スピリチュアル

辛い人生とは一体なにか│スピリチュアルは愛の勉強会を設ける

自分で辛い人生を作り、自らを挑戦させるのは苦労好きなのか、成長を求めるのか。

意志を持ち、自分を消さない決意をしている人は辛い人生を歩むことになります。

意志を曲げない頑固者は、「曲げない意志は自分の真意」と決めている真理の理解者です。

辛いことは苦しみがあり、悲しみがあり、憤りがあり、それらの認識を作るのは自分であり、他人です。

そのため、苦しみを作るのは自分であり他人であり、スピリチュアルな理解を含めると、生まれてくる環境や容姿を生前に自ら設定する理解があることから、「あ、自分でした」という答えが生まれます。

そんなスピリチュアルな理解によって、辛いことの意味、苦しむことの理解が生まれ、辛い人生を乗り越える動機になれば幸いです。

辛い人生の意味とスピリチュアルな仕組み、そして最後に待っている結果をご覧ください。

辛い人生とは

辛いとは?

何が辛いかどうかは人それぞれです。

虐待されようが、家庭問題で自分がいなくなろうが、いじめられようが、生活が荒れていようが、仕事がハチャメチャだろうが、最愛の人を失くそうが、辛いと思うかどうかは全て“認識”次第です。

何を良いと思い、何を喜び、何に悲しみ、何が嫌なのか。

物事の見方や捉え方、考え方や生き方を作るのは自分の認識です。

どれだけ辛い人生を送っていてもアフリカに言った瞬間に、「私の人生は辛いのか?」と思ったりします。

辛いと感じることには共通の理解があり、それは“自分の思い通りにいかない憤り”です。

その状態が蓄積されることで我慢ができなくなり、自分の許容を超えることに比例して、「辛い人生だ」と思う量が増えていきます。

辛いとは : 自分の思い通りにいかない憤りが溜まり、許容オーバーによって抱く認識

我慢できれば辛いとは思いません。それをするのが認識です。

 

辛いかどうかは自我の強さが決める

“自分の思い通りにいかない憤り”は人それぞれに怒りや苦しみ、試練や悲しみ、愁いや憐憫になり、幼少期からの環境と生まれながらの気質によって認識が作られます。

同時に、自分の思い通りにいかないことは自我を押し付ける状態で、“自我意識が強い”ことでもあります。

「我が強い」という言葉そのものでして、言い方を変えると、「エゴが強い」です。

エゴが強いことには何も悪いことはなく、むしろ物事を理解して現実を生きる上では大切なもので、エゴがあることで愛を知ることができます。

ですが、「辛い人生は嫌だ」と思う場合には、自分の我の強さを認めない考え方を作ります。

 

辛いと思わなくなる経験

辛いことの意味がわかりやすくなると思うので、少し私の経験をご覧ください。

私は家庭環境によって、「辛い人生だな」と思い続けて子供の頃を生きていたのですが、辛い状態を乗り越えた時に思ったのが、「もし辛くない人生だったら嫌だな」でした。

丁寧に言っていますが実際は、「辛くなければくっそつまらない人生だったろうな、ぺっ」という具合です。

それは、辛い経験によって“自分を理解する機会”となったからです。

 

辛くなりたかった自分

辛い状態によって自分を知っていく経験を望んで行いました。なんせ現状維持をすると辛いので、「何かを変えなければ」と必死になります。さもなくば死ぬだけでしたので。

何度も命を落とそうとしましたが、できないんですよ、怖くて。
あれができる人を“魂レベルが高い”っていうことは、臨死体験をした時に知りました。

後ろがないので前に行くしかない状態になる、またはどっちに行けばいいのか見えないパニックが起きます。

パニックはずっとは続きません、命を落とせなければ無理やりでも押される感じになります。

エゴだらけ最高です。メチャクチャで、見失って何しているのかわからないけど、もがきます。

人を馬鹿にして、蔑みまくり、プライドの見栄とうぬぼれを増やしまくりましたが、どこまでも現状以上に辛くならないように対処します。

するとある時に気付きました。辛いって自分で思い込まなければ辛くならないことを。

辛い真っ最中はわからないです、このことは。辛い真っ最中は辛いと思えるように、辛いことに集中しています。ネガティブなことにフォーカスして、それ以外は見ないようにします。

子供に誰も食事を用意しないことに何も辛いことはありません。しかし、「子供なのに」「親なのに」と他人と比べることにフォーカスすれば、「他の人と違う」「なんで何も食べられないの」と辛く思えます。

辛くなりたかったんですね、私は。

 

自分を知らないことが辛さを作る

辛い時に、「辛くなりたい」とは思わないです、辛さ進行中では事実に気付きません。

見方をネガティブに偏らせる認識をすることで辛くなり、認識が自分自身のものではないことで真意や事実に気付くことができません。

辛くなくなる時に気付く事実は、自分を知らないことが辛さを作っていることです。彷徨い、見失いです。

自分がわからなければ受け入れません、現実を拒否をします。起きている現実を変えることはできないのに、なかったことにしようとするんです、「この世はおれ様のものだ、思うようにならないなんておかしい」と言っているように。

「何様だよ」って自分に思いますが、エゴが強いと我を押し付けるので、思い込みと決め付けがすさまじくなります。

それは他人に干渉して、「俺を認めろ、褒めろ、愛せ、必要としろ!」となり、ちょっと人が離れると、「ごめん、必要として、見捨てないで、ねぇねぇ、何が欲しい?」となります。

人を利用します。それ以外の見方をしません、我が強いと。

辛い人生が終わった時に知れたのは、辛いことの意味と大切さ、そして、辛いと感じる人には魂としての理解があることです。

ここからスピリチュアルに入ります。

※人生が苦しい時の対処法は、人生が苦しい時、満たされない時の過ごし方|原因も改善も明確に一つ をご覧ください。

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辛い人生のスピリチュアルな意味

辛い人生を味わえる意味

辛い人生が終わった時に体感することになると思いますが、辛い人生があることで3つの作用が起きます。

  • エゴを知る
  • 自分を知る
  • 愛を知る

全てに共通することが、“愛を知る”です。

辛い人生を味わうと、嫌でも見たくない自分を見続けると思います。

拒否して物事を受け入れず、他人を利用して、嘘をつき、依存と執着をして、愛のない様を体験します。

物事を受け入れないことは、自分も他人も出来事も何もかもを拒否して、自分の思い込みを正当化しようとするけど、実はそれも受け入れていない矛盾を持ちます。

そんな状態で“憤り”を作れる人には特徴があります。

“自分の意志を消さない”ことです。

辛い人生を味わう人は自分の意志を消さない人

 

辛い人生は自分の意志が強いことを教える

辛い人生の最中にある我が強いとは自我意識が強いことです。

自我には、脳・肉体・心があり、それら全てが一体となることで自分のことを自分だと認識する意識になります。

そして、我を強くするのはエゴでして、エゴは脳でしか作れません。脳によって他人と自分を区別・比較することで自分を見出し、他人の存在で自分を認識しようとします。

我の強さによって“拒否、受け入れない認識”となり、自分の思い通りにいかない憤りを作り、思い込みを貫こうとする自分がいることで辛くなります。

そこには、恐怖を抱えて否定されることを恐れて、思い込んで決め付けるようになった過去の環境があり、それによって自分を守ろうとするエゴがあります。

これもエゴなのですが、そこには否定されることを恐れる自分がいます。それはエゴではありません。

エゴは悪系に見えますが、心に傷がつかないように守る盾でもあります。そのため、エゴは自分を否定するような出来事があれば、無視に怒りに攻撃、馬鹿にしたり蔑んだりして心が傷つかないように対処します。

否定されることを恐れる自分がいなければ、エゴは自分を守るために思い込みをしたり、攻撃的になったり、怒ったり、他を馬鹿にする必要がありません。

でもいるんです。それが意志です、自分です、心です、真意です。本当の自分とも言います。

その自分が出てくるんです。出てこなければ、他の人みたいになります。
「辛いと言えば辛いけど、まぁ耐えらんないことないよ」という感じに。

エゴを受け入れている人を観察してみてください。うまいこと他人と共存して、我慢しながら巧みに人を利用して、蜜を吸ったりしています。

それができるのは現実を拒否していないからです。思い込みにて我を出来事や他人に押し付けず、受け入れられるんです。

しかし、受け入れられない人は自分の意志が消えてくれません。消えてくれれば、「人生はそういうもんだ」と受け入れられるんです。

そこに、辛い人生を送る人の共通点があり、自分の意志が消えないことは心の認識を持って魂と繋がっている状態です。

魂として心の真意を消すことができない場合、起きる出来事や他人や自分に対する違和感を無視できず、憤りが蓄積されやすく辛い人生になる。

 

魂との繋がりが強い人は辛い人生を歩む

自分の意志とは、変えることのできない心の真意のことです。

言い方を変えると、魂そのものです。

脳の思考や起きる出来事に対する認識は、環境や経験によって変わっていきますが、変えることができないものに“魂”があります。

辛いと感じる際には、自分そのものの意志を踏み潰す状態があり、それが周囲の人や自分のいる環境にてもたらされます。

スピリチュアルな魂が存在することで、魂との繋がりが強い人は自分の意志を踏みにじることができず、物事をなかったことにできません。

魂と繋がる意志が強い人は、出来事をなかったことにする嘘に嫌悪や違和感がある。

そのため、嘘をつけばつくほどに自分を苦しめ、辛くなる。

意志が強いことは、ワンネスの愛が強いことを意味する。
※ワンネスとは、“全ては一つ”という万物の一体化意識(魂と繋がる愛の意識)

魂との繋がりが強く、自分を愛する認識があるために嘘をつくことで違和感を感じ、物事を自分の真意として捉えないことに憤りを感じます。

そのため、辛い人生を送る人は、魂との繋がりによる愛の認知が強い人間性がある上で、周囲の影響によって自分が消される状態を強引に作られます。

※辛い人生になる理由の話は、人生が辛い理由に大きな意志|辛さの糧は全てを良きことに変える をご覧ください。

人生が辛い理由に大きな意志|辛さの糧は全てを良きことに変える人生が辛いかどうかは本人のみが知る。本人が決めるなら、辛いと思っていたほうが自分のためになる。 辛いかどうかの尺度は人それぞれにあ...

 

スピリチュアルな辛い人生設計

辛い人生を選ぶ事前の設計

スピリチュアルには輪廻転生の概念があり、この世の人生だけではなく過去世もあり、来世もあります。

過去世の記憶も全て含めた魂の記憶には、顕在意識と潜在意識があり、さらに“全ては一つであるワンネス意識”との繋がりもあり、自分の意志が作られます。

今世を生まれる前には、過去世も全て含めた意志が魂としてあり、“生まれてくる前に人生設計として大まかな人生の流れを決める”、そんなスピリチュアルな仕組みがあります。

生まれる環境として、親・兄弟姉妹・自分の容姿・健康状態・役割や使命を決め、さらに、人生の途中で何が起きるか、結婚、事故、病気、事件などの大きな出来事を設定します。

その際には守護霊も加わり、経験をする内容や人生の目的を定め、人それぞれにさまざまな学びと経験による成長を求めようとします。

輪廻転生はワンネス一体化のために魂レベルを上げる摂理があり、さらにカルマを作り、解消することでの成長があり、共にワンネス認知を高めて愛を育むことを求めます。

 

成長を求めるために生活環境を自分で選んで生まれる

成長を求めるためにはさまざまな出来事と経験が必要で、さらに物事をどのように認識するかの自分が必要です。

生活環境や、それを作る周囲の人や、人との関わりに影響を与える容姿を事前に決めてくるスピリチュアルな仕組みがあることで、辛い人生になるかどうかを事前に決めます

ですが、「そんなこと知らんわ」という感じだと思います。知ったことではないし、むしろこれを理解してしまったら辛い人生設計が台無しです。

そんな事前の設計があるかないかは重要なことではありません。

大切なことは、“辛い人生があることで魂として成長できること”と、“生まれた時の生活環境が愛かエゴかの違いで人生が辛くなるかならないかが決まること”です。

「それ、自分で決めてるよ、コソコソ」
「知らんわい」

どっちでもいいという具合です。

事前の人生設計のポイント

  • 愛がある環境で育つ・・・辛い人生ではなく、自分の幸福や周囲の人との幸福を共有し、良き影響を自他に与える。幸せを感じて生きることにフォーカスして、成長はゆっくりと少しずつ育んでいく。
  • エゴがある環境で育つ・・・辛い人生となり、自分を見失い彷徨い、カルマを積み、自他への憎しみや憤りを作る。幸せになるためや、自分をより深く理解して成長することで魂レベルを上げ、強く愛を育むことができる。

引き寄せる同調作用が波動にて起きることで、愛のある認識にてポジティブで良きことが引き寄せられ、幸せな時間に満足する人生が加速されます。

エゴのある認識にてネガティブで辛く苦しいことが引き寄せられ、成長機会となるエゴの蓄積が加速されます。

生まれて育つ環境が愛かエゴかによって、辛い人生になるかどうかの大きな基盤が完成し、成長のふり幅や速度が大きく変わります。

 

エゴがあることで愛を知る

エゴを如何に大きくするかが成長のために大切な理解になるのが、辛い人生のスピリチュアルな意味です。

辛い人生は自分の意志だけでは作ることができません。
他人の影響によって、自分の認識を狭めて思い込みをしたり、恐怖を植え付けられて否定を恐れる自分を作ってもらう環境が必要です。

さらに他人によって辛い状況を作られ、思い通りにできない憤りをどこまで多く作り、「ふざけんなよ」「なんだこの人生!」「糞くらえ!」と思えば思うほど、エゴがどんどん育まれます。

そのため、認識の基盤作りとして幼少期の環境が大切で、さらに自分自身の思い込みによるエゴの成長があり、さらに、思い通りにいかない状況や環境を他人に味わわせられることで、ドンッ。

成長するための環境作り完成です。

憤りを作るのは自分が持つ愛です。愛がエゴに反発することで違和感となり、不調和となり、心地悪い状態を作ります。

そのため、“エゴを多く”“自分の意志が強い”という二つのキーワードが人生を辛くする材料となります。

 

辛い人生を作るためのエゴ

エゴを知ると愛を知ることになります。

エゴと愛は表裏の関係があり、エゴがあるから愛があり、愛があるからエゴがあります。

それは、エゴも愛になり、愛もエゴになることを意味します。

例えば、本気で愛する人がいます。

その人と突然別れることになりました。

ショックを受けます。

これは愛がエゴになった瞬間です。

愛とは自分も他人も敬う気持ちです。敬うということは、自分も他人も尊重して受け入れることです。

相手の意志で別れるのであれば、それを受け入れることが愛です。そこで、悲しくて別れたくなければ依存になり、執着になり、他への干渉となり、他人を利用して自分を喜ばそうとしているエゴが出ます。

その逆も然りです。

別れてエゴの塊になります。しかし、その後エゴを受け入れ、起きたことを受け入れることで、過程にあった悲しみや苦しみの経験によって、より自分の意志を知ることができ、自分の理解が育まれ、物事を受け入れる許容が広がり、愛をより持つ成長になります。

その状態が、辛い人生の意味となる成長です。

成長とは、エゴを知り、自分を知り、愛を知ること

 

人生を辛くさせるツインソウル

辛い経験をするスピリチュアルな人生設計によって、守護霊やハイヤーセルフはそのことを理解して人生を見守ります。

※守護霊とは、同じグループソウルのメンバーにて、魂の記憶を共有してグループ全体として成長するために、人生設計に参加して協力やサポートで見守る存在。

※ハイヤーセルフとは、高次の自我意識として存在し、自分の魂の中に生存する別次元の自分自身。潜在意識もワンネス意識もある魂の記憶を共有するので、過去も未来も知っている。

辛い人生によって自分を知り、愛を育むための成長があるために、守護霊は厳しい見守りをして頭を撫でるようなサポートはせず、自分自身で気付きと成長を掴めるように見守ります。

そんな中でツインソウルという存在がいます。魂を分けた双子の片割れが別の人として存在し、自分を分けて成長をよりもたらすための人生設計の一つです。
※自分の片割れであり、同じ魂を共有しています。

 

ツインソウルは辛い人生の意味を教える

ツインソウルと出会った時には別の人とは違う、魂同士の愛の繋がりを感じます。

それは、魂がワンネス意識と繋がっているためで、同じ魂として同じようにワンネスと繋がり、同じように愛を感じ合います。

そのため、お互いが惹かれ合うような体感があり、相手が男性でも女性でも愛を感じます。
※愛とは敬いの受け入れです。

ツインソウルは自分の片割れなので、自分と同じように接する気持ちになり、愛を他の人よりも強く持ちます。

愛を誰よりも感じる経験をすることで、その状態がなくなったり崩壊することで、ドバーンと愛が吹き飛ぶようにバラバラです。

一生の別れや涙の別れ、その後の再会を見込んだ別れなど、人生設計として盛り込んでいる場合、決別する運命がやってきます。

その出来事は、まさに辛い人生を作る基盤と認識が全て凝縮されたものとなります。

ツインソウルとの出会いから別れ、再会も含めたあらゆる経験には、辛い人生となる“思い通りにいかない憤り”、“エゴ”、“自分の意志”、“愛”の全てを知り、自分を知る成長になる

愛があればあるほどにエゴが生まれ、それは相手に対してだけではなく、自分への愛や意志の強さがあればあるほどに反動があり、自分を知り、愛を育む成長機会になります。

※辛い人生となる別れ話は、大切な人との別れにはとっても重要な意味がある│スピリチュアルな出会いと別れ をご覧ください。

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魂レベル

事前に人生設計をするスピリチュアルな理解があることで、辛い人生には“成長を求める意志”があることを表します。

生まれた時から病気や障害を持ち、日常生活に困難があり、周囲の人との関わりにてエゴが自然と生まれる状態があれば、魂レベルが高い状態を表します。

しかし、辛い人生かどうかは完全に個人の認識にて千差万別なので、同じ出来事でもある人は辛いとは思わず、ある人は思います。

魂レベルが実際に高いのかどうかは自分の意志がどれほど大きいかどうかです。そのため、辛い状態や試練を乗り越える意志があるかどうかでわかります。

 

魂レベルが低いと人生辛くないのか

魂レベルが低いか高いかの違いにて、人生が辛いか辛くないかが分かれることはありませんが、魂レベルが高いと自分の意志が強く、魂レベルが低いと意志が弱い特徴があります。
※意志とは頑固な思考による凝りとは違います。魂としての真意です。

自分の意志が弱い場合、魂との繋がりが薄く完全に自分がいなくなり、ワンネス認知から遠いために愛をあまり知らず、エゴに対して違和感がなく、他人を攻撃したり排他したり、他人で自分を見出すために比較して優越感を浴びて、人を見下して蔑んでという行為に抵抗がありません。

すると、エゴが多くてもそれを真意にて拒否することでの憤りが作られず、辛そうに見えても本人にとっては全然へっちゃらで、「エゴ最高だぜ、へへへ」となっていたりします。

そのため、状況や状態だけ外見で捉えれば、魂レベルが低い人の方が辛い人生を送っているかもしれません。

実際に辛いと思うかどうかは本人の認識次第ですが、愛がなければエゴに違和感はなく、辛くはなりにくいです。

魂レベルが高いほどに、ちょっとしたことでも辛く感じやすくなります。しかし、意志が強いために我慢をする許容があり過ぎるというほどで、そのまま人生を終えてしまう人もいます。

辛い人生によって自らの命を落としてしまう人は魂レベルが高く、さらに自らの行為にて絶てる勇気や意志は心からしか出せません。

最後の一歩の際には彷徨いも何もかもが吹っ飛び、自分の真意が現れます。

そして必ず選択があります。
「本当にそれでいいのか?」と。

そこにはとてつもなく大きな決意があり、魂レベルが高い人でなければできません。

ですが、その後に死後の世界にて忙しなく大変になるので、しない方が良いと思います。
※興味のある人は、死後の世界に地獄はないけどある?!あの世は全て自分次第な仕組み をどうぞ。

※魂レベルについては、魂レベルの高い人と低い人の特徴|愛の距離感は口が悪くても意識が高い をご覧ください。

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辛い人生による結果

辛い人生を如何に自分のために活用するかによって、辛さが変わってきます。

辛いかどうかは自分のエゴの押し付けと思い込みですので、自分も他人も物事も受け入れられれば辛いと思うことはありません。

しかし、周囲の他人の影響や過去の体験による認識などによって、受け入れることができずに辛いと感じ、悩み苦しみます。

全ては、辛い人生を克服する行動が必要となり、エゴの自分を受け入れるか、起きた出来事をどう受け入れられるかという、自分の成長にかかっています。

そのため、辛い人生があることは自分を成長させるか、成長せずに人生を諦めるかの選択があり、人生を早く終える人もいます。

スピリチュアルな理解として、生前に自分の過去の記憶を全て含めた意志を基に決めている人生設計であることから、「辛い状況や試練は乗り越えられることしかない」という見方もありますが、最後の最後で必ず出てくるのが自分の意志であり、魂としての意見そのものです。

しかし、自分を知り、愛を知ることになった暁には、「辛い人生で良かった」「辛い人生でなければ嫌だ」と思うかもしれません。

それは、冬があるから夏を熱いと思う認識が作られ、夏があるから冷たい水シャワーを最高だと感じる経験が作られるようです。

エゴがあるから愛を知り、愛があるからエゴを知り、自分の愛をより育むことになります。

※人生は辛いものという話は、人生が辛いのは当たり前。でも辛いと幸せになれるよって話 をご覧ください。

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辛い人生にあるスピリチュアル まとめ

辛い人生をどのように解釈するかは、辛い人生を乗り越えた時に必ず気付きとしてもたらされます。

それを楽しみにしてください。
「かぁ、辛い人生最高かよ!」とお風呂上りのビールの一杯的なやつかもしれません。

今辛い人生を歩まれている場合には、ここでの内容が何か心を気楽にする一助となることを願います。

辛い人生を終えるポイントは、“自分を知る”ことです。

そのためには、エゴを味方にすることです。エゴは悪い存在ではありません。エゴも自分であることには変わりありませんので、エゴを理解することが自分を理解させ、それが愛を知ることになります。

そこにあるのが敬いであり、受け入れです。自分と他人への敬いが両方あり、どちらも忘れては成り立ちません。

初めは必ず自分です。自分を敬うことから他人に向かいますので、まずは自分を敬い、大切に尊重です。

魂レベルを向上させ、愛をより高めるワンネス認知をもたらす歩みに、辛さを作る環境や他人の存在、そして何よりも自分のエゴが大切になり、何も欠けることなく活用できるのがこの世の仕組みです。

全てのことに意味がありますので、「ぜひ辛い人生を楽しむ」というのはおかしいですが、自分のために捉えてみてください。

気楽に行きましょう。

それでは、辛い人生にあるスピリチュアルな理解についての話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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POSTED COMMENT

  1. 梅ちゃん より:

    梅ちゃん、そうですね♪
    変人論の言語化、ありがとうございます:)
    共感しまくりです!

  2. 梅ちゃん より:

    神回、ありがとうございます! 読む度に学びがある感じです:)

    自分は10-20代前半に消滅したいほど辛い時期がありましたが、なぜか自死は選べませんでした。理解者は完全にゼロでした。本当の自分像を本能で知る故にそのギャップに苦しみました。がむしゃらに道を進むうちにいつの間にか思い描いていた自分になっていました。気がついたら台湾にました(笑)

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