生き方

【日本が合わない日本人の性格と価値】生きづらいからこそ生きやすくなる

海外で居住した後、日本に戻る人の反応は大きく二極化されます。

「いやぁ、やっぱ日本は楽でいいなぁ」

「あれ、なんだこの違和感、結構きついな」

生きやすさか、生きづらさの実感。

後者は、日本が合わない人。

実際に海外に行くとこの実感は顕著ですが、行かずとも合わないと感じる人はたくさんいそうです。

私の関わる日本人の多くは日本が合わない人。ほとんどは海外へ行っていますが、合わないとわかった上で日本に留まる人もいます。

合わないのはデメリットかなと思ったのですが、そうでもなさそうです。

ここでは、日本が合わない原因と、合わないからこそ生きやすくなる考え方をご覧に入れます。

  • 日本は生きづらいと思っている
  • どうして合わないのか知りたい
  • 合わない環境での生き方を模索している

「心理と精神」にフォーカスした、合わない原因の紐解きとなっております。

「なんだか生きづらい」と思うことを活かすために、一つの考え方となれば幸いです。

日本が合わない日本人の性格

日本が合わない日本人の性格9選

私が関わる人々にはいくつかの共通点が見られますので、順番にご覧ください。

1、従うのが苦手

従順性が低く、自分を消したり、妥協することを嫌う性格です。

「みんな同じ方向に前習え」が苦手。

集団行進を見るとゾッとするタイプです。

 

2、作るのが得意

自ら考えて、行動して、作ります。

創作性や創造性の高さが伺えます。

 

3、個が強い

個性や個人の特性が強くあり、全体に馴染んで大衆に染まりにくい性格です。

自分色があり、物事をはっきり言ったり思ったり。

日本ではトラブルになりやすく、周囲からの抑圧や圧力叩きが増え、個を殺されたくない意志があらわれます。

 

4、曖昧性に意味を見出しにくい

日本の特徴的な文化の一つ、「あやふや」

面白味以上に、無責任であることに着目しがちです。

暗黙の了解や同調圧力など、縛りのメリット面よりデメリット面を捉えるので、ネガティブに思われることも。

 

5、差別へのうんざり

差別国家では顔や肉体造形、普通大衆ではないさま、ニキビの位置すら把握して比較対象にしますが、「それをしてなんか楽しいの?」と思える人は日本が合いません。

強い者にまかれ、弱者には強気でマウント、権利を糧にクレーム。綿のぬいぐるみが自己主張するさまに違和感を感じます。

あらゆる比較による上下、良悪、勝負の差別縛りにうんざりする性格です。

 

6、恥と羞恥文化が合わない

他の目や常識との照合による体裁を気にし、ルールで決まった「正解」から逸れると蔑み馬鹿にする。

真面目に答えて間違えれば、「ダセェ」と言われ、それに対して「恥ずかしい」と自己否定する。

恥と羞恥を植え付ける社会がとにかく合わず、受け入れる気もない性格です。

 

7、矛盾の多さに疲弊

陰陽二元化でありながら、どちらでもない矛盾精神に合わない性格です。

集団主義でありながら個人主義。
物事を変えたいと思いながら行動しない。
無宗教国家でありながら、外枠は宗教国家。
他の情報を自分の意見のように話して違和感なし。
「ありがとう」と言いながら感謝の意味を知らない。
‥‥

きりがないほどの二元化コロコロに翻弄されると、ストレスと疲れが増えて日本が合わなくなります。

 

8、仮面を好まない

日本ではたいへん重宝される仮面(演技と真意の不明確)。

周囲の目や体裁を気にして、自分をわからなくする仮面を被る楽しみがなく、「いらないものはいらない」とはっきりしている性格です。

 

9、飽きた

外側だけで中身がない対象に対して、私達人間はすぐ飽きます。

中身を重要視する人は日本に飽きます。

観光地に行けば数日で飽きる感覚と似ており、外枠の刺激と満足は一時の夢想と理想の味わいで終わり。

内側の本質や深い部分を堪能したい場合、つまらないために飽きやすくなります。

以上が、日本が合わない人の性格でした。

 

日本が合わない、生きづらい原因

日本人なのに日本が合わないのはなぜ?

出生届やパスポートなど、紙面上の国籍が日本人であっても、住んでいるのは社会という鎧と武器をまとったルール差別環境ですので、当然合う合わないがあります。

しかし、遺伝子やアイデンティティ、継承してきた血筋がバリバリジャパニーズでも、合わない人もいます。

合う合わないで重要視されるのは、環境や社会や人間と関わる際のフィット感

個人在りきでの、調和や受容具合と考えます。

「私は日本(環境、社会、人間)を受け入れて、調和したいと思うか否か」

心理的にお伝えすると、自分の意志と感情を持って関わりたい欲求(動機)を見出せるかどうか。

シンプルに、「好きになれるかどうか」です。

うん。となれば合う。

否。となれば合わない。

このことから、日本が合わない場合は日本人かどうか以上に、“自分として”好きになりたいかどうかが重要だとわかります。

日本が合わない人は、自分として日本の環境、社会、人間を好きになれない、受け入れて調和したいと思わない、そんな気持ちがあると考えられます。

統括すると一言。

「自分として生きたい人は日本が合わない」

 

日本が合わない、生きづらい原因

生きづらさにはさまざまな要因がありますが、日本が合わないがために生きづらい場合、見逃せないほど大きな原因があります。

急な縛り教育です。

海外から日本を見ると、どうしても気になるのが幼少期の教育です。

幼児期の赤ちゃん時代。

オギャーオギャー!ミルク!腹減った!最高だ!嫌だ!わー!

全開放、無制限、一切の縛りなし、ドフリー。

完全なる自由空間は甘える極み。もはや一生分かと思うほど周囲の親も甘えさせます。

しかし、物事は突然変わります

ヨタヨタ歩くようになり、ご飯を手で掴んで食べられる頃、自我の芽生えによって意志が外見に反映された頃。

「こらっ!ご飯投げちゃダメでしょ!」

突然でした。

この時の記憶がある方は、人生で一番の驚きだと思うかもしれません。

「え、あれ、今、何が、起きた、の?‥‥‥ウワーンウワーン!」

これまでと何が違うかわからない本人は、突然の周囲の態度急変にパニック。

序章、始まりの合図が切られました。

「あれはダメ、これもダメ、こうしなさい、箸はこう持つの、座り方は、話し方は、人には、挨拶は、ご飯は、おもちゃの扱い方は、ムニャムニャムニャ」

縛り、抑圧、制限、制約、誓約、契約の嵐。

ギュ、ギュ、ギュのギュー、さらにギューとルールで縛ります。

社会性を身に付けるルールタイムは欠かせない大切事ですが、完全な無制限から突然の縛り尽くしは天から地へ落されるように差が激しく、あることが起きます。

自分ではどうしようもできないから、言われるままにするしかない

恐怖を回避するために外見から捉えられる表情、言語、仕草で判断、集団で群がり安心確保、自己保持を図って精神を護らなければなりません。

しかし、これでは終わりません。

他と比較した上でのしつけ、教育、「あれは良い、これは悪い」「あの人が正解、あの人が間違い」「これが勝ち、勝ちが善、負は悪」

次は、恥をかいてはならない文化の勉強、実体験の育み。

極めつけは恩徳概念のインプット。

「借りた恩は必ず返しなさい」「親に育ててもらった恩」「義理というのがあります」「むーむーむー」と夜中にラジオの呪文を流されていたことをお忘れでしょうか。

幼少期から始まり、現在も進行中。

そして老後に解放され、これまた突然の自由が与えられる。

徹底的な解放から、徹底的な縛り、そして徹底的な解放。

どうしましょう。

日本には自分として生きるのが難しい仕組みがありそうです。

一方で、自分としてではなく、国として社会として生きるのが楽な仕組みになりそうです。

日本の教育、社会の在り方を作る仕組みは、自分として生きる人がとにかく合わない原因になり、生きづらい原因にもなります。

 

日本が合う人は特殊かもしれない

海外を五年間グルグルしていると、日本はとにかく不思議で特殊な国だと感じます。

造形・話し方・歩き方など、外側から見える部分が一般的、普通、大衆的でないと直ぐに目立ちます。

姿勢よくピーンと歩いている人がいるだけで、自然と目が行きます。

顔の作りが違うだけで、歩き方が違うだけで、服装が違うだけで、「何かが違う」と思われます。

これは私自身も思います。

どうして思うのか考えると、教育による統一認知が構築されており、それに見合った生き方を長年してきたからだとわかります。

ここで着目したいのは三つの在り方、日本の特殊な点です。

日本の特殊項目
  1. 外見重視
  2. 他との区分け認識
  3. 恥への強い執着

例えば、テレビ(学校や職場など社会概念の場)では顔がブサイクということで笑いのネタになり、笑う価値になり、お金になり、生きる術にもなります。

他との区分け認識による基準、恥をかく前提がなければ何の価値にもならず、ネタにする人がいれば軽蔑される対象です。

しかし、日本では軽蔑の対象にはなりにくいです。

外見、他との区分け、恥への囚われは文化にすら思えます。

三つが合わさると他者の目が気になり、第三者の意見が気になります。

人との照合具合によって正否判断するようになり、常識に従い、自分の意見が作りにくくなります。

「否定されたくない、間違いたくない、失敗したくない、目立ちたくない」と、自己防衛への徹底心理が生まれ、不安が先行して自信がなくなります。

不満やストレスが溜まりやすく、物や他人によって満たされようと消費概念が強まり、嗜好品が手放せなくなり、お酒の飲み方も変わり、刺激を求めたくなります。

これに「合う」人は特殊です。

合う人は我慢強いのではなく我慢したい人であり、努力好きであり、辛くても頑張るのが好きな人だと考えます。

海外で住む経験をすると、「こんな人っている?」と思えます。

日本にはいます。

我慢強く、努力ができ、頑張る精神がある

苦行したい人は日本が合う、苦行したくない人は日本が合いません。

※日本だから起きる人間嫌いは、【嫌いで良かった】人間嫌いで気持ち悪い│日本ならではの原因と仕組み をご覧ください。

 

日本が合う人は悟り系

「合う」と思わなくても、日本にいるのが無意識のルール、移動や環境変化が面倒な人もいると思います。

私の理解でしかありませんが、日本が合うと思う方は希少です。

ピンポイントで、「アニメがある」「食べ物が美味しい」などと押しを好む人は多いと思いますが、「日本が合う」と思う方には稀な特徴があります

空(くう)」です。

空っぽで中身がないのではなく、「中身があるからない、ないからある」という仏教の空を理解したい、または体得している人々、悟り系です。

悟っているかどうかは重要ではなく、物事の捉え方が本質的で自然の原理であるさまを意味し、陰陽両方の捉え方を持った上で俯瞰する人は、日本がとにかく合います。

例えば、情緒を認識する人は日本がピッタリフィット。

雨の音を聴き、虫の音色を見て、草花の香りを嗅ぎ、月夜の感受を触る。

雨でジメジメする陰を受け入れるからこそ、より雨と自分の合(ごう)を感じて陽を導き、その先に中道という真ん中、実体のない物質理解に本質を見る。

例えば、言葉の意味がとても奥深い日本。「知る」という意味一つとっても深いです。

知るとは何か。頭で理解するのか、しかし人間には肉体感覚もあり、心もある。

知る対象は自分なのか、それは本当に自分なのか。深掘りすると自分などいない、あるのは他、または自他の組み合わせ。

すると知る対象は他、知る媒体は自他。

自他によって相手を知る、いわゆる相手の立場や認識で考える、すなわち相手を知るために自分を知る、そこに現実があり、恐怖があり、愛がある。

これを体感して認識することに情緒があり、空がある。

日本が合う人は不思議で面白い人が多く、物事の解釈に独特な個性があり、自分をよく知っています。

日本とは不思議な国、合う人の方が少ないです

※もし日本でのお仕事が辛い場合は、「生きるために働くのはおかしい?」辛い原因は別にある日本のお話 をご覧ください。

 

メリット:日本が合わない人は生きやすくなる

日本社会は統率を取るリーダー不在が顕著ですので、統率の図り方が仕組みやルールになるのは自然な流れ。

どうしても縛りや制約が多くなり、「自分として」ではなく、「他に順じて前習い」が恒常化します。

縛りの多さは受け入れではなく拒否の基となり、生きにくくなりますが、日本が合わないからこそ生きやすくなる方法があります。

定期的に海外へ行くことです。

旅行や観光でもオッケー、日本を外から見る認識を持つと、変人が確定します。

普通ではなくなる意味でして、みんなと同じではないさまが顕著になります。

「これで目立つ、承認欲求を満たそう!」ではなく、価値を作りやすくなります

長崎でカステラが流行ったように、オランダ人が飲んでいたコーヒーが流行ったように、物事の価値は独自性や希少性によって作りやすくなります。

他との比較や造形によるルール縛りは価値なのかどうか。つまらない一択で終わりかねません。

日本は自発的に物作り、事業立ち上げ、企業化など、価値を作る人を待っています。

国の絶対は国を滅ぼさないこと。

私達は国籍が日本というだけで、世界トップクラスのパスポートを持つことができます。

日本が合わない、つまらない、飽きたからこそ、息が詰まった時は外の空気を吸いに行き、戻ると全てが新鮮になります。

コンビニのサービスにチップを払わない不思議、クレームの異常な量、美意識の特異性、美徳観念の強味と弱味など、新しい日本がわんさか見えてきます。

合わないからこそ海外に目を向ける力となり、日本を客観視でき、対象を把握して価値作りしやすくなります

この結果、日本で生きる目的ができ、活力的に楽しみを見出し、生きやすくなる。そんな考え方です。

 

日本が合わない日本人 まとめ

物事には従う人がいれば作る人がいます。

どちらもいるから循環され、社会が継続されます。

おそらくですが、本来は作り手の多い国が日本だと思います。

海外から攻め入られ、西洋を真似してグローバルに順じた直近の歴史があり、生きるための一時凌ぎ、または不安から逃げるための思い込みにて従う在り方にシフトしたのであれば、そろそろ戻していいかもしれません。

日本にはたくさんの魅力があります。

例えば、四季。

四季は多くの国にあり、オーストラリアに行けば自分次第で季節を選べたりもします。

では何が魅力なのか。

四つを味わえること以上に重要なのは、どうして、どうやって楽しむかを作り選べることです。

情緒と知性のある国ニッポン。独自の文化を持ちながら唯一無二の不思議なワンダーランド。

日本は意味わかりません。

陰と陽の二元化による矛盾作りは、理解したくてもできません。

だからこそ自ら向かわず、既にあるものを受け入れて堪能する、そんな知るスタンスが作れます。

どこよりも奥深く、凹凸を組み合わせて初めて理解できる面白さがあります。

より味わいを知り、生きやすくする工夫ができる、中身がないのは柔軟性の極みかもしれませんね。

そんな考え方がご参考になれば幸いです。

それでは最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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