方法

自分のキャラがわからない時に一度考えたい│キャラは存在しないから作る

日々の社会生活の営みでは、「あれ、私のキャラ設定どんなんだったっけなぁ?」と思うことがあるかもしれません。

忘れちゃう、見失っちゃう、迷っちゃう。

どんな自分でAさんと関わり、Bさんとはこう、Cさんとはこんな感じ、あれ、Zさんはどうだったっけ?そもそもZくん?PZ-4くん?
なんてこともあったりなかったり。

自分のキャラがわからない時、少し頭の中で錯綜が起きている可能性があります。

そんな時の状況を活用して、「自分のキャラとは何か?」を知る機会にする話しをお伝えします。

理解が深まると、キャラの作り方もわかりやすくなります。

キャラ設定の見失いには、「そもそもキャラなんてありませんよ」という前提があり、その紐解きには人と人の関わりにおける私達一人一人の姿勢と態度が表れます。

このような前提理解があるので、キャラがわからなくなってしまった時はここで一息、フー。

キャラに対する理解とキャラの作り方について、楽しんで読まれることを願います。

自分のキャラがわからない

自分のキャラ設定

アニメや漫画のように個々の輪郭を明確にすると、自然と表れる個性があります。

キャラクターというものですね。

“個”を明確にする方法はさまざまですが、他者との共存社会で生きている私達にとっては、他との線引きや区分けが明瞭であればあるほどにキャラ設定されていきます。

キャラとはとても活用的なもので、人によってキャラ設定の目的が違います。

いくつかの私が思い当たる目的があるので、一覧でご覧ください。

キャラ設定の目的
  1. コミュニケーションをスムースにする
  2. 自分という存在価値や意義を見出す
  3. 生きている意味を見失わない(自己防衛)
  4. 生きがいや使命を見つけやすくする
  5. 人間関係での自らの得る利益性向上

目的を大きく分類すると、このようになります↓

キャラ設定する目的

  • 他者との関わりでの利益性向上
  • 自分との関わりでの生き方(在り方)構築

キャラはコミュニケーション能力になります。

人間関係の苦しみ、それは恐怖や不安や苦痛の対処になり、悩みの解消や緩和にもなります。

さらに、キャラがあることで自分との関わりに違和感や矛盾が減り、人との関わり方、話す内容、態度、在り方に主体性ができ、ブレが減ることで自信にもなります。

利益がわんさか溢れるようですが、まだまだあります。迷いがなくなることで、喜びや楽しみを得るために一直線に最短ルートを走ることができ、自分の生きる道や選択がはっきりとわかりもします。

これほどまでに重要なキャラ設定の目的を要約すると、こうなります。

キャラがあると、人との関わりで自信を持てる。

自信とは自分を信じることであり、責任を持つことです。自信によって自分という存在の輪郭を作り、他との関わりでの価値や意義をはっきり持ち、姿が鮮明になります。

キャラを認識するか否かには、自信という言葉が重要なキーワードになります。

 

自分のキャラって要る?

さんざん良さ気なキャラクター効果をお伝えしましたが、これは既に承知のことかもしれません。

地域ごとのマスコットキャラのような、大きなジッパーぬいぐるみが日本には溢れていますが、あれらがいると地域は自信を持ち、主体性と軸を持てます。

そのため、「キャラ(自信)は重要、要るよ」という感じですが、本当に要る?という疑問もあります。

ここで言う“自信”とは、外枠をはっきりさせる“個”の明確化としてのものです。

言い方を変えると、ジッパー付きのぬいぐるみ、ピョンピョンはねるかわいいの。仕事が終わったら、「カァー熱いい!ビールうめぇ!」と。

何が言いたいか。

仕事になる。

キャラを持つとは仕事することです。

少しわかりにくいかもしれませんが、「家ではキャラ要りませんよね」「仕事していない時はキャラとか邪魔かも」という、あのマスコットキャラ達は家であの状態ではない、プライベート有、もちろん。

さらに言い方を変えると、仕事モードの時にはキャラが要る=何かしら利益を得る目的がある時にはキャラ大事。

特に利益を求めなければキャラは不要という見方です。

キャラ設定をするか否かは完全に個人の選択であり、自由に表現できる日本憲法のようなものです。

そのため、キャラが要るかどうかは人それぞれで、要らない場合にはポイッと捨てちゃう人もいますし、時と場合によって使い分けることもできるのがキャラクター。

キャラとは道具です。

 

自分のキャラがわからない理由

キャラがわからない理由は人それぞれにありますが、大きな要因として考えられるのは、「キャラが必要だと思っているから」かもしれません。

言い方を変えると、「ルールに縛られている」です。

キャラとは要る要らないが要所要所で変わり、利益を得るための道具ですので、利益を自らに与える意識(または欲)が少ないと、自分のキャラがわからなくなるとも考えられます。

ここでキャラとは何かをはっきりさせましょう。

キャラ設定=外枠による自信取得法=仕事モード=利益を得る道具(働き)

この形から、キャラは関わる人によっても変わりますし、場所や環境、肩書や役職、職業に国柄、気候や風土ですら変わります。

  • 自信や利益が必要なければキャラは要らない
  • キャラを押し付けて義務化している場合には、解放としてキャラの手放しも起きます
  • 利益を欲する仕事モードが不要な状態では、キャラが自然と手放されます
  • 責任を強く持つ仕事モードでは、キャラがより強く定着します
  • より硬いキャラによって利益が得られると判断されれば、全く別キャラに突然変わります

かわいいネズミのミッキーぬいぐるみを被ると、大きな義務や責任、喜びや躍動に楽しむ。
風俗前の看板を持つウサギぬいぐるみには、悪態と妖気な香りで癒され、脳内快楽に遊ぶ。
スーツ姿で役職が上がるとぬいぐるみは口数減らして厳しさ多め、優しさ挟みの緩急使いに。

本当にさまざまに、無限にキャラがあります。

どうして無限なのか。

キャラとは演技だからです。

演技意識がなく、自分そのものとしてキャラがあると思ってしまうと、わからなくなる可能性があります。

詳細を紐解いていきましょう。

 

自分そのものとしてのキャラはない

実際、自分にキャラというものはないかもしれません。

言い方を変えると、仕事モードで利益を求める状態ではない(自ら利益を作る、または利益を求めていない)場合では、自分そのものが完全なる主人公となり、個として区分けする外枠の認識がなくなります。

キャラがあるもないも、存在する自分が唯一のキャラクターという状態なので、キャラ認識がないというものです。

この前提からキャラを付けていくのは、他者との関わりで“個”を見出すことに利益がある時です。

私達人間は純粋に他者との関わりの円滑化を望み、コミュニケーションを図り、会話し、姿勢を作り、在り方を作ります。

人から褒められれば、褒められる自分を恒常化しようと演技します。
人から馬鹿にされれば、馬鹿にされないように自分を作り、演技します。
人から無視されれば、無視されないように、または無視されても気にしないように演技します。
‥‥。

あらゆる演技は、利益を欲する時の自然な姿だと思います。

シンプルにお伝えすると、かわいい子の前ではカッコつける、こんな感じがキャラ。

利益が不要な時、それは他者からの見られ方を気にしない、不安や恐怖を感じない、苦痛をなくそうとしない、喜びを他から貰う必要がない、喜びを自ら作れるなど、満足と納得があり不満足と不納得がない時、キャラは要らなくなります。

例えば、一人旅行で田舎の温泉地、誰も知らない秘境の湯を見つけました。ドボンッとキャッキャして最高の気分、ウラーラーと叫んでザブーンと湯を漁る。

ここにキャラは一切不要。この時の自分が素、ありのままです。

キャラとは他者との関わりにて、何かしら利益を欲している時に利益を見出す道具になり、「本来はキャラなし、必要な時に付け足していく」というものかと思います。

 

キャラがわからないのはルールの縛りが強めかも

キャラが演技として定着されていない場合、それは自分の喜びを自らの意志で求めていない状態かもしれません。

この様子は、キャラ=自分そのものの価値や存在意義という見方になり得ます。

これは、自分以外の他の常識や意見に縛られていることを表す心理です。

縛りとは窮屈なものですが不要なものではありません。ルール縛りがないと彷徨いが加速されることもあるので、縛りの必要有無は完全に人それぞれです。

ですが、縛りが強めだとギュウギュウで苦しくなっちゃうので要注意。

これが、「キャラが必要だと思う状態」です。

必要だと思いながらもわからなくなる場合には、探す場所が違う可能性があります。

これらの内容を踏まえて、キャラを作る方法をこれから見ていきましょう。

※キャラ認識が強すぎると起きることは、個性が強いと言われる訳がある|特徴からわかる個性的とは違う人 をご覧ください。

 

自分のキャラを作る方法

自分のキャラがわからない人が知りたいこと

キャラを自分の中から見つけることはできません。

キャラとは常に外側。自分の中にあるものはキャラのあるなしを認識しないありのままです。

このことから一つのポイントが表れます。

それは、キャラを必要としながらも、それがわからない人にある共通した人間性。

キャラを外側に見ていないことです。
「私はぬいぐるみじゃない」と、演技しない(または演技を認めない)。

演技するか否かは他者との関わりでのものなので、人によっては罪悪感や抵抗を感じます。

そこには、人に対する真面目な関わりを欲する人間性があり、演技=偽り、または嘘といったネガティブな認識の人もいます。

自分のキャラがわからない人は、ありのままの自分を探している可能性があります。

自分探しとは結構意味深でして、私の経験からでは、探し出すと彷徨い見失うという真逆が起きます。

自分を探す以上に自分を知ることが重要になり、それは現状を認めることを意味します。

キャラがわからない人は、人に対する誠実さがあるので、自らを拒否してあらがうのではなく、自分に真面目に、他者に真面目なそのままの自分を“知る”。その行為の中で少しずつ認められる部分から受け入れていくことで、キャラあるなしのない認識になっていきます。

※自分探しの詳細は、自分探しの旅に意味はないけど深みがある|海外旅5年間で気付く真実 をどうぞ。

 

自分のキャラとは作るもの

上述の内容は、あくまでキャラが必要だけどわからない場合の話です。

そもそも“自分”という存在は宇宙のように謎めいているので、理解することは思い込みを紐解いていく=認識を把握することを意味します。

ここに入っていくと哲学的でややこしい、やめときましょう。

ここでお伝えしたいキャラの作り方は、キャラについての理解を深めることで容易になる方法論。

前章でお伝えしたように、キャラ=利益を得るための道具という認識を定着させると、なにかと自分のためになります。

演技とは偽りや嘘とは全く違い、人と人、または自分と自分の関わり方のツールの一つです。

そのため、使い方が大切になり、良くも悪くもなります。

演技を良い塩梅に活用するには、キャラとは外枠である理解の上で、自分に付け足す認識が重要です。

演技、それは作る行為や働き。

キャラがない、わからない時、初めに考えたいことは、キャラは見出すものでも知るものでもなく、作るものという理解です。

これは遊びです。

遊ぶ気持ちが大切なのは、キャラとは外枠を付けることでの自信だからです。

外枠と言っても髪型を変えたり、顔の造形を変えたり、化粧の色見を変えたりだけではありません。

自信が付くかどうかが見分けポイントになるため、物体認知としての心理や見栄えは人によってはとても重要ですが、それだけではなく、環境によって自らを作る意識がキャラ工作の鍵を握ります。

 

自分のキャラを作るために、その場その場での自分の欲することを知る

キャラ工作に最も重要なポイントは、その場その場でキャラは変わるという理解です。

何度も言ってしまいますが、キャラとは外枠、場所や環境、関わる人の類によって都度都度変わるものです。なんせ道具。

友人達と居る時はこんなキャラ。
仕事中はこんなキャラ。
家族とはこんなキャラ。
家で独りではキャラなし(ありのまま)です。

自ら欲する区分けを知り、容認することから始まります。家でもキャラがあれば本人にとってはそれがいいんです。

拒否をしてしまってはキャラも何もなく、自己否定になってしまうのでご注意ください。

これは捉え方を変えると仮面です。仮面でもぬいぐるみでもどっちでもいいですが、大切なことは友人と居る時は何を求めている?仕事の時は?家族とは?独りでは?と、環境それぞれに抱く自分の欲(利益)の理解です。

仕事場での欲を知っていれば、上司に対して家族のように、「おっはー、調子はどうよ最近、ブー、ごめんごめん」なんてふらちはせず、その場でのキャラができます。

如何にその場その場の環境を認識しているか、そこにいる自分を理解しているかがキャラ作りを加速させます。

大切なのは自分のためにキャラ設定することです。

自分のためでなければキャラを作る意味を自覚できなくなってしまうので、ここでの自分の欲は?利益は?何を求めている?何を望む?と認識を知る一手間が必要になります。

 

キャラを作るには自分を知り、認める一歩一歩が要

キャラは自信を付けるため、外枠追加、作る、演技して遊ぶ。

これらは全て自分の満足や納得のためであり、キャラ設定するには必ず“調整”があります。

自己満足だけにフォーカスすると、キャラの乱用が起き得ます。
ぬいぐるみで中身知られていないからラリアット逃げ、ドーンピュー。そんな人がいるとかいないとか。要するに調子に乗ると。

乱用を防ぐためには、作りながら自分の満足や納得のバランスを見ます。

自分が心地良くなっても、他者から嫌われてしまってはどうか?
自らの認識や判断によって、キャラ工作の度合とバランスに工夫を組み込めます。

あくまで作って調整して、作って調整して。

これは日々を、起きる出来事を、物事を、そこにいる自分を、登場人物の他を、しっかり認識することを意味します。

その中で如何に自分に合った仮面を見つけるか、歌舞伎役者か、キツネの妖怪化、いやいやドラえもんぬいぐるみでしょと。

キャラ工作を続けると必ず起きるのは、その自分を認めることです。

[容認、認める、受け入れる]=[自己受容、自己肯定]を少しずつ増やすと、キャラはありのままの自分に着実に近づきます。

すると、外枠での自信だけでなく内側からもたらされる自信の認知も重なり、本当に求める何か、それはありのままの自分が出てくるかもしれません。

自らを認めて受け入れるためには、経験と知恵が必要になるので、日々の積み重ねでどれほど学び、成長し、認識するかが重要です。

一歩一歩、自分に関する認知は常に着々とです。

キャラの活用、道具は自らにも他との関わりに対しても利益をもたらします。

なんとも素敵な道具、今日もあらゆるキャラ設定がこの世では広がります。

※自分を知ると理解が深まる話しは、本当の自分がわからない時のより大切な話│一つの彷徨いは無限への始まり をご覧ください。

本当の自分がわからない時のより大切な話│一つの彷徨いは無限への始まり“本当の自分がわからない”と思うことには、ある大きな意味があります。 今の自分を否定していることです。 故意の自己否定か、無...

 

自分のキャラがわからない まとめ

キャラ設定はとても大切です。

キャラの見出しと、ありのままの自分の見出しは別で区分けした方が理解がわかりやすくなると思います。

そのため、まずはキャラの容認からです。

そこでルール縛りが強いと、自らのことを拒否してしまう可能性が高まります。

結局重要なことは認めて受け入れることです。

ですが、それをするのは難しいのが私達人間です。

そのために、物事は理解から入り、経験に入り、育みに入り、少しずつ受け入れへ近づいていき、最後はスーっと受け入れるか否か、人それぞれの許容次第。その過程には作って調整しての経験と努力があります。

キャラを認めるためには自ら作ります。自らが発端になれば責任は全て持つのが自然な認識です。

責任を持つことは自信を持つことを意味するため、工作から自信をつけ、認める力を少しずつ得ていく、それがキャラがわからない時の対処であり、改善、さらにありのままの認知に繋がる仕組みという話です。

キャラがわからないキャラと、捉え方はさまざまにありますが、やはり自分らしくあることがキャラ定着をスムースにさせると思います。

最も自分らしいと認められるのは、利益があることです。

実際、私達人間は他者にそんなに興味がありません。それを知っているのがありのままの自分です。

キャラ認識をしなくなった暁には別の形として、自らの興味のために他者に愛を与えるという形も出て来ます、新世界ですね。

それが必要か否かはその時に決めればいいと思うので、今を如何に生きるかには、キャラ容認をして、明日の仮面を夜な夜な作っていくことをおすすめします。

仮面だって、ぬいぐるみだっていいじゃない。大切なのは、自らの意志で被っているかどうか。

そんな話がキャラを知る理解であれば幸いです。

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