方法

嫌いな人にあからさまな態度が出る人、出てしまう人の心理と改善

「チェッ!」
(あっ、舌打ちしちゃったぁ、態度出ちゃったー)

嫌いな人への嫌いという表現。正直者は隠さずに出てしまうことがあります。

どれだけ嫌いな人であっても、自らを律し、抑え、自制する善。
「あなたが嫌いだ!」と表す態度は、他者との共存環境では社会性に反し、ネガティブなイメージをもたれやすく、実際に対人関係にて反発を作るきっかけになります。

しかし、出てしまう。

そんな時には、あからさまな態度が出てしまう原因と心理と改善方法を知っていかれてください。

  • 嫌いな人にあからさまな態度が出てしまうのはなぜ?
  • 隠さずに態度を出す心理とは?
  • 態度を出さないためにはどうすれば?

私はガンガン出す人間で、たくさん痛い目を見てきました。

しかし、ある時に大切なことに気づきました。

嫌いな人に態度が出る真相。一つの考え方としてお役立ちできれば幸いです。

嫌いな人にあからさまな態度が出る

嫌いな人に態度が出る人のタイプ

初めに確実に知っておきたいことがあります。

嫌いな人に態度が出ることに対して、「態度が出てしまう」と自覚しているか否かは、全く異なる原因と心理になります。

両者のタイプは完全に区分けしておきます。

嫌いな人に態度が出る人のタイプ
  1. 嫌いだと態度が出る自覚がない人
  2. 嫌いだと態度が出てしまう自覚がある人

「態度が出てしまう」と思っているか否かです。

自覚がある人は、嫌いな人に態度が出ざるを得ない人間性がありますので、両者は区分けしながらお伝えします。
※ここでお伝えする主旨は、「態度が出てしまう」と自覚がある人

両者の違いと共に、原因を探っていきましょう。

 

嫌いな人にあからさまに態度が出る原因

どれほど嫌いな人であっても、それを目の前でわかるように表現するのは、「あ・な・た・が・嫌い・だー!」と叫ぶのと遜色ないほどで、なかなかできることではありません。

このように口で表現するのは明確に相手への嫌悪の表れとなりますが、相手への嫌悪ではなく、自らが被っている不利益にフォーカスしている可能性があります。

ここに、自覚有無の違いが顕著に表れます。

  • 自覚しない人は相手への嫌悪にフォーカスし、相手にわかるようにあからさまな態度を出す
  • 自覚する人は相手への嫌悪ではなく、自らの不利益にフォーカスしている態度が無意識に出る

自覚しない人はフォーカスが相手であるために、あえてわかるように嫌いだと伝える態度を出し、実際には自覚しないようにしている心理があると考えられます。

あからさまに出す人もいれば、陰口や裏での手回しを気づかれる程度にして、間接的にわかるようにしたりと工作します。

自覚している人は極端に言うと、相手はどうでもよかったりします。自分に嫌なことが起きた時の怒りや悲しみや心地悪さを味わい、体感に集中し、気づけば顔がとんでもないことになっています。

ここで両者に対して一つ気になることがあります。
「表すならどうして口で嫌いだと表現しないの?」

 

自覚がない人は自己納得しやすい便利道具が態度

口で嫌いだと伝えると戦いが起きます。

態度であれば戦わずに相手に傷を負わせたり、見返りの危険性なく憤りを投げつけられます。

非常にエゴイズムな手であり、便利な道具になります。

エゴで便利な理由は、態度であれば責任を有耶無耶にできるためです。

実際に直接伝えると確実な証拠になるので、言われた相手は攻撃し返しても問題ない正当性がわかり、反撃していい理由を見つけます。

態度の場合には、まるでタコ踊りをし始めるように、「むむむ、この人は楽しみたいのか?それとも馬鹿にしているのか?」と微妙な探りになり、結局タコ踊っている本人にしか真意がわかりません。

責任を持ちたくない表れであり、嫌いとはっきり表した時の相手の反応に自己対処する自信がないからと考えられます。

反撃されるのは嫌だ、でもこの嫌な気持ちは伝えないと気が済まない。

どうして気が済まないのか?

許せないからです。

自らが被った不利益を許せず、直接言うのは怖く、責任をなくしたいために、あからさまに相手がわかるように態度を出します。

これが自覚がないタイプの原因と考えられます。

 

態度が出てしまう人は自意識が強い(または高い)

自覚がある人は相手に嫌悪がある訳ではなく、許せない訳でも、責任を有耶無耶にしたい訳でもありません。

嫌いになる原因の不利益が、「プリンを食べられた」以上に、「プリンを食べられてしまった辛い自分」にあります。

体感であり嫌な気持ちそのものにフォーカスし、「あの人のせいで」と言うよりは、「こんな嫌な気持ちになっている」という認知。相手以上に自らに起きているリアリティに嫌なことがあったかどうかであり、自意識の強さ(または高さ)を物語ります。

自意識とは自と他を区分けする意識であり能力です。

強過ぎると自意識過剰になる危険性もありますが、とにかく自らの思考や行動は自ら認めて自覚する人間性があります。

これを自責とも言います。

「ちょっと何で言ったことがわからないの?!」と上司に怒られている時に、自分の内側で起きている心地悪さを体感し、それが顔に出ます。

上司に対して、「コノヤロー、マジでイラつかせられるわぁ」と思ってはおらず、「心地悪い気持ちだぁ、くぅ耐え難い」と感じている時に目の前に上司がいるので、「あぁ、この人のせいだ」という後付けです。

実際には、嫌いな人に対する反発や嫌悪ではなかったりします

感覚的であればあるほど、自意識の強さが相まみえて嫌いな表現が自然と表れ、「はっ、内面の心地悪い体感が顔に出ちゃった」と時既に遅しというものです。

※愛想にて態度が出る詳細は、愛想よくできないなら無愛想でいい│無は有の意味を教える をどうぞ。

 

嫌いな人に態度が出る心理と改善

嫌いな人に態度が出る心理

「嫌い」とは不利益を被り、反発や抵抗になる確証によって嫌います。

不利益である嫌なこと、認めたくない、知りたくないことを味わわせられたり、損害を被る実体験によって嫌います。

「友達が嫌なことされたから私も嫌い」と思い込むことは可能ですが、実際に嫌いになるかどうかは本人に不利益があるか否かであり、不利益まで行かずに利益がない程度では嫌いになるのは困難です。

この不利益を被るから嫌いになる状態には、自らの我や欲を押し付けて貫きたい表れがあります。

 

我が人を嫌いにさせる

私達は一人一人に自我意識があり、「私が私」「これが自分だ」と思いたい我があります。

我があると、干渉や執着にて押し付け決め付け、強制や強要されると反発を抱きます。

我がなければ、「はい、今この瞬間からあなたの名前はプリ松うん子ねぇ」と言われて、「はいよ~、うん子うん子、I’m UNKO」と許容します。

認める許容が広いと反発が起きないために不利益にならず、人を嫌いになりません。

この反対に我が強ければ強いほど、他者を含めて自らを認識して我を貫き、自らのみにフォーカスして都合の良いように物事を捉え、人と関わり、自分を変えられる影響を嫌い、それが起きると許しません。

我が強いと自らの思い通りにならないことは不利益、「今フルーツジュレを食べたいと思っているんだから、今目の前にないのはおかしい」とこれだけで嫌う理由になります。

自らが感じた気持ちをなかったことにするのは、我が通せない最たる行為であり、「嫌いという不利益を味わった」という認識を露わにせずに隠し、抑制し、我慢するなんてことは断固しません。

 

態度を隠さないのは自我と我

自我なのか我なのかが自覚有無で違います。

自覚がある自意識の強い人は自らにフォーカスする自我があり、嫌いになる原因として不利益を被った時に、周囲への影響や反応以上に自らの認識を優先します。
※自我とは自らを認識するために自らを使用する

他者以上に自分に集中。失敗して自分の責任で上司に怒られた時、怒られている時の体感が主体で、怒っている上司はその次です。

これは人間として当たり前だと思います。

もし逆になって他を優先すると自己犠牲になり、他である常識やルールのみにフォーカスして自分を疎かにすると、自己喪失します。

自分が主体、他が二の次になり、態度を隠そうとしても既に顔に出てるというワンテンポ遅れが起きます。

他が一番であれば態度を隠せるのですが、自意識が強ければ強いほど他は二番。

自分のことしか考えていない訳ではなく、他者へのフォーカスがあっても自意識が強いと、「態度が出てしまった」と時間差に悩まされます。

 

自覚がある人は自我、自覚がない人は我

自覚がない人は自意識ではなく我の強さであり、許せない許容の狭さです。

我とは自らを認識するために他を利用する意識であり、自我が異形した思考内に住みつく意識です。

他を含めて自分を成り立たせているために、自分にとって都合の悪い不利益があると、他者に責任を押し付け、他者に嫌悪を抱き、他者を許しません。

嫌な人に態度を露わにしても、自らが嫌われた時に態度を露わにされると、「キー何なの?!」となり、都合の悪いことは認識せず、自らがしていることへの自覚がないさまが顕著になります。

自らが怒る時には、相手のせいでイライラさせられたと責任の所在は常に他になり、他を責め立てます。

このように自我と我は全く別であり、自らにフォーカスして他が二の次になるのか、他によって自分を見出しているために責任を持たずに好き勝手やってるかの心理が二分けされます。

※いじられると嫌いになる心理は、いじられるのが嫌いな時に知りたいこと【いじる・いじられる関係性】 をどうぞ。

 

嫌いな人に態度が出てしまう時の改善方法

態度が出てしまう場合、着目したいのは認識の優先度です。

自分が一番で他が二番。
これは自意識が強ければ強いほど変えるのは困難で、無理矢理に認識順序を変えると、自己撲滅行為になりかねません。

優先度はそのままいきましょう。

大切なのは、自分が一番の上で他者の認識を増やすことです。

そのために初めにしたい理解があります。

改善方法となる考え方は、嫌いな人に態度が出てしまうのは、相手に嫌悪があるから出しているのではないと理解します。

例えば、職場の先輩に陰口を言われていたと知り、嫌いになるとします。

実際には陰口を言われた事実を知った時の、悲しみや怒りなどの心地悪い体感が嫌いになる不利益であり、先輩に嫌悪はないかもしれません。

嫌いな人がいる際には、本当にその人が嫌いなのか、嫌悪感があるのか、その人をちゃんと認識してみてください。

もし該当する場合、嫌いな相手をしっかり見ていないことがわかり、嫌いな人を嫌う理由を本当は知らないかもしれません。

これが上述でお伝えした後付けです。
嫌いな体感が主体で、「心地悪さを与えられたのはあの人のせいだ」と嫌いになる理由を後から付けて、「私はあの人が嫌いだ」となります。

人を嫌いになるとは、その人から被った不利益をしっかり認識し、相手にされたことを知り、許さないほど考えます。

こんなに興味などないのが自意識のあるさまであり、極端に言うと他人に興味はなく、嫌いになれないかもしれません。

自らが味わう心地悪い体感が不利益なのか、相手という存在自体に嫌悪を抱いているのか。今一度確認すると自分のためになります。

※不機嫌な態度をとられる側の目線は、職場や家でのあからさまな不機嫌な態度│対処は境界ぶち壊し作戦のぶち壊し をご覧ください。

 

「嫌いだ」と思う時に対象を見る

改善方法となるのが、実際に嫌いな人と関わる際に相手を見ることです。

私は学生の時や会社員だった時、先生や上司にはあからさまな態度で嫌いだと表していました。

抑えることができず、話しかけられると眉間に皺を寄せ、「早く終わんないかなぁこの関わり」と思い続けていました。

この時、私は相手のことなど何も見ていませんでした。

「本当にこの人のことが嫌いなのかな?」と確認したところ、全く考えもしなかった事実に気づきました。

上司に話しかけられている時に、「私はこの人のどこが嫌いなんだろう?」と相手を見た所、「あれっ、一緒にいるこの空間は反吐が出るほど嫌なのに、この人のどこが嫌いかはっきりしてないぞ?!」と思いました。

また別の時、出る杭だった私は上司に理不尽に怒られ、悪態をつく私は内心、「うるせぇ、この人嫌いだな、」
「あれ、この人って誰だ?」
「今一生懸命に怒っているこの人か、でも別の人に言われても嫌うかな?嫌うね」
「じゃあこの人って誰だ?」と疑問になりました。

嫌いな対象が明確にわかっておらず、その人でなくても同じ事をされれば嫌いになると仮定した時、「この人が嫌いではなく、心地悪くなるのが嫌いなんだ」と思いました。

あの先生だから嫌いな訳ではなく、他の先生でも同じようなことをされれば嫌いだと振り返り、嫌いになるその人をその人として捉えておらず知りもせず、嫌いになるほど興味がないことに気づきました。

他者を認識していない表れ、自己認識のみにフォーカスした在り方です。

より相手を知ろうとする気持ちがあると、その人が本当に嫌いなのかがわかります。

このように他者に向ける認識があると、自然と他者認識の割合が増えていき、自分の認識のみにフォーカスして態度が表れてしまう時に、態度を抑制するための隙間が設けられます。

隙間があると、
[体感→心地悪い→嫌いな表現]と直結せず、
[体感→心地悪い→どうして?この人のせい?この人って誰?と他者認識(隙間)→嫌いな表現有無]となります。

隙間によってあからさまな態度はなくなり、自制して抑制したり隠したりの時間は他者認識が増えれば増えるほどに設けられるため、相手を見て・知ろうとする行動が改善方法となります。

※態度が出てしまう改善の詳細は、【感情や不機嫌を顔に出さない方法】ポイントは他者への興味有無 をご覧ください。

【感情や不機嫌を顔に出さない方法】ポイントは他者への興味有無喜怒哀楽、ネガティブもポジティブも歯止めのない水漏れのように溢れる。 赤ちゃんや子供を見るとわかるように、歯止めしなければ溢れ続け...

 

嫌いな人にあからさまな態度が出る まとめ

態度が出るのか出てしまうのかの区分けはとても大切だと思います。

自己都合にて認識を逸脱すると、我の強さの歯止めがつかず、あからさまな態度を出すことに利益があり、責任を放棄できることを恩恵だと思い込むエゴイズムの沼にはまります。

一方で自我が明確で自意識が強い人は、相手を見ずに嫌う可能性があり、感覚感受があればあるほどに自らの認識にフォーカスして、心地悪さから態度がそのまま出てしまいます。

態度を出したいと思っておきながら自覚しないのか、態度を出したくないけど他者認識がないために出てしまうのか、両者は全く異なるためにご自身がどちらであるかの区分けになればと思います。

自覚がない場合には、恐怖の自己対処ができず、責任を持てず、他者を含めて自らを認識させ、他の中で自らを中心にして我を貫く自己中心性が考えられます。

自覚がある場合には、自責があり自己認識の優先度が高く自意識が強い、自らの喜びへの興味が濃く、他者を把握する認識の低さが考えられます。

主旨となる自覚有、態度が出てしまうのは自意識という人間性によるさまであり、自責者の在り方ですので、改善する必要もない大切なものです。

そこに少し他者を見て、知ろうとする意識を付け加えると物事は大きく変わると思います。

自己認識がある人は他者へ意識を向けると他者認識が急速に高まります。

大切なことは気づきですので、ここでの原因と心理と改善の考え方がご参考になれば幸いです。

それでは、嫌いな人に態度が出るお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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