対処・解消法

話が通じない人には疲れちゃう│対処は一つ「通じない実情を知る」

「お宅のワンちゃん、うちの庭で糞するの、困っちゃうから何とかして」

「はは、そちらの庭が好きみたいで、何か撒いているんですか?」

話が通じません。

一旦何の話だったのか忘れてしまうほどに、10秒後にはペット輸入の話でもしていることでしょう、「お仕事の話ですか?」と。

話が通じない人は疲れます。

言ったことが相手に届いていない、うんうん言っているけどわかってない、依頼が遂行されたことがない、話を変えられる、意思疎通ができない、話が噛み合わない、通じない。

同じ日本語なのに…なぜ?!

話が通じない人にはイライラや疲れが伴い、ストレスにもなり、心身への影響があります。

そんなことを思いながら話が通じない人をジーッと洞察し続けると、ある共通点に気付きました。

そこで、疲れやイライラなどお困りの方を対象に、話が通じない人の実情をお伝えします。

疲れないための対処として、何か参考になることがあればお役立てください。

話が通じない人の特徴

話が通じない人とは?

話が通じないとは、話を理解しない。

伝える気持ちも、意思も、意志も、目的も理解しない。

いわゆる、話す人を認識していないと言えるかもしれません。

通じないことは繋がりがないことを表し、お互いの意思疎通はなく、調和や共有といった相互理解や交流のコミュニケーションがありません。

この場合、会話をした意味が話し手から消えます。

会話しようと試みたのに、一瞬で完全なる一方通行の会話でも対話でもない単独舞台を始められる。

このことから、話が通じない人を表現するとこんな具合かと思います。

話が通じない人とは、相互交流する気がない人。

相互関係への意識がないと、相手を思ったり、考えたり、気持ちを汲み取ったり、理解したりといった認識がありません。

いわゆる、他者認識力がありません。

他者の立場や目線で物事を考えたり感じたり予想したりができません。

しかし、話が通じない人は悪い人ではありません。

わざとやっているわけでも、危害を加える気もなく、ただ話が通じない、ただ相互交流する気がない。

私の理解では、「相互交流する気がない」のが、話が通じない人を象徴すると思います。

相互交流できないのではなくする気がない。

言い方を変えると、相手を認識できないのではなく認識する気がない。でもわざとじゃない。

ここに考えられるのは、相手を認識する余裕がない状態です。

そしてここで重要なのが、話が通じない人の人間性、自分を何よりも愛したい自己愛の強さです。

自己愛が強いことで他者への配慮や思いやりなんかよりも、遥かに己を優先します。

至極当然の人間の姿、自己犠牲や我慢や忍耐が美徳だろうと何だろうと、自分が嫌がることはしない。

そのため、自分に余裕がなければ、他者を認識する概念もつもりもない。

以上から、話が通じない人とは自己愛が強い人間性でありながら、現状自分への愛の欠如があるために他者を認識する余裕がない人と考えられます。

 

話が通じない人の特徴

私の周りの話が通じない人、これまでの経験での話が通じない人との関わりを見てみると、誰しもに共通した点がいくつか表れますので、順番にご覧ください。

1,自己愛が強い

強すぎるというニュアンスの方が近いかもしれません。

自分のことを大切にするが故に、「自分自分」になります。

 

2,自己主張が強い

これは自己愛が満たされていないことを表します。

自己愛が強いにも関わらずない(または注ぎ込む愛が少ない)ために、自己愛の矛先は他者から愛を貰うことになります。

すると自己主張をして、自らを自らに認識させ、他者にも認識させ、己の存在認知や価値創出に向かいます。

 

3,自分の世界からしか物を言わない

自己主張は己の世界観の剥き出しになり、自分の認識や価値観で人と関わり、この世を生きるため、常に自分が中心で物事を考え、見て、思い、感じます。

そのため、自分の世界のことは他の人もわかっているかのように話し、突拍子もないことを誰しもが理解している前提で話し進めます。

さらに、突然話が変わっても気にせず、常に自分の世界に入った状態で他界に物を言います。

 

4,わからないと言わない

自己の正当化意識が異常に強い特徴です。

「自分が間違っている」とは思わないようにしており、紐をきつく縛るように断固貫きます。

すると、理解していないのにわからないとは言わない、理解していないとすら思っていない、なんてことが本当に起きます。

正当化が癖のように根付いているために、わかっていないのに理解したつもりになりきり、それを疑わないようにします。

 

5,否定されることを何よりも恐れる

わからないと言わないのは、自分で自分を否定していると思わないための自己防衛です。

不安や恐怖をとにかく嫌がる特徴があり、特に他者から否定されるとブチキレる人もいるほどに抵抗します。

恐怖を内包する人間性の表現と考えられ、否定された、自分一人では何もできない、周囲に言われるままに生きてきた、それを強いられたなどに対する心の傷を持っている可能性もあります。

 

6,思い込みが激しい

おそらくほとんどのことは思い込みで定着して脳にインプットしています。

私達人間はほとんどのことは思い込みで知識化していますが、思い込みが激しいと起きるのが、変化しないことです。

変化を好まず、自らの正当化や否定への恐怖がない様を優先します。

 

7,頑固

頑固な様は人それぞれですが、話が通じない人に共通するのは、不安や恐怖(否定・苦痛・危険)を受けないことに対する頑固さです。

徹底的な自己防衛を変えない固執があり、人や仕事など一定の関わりが構築された場合には変えることを好みません。

 

8,環境適応能力が低い

これは個人的には特に顕著に表れる特徴だと思っているのですが、環境が変わってもその場に馴染ませたり、合わせることを好みません。

海外でも日本のルールを押し付けるようなイメージで、自らをその場に合わせて変化や柔軟にさせません。

 

9,人を利用する

「嫌なことを味わいたくない」という願望が強く、自らを変えるのではなく他を利用したり執着することで利益を得て、願望を叶えようとします。

これも不安や恐怖に起因し、自分が嫌な思いをするのであれば他者を利用して回避しようとする人もいます。

「助けたらいつの間にか一人で逃げてるー」なんてこともあり、無用に手出しすると見捨てられる可能性があります。

以上が、話が通じない人の特徴でした。

※話が続かないイライラは、会話が続かない人へのイライラに答えがギュー│対処法は既に自分の中 をご覧ください。

 

話が通じない人 疲れる

話が通じない人は疲れる

相互交流する気がない人は、悪気がなくても、相手が話しかけてきた行為を自分の世界の出来事に変換します。

すると、相手の立場や目線に立つ状態がまずなくなり、人の時間や空間を自分のものにしようと走ります。

それが癖になっているため無意識にしており、話しかけられた状態を入口に、その後は全て自分の独断場にします。

これは、話をしようとした人の始まりの行為がありながら、ゴールを勝手に持ってかれる状態。

自らの行為の決着がどこかに行ってしまい見えなくなります。

いわば、動機、気持ち、目的を持って自分で話すと決めた行為の、全てをちゃぶ台に乗せてドーンッ!とされる。

まずは呆気にとられ、次にイライラし、相手を見ると、「あれ、この人わざとやってない?」と悪気なし、「どうしたものか?」と考える。

毎回される、何度言っても変わらない、自分が折れるしかない。

「この人もういいよ、変わんねぇ」と終息。

一方的にちゃぶ台をひっくり返され、人の行為をグシャグシャにされ、話が通じない人の世界に入れ込まれて好き放題され、一方的に悩まされ、困らされ、考えさせられ、まるで宿題のように義務を課せられ、知恵の輪かの如く対処困難。

「くそ、どうやるんだ?」と知恵の輪を頑張って解決している時に、バッ、「何やってんすかー?」と取られ、「なにこれーわかんねぇポイッ」と川に投げ捨て、「お疲れーっす」とどこかへ行く。

「こ、こ、ここ、こここ、こいつぅぅぅ」

疲れます。

 

疲れる時の対処法

こんな疲れる人、離れるのが一番ですが、お仕事などそういうわけにもいかないかもしれません。

そのため、関わっても疲れないようにしたいものです。

「話が通じないけど、まぁ気にならない」という状態に持っていきたい。

そんな対処として私が理解しているのは一つ、「話が通じない人の世界に入らない」

話が通じない人と話す時、必ず起きるのがその人の空間になることです。

陽気な性格であれば、とにかく悪気なく周囲を気にせず一方的に話したりします。
陰気な性格であれば、とにかく悪気なく周囲を気にしまくり、一方的に話させたり、執着したりと人を利用します。

人それぞれに性格がありますが、話が通じない人に疲れる場合、空間に入れ込まれて影響を受けて翻弄されている可能性があります。

この状態で対処しようとすると、相手の完全ホーム状態、アウェイにいながらの対処は困難で、疲れやイライラが伴う相打ちが良い所です。

そして、相手を否定すると逆上してキレたり、泣いたり、本気で反応することもあるため、悪意のない人に対する自らの行為を反省し、懺悔になりかねません。

これはかなり縛りの多い状態での知恵の輪、解けますか?というシチュエーションですので、めんどくさい。

対処は如何にアウェイにならないか。

話が通じない人はちゃぶ台ドーンッで一気に影響を与えてきますので、みそ汁とか里芋の煮物とかが辺りでぐっちゃぐっちゃになっているのをスーっと見れる状態を目指します。

ここで忘れてはならないのが、そのブチ飛ばされたみそ汁とか、あなたが作っていること。

結構難しい。

ですができます。

それが、話が通じない人を知ること、内側の実情を理解すると役立ちます。

詳細に入りましょう。

 

話が通じない人の実情

話が通じない人の理解でキーとなるのは、恐怖と愛です。

恐怖への意識が強いために自己愛が欠如し、余裕がない、他者に認識が向かわない。

理解のポイントは恐怖に飲み込まれた人ということです。

恐怖とは、認められない、知りたくない、味わいたくないなど、拒否行為をもたらす原液、自らの愛の拒否、または自尊への穢れとなる様への怖れ、あらがいです。

言い方を変えると、拒否、苦痛、危険。

誰しも嫌なものですが、話が通じない人は特段嫌がり、恐怖に飲み込まれている状態を認めないためにも変化を求めず、思い込みを激化し、正当化を図り、自己主張し、愛を欲する様が自然と表れます。

そのため、他者から優しくされたり助けられると、執着して近寄って利用する傾向があります。

この状態、本人の中で変わらないように努め、それを正当化して思い込むので、理解していないのに理解している気になったりします。

いわば、自分のことも見えていない。

この真意は、見たくない、見れない、怖くて、ということが考えられます。

いつかは自ら変化させる勇気が必要ですが、周囲が本人を変えることは困難な状態です。

これが実情と考えます。

この状態、自らの能力がありながらもそれが発揮できず、仕事もミスが多くなり得ます。

自分のことも他人のこともわからないので他責になり、ミスしても自分に責任を感じさせないように思い込みと正当化を強め、その堂々巡り。

この理解から、関わり方は自分なりに工夫することができると思います。

「こういう人なんだ」と理解できるので、相手を変えるのではなく自らを変えて、如何に疲れないようにするか、仕事であれば如何にミスをしないように指示・指導できるかを考えられます。

※我慢して疲れる場合には、やめる必要はある?いい人ぶると疲れるけど自分のためになる。 をどうぞ。

 

疲れないための対処

最後に、疲れないための対処としておすすめの方法をお伝えして終了します。

疲れないために相手の世界に入れ込まれない。そのために、実情をご覧いただきました。

実情を知ると、相手を俯瞰して認識することができます。なんというか、より認識を広げた対応をする目線を得ます。

これは偉そうにするためではなく、自らを変えるための目線です。

目的は疲れないため、「ちゃぶ台、ふーん、ドーンとやっちゃいなよドーンと」なんて思える余裕を得られるのが俯瞰性、相手を知ることです。

この上で疲れないために、相手とのやり取りは箇条書きのメモ、文章で行います。

「要点だけを簡潔に」と書いて、確認したい内容、質問、指示。やり取りは何往復もしないために、如何にコンパクトで核をついた質問をするか、要鍛錬になります。

お伝えしたいのはこれです。

疲れないための対処法は、自分を向上させるための機会にすることです。

メモ書きかどうかは重要ではありません。もちろん活用的な方法で、自己成長に繋がるのでおすすめです。

考え方としては、如何に自分を成長させるために話が通じない人と関わるか。

話が通じない人は、質問力、先読み力、俯瞰性、他者認識力、要点をまとめる速度、思考内整理の上達、柔軟性向上、切り替えの転換・工夫など、人間関係で重要な能力向上の鍵を握ります。

実は能力向上試験官だってことをご存じですか?

このような考え方を持ち、疲れを学びや向上の成長機会にします。

関わる意味と動機ができ、目的が話が通じない人自体になることで、ちゃぶ台ドンッは何がなんでもできなくなります。

どうしてできなくなるのでしょうか?

この理由が、この対処法の肝です。

先をいきましょう。

 

関わる目的を話が通じない人にする真意

これは、「話が通じない人を使ってやる」なんて話ではありません。

あくまで活用でして、一方的に利用はしません。それをするとより疲れたりストレスになります。

自らのために話が通じない人と関わる目的を持つと起きるのが、相手を否定しないことです。

自己愛が強く、恐怖に飲み込まれている人に大切な行為は、否定せずに肯定することだと考えられます。

そのため、拒否しない状態に肯定を付け足すと、自らのためになりながら相手のためにもなり、相互交流が加速します。

相手を変えることはできないので、「相手のため」と思う必要はありませんが、相手を関わりの目的にすることで、一方的に相互交流を切って独断舞台を始められたとしても、こちらから相互交流を持ち寄れます。

これをするためにも、実情理解が重要になります。

話が通じないとしても悪い人ではないので、肯定される喜びの状態には心を開きます。

まずはちゃぶ台の料理を一緒に食べる、気付けば相手も自分も意味のある関わりの場となり、どちらもアウェイではない空間共有でちゃぶ台ドーンは起き得ない、そんな話です。

※頭が悪い人に話が通じない話は、頭が悪い人と話が通じない時に知れること│実は人生の先生なの?!をご覧ください。

頭が悪い人と話が通じない時に知れること│実は人生の先生なの?!「頭が悪い」という表現があります。 悪い?頭が? ちょっとどういう意味かな、という感じですが、社会的な規範やルール、文化や慣...

 

話が通じない人は疲れる まとめ

如何に相手の世界に入れ込まれないようにするか、それは如何に自らのホームを保持するかです。

そのために、自らが話す行為の目的を、「自分のため」という成長の利益に繫げます。

話が通じないと話す意味が見出されないので、継続は自分のためにはならず、相手に対する奉仕活動になりかねません。

相互交流する気がない人に無理強いしても、自らが疲れてしまうので関わらないのが得策です。

しかし、関わりがせっかくある場合には、話が通じない前提理解をし、目的を会話ではなく自分の学びや向上の成長のためにしてみてください。

自らが成長するためには相手を利用するのではなく、如何に相手を活かした状態を作りながらお互いの利益を生み出すかを考え、否定せず肯定しながら自分のために関わると、話す意味がもたらされます。

恐怖を糧に己を構築する人の貫き度は鉄板のように硬いため、鉄板をひん曲げるのではなく、熱して焼きそば作っちゃう。

そんな考え方が良い塩梅かと思います。

関わる人全てには意味がありますので、目の前の人との繋がりにある経験や育みが、「如何に自分のためになるか?」の理解に役立つことを願います。

それでは、話が通じないから英語で会話したら、余計に主張しかしなくなったー。という話を終了します。

違うかー。

意味のある肯定でいきましょう。

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