生き方

【嫌いで良かった】人間嫌いで気持ち悪い│日本ならではの原因と仕組み

嫌う対象が個人から全体になった時、「嫌い」は「気持ち悪い」に進展します。

人間が嫌いで気持ち悪い。

どうしてこのように思い感じるのでしょうか?

私は元々人間嫌いです。今では特に興味はありませんので、嫌いも何もありません。

この違いには、人間嫌いの原因と仕組みを知るか否かがあります。

おそらく海外に出たから知れたのだと思います。日本には他国では味わえない独特なあるものがあると。

ここでは、人間嫌いで気持ち悪いと感じる方を対象に、原因と仕組みをお伝えします。

  • 人間嫌いと気持ち悪いの違いとは?
  • 人間を気持ち悪く感じる原因とは?
  • 日本独特のあるものとは?
  • 人間嫌いで気持ち悪くなれる人とは?

「嫌い」だけなのか、「気持ち悪い」が含まれるのか。両者は全く異なる原因と仕組みになりますので、「気持ち悪い」と感じている方に向けた内容です。

詳細を知るための一つの考え方として、人間との関わりの理解を深め、「嫌いで良かった」と気楽になられれば幸いです。

人間嫌いで気持ち悪い

人間嫌いと気持ち悪いの違いとは?

ここでお伝えする気持ち悪いが含まれる人間嫌いは、人間への抵抗や反発や拒否以上に、「拒絶」という一切受け付け難い嫌悪感があります。

拒否と拒絶の違い。より強く拒み突き放つのが拒絶です。

人間嫌いで気持ち悪いと感じる人は、人間への拒絶が強い人です。

 

拒絶するほどの嫌悪は頑張っても関われない

拒絶とは強烈な突き放ちです。

「うわ、気持ち悪い!」となれば一切受け付けられず、関われず、相容れる可能性が限りなく少ない状態だと心身が表現しています。

「気にくわないから嫌いだ」と嫌悪を抱いた後に、「よく見ると気持ち悪いもん」と付け足す場合は気持ち悪いと思っている状態ですので、自分の頭で嫌悪感を調整していると考えられます。

しかし、気持ち悪いと感じる場合には、気持ち悪いから人間嫌いになります。

身体と心が気持ち悪いと認識しているため、人間関係を作ると強引に自らを苦痛に陥れ、苦しめ、我慢させ、傷つけてしまいます。

トーストの裏に落ちて2ヵ月間放置されたパンケーキを朝食に準備して、緑の粉が吹いているのを、「あら、オシャレなパンケーキが最近は売っているのね」なんて誤魔化して食べるようなもの。病院行きです。

 

嫌いなのか、気持ち悪いから嫌いなのかは原因も仕組み違う

人間に対して「気持ち悪い」と感じるのは心身からのアラームであり、今の自分では受け付けられないサインでもあります。

強引に人間関係を作ると自らを抑圧して我慢させるので、精神疾患や神経症のうつ、自己喪失にて価値や意義を見出せず、生きている意味を見失う可能性もあります。

気持ち悪くはなく嫌いな場合には、自らとの不調和や反発が人間との関わりにあり、不利益を被っていたり、自らを主張できない不納得が多かったり、「関わりたくない、関わると不利益(納得や満足がなく、不納得や不満足がある)」と嫌悪を抱き、我慢できないことはないけど抵抗がある状態です。

  • 人間嫌い…関わると不利益があるために関わりたくない
  • 人間嫌いで気持ち悪い…受け付けられない、関わると自らを苦しめる

両者は全くの別物です。

 

人間を気持ち悪く感じる原因

「この人は気持ち悪い」と感じることは人によってあると思います。

あの人は気持ち悪い、職場のおじさんは気持ち悪い、ナルシストでキモい。

自らに合わず、拒絶を感じるほどの抵抗感があると気持ち悪く感じますが、人間嫌いの場合には「人間」という幅広い対象に拒絶があります。

目の前の人の人間性が、価値観が、顔が、性格が気持ち悪くさせるのではなく、自分や絶対的な立場のものに気持ち悪く感じる原因があります。

原因には二つの可能性があります。

人間を気持ち悪く感じる原因
  1. 自らの観念形態が人間への拒絶を作る
  2. 社会全体に対する受け付けられない拒絶がある

一つずつ見ていきましょう。

 

①自らの観念形態が人間への拒絶を作る原因

観念とは自分ルールであり、自らの行動や思考の原形を作る基盤のようなものです。

例えば、
「善悪の善は良いこと、悪は悪いこと」
「良いことは褒められて否定されない」
「悪いことは怒られて否定される」

「ほめられると嬉しいからする」
「否定されると怖いからしない」

「死ぬのは怖いから嫌だ」
「生まれたら嬉しいことだ」

観念は疑いようのない基盤として、癖のように当たり前のルールとして構築されています。

観念形態に人間への嫌悪や拒絶に繋がるルールがあればあるほどに人間嫌いになります。

「何でも押し付けてくる人は嫌い」
「私のルールに従わない人はダメ」
「自分の言うことは正しいに決まっている」
「独りで生きる人は強い、集団は弱い、弱いはダメ」
「利用価値がなければ生きている意味はない」
‥‥

さまざまに観念があり、幼少期にほとんどの基盤が構築されます。親や兄弟姉妹や教師、生活環境や風土、親の職業や親の会話内容、家の規律に独自ルールが大きく関わります。

観念に「自らは正」というルールがある場合には人間嫌いになりやすく、自分が正しいと思う正反対をされると気持ち悪いと感じます。

「気持ち悪い=ダメ」という観念があることを意味し、「気持ち悪いからこそ関わろう」とはなりません。

自律を主張すればするほど、押し付ければ押し付けるほど、自らの正当化意識があればあるほど、自意識が強ければ強いほど人間嫌いになります。

 

②社会全体に対する受け付けられない拒絶が原因

もう一つの原因は、他のルールを受け付けられないことで人間嫌いになります。

社会性や身の回りのルール、自分にとっての強大で一切受け付けられないルール。仕事場、家庭環境、家族間、友人・知人グループ、学校など、対集団との関わりにルールがあり、頑張っても受け付けられないために拒絶します。

ここでお伝えしたい主旨はこの原因です。

自己ルールの押し付けではなく、他のルールを押し付けられるために拒絶し、気持ち悪く感じます。

頑張っても受け付けられない理由は、自分にとって一切意味がわからず、理解できず、受け付けると自らを苦しめてしまうルールだからです。

社会や集団にはびこる恐怖を抱くルールです。
※恐怖とは怖いという感情だけではなく、危険や危惧や拒否したくなるさまを表す認識

一対一での人間関係であれば、相手のルールが嫌であれば拒否して終わり、相手が押し付けてくれば嫌悪感を抱いて嫌い。

これが[自分:集団][自分:社会]になり、恐怖があれば[自分vs集団][自分vs社会]になり、戦いたくない平和的な人、優しい人、恐怖を嫌がる人であればあるほどに拒絶感として気持ち悪さを認識します。

この原因に、日本ならではのあるものが潜みます。

 

人間嫌いで気持ち悪くなる仕組み

日本にある人間嫌いを増長させるあるものとは?

日本には独特の文化・慣習によって人間嫌いを増長させるものがあるかもしれません。

あるものとは同調圧力。

「空気を読まなければならない」というルールです。

人間嫌いで気持ち悪いと感じ、社会に同調できず、集団に反発を抱く場合、同調圧力という社会的ルールに対する拒絶が、人間嫌いにさせている可能性があります。

常にイライラし、訳も分からず怒ることも起きる、社会や集団にはびこる恐怖を抱くルールです。

職場や学校や家族間、集団での人間関係に存在する暗黙のルール。決まっていないのに、見えないのに、誰しもが従い疑問にすら思わないルール。

「空気を読まなければなりませんよ」と誰かに耳打ちされる。しかし誰も耳打ちしていない。

「これが決まりですから従ってくださいね、さもなくば排他ですよ」と目の前の人の顔に書いてある。しかし本人は書いてあると気づいてすらいない。

「おかしいなんて言ってはダメですよ、みんなであなたを否定しますよ」と少し高台で座るうすら笑顔の人の口が動いている。しかし本人はうすら笑顔になっている自覚すらない。

意味がわからない、理解できない、頑張って受け付けようともできない空虚であり虚無。

「誰も理解できるはずがない」と確信を持てるほどの謎ルールだと思ったのに、自分以外は誰しもが何にも疑問を抱かずに従っている。

一切受け付けられません。

「関わってはなりません、自分を我慢させてはなりません」と心身が気持ち悪さでサインを出します。理解不能であれば自己対処ができないために、拒絶して身を護ろうとします。

頑張って受け付けると自らを苦しめてしまうルールです。

※自然と人間嫌いになっていく詳細は、【恩恵がある】年々人嫌いになっていく│人との関わりを見つめる時が来た をご覧ください。

 

人間嫌いで気持ち悪くなる仕組み

人間嫌いで気持ち悪くなる原因は二つです。

  1. 自分ルールを押し付け、他が従わないことで気持ち悪いと拒絶
  2. 他のルールを押し付けられ、理解不能で従えないものに気持ち悪いと拒絶

「自分の常識が他の常識だ」と思う人は人間嫌いになりやすいです。

そうでなくても、「自分の常識が他の常識だ」と思う社会であると、人間嫌いにさせられます。嫌でも気持ち悪いと感じてしまいます。

おそらくそんな社会で生きていれば、人間嫌いになることが一般的ではないかと思います。

社会で生きているのが私達人間です。自らのルールを押し付ける概念がなくても、社会がそういった傾向を持っていれば、親がそう言ってくれば、周囲が誰しもそうであれば、素直な人ほど押し付けるようになります。

全ての基盤は社会にあると考えます。

社会という集合意識は恐怖を与える力があるため、従わざるを得ないところがあります。

自意識があり、自分と他を区分けする意識や能力があればあるほどに、他に従わさせられ、自らを抑圧させられると、人間が嫌いになってしまいます。

 

クソみたいなルール

一つの考え方として知っていただきたいのは、同調圧力を善にも悪にもせずにふわついたルールとして従うさまが、人間嫌いで気持ち悪くなる仕組みを作っている理解です。

善にすれば従う人は心置きなくルールを使用でき、従わないと反発する人も心置きなくルールを使用しないことができます。

すると、ルールを使用しない人への理解がしやすくなり、どちらでもない人も出て来ます。

自分の意思で物事を決められるというものです。

しかし、同調圧力や空気を読むルールは暗黙です。法律として決まっていれば、規則として決まっていれば。

決まっていません。

決めないことに意味があり、責任がなくなる利益があります。

空気を読んだ結果で起きたことは誰にも責任追及できません。なぜならば誰も責任を持っていないからです。

同調圧力とは善も悪もない空虚なルール。責任を持たないための逃避策。自立を止めて変化を拒むクソルールです。

空気を読むことは大切ですが、「空気を読みなさい」と強要し、従わないと排他する空気が暗黙であるために、誰しもが同調せざるを得なくなります。

それでも同調しないのが人間嫌いになれる人です。

嫌悪を抱く要因となり、同調圧力に同調している社会という全体に拒絶を感じるのは自然です。受け付けられるはずがありません。受け付ける意味も利益も何もありません。

※気持ち悪いと感じる詳細は、「気持ち悪い人、生理的に無理な人」と感じる原因と対処│心理とスピリチュアル をどうぞ。

 

人間嫌いには人間嫌いの生き方がある

人間嫌いとは一人一人あの人が嫌い、この人が嫌いというものではなく、集団が嫌い、社会が嫌いと、何も考えずに全体や全体に属すさまに嫌悪があると思います。

個への認識や自意識があればあるほどに全体への反発は抱きやすく、一人一人自分を持たない在り方に違和感や嫌悪を感じやすくもなります。

人間嫌いの場合には、「知る」ことが重要。知って自らの在り方を整え、自らの意見を持って物事を考えられる人です。

知るとは拒否を肯定するのではなく物事を理解する意味です。

クソルールはふわつかなければルールの一つとして地に足が付き、大切なルールです。

現状は暗黙にて使用されていることには、そうしたい意味があり理由があります。個の意識が強まる時代ですので、自然と暗黙ではなくなるようになっていくと思います。

隠したい欲や利益追求は公けになり、隠したい欲として一つになります。

ふわついて何にもなれなかったものが形を作ってしっかりと存在できる意味ですので、物事は常に進んでいきます。

 

一つ一つの物事の真意と本質を知れる人が人間嫌いになれる人

誰しも攻撃され、排他され、否定されることを怖れますが、どれだけ恐怖があっても、受け付けないことには大切な意味があります。

意志を消さない自分の核を持つことです。

意志とは覚悟、自らが自らを認識し、自らの足で立ち、頭で考え、心で感じ、人生を切り開く動力です。

社会全体が受け付けられないルールではびこると考えると、人間嫌いで気持ち悪くなってしまいますが、ルールに飲み込まれずに拒絶を貫くさまは人間嫌いになれる意味です。

私が海外へ出て良かったと思うのは、自分が認識していると思っている世界は本当に極一部でしかないと気づけたことです。

今目の前に居る人間が全員嫌いだとしても、見方を変えるだけで全く嫌いになれない人間で溢れている事実があり、自分の周囲、直ぐ傍にあったりします。

自意識が高く、個の認識がある人は、知ることであらゆるルールの意味、理由、起源、先行きを理解できます。

自分ルールを強めるのではなく、一つ一つのルールの奥深くの理解を広めると、人間嫌いだからこその世界の見方が広がります。

 

この世は創造性と主体性で巡る

人間嫌いになれたからには、自らが世界を創ります。

他に従うのは合いません。他に従うのが合う人もいれば合わない人もいるのが人間です。

空気を読むルールがあれば、壊すのではなく従う人を知る機会になります。

人を知るとより自分の知る領域が広がり、理解が深まります。

知ることでわかるのは、自らの人生は自らが創っている創造の世界です。

クリエイトには主体性と能動的な行動を要し、自らの目で見て、身体で感じて、頭で考えて、心で想う認識(知ったこと)が材料となります。

人間嫌いは物事の見方を変えて自らが創造していく人生の基盤であり起爆になります。

責任は誰かが負うものでも追及するものでもなく、自分にしか付帯されません。

目の前の人間と生きる世界が違うのではなく、することが違う。見方が違うのが人間嫌いになれる人です。

もちろん嫌われることもあります。嫌われなければただの普通の人です。嫌われなければクソルールをクソだとも思えません、ルールだとも思えません。

嫌うなら嫌われましょう。嫌われるから自分で中身を作り、知ろうとできます。

その内に気づかれると思います。嫌うほど興味ないと。

※人間嫌いでいいという理解は、人間嫌いでいいじゃない。動物好きな特徴から見える意志と人間性 をご覧ください。

人間嫌いでいいじゃない。動物好きな特徴から見える原因と人間性人間を嫌いにならざるを得ない状況があり、嫌いになることは自分のための良い生き方となります。 ここでは、「人間嫌いでいいじゃない」と...

 

人間嫌いで気持ち悪い まとめ

知ることで興味をなくすのは自らを認めて受け入れた意味です。

愛がなく無関心になった意味ではありません。自らの恐怖を認め、自らが主体的になり、自らが創造して人生を創り始めた合図です。

興味がなくなると、興味がある人が同時に出て来ます。

物事の見方が変わると人の見方が変わり、あらゆる本質が見える状態となり、心と心を通じ合わせる人や仲間が現れます。

絶対数は少ないかもしれませんが確実にいます。そして結構います。この世は人間で溢れています。

人間嫌いで気持ち悪いと嫌悪や苦しみが多いと思います。しかし負けないでください、自分に負けないでください。

「人間嫌いでいいじゃない」

私はこのようにしか思いません。

人間嫌いになれたからこその生き方があり、物事の認識の育みがあります。

人間嫌いだと関わらない人は全く関わらなくなります。それでも関わる人にこそ、何かの気づきがあり、学びがあり、知る機会があり、知る価値があります。

自分を知り、相手を知り、社会を知り、地球を知り、全体を知っていきましょう。

人間嫌いで気持ち悪いからこそ見える世界は、他者とは一変して広大なものです。

「人間嫌いで良かったぁ」

そんなことを言える日を創られる一助となれば幸いです。

それでは、人間嫌いで気持ち悪い原因と仕組みのお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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