意識、次元

攻撃的で支配的な人のスピリチュアルな見方【宇宙人or虫】

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攻撃する人もされる人も、どちらも訳があり、目的があり、対処があります。

ここでは攻撃的な人に焦点を当てて、「どういう人間性で、どうして攻撃して、どうしてそうなったのか?」を紐解いていきます。

魂や意識としてのスピリチュアルな紐解きにて、攻撃的な人の正体をぜひご覧ください。

紐解きをすることで攻撃的な人と、攻撃的でさらに支配的な人の違いが表れ、対処する方法が判明します。

関わりに線引きをするためには攻撃される人の理解も大切になりますので、あらゆる仕組みを理解して、鬼退治へ向かいましょう。

攻撃的な人とは

攻撃的な人とは

攻撃的な人と一言で言っても、さまざまな種類が存在します。

技としてお伝えすると、このように分類されます。

  • 暴力や威圧による押さえつけと否定にて恐怖を与える剣
  • 支配的に脅して心を鷲掴むマインドコントロール
  • 愚痴や泣き言にて“敵”を共通認識させる同情による毒ガスエネルギー
  • 意地悪くイラつかせ、じんわりストレスと怨念を与える壁から半身呪術
  • 劣等感と心の傷を踊り食い、失態や醜態を蔑み馬鹿にする羞恥の貪り

物理的な攻撃も心理的な攻撃もあり、表面的な攻撃も内面的な攻撃もあります。

そのため、肉体を狙うだけのわかりやすい攻撃もあれば、精神を狙い生気を吸い取る攻撃もあります。

攻撃技はたくさんありますが、攻撃するからには目的があり、攻撃することで起きることを狙います。

それは、相手を“否定”し、相手の“苦しむ様を見出し”、それによって得る“利益”です。

行為と結果から生まれる利益を求めます。

攻撃的な人とは、人を否定して苦しませることで得る“利益”を求める人間

※利益とは、差による価値、生きている確証、満足や納得の喜び

 

攻撃的な人の人間性

攻撃的な人は求める利益によって人間性が分かれます。

攻撃的な人の人間表を作ってみました。

攻撃的な人の人間表
  1. 支配的に人を利用することで物質や権利などの利益を求める人間
  2. 相手が苦しむことを娯楽のように遊び楽しむ人間
  3. 他者と自分に上下、勝ち負けの差を作り、自己顕示欲と承認欲求を求める人間

詳細を見ていきましょう。

 

支配的に人を利用する

攻撃的で支配的な人間です。

お金や名誉、物質や権利など、人を蹴落とし蹴り飛ばすことで利益を得て喜びます。

知能的で頭の回転が速く行動的な特徴があり、支配するために攻撃性を使用して人を苦しめます。

後ろめたさも迷いもなく、目の前の餌を貪り食すように喜んで攻撃します。

直接的な攻撃も、間接的な陰口も、陰湿な呪いや怨念、詐欺や洗脳など、あらゆる技は人それぞれの得意分野や人間性を基にした手法を取ります。

危険人物でして、攻撃性パーソナリティ障害などの人格障害である人もいます。

全ての中心に自分が存在すると決め付け、そうであるべきだと思い込んでいます。

人を攻撃して苦しませることで、他を蹴落として自分がのし上がり、利益のために“攻撃”という方法を取っているに過ぎない認識をして、蹴落とされるほうが悪いと思っています。

 

遊び楽しむために人を苦しめる

この人間性はサイコパス的な気質を持ち、遊びの概念として攻撃します。

人も動物もゴミも同じように捉えているために、「人だから大切」「人は苦しめてはいけない」という社会的なルールに従いません。

攻撃による他者の苦しむ反応や過程を楽しむという奇怪な人間性にも見えますが、純粋に子供のように楽しむことを目的として、人が苦しむ反応も喜ぶ反応も一つの光景でしかなく、そこに感情移入せず客観的に捉えます。

あくまで生きる上での方法や遊ぶ手段として攻撃的になり、支配的な面は全くありません。

反社会性を持つ認識があるために、社会に反する行為に喜びを見出す人間性があり、猟奇的なことを求めて普段とは違う状態に笑います。

 

自己顕示欲と承認欲求を求める

最後の人間性は、他者が苦しむことに喜びを感じず、己の弱さから人を攻撃することで納得する利益を求めます。

否定して批判して、暴力に暴言、エネルギーを奪い、ストレスを与え、疲弊させて、人によっては支配も試みます。

攻撃に躊躇があり、若干の後ろめたさを持つために思い切りがなく、それを自分自身で誤魔化すためにさらなる怒りや恨みをあえて作り出して強引に無茶苦茶攻撃したりします。

この種の人間は自分のことしか考える余裕がない状態で、他者を蹴落として排他して苦しませる行為や過程には興味がなく、自らしているにも拘わらずそれを見たくないと思う人もいます。

必要なものは攻撃した結果による相手の在り方や反応でして、他者と自分の差を見出して優越感を感じ、自分を上に見て人を下に見下せることでの自らの価値を見出します。

それによって生きている意味を得て、「価値ある人間なんだ」と思える利益を吸い上げます。

自分が喜んで生きられるように他を蹴落とすので、生き血を目隠しして吸うような人間性があり、“自己顕示欲”、“承認欲求”を強く持ちます。

 

攻撃的な人のスピリチュアル

これまでの人間性にスピリチュアルな見方を加えて見ていきましょう。

スピリチュアルな攻撃

スピリチュアルには、エネルギー概念を基にした攻撃が存在します。

エナジーバンパイア

エネルギーを奪う攻撃です。

吸い取るように奪うため、バンパイアとも言われます。

人の生命エネルギーを奪う攻撃で、この人間と一緒にいるだけで体調や気分が悪くなり、疲労感やストレスを感じます。

「なんかこの人と居ると疲れる」「なんだか気持ち悪くなってきた」という明らかな心地悪さを感じることがサインです。

エネルギーを奪う方法は“同情”です。愚痴や批判、泣き言や弱音を吐き、そこに同情させることで自らのエネルギーフィールドに入れ込みます。

その後は好きなだけエネルギーを奪います。

気づけば相手はガリガリのヘロヘロ。そして愚痴を言っている側はとても元気でモリモリに。

 

サイキックアタック

サイキックアタックはエゴの想念エネルギーによる攻撃で、明らかな敵意と苦しめる意志を込めるものです。

憎悪や怨念など、強いネガティブなエネルギーを他者に放ち念じます。

それは自らの波動から生き霊ができるように相手に重くのしかかり、運命を狂わせ、悪しき災いをもたらすように嫌なことを起こす原動力として付きまといます。

同様に浮遊霊や妖怪などの彷徨う霊魂を呪術によって使用し、肩に憑かせるように攻撃する怨念や黒魔術もあります。

あらゆる強気な攻撃性と排他的思考から生み出される怨念や憎悪は、嫉妬による愛の裏返しや醜さと否定による我欲の成り代わりでもあり、否定や非難といった物事を受け取らない邪念の人間性によって作り、攻撃のアイテムとして楽しみ納得するためにします。

そこにスピリチュアルな能力を持つことで自らがサイキックアタックを進んでする人間もおり、夜な夜なわら人形をガツガツ打ち付ける攻撃手法です。

 

攻撃的な人のスピリチュアルな見方

攻撃的な人の人間性はいくつかありますが、“攻撃的で支配的な人”に関してはスピリチュアルな見方として大きな特徴があります。

宇宙人です。

突然ですが宇宙人概念をぶち込めますので、免疫のある方のみご覧ください。

攻撃的で支配的な人は自己顕示欲や自己主張が強く、“自分を見失っている人”の中にも存在しますが、ここでお伝えするのは自己顕示欲などは持たず純粋に利益のために淡々と攻撃する種族です。

名をレプティリアン(爬虫類人)と言います。

 

爬虫類脳を基にしたレプティリアン

名前はプリプリプリンみたいで可愛いですが、人を蹴落とし利用する恐ろしい人です。

レプティリアンと言われる宇宙人の一種でして、爬虫類人とも言われます。

支配欲や侵略性や攻撃性を主体にした生命としての強い特徴を持ちます。

レプティリアンとしての記憶を強く持ち、地球に存在する人(今世が地球での転生)は爬虫類脳と言われる人間の脳の構造の一部を主体にするため、攻撃的で支配的な人間性を先天的に持ちます。

爬虫類脳とは脳幹、小脳、大脳基底核、脊髄にて構成され、生存維持の本能を司る脳の三層構造の一つです。

本能、欲望、性行動、反射行動、安全意識、攻撃性、侵略性、支配欲に基づいて生きるため、喉が渇けば水を飲み、おもちゃが欲しければガードレールをぶち壊し、いやちょっとちょっとと。

安心してください。宇宙人由来ですが今は地球人でして、頭が良く損得勘定で即行動する特徴があり、社会性の認識もあるのでガードレールは大丈夫です。

本能と欲望に忠実に攻撃性と支配欲を持つので、自らを抑制したり我慢して辛い思いを好むことはなく、自らの喜びのためであれば人も平気で攻撃します。

思考が発達して次元としての意識状態も地球本来の次元よりも高いため、人を蔑み馬鹿にすることに躊躇も迷いもありません。

知能を持った虫のような存在で、蜜を見つけると直ぐに群がり、他の邪魔ものを排除しようと攻撃することは習性のように忠実です。

 

攻撃的な人の魂レベル

攻撃的な人を“魂レベル”というスピリチュアルな視点で見てみます。

魂レベルとは、次元や意識階層のあるあの世の概念になりますが、この世でもワンネス認知への距離感の違いとして魂レベルが人それぞれに見られます。

魂レベルには高いから良い、低いから悪いという概念はありません。

魂レベルを分けることで攻撃的な人の人間性がより詳しくわかりますので、見ていきましょう。

 

攻撃的で支配的な人の魂レベルは低い

魂レベルとは、ワンネスという全ては一つの認識への距離感にてわかります。

それは、どれほど物事を受け入れる許容があるかという物差しです。

受け入れるためには敬いの愛が必要でして、どれほど物事や人を敬い、喜んで現実を認める=受け入れられるかで魂レベルがわかります。

レプティリアンのように攻撃的で支配的な人に関しては、自我が強く己の存在を明確に認識し、自らの力で自らを喜ばせようとします。

ですが、我欲にて満たせなければ本能に基づいて周囲が見えなくなるところがあり、自己愛は敬いとは違う湾曲したもので、さらに支配欲を持つことで他者の存在を利用して自らを満たそうとする認識があるため、他への敬いがありません。

それは他からの影響を受け入れられない魂レベルの表現となり、魂レベルとしては低いことがわかります。

しかし、何を基準に低いのかという話ですので、比較対象として“攻撃性のない人”と比べると低いというものです。

 

遊びのために攻撃する人は魂レベルが高い

支配欲がなく、攻撃を自らの遊びのために使用する人がいます。

典型例がサイコパスや反社会性人格障害を持った人々です。

全員が全員ではもちろんありませんが、サイコパスとは冷酷な非情人間でありながら、自己愛が異常に強い見方もあります。

その自己愛は支配欲などではなく、完全に自らの自らに対する純粋な認識にて抱き貫く愛でして、周囲の愛のない環境や攻撃される経験の中でも見失わずに貫き通したことで保持する愛です。

そこには自分を敬い、自らが喜ぶことに衝動的でも何でも行動する、己の在り方に抵抗のない様があります。

他への敬いは皆無で、反社会性があるために人の苦しみも楽しく笑うような認識がありますが、それが無意識で自然なものとなることで抵抗なく、人もゴミも同じように認識して攻撃も苦しませることもします。

「いや、ただのヤベー奴」という感じですが、常識や固定観念のない魂レベルとして見ると高いと私は考えます(支配的な人より高いという意味)。

攻撃的であっても支配欲があるかないかにて魂レベルは大きく違うことが表現されます。

 

自分を見失った人間の魂レベルは人それぞれ

一方、自分を見失った人間の魂レベルに関しては、どれほど見失い、他者を攻撃することにどういう認識を持っているかによって変わります。

自分を見失っていることに気づいていなければ、自己愛もない状態ですので魂レベルは限りなく低くなります。

他者を攻撃する際に自分の見失いによって、あえて人の苦しみを喜ぼうとする思い込みを激化する人もいるため、自分に嘘をつかずに正直に自分を捉えて攻撃する認識があるかどうかでも魂レベルの高低が見られます。

自分を見失っている状態では自分を敬っていない状態が純度100%ですが、「本当は攻撃したくないけど生きるために仕方なく」と後ろめたさや戸惑いをはっきり認識していれば、そこには他者への敬いと同時に自らの真意を誤魔化さない敬いも見えます。

そのように、どれほど真摯に自らを認識し、どういった気持ちで攻撃しているかによって魂レベルが変わり、自他への敬いがあるかどうかにて判断することができます。

※再度ですが、「魂レベルが高いからどうした」という話ですので、あくまで自己満足な認識が魂レベルです。

※魂レベルの詳細は、魂レベルの高い人と低い人の特徴|愛の距離感は口が悪くても意識が高い をご覧ください。

 

攻撃的な人と支配的な人の違い

攻撃的であることは、人それぞれに何かしらの“己の利益”のためです。

戦いを好む人間が居ることで、やむを得ず戦いを受けて立つ人間が居り、戦いを必要とする人間が居りと、人それぞれに攻撃性を持つ事情があります。

そこには、「攻撃はするが支配性は持っていませんよ」という人も居り、攻撃性と支配性の違いが表れます。

 

攻撃性とは一概に悪いものではない

攻撃的な人と言っても、全員が全員支配的で威圧的ではありません。

戦いを申し込まれてやむなく攻撃的になる人もいます。

攻撃は人を傷つけることもできますが、人を守ることもできます。そして、自らを護ることもできます。

そのため、攻撃とはアイテムであり使い方によって良くも悪くも変わるものです。

例えば、4歳児の園児同士で殴り合いをしています。

両者には体の大きさが明確にあり、小柄な方はワンワン泣いています。

話を聞くと、大きい子を指さして、「この子がぶった」と泣きじゃくります。

大きい子は何も言いませんので、「大きい子が攻撃的で悪い子なのか?」と思いきや、一部始終を見ていた子が居ます。

その子は一人で積み木で遊ぶ、横目の流し屋かんちゃん。よく観ている子です。

かんちゃんが言うには、パズルゲームをしていた大きい子は突然後ろから小柄の子にどつかれ、「パズル貸せ、この保育園の遊び道具は全て俺のだ」と言ったそうです。

そして、大きい子の途中のパズルを全てバラバラに壊し、エッヘンと。

大きい子は返してもらおうとするが、小柄な子は返さずさらにグーで頭を殴る。そこで大きい子が一発腹にドンッと。

「この子がぶった、ワンワン」と泣くまでの一連がありました。

攻撃的であることは自らを護り、他者を守ることもできます。しかし、そこに小柄な子のように支配欲があることで他者を自分の利益のために利用して蹴落とそうとします。レプティリアンです。

 

支配的な人は他者を巻き込み苦しめる目的を持つ

支配的であることは自らを他も含めた中で“上”にし、それ以外を“下”にしてコントロールしようとします。

蹴落とすだけでなく駒にして使ったり、犠牲を払わせる道具として使います。

支配的な人は押し付けて干渉し、人を変えようとします。その際に強制や恐怖の脅し、思考的に騙し揺すり、悲しみにて同情を使用したりとあらゆる手を使います。

そこには自己中心性があり、本能と煩悩の我しか見えていない利己主義でカマキリの内臓を貪り食すような意識状態です。

支配的な人であるかないかにて、攻撃的な人の本性や正体は大きく変わります。

※攻撃的な人の内情は、【攻撃的な人のかわいそうな心理】対処法は飼育員スタイル をご覧ください。

 

攻撃的な人の対処法

攻撃的な人を見極める

攻撃的な人を対処するためには見極めることが大切です。

何を見極めるか?

攻撃的な人かどうかを見極めます。

 

攻撃的な人の目にはパターンがある

これはあくまで私の認識によるものですが、なるべく共通した表現ができるようにお伝えします。

攻撃的な人の目には特徴がいくつかあり、その目かどうかを見極めることで自ずと離れたり、関わり方に線引きをしたりと対処が可能になります。

そんな目の特徴はこちらです。

攻撃的な人の目のパターン
  1. 目に力が全く入っていないのに見られている感が強い
  2. 目の奥に力を入れている
  3. 目がギラギラしている
  4. どすが効いたどんよりした色
  5. 目が吊り上がっている
  6. ニタニタしている感じがある

攻撃的な人の目は力が全く入っていないように見える場合もありますが、目の奥に力が入っています。それは目を見ればありありとわかる“見られている感”です。

鋭くギラギラしている人もいますが、色が濁ってどんよりしている人もいますので統一した目はありません。

ですが傾向として、「怖い」「なんか企んでいる」と思わせるようなギラギラとニタニタ感があることに特徴があります。

その目には、恐怖を隠すためのギラギラもあれば、人の苦しみを喜ぶギラギラもあります。

※元々そういう目をされている方もいますので、あくまでご参考として鵜呑みにはされないようお願いします。

 

攻撃的な人と同じステージに入らない

自分を見失い、自己顕示欲や承認欲求を求めるために人を攻撃して、存在価値や生きている意味を見出すタイプの場合、攻撃される人は同じ波動状態であることを意味します。

攻撃する人とされる人の引き寄せがあり、お互いが共鳴して互いに利益を上げている関係性が作られています。

攻撃する人は優越感を、攻撃される人は劣等感や被害者意識を、共に存在価値を見出す利益です。

その場合、同じ波動域にて引き寄せ合っている状態ですので、共に同じステージに居ます。

対処は自らの波動を高め、「関わりたくない」ではなく、「関わる人ではない」と当然のように思える認識が必要です。

自らの人間性を変えて自分を見出し、他者に執着せず自らが自らの価値や意義を見出せるようにします。

 

支配的な人の対処は自分を支配しないこと

支配的な人にはたくさんの盲点があります。しかし、そこを突いて攻撃する場合、同じような人間になり、戦いと虫の世界にinしてしまいます。

そのため、支配的な人が周囲に居る場合は戦わず、相手に自分を利用させないことが大切です。

それはコントロールさせないことでして、自らの心を掴まれないことです。

攻撃的な人は人の弱味を突いてきます。その弱味とは“恐怖”です。自分にとって嫌だと思うことを知られて掴まれることで相手の思うようになります。

自分の中で、「これをされたら認められない」と思うことを相手が知ることでコントロールされますので、対処法は認められるようになることです。

それは自らが自らを支配しようとしないことを意味します。

「認められない」とは我を押し付けてなかったことにしたい我欲です。それは自分の思うようにしたいと思う己に起きる現実への支配欲です。

相手が支配してこようとしている時に、見ている矛先が自らの支配による恐怖であれば簡単に支配されてしまいます。

相手と対等になる必要はなく、戦える状態にまずはなるために自らを支配しないことが大切です。

それによって支配しようとする相手を捉えることができます。あとは、「え、支配、嫌だ、じゃあね」と距離を取る、それだけです。

攻撃が見えるようになれば利用されることのない強さを自ら見出します。後は避ける、距離を取る、以上です。

 

攻撃的な人のスピリチュアル まとめ

自分を見失うことで恐怖に怯える対処として人を攻撃して、蜜を舐めるように他者との差を利益にします。

そのような人間は弱いが故に自分のことしか考えられず、そのために他者を攻撃することを選んだ喪失者です。

その場合は距離を取り、相手を観察することで対処法が自分に見合ったやり方で対策できます。

その際には関わり方、接し方、話し方、関わる時間から何から何まで線引きしてルール化すると対処法がわかりやすくなります。

同情や少しでも相手に近付くことでエネルギーを奪われ、一方的に苦しむことになるので、常に一定の距離感を保つためにもあらゆる関わり方を決めて線引きすることがおススメです。

しかし、問題はレプティリアンや愉快犯的なヤバい奴らです。

その際は攻撃される以上に利用されないことを考えます。そのために、距離を取るのではなく、距離を取るための自分をまずは明確に認識して確立させます。

それが自らの支配を自覚して止め、攻撃してくる相手を見れるようにすることです。

自らを支配しない状態を作ることで、恐怖や執着している弱味に付け入る隙を与えません。

その状態を確立することで相手が良く見えます。あとは気楽に距離を取ってあしらいます。

そんな対処をわかりやすくするためにも、攻撃的な人と支配的な人のスピリチュアルを含めた理解が参考になれば幸いです。

攻撃的な人と支配的な人を知り、気楽な人生を今日も明日も歩んでいきましょう。

それでは、攻撃的な人のスピリチュアルな話を終了します。

最後までありがとうございました。

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誰しもに人生を変える機会と選択があると信じています。

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