対処・解消法

頭が悪い人と話が通じない時に知れること│実は人生の先生なの?!

「頭が悪い」という表現があります。

悪い?頭が?

ちょっとどういう意味かな、という感じですが、社会的な規範やルール、文化や慣習、環境や性質、「人間として」の意味合いによって理解がさまざまにあると思います。

そこで、頭が悪い人とは何者なのかを表す明確な様があります。

「話が通じない」

これは頭が良いから通じないのではなく、頭が悪い人同士で話しても通じていなかったりします(それを気にしない)。

どうして頭が悪い人とは話が通じないんでしょう?

訳もわからず話が通じないと、一方的にその時間を牛耳られるように利用され、疲れることも起きます。

なので関わりたくないと思うかもしれません。

ですが、頭が悪い人と話が通じないことには、生きる上での大切な理解が潜んでいたりします。

それが身を持って教えてくれる人生の先生、名付けて頭が悪い人。

ここでは、話が通じない時に、頭が悪い人によってもたらされる人間理解をお伝えします。

私の理解でしかありませんが、「本当は頭が悪い人ではないのかも?」と思える理解が、話が通じない、または関わって疲れてしまう対処の一つの考え方となれば幸いです。

では、頭が悪い人の認識解剖を始めましょう。

頭が悪い人 話が通じない

頭が悪い人とは?

頭の良い悪いは捉え方がさまざまにありますが、ここでの頭が悪い人の定義は、話が通じない人。
※学習障害や脳機能障害、IQが低いなどの意味ではありません

話が通じない人と関わると見られる特徴の一つに、こんなものがあるかもしれません。

「頭を使う気がない」

「もう、実は使う気ないんす」と。

ここで大きく二つの分かれ道が見られます。

頭を使わない自分に違和感があるかないか、Yes or No。

頭が悪い人は違和感がない、Noです。

違和感がないと、ちょっとぶっ飛んだことが起きます。

自分のことを頭が悪いと思いもしない、「ないない、私は頭良いよ」と。

ここで考えられるのは、自己認識する気がない。

「もう、自分知らないっす」と。

ですが、それを絶対に認めません

今も頭は良くありませんが、学生時代の私はとんでもなく頭が悪く、私の関わった頭の悪い人々は私も含めて絶対的に、「否っ、認めません」

人それぞれに見栄や優越感保持、思い込みや正当化を強めて、一切疑いすらしないほどに決め込み固着、脳みそをガッチガチにします。

中には、IQが低い人を頭が悪いと罵り、自らの自尊を護ろうと勤しむ人もいます。

自分のことを自分で知ろうとしません。すると、当然他者のこともわかりません。

トータル、認識力がない様が表れます。

すると、特徴的な行動が。

ワンワンと犬がいた時、犬の認識、犬の立場になった物事の理解、犬と関わることでの先行き予測、周囲と犬との関わり、想像、俯瞰、洞察などなど、目の前の犬から得られる情報量が異様に少なく、犬からの情報なし、自分から見出す情報なし。

起きるのは、何にも考えず本能や性質に赴くままの行動。

犬みたいになったり、ゴロゴロし始めたり、犬とワシャワシャ戯れたり、片やとんでもなく毛嫌いして犬のように吠えたり、怒ったり、逃げたり、泣いたり。

犬だけでなく、日常の行動がこのようになり、いわゆる、肉体欲求(脳)の赴くまま、コントロールされたようになります。

ここで、意志に従って赴くままにすると、ムツゴロウさんみたいな天才になるのかもしれません。

コントロールされる場合には意志も意思も意見もないので、もうなされるがまま、自分で肉体や脳を使っている認識がない。

当然のように話が通じなくなります。

話している人の情報がなく、自らも情報を見出したり作ったりはせず、欲求や肉体反応、何も考えない状態の脳の認識をそのまま表現します。

自由時間ですね。

 

頭が悪い人と話が通じない理由

こちらが話している時、相手は自由時間だと確実に起きることがあります。

話し手を一切認識しない。

カッチーンとなるやつです。

話し手である目の前の人、個体であり名前もあり、性格も人格も価値観も、あらゆる記憶と歴史を持った一人の人間だと考えもしませんし、気にもしません。

もしこんな人ばかりいれば会話すらできないので、「もう馬鹿ばっか」と人をしっかり認識する意志を他者から衰退させる影響を及ぼします。

サッキング人間チューチュー力と言うとか言わないとか。

いわゆる、「その人」である必要がない状態を話し手に影響させます。

相互交流する気がありません。

これは困っちゃいます。話す空間で起きるのは、誰でもいい人の発言にある“言語”と“感情”を、頭が悪い人の肉体が感知した際の反応です。

もはや話の意図も目的も理解せず、話は奪い取り、焦点は瞬く間に変わり、その空間を自分のものにします。

空気は読みませんし、空気がそこにあるとも考えない、「肉体がおそらく認知しているでしょ」と。

ですが、悪気はない、わざとではない、嫌がらせではない。ただ何も考えていない、頭を使う気がない。

疲れちゃいます。

このように、頭が悪い人と話が通じない理由は、頭を使う気がないことからの認識力のなさが考えられます。

ですが、この内部には原因としてより核となる理解が潜みます。

詳細を見ていきましょう。

※頭が悪い人の特徴と詳細については、頭が悪い人のはっきりした特徴│本当は頭悪くない?そんな改善は一つ をどうぞ。

 

頭が悪い人 話が通じない原因

頭が悪い人の話が通じない原因

原因となる理解は、「どうして相手を認識しないのか?頭を使う気がないのか?」の紐解きです。

実際に脳機能障害のある人と関わるとわかりますが、脳の機能を使いにくい状態ですが、明らかに頭は悪くありません。むしろ天才的な人が多いように思います。

頭以外の心や意志を使おうとしたり、脳機能でも自らの利用できるものを見出そうとします。

一方、頭を使うことができないわけではない人の頭の悪さは、自らが頭を使おうとするか否かの在り方から表れるように思います。

この在り方として特徴的なのが、頭が悪いと思い込んでいることです。

ですが、頭が悪いとは認識しないようにします。その様が肉体(脳)にコントロールされた状態。

言い方を変えると、潜在的に無自覚な領域で頭が悪いと思い込んでいる。

ここに大きく関わるのが、自信と自尊のなさです。

いわゆる、自らを抑制して思い込んで、在り方を制限します。

この在り方によって自己認識がなく、他者認識がなく、それをする気も見出されない。

すると、肉体の感覚や快楽、感情や本能的な行動に集約され、自ら考える機能を使用しないことを恒常化します。

本当に頭が悪い人は話が通じませんが、頭が悪くなければこの状態に明らかな違和感を感じます。

自分がないからです。

ですが、違和感を感じない、または感じないほどに思い込みを強め、自らを正当化し、自信と自尊が汚されることをとにかく自己防衛し、否定や拒否されないようにする人は、頭を使う気がないかもしれません。

努力の矛先が頭を使うためではなく、頭を使わないで済むためになったりします。

このように、頭が悪い人に話が通じないのは、頭を使わないで済むようにしている在り方が考えられます。

ですが疑問が出て来ます。
どうして頭を使わないで済むようにしたいのでしょうか?

自信と自尊が関わります。

解剖を進めましょう。

 

頭を使わないようにする努力

頭とは使用するものですが、誰が使用するかというと自我意識である己かと思います。

ここにあるのは、「私は自らの頭(脳)を使用する」という自己認知に基づく行為です。

行為は基本的に自発的、自らの意思や意志を持って動機から始まり、動力を使用します。

ですが、自らの行為を全て他に頼る場合、ちょっとおかしなことが起きます。

「私は頭を、肉体を、心を使用する」という思いがなくなります。

いわば、子供の時にミルクを自ら求め、自ら飲んでいた意志の塊である天才が、成長と共にご飯を食べさせてもらうようになり、その後はご飯の食べ方は周囲に言われるがままに従う・待つ・口を開けておく、頭を使う必要なんてない。

そのまま成長していくとご飯の食べ方は二つです。

誰かに食べさせてもらうか、本能に従って肉体の思うままに食べるか。

自律と自責と自立の育みがないことで、自らが自らを使用する認識がなくなる可能性があります。

経験がないので、自ら行動して、自ら育み、自ら意見を持ち、自ら意志を見出し、自ら使用し、自らをコントロールし、自らをコントロールせずといった認識をする意味を見出せません、作れません。

頭が悪い状態です。過去の私はまさにこれでした。

この状態では確実に一つ努力が起きます。

自己防衛意識を尊重する在り方を作る努力、自信や自尊を消されないようにする様です。

否定されないように、批判されないように、攻撃されないように、嫌なことを味わわないように、認めたくないことを自覚しないように、自尊を汚されないように‥‥。

自己防衛意識はなければならない大切なものですので、本能的で性質的に何もしなければしないほどに、それは肉体(脳)に従い、自らの意思や意志を認識しないようにして、本能の邪魔をしなくなればなるほどに稼働します。

これが、頭を使わない努力です。

周囲に何でもしてもらった、執着して生きてきた、それ以外を知らない、言えば何でも出てきた、不便を知らない、苦労を知らない、自分を消した、強制されて自分が消えた、自力を知らない、自律がない、自責がない、自立しない。

これらの環境があればあるほどに頭が悪いのではなく、頭が悪い在り方に固執し、それが恒常化することで潜在的に頭が悪いと思い込み、顕在的には防衛意識優先にてそう自覚しないように、思い込みや誤魔化しを多用します。

すると、自分がないにもかかわらずないとは認めず、あえて自信を強引に認識するように見栄や優越感を繕い、現状に変化を作らず、頭を使わず。

この状態、自分がないので自分を知らない、すると他者も知る基盤がないので知らない。

自らの言っていることを自ら理解できなくなり、それを自覚しないために誤魔化し、他責、話が通じない人完成。

さらに、自分を作ったり見出したりの行動に向かわないので、変化や成長がなく、話を噛み合わせようという自発的な行動ができず、本能に身をまかせるか、行動せずに自己防衛を推進する努力へ向かいます。

これが私の理解している、頭が悪い人の話が通じない原因、頭が悪いと思い込み、頭を使わないようにする在り方です。

※話が通じない人の疲れる話は、話が通じない人には疲れちゃう│対処は一つ「通じない実情を知る」をご覧ください。

話が通じない人には疲れちゃう│対処は一つ「通じない実情を知る」「お宅のワンちゃん、うちの庭で糞するの、困っちゃうから何とかして」 「はは、そちらの庭が好きみたいで、何か撒いているんですか?」 ...

 

頭が悪い人に疲れる

頭が悪い人に疲れる際の対処

頭が悪い人と一緒の時間を過ごす場合、そこに何も悪いことはないのですが少し注意が必要になります。

おんぶにだっこ、執着されてしまう可能性があるためです。

頭が悪い人の頭を使わないようにする努力によって、自発、能動、生産、創作という自らの走り出し、行動、作り出しがなくなります。

すると起きるのは、他責、受動、消費、執着です。

他者との共存環境では日常的に起きることですが、身近で関わる人や、一対一で関わる相手にこれらの行為をされると負担以外の何物でもありません。

疲れます。

疲弊し、ストレスになり、それを防ぐためのサインとしてイライラにもなり、自らを強引に変えられ、利用すらされます。

疲れないように対処するためには、頭が悪い人の在り方を知ることが重要だと考えます。

それが、頭が悪いと潜在的に思い込み、頭を使う気がない状態。

もし頭が悪い人と関わっている場合、ちょっと考えたいことがあります。

「なんで頭が悪い人と関わってんだろう?」

関わる意味です。

「仕事で仕方ないのさ」という場合もあると思いますが、頭が悪い人との関わりには大きな意味があります。

頭が良いとは何かがわかります。

頭が悪い人を知ることで、頭が良い状態を知れる恩恵があり、それによって自らを成長させて少しでも頭を良くする、または悪くない状態に持っていくモチベーションになるかもしれません。

そのため、頭が悪い人と関わる意味はここで一変させましょう。

「コミュニケーション?」
これは苦しむだけですのでやめましょう。

「成長、自らをより良い人間性へ高める経験と機会」
これが頭が悪い人と関わる意味です。

認識を一変させると、相手の見方、関わる動機、目的が変わり、そこには自らのためになる関わりの時間が生まれます。

教えてもらいましょう、頭が良い人とは何なのか。

 

頭が悪い人が教える頭が良い人とは

これはとてもシンプルです。

「頭を使わない努力をやめる」

頭を使わない努力をしない人は頭が良いです。

頭を使わない努力とは、本能や性質に従うために余計な動きを抑えることであり、自己防衛意識を高めるために、不安や恐怖、嫌なことや拒否される可能性、苦痛や危険性など自分の自信や自尊を汚される可能性を見出すことです。

この最たる行為は比較、優劣を付ける固執。そして自ら物事を創り出さない消費推進の他責と執着です。

頭が良い人と関わるとわかるのは、自信と自尊は絶対的なのであえて認識すらしていないことです。

あるのが当たり前、これは赤ちゃんの状態と同じです。

頭が悪い人の真逆となる、比較して自らの価値を決め付けず、優越感も劣等感も求めず、自ら求め、見出し、創作する。

これまた、赤ちゃんの状態と同じです。

赤ちゃんは自ら創作するための肉体基盤が整っていませんが、他者に執着するのではなく甘えたり依頼したり使ったり、自らの欲求を叶えるために自らの価値や意義を存分に提供して等価交換します。

すると、

頭が良い人とは赤ちゃん!

いや、何かしっくりこないー。そんな気がします。

赤ちゃんはおそらく天才系統ですので、頭が良いとは少し違うかもしれません。

しっくりくるのはこれかなと。

地球みたいな人。

ほえー。

少々お付き合いください。

私達が生きている基盤は地球です。

地球によって生存する環境がもたらされる人間の頭の良し悪しは、地球への順応度や適応力なのかもしれません。

この考え方では、地球とは自然そのもの、それはありのままを受け入れて拒否をしない様の象徴です。

いかにそこに順応するかは、地球人の頭の良さのバロメーター。

すると、順応しない=現状に固執して頑固、変化が自然である状態に反発する在り方があればあるほどに、人間としての頭の悪さになるのかもしれません。

変化に拒否のない自然な地球。

それを人間に当てはめると、自らの限界を決めず価値も制限せず、抑制も誤魔化しもしない様が変化を自然と起こし、拒否しないためにも自らが求め見出し作り出すことを意味します。

それが地球人の頭の良さ。

先生はそんなことを教えてくれているのかもしれません。

※おかしな話の詳細は、変人と天才の違いは度合いで生まれる|バロメーターは地球との順応度 をご覧ください。

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頭が悪い人は話が通じない まとめ

自分に嘘をついて誤魔化さない、さらに自らを知り、抑制して在り方を制限しない。

頭が悪い人との関わりで気付くのは、頭が悪いと思い込んで自らを縛り付けて抑制し、変化や行動をしなくなっている状態、自分がない様です。

自分がなければ頭を自らの意志にて使用できず、自らの行動を自覚できず、能力や才能開花が萎み、本来の頭を出すのは困難です。

そんな様を目の当たりにすることで、自らの開花に繫げられます。

その開花が変化であり成長。

関わりに相互交流を作れなければ、その基盤を構築する自らの意志と責任、そこには経験と自覚、そのためには勇気と行動、そのためには認める、と一歩一歩の段階があるので、頭が悪い人の周囲がどうこうする話ではなく、本人が認めるかどうか、変わろうとするか否かの話です。

そのため、頭が悪い人と関わって疲れたとしても、相手を変えて対処することは困難。

しかし関わりがある場合には、自らの変化を促し、頭の使い方やその基盤となる認識を今一度改める機会作りにすると、何かと自分のためになります。

自らの努力は自らのためです。矛先を明確にするためにも自己認識が大前提に必要となり、自分も他者を知らず、知る気もない様は、目に穴の開いていない仮面を本気で被って安堵して生きている様を象徴します。

そんな理解があると、頭が悪い人との関わり方にも余裕が生まれるので、話が通じなかったり疲れる場合には、一つの考え方としてご参考にされて、自らのために変換する機会作りにしていきましょう。

頭が悪い人は人間にとって大切な理解を教えてくれる。

そんな話が役立つことを願います。

それでは、私はチェスの初心者レベルに全然勝てないので、マジでゲームぶち壊そうかな。

いや、それバカ丸出しー。

ってねー。

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