変人とは

普通じゃない人に辛さと喜びの人生│自分の意志が強いと弱くなる

「普通になりたいなぁ、フンフフーン♪」と枝をシュンシュンしながら歩いていました。

突然現れたのは、ヤベーやつか、怖い人か。いえ、普通じゃない人でした。

「おぉ、なんですか、急に?!」と反応すると、普通じゃない人は言いました。

「おぬし、どうして普通に反応する?」

戸惑う私は、「普通の反応って何?」と思っています。

「えっ、あのぉ、私のどこが普通なんですか?」と言うと、普通じゃない人は背中を向けてお花さんと世間話中。

「ほえぇ、何か言ったぁ?」

「聞けぇい、馬鹿垂れ!」と本気でツッコんだところで、普通じゃない人は笑って去っていきましたとさ。

普通じゃない人は何者だったのでしょうか。この一連のやり取りには普通じゃない人の特徴と生き方、そして普通じゃない人って何者なのかの理解が含まれています。

その詳細の紐解きをして、普通であることや、普通じゃない人の特徴と人生の理解をしていきましょう。

普通じゃない人とは

普通じゃない人がいれば、普通の人がいます。

ここでは、普通じゃない人とは何者で、どんな特徴があって、どんな人生を送っているのかを見ていきます。

 

普通の人とは

初めに、普通の人とはどんな生物かを見ていきましょう。

まず、人です。人の話です。

辞書によると、普通とは、“ありふれている、珍しくない”ことです。

そうすると、そのままですね。

普通の人とは、ありふれて、珍しくない人のこと
※そこら辺にたくさんあるような状態ですので、みんなと同じような人ということ

雑草的なニュアンスですね。

普通の人とは雑草的な人です。

 

みんなと同じになるシステム

雑草は頭が良いんです。そして強くて忍耐力があり、献身的で従順なんです。

コンクリートをぶち破ってでも伸びようとするんです。
なんでかと言いますと、真っ直ぐなんです。純粋で素直なんです。

それが人になるとどうなるか。同じです、真っ直ぐでぶち破ります。

しかし、人の場合、ルール設定が必要です。脳内プログラミング。

「この壁をとにかく押してください」とピピピ。すると、押し続けます、忍耐に忍耐を重ねて押し続け、献身的で従順に押し続けます。

すると、ドガーン、バラバラバラ。やりました、やってくれました。

「こらっ、何してるの!壊しちゃったじゃない!」となったらどうなるか、パニックです。訳わかりません。言われたことをしていたのに、これは達成じゃないの…?

人には思考があるので、考える力があり、自分の意見があります。しかし、みんなと同じであることは、自分の意見を作らず、情報を記憶をします。

記憶するルール設定が必要で、それをこの世では“常識やルール”と言い、社会性と言う自動プログラミングシステムが構築されています。

 

普通の人とは真ん中の真ん中にある空

普通の人の特徴は、とても優秀であることです。

従順であることから周囲の空気を読み取り、その場に順応した在り方をします。そして学校教育にて言われたことをして、箸は右手で持ち、その箸でご飯を食べます。

そして、何も言われなくてもその行為を記憶して、同じように行動ができます。

そのように指図して道を示すのが、“社会性にある常識やルール”であり、“当たり前、みんなと同じ”と言われるものです。

日本では多数決が今の常識ある社会性ですので、大多数が、「それそれ」と賛同する道を進み、その道をひたすら歩き続けることで普通の人となります。

社会性は仕事や生活だけではなく、趣味や友人関係など、生きる上での行為全てが対象です。

子供の時に家族で一緒にご飯を食べるとか、親が食事を作るとか、そういうのも含めて社会性の大多数の賛同、言い方を変えると、大衆とかポップな考え方や生き方の認識をして生きていくことが普通の人です。

自分の存在価値や意義は全て社会性や常識であり、大多数が作るので、自分を持っていたら普通の人にはなれません。

普通の人は中身が空っぽな基盤があり、大多数を見分け、大多数の中のど真ん中を射抜くような在り方、考え方、生き方を作ります。

 

非難を受けず排他されないマスター

普通の人は自分の意志で苦しむことがありません。ですが、大多数の認識として、「人生は辛いものだ」「人は悩み苦しむものだ」となれば悩みを持ちます。

それは、「右に行け」と言えば右に行き、「はい、頭抱えて悩んで」と言えば、とりあえず頭を抱えて顔をしかめます。

その指図に従うのは、“大多数”、“社会性”、“みんなが言うこと”である場合のみです。

生きる術として集団に属すことで恐怖に対処し、自尊なく、自分で自分を認識せず、他人で自分を認識します。

普通の人は大多数の中でもさらに恐怖を感じない、“否定や批判や非難を受けない枠組み”に入ります。

それが大多数の真ん中でして、少しでも多くの人が賛同する行動や思考が必要です。

※普通の人の詳細は、普通の人とは覚悟を決めた強い意思│類まれな努力を作る特徴と人間性 をご覧ください。

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普通じゃない人とは

物事はありのままに存在する状態を基本として、「そう、そうじゃない」という賛否を付けたり、「良い悪い」のポジティブネガティブを付けますので、初めは普通も何もない状態があり、それが“ありのままの人”です。

その後に、“普通か普通じゃない”という具合に分けて、良い悪いを付けたりします。

普通であることは大多数なので常に恐怖のない状態になり、平和協定も宣戦布告も自由です。

そのため、普通であることが社会性としての基準になります。

以上から、普通じゃない人はシンプルに“大多数ではない人”ということになります。

普通じゃない人とは : 大多数ではない枠組みの人
※社会性があるかどうかは関係なく、単純に大多数ではない常識外

 

普通も普通じゃないも環境で常に変わる

「大多数かどうか」

この認識は環境によって変わり続けます。ブクブクしていたバブル世代と、ホワホワしているゆとり世代の“普通”は全く違うように、都会か田舎か、東京かアフリカのジャングル奥地の村かでは、普通の概念が変わります。

都会で裸族が暮らしていないように、ジャングルで可愛いパジャマを着ていたら普通じゃないです。

坊主頭の女性がお寺に居るのかキャバクラに居るのかのように、普通にも普通じゃないにもなります。

普通の人は常に大多数の中の排他をされない安泰ゾーンを取れるように、超柔軟で献身的に従順に、自分の意見も行動も思考も認識もコロコロと変えられる人のことで、ジャングルに行けば虫をバリバリおやつ代わりです。

そのように大多数として、生活環境の集団の中で安泰を掴む時間が長ければ長いほどに普通マスターとなります。
※安泰がなければ認識を変える必要がないので、虫を食べることもありません。

 

普通の人と普通じゃない人の違い

環境によって認識が変わり、その際の在り方や生き方に普通かどうかの違いがあります。

  • 普通の人は環境が変わっても大多数の中に入ろうとするので、環境適応能力が高い。
  • 普通じゃない人は大多数の中に入ろうとしない。または、できない。

言い方を変えると、

  • 普通の人は自分の意見と中身がないので一人で生きられず、大多数の中で非難されないようにすることを生きる術として、必死に環境に順応しようと努力する。
  • 普通じゃない人は自分の意見と中身があるので、大多数に入ろうとする理解がない。環境を変える際は自分を主観にして変えるので、喜んで環境に適応しようとする。

普通の人とは違い、環境が変わっても、自分を変えるかどうかは自分の意志次第で決めるのが普通じゃない人です。

普通の人になれるのは大多数の中の極一部しか存在しません。そのため、普通の人でも普通じゃない人でもない人は、環境適応能力もなく、自分の意見もありません。ポケモンで言うキャタピーやラッタみたいな感じです。

 

普通じゃない人は常に少数なので排他されがち

普通の人が大多数の安泰ゾーンであるど真ん中を取っていたとしても、それは普通マスターのことでして、それ以外は普通の人ではありません。

普通の人は本当に努力をして、自分を消して、安泰を得た人です。

ですが、大多数の中に入っていれば普通の人として化けて自覚しますので、普通の人が多く見えるようになります。

本当は普通の人になれていないのに、普通寄りであり、一応大多数に入っているアドバンデージを利用して、さも、「普通ですけどなにか?」という振りをします。

普通じゃない人は、普通の人でも、普通寄りをまとめた人でもないので、常に少数という状態になります。

そこで普通じゃない人は普通まとめ系に攻撃や排他をされがちです。それは大衆文化や心理としての排他意識があり、自分達の身を守り、一人で生きていけないが故に集団で自分の意見をコロコロと変える術を使用する在り方によるものです。

普通の人はマスターであり、キングです。ど真ん中のど真ん中、完全なる安泰ゾーンを得ているので、自分がなかろうが余裕はあります。

世の中の事実など知らなくてもAll goodです。お金があって、苦労なく、否定されず、生活の安泰があればもう最高です。

死ぬ間際に気付くかもしれません、「私の人生って何だったんだ」と。しかし、そんなことは未来のことなので気にすることはありません。
「私って、ポワワワワーン」と最後に自分の意見が出るかもしれません。

「普通じゃなかったー!」みたいな驚きと共に去る、カッコいいですね。ね?!…ね?

そんなことはどうでもいいのですが、普通じゃない人を排他するのは普通まとめ系が主です。

そこには、普通まとめ系も結構大変な現実があります。

 

普通の人でも普通じゃない人でもない場合、生きるの結構大変なの

普通まとめ系は普通の人を崇めて目指します。しかし、安泰ゾーンに近付けなければ結構大変なことになります。

一人で生きていけない上に、否定や排他などの最も恐れることが後ろに待っているので、走るのを止められません。

そこでこけてしまい、「あなた、普通でもなく、普通じゃないわけでもなく、一体何なの?!ドドーン」と言われたらお終いです。

自分で存在価値や意義を見出せないので他者と比較して優越感を求め、卑下できる人を探して差を作り、否定されないように努力をしているので、自分の真実を知ってしまうことを何よりも恐れます。

怖いんです。自分の意見なく生きる場合、覚悟が必要になります。
それは、「あなたって中身ないよね」と言われることを何があっても聞かない、受け入れない、聞こえない、なかったことにするという覚悟。

家族という少数コミュニティを作るように、一人で生きていけないことの対処として、共存して切磋琢磨したり、依存しあったりして、人それぞれに恐怖を対処します。

そのような心理と人間性が普通の人にあることから、普通じゃない人を見つけると自分の存在を見出すために利用します。

「ちょっとマジ、あいつ普通じゃないし、ヤバくね」と。

※普通じゃない人の生き方の話は、普通じゃない人ならではの意味と生き方│新しい世界を見せる創造者 をご覧ください。

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普通じゃない人の特徴

ここで、普通じゃない人の特徴を見ていただき、よりわかりやすくイメージしてもらえればと思います。

 

普通じゃない人の特徴

普通ではないことは常に全体の少数で、物事の認識となる考え方や生き方、行動や思考にみんなと同じ概念がないので、一人一人完全に異なる特徴があります。

しかし、その中でも共通した特徴がいくつかありますので、そちらを順番に見ていきましょう。

1、自分が常に主観で自分に興味がある

普通の人は自分の主観が他人です。

「他人がどう反応して、自分はどう思われ、どう評価されるか?」という見方で人と接します。

普通じゃない人は、主観が自分です。

「自分がどう思い、どう感じ、どう気持ちを発するか?」という見方で人と接します。

それは自分自身に興味があるためで、人生の主人公は自分で、自分を主体にして、自分の意見を作り、自分の認識があり、自分の目と頭と心で物事を理解します。

当たり前の話をしているようですが、普通の人がいることで何が当たり前なのかを他人が決める常識があり、物事の認識が自分の主観ではなくなることが社会性によって起きます。

 

2、自分の喜びを探求する生き方をする

自分が主観で自分に興味があるために、自分が喜ぶことを求めます。

その際に自分を誤魔化したり、嘘をつくことをしないので、喜びのためにまっしぐらになる人間性があり、集中力があります。

好きなことには一転集中で、その時間を堪能することで自分を喜ばせようとする、自分への敬いの愛を持ちます。

普通の人は社会的に余裕や安泰ができて、「みんなが自分の喜びのために生きていい」という常識ができなければ、我慢や忍耐に美徳観念を付けたりと、自分の喜びを求めるかどうかも社会性に沿わせます。

普通じゃない人は人生の主観が自分なので、喜びを求める際に他人を利用することはなく、自分で喜びを作ります。

そのため、わがままや自分勝手にはならず、自分一人でも喜びがあれば、一人で生きていきます。

 

3、他人に興味がない

主観が自分にあることは、自分が常に中心です。物事を見たり考えたりする認識も自分を基にするので、他人に干渉をしません。

興味がないわけではないのですが、「そんなに興味はないね」という具合です。

しかし、自分の喜びが主体なので、他人と関わって自分に喜びがあれば大いに関わり、相手によって関わったり関わらなかったりの差がはっきりします。

その際の基準は、愛がある人と関わり、エゴのある人と関わらないと明確に決まっています。

そして、人を評価・判断する概念がないので、人を人として見て、上下に分けたり差別する見方を持ちません。それは社会性や常識ある人間性とは関係なく、その認識をするエゴに喜びがないからというシンプルな理由です。

 

4、普通の意味の認識が普通じゃない

普通じゃない人は自分の意見を持ち、世界を持つので、“何が普通なのか?”に対する定義は自分を主観にします。

すると、「なんでいっつも右手ばっか使うの?」「両手があるのに、右利きって変なの」という具合で、自分の世界にある情報から常識を作ります。

そして、自分を中心にして物事を捉えるので、普通の定義付けをする常識を、喜びか忍耐か、自分本位か他人本位かという、愛かエゴか(敬いか恐れの対処か)によって作ります。

右手を使い続ける過程が必ずあったので、その際に、「自分がそうしたかったのか、誰かに言われて我慢を続けたのか」という情報を無視しません。

 

5、周囲に理解してもらおうとしないので理解されない

普通じゃない人は、一人一人に体があって脳があって心があって、そこには個々の自我意識があって、一人として同じ人間はいない基本原理を持ちます。

そのため、自分のことを誰かに理解してもらうことが常識ではありません。

同時に相手を理解しようとするスタンスも常識になく、個々を尊重する認識が“普通”としてあり、干渉をしません。

喜びを作る基盤である自分の意志を曲げることは何があってもせず、「理解したければすれば」という感じです。

なので普通の人に理解されることはなく、理解してもらおうとも思いません。しかし、同じように個を尊重する人同士では、共有や共感が頻繁に起きやすく、一緒にいやすい関係性が生まれます。

 

6、意志が強く自分を消さない

自分が主観で、自分で喜びを作る認識が常識にあるので、自分を消すことはしません。

自分がいなくなった時、生きている意味も喜びもなくなってしまうので、意志を常に明確にして貫きます。

その際に普通の人であれば自分の意見がなくても、他人を人生の主観にして生きる喜びが得られます。

それが、恐怖から逃げられる安泰であり、自分を否定されずに済み、存在価値を見出す納得です。

普通じゃない人は、「嫌なことがなかった」ではなく、「良いことがあった」ことが喜びなので、自分を消すことだけはできません。

そのため、自分を消される周囲の攻撃や排他があると辛くなります。

 

7、傷つきやすく、気にしやすい

自分の喜びを求める姿は愛です。自分を敬う気持ちを持って日々を生き、それは心を主体にして意志を尊重することです。

その状態、周囲に攻撃や排他となる“否定行為”がある場合、心をズタボロにされる無防備でもあります。

“心剥き出し!”みたいな状態で生きていることで、嫌でも自分の意志が見えて、消えることがないのですが、目の前にやさぐれた剣士がいれば、ズバッです。

普通の人はそれをアルミでグルグル包んで、それを鎖でガチガチに固めて南京錠です。さらに、それを鋼鉄の金庫に入れて、さらにセラミックで塗り固めて、その上にコンクリートをまとわせ、海にポイっというのは冗談ですが、南京錠は100万個は付けて心の奥底へしまっています。

そして最後の仕上げに、自分を敬う心であり、意志の存在を忘れて完了です。見失いではありません、「記憶にございません」です。

それをしなければ、ズバッ、シュパ、ジュワー、切り吹く赤味はトマト味という具合です。

 

8、愛があり、愛が好き

傷つきやすいことは自分の愛を主体にしている意味です。

そのため、感覚や感性に優れる特典が付き、自分を敬う気持ちが強いです。

愛を主体にすることによって、自分の喜びを求め、自分の意志を消さない覚悟があり、自分の好きなことに集中します。

全て自分を敬うがゆえの愛です。

その愛は単純に心地良いものです。人を愛した時に感じる高揚感や興奮感など、敬いの気持ちは平和で喜びに溢れた気分をもたらしますので、その気持ちや状態が好きです。

とてもシンプルに、愛かどうかの言葉はどうでもよく、心地良くて幸せになるので好きなんです。

以上が、普通じゃない人の目立った特徴でした。

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普通じゃないと言われる

普通じゃないと言われる意味と理由

普通じゃない人が普通じゃないと言われる。ここに何もおかしなことはありませんが、これを言われて嫌な気分になる場合は、その発言は普通の人にしかできません。

言われて気になる場合

普通じゃないと言われて嫌な気分になる場合には、関わる人が普通の人です。

普通の人と普通じゃない人は合いません。

普通じゃない人に攻撃性はないのですが、普通の人の生きる術はこれまでお伝えしたように、恐怖を味わわない安泰や、自分の存在価値や意義を見出すための集団意識と、他者排他です。

普通じゃない人はハイエナのかっこうの餌食です。比較して馬鹿にして蔑むチャンス以外の何者でもありません。

離れてください。普通じゃない人には攻撃意志がないので、戦い向きではありません。もし戦うと意志が強いので、相手をどこまでも傷つけてしまいます。

海に捨てたはずの金庫をぶち壊して、「これ、あなたのでしょ」と事実を見せても、普通の人が受け止める準備ができていなければ発狂して泡吹きます。

ただ、離れた方が良いです。

 

言われて嫌になるのは自分が弱いから

もし、普通じゃないと言われて気になったり、嫌な気分になる場合、なめられています。

それは、相手が悪いのではなく、自分が弱いことに理由があります。

ハイエナは人を見ません、弱いかどうかだけ見ます。ネガティブな意味として言ってくる場合は、攻撃意志が相手にあります。

普通じゃない人は何を言われても気になりません。なんせ自分が主観で、個々にみんな生きている認識なので、干渉をされても、「へぇー、そうなんだ」と9割聞いてなかったりします。もちろん悪気なしです、ナチュラル無視というやつです。

気になる場合、自分が主観になっていません。軸がなくなりブレています。自尊がなく自分に自信が持てなくなっています。

そのまま行くと見失います。私がそうでした、戻るの大変です。

自分が弱くなる理由は、自分で喜びを作る認識が薄れています。他の影響を受け過ぎています。

すると、普通の人になりきれなかったまとめ系の的になります。

 

普通じゃない人はとにかく軸を明確にする

普通じゃない人は自分を明確にしないとダメです。ダメなんです。

自分を主観にして喜びを求める生き方を変えることはできません。元々自分の意志が強いので、それは何があってもできません。

それをして自分を見失った時、奈落に落ちます。トラウマだらけになり心の傷だらけです。人を無作為に攻撃して歯止めがつかなくなります。やめた方が良いです。

とにかく軸を大切にすることが重要です。自分の喜びを求め続けた方がいいです。

周囲にそれを否定する普通の人もどきがいれば、離れましょう。自分に軸ができた時、そのようなハイエナは確実に近付けなくなり、おもしろいように関わらなくなります。

それを波動と言います。軸がある人は根っこが作られ、ブレる弱さがなくなり、発する振動数とエネルギーが変わり、自尊心を持ちます。

自尊心は自分の意志を波動として表し、見えなくても常に人々に影響を与えるエネルギーが自分から伝播しますので、それに合わない波動として、自尊なく、自分なく生きている人は近付けなくなる仕組みがあります。

※変人と言われる話があるので、変人と言われる場合の明確な捉え方|変わっている人には基準がある をご覧ください。

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普通じゃないことが辛い

普通じゃないことが辛い場合、攻撃をされています。

普通じゃない人は根本の人間性と気質から、普通の人にはなれません。

なれるのですが非常に難しく、「あなたの頭を今から粘土にしましょう」というレベルです。

しかし、本当に普通の人になる必要はありません。この世はどこまでも広い世界です。

「海賊になれ」ということではなく、視界を広げると普通じゃない人で溢れていることに気付きます。

その中に入れば、普通じゃないことが辛いと思うことはなくなります。一人でも同じようなタイプに気付ければ、一気に楽になります。

それに気付くと、「実は普通じゃない人いっぱいいるー!」となります。

そのためにも、元々の生き方を思い出したり、自分が気楽で自然に生きていた時を思い出してみてください。

考えてみてください。

「自分をなくしなさい」って言われたら。

いや、無理ですよ。ってか嫌ですよ。
「何言ってんの、バカかよ」ってなります、普通に。

人間ですから、否定をされることは誰しもが怖く、嫌がります。

ですが、本来の自然な自分に戻ると、辛いと思うことはなくなります。自分を確立すれば、否定をしてくる人は近付かなくなります。不釣り合いなトラとハイエナの戦いは起きません。

「ガオッ」って言えば消えていなくなります。そんなもんです。

※自分を明確にする話は、自分らしいの本当の意味とは│らしさなんて存在しないエゴの大切さ をご覧ください。

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普通じゃない人の人生 まとめ

普通の人がいることで普通じゃない人が生まれます。その逆も然りです。

どちらもいて、どちらでもない人もいて、変人と言ったり、普通が良いと言ったり、悪いと言ったり。普通じゃない人が好きと言ったり嫌いと言ったり。

あなたが普通じゃない人ならわかるはずです。何を誰が言っていようが本当はどうでもいいことを、興味ないことを。

普通じゃない人は大多数ではないので、常識やルールを集合意識として、「みんなと同じだから憶えておかなければ」と思いません。

すると、人を評価したり判断しません。

その在り方を持つ普通じゃない人は本当に自由な人生を送る基盤があります。

自分を消さない意志は覚悟です。自分として生きる強い意志は、喜びに溢れ、幸せになる約束でもあります。

それは自分と自分の約束です。

普通じゃない人が普通になることは、真逆の生き方をあえてして、あえて自分に苦しみを作り、あえて自分を見失おうとする謎になります。

それはもう変態です、別の意味の普通じゃない感じです。

普通の人であることに何も悪いことはありませんが、それが楽しいのかどうかは本人が知っています。

楽しみを求めて喜びを求めているかどうかは人それぞれです。

自分の人生は自分のものです。それが唯一わかる明確な答えだと思います。

そんな普通じゃない人の理解があり、生き方があり、人生があります。何かフムフム、ヘヘヘとなってもらえれば幸いです。

では、普通じゃない人とは何者なのかの話を終了します。最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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