主体にして考えると、個性には性質や性格以上に大切な理解があります。

それは、このような解釈です。

個性とは : ”自分という存在を一つとして認識すること”

あくまでここでの内容ですので、自分にとって必要で違和感のない解釈をピックアップしてご覧ください。

個性があると思う場合、自分のことを自分で認識して、他者に影響を受けない人間性があります。

 

個性が性質や性格ではない理由

個性が性質や性格ということになると、個性がない人は存在しないことになります。

生きていれば生活環境や人格や気質が誰しもにあるので、性質や性格がない人はいないからです。

「みんな個性があっていいじゃないか」と思うかもしれませんが、”個性がない人がいない”となると比較対象がないので、個性がないことも個性なはずなのに、個性がないこと=個性ではないというルールを作ることになります。

それだと既に存在する私達一人一人に個性があるかないかを認識するのではなく、個性があるかないかを事前に設定したルールの上で、「あなたはこんな個性がある」と決めることになります。

言い方を変えると、評価や判断材料としてのルール設定になります。

そのため、性質や性格を個性とすると、「こんな個性があるのが私らしい」「あんな個性的な人は面白い」など、他者と比較することで自分を見出す在り方を作り、他者と区別する性質や性格になります。

それは、個性を持つために自分を認識するのではなく、自分を認識するために他者と区別して自分を見出す性質や性格が個性という。

個性を得るための個性、個性を作るための個性、他と区別するための個性という謎であり、矛盾です。

 

個性は他者と比べずに自分を認識する意識のこと

個性は性質や性格ではないとすることで、誰しもに個性のあるなしが生まれ、個性があると思っても、ないと思っても、ないことが個性だと思っても、それは一人一人個々の認識次第になります。

それは抑制や縛りではなく、個を尊重し、認識に任せる自由な解釈を広げます。

思想とは縛られるものではありませんので、「自分で決める」ことが大切です。ましてや、個性という自分に関するものであればなおさらです。

そのためにも”個性”があり、個性があることで自分のことを自分で認識して、物事を知り、考え、感じ、想うことができます。

個性の意味である”自分という存在を一つとして認識すること”とは、言い方を変えると”自我意識”のことです。

自我意識とは、「私は私」と認識する意識で、肉体と脳と心の三位一体にて構成される私達一人一人にあるものです。

「私は私」と認識する時に、自分を観て理解するのか、他者を観てから自分を観て理解するのかにて、個性があるかないかが分かれます。

 

個性とは自分らしさ

個性とは自分という存在にある肉体も脳も心も全てを含めて一つとして認識することで、それは自分の内側にある理解です。

そのため、外側に目を向けて理解するものではなく、他者の存在は一切皆無です。

自分の意識で自分のことを認識することは、肉体感覚を感じ、脳の思考や感情を知り、心の気持ちを理解することです。

言い方を変えると、自分の内側に矛盾を作らないことで、思考と行動の差を作らないことや、感覚から感じる気持ちを偽らないことです。

それは、自分に嘘や誤魔化しをしないことで、自分らしさに抵抗を作らないことを意味します。

個性とは、自分で自分のことを認識する意識であり、自分らしさに抵抗をつくらない自分自身のこと。
他者にて自分を認識することはせず、嘘や誤魔化しにて内側の認識に偽りや矛盾を作らない人間性。

以上から、個性とは自分らしさに邪魔をしない自分の人間性や在り方(意識)のことを意味します。

 

個性が強いとは

個性の意味から、個性が強いとはどういうことかわかりやすくなります。

自分で自分のことを認識する意識が強いということです。

個性とは自分らしさに対して邪魔しない様であり、そんな自分を意味するので、個性が強いとは、「自分らしさを邪魔しない感が強い人だよね」ということです。

それは、「自分です、我です、己ですって認識している感が濃いね」です。

言い方を変えると、「癖が強い」「変わっている」などのことですが、より理解を深めると、「他の人とは違う独特さが半端ないね」という具合になります。

自分らしさに対する邪魔や抵抗がないことは、清々しく心地良いことです。

なぜならば、自分らしさに抵抗がない人は、不安や恐怖に苛まれる状態がなく、喜びや幸せに満ちて楽しく心豊かに生きることができるためです。

そんな個性が強い人の特徴がありますので、順番に見ていきましょう。

 

個性が強い人の特徴

1、迷いや躊躇、悩みや心配がない

個性が強ければ強いほどに、迷いと躊躇はありません。

自分らしさへの抵抗がないために、自分として生きることに違和感や不調和がなく、辛さや苦しみの認識が少ないです。

そのため、悩みや心配を作ることが少なく、作っても迷いがないので直ぐに解決できます。

 

2、他者と比較して区別しない

個性がある以上は自分のことは自分で認識するので、他者と比べて区別することはありません。

他者と他者を比較することはありますが、自分を含めないので、認めて、褒めて、必要として、愛してなどの承認欲求や、他者を利用して自分の存在を見出し、価値を作るようなことをしません。

己の価値は己で理解している人です。

 

3、自分の意見を持つ

個性があることで、自分の中での違和感を作りません。

思考と行動のギャップや、他者の意見を自分のものかのようにする偽りや嘘の演技になんの喜びもなく、常に自分の意見を作ったり、意志を持って作らない選択をします。

意見がなければ、「わからない」「どうでもいい」などと嘘をつかずに自分らしさを認識した行動をして、意見を作りたければ作ります。

 

4、嘘をつかない

個性がある人は嘘をつくことに喜びや利益がありません。

他者の目や反応や評価を気にすることに自分らしさがあれば喜んでしますが、個性がある以上他者の認識を自分のものにすることに利益はなく、嘘をつくことは自分らしさへの抵抗であり邪魔でしかありません。

そのため、自らに抵抗を作り、苦しめ行為となる嘘や誤魔化しや偽りはせず、嘘は自分にも他者にもつきません。

 

5、嫌われやすい

今の時代では嘘をつかないことや、自分らしくあることは嫌われる理由にもなります。

それは、他者と比較して区別することで自分を認識する人が多く、自分らしくいられないことが当たり前であるような風潮があるためです。

そのため、自分らしさに自信を持って、喜びに溢れて嘘をつかずに言いたいことをズバズバ言うような人と波動も波長も合わない人が多くなります。

すると、自分に合わない人に対して排他意識を持つ人からは嫌われます。

ですが、嫌われても本人にとっては何の影響もなく、周囲で勝手に嫌っていく状態ですので関わることもほとんどありません。

 

6、おべっかやこびへつらいをしない

ゴマをスリスリ、面白くないことにもあはははは、お酌を差し上げてごきげんとり。

個性が強い人には一切無縁です。

へどがでるほどどうしようもない。やりませんので嫌われます。

嫌われること以上に自分を喜ばすことを優先します。自分の意見があるために、自らを苦しめ、我慢や忍耐を良しとすることはありません。

 

7、個性のない人に興味関心がない

個性が強い人は、個性のない人に対して当たりが強い傾向があります。

個性のない人を卑下する思考があり、面白くなければ興味も関心も持ちません。

自分に誇りを持つために、個性なく意見も意志もなく自らが自らに責任も持たない人を軽視します。

その区分けは、個性的な人と個性が強い人の違いとして顕著に表れます。
※詳細は後述しています。

 

8、誰にも見せない闇を心に抱える

個性が強い人は個性を強くする動機を持ち、強くするための歴史があります。

その動機には個性を強くしようと抱く過去があり、自分を変えようとする理由があります。

個性が強い人は喜びに溢れ、自信と自尊を持って強い意志にて生きているので、自分らしく喜びに溢れますが、一人になった時に奥深くに潜む闇が見える時があります。

その闇は自分でも自覚できない所に行っている人もおり、気が抜けた時にちらッと見える真意があったりします。

以上が個性が強い人の特徴です。

個性が強い人には良き面も悪い面も共にある”自分らしさ”があります。

※個性が強い人と似ている普通じゃない人の詳細は、普通じゃない人に辛さと喜びの人生│自分の意志が強いと弱くなる をご覧ください。

普通じゃない人に辛さと喜びの人生│自分の意志が強いと弱くなる「普通になりたいなぁ、フンフフーン♪」と枝をシュンシュンしながら歩いていました。 突然現れたのは、ヤベーやつか、怖い人か。いえ、普...

 

個性が強いと言われる意味

個性が強い人と個性的な人の違い

個性が強い人とは、自分のことを自分で認識する意識が強い=”自分らしさを邪魔しない感が強い人”です。

なんか違和感がありませんか?

「なぜ、わざわざ強くするの?」という話です。

自分で自分を認識する、自分らしさを邪魔しない、以上です。わざわざそれを強くすることも必要もありません。

個性が強い人は、「個性を持とう=自分を明確にしよう」と思った過去があります。

そこに個性的な人との違いがあり、個性的な人はそのように思うことがありません。

 

個性が強い人の過去に個性が強くなる理由

個性とは自分らしさのことであり、それを自分で認識することですので、自分のことを理解する意味があります。

そのため、「個性を持ちたい」と「自分を知りたい」は同じ意味でして、自分のことがわからない経験があることで、個性を強くする動機が作られます。

それが、自分らしくない過去の記憶です。

個性が強い人は自分らしくない過去があるために、自分をより明確に知る動機を持って個性を強くした軌跡がある

個性が強い人はそれぞれに幼少期などの過去に、自分らしくないと自覚した時があり、苦しみや辛さを味わって生きた経験を持ちます。

それは親の躾や教育や洗脳、学校でのいじめやみんなと同じにできない苦しみなど、さまざまに自分らしく生きられない環境があることで、個性を強くする動機になる記憶を持ちます。

それは反骨精神でもあり、苦しみからの解放でもあり、自分を見出す成長でもあり、意識的に自分を強く見出すために自信と自尊を持つ生き方を目指します。

自分らしくあることへの気付きにて、抵抗や邪魔となる思考や在り方や考え方を撤廃する勇気を持ち、周囲の目や反応を気にしない恐怖の克服があり、強い意志を自覚して持つに至ります。

特に恐怖を克服する経験によって誇りを持ち、自尊を強め、個性が強くなる結果を得ます。

 

個性的とは自然に自分らしく生きる様

個性が強い人と個性的な人は全く違う人です。

個性が強い人は上述の通りで、自らの意志にて個性を見出す意識があり、個性が強いと周囲に思われる状態になります。

しかし、個性的な人は個性を見出す意識がありません。

自然な姿として、自分らしく生きることに抵抗を作らず、ありのままの自分として生きることで個性的に見られます。

両者には意識的な努力か、無意識な在り方かの違いがあり、若干の反社会性の有無があります。

  • 個性が強い人とは・・・意識的に努力して手に入れた自分らしさを持ち、過去の記憶から反骨心や個性がない人への反発がある
  • 個性的な人とは・・・無意識な在り方となる自然な自分らしさにて、抵抗のみをなくす生き方を求め、攻撃性も反発もない

個性が強い人とは、個性や自分への意識が強いために、個性のない人に若干の引っ掛かりがあります。

それは過去の自分を観ているかのような、変化を求めない人や社会に反発心が多少あり、個性的な人との違いを作ります。

 

個性が強いと言われる

個性が強いと個性的は全く違うために、周囲の人は個性が強い人に対して”違和感”を感じることがあります。

個性的な人は自然な在り方として自分らしさに抵抗がないので、違和感を周囲に感じさせません。

個性が強い人は、「自分で自分を見出すぞ」という思考があり、自然でありのままとは違います。

その在り方には若干の近寄り難さや、近寄るなオーラや攻撃性のある波動を放ち、自分のない人や個性のない人を別枠にして観るような見方が潜みます。

そこに自覚がなくとも、過去の記憶が心のどこかで引っ掛かりとなり、過去の記憶を認めない自分が奥底にいることで無意識の反旗を掲げています。

それは、周囲の人に”違和感”という不自然な様として伝わり、「なんでか理由がわからないけど、個性が強いって言ってやりたい」という、そこにも反旗が潜みます。

個性が強いには良い意味も悪い意味もあるので、もし言われて心地悪い感覚や、嬉しくない気持ちになるのであれば、言ってくる側は悪い意味を含めて発言しています。

その場合には、言ってくる人にも反旗が潜むために、同じ波動状態での反発にて、「なんかこの人気に食わない」「個性強いな、嫌だな」という反発が潜みます。

個性強いな発言の内訳

言う側、言われる側の無意識を言語化すると、

「この人自分らしさが不自然でピリピリするから嫌だ」→「個性が強い」と発言する。

発言されることで、「この人嫌悪を含めて発言しているから嫌だ」と心地悪さを感じる。

※共に反発し合う波動を持ち、心地悪い感覚を両者が感じている

 

個性が強いと言われて心地悪い場合は自分を見つめる

個性が強いと言われても良い意味で言われていれば、心地良くて何の問題もないと思います。

しかし、心地悪い場合には両者の反発が起きています。

それは、個性が強いと言ってくる側に一方的に問題がある訳ではありません。

言う側は、自分らしさに抵抗がない様を羨ましがったり妬んだり、嘘をつかずに言いたいことを言うことに嫌悪があるのかもしれませんが、個性が強い人自体も違和感の基を伝えています。

無意識の反発や攻撃性を持つことで、相手に違和感を与えます。

違和感がなければ、「個性的だね」という嫌味のない平和的な発言にて終わりですので、個性が強いという表現をすることに意味があり、見えないところで伝わっている感覚や気持ちがあります。

それを”波動”と言い、波動は自分の状態や状況によって常に発される振動数で、私達人間は無意識でも常に波動を感じ続けています。

その波動を心が感受することで、”心地良い”、”心地悪い”という気持ちを認識します。

言われることに意味があるため、その際には相手を責めるのではなく、自分を見つめなおす機会にすると、より自分の個性を自然と認識することに繋がります。

 

個性とは作り出すものではない

最後に個性とは何かについてをまとめます。

個性とは、自分という一つの存在を認識することです。

自我意識は一つであるために、自分という存在は一つです。ですが、自分の中には肉体もあり脳もあり心もありと、さまざまに存在します。

特に思考があることで複数の自分が作られ、思考と行動のギャップや、我慢や忍耐、周囲を気にして、恐怖に恐れて、悩みを作り、不安になり、心配で自分のことも考えられない。

自分はいくつも重なり散らばり、一つではなくなります。

それを一つにすることが個性であり、自分のことを自分で認識することが自分らしさそのものです。

個性を知るとわかるのは、個性とは作り出すものではなく認めるものということです。

既にある個性を見出すためには、自分の内側を知り、一つにまとめます。

そのためにも、自分に嘘をつかず誤魔化しません。

あらゆる抵抗があるために、自分を見出して個性を作るのではなく、ただ抵抗をなくすことで個性は見出され、それが個性的な人です。

敢えて自分を見出す強い意志があることで個性が強い人になり、それはそれで本人にとっては大切なことになります。

しかし、そこに思考があることで、「個性を作ろう、自分とはこうだ」となり、それは他者と自分を区分けるための性質や性格となり、社会性や他者の常識とルールの中に自ら入る抑制となります。

枠の中に納まると社会性への反発を無意識に持ち、個性のない人が目に入り、気になり、「自分を持ちなさいよ」と言いたくなるような攻撃性を波動として発します。

それは個性が強いと嫌味で言われる理由になり、不自然なありのままであることを教えます。

 

個性は誰しもが持っている

個性は誰しもが初めから持っているものであり、自分の内側を見つめて、真意を確かめて一つであることを認識した暁には、心からの解放と喜びに溢れた自分らしさ爆発です。

その時には個性的な人として周囲は一切気にならず、誰しもの個々を尊重して敬う人間性が自然と表れます。

個性を持つことで嘘をつかずに言いたいこともズバズバ言いますが、それは人それぞれの自分らしさ次第です。

個性を持つことで他者の影響は自分次第です。全ての中心は自分であり、自分のみの存在を認識して生きることになります。

それは自分の世界を尊重することであり、他者の世界に干渉せず押し付けることがなくなり、他者を尊重します。

他者を利用して自分を認識する意識がないので、他者を巻き込んで干渉する自分勝手やわがままになることはなく、そこから一番遠い場所で自他を敬い尊重する生き方となります。

個性は個性を敬います。自分だけの世界を認識できれば、他者の世界を敬うことができます。

それが個性の力です。

※変人が嫌われる理由に詳細な理解がありますので、変人が嫌われる理由がある|躊躇したらそれは普通の人だよって話 もご覧ください。

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個性が強い人 まとめ

個性が強い人の話、いかがだったでしょうか。

個性が強いことに何も悪いことはありません。

強くする意識を持つことには、人それぞれに強い意志を持つ糧があり経験があり記憶があります。

それは自分を強くする記憶として、個性を強くする今を作ります。しかし、今も生きている以上はこれで人生が終わりではありません。

この世に完璧な人はいません。そのため、これからも人生が続くことは個性を強く抱く今も過程であり、これから先の形がまだあることを意味します。

個性が強いことの先には個性的が待っています。その先にも、独創的、創造的、奇怪的、たくさん楽しいことが待っています。

普通ではないことはとても良いことです。

どこまで普通から離れられるか、それはゲームかもしれませんし、最高に楽しい変人遊びではないでしょうか。

個性が強いと言われようが何だろうが、自分で自分を認識していることは人生に責任と覚悟を持っています。

それは何よりも自分の人生を謳歌する許しを与え、完全なる解放の先にある自由の始まりです。

普通じゃない人、変人、個性的な人、個性が強い人。私個人的には個性が強い人が一番好きです。

なぜならば、良いも悪いも、酸いも甘いも、陰も陽も含まれる人間性は何よりも楽しく面白いからです。

そんな気楽な理解が深まることを願い、個性が強い人の特徴と意味についての話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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