スピリチュアル

【急に寂しく切なくなるサイン】殺風景が物悲しい心理とスピリチュアル

枯葉が落ちる風景を眺めていたら、涙も流れ落ちてきた。

突然の郷愁、いな、殺風景による物悲しさ。

急に寂しくなり、切なくなる時が人それぞれにあると思います。

私はスーパーの袋が中を舞うさまを見ると、頻繁に切なくなっていた時があります。

人恋しく、孤独を嫌がることで寂しくなる人もいると思いますが、誰かと一緒にいても、温もりを感じていても寂しくなる時があります。

一体どうしてなのかわかりにくいものです。

そこには心理と同時に、意識に基づくスピリチュアルな解釈も潜み、あるサインの意味が判明します。

ここでは、急に寂しくて切なくなる詳細を見ていかれてください。

  • 訳もわからず急に寂しくなる理由を知りたい
  • 突然の切なさに潜むスピリチュアルな理解を知りたい

前兆のない潜在的な自己表現には、あるものの欠損と補いの葛藤があり、意識という広大な理解へ続きます。

奇妙な解釈を含みますので、楽しんで読んでいただければ幸いです。

急に寂しくなる心理

急に寂しくなる、切なくなる時

好きな人と一緒にいる幸せな時、

家族仲睦まじく食卓を囲む時、

生命のサイクルを垣間見た時、

自然の摂理を感じた時、

突然の殺風景がやってくる。

悲しい、寂しい、切ないような、なんだか泣きたくなる気持ち。

孤独を嫌がる寂しさではなく、事前に理由がわかっている切なさでもない。

まるで心を全開にしたまま冷気に晒す、温かいものを冷たくする心の感受。

アイスクリームにホットコーヒーをかける時、冷めていくコーヒーの気持ちになるような、まるで自分がいなくなって溶けていく淡い時。

急に寂しくなる時、そこにいる自分とそこにいないで欲しい自分により、心の葛藤が起きていると考えられます。

[既に存在する自分+そこに存在させたくない自分=心の葛藤にて寂しく切ない]

既に存在する自分をしっかり認知しながら、その場に存在させたくない自分もいる状態です。

この理解には心理とスピリチュアルそれぞれの捉え方がありますので、初めに心理的な解釈を見ていきましょう。

 

急に寂しくなる心理

ポイントは、[存在を受け入れたい自分:存在を拒否したい自分]の緩衝とお考えください。

  1. 受け入れたい自分
    …現実として存在する今ここを受容
    愛を基に生きる
  2. 拒否したい自分
    …過去と未来を見ながら、愛の自分を拒否
    恐怖を基に生きる

二人の自分がキンキンとぶつかります。

受け入れたい自分とは、リアリティを生きる一人です。

感情と感覚と欲求を持ち、肉体と脳と心とエネルギーを保持して生きており、愛を基にポジティブを尊重します。

そこに拒否したい自分、今ここではなく過去と未来に生きるもう一人が追加されます。

過去と未来を生きることは、執着と期待を意味し、恐怖を基にネガティブを引き連れます。

過去に執着し、未来に期待する自分が強ければ強いほど、今ここのリアリティを生きるもう一人が邪魔になり、ネガティブな力を使って拒否したくなります。

愛と恐怖が分離して存在することで、両者が自己内部で反発するさま

緩衝し合い、②恐怖を基にする自分が勝つと、①愛の自分は傷つきます。

いなくはなりませんが奥へ向かい、自分として存在する上での主導権を取られます。

この時、寂しくなったり、切なくなります。

心理としてお伝えしたいのは、内部の愛と恐怖の分離による自己不一致。

不一致を解消したいけれども上手くできない葛藤です。

※人といても寂しい心理は、【人といると疲れる、けど寂しい】他人との関わりが苦痛になる心理と改善 をご参照ください。

 

寂しくなる理由は恐怖側ではなく愛側にある

わかりやすく自己内部の二人を、[愛、恐怖]とお伝えします。

愛が今ここを受け入れてリアリティを生きる時、恐怖が過去と未来を糧にそれを壊そうとする。

恐怖が勝ると愛は衰退し、寂しさや切なさを感じる、と知っていただきました。

ここで疑問があります。

どうして恐怖が勝ると寂しくなるの?

愛が勝ったらどうなるの?

ポイントとなるのが、今ここを生きている存在が唯一リアリティを感じられること。

肉体を持ち、感覚を感じ、感情を抱き、エネルギーを発し、欲求を見出す自分が、嬉しさや悲しさ、心地良さや心地悪さを感じます。

そのため、寂しさを感じるのは恐怖ではなく、愛の自分です

愛が基盤にある意味でして、本質的に愛を糧に生きる人間性があると、恐怖やネガティブが勝った時に、愛を基盤にした感受になります

  • 愛があるのになくなった時、寂しくなる
  • そこに愛があるのに、奥へ行ってしまうと切なくなる
  • 愛を軸に生きたいのに、それができないと悲しくなる

嬉しさや喜び、幸福や感謝を感じている状態に、そんな自分を拒否する気持ちがあればあるほど、寂しくて切なくなります。

愛を糧にする人がいれば、恐怖を糧にする人もいます。

性善説と性悪説が両方あるように、どちらを糧にするかは人それぞれであり、時と場合によっても変わると思います。
※善と悪、愛と恐怖は本来表裏一体であるため

ちなみに恐怖を基盤に感受すると、寂しさではなく許せない気持ちになります。

 

寂しさを作る「許せない気持ち」

愛によってポジティブを尊重します。

心地良さや温かさ、落ち着いて穏やかになります。

恐怖が現れることで急に寂しくなりますが、現れなければ寂しさは作られません。

どうして出てくるのか気になるところです

許せない気持ち」によるものと考えられます。

許せない気持ちは、恐怖を糧にした状態で愛が勝った時に感じます。
※恐怖が勝てば怨念や執念などの憎悪、無効試合(逃避)すると無感情に

辛くて苦い記憶が許せないまま放置されると、恐怖は頻繁に表れてネガティブになります。

「許してない」という気持ちがあればあるほど、恐怖を糧に生きていた過去があればあるほど、愛の状態になる時にフッと出て来てチャチャを入れてきます。

楽しくみんなでご飯を食べている時、一人で食べていた過去の記憶から、「私は幸せになっていい人間じゃない、ワイワイしたって別に何も楽しくないだろ」と言う自分が出てくる。

パートナーと温かい気持ちでいる時、ずっと一人で辛く生きていた過去の記憶から、「これは夢だ、私が愛されるなんて変だ、なぁそうだろ」と言う自分が出てくる。

季節の美しさに見惚れている時、「この美しさもその内に直ぐ終わるんだ」と未来へのネガティブな着目が起きたり、「また何もない季節がやってくるんだ」と過去の記憶への執着が出てくる。

許せない気持ちは、本当はできるのに逃げたり、貫けたのに我慢したり、抑える必要がないのに抑え付けたり、本心と向き合わずに嘘をつき、誤魔化し、自分から逃げる蓄積によって膨らみます。

幼い時はどうしても大人に勝てず、言いくるめられ、我慢するしかないことが多いと思います。

しかし、心のどこかで自らを裏切り、信じず、本気にならず、諦めて折れた場合、許せない念を残して過去に置いてくるため、記憶への執着は自然と強くなります。

これをインナーチャイルドとも言います。

自己内部に許せない記憶を多く持っていると、現状に喜びや愛を感じた時、恐怖が現れて寂しく切なくなります。

 

急に寂しくなる、切なくなるスピリチュアル

ここからは少し奇怪な内容になります。

急に寂しくなる、切なくなる根本にある意識

「寂しい気持ちとは嫌なものだ」という思いを作ると、

[寂しさ=ネガティブ=恐怖=悪=嫌なもの]とかたどられます。

寂しい気持ちは愛だったかも、

死は悲しみではなく喜びだったかも、

うんちは死ではなく生の象徴だったかもしれません。

固定観念は愛と恐怖を分離させ、表裏の関係性もなくし、遠く別居、離婚、もはや二度と関わらないくらいに。

原形が皆無になる可能性があります。

現代社会、特に日本は生死を極端に分け、死から距離を取り、認めたくない物事に封をする教育だと思います。

自然とネガティブな感情は受け入れ難く、拒否しやすくなります

「寂しいのは嫌だ」と思うかどうかは人それぞれに自由ですが、問題は愛と恐怖が分離して距離が遠のけば遠のくほど、自己内部で二人の自分がフィットせずに緩衝カンカンすること。

恐怖やネガティブと仲が悪くなります。

嫌なものだとしても自分の片割れですので、愛が悲しみ、寂しい気持ちが強まります。

根本には愛と恐怖を同等とみなし、共に表裏で一体の自分自身の気持ちであり、心の材料として迎え入れる意識があります。

真我、魂とも言います。

魂との繋がりがブレると、愛と恐怖は分離します

本来は表裏一体です。

愛があるのに恐怖がちょっかいを出してくる、そんな分離状態によって俯瞰性がなくなりやすいです。

一つに固執しやすくなり、ポジティブであればポジティブのみに、ネガティブであればネガティブのみに。

欲求であれば欲の制御ができなくなり、感情であれば感情的になり、思考であれば考えすぎて止まらなくなります。

俯瞰性、客観視がなくなる時、急に寂しく切なくなるだけでなく、急に怒ったり泣いたりと感情に翻弄されやすく、その訳が自覚できなくなります。

人によっては、寂しさや切なさにネガティブな気持ちがなく、何だかふわふわして心臓辺りがキュッキュと締め付けられる高揚状態になります。

これは愛と恐怖が分離していた状態が、なんらかの外的要因によって合致した瞬間。

受け入れたい自分と拒否したい自分が緩衝せずに相まみえ、魂とガッチリ繋がった体感をします。

三次元概念ではないので、不思議な気持ちになるのが特徴的です。

※急な追憶については、突然の懐かしい気持ちに追憶の仕組み「実は赤ちゃんになっている」をご覧ください。

 

急に寂しくなる時のスピリチュアルな4つの理由

根底の意識、魂との繋がりのブレから、急に寂しくなることにはいくつかのスピリチュアルな解釈が表れます。

急に寂しくなる理由
  1. 愛を求めながら、幸福になる怖れがある
  2. 自らと向き合いながら、向き合いへの怖れがある
  3. 自己をポジティブにしながら、他からのネガティブエネルギーに翻弄される
  4. 無意味を知らせる宇宙の真理を体感する

一つずついきます。

 

①愛を求めながら、幸福になる怖れがある

ポジティブや愛、今ここを受け入れる自分であろうとする在り方。

努力や頑張り、「ポジティブが良い」という価値観に従い、一生懸命に今を生きる素敵な姿勢があります。

これに相反する恐怖面は、幸福になる自分への拒否。

幸せを怖れる心は誰しも向き合いたいものではありませんので、自己不一致は強まり、寂しさをもたらします。

 

②自らと向き合いながら、向き合いへの怖れがある

愛を大切に、ポジティブを重んじ、「この私が私だ」と自らの価値や存在意義を認められるように頑張り、自己不一致や内部の分離による葛藤やジレンマを解消する努力。

頑張れば頑張るほど、同様に内包している許せない気持ち、過去への執着があればあるほど、潜在的に恐怖を登場させます。

向き合いたい気持ちがありながら、向き合えないと起きるのは、我慢

憤りを我慢すればするほど、ふと心を許した瞬間に、寂しさだけでなく泣きたい悲しい気持ちにもなります。

 

③自己をポジティブにしながら、他からのネガティブエネルギーに翻弄される

自己保持を図ってポジティブであろうとする一方、他者や場所のエネルギーや磁場の影響が邪魔をします。

怨念や負のエネルギー、低波動の蓄積する場所、浮遊する低俗霊によって、自らの恐怖が駆り立てられて翻弄されます。

自らをポジティブにしようと努力する人だからこそ周囲のネガティブに敏感で、感受性が高いとより翻弄されてしまい、寂しさを感じやすくなります。

 

④無意味を知らせる宇宙の真理を体感する

自然の摂理や宇宙の原理、真理を知った瞬間。

大自然のど真ん中、地球や宇宙との繋がり、神社仏閣にある神様のエネルギー、龍神のエネルギー、圧倒的なエネルギーの体感で起きます。

あまりに自分とは違う強烈な波動、大きなオーラ、雰囲気、世界観は、どれだけ頑張って自己保持し、ポジティブになり、愛を持とうとしても無意味な虚しさを感じます

実際には無意味ではないのですが、自他を比べる価値観(過去への執着)によって拭えないほどの差が見えると、殺風景を自己内部で見ているようなシュンとした気分になります。

人によってはSNSなどにて他者と比較して、上下区分けにて劣等した時に殺風景を見て寂しい気持ちになります。

 

急に寂しくなる意味、サイン まとめ

ここまで読んでいただくとわかるのは、急に寂しくなる方の現状は愛であることです。

そして過去には恐怖、いわゆる拒否したい自分であったと思います。

拒否したい自分の記憶があればあるほど、許せない気持ちが溜まっていればいるほど、突然の寂しさや切なさ、悲しさや泣きたくもなります。

しかし、大切なのは今です。

今、頑張って、努力して、ポジティブであり、我慢してでも自己保持を図り、現に愛を糧にしていることは、とにかく素晴らしいと思います。

急に寂しくなると嫌な気持ちになるかもしれませんが、寂しさによってわかるのは「愛」

ご自身の今ここに、愛がしっかりあると教えてくれます。

自覚を深め、心を休め、余裕を持たれてください。

その後にアプローチするのは、許せない気持ち、過去の記憶、我慢する在り方です。

許せない気持ちが過去にある場合、一つずつ紐解いて手放すと、我慢しなくなりながら俯瞰性が育まれます。

俯瞰すると起きるのは、「寂しい」という感傷をも楽しむ遊び。

これは心の余裕ではなく、認識を広げることでの愛と恐怖の表裏一体化を意味します。

愛もいい、恐怖もいい。

どちらもいいなら一緒もいい。

「なんせ、恐怖がなければ愛は存在しないから」という真理へ繋がっていくことと思います。

私事ですが、スーパーの袋が舞うさまを見ると寂しい気持ちになっていました。

しかし、今では枯葉が落ちてくるように、鳥が仲間たちと遊び飛ぶように、スーパーの袋が舞うさまは自由の象徴だと、笑顔が止まらなくなります。

生があるから死があるように、生死を共に受け入れるから自由があり、辛い経験があるから恐怖を知り、恐怖があるから愛を育めます。

大切な経験、ご自身の精神を満たすために活用していきましょう。

寂しさを捉える多様性の一助となれば幸いです。

それでは最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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