心理と特徴

食に興味がない人の特徴と心理|偏食も少食も自然な自己理解と喜び

食事する理由は人それぞれにあり、ご飯を食べることは常識ではありません。

食に興味のある人がいれば、興味がない人もおり、特に子供は大人よりも興味がない自然な傾向があります。

食に興味がない理由には心と自分の理解が深まる大切な意味があります。

ここでは、
食に興味がない人の特徴と心理
少食になる理由
食に興味がない理由と原因

をお伝えします。

私は食べることに一切の興味を持たずに生きていた期間があります。それはネガティブな思いを基にした理由ですが、食に興味がなくなる理由や意味を理解することで、今ではポジティブな気持ちで、「食べなければならないことはないなぁ」と心から食に興味がない状態です。

大人でも子供でも食に興味がなくなる可能性や意味について、悩みとなっている方に役立つことを願い、食に対する人間の心理を紐解きます。

それでは、食の世界をご覧ください。

食に興味がない人の特徴と心理

食に興味がない人の特徴

食に興味がない人には独特な特徴が表れます。

1、食事の食べ方が自由

人それぞれに食べ方がさまざまです。

食事を一回二回という捉え方をせずに、一口二口の人。
一口食べたら食事は終わり。その後に体が栄養を求めたらまた一口食べる。
食事に10分も20分もかけずに体が必要な時にエネルギー摂取する。
同じものだけを少し食べたりします。

食べ方が自由であり、肉体の状態や状況に合わせた方法をします。

 

2、脳の思考以上に感覚や感性優位

社会的なルールである、タンパク質、糖質(炭水化物)、脂質がエネルギーを作るために必要で、体を作るためには必須ミネラルである、ナトリウム、カリウム、塩素、カルシウム、マグネシウム、リン、鉄、亜鉛、イオウ、銅、コバルト、マンガン、クロム、ヨウ素、モリブデン、セレンが必要という知識を適応させません。

食事は1日3回朝昼晩、野菜だけ、お肉だけなど、さまざまにルール設定をしません。

常識やルールや社会性など他の情報を基にした知識以上に、自分がどう感じるかの感覚や感性を主体にします。

 

3、自分の喜びが何かを理解している

肉体が喜ぶ食事の量や内容を感覚から理解し、肉体が喜んでいることを知っています。

満足したにも拘わらず、無理矢理に体に入れ込むことは拷問以外の何ものでもない辛い地獄ですので、苦しめることはしない特徴です。

 

4,我慢強い

幼い頃からの生活環境にて自然と養った我慢強さを持ちます。

我慢が当たり前になると自らを抑制していることに気づかなくなり、何かを欲する認識以上に、肉体に変化を作らないためにたくさん食べたり、別の食材を食べたりしなくなります。

 

5,少食

やせ型です。

太る理由がどこにもないのが誰しもにわかる食生活をし、少食です。

お腹いっぱいになった時の、「おいしいものをたらふく食べた」という満足感以上に、肉体の苦しみを感受します。

 

6,食に興味がないわけではない

興味があるもないもない。必要であれば欲し、必要でなければ欲しないと、自然なさまです。

植物や虫や動物のように必要以上を欲しないさまがあり、独占欲や支配欲がなく、我欲が少ない特徴です。
※我欲とは他によって自らを満たそうとする欲

 

7,自ら作り出す意欲がある

食に興味がなくとも別の事に興味があり、創作意欲がある特徴です。

物事は自ら作り、創造し、喜びを編み出し、楽しみを見出します。

感覚優位ですが何も考えないわけでなく、感覚も思考も共に使用し、感性も知性も持ち合わせます。

 

8,自己認識力が高い

自分を知っている特徴です。

自らの内側からも外側からも認識する目線を持ち、物事を俯瞰的に捉えられる人です。

以上が、食に興味がない人の特徴でした。

 

食に興味がない心理

食に興味がないと少食になる特徴があり、肉体や精神状態の変化があります。

年齢と共に食べる量が減ると聞くことがあるかもしれません。

年齢と共にエネルギー消費が少なくなることで、必要なエネルギー摂取量が少なくなり、自然と食事量が少なくなります。

子供の食べ盛りの時期でも食事の量が減ることがあります。

少食になる理由は、自分の体の意見を聞くからと考えられます。

肉体の意見を聞く場合、「なんのために食べているのか?」を認識している心理があります。

 

食べる目的が肉体のためだと少食になる

『肉体のため?』
『脳のため?』

どちらを目的にしているかにて、食事の意味が大きく変わります。

脳のために食事すると必要以上に食べられます。

食べ物の味やにおいや感触、色彩や見た目までも食べる意味になり、脳の喜びはパーティ状態です。

ホルモン分泌による幸福ホルモンの関係から、“砂糖”、“動物性脂”、“うま味”を摂取すると幸せな気分になるために、それらが含まれる食べものを欲します。

約束された脳の満足と納得があるので、摂取したくなります。

しかし、肉体の意見を聞く人は肉体のために食べるので少食になります。

 

肉体のために食事すると心が伴い、少食の喜びが生まれる

肉体の喜びを意識すると心の認知が伴います。感覚や心の気持ちをより感じるようになり、腸内ホルモンから分泌される幸福ホルモンにて幸福を感じるようにもなります。

自分の体が喜ぶことは自分を大切にすることですので、自分を敬う愛を感じるようになります。

肉体のための食事では心からの満足を感じるようになり、少食になったからこその喜びを体感しやすくなります。

少食だからこその喜びがあり、体内からの活力と幸せを感じ、自分への敬いによる心地良さを感じます。

脳のために食事することも大切。仕事内容や生活習慣や環境、価値観や観念にて何を食べるかは完全に人それぞれです。

ただ、肉体のために食べると心の喜びが追加されるために幸福度が高まることに違いがあります。

 

喜びを感じるための基盤作りとして体の健康を敬う

体の意見を聞いて少食になる理由には食事自体へのフォーカスではなく、自分で自分を喜ばすための基盤作りの心理があります。

食事で喜びを実感せずとも、健康維持することに無意識の喜びがあり、食事に重きを置く概念がなくなります。

体を理解して、その日その時の必要なエネルギー摂取をすることで、健康的に行動できる肉体維持が目的になります。

仕事や趣味、好きなことや楽しいことを精一杯できるように自分の体を最善な状態にすると、必要以上に食べて体に負担をかけないことや、抵抗や不純物をなくし、活力を生み出すための体の敬いとなり、自然と少食になります

思考がクリアで創造性も独創性も高まり、体の機能や能力を発揮する基盤作りとして、食への興味有無が作られます。

自らが喜びを創造できる場合、自然と少食になり、食への興味が少なくなります。

※食べ物や味覚が変わる話は、食べ物の変化と味覚の変化で幸せが始まる|意識と波動で変わる体さん をご覧ください。

 

食に興味がない理由と原因

食に興味がない理由

食への興味となる一番わかりやすいものは、肉体維持をして生きるためです。

根本は、「生きていればそれでいい」

これだけでは味気ないので人間らしさを追加し、より喜びのある肉体を維持して健康的になるために食べます。

食事するのは肉体が喜び、健康になるため。
※生存活動を喜んでできる基盤作りとして、肉体のために食事をする

喜びがなく、健康にならないのであれば食べる理由はおそらくありません。

人それぞれに食事する意味の「喜び」だけや「健康」だけを優先する場合は肉体のためではなくなり、食への興味が作られます。

 

肉体のための食事ではない場合、食に興味が湧く

喜びだけを求める場合、体の健康を考える意識は薄れ、「体の意見を聞かない」ことが起きます。

体が何を求めているか、どんな栄養素を欲しているかを感じたり考えたりしなくなります。

健康だけを考えると、栄養素や必須アミノ酸やミネラルやカリウム摂取量などを数値として理解しようとするかもしれません。

自分の体にとって必要な健康とは別に、“社会的な定義として健康に必要な食事”という病院目線の思考に則り、脳の思考が納得するための食事になる可能性があります。

何を食べたか認識することで喜び、みんなと同じように体が動かせることに健康だと思い、肉体のためだと思い込む脳のために食事するようになります。

食事することが楽しくなり、何を食べるかを考えるのが喜びになり、何を食べているかを認識して喜びます。

とても大切な興味となり、食に対する欲を抱く価値観ができます。

 

体の意見を聞くと自然と食に興味がなくなる

体の大きさや生活環境、人との交わりにあるストレス量、何より肉体の稼働量と脳の使用量にて、人それぞれに肉体が喜ぶための食事の量も質も何もかもが変わります。

食事は脳が、「よし、今日は朝昼晩と3回食事取ったから健康なはずだ」と納得するためではなく、肉体が喜ぶかどうかが大切ですので、食べる本人が健康的な感覚を感じることで心からの喜びを感じます。

肉体のために食事すると、自分自身で健康的な感覚を把握して喜びが生まれます。
※健康的な感覚とは、血の流れ、リンパ液の流れ、経絡の流れ、活力、エネルギー循環、モチベーションなど

健康的な活力や脈動溢れる生命力。生きている感じや、体に抵抗なく活動できる喜びが感覚や気持ちとして生まれます。

肉体のリアルな感受を基に肉体のために食事をすると、自分の体に必要な満足以上に何かを食べようとしなくなり、必要以上の摂取すると食に興味がなくなります

 

食に興味がないのは必要以上に欲しないため

肉体を健康的に維持するために食事すると、必要以上を求める食べ方は自然としなくなります。

欲の矛先が向きにくく、欲を持てば持つほどに肉体を苦しめてしまい、必要以上に食べようとしたり、食べさせられるとますます興味がなくなります。

食事に興味がない人で太っている人はいません。

太りにくい傾向が人それぞれにありますが、必要以上に食べなければ太ることは困難。太ろうとすれば太れますが、体の意見を聞くと必要以上に食べることで苦しくなり、気持ち悪くなり食べるのを止めます。

脳ではなく体が満たされれば食事は終了。少食で食べ方が独特だったりと特異性が表れます。

 

食に興味がなくなる原因

自分なりの食事を肉体のためにする人は、食に興味がないと周囲に思われやすくなりますが、実際は食に興味がないわけではありません。

興味があるもないもないというものです。

私達は記憶を基に「自分」が構成されて、価値観や観念を作って考え方や生き方を作り、欲の見出しや矛先を決めます。

食事に対して「良い印象」を付ける記憶が少なく、「悪い印象」を付ける記憶が多ければ、心理的に食に興味を持つ動機も理由もなくなります。

これまでお伝えしたように、自己理解や肉体の意見を聞いて食事する場合には、食に興味があるもないもない状態ですが、食事への負の記憶がある場合には意識的に食に興味をなくします。

 

食事に良い印象がないと興味がなくなる

私を例にしますと13歳以降偏食です。誰かに作ってもらう環境がなくなり、食生活は一変します。

食生活が変わったことで起きたことは、“食事が辛い時間”になったことです。

その後の食生活は23歳のある日まで偏食。高校生の時は1日のご飯はコンビニのおにぎり一つとガム一箱。18歳からは都内で一人暮らしをして学生時代に働いていた深夜バイトの残り物コンビニ物質を食べ、自炊してもキャベツと白米程度しか食べません。

自分の肉体の喜びを把握して満たされていることから食に興味がないのではなく、食事自体に嫌悪感を感じる過去の記憶にて、食に興味がない状態を自ら作ります。

過去のネガティブな記憶を認められないと、〔食事の時間〕〔食卓〕〔誰かとご飯を食べること〕〔食べる行為〕が食の興味をなくそうとします。

悪い印象や負の思い出が心に刻まれていることで、食事の時間や人とご飯を食べることへの苦手意識が浸透し、時間が経てば経つほどに自分なりに食事との関係性を構築して、完全に興味がなくなります。

食べなければ肉体が朽ちてしまうので、食事はお腹に何かを入れる時間としてなるべく早く、簡単に終わるようにし、めんどくさくなります。

 

原因を作る嫌悪感

過去の記憶が原因で食に興味がなくなると、記憶を主張するように食事に良い印象を付けないように脳が働きます。

嫌悪感があります。

食に対してではなく、食事の時間を心地悪くした人に対しての嫌悪感が、興味をなくさせます。

食卓に愛がなく、エゴや心地悪さ、押し付けや決め付けにて強制や強要、無理矢理に食べさせ、説教、嫌み、暴力をふるうような存在がいることで、食事の時間は恐ろしくなります。

このような記憶を認められず、記憶を主軸として食事から距離を取るような在り方が作られます。

 

愛のない食卓では食事が苦手になり、興味がなくなる

食事への嫌悪感は、愛のない食卓に基づきます。

愛がなければないで問題ではありません。しかし、愛を否定して拒否するエゴがあると食事の時間が辛く地獄になります。

食事中に泣くようなことがあれば、もう心はズタボロにされています。

特に子供であれば親や強い者からの干渉に対して、自分を苦しめて従うことを受け入れます。拷問を自ら受け入れる意味です。

しかし体が拒否して食べられない、食べなければ恐ろしいことが待っていて、どうしたらいいかわからずパニック。嘔吐までして、完全にトラウマになります。

この反対で、食事の時間は楽しく愛のある場の記憶があれば、食に興味を持つ動機と理由が生まれ、食べ物に興味がなくても食に興味を持とうとし、欲を食に向ける価値観が作られます。

恐怖を与えられることでストレスを作り、食欲がなくなり、食べられるものもなくなり、アレルギー反応としての拒絶も生まれます。

※食事のスピリチュアルな概念は、スピリチュアルな食事はエネルギー|食べる必要がなくなっていく?! をご覧ください。

スピリチュアルな食事はエネルギー|食べる必要がなくなっていく?!生きるために食べていた時代が終わり、何のために食べているのかは個々に考える時代がやってきたのかもしれません。 私達には肉体があるの...

 

食に興味がない まとめ

食事に喜びを求めるのは肉体維持のためか、脳が納得するためかは人それぞれです。

心が満たされていれば食事の量は自然と少なくなります。

子供のような心の感覚や感性を主体に生きることで、自然や大気中のエネルギーを無意識に吸収するので、より食べる量や質が変わってきます。

食事が苦手であったり楽しくない過去の記憶から興味がないとは別に、子供のように心を主体にして生きることで、肉体に見合った食べ物を理解するために食べる量が少なくなり、食べるものも偏ります。

欲が少なかったり、同じものしか食べないので変な人に思えるかもしれませんが、自分を理解している心理があります。

他の情報やルールに従うのではなく、自分の体を知り、喜びを知り、満足を知ることで、何が必要で必要でないかを体感として認識します。

食に興味がないのは悪いことでもなんでもありません。自分を理解しているが故の自然な行動です。

人によっては過去の記憶にある心の傷やトラウマが原因となり、食事への距離を取る在り方を作っている可能性もあります。

記憶を認められないことで食への距離となるため、興味があるもないもない状態になるように自己理解を深め、自分を知ることで食への距離感は自由に調整することができます。

食への見方が世間的には定着しているかと思いますので、より幅広くご自身の食への向き合いを知っていただき、自らが興味有無を作るようになると良き塩梅かと思います。

偏食も少食も心理次第で自然なさまですので、自己理解を深める一助となれば幸いです。

今日も体のために食事を頂き、命を頂き、必要な分を満たし、自ら喜びを作っていきましょう。

それでは、食に興味がない特徴と心理のお話を終了します。

最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

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