本当の自分

【謳歌力】本当にすごい人は自慢しない【理由5選&秘儀】

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のど自慢大会なのに、だいたい優勝しているのは自慢しない人。

優秀な人ほど、本当にすごい人ほど、自慢する材料は多いのに自慢しません。

それはお金持ちほどお金を持っていることを公言しないように、頭のいい人ほど知恵をひけらかさないように、才能のある人ほど一人黙々と努力するように。

本当にすごい人には秘儀があります。

この秘儀によって自慢しない理由が判明します。

ここでは、自慢しない人間味を紐解くとわかる凄味、優秀たる所以に迫ります。

  • 本当にすごい人が自慢しない理由を知りたい
  • 本当にすごい人の持つ秘密を深掘りしたい

「すごい」という曖昧な言葉には、目には見えにくい不可視の在り様、人間性や精神性の高さが伺えます。

わかりにくいけれども確実にある「すごさ」の紐解き、言語化にて理解を深める一助となれば幸いです。

本当にすごい人が自慢しない理由5選

自慢する意味がない人

自慢とは、

おごりたかぶること。また、自分のこと、自分の持ち物、自分が所属するものなどの良さを他に対して得意げに示すこと。
※コトバンク引用

自慢、慢心、自らを上・勝・優越と高位に仕立て上げる口上、態度。

自慢には、「他との比較」「思い上がる(妄想による高位取得&正当化)」さまが際立ちます。

本当にすごい人は自慢と真逆の在り方です。

北斗
北斗
「本当にすごい人」の際立ちとして、他者との競争世界から抜きん出たさまがあります。

高位でも低位でもなんでもいい。

「自分の価値を、能力を、どう伸ばし、どう使い、どう活かすか?」を考えて実行する段階を登り続けます。

この状態では、自慢する必要はもとより意味がなくなります。

本当にすごい人は自慢する意味自体がない。

※自慢話をする場合、相手への知恵与えや悩みの解消など役立てるために話すので、おごりたかぶっていない

それではこの詳細を深掘りしていきます。

 

本当にすごい人が自慢しない理由①:比較しない

北斗
北斗
本当にすごい人は自らを他者と比較して位付けし、枠に収めたりといった、他によって自分の価値や存在意義を認めようとしません。

孤独で黙々とやりたいことをして自己を磨くか、全体を俯瞰する立場で他者のために自らを活かします。

例えば、難しい雪山登頂を黙々と極め。

瞑想境地をインドの山奥で極め。

創造性の極みを熊野古道で開眼。

新薬を開発するためにラボで菌と会話。

アフリカ砂漠地の緑地化に独特な種蒔き法を開発。

雇用をサポートするために人間性と繋がりを熟知。

すごい人、優秀な人は他と比較して自分を認めるフェーズにいないのが特徴的。

比較しない人に自慢の効果も作用もありません。

 

本当にすごい人が自慢しない理由②:上には上がいると知っている

北斗
北斗
思い上がらないのも本当にすごい人の大きな特徴です。

どこにいてもなにをしても自分より優れている人は世の中にたくさんおり、「上・勝・優」という評価は他人が決めたルール上の規定でしかないことを知っている人。

思い上がるのは妄想に浸かっている状態であり、周りが見えていない、現実の解像度が低い、客観視できていない表れです。

例えば、高校野球で全国一位になった4番打者。

「私ができるのはボールを打つことくらいで、監督の采配なくして私は無意味な棒です」

思い上がらない人の自慢はなんとも自慢っぽくありません。

「あの時勝てただけで、今はどうか」と控え目で、

「あの時限定のもので、過去は過去」と古い栄光にすがらず、

「もっと素晴らしく優れた人がいると思います」と他者の可能性を見据えます。

これは自慢ではありませんね。

全体の中で己をしっかり見つめる人は上には上がいると知っており、比較する必要性のなさを見定めており、条件付けた規定の中で評価されているだけ(他人が決めた尺度でしかない)と理解しています。

ボクシングで世界一位になったのはリングの上だったからだと知っている、そんな人はグリズリー同士の戦いを近くで見つめながら、「ス、スゴイ!」と歓喜にうたいます。

 

本当にすごい人が自慢しない理由③:自己承認

三つ目の理由は、自らを自らで認めているため

北斗
北斗
本当にすごい人は自己承認しており、自尊心を高く持ちます。

「ブランコの靴飛ばし、おいらの方がすっごいー、やーいやーい」

自慢は自分と他者の間に上下格差を作ることができるので、「どや顔やマウントを取って見下したり、自分を上だと見立てていい」と思える正当性や羞恥の抹消を得られます。

もっと素直に、「ねぇお母さん、僕がクラスで一番早いんだよ」という微笑ましい光景だとしても狙いは同じ。

他者承認欲求を満たしたい

自分のことを他者によって認めてもらいたい欲求があるほど、それを自制できない人ほど自慢したくなります。

すごい人や優秀な人は自己承認しているため、「自分のことを認めて欲しい」と思うことがなく、自慢に欲求が向かいません。

自己肯定感が高く、自尊心があり、自らを大切な存在とみなしている人ほど自慢しない、そんなメンタル事情です。

 

本当にすごい人が自慢しない理由④:常識に収まらない

北斗
北斗
いわゆる普通の人ではないのが本当にすごい人、宇宙人みたいなものかもしれません。

他者と一線を画す存在であるのは周囲にとって百も承知ですが、若干のトリックがあります。

常識に収まらないので、「なんだかこの人はすごそうだ」と外見でわかりません。

パッと見パッとしない、チョンとしたら消えそう、普通の人っぽい。

本当にすごい人は謙虚で目立ちません。

プライベートでも目立つタレントさんとは違い、本当にすごい人には「あ、あの人は凄そうだから凄そう」という常識が通用しません。

「目立つからすごい、オーラがヤバい、雰囲気が隠せていない、ギラギラ」といったストレートな解釈にはならず、

とんでもないオーラを持っていても自制、表に出さないコントロールに人間としての凄みがあり、出す時と出さない時が自由自在。

基本的に気配を消しており、窮地に立つとまるで別人、鬼のように人間に食ってかかり、野生の毒を喰らいながらニヤッと笑い、パープルグリーンの液体を口から垂らします。

「な、何者なんだ、この人は?!」と思える人。

常識に収まらないので特定が難しく、時と場合で人格すら変わり、目立たないと思ったら誰よりも目立つ、そして気づけばもういない。

本当にすごい人にとって自慢という自分の見出し、承認されるといった常識的手法は何の味もしない昆布と同じだったりします。

自慢という概念が常識から外れており、例えば植物に夜な夜な自慢していたりします。

それは自らの価値をエネルギー伝播させ、ヒト科以外とのニュー対話法を見出す探求に。

 

本当にすごい人が自慢しない理由⑤:メタ認知が高い

北斗
北斗
本当にすごい人には常識的すぎて常識からはみ出しちゃう人もいます。

俯瞰性や客観視であるメタ認知が高く、全体を網羅する認識を持ちます。

大衆観念、社会的行動、メンタル傾向、常識、習性、法律、あらゆる社会的生態としての制約やルールを把握した上で、世の中を見ます。

想像力が高く、存在しない世界がまるであるように見出せます。

北斗
北斗
これをアニメーションと言いますので、漫画家やアニメーターや小説家といったクリエイターに本当にすごい人は多い印象です。

メタ認知が高いと自慢は自分のためではなく、「全体のためにどう使うか?」になり使い様が一変します。

自慢の作用と効果はレゴを組み立てる際の赤いランプのようなものとなり、自慢によって生まれるデザインや影響、「他の反応は如何に?」という使い方になります。

例えば、職場で見栄の強い後輩がいる時、本当にすごい先輩は相手のメンタルを把握してあえて自慢。

「それは難しい、私は君の勤務年数の時には簡単に片付けられたけど、できないなら代わりにやってあげるからね」

「くそ、私だってやってやる」と後輩に思ってもらうために自慢を使う、なんて具合なので実際には自慢として自慢しないのが特徴的です。

 

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自慢しない本当にすごい人の秘儀

自慢しない本当にすごい人の秘儀:謳歌力

北斗
北斗
「そもそもなんで自慢ってものがあるんですか?」を紐解くとあることが見出されます。

自慢とは自らを誇るために他者に公表する行為。

おごりたかぶるかどうかは人それぞれですが、他者から認めてもらう積極的機会作りという最大効果が自慢の横断幕言葉。

自分の価値や存在意義を認めてもらう策であり、自分を愛して大切にするため、自分を許し受け入れるための呼び水と言えるかもしれません。

ということは、自慢するのは自己承認していないだけでなく自分を許していない、受け入れていない。

・自分を認めていない、自己受容がないほど自慢したくなる

・自分が明確ではない、存在認知が希薄であるほど自慢したくなる

自分のことを自分自身で愛していない場合、行為の目的は「他の反応」が主軸になり、他がどう見るか判断するか評価するかになります。

とっても大切な社会的認識ですが、「あなた自身はなんのためにそれをしているんですか?」の答えや目的がわかりにくくなります。

本当にすごい人は真逆。

自らを認め、受け入れ、愛しており、自分の存在認知が明確であるために自慢する必要性を持ちません。

この精神はこの世を謳歌する基盤となり、心置きなく自己発揮し、やりたいことや極めたいことに没頭し、邁進できます。

自分を活かし、人生を謳歌する人。

本当にすごい人とはこの世を謳歌する準備が整った人。

謳歌する力が秘儀という考え方です。

 

謳歌する力がある人は誰だって本当にすごい人

謳歌するとは、喜びや境遇や恵まれた幸せを隠さず、みんなで大いに楽しみ味わうこと。

この世を謳歌できる人は自己を最大発揮して大いに楽しみ、苦しみ、昇華し、笑い、消えます。

環境を、境遇を、恩恵を、自分そのものを堪能し、人生を味わうために大いに自分を使い活かすさまが見られます。

謳歌する力がある人は、後ろめたさも抑制もなく、そこにあるものを大いに受け入れて楽しみます。

子供が砂場で泥だらけになってキャッキャ遊ぶようです。

ショベルがなければ手で土を掘り、雨が降ってくれば土を固める水の代わりに使い、仕舞いには泥団子を食べて口からブッー、お尻からブッー。

自分の身体の使い方を理解し、適応を理解し、心の在り方と環境を整え、あとは最大限自己発揮できたら、誰だって本当にすごい人になると思います。

しかし、現実は簡単ではありません。

この世を謳歌するのは難しく、本当にすごい人になれるのは極一握り。

どれだけ野球が上手でも、「グラウンドが整ってなければ調子でないな」と思っていては謳歌できません。

ヒーリングの力があっても、職業でストレスを溜め続けていればすごい人にはなれません。

この世を思いっきり謳歌する準備ができていれば話は一変します。

ただただ行動、実践、やるのみ。

本人はただまっしぐらですので、その過程に誇りやおごりをあえて見出す自慢は必要なく、己の道と人生を楽しみまくる時空が過ぎていきます。

きっと私たちは誰しも本当にすごい人になれるのだと思います。準備ができていれば…ですが。

 

最後に:本当にすごい人は自慢しない

自慢しないことのメンタルには、自尊心の高さ、自己承認、自分を受け入れて愛するさまがあります。

自慢しないことの精神には、人生を謳歌する基盤があり、思いっきり楽しみ味わう力があります。

私たちは誰しも抑圧と縛りの中で生きているので、謳歌するのは子供の特権となり、子供ですら難しくなっているかもしれません。

しかし、大人でも謳歌できます。

境遇、環境、自分そのものを受け入れ、あるものを大いに喜ぶことで、どんな家庭で育とうが山を削られようが川を埋められようが、ゴルフ場の一角で人生を謳歌してすごい人になれます。

そこには良いも悪いも、狭いも広いも、今がいいも昔が良かったも、何の比較もありません。

あるのは純粋に現実を見ようとする態度であり、遊び尽くそうとする本気の心。

実際は誰だった本当にすごい人なのだと思います。

それを忘れなかった人の心には、自慢の必要性も、慢心も、誇りたい欲求もなく、謳歌する力がモリモリモリ。

「自慢しない」の掘り下げを楽しんもらう内容となれば幸いです。

ありがとうございました。

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