心理と特徴

攻撃的な人の特徴に潜む心理と末路【タイプは危険人物or生きるため】

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今日も荒れているあの人。

どうして攻撃的なのでしょうか?

なにかあったのか、すさんだ過去の影響か。

攻撃的な人は喜んで攻撃する人と、生存維持のために仕方なく攻撃する人が分かれ、共通した特徴があります。

ここでは、攻撃的な人のタイプと心理、そして末路を一本見ていかれてください。

  • 攻撃的ってどんな人?
  • どんな心理なの?
  • 末路は如何に?

これらを紐解き、「赤鬼の心の叫びは逃亡の憤りかぁ」と知っていただく内容となっております。

戦いにまみれて生きる攻撃的な人の仕組みと詳細を知ることで、怒り怒鳴る人の対処になりますので、鬼の見極めをしていきましょう。

そんな俯瞰的な捉え方をする一つの考え方となれば幸いです。

攻撃的な人の特徴

攻撃的な人の特徴11選

“攻撃的”というニュアンスは幅広い捉え方ですので、「攻撃的とはどういうこと?」という理解を含めて、特徴を順番にご覧ください。

1、否定、批判、非難、無視を他者に対して行為する

攻撃方法は本当にさまざまです。

特にわかりやすいのが、否定、批判、非難、無視。

怒りや暴力にて人格や存在否定。言葉や態度にて性格や人間性を批判非難に無視。

陰口など間接的な場合もあり、わかりにくくしながらも確実にわかるように他者に対して攻撃を試みます。

 

2、愚痴、泣き言、否定、批判にて同情を誘う

直接的な暴力や暴言はわかりやすく刀でズバッ、バシュッと真正面から来ます。

しかし、気づかぬうちに、「うわっ、なんだこの煙?!モワモワ」「く、く、苦しいよ」と毒ガスのように攻撃する手法があります。

愚痴、泣き言、否定、批判による同情誘いです。

その場にいない人を敵と共通認識させ、賛同して同情させることで自分のテリトリーに相手を誘いこみ、後は好きなようにエネルギーを奪い取り、疲弊させ、ストレスを与えます。

モワンとテリトリーを広げる手法。攻撃を見えなくする技の一つです。

 

3、成否判断+極端な判断

物事の見方が極端な特徴があります。

「これは正しい、あの人は間違っている」という見方が根付いており、正しさの基準は全て自分です。

成否判断で自分の理解や考えを見出すため、味方か敵、使えるか使えない、利益か損失、強敵か雑魚と極端です。

自分を基準にして良い悪い、高い低い、強い弱いの二極です。

 

4、動物・虫的な勝ち負け判断

人間というよりは動物や虫に近いかもしれません。

考え方が勝ち負け、強い弱いの二極化であり、良い悪いは弱肉強食のシステム理解によるものです。

勝つために負けを作る概念があり、強い人がいればその下に弱い人がいると考え、世の中の見方が一元化した一つのみ。

一つの枠組みの中で勝ちがあれば残りは負けという具合で、認識の幅が狭く極端な思想を持ちます。

勝ちを“良、善、正義”と認識して、勝ちではない人は皆“ダメ、悪、低能”という枠に入れて負けにします。

 

5、思い込みと決め付けが激しい

「動物や虫」と言われれば、「何っ、人間より下等に見下しやがって」と自分の認識に当てはめ、物事を思い込んで決め付けます。

常に他者と比較してどちらが良い悪いと評価をくだし、自らの認識を正として他を比較するために、自分にそぐわないことを悪や否定の対象として“敵”に見なします。

 

6、自分が認められるか否かを重要視

現実を認めるか否かではなく、現実を自分のフィルターで認めることができるか否かであり、認めることができると現実になります。

起きるそのままがリアルではなく、認められることのみをこの世のリアルとし、世の中の見方が限りなく狭い特徴があります。

 

7、戦いが生きる動力

攻撃的な人は戦いを好む人と、戦いを求める人と、戦いを必要とする人がいます。

戦いが生きる動力となり、血の流れを感じるようにヨダレを垂らしながら刺激を欲します。

得られる利益が人それぞれにあり、生きている意味を見出し、価値を作り、力を誇示し、自らを他者に確立させることでの喜びに納得しながら生きます。

 

8、自己顕示欲、承認欲求、支配欲

攻撃的な人は自らを他によって見出したい欲望がとても強いです。

自己顕示欲と承認欲求を持ち、自らを認めてもらい、存在を誇示するように主張します。

支配欲も強いために人にマウントをかけ、「こうしなさい」「私が正しいんだ」「あなたは間違っているんだ」「わかったか、わかったと言え」「早く言え、私が正しいと認めなさい」「はやくはやく」と押し付けて干渉します。

 

9、自分が中心でありたい欲

何をしても、どこにいても、誰といても、常に自分がその場の中心でなければ嫌だと考える自己愛性が強い特徴です。

行き過ぎるとこの世では障害と名を付けられ、人格障害や攻撃性パーソナリティ障害などになります。

主張が激しく、賛同しないとイライラして怒りを露にし、「自分が中心でないとダメなんだ!」と鬼気迫る在り方をします。

 

10、負けは何があってもダメ、絶対

飲酒運転のポスターかと思わせるほど、“負け”は絶対NGです。

負けを認めることはなく、認めてしまうと大変なことになる心理があり、嘘や誤魔化し、思い込みや決め付けを多用し、正当化に忙しないです。
※詳細後述

 

11、固定観念の塊で変化を嫌がる

疑似現実的な認識をリアルだと思い込む生き方があるために、偏った固定観念だらけです。

現状維持を好み、変化を嫌がり、自分の都合の良いものを都合の良いように解釈します。

以上が特徴でした。

※見えない攻撃をする人の特徴は、エネルギーを奪う人の特徴と真意。奪われる人にも目的がある密な関係 をどうぞ。

 

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攻撃的な人のタイプ別心理

攻撃的な人のタイプ

攻撃的な人には大きく二つのタイプがあると考えます。

攻撃的な人のタイプ
  1. 攻撃することを喜ぶ人
    …負けるのが嫌
  2. 攻撃することで喜びを見出そうとする人
    …負けたら終わり

攻撃的な人の大きな特徴は、「負けてはならない」というモットーを持つ人間性です。

二つのタイプ、両者の人間性は天と地ほど異なります。

タイプによって、「負けるのが嫌」「負けたら終わり」に分かれ、心理も末路も変わります。

それぞれのタイプ詳細を見ていきましょう。

 

①攻撃することを喜ぶタイプの心理

負けたくない心理にはあえての浅さがあり、「負けたら嫌だ」という程度には切羽詰まっている様子はありません。

遊びだからです。攻撃することが楽しいんです。

相手を否定し批判し非難し、時に無視、時に暴力、時に陰口、時に毒ガス。
個別ではなく集団で、さらに率先して人をいじめる人はこのタイプです。

武力的な人も頭脳的な人もいます。それぞれに肉体的な攻撃か、精神的な攻撃かが分かれ、肉体を殴って蹴っての否定か、心やマインドを傷つけての否定か、どちらも否定することが攻撃です。

心理には、人の苦しみや滑稽さ、悲壮で無力なさまを自分と比較して、上下・強弱・勝負の差を作り、馬鹿にして蔑むことが喜びで楽しいと思う認識があります。

言い方を変えると、人間らしい。

「どこがやねん」

という感じですが、私達が笑う時の一つは人の失敗や滑稽さです。

変な顔をしたり馬鹿な真似をしたり、人の恥ずかしい所が露呈した時の在り方や心理状態を自分と比較や照合して、差を見出して笑います。

笑うとは馬鹿にするだけではなく、笑顔や微笑ましく思うことも含まれ、自分との違いや比較にて見出す笑いがあります。

「人の失敗や痛みで笑うのは良くない」とルール設定することで笑わないように取り繕うこともできますが、攻撃的な人に取り繕いはなく、楽しむために人を攻撃してあえて笑える状況を作ろうとします。

 

攻撃を喜ぶ人は戦いが常識だと思っている

喜んで攻撃する人は、人を馬鹿にして蔑み排他することに躊躇がありません。

純粋に恐怖を与える喜びがあり、物事は上下、高低、勝負で認識することが常識として記憶されているため、率先して行います。

自分をどこまでも喜ばして正当化する目的があり、「王様や殿様が何よりも偉い最高の状態だ」と真っ直ぐな目をして王位を狙うようです。

王位をゲットするのは一人だけ。

「他を排他して蹴落とすのは当たり前」

常に戦いの中で生きるので周囲から排他された過去があり、傷つけられた経験があり、「やられたからやり返す」のではなく、「やるのもやられるのも自分次第でそれが当たり前」と戦いの人生を生きます。

※攻撃的な人のかわいそうな内情は、【攻撃的な人のかわいそうな心理】対処法は飼育員スタイル をご覧ください。

 

攻撃的な人は独りでは生きられない虫

喜んで攻撃する人はとても純粋な虫のような人間です。

これは馬鹿にしているのではなく、爬虫類脳という脳が発達した人間を意味します。

自己防衛意識が強く、排他意識と攻撃性を強く持つ人間の脳の三層構造の一つです。

人間の脳の三層構造
  1. 爬虫類脳
  2. 哺乳類脳
  3. 人間脳

※三つのどれを主体にするか、使用割合によって人間性や人間味が人それぞれに違う

爬虫類脳は虫や魚のように、己のみを認識して本能的に生きる活動を司ります。

特徴は変化を拒み、反応が早く直ぐ行動し、本能に忠実、恐怖から逃避し、攻撃性と侵略意識を持ち、支配と服従の中で生き、安全を求めること。

お腹が空けば何か食べ、性衝動に駆られれば性行為へ走り、強い者が現れると逃げ、これまでの認識を正として変化を拒み、満足や納得を求めて目の前に獲物がいれば殺して食べるように生きます。

爬虫類脳を主体にすることで自己顕示欲や支配欲を持ち、攻撃的になると考えられます。

過去の環境にて排他や攻撃をされてきた経験があればあるほど、人を攻撃することが自分の喜びとして、欲望の線引きや制御なく忠実にひた走るようになります。

服従すれば支配欲と恐怖があるために独りで立ち向かおうとはせず、集団や他者を使い、様子を見ながら食い尽くすように攻撃して倒す知恵を持つため、独りでは生きられない虫となります。

見方を変えると、とても純粋な子供のような人でもあります

 

②攻撃することで喜びを見出す人の心理

もう一つのタイプは、自分を見失っていることでの攻撃性です。

攻撃することに喜びを感じません。

利益を見出すことができるために人を攻撃して利用します

自分を見失っているために、生きている意味や価値を自ら把握できず、他者を蔑み馬鹿にし、劣っていると“下”に見れる状態を作ることで納得や満足、または不納得や不満足の解消を得ます。

優越感取得を目的に攻撃し、自己顕示欲と承認欲求を求め、人を利用して肯定材料を求めるために他を蔑み蝕みます。

マウントして押し付けて干渉し、権力や権利を振りかざして正当化を図り、社会的な価値観や先入観も用いて自らの存在に確証を得ようとします。

攻撃によって苦しむ相手を見て喜ぶのではなく、攻撃することで自分を見出すために他者と“差”を作り、「生きることを継続する意味」を得ようとします。

生きる術として攻撃する状態です。

※心が弱いから攻撃的になる詳細は、傷つきやすい人の優しさと攻撃的質【傷つきやすい人ほど人を傷つける刃がある】をどうぞ。

 

我が強く、否定されることを何よりも怖れる

自己価値、存在意義など、生きている確証を得るための手段が攻撃です。

集団を作っていじめを進んでするのとは違い、自分のために仕方なく参加して、差を見出して己だけ蜜を吸おうとします。

自分のことしか考えられない我と弱さがあり、自らでは自らを認められず、自分一人では対処も改善も何もできません。

恐怖心である嫌なこと、認められないこと、拒否したいことと向き合えないために、自らの存在を薄める懸念に怖れ、危惧に追われます。

否定されず、恐怖心と向き合わずに済むことが大きな利益になり、攻撃性が手放せなくなります。

 

負けることができない強迫観念にて攻撃を繰り返す

攻撃によって喜びを見出す人は、「負けたら終わり」の強迫観念があると考えられます。

とにかく自らを見出したい願望があり、否定されないための対処をし続ける心理です

自己防衛にて生きている意味を見失わない術であり、過去の経験にて人の痛みや苦しみを理解しているために、攻撃して他を苦しめることに負い目を持つ人間味でもあります。

負い目を感じると自らの行為を否定してしまうため、真意や本音を隠して誤魔化し、内側に蓋をしてなかったことにします。

嘘や誤魔化しや思い込みにて本当になかったようにしたり、怒りや泣きや笑いにて事実をうやむやにして攻撃を過激化させます。

負けることは自らを否定される懸念であり、存在意義が抹消される恐怖心が膨らみ、「負けてはならない、負けたら終わりだ」と観念を縛りつけ、空虚な危機感を持つことで空想を肥大化し、被害者意識と正当化認識を持ちます。

明らかな経験の少なさがあり、事実を認識しない己の世界や他者によって作ってもらった価値観を基に、認められると判断したもののみを見てきた結果による心理です。

「負け=最もしてはならない、自らが自らを否定することが起きる」と思い込み、これまで嫌々攻撃し続けてきた行為や、頑張って利益を得てきた経過に軌跡を否定しないようにします。

「負けることが嫌」というレベルではなく、「負けたら終わり」という、事実を経験していないのに認識している“完全なる思い込み”です。

 

攻撃的な人の末路

攻撃的な人の末路は絶対的恐怖

タイプは違えど、どちらも共通した心理がこちらです。

自分をとにかく誇示して正当化したい欲求の強さ

攻撃的な人は、他者の存在なくして生きられない心の弱さがあり、メンタルや自分の弱さから逃げ続けた結果、他者に強さを誇示して虚構を得る選択をしたものと考えられます。

物事の認識、価値観、人間性、あらゆるものは他との比較や照合、他の反応や評価、人を蹴落とし、馬鹿にして蔑み、いじめることで見出し、生きている意味を求めます。

存在する価値や意味を全て他の存在によって見出す特徴があるため、周囲に自分より下だと思える人や比較対象がいなくなった時、独りでは生きられない末路が待っています。

生きられないというのは、生きている意味がわからず、虚無、空虚を認識してしまい何も考えられなくなる意味。

「自分は何者、何をしたいの、どうして存在するの?」と何を疑問に思っても答えが出せず、真っ暗闇にいるようなイメージです。

年齢を重ねる毎に嫌でも起きる肉体の老朽化、欲求の静寂による見える化、周囲の環境や人々の変化があるため、いずれ自らを直視しなければならない時が来ます

それは絶対的な恐怖心との向き合い。

これまで無意識に積み上げながらなかったことにしてきた莫大な恐怖の山、逃避も誤魔化しもできない状態での強制直視。

因果応報は別に起き、カルマの見返りにて悪行の返りを受けながら、ただただ現実を見るだけのその世界は、シンプルに恐怖のみの末路です。

 

タイプによって末路は変わる

末路の変動にはタイプが大きく影響します。

喜んで攻撃する人の真っ暗闇の先は私にはわかりません。

喜びを見出すために攻撃する人は、私の経験からこれまでの内容をお伝えしているので、末路を変えられます。

 

一度死ぬと末路が変わり攻撃性がなくなる

攻撃を喜んでしていない場合、どこかに後ろめたさや負い目があり、何より楽しいと思いません。

攻撃することで自らを苦しめているからです。

この場合、事実を認めると末路は変わります。これだけです。

思い込みが思い込みだと気づくためには経験する必要があります。これが現実を現実としてそのまま見ることです。

素直になると同義です。

喜んで攻撃する人は自分に対して素直ですが、それ以外には素直ではありません。

素直にそのままをそのままにできれば末路は変わります。

簡単そうに言っていますがとても難しいです。全ては自らが積み上げてきたものであるため、克服するための道のりは長いです。

現実をそのまま認めることができれば、自分の弱さ、逃げるさま、臆病で、嘘つきで、生意気で、弱いから怒り、弱いから泣き、弱いから声を荒げ、弱いから人を蹴り飛ばし、弱いから馬鹿にし、見たくないから、見れないから、勇気がないから、自信がないから、意志がないから、自分がいないから攻撃することを自覚します。

すると末路は変わります。

全く新しい人生が始まり、本当は攻撃性がないことをはっきり知ります。

 

攻撃的な人の末路 まとめ

攻撃的な人には大きく二つのタイプがあることで、末路も大きく異なります。

どちらも生きている意味や答えを出せない空虚な自分を認識する末路があり、喜んで攻撃する人はその事実を認めないために、攻撃し続けて獲物を狙い続ける人生、または喪失する人生となります。

しかし、私にはわからないだけでその後に新しい末路があるのかもしれません。より攻撃力を増す力を得てプレデターみたいな体と顔になる、宇宙に行っちゃうとか。

そんなことはどうでもいいのですが、喜びを見出すために攻撃している自分を見失ったタイプは、自分次第で一変した末路を作れます。

そのためには事実を認め、完全なる反省と感謝を抱く瞬間があります。

攻撃する人は弱い人です。弱さとなる事実を認めない何かがあります。

恐怖から逃げ続ける認めたくない自分であり、自らを肯定も受容もできない在り方です。

どうしても言葉に棘が出てしまう内容ですが、攻撃性の内情を知っていただき、喜びを作るための変化や、対処のためにお役立ちとなれば幸いです。

攻撃的な人には近づかず利用させない。攻撃的な人自身は事実を見る。それが共に向上を見る道かと思います。

それでは、攻撃的な人の特徴からわかる心理と末路のお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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