悩み

【脳内洞察内容】人の話が頭に入らない原因と改善策。

みなさま、私達にある脳内処理の華麗な働きをご存知でしょうか。

他者の話を聞く際、音を頭の中に入れ、言語化し、個人教科書を出し、意味を変換し、理解し、返答するための語呂を探し、文を作り、表現します。

この間、一瞬です。

道中でなんらかのオヤツタイムで気が散ると、脳内処理ラインから外れて、入った情報はテクテクと歩いて耳から出て行きます。さようなら。

人の話が頭に入らない時、一体どんな歩き方でテクテクと出て行くのか?

ここでは、人の話が頭に入らない原因と、改善策を知るために、私の頭の中をチラッと見ていかれてください。

  • 人の話が頭に入らないのはなぜ?
  • 頭の中で起きている洞察内容とは如何に?
  • 改善策はどんな具合?

これらを紐解き、ご自身の頭内情報処理ラインを把握しやすくする内容となっております。

私は人と会話する際に自己内部を観察する癖が幼い頃からあり、人の話を聞けない時と、聞きまくる時の違いを理解しています。

人それぞれの頭の中の働きがあるとは思いますが、少しでも思い当たる点があれば、解決の糸口としていただければ幸いです。

人の話が頭に入らない原因

人の話が頭に入らない原因とは?

人それぞれに脳の大きさ、細胞の数、働き、処理能力、経験値に違いがありますので、思考力、理解力、認識力が千差万別。

このようなお話をここではしません。全部ポイッと投げてしまいましょう。

ここでお伝えしたいのは、「自分以外の他からの情報をどれほど・どのように認識しているか?」という、話を聞く認識スタンスをポイントにします。

認識とは、見る、感じる、知る、考える、評価する、判断するなど、認知情報との関わり方です。

私達は自分が可愛くて愛しい気持ちがあり、自分が正しいと思いたい、凄い、優れている、そんなに悪くない、言ってもそこまでじゃない、と自分に目を向けて物事を認識します。

認識フォーカスが自分に対して強い場合、いわゆる自己愛や自意識がある場合、他の情報以上に自分の情報を主観にします。

とても大切な在り方です。しかし、人の話をしっかり理解するために条件を要す可能性があります。

心に余裕がないと聞けない

頭の許容ではなく心の余裕。認識フォーカスの自分から他に広げる度合を左右します。

 

認識フォーカスが自分に強いと、人の話を聞いている時に別のことを考える

人の話が頭に入らない理由の一つに、「別のことを考える」があります。

認識が自分に向き過ぎて、他に向かわない状態と考えられ、私の話が頭に入らない理由はほぼこれです。

初めはしっかり聞こうと思っても、気づくと別のことを考えており、「あれ、今の話なんだった?」

本を読んでいる時に別のことを考えて、目だけ字を追っている状態。読み終わって、「あぁいい本だった気がする、内容良く覚えてないけど」というパターンです。

 

人の話を入口にして記憶に入ると、頭に残らない

しっかり聞いても、話の内容を発端に過去の記憶にアクセスする場合もあります。

「この前、おにぎり作ってピクニック行ったんよ。その時になんと、ほにゃららら‥‥」と友人が話す時。

「おにぎり、そういえば今日はコンビニで買おうと思って忘れてた」とおにぎりフレーズの段階で脳内インの場合、ピクニックフレーズ以降は頭に入っていないかもしれません。

「ピクニックかぁ、私も小学校の時によく両親と行ってたなぁ」となれば、その後のほにゃらららの重要な箇所を聞き逃してしまいます。

「実はそれは全て夢で見た内容だった」という話に続いていましたが、頭に入っていないので会話が合わなくなり、トホホ。

会話を全て聞く前に、端的に情報処理する在り方が考えられます。

※別のことを考えて聞いていない詳細は、直ぐに別のことを考えてしまうのは自然。集中できない原因と改善 をどうぞ。

 

感覚が鋭いと人の話が頭に入っても残りにくい

認識フォーカスが自分に向いている状態は、相手の話す内容も自分なりの捉え方、認識方法になります。

認識そのものに集中している訳ではなく、あるものに集中します。

感覚です。

音として耳から情報を入れますが、聴覚以外にも人それぞれに五感の何を使うかが変わります。

例えば、私は耳も多用しますが、鼻がメインです。

鼻で人の話を聞く訳ではないのですが、鼻で他からの情報を頭に入れます。

ピッグがブヒブヒとトリュフの声を探すみたいなイメージです。

癖になっているので、「この人は何を伝えたいのかな?どんな雰囲気かな?どんな状態かな?」などの情報を、話を聞きながらクンクンして頭に入れ込みます。

これが目(視覚)の人は多いと思います。耳ばかり使う人は、都会や人混みでは頭が痛くなったり、音を聞き過ぎてパニックになることもあります。

感覚主体で感覚が鋭い人ほど、感覚で頭に入れる情報量が多くなり、人の話が頭に入りやすい特徴があります。

ただ、問題は情報が入っても、頭に残して理解する必要があることです。

「人の話」なので感覚で理解しても、意味や伝えたい内容そのものがわかりません。

そこで使用するのが脳の情報処理

情報処理ラインへ感覚でゲットした音、におい、見た目、雰囲気などを送ります。

アマゾンの巨大倉庫をイメージされてみてください。

商品がたくさんあり、整理しておかないと好きな時に出せません。この商品がとにかく多いのが感覚が鋭い人。

人の話は頭に入りやすいですが、一方で荷物パンパン。処理が追い付かないと情報を吐き出す癖を作ります

 

感覚主体で認識フォーカスが自分になると、情報処理に癖がつく

「感覚主体+認識フォーカスが自分」

これら二つが合わさると、人の話からの情報量がとにかく多くなります

私は小学校の時にこれが顕著でして、情報処理が追い付かずに授業中に頭がおかしくなり、鉛筆で耳を思いっ切りぶっ刺して、血を出して倒れたことがあります。こわやこわや。

おそらく本来はこうならないように自己防衛を稼働させ、情報量を減らす工夫を脳がするのだと思います。

あくまで一つの鬼人例ですが、情報取得量が多い人は、物事を理解する際に人一倍脳機能を必要とし、足りないと少年Aのようにプーと倒れかねません。

感覚主体だと五感がある以上自然に情報が入ってくるので、自己防衛として事前にフィルターするのではなく、キャッチした情報を吐き出すように流します。

無意識に耳や鼻からテクテクと情報さん達は出て行きます。さよなら、さよなら、またね、さようなら~。

一斉に情報を出して対処する人もおり、楽観的で物事を気にしない性格になったりします。

人それぞれに情報処理の流す癖がつき、テキトーに話を聞いたり、なんとなくで誤魔化したり、その場の雰囲気やノリで調子を合わせたり。

「いざ、処理処理処理!もっとだ、追いついてないぞ、早く理解するんだ、全てを理解するんだ、さぁ行け!」としてはなりません。

私は追い込み型でプーと倒れましたが、この経験によって自己防衛機能が学習し、その後は授業を聞いた時の頭に残る残らないがはっきりしました。同時に情報処理能力が効率的になり、脳内に余裕ができて人の話を聞いている時に別のことを考えるのが増えました。

 

心の余裕がないと人の話を理解し難くなる

認識フォーカスが自分から外れないと人の話を理解し難くなることには、心の余裕が大きく関わると考えられます。

心の余裕には肉体も脳も心身コンディションが関わり、精神的、経済的、肉体的、社会的な抵抗があると、自然と余裕がなくなります。

ストレスが多め、睡眠不足、食生活不備、健康管理不全、運動不足、お金なし、仕事が微妙など、抵抗が多ければ多いほど、「自分のことを考えなければ、自分を何とかしなければ、コントロールしなければ」と認識を他にする余裕はなくなります。

抵抗が多い状態で人の話を聞いたり、心の余裕がなくなるような緊張や不安を感じるシチュエーションでは、人の話が頭に入らなくなり、理解し難くなります。

※人の話が入らないと起きる問題は、【言った言わない問題の解決法】家族・夫婦・友達間争いは疲れる をどうぞ。

 

人の話が頭に入らない原因 まとめ

これまでの内容を一旦まとめます。

人の話が頭に入らない原因
  1. 自分への認識フォーカスが強い
  2. 自意識(自己愛)が強く、他が主観にならない
  3. 感覚主体で常に自分が主体で主観
  4. 感覚が鋭くて情報量が多過ぎる
  5. 自己防衛による情報流し癖
  6. 情報流し過ぎによる脳内余裕(他のことを考える)
  7. 心の余裕がなく、認識フォーカスが自分から外れない

ポイントは、「他からの情報をどれほど・どのように認識しているか」でして、自分へのフォーカスが強いことに、心の余裕が関わるという考え方です。

人の話を聞く際に、認識が他へ向くと傾聴力のあるさまになります。

他へ向かわずとも頭の中にある自分の教科書を基に理解しようとすれば、傾聴力はありませんが思考力や理解力があるとわかります。

自己防衛で情報処理している前提が既にある場合には、思考力や理解力以上に、傾聴力(他への認識)が大切になります。

※話が合わない件は、誰とも話が合わないのは変人だから?改善は一言「饅頭普通に食わせてー」 をどうぞ。

 

人の話が頭に入らない洞察内容

ここまでおかしな内容も含めてお疲れさまでした。ここからは私の頭の中を覗いて、ご自身の脳内理解を深めていきましょう。

①脳内情報処理ライン:感覚優位で人の話が頭に入らない時

私は自分自身の脳内を観察する癖がありまして、人の話を聞いている時、聞いていない時、思考を止めた時、感覚主体の時など、区分けして洞察すると明確にわかることがあります。

人と話していて、「今宵の月は綺麗だねぇ」と言われた時、私の脳内はこうなります。

「KOYOINOTUKIWAKIREIDANE」

実際はアルファベットではないのですが、音で入ってきているので意味を理解していない状態です。

ここで認識を自分にフォーカスすると、音を聞いて、「コヨーテ餅つき、綺麗だねぇ」とインプット。

この時にリズムを脳が後付けすると始まります。

「Hey yo man,koyoinoコヨーテ,もちつきポンポン,きれいにきれいにもちつきポンポン,hey yo man,ズンズンチャカ,ズンズンチャカ」

はい、もう人の話は頭に入っていません。脳内ステージが始まっていますので、目の前で引き続き話していても、情報スルー。

「あ、ごめんごめん、beautiful nightだね」と、かろうじて脳内で処理した音からの意味付けとして、微妙に関連する言葉を出すのが限界です。なぜならばメインは脳内でガンガン歌っています。

この状態で明確にわかるのは、思考が働いていないこと。感覚優位で感じる動作に乗じています

瞑想によって思考をピタっと停止した状態ですと、この具合が強まり、ほぼノリと雰囲気のグルーブ会話になります。

一方、思考が働く場合もあります。

 

②脳内情報処理ライン:思考が散らばり人の話が頭に入らない

「コーンポタージュに入ってる小四角いパンみたいなやつ、クルトンって言うらしいよ」

「え、クルトン。別銀河からやってきた食品みたい、宇宙食かな」

このような会話をしている際、この後に相手が何を話しても私の脳内にインプットされた、「クルトン」なるワードは心を離してくれません。

認識フォーカスはがっちり自分です。

脳内がグルグルーっと稼働し始め、心の余裕はなくなって他者への認識なんて二の次三の次。

「クルトン」の映像を過去の記憶から絞り出そうと脳内を疾走する私は、中学生だったあの冬に飲んでいた粉のコーンポタージュを思い出し、二三個コロコロっと入っていたクルトンを映像として脳内スクリーンに映し、食べた時の触感、味覚、付随する記憶を呼び覚まします。

目の前では既にクルトンたる会話は戯言としてはるか前に流されており、「フワフワの犬が良いか、ツルツルの犬が良いか?」という話をしている。

「そうだね、クルトンが良いなぁ」と思わず口にしてしまった私は、人の話が頭に入っていない。

「え、クルトン?あー、さっきの話ね」と相手には心の余裕があるので、こちら側を認識してくれる。

しかし、私は脳内情報処理ラインで過去のクルトンを食べており、「これってクルトンなんだよ!」と元気よく自分が言っている記憶に辿り着く。

「まさかの知ってたー」と心で叫ぶが、時既に遅いの遅い。

「あはは、そうだね、うんうん」と全く別の会話を、理解していないのに聞いてる風で流す私。

「クルトンにしてやられた」

別のことを考えてしまうと人の話が頭に残らず、情報処理ラインでは相手の話を発端に過去の記憶へインしたので、認識フォーカスはどこまでも自分のみです。

さらに情報を流す癖が出て、聞いてる風で処理。情報は脳内にバンバン入ってきますが、耳から垂れ流しさようなら状態。情報を流しまくっているので脳内余裕ができて、思考は過去の記憶を基に散らばり、バリバリとポテチを食べた後の惨劇です。

※人の話が理解できない詳細は、人の話が理解できない原因はトリッキー【自分の理解スタイルがある】をどうぞ。

 

洞察結果:感覚+認識フォーカスが肝

私達の脳内は目まぐるしく動き続けています。

相手の話を聞いた時、音でインプットしてから意味に紐づけるか、音のまま感覚を味わうか、はたまた記憶へ向かうか。

意味に紐づける場合は認識が「他」。それ以外は認識が「自分」です。

意味を紐づける際に、他の情報から勉強して知識にした脳内教科書を引用する場合は認識が「他」。自らの経験情報を基に理解する場合は認識が「自分」です。

同じ自分の中でも、他から情報を得たか、自ら吸収したかが違い、どちらを使用するかによって自他への認識フォーカスは変わります。

人の話が頭に入りにくいのが自分の認識フォーカス、感覚や過去の記憶にアクセスする状態です。

認識が話している人へ向かわず、相手の立場、気持ち、目線で、相手の言うこと、伝えることを理解する基盤がなくなります。

すると相手の話を理解するために極端に集中する必要があり、謎に疲れてしまい、自分なりの認識方法を変えられず、辛く苦しくなります。

反対に、自分の認識を疎かにして他者ばかりを認識すると思い込みが多くなり、相手の話を理解しているようで全く別理解だったり、それに気づく暇なく、自覚する機会もなく、見直せず改善できなくなります。

「理解した風」は、「聞いてる風」以上に後戻りしにくいですが、理解した風にならないのが人の話が頭に入らない状態。対策や改善に繫げられます。

※考えすぎて話が入らない時は、考え事が止まらない時におすすめ│何も考えない方法はフォーカスのめり込み をどうぞ。

 

人の話が頭に入らない時の改善策

改善策は心の余裕を増やすことです

余裕が増える典型例は、リラックスできる人と話す時です。おそらく、普通に会話できていると思います。

世の中には心に余裕をもたらしてくれる人がいます。人を尊重して敬う人です。

そういう人と話す機会があればラッキーです。その時の自分と、人の話をあまり理解していない時の違いを見出してみてください。

違いにある不安や恐怖、認識傾向、心理状態、心の安息度合などを観察し、足りないものを知ると、何が不足しているかわかります。

 

心の余裕は人によって、自分によって変わる

例えば、小さな頃の私は人の話が頭に入らなかったのですが、これは明確に入れないようにしていた潜在意識が自己防衛としてありました。

若干スピリチュアルな理解になりますが、人のエゴ意識(我欲や他への執着、尊重とは真逆の在り方)を感じると、感覚感受での情報量が多い人は自然と情報処理ラインがアラーム警報発動、真っ赤っかです。

人の話を頭に残さないように耳からボタボタさせていましたが、おじいちゃんやおばあちゃんなど高齢者とは会話でき、いくらでも人の話を聞いて、さまざまなことを理解していました。

この違いは、明確に心の余裕有無でした。

相手や、いる状態、状況によって心の余裕は変わり、何より自分自身の在り方によって変わり、変えられます。

 

改善時の注意点

誰しも何かしら心に余裕がなくなる要因があり、過去の記憶、対人関係、苦手な人や物事、認めていない自分、執着や依存、煩悩に我欲、心の傷やトラウマなどもあります。

自らに内在する抵抗や拒否や反発がある場合、それらを許し、認めて、少しずつでも手放していくと、認識を自分に固執する必要がなくなります。

自分との向き合いが重要になり、抵抗を手放すためにも、情報処理の癖やライン工程、脳内工場の働きを知るように、取得した情報との関わり方を知るとご自身のためになります。

人の話を聞いて、音が入った時、まずはシェイクハンド。

「よく来たね、ここが我らの脳内情報処理ラインだよ」「今入った音、SABANOSHIOYAKINISURU?はどうやって変換しようか」

過去の記憶にアクセスすれば脳内がヨダレを垂らし、食欲も沸騰させてくれる。

しかし、疑問形だから自分へのフォーカスだけではなく相手のために答えよう。そしたら、相手の調理の手間も考えて、体調も良さそうだ、「うん、鯖にしよう」

人の話が聞けなくても無理に聞こうと頑張る必要はありません。必要だから情報を流したり、自己防衛の癖を作った過去があります。

これ以上に大切なのが、心の余裕です。

自己理解を深め、自らの内部を知り、抵抗を知り、少しずつ抵抗を手放していくと、物事は着々と進んでいきます。

まずはご自身に余裕を。

 

人の話が頭に入らない まとめ

感覚主体で情報量が多い人は、無意識の経験値獲得があります。

知らぬ間に頭を巡る活動経験を続けてきたため、脳内許容が広いと考えられます。

許容がありながら情報処理にて入ったものを流すと、より許容ができるので話を聞きながら別のことを考える余裕ができます。

脳内許容は人それぞれの感覚や自己防衛の情報流し癖との兼ね合いがあり、どのように許容が広いかは千差万別です。

個人能力の高まりへ繋がり、得意分野を思う存分伸ばすための許容として活用できます。

しかし、着目は心の余裕。個人能力は利点として、あとは自己理解を深めて自らへの抵抗を手放していくのが、人の話が頭に入らない時の改善策です。

入らないからには入らない意味がありますので、変化や成長のために使いましょう。

改善するためにも、心を開いてリラックスできる人、尊重して敬いを持って関わってくれる人がいれば重宝されてください。

もしいなくても、自ら人を尊重すると大切なことを知る関わりを作れます。

奇妙なお話だと思いますので、思い当たる事柄があればご参考にされてください。

ご自身の脳内処理ラインを知る手がかりとなれば幸いです。

それでは、人の話が頭に入らない原因と改善策についてを終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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