本当の自分

自分の感情がわからないのは契約に秘密│脳に居るもう一人の自分を知る

幾分か、月日を重ねることで忘れ行くものに、“感情”があります。

喜怒哀楽の喪失。何が喜びで、何が怒りで、何が哀しくて、何が楽しくて…。

感情がわからなくなることで、何が好きで、何がしたくて、何を求めて…、そういった欲求や真意がわからなくなることがあります。

いわゆる、自分のことがわからない状態。

私達人間の基本原理を振り返ってみると、自分の感情がわからないことが自分のためになっている理解があります。

なのでやめられない、わからないことを。

そんな根底を掘り下げ、私の経験からわかる範囲で、自分の感情がわからない詳細をお伝えします。

自分の感情がわからないことを見直す機会だと思う方は、ここで一休み。

自分の感情を知る方法が役立つことを願います。

自分の感情がわからない

自分の感情がわからないとは?

感情?気持ち?意見?認識?

自分の感情がわからないとは、感情を俯瞰的に見れていない、または感情との関わり方に距離を置いたことを意味します。

近過ぎて遠過ぎて。
近いと感情に飲み込まれ、遠いと脳に飲み込まれ。

脳があれば感情は作られます。
心があれば気持ちは作られます。

両者は全く別物ですが、感情や気持ちがあることで物事の行為における中身の色付けをします。

絵本を見た時と辞書を読んだ時の違いのように、感情や気持ちがあることで空間に絵具を塗るように行為の時間が別格の味わいになります。

「絵本楽しー、ケラケラケラ」と楽しい感情を感じます。
「辞書の素朴さハンパねー」と嬉しい感情を感じます。

「フーン、これが絵本ね。そして、これが辞書ね」と色なし、味気なし、絵本と辞書の違いは絵があるか、字が少ないか、特になし。
「私は絵と字を見た」という行為の一番外側の情報のみを捉えて終了、中身なし。

ここでさらに心の気持ちがあれば、絵本の絵や色、字や内容から絵本の世界と自分の世界を調合し、「自分に合っているか」「この世界に身を置きたいか」などの創造を起こし、“心地良いか否か”が加わります。

 

自分の感情がわからないとは、行為の中身を作らない選択

感情がわからないのはポジティブなものだけではありません。

「辞書読んでいるとイライラするだけでなく、心地悪くて心臓が雑巾絞り状態だ」とネガティブな感情と気持ちによっても、行為に色付けされます。

良い悪いは人それぞれにしかありませんが、ポジティブでもネガティブでも感情や気持ちが加わることで行為の中身が多彩で豊富、味が付いてうまい、いやまずい。おもしろい、いや最高につまらない。

自分の感情がわからないとは、これらの感情や気持ちを加えない選択をしている状態です。

脳があれば感情は作られ、心があれば気持ちが生まれ、人間であれば両方持っていますが、持っていないと思い込むこともできますし、感情を感じても認識するかどうかは自由に選択できます。

そのため、感情がわからないとは選択しないことであり、絵本を見ても辞書を読んでも起きた現象のみの外枠があり中身がなくなります。

自分の感情がわからないとは、自らの行為の中身を作らないと選択すること。

 

自分の感情がわからないと起きること

感情がわからないと起きることがあります。

中身を作らない選択、これは喜怒哀楽を見なくし、心の気持ちを放り投げます。

するとさまざまなことが起きます。一覧をご覧ください。

自分の感情がわからないと起きること
  1. 好き嫌いがわからない
  2. 人を好きな理由がわからなくなる
  3. 敬いの気持ちがなくなる
  4. 誰かのために手作りのお弁当は作れない
  5. 自分のために生きることがなくなる
  6. 他からの評価やルールを基に当たり障りなく生きる
  7. 興味がなくなる
  8. やる気がなくなる
  9. 行動力や動力が衰退する
  10. 思考主体で心を見失う
  11. 誤魔化しの策を作り過ぎてもはや無意識の癖
  12. 自分がわからない

感情がわからないことで、物事の理由がわからなくなります。

自分の意見を持っていても、「どうしてそういう意見なの?」と聞かれるとわからない。

「この絵はどうですか?」と絵画の感想を求められて、「えぇ、スゴイですね」
「何がスゴイんですか?」
「えっ?なんかこう、とにかくスゴイっていうか、構図と独自性が…」と定型文に。

「この人と付き合っているけど何でだろ?」
「どこが好きなんだろ?」

「今日はどうして鯖の塩焼きを食べているんだ?」
「なんで夜19時に食べているんだ?」

物事の中身がわからず、考えれば考えるほどに答えがないことを痛感するため、誤魔化すように思考を使用します。

私は感情がわからなくなった時、自分の行為の中身をあえて作らないようにしているとは思いもしませんでしたが、ちょっと心当たりもありました。

しかし、認めたくない考えが強くあり、事実を曲げようと努力し続けました。

この状態、自分に正直ではありません。

自分の感情がわからないと、自分に嘘をついて誤魔化します。

この誤魔化しは激化し、自らをも騙し、真意をわからなくさせ、自らが感情を認識しないようにしていることも別の解釈に変えます。

あらゆる事実を曲げていき、思考過多なのに思考を多用していないようにも思い込みます。

すると、事実が事実ではなくなり、なかったことにもなります。縛りの多様化は縛りでもなくなる透明な紐。

人に興味がなくても興味があるとも思え、興味がないとも思え、どちらでもいいとも思え、なんでもいいとも思えます。

あらゆる誤魔化しが激しさを増し続け、頭が納得してくれるまで嘘をつき続けます。

自分がわからなくなります。

 

自分の感情がわからない理由

自分の感情がわからなくなる要因には、過去の生活環境や他者からの影響による押し付け、抑制、縛り、干渉、放任、私物化などが人それぞれにあります。

  • 自分の感情を押し殺し、欲しいものがあっても我慢する
  • 放任による愛の欠落を認めないために、反発心にて自分の感情をなくす
  • 人から褒められることがなく、自己肯定感を持てないことで他者の目を気にして自分がなくなる
  • 頑張り過ぎて気を使い過ぎて、全ての主観が自分ではなく他になる
  • ……

人それぞれに家庭環境や過去の記憶から構築された人間性や価値観にて、感情がわからなくなる理由があります。

そのため、誰しもが同じことに起因して感情がわからなくなるわけではなく、一人一人に人生があり、過去の記憶と歴史があり今があるので、一概に考えや答えは存在しません。

ですが、さまざまな過去の記憶を基にしても、自分の感情がわからなくなる経過には共通した点があります。

脳の思考に支配されることです。

 

思考に支配されると行為の自覚がなくなる

思考のコントロール下に入ることで心は邪魔になり、初めにポイッとされます。

行為や思考の中身となる気持ちがあると、“自分”という存在を支配できないので捨てます。

次に感情が邪魔です。

感情は思考と同じ脳、本能や過去の価値観、衝撃や衝動でも自然と作られ、思考によっても作られるので心のように切り離しが容易ではありません。

ポイッと気楽にゴミ箱へ投げることはできず。しかし、感情がまるでないかのように思考にて誤魔化しができます。

それが、感情を行為の中身に加えない選択をさせます。

言い方を変えると、自分の感情があるにもかかわらず、感情を見ないようにすること。

思考に支配されると、自分の感情を見ないようにしている自覚がなくなります。

自覚がなくなれば、感情をあえて無視するのではなく、「わからない」と思うようになります。

ですが、私達人間はそうそう簡単に自分を乗っ取らせません。

変な霊なんかも、そうそう簡単に憑りつけません。

が、一つ方法があります。抜け穴。

弱みに付け込むことです。

 

弱みに付け込まれると、納得した上で自分の感情をわからなくする

私が完全にそうだったのですが、自分の感情をわからなくすることに納得させられます。

同意の上で感情喪失、「喜怒哀楽は見ない」という契約が起きます。

方法は、感情がわからない方が自分にとって都合が良いと思える利益(蜜と私は読んでます)にすること。

自分の感情がわからないことで、恐怖が緩和され、苦痛がなく、危険が減るという、思考が味わえる蜜を用意します。

それらは、自分を見なくて済む、事実を真正面から認めなくていい、他者から否定されない、煩わしい他の目や反応を気にしないでいい、見たくないことを見ないで済む蜜。

恐怖のある苦痛を嫌がる弱みに付け込まれることで、高額な壺を納得して買わされるようにされます、自らの思考によって。

それを自己防衛とも言います。

自らが傷つかないために護る、本能も含まれた恐怖回避の意識を掴み、「自分を護れるのであれば」と納得して契約書にサイン。

条件は、自分の感情を行為(行動や思考)の中身に加えないこと=感情は見ない選択。

行為の外枠だけであれば、他者から否定されることも評価に翻弄されて苦しむこともなくなります。

誰もが必要ないとは言えないものを盾にして、当たり障りなく生きられるイメージです。

 

契約によって“自分の感情がわからない”という行為になる

自己防衛を弱みとして掴まれることで、“自分の感情がわからない”という行為をあえてします。

自己防衛用の大きな盾に意識が向き、契約内容である“自分の感情は行為の中身に加えない”という行為だけして意識が向きません。

私達人間は利益があればそちらに意識を持って満足や納得を得ようとします。

すると、感情をわからなくする行為は無意識の潜在意識、言い方を変えると長期記憶として自覚がなくなり恒常化、癖になります。

この状態になれば思考は安泰。王の座にてワインを飲んでいればいいと。

一発ぶん殴りにいきましょう、と言うのは冗談ですが、潜在意識は意識できない領域なので、契約をなんとかしないと自然で当たり前の行為に定着してしまいます。

ここまでの内容にて、思い当たらなければこの内容は見当違いのことをお伝えしています。
思い当たる方は、ここから詳細を深めていきますので、この先を読み進めてみてください。

※自分がわからなくなる話は、本当の自分がわからない時のより大切な話│一つの彷徨いは無限への始まり をご覧ください。

本当の自分がわからない時のより大切な話│一つの彷徨いは無限への始まり“本当の自分がわからない”と思うことには、ある大きな意味があります。 今の自分を否定していることです。 故意の自己否定か、無...

 

自分の感情がわからない時の対処法

自分の感情を知る方法

感情や気持ちは常にあります。特に感情には自然と湧き出るものもあるので、気付くか気付かないかです。

初めに感情です。その後に自分の意志が見えることで心が見えてきて“気持ち”の認知が伴いますが、それが必要か否かは人それぞれです。

まずは感情、それだけを考えて話を進めていきます。

自分の感情を知るためには、行為の中身を自ら色付けする意志が必要です。

言わば、自分に興味を持つこと。

しかし、感情がわからない状態では興味を持つことは困難で、無理矢理に好きなことを探しても思考過多であることから、「何が好きなんだろう?」と考えてしまい、思考の支配下では振り出しに戻されます。

なんというかこれはゲームです。私が経験した際にはいろいろと試みましたが、あらゆる行為は空回り、もはや遠回りで振り出しに戻される人生ゲームのようでした。

そのため、ここでの内容を自覚することが最も大切です。

思い当たらなければ自覚はできないので、思い当たるか否かが重要です。少しでも、「なんかそんな気がする」と思えばOKです。あとは自覚してください。

ちょっと嫌だと思いますけど、頑張ってください。自分のためです。
「私は思考に支配されている」と。

支配されているのは、納得しているからです。
自己防衛を優先した事実、それは物事の中身を彩るという自分を見出す行為以上に、自分を否定されて価値を見出せなくなる恐怖がないことを優先しました。

人から嫌われることを避けるために、嫌われも好かれもしない方を選びました。
自分を正直に知りたくないために、自分を見ないし無視もしないことを選びました。

これを自覚します。

ここで着目したいことがあります。

自覚する際に、「そんな私はダメだよな」「自分を避けるなんて弱いよな」などと自らを否定する場合は思考の支配の表れです。
支配下の印は額の刻印ではありません。思い込みと決め付けによる自己否定、拒否認識をすることです。

この支配の表れを自覚することが狙いです。

自分の感情を知るために、自らが感情を見ない選択をさせられている基である、思考の支配の特定が重要です。

 

自分の感情がわからない対処は支配の特定を楽しむこと

肉体感覚と感情のコンセプトにて大切なことはJoyfull、遊び楽しむことです。

「へへへ、出て来いよ」と。
「思考さん、出ておいで」と。

自分の感情を知ることは、ゲームのように頭を探索して支配の大元を見つけ出すことです。

これは完全なる自己探求、お風呂でできる遊び、もちろん本気です。

仕事はふざけても遊びは大真面目でやりましょう。

感情を探す必要はありません、常にあります。その感情を隠す自分がおり、その自分がコントロールされている自覚がこれまでの内容です。

あとは、コントロールしている基、紐で操っている大元探し。

どこだどこだ。

いた、いましたよ。

ここです。

※人の気持ちがわからない話は、人の気持ちがわからないのは当たり前│でも言われたからには意味がある をご覧ください。

人の気持ちがわからないのは当たり前│でも言われたからには意味がある人の気持ちがわからないのは当然であり、ごく自然なことです。 人の気持ちがわかる、わからない。そんなものは何だっていいのかもしれませ...

 

自分の感情がわからない大元

見つけました、全ての大元。

エゴです。

エゴとは、自分を他と区分けして見出そうとする意識。思考内に住むもう一人の自分。

あえて区分けして見出そうとするため、他者と自分を比較するように思考を多用します。

すると、他者の意見や反応、目や評価を気にし、自分がどう思われ、どう見られ、どう判断されるかを気にします。

見ている矛先が自分の中身ではなく外側になり、それが嫌で自己防衛を盾にそんな在り方をしなくなる。エゴに支配されることを約束に。

大切なことはエゴの特定が対処ではなく、エゴとの契約に納得した上で、自分の感情をわからなくする選択をしていることです。

そのため、自分の中に居る二人(エゴと支配される前の自分)を知る必要があります。

自分の感情をわからなくさせる選択をした自分はエゴではないため、自分の中に居る二人を特定することには時間がかかります。

少しややこしくなってきましたが、自分の感情をわからなくさせているのは支配される前の自分、エゴは支配後の自分です。

自分の感情を見ない選択は、潜在意識に入っているために癖のようになっています。

そのため、「これが癖だ」と気付くために自己分析や洞察が方法になります。

自己探求をするように理解する遊びの時間。自己を観察して分析する洞察。自らの意見と認識をもって自分の内側を知ることが必要です。

長年蓄積してきたものが、パパッとなかったかのようにはなりません。一つ一つ自分を理解するように内側を知ることが、感情がわからない大元を知り、大元に支配されていた自分を解き放つことに繋がります。

※エゴの詳細は、エゴが強いとはどんな感じ?│状態と特徴からわかる邪魔で大切な自分 をご覧ください。

エゴが強いとはどんな感じ?│状態と特徴からわかる邪魔で大切な自分「エゴが強いな」と。 これがどういう意味かは言った本人にしかわかりません。 なぜならば、エゴの解釈はいくつもあり、良いように...

 

自分の感情がわからない時の対処法

エゴと感情を見ない自分の理解を少しずつ進めながら、さらに自分の感情をわかるようにするおすすめの方法もありますので、最後にお伝えして終了します。

1、嘘をつくことに嘘をつかない

対処法の一つは嘘をつかないことです。

嘘をついても何も悪いことはありません。ですが、ついた時はついたことを認識して誤魔化さない=嘘をついたことに嘘をつくことをやめます。

嘘をついたら嘘をついたとそのままに認識。それは、自分に正直になることです。

エゴに支配されているとこれがとても心地悪くなります。それは心からの気持ちでして、アラームとして警報が起きると心地悪さを出して、自分との不調和を教えてくれます。

そんな具合に自分の観察を進められてください。

 

2、今を感じる時間を増やす

一日30分間、今だけを感じる時間を設けます。もっと長くてもいいのですが、自らに条件付けするように時間を設定して継続することが必須です。

今を感じるとは、今この瞬間にのみ体感感受できること=肉体感覚の五感、または感情感受です。

思考を使わない時間ということでもあります。

風を感じて( ゚ ρ ゚ )フワー、ボー。
コーヒー飲んでフワー、おいしい、まずい、なんじゃこりゃ、サイコーかと。

コーヒーの味覚を分析すれば、いっきに思考内の過去に行きます。もう今ではありません。

そんな自分を分析してみてください。味覚を思考で見出すと、過去との比較による評価だとわかります。

味覚をただ感じればどうなるか?
それを自らの体感にて理解することが自分の感情を知ることです。他者の意見なんて要りません。

 

3、目を瞑って呼吸を意識する

吸って吐いてを常に意識し続ける。これを1時間継続してみてください。

おそらくできないと思います。30分でも継続できれば今を感じる練習になりますが、思考が出てきて邪魔をする、気付くと意識していない、我慢できない、嫌になるなどのことが起きます。

その時には何かしらの感情が起きていますので観察します。

呼吸の意識を実際に1時間本気でやろうとするとわかるのですが、呼吸をすれば今を感じ、できなければできない気持ちによってやめようとします。

どちらにしても気持ちや感情があることの実感になります。

するとここでの内容の真実味が増して自覚が容易になります。何事も実際に経験することで中身が深まります。

それは既に行為の中身を色付けている状態です。そんな実体験を増やすことで一歩一歩、確実に物事は進んでいきます。

結局大事なのは自覚です。感情がないのではなくわからないようにしている自分を認めることです。

自覚するために、感情が常に自分の中にあることを実体験することがここでお伝えしている対処法のポイントです。

※感情から価値観がわからなくなることもあるので、自分の価値観を知ることの幅広さと真意│自分らしさの宝探しにルールあり をご覧ください。

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自分の感情がわからない まとめ

woman swimming underwater

自分の探求は奥深く続いていきます。頭だけでなく、私達には肉体があり、内臓があり、心があります。

内臓だけでも、心臓は脳の役割を持つとも言われます。腸は第二の脳?全部繋がっているの?潜在意識はどこまであるの?心って?

訳わかりません。

そんな内の一つが頭です。

わからないことだらけな私達人間ですが、一人一人に認識があり歴史があり記憶があるため、唯一理解を深められる存在が“自分自身”です。

自分を知る一つの材料となる感情がわからないことの理解、それは感情の仕組みを知る学術ではなく、自らを知り育むリアルであり、楽しみや喜びを知る宝探しです。

怒りや悲しみも大切、喜びも楽しみも大切、感情があることに意味があり、表現できることに意味があり、中身を彩ることに意味があります。

そんな意味とは、自分を知れることです。

知りたいと思わなければ知ることはできません。そのためにも自覚が第一、自覚のために意志、意志のために動機、動機のために興味、興味のために欲、欲のために動力、動力のために意味、意味のために体感、体感のために行動。

物事は実際に試して体感することで始まります。ここでの内容が参考になれば幸いです。

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サラリーマンだった人間がおかしくなる、とある森での変人化計画とその全貌。

一人での森生活、襲ってきた熊は忘れていた大事なことを思い出させ、そこで見つけたものはムニュムニュしていました。

一風変わった哲学書であり、森を舞台にした一人の元サラリーマンが自分を探し出す物語。

自分を見失い、人生に疑問を抱き、違和感を感じる時こそ、本当の自分という名のふざけた自分を見つけ出す変貌ストーリーが始まります。

忘れている大事なことを思い出し、自分らしく人生を生きるための経験と知恵を詰めた内容です。何か興味を感じた方は、ぜひ始まりの合図を受け取ってください。

 

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