生き方

【自国愛を考察】なぜ日本は生きづらい?│海外に行くとわかる違和感の正体

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知らぬ間のストレス。う~ん、そもそもストレスって何だ?

言葉や理解が存在しなければ、この時点で既に生きづらくて仕方がなくなる、そんな私達人間。

日本はルールや制約が多いも緩和があり、平和で選択肢の多い国でありながら、集団主義と個人主義の狭間で揺れ動く、見えない足かせ心理が存在しそうです。

私が海外を約5年間旅して理解したのは、それらの根底にある一つの生きづらい原因です。

ここでは私事の考察結果として、どうして日本が生きづらいかの紐解きを見ていかれてください。

  • なぜ日本は生きづらいの?
  • 海外だと生きやすいの?
  • 生きづらい国家での大切な考え方とは?

これらを紐解き、「日本って考え方を変えるだけで生きやすい国なのかも?」と兆していただく、そんな目的の内容となっております。

私の理解では、結局生きやすいのは日本ですので、生き方に工夫を見出すための一つの考え方となれば幸いです。

奇妙なお話ですが、ぜひお楽しみください。

なぜ日本は生きづらいのか

日本の生きづらい原因

日本生きづらいのか、日本生きづらいのか、「がorで」にて解釈が全く異なります。

日本が生きづらい場合、原因は日本側。

日本で生きづらい場合、原因は自分自身。

原因を日本側にすると、改善のためには自分以外の他を変化させなければならず、過酷で時間がかかり、自らの生命を酷使するいばらの道です。

原因を自分自身にすると、日本が合わないのが明白ですので、そのような方は既に海外へ行っていると思います。

日本で生きづらいにもかかわらず日本で生活している場合、原因はシンプルに自分軸がないの一択と考えられます。

このように極端に考えると答えはシンプルですが、私達は日本の仕組みに順じて奴隷のように生きて、有無を言わず何も考えずに従っている訳ではありません。

一人一人の組み合わせと過去(歴史)継承によって、人と国が一緒に生活を構築し、我慢したり変化させながら工夫と対処をして生きています。

みんな選挙権を持ってどうのこうのという政治の話ではなく、一人一人が日本を作るために、みんなで調和して、排他して、賛同して、否定して、調整していますので、原因を国か自分かに分けることは意義を逸脱してしまうかもしれません。

生きづらい原因のポイントは別にあります。

日本を受け入れていない。

受け入れないと決めたのでも、拒否したのでもなく、これまでずっと受容も拒否もしなかった意味です。

日本を受け入れたくない、受け入れられない、受け入れたいのに受け入れられない。

「どうして受け入れていないのか?」の答えが、生きづらい原因です。

 

受け入れていないのは誇りがないから

私自身、以前は受け入れず誇りもなく、海外に出るまで日本という国に一切の興味がありませんでした。

「所属している国、それが日本さ」

戸籍法や出生届がそうさせたのか何なのか、無意識の自国概念があり、日本人のアイデンティティや遺伝子記憶がどうとかは考えたことなく、「日本人であることが当たり前」だと思っていました。思考停止です。

実際に外へ出た時、日本人ほど奇妙で、理解し難く、不思議で、難儀な生物はいないと圧倒的に気づかされました。

初めて日本に興味を持った瞬間でした。

私は日本人なのに日本のことを何も知らないと痛感し、日本を受け入れず、誇りに思わず、「日本人」という肩書きを自分の存在を認識するためだけに使用していたと知りました。

尊重や畏敬が皆無、一方的な利用概念です。

まるで侍のようですが、日本人であることに誇りや意義、または興味がなければ、生きづらいと感じるのは自然なことかもしれません。

※日本では人間嫌いになりやすい詳細は、【嫌いで良かった】人間嫌いで気持ち悪い│日本ならではの原因と仕組み をどうぞ。

 

自国愛とやらはいずこへ?

こんなものありません。私に関してはありません。

しかし、持ちたいものです。

県民愛のように、自らの所属地を敬い尊重しているのか。

それとも土地の気質や性格の利点によって他との区分けや比較をして、自らの存在価値や意義を見出し、悦に浸かって一時の優越感をペロペロキャンディーか。

自分がなくても、肯定材料を土地柄という他によって得て、ホッとしたいのか。

武士と侍はもういません。

この国は一体何の国なのか?

海外へ行って少し外側から日本を眺めた時、私が思ったのは自国愛を忘れた国が日本ということでした。

アニメ、ゲーム、オタク、日本食、ロボット技術、あとは、えーと、いろいろ良い所があると思いますが、何かしら推しポイントを頑張って主張するさまは、勝負や比較でしか自らの価値を見出せないエゴ意識の末端にすら思えます。

自国愛ではなく、あるのは強いエゴかもしれません
※エゴとは他によって自らを見出そうとする意識

一学年の一クラス、6年3組のUSAくんはボスのように自分を主張して、チリさんは陽気に踊り、いっつも笑顔のフィジーくん。

ネパールさんは心優しくモモを今日もくれた、イランくんは授業中だけど廊下で真面目にお祈りしているよ。

クラスの隅には、あまり話さないけど一番輝いているブータンさんもいる。

日本くんはどんな子でしょうか?

「ん?ぼくは空(くう)」

まるでスライムのように透明で、ガーナくんにもスウェーデンさんにもなれる。でも染まらない独自のにおいがクンクンする。

何もないようで全てがある空。

日本は実体のない国、されど中身が本当はギュッと詰まっている。しかし出さない。

日本という国を理解しなければ、日本での人生は生きづらくなる。そういう国なのかもしれません。

 

矛盾を抱える国で生きると、自然と矛盾を抱えて生きづらくなる

実体が見えないけど確実に奥にはある。

そんなさまには過去の歴史が大きく関わると考えられます。

現在の私達の社会制度の重点を作ったのは、言わずもがな知れたUSAくんが代表的です。

自らの文化がド強くあるにもかかわらず、外側からの情報をバンバン取り入れた結果、戦いの代償も含めて、取り入れなければならない強制も増えていきました。

確実にあった実体は奥へ奥へ行き、元々おらおらおらと表に出すような国民性でもなければ、より静かにお茶を飲むように奥へ行くのを見守ります、ふーんと。

実体が見えなくなってもグローバル世界を生きなければならないため、仮面を付けて本質を持たずにもがきながら、一生懸命に自国を維持しなければならず、他に従います。

しかし根底には自分の核、自意識の高さがあるため、どこかで自らが消えてなくなるのを護り、自らの価値や存在意義、強味を推す主張が起き、結果的にエゴの仮面は彫を深めます

本質と上っ面のギャップによって、内面と外面のバイアスができ、実際にはこう思っているけどやることは全く違うこれ。

常に他を気にかけた日本がおり、矛盾ができていきます

このような例はおそらく数えきれないほどあります。

典型例の一つが大麻だと考えます。

第二次世界大戦前までは神聖で貴重な植物として、神道文化の神社、神様にお供えする穢れのないものでした。

今でも一部地域で許可制の基栽培され、神様にお供えされますが、大麻自体のイメージはおそらく非常に悪。嗜好品として使用する人もいるために悪、どんどん悪、何が事実かどうかもわからず悪。

矛盾の中では意思がなくなり、軸がなくなり、本質が見えずらくなり、脳を納得させるための思考巡りが心理的に起き、自分の内側でも顕在意識と潜在意識のギャップが起き、真意と現実の不調和が起きます。

矛盾環境では知らぬ間に違和感や不調和が起き、自分軸が自然と消え、生きづらくなります。

※良きことは悪しきことになる日本物語は、仕事が早すぎると迷惑になる人の特徴と原因【日本のおとぎ話的仕組み】 をご覧ください。

 

海外へ行って理解した生きづらさの正体

矛盾を抱えた国を受け入れる。

そんなことはできませんので、日本を誇れず、受け入れ難くなり、ボランティア意識も薄れていきます。

環境は他と自の狭間で揺れ動く矛盾。その上で受け入れずに生きることでさらに矛盾を抱え、生きづらさのタングルが複雑化します。

この生きづらさ、俯瞰して捉えると正体がわかります

私が海外を約40カ国旅して周り、外側から日本を見て明確にわかったのは、すがるものが全くない過酷な環境です。

無宗教、固定観念、他に頼らない、甘えてはならない、我慢主義、羞恥への圧倒的な拒否、周囲を気にかける強烈なエゴ、冒涜的な生きる世界の制限‥‥。

本質抜きに他からの情報だけが増えると、如何に脳が納得するかの価値観が強くなり、本来の意味を知る機会も動機もなくなり、勝者や優越者のみが温水に浸かる精神的格差ができながら、気づきにくくなります。

宗教がいい例だと思います。

一部カルトや恐怖心理の悪用による嫌悪や恐怖心だけを捉えると、宗教そのものが悩める人のすがり場かのような勘違いが起きます。

私は宗教家ではありませんが、宗教とは非常に大切な真理を教える場であり、学ぶ場、何より自らを自惚れさせずに謙虚になり、人間の内面的繋がりを作り、現状より退化しないための知性的工夫があり、叡智を継承して人間を成長させる基盤、最悪な状態でも人類の思考や価値観が崩壊しない防衛でもあります。

物事の内面は、外面では計り知れないほど意味があり、そこで人それぞれに合う合わない、必要有無が分かれています。

矛盾を抱えた国家では、自然な風潮として見えないキノコパウダーが蔓延しているように、本来は本人にとって必要なのに関わらず、必要ないものと関わる矛盾が簡単に作られます

自分の中での矛盾であれば、自己理解によって解決できますが、その自分が存在する前提に環境や社会の日本があるため、既存の矛盾を把握しないと自らをルールや思い込みや固定観念で縛ってしまいます。

苦しい時や大変な時、「みんながいるから、あの方法があるから、あそこに行けば大丈夫」という認識にならず、独りで苦しみ、孤独を感じやすく、心を開いた人間関係が作られにくくなります。

常に何かを探り、恐れ、他を評価判断し、裏切られると危惧する。そんな雰囲気が無自覚の内に作られます。

生きづらさの正体、それは心を開きたくても開けない、大きな背中(安心感)のなさです。

不安がある以上に、安心感のなさが受け入れや誇りを持てなくし、生きづらさを作りながら対処もできなくする、という考え方です。

 

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生きづらい日本で大切な考え方

海外だと生きやすい訳ではない

人それぞれに合う合わないがあるので、どこかしらに生きやすい場所はあると思いますが、海外だから生きやすいなんてことはありません。

例えば、私はインドのスラムがとても生きやすく、ずっと生活していたくなります。

西ヨーロッパ(特にドイツ)は本当に合いません。人とは合うのですが、国と合いません。

このようにみんなどこかしらに生きやすい環境があり、生きにくい環境があると思います。

しかし、実際に現地で暮らすとなると、言語の習得、現地での法律や仕組み理解、協力者が必須ですので、コミュニケーションスキルは絶対的に重要です。

日本人じゃないような人

このような方でなければ、海外だから生きやすいなんてことはおそらくありません。

 

生きづらい時の改善策

最重要点は、受け入れられるか否かだと考えます。

私であればインドを心から受け入れています。しかし、インド人が大嫌いというジレンマがあるので、生きやすくするには現地で私自身を調整する必要があります。

受け入れるとは認めてさらに喜んで許容するウェルカム。認めるとは別物で、心を開いて中に迎え入れることです。

誰しもどこかしらにそういった国があると思いますが、日本も受け入れられれば生きづらさはなくなります。

私は海外へ行ったことで日本の奇怪性に気づき、興味を持ったことで受け入れられ、生きづらさは以前のように感じなくなりました。

もし日本人が嫌いでも興味がなくても、日本という国の風土や文化、価値観や食、歴史や在り方に興味があれば、生きづらさにスタックしなくなります。

 

如何に受け入れられるポイントを見つけ出すか

旅するとたくさんの日本人と出会いました。現地で住んでいる人も含めて、日本を生きづらいと思っている人は日本に対する嫌いポイントが多い傾向です

中には、「日本人が嫌い」であるがために日本を受け入れられないと、人と国を関連付けて拒否感を持つ人もいました。

生きづらさを感じていない人にもたくさん出会いましたが、みな共通して日本の何かしらに心を開いていました。

それは好きというものではなく、尊重

国の強味を自分の価値にする承認欲求ではなく、一つの個体として向き合った上での敬いです。

如何に心を開いて日本と向き合い、受け入れられるポイントを見つけ出すかが大切です。

そのためにするのは一つ、日本を知ることです。

※生きづらい甘えの詳細は、【生きづらいのは甘えにした方がいい】甘えている自覚のお役立ち をご参照ください。

 

改善ポイント:日本人である以上、たまに海外へ行く

「日本を受け入れるために知る」

日本を知るとは、海外を知る意味です。

日本以外を知ると、深く日本を知れます。今まで気づかなかった利点が本当に数えきれないほどあると気づけます。

この「知る」とは、心を開くための理解が目的ですので、テレビやネットでの情報を読む、記憶にインプットするとは違い、体験による現実認知となります。

知る基盤を私達は日本国から貰っています。

日本のパスポートがどれほどすごいかは、海外の人々と関わって初めてわかります。

日本がどれほど豊かな国と誰かが言っても、実際に海外に行かなければその意味は理解しにくいと思います。

国を出たくても出れない人が本当に数えきれないほどいると誰かが言っても、実際に目の当たりにしないと日本の恵まれた環境には気づきにくいです。

不法入国で海外を旅している人もいます。日本人には有り得ません。

海外へ行くことに命を懸けている人がたくさんおり、外を知れば知るほど日本がわかります。他を知れば知るほど自分がわかります。

菌がたくさん棲み付く今は移動する状況ではありませんが、終焉後には海外を視野に入れてもいいかもしれません。

「日本を知る」を目的にしたショート渡航。

そんな趣味は、繰り返すうちに生きづらさを解消していることと思います。

 

日本は生きづらい まとめ

鎖国してどっぷり浸かるくらいしないと、受け入れるのが難しいお国柄、スライム国家ジャパンは6年3組です。

それは何もないのではなく、何にでもなれる空。

私は傾向的に辺ぴで情報のない所を彷徨う旅をするのですが、田舎でも奥地でも、そこには人知れず日本人が住んでいたりします。

私の理解では、日本人は本当にどこにでもいます。中国人が世界中にいるとは意味が違い、誰もいかないようなところにいる意味。

現地に紛れてジャポネがポン。

フランス人にもそういう人は多いですが、日本人は圧倒的に多いです。

これが日本人のスライム性であり、何でも順応して何でも柔軟にしてしまう特性だと思います。

もし元々そういう国民性であれば、海外へ向かうのも選択肢の一つだと思います。

海外へ移住するかどうかは本人次第ですが、私のおすすめは日本にいながら時々海外へ行くことです。

海外へ行けば行くほど日本の良さがわかり、心を開いて関わる日が来るかもしれません。

そんな人を多くするのが開国した目的なのか?

事実はわかりませんが、他からの情報がいくらでも入ってくる時代です。矛盾を抱えた国を変えるのは、国や政治だけでなく私達一人一人の意識と在り方です。

生きづらくてもいいじゃない。

如何に生きやすくするかのゲームは、人生を遊ぶ工作時間の始まりです。

生きにくいから遊びがいがある。そんな理解がご参考になれば幸いです。

それでは、日本は生きづらいお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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