人それぞれ

エゴが強いとはどんな感じ?│状態と特徴からわかる邪魔で大切な自分

「エゴが強いな」と。

これがどういう意味かは言った本人にしかわかりません。

なぜならば、エゴの解釈はいくつもあり、良いようにも悪いようにも捉えられるためです。

ここではエゴという自我意識から見える意味を基に、「エゴが強いとどうなるか?」をお伝えします。

すると、エゴが強いことには人それぞれに活用方法が見られ、エゴと共に生きる良い塩梅の共存が作られます。

エゴが強いのであればそれを自分のためにすることがお得かと思いますので、そんな理解を深める話をご覧ください。

エゴが強いとは

エゴとは

初めに“エゴとは何?”という認識を明確にしましょう。

「エゴが強いな君は」と言う人はあまり聞きませんが、英語ではエゴイズムやエゴイストという言葉があるために、エゴの意味は明確に定まっており、「You are egoist」と言われれば、「あなたは利己的な人ね」とはっきりしています。

しかし、エゴの基はラテン語の“ego”でして、その意味は“私”、“自我”というものです。

そのため、エゴとは利己的で自分勝手というような解釈もあれば、自我である“我”としての捉え方もあります。

エゴとは“自我”という語源であり、我を通そうとすることで英語の利己的、利己主義という派生した意味が見られることから、エゴという言葉の根底には“自我”という“我を持った在り方”を示す解釈ができます。

エゴの根底にある我を持った在り方があることで、自我意識とは別に己を認識する我が見えてきます。

なぜならば、自我意識とは自分を自分だと認識する意識ですので、自我を持っていないとは認識しません。そもそも認識すらしない(認識しているのが当たり前の状態)ということです。

ややこしい言い回しになっていますが、エゴがあることでわかる明確なことはこれです。

エゴとは自我意識である自分とは別に、自我を見出そうとする意識(在り方・認識)のことです。

※在り方や認識をするには自分という意識が必要ですので、エゴとは意識です。

言い方を変えると、自分の中に二人います。

自分の中の二人とは、自我意識と自我を見出そうとする意識(エゴ)。

 

エゴとは自分を他によって見出そうとする意識

自我意識とは既に自分を認識する意識ですので、「私は私」と理解しています。

にも拘らずわざわざ自我を見出そうとする意識がエゴです。

既に自我意識があることで自分を認識しています。己を認識することで存在することがわかっています。

ですが、エゴの意識は自我である“私は私”という認識をあえて、そしてさらに見出そうとします。

すると、見出すための対象が変わります。

  • 自分が自分を認識する自我意識・・・存在するだけで自然と自我を見出している
  • 自分を見出して認識するエゴ意識・・・自我を自分以外の他の存在にて見出そうとする

「もう既に自我は認識されているのに…なぜなんだ?」

自分を認識する材料が欲しい、認識して欲しい欲求があります。

 

エゴとは他によって自我を見出す

自分ではなく、他によって自我を見出します。

すると、他と比較したり区別したり、線引き・区分け・差別化・分類分けして、自分との違い、何が優れて、何が劣って、それは良いのか、悪いのか、正しいのか、間違っているのか。

あらゆる他の認識を当てはめて、思考して、計算して、ルール化します。

自分の名前がないと誰だかわからないので名札を付けて理解する、そして他者にも理解してもらうことができます。

他の目を気にかけ、反応を求め、評価を狙い、あらゆる己の認識の主が“他”になり、主人公が自分ではなくなります。

自分がどれほど美しいか、自我意識は何も評価も判断もしません。自分は自分です。

しかし、エゴがあることで他者と比べて、「私は美しい、これは世間から評価されて、認められて、価値も付くから良いことなの」と。

「私はブサイク、これは排他する人が意識の低さに気付き始め、認めてくれる人もいて、価値も付くから悪くない、でも昔はそうはいかなかった」と。

エゴによって他を使用してさまざまに認識して解釈して理解して己の存在を見出します。

自分で認めなければ他者に認めてもらえるように生きるのがエゴです。
自分を愛さなければ他者に愛してもらえれるように生きるのがエゴです。

承認欲求、自己肯定感、自己存在意義、自己価値、あらゆる自我を見出す欲を持ち、他によって自我を認識するのがエゴの意識です。

 

エゴは防衛意識であり、社会性のこと

エゴがあることで生きている意味を見出し、価値を見出し、存在する確証を得ます。

そもそも、自分で自分を認識している自我意識があるのに、どうして自我を見出す行為が必要なのでしょうか?

誰しもが名前なんてなくても、肩書なんてなくても、性別なんてなくても、顔を見たことがなくても、身体が大きかろうが小さかろうが、生きている基盤である自分を主観にして生きていました。

「出生登録?くそくらえ」とベイビーは常々言っているとかいないとか。

しかし、生育と共に自我意識が強く芽生え、「わしじゃわし」「我が我なり」と認識する意識が強くなり、自分を確立した幼少期頃に言われます。

「はい良くできました」
「うん、これは良くないよ、ダメ」

喜んでもらえれば嬉しくて、もっと喜んでもらおうとします。それは既にエゴです。
否定されれば心が痛くて、行動も思考も抑制されていきます。それは既にエゴです。

すると、自分主観だった毎日楽しく自分のやりたいように遊んで生きていた自由時間が終わり、他者を主観にして生きていくいばらの道に入ります。

修行とも言います。

良いことも悪いことも他に翻弄されます。一人で生きていく力がまだないから、従うしかありません。考える力がまだないから、従うことが当たり前になります。

出生登録によって受ける恩恵を感じ、成長ベイビーはこう言います。
「証明書ちゃんとあるよね?はー良かったー、これで安心して社会保障受けられる」と。

エゴは生きるためになければなりません。必須です。

「こらっ、人を箸で突っついたらダメでしょ」
「なんでー良いじゃん別にー、これが我なりー」

そのまま行けば社会不適合者となり、ベネズエラの牢獄で過ごす人生になります。

それでもよかったんです。ですが、教育制度があり、良い悪いを決められ、法律があり規律があり、他者と共存する環境で生きている以上、必ず人との関わりがあります。

そこで、エゴがなければ他者と協調することも話し合うこともできなくなります。

会社に行って、部長におはようございますと朝市のコーヒーを頭に思いっきりぶっかける。
「ケラケラケラ、毎朝の恒例なんすよ、俺の」

もう、働けません。

エゴは自分を護り、社会で他者と共存する上で大切な社会性のことでもあります。

社会性はあらゆる他と他、歴史と歴史、過去と過去の積み重ねである人の関わりによって作られます。

他者も踏まえて共存環境を作るためのルールや仕組みは、常に他者と比較して区分けして見出されるエゴです。

良いとか悪いとかではなく、エゴは共存環境を作る基盤になり、自らを社会性に準じさせることでの防衛意識でもあります。

※エゴについての詳細は、エゴの意味とはスピリチュアルな契約|エゴがない人が教える活用方法 をご覧ください。

エゴの意味とはスピリチュアルな契約|エゴがない人が教える活用方法私達は常に二人の自分を持ち、使い分けたり、使われたりと共存や利用の関係性を持ちます。 そんな二人の内の一人をエゴと言います。 ...

 

エゴとは向上意識であり自分を認識するための陰の理解

社会性と言ってもお話しているのは今の社会性ですので、これからの社会性がエゴかどうかは私達一人一人の意識次第です。

社会性に準ずることで、社会不適合者、障害者、疾患、病気、変人、奇人、美人、ブサイク、正解、間違いなどの定義が作られます。

それらは、“普通ではない”、“健常ではない”という比較や区分けによって作るエゴです。

社会性に準ずるかどうかは個人の自由ですので、防衛意識が必要かどうかは人それぞれです。

突然山にこもる場合にはエゴは必要なく、生存意識である自我に準じて生きることもできます。

どんな顔でも他者と比較せずに自分は美人だと思っていれば、そこにエゴはありません。その場合には自分が認識するだけですので美人だろうが何だろうがどうでもよくなりますが。

ほとんどの方がそうだと思いますが、社会環境で生きる選択をする場合には、エゴによって他を主観にすることで元々居たはずの自分を忘れてしまいます。

それがエゴの大切さです。

自分を見失うことは自分を向上と成長させる機会作りになります。

それは陰と陽のようで、エゴが陰として、エゴを知ることで陽を知ることができます。

冬を知るから夏を知り、泥をかけられるから泥をかけ返す、というのは冗談で。泥をかけられるから泥のない綺麗な状態を知り、大切に想い、季節を敬い、感謝するように。辛いことがあるから幸せになろうと思い行動できるように。

元々自分で自分を認識している自我意識は常に自分を尊重し、拒否や認めないという認識のない完全なる受け入れをする意識です。言い方を変えると自分を敬う愛です。

エゴによって他に従い、否定を恐れ、文句を言い、非難を恐れ、集団に飲まれ、排他を恐れ、集団を嫌い、あえて個を主張しと、さまざまに他の存在を基準に自分を作ります。

そこに主体性と敬いはなく、喜びは快楽追及や刺激による脳内の満たしと納得。それは既に心を忘れた自分以外の何か、エゴです。

ですが、愛もエゴも共に自分であることに変わりありません。エゴを知ることで愛を知り、愛を知ることでエゴを知ることができます。

それは陰と陽の陰を知ることで陽を知る向上への道を求め、陰と陽を知って自分を理解することを表します。

※エゴの大切さは、自分らしいの本当の意味とは│らしさなんて存在しないエゴの大切さ をご覧ください。

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エゴが強い

エゴの知識を基に、エゴが強いことに関する良い面と悪い面を共に見ていきたいと思います。

エゴが強いとはどんな状態?

エゴとは何かをまとめると見えやすくなるので、こちらをご覧ください。

エゴとは
  • 他と区別することで自我を見出す意識
  • 自分を認識するために他(他者や社会性や常識)に準じて従う意識
  • 他からの否定を恐れて他に従う意識
  • 他を主観にして反応や評価を気にする意識
  • 社会環境にて自分を護る防衛意識
  • 自分を見失う基
  • 向上や成長を促す動機の基

エゴが強いとは、上記の内容が強まることです。

エゴが強いとは
  • 他と区別することで自我を見出す意識が強い
  • 自分を認識するために他に準じて従う意識が強い
  • 他からの否定を恐れて他に従う意識が強い
  • 他を主観にして反応や評価を気にして求める意識が強い
  • 社会環境にて自分を護る防衛意識が強い
  • 自分を見失っている感が強い
  • 向上や成長を促す動機の基を強く持つ

あらゆる自分を見出そうとする意識が強く、自分を護ろうとする意識が強いです。

恐怖を恐れてルールに従いまくり、他者を主観にして目や反応や評価を気にしまくります。

社会性への順応が強く、常識やルールに従いまくります。

エゴが強いことで自分を見失っていようがそんな自分を自分として認識して平常化、気にならなくなります。

動力が強く、向上心や野心を持ち、名誉や権力、または欲求や肯定欲を強く持ち、これまでの生き方を覆すように行動的になります。

それは、社会性に従ったり、常識に反したことをあえて求めたり。好きなことをしていない社会性があればあえて好きなように生きたりと、社会性を完全なる基盤にします。

何もかもの意志と動力が強い特徴があり、野心や熱量が強いです。

 

エゴが強いと自我が強いの違い

エゴが強いことは、自我が強いとは違います。

  • エゴが強いとは自我を見出す意識が強いこと
  • 自我が強いとは自分を自分だと認識する意識が強いこと

エゴの大きな特徴は、生きようとする力が強いことです。

何が何でも生きようとします。死んでしまっては、これまでしてきたことの意味がありませんので、自分を正当化するためにもそれだけは何とか拒みたいものです。

エゴによって他が主観になるので、他の意見や社会性などを中心に、それに賛同するか否定するかという両極端に分かれるのがエゴが強い特徴でして、人それぞれの性格や人間性によって分かれます。

ですが人間性には共通として、自分の存在を強く認識したい心理が作られ、誰もいないところで静かにスローライフなんてことはしません。

常に人前に出て、目立つことをして、ボランティアでも社会貢献でも何でも、とにかく名前を残し、業績を残し、結果を残します。

それらの記録が満足と納得の基となるのがエゴが強い人の大きな特徴です。

 

自我が強い人はとにかく自分を貫く

自我が強い人はエゴが強い人とは全く違い、共通点を探すことが困難です。

「これが私!」という認識が強いので、それを曲げることがなく、曲げる必要があると思ってもいません。

しかしそれは、自分勝手やわがままにはなり得ません(エゴが強い人はなります)。

ただ自分を貫くだけです。

「ねぇねぇ、こっちの旅行先の方が良くない?」
「うん、良いんじゃない。でも私はこっちに行く!」ボンッ、ズドンッと一突き。あなたは耐えられますか?という具合です。

エゴが強いと、「そっちも良いけど、そっちに行けばどんな喜びがあるの?納得できるの?私は?」です。

「私は大丈夫?私は喜べる?私は納得できる?」と自我を強く見出せる材料を求めるのがエゴですが、自我が強い人はそんなことを気にしません。

「自分がどう思うか、どう感じるか、どう想うかが全ての主体であり、他は主観にはならず己がこの世の主人公。なぜならば私の人生だから。タタンタンタン」と、明確な口滑りはまるで落語家です。

他に迷惑はかけず、自分の人生は自分のものだとわかっている人。別の旅行先に行きたければ行けばいい、ただあなたは私に干渉して強制することはできない、と。

利用されることがないのが自我が強い人です。こんな人は恐怖を感じません。意志が強いので、みんな結局付いて行ったりします。

一人でも何にも気にしない。もはや孤独を楽しむ余裕すら。あぁ最強か、この人は。誰も何も言えないのは、それを良きとはからえ強さとたしなむ。あぁリーダーよ、付いていきますリーダーよ、と。

集団はダメです、NG。きついですね。
「早く出世して」というタイプです。

※エゴが強い人の改善話は、我が強いとはスピリチュアル?│我の意味を知るとわかる特徴と改善 をご覧ください。

我が強いとはスピリチュアルな悟り?我の意味を知るとわかる特徴と改善我が強いと言われる人がいます。 わがまま?自分勝手?共存下手?自己主張が強い? 少し違います。 我が強い人は自我が強い...

 

エゴが強い人の特徴

最後にエゴが強い人の特徴をいくつかお伝えして終了します。

エゴが強い人はとてもわかりやすい人間性を持ちますので、これまでの話を基に傍から見ていると直ぐわかると思います。

そんな特徴はこちらです。

エゴが強い人の特徴
  1. 自分が見られている他者認識はあるが、他者目線の認識がない
  2. 会話ができず、一方通行になる
  3. 納得や満足のために人を利用する
  4. 自分の顔をいくつか持つ
  5. 野心に燃えたぎり意志が強い
  6. 一瞬でポキッと意志が折れたりする
  7. 恐怖に弱く、否定されることをとにかく恐れる
  8. 行動力がある
  9. 人の否定、批判が多く、蔑み馬鹿にする
  10. 一人では生きられず、どこかで繋がりを求める
  11. 思考力があり計算が早い
  12. 既存の組み合わせが上手だが創造性が乏しい

特徴の詳細を見ていきましょう。

 

エゴが強い人は他者をわかったように思い込む癖がある

エゴが強い人の大きな特徴は、他者目線の認識がないことです。

そのため、会話をする際に自分がどう思われているかという目線での話はできるのですが思い込みになり、実際に他者がどのように思っているかの目線を持たないので、相互交流ではなく一方通行になります。

隣の人がふと空を見た時に、「雲綺麗だよね」と言うが、「えっ、そうだね、はは(急に雲?私は目の前の蜘蛛の巣を見ているのに)」となっていたりします。

 

人を利用するために偽りと演技にて自分を使い分ける

常に主観が自分の利益なので、満足と納得を求め、嫌なことや我慢は利益がなければしません。

それは、主観が自分ではなく他者であり、他者によって見出される利益を中心に物事を考える特徴となり、人を利用したり依存や執着する傾向があります。

ですが、その工作に気付かれることで、人が離れたり否定される可能性があるために、その際には別人のようになり、自分の顔をいくつか使い分ける人もいます。

自らを理解していないので嘘や偽りを多用することが容易で、それによって人を利用できる経験をして味をしめることで演技が加速していきます。

 

エゴが強い人は意志が弱いけど強い

恐怖への恐れが強く、否定されることを嫌がり、とにかく恐怖を味わわないようにします。

エゴを強くする過程での苦しみや過酷さを経験していることから、野心に燃えて動力源として野望と欲望と反骨心を持ちます。

そのため、社会性を利用して自分の価値を高める行動が強く、そのために優越感を求めたり劣等感にて存在意義を見出そうとします。

意志が強いことで行動動機が作られるのですが、恐怖に対する意志の弱さが明確にあります。

しかし、実際に意志はとても強い基盤があり、そのために欲望を強く持ち、野望や熱量を高めて物事に挑む動力となります。

恐怖への対峙が苦手なだけで、本当は一人でも生きられ、孤独も許容できますが、どこかで恐怖が垣間見えることで独りを寂しがり、人に依存し、意志が折れ、他者を否定や批判することで自我を見出して己の価値を認識して対処します。

 

思考力と計算力が高く頭が良い

エゴが強い人は、これまでの生活環境とエゴの増長環境にて、常に頭を使用して生きてきました。

そのため、考える力が強く、過去の記憶との照合や組み合わせがとても上手です。

一から何かを創る創造性は乏しいですが、さまざまな他の情報を駆使してプログラミングやデザインをするように、既存の物に工夫を加え、新しい価値を社会性の統計から見出すのが得意です。

とても頭が良く、社会への順応度が高いために、頭の良さも他者と比べたものとなり、統計で見出される占いのように生きます。

そのように、良い面も悪い面も人それぞれに持っているエゴが強い人の特徴です。

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エゴが強い まとめ

エゴが強いことで何が起きるのか?

「辛い、苦しい」です。

ですが、その状態で生きることは困難であり、これまでの経験と記憶の組み合わせ能力によって対処を考えながら、生きる力強さを持つエゴが強い人です。

行動動機となる欲望を強く持つ経験があり、エゴが強くなるだけの辛さと苦しみを味わっていることで、どんな行動でも人を利用してもいつか自分を自分で認識するための助力に繋がります。

陰を強めることは、陰を理解した時に意味がわかります。

エゴが強いことはエゴの反対を知るきっかけとなり機会となり、エゴを理解して知った時に自分を敬い愛する時間が始まります。

エゴがあることで、少しでも嫌なことを言われると拒否してしまいます。そのためエゴが強いとエゴを自覚して認めることが難しく、現状の自分を認めて認識する自我意識そのものを思い出すことが大切になります。

自我意識は生きている以上必ずありますので、如何に恐怖と対峙して己を知るかが全ての鍵となり、これまでの時間の終わりであり新しい時間の始まりを鳴らします。

エゴは本当に生きる上では大切なものなので、ここに良い悪いの概念はありませんが、社会的に判断すると、「最悪やん!」と。

しかし、エゴが強いことは愛を強める材料ですので、どれだけ悪く言われようが思おうが、いつの日かエゴが強くて本当に良かったと思える日がやってくると思います。

それは私の経験からも断言できます。大切なことは恐怖を知り、恐怖に怯える自分を見つめる勇気と意志です。

エゴが強いことに必ず意味がありますので、エゴをたくさん持てることを活用してご自身のためにここでの内容を読んでいただければ幸いです。

それではエゴをガンガンにしたエゴが強い話を終了します。

最後までありがとうございました。

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