変人とは

普通じゃない人ならではの意味と生き方│新しい世界を見せる創造者

自分を確立した前提での常識と、生まれもった変人的人格と、環境から育まれる変態的な性格があります。

普通じゃない人とは何者でしょうか?

忍者のような謎めいた人か、けだものかバケモノか、カラフルキノコ的なアンタッチャブルな人か。

実は普通じゃない人とは常識人かもしれません。

普通じゃないことは順序立てるように生き方に変化が伴い、最終的には楽しく生きる時間が完成されます。

普通じゃない人の特徴と、普通じゃない人に適した生き方をご案内して、変人になることを躊躇している方や、変人として羽ばたきたい方に役立つことを願います。

それでは、普通じゃない人のキノコ的特徴と、つむじの中にある五感変換スイッチを切り替えていきましょう。

普通じゃない人とは

普通じゃない人の特徴

初めに、普通じゃない人を表現するには、特徴を見出すことで説明することができますので、いくつか特徴をあげていきます。

1、普通ではない地球外生命体

「関わってはいけない毒キノコ」

大きくまとめるとこのような人でして、“普通ではない”とか、“関わってはならない”というのが普通じゃない人を表すキーワードです。

それは“一般的ではないので大衆者や大多数には理解がされにくい”という意味なのですが、実は普通じゃない人はメチャクチャたくさんいます。

普通の人とか、変人になりたいと願う人達がいることで、「私達と同じじゃない」ということから、普通じゃないという概念が誕生します。

「おかしい」「奇妙だ」「みんなと同じではないなんて変だ」「同じことができないのはダメだ」と否定や批判をする人がいなければなれませんので、普通の人ばかりがいる環境があることで、普通ではない地球外生命体としての毒キノコになります。

 

2、人生の主観として主人公は自分だと理解している

普通じゃない人は自覚がないことがほとんどです。

その理由は、周囲に、「奇妙だ」「キノコだ」「白赤斑点だ」と言われても気にならないし、耳に入ってこないからです。

それは他者の反応を一切気にしていないことであり、自分以外が自分の主観に成り得ないことを知っています。

「自分の人生は自分のものだ」という認識が明確にあるので、誰かに自分のことを言われても影響がなく、自分以外が主観になる概念がありません。

「あの人って、お煎餅買ってきて初めに3日間干すんですって、変な人ねぇ」と噂話が聞こえて、それが批判や文句だとしても、「あっ、どうしよう、批判されている、嫌だなぁ、怖いなぁ」と思うことがありません。

それは、他者への体裁や反応を気にかけて自分を偽ったり、人生の主観を自分ではなく、他の意見や常識などに切り替えないことで、その概念すらありません。

 

3、自分の喜びのために生きる

普通じゃない人は、「自分の人生は自分のもの」という認識をしているので、他に否定や批判や非難などをされても、「仲間外れにされるから自分を出さないで演技しよう」などの、自分を消し去るようなことをしません。

社会性のある中で人と共存する際には、自分を偽ることが多いと思いますが、常識として解釈すると、「自分の人生を自分として生きないとはどういうこと?」と思います。

人生を自分のものとして生きていることから、喜びを自分で作り、喜ぶことを求めます。

その際に、偽って他者に合わせて自分を抑制しません。

するとその頃、普通じゃない=みんなと同じじゃないというフィルター付き眼鏡フレームが巷では販売されて、普通の人に大人気とかなんとか。

 

4、自分を苦しめることをする意味が理解できない

自分を隠したり偽ったり、あるがままの自分を出さない意味がわかりません。

普通じゃない人の大きな特徴は、自分を苦しめることに対して、「理解できない」ことです。

理解したくてもできないんです。

何度考えても意味がわからないんです。なので、自分でそういった生き方はしないし、できません。

それでも無理矢理に生き方を変えると、おかしくなり、苦しくて辛くなります。

普通じゃない人の行動や生き方は、自分としてそのままのあるがままを貫きます。

以上が、普通じゃない人に目立った特徴です。

※普通じゃない人の人生の詳細は、普通じゃない人に辛さと喜びの人生│自分の意志が強いと弱くなる をご覧ください。

普通じゃない人に辛さと喜びの人生│自分の意志が強いと弱くなる「普通になりたいなぁ、フンフフーン♪」と枝をシュンシュンしながら歩いていました。 突然現れたのは、ヤベーやつか、怖い人か。いえ、普...

 

普通じゃない人とは

普通じゃない人の考え方や生き方を別の言い方にすると、“喜びを自ら作る認識をしている人”となります。

他者によって喜ばせてもらう、楽しませてもらうという概念がなく、「お金払うから私を喜ばせなさい」という概念が理解できません。

自分で生きていることは自分の責任であるからこそ、自分でご飯を食べて、自分で呼吸をして、自ら喜びを与えて生きる選択を常にしています。

そのため、自然なこととして自分で自分を喜ばせるものだと認識します。

普通じゃない人とは : 自分を持って、自分の人生を自分のものとして、自分で自分を喜ばせる人

「ほれ、飴玉あげるから、空気を心臓まで送り届けてくれるかい?」という解釈が初めからないので、他者によって喜びを与えてもらうと思っていません。

そこに、普通じゃない人の大きな特徴があり、みんなと違う在り方や人間性が目立ちます。

普通じゃないとは、みんなと同じではないことです。

普通じゃない人はそれが当たり前だと認識して、自分の人生を自分のために生きるので、自分を苦しめることをしません。

喜びを求めて自ら作る意識を持つので、自分を抑制して、生きづらく、ストレスを溜め、自分を消していくことの意味がわからず、「好きでもないことをする」「みんながしているから嫌々でもする」という謎の行為はしません。

それは、「熱湯に入れ」と言われているようなものであり、「自分を消しなさい」と言われているようなものなので、「えっ、どういう意味?馬鹿なの?」と純粋に疑問を抱きます。

そして、意味のわからないことを受け入れられないために、嫌々やり続けてもできないものはできません。

みんなができることができなかったりしますが、「だから何か?お団子でも食べますか?」いう話で、嫌々ではないことは普通の人よりもできたりします。

普通じゃないとは、みんなと同じ人間ではないことで、自分の解釈がないものはできないことで、物事に偽りや誤魔化しをしない意味でもあります。

 

普通じゃない人の意味

自分として生きて、自分で喜びを作って生み出しながら生きていくことが当たり前ではなくなり、自分として生きないで周囲の目を気にして、誰かに笑顔にしてもらうことが当たり前になり、みんなができることはできなければならない強制と思い込みと決め付けをして個々の意識がなくなることで、普通じゃない人が見出されます。

しかし、普通じゃない人は周囲の反応を気にしないので、普通の人が、「あの人普通なんだって、おかしいねぁ」「ほんとだねぇ、変じゃないんだ、ヒャハハハハ」と言われたら心はズタボロにされて、恐怖に苛まれて苦しくなってしまうので、どちらかと言えば普通じゃない人がいろいろ言われている方が好ましいですね。

普通じゃない人の主観はあくまで自分にあり、どう感じ、どう思い、どう認識するかが全てです。それが当たり前で、生きている意味や目的は誰かに言われるものではなく、自ら認識するものです。

そのため、普通じゃない人の意味とは“自分として生きている人の常識”であり、それは矛盾のない生き方をしている意味です。

 

自分にとって矛盾のない常識人

普通じゃない人は自分に嘘をつきません。

思っていることと実際の行動に差を作らないので、矛盾がなく、自分に真っ正直に生きます。

この世は一人一人が存在して、それぞれに世界を持ち、それぞれに認識があるので、一人一人意見や生き方が違います。

そこにもし、みんな同じことを言い始めたら驚きですし、生きている意味を見出すために忙しなくなり、攻撃的で排他的になり、集団を重んじて統一意識から抜け出すことができなくなります。

一人で生活できないからこそ共存をしているので、みんなと同じになることは共存の意味ではなく、一人で生きていくことができない恐怖への防衛です。

一人一人生きている環境も生活も時間の使い方も食べ物も違い、生活や人格に育った環境も関わる人も違い、体重も身長も体脂肪も血液の量もリンパ液も幸福ホルモンも顔も違います。

同じ人間がいるわけがなく、一人一人に自分の生き方や考え方があるはずです。

普通じゃない人の持つ矛盾がないとは、自分にとっての矛盾がない状態

在りたい姿と実際の行動の矛盾や、気持ちと頭の思考の矛盾など、言っていることとやっていることの違いからの矛盾がありません。

社会生活をする際には法律や規則などがあるので守ります。例えば会社で働く際は、会社のやり方や規律規則があるので従います。

しかし、働いていない実生活でも同じようにすると、「えっ?!今も課長気分なの?」となってしまいます。

自分のできないことを嫌々させ続けることは普通じゃない人には合いません。

※普通の人の詳細は、普通の人とは覚悟を決めた強い意思│類まれな努力を作る特徴と人間性 をご覧ください。

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普通じゃない人の生き方

普通じゃない人に適した生き方がありますので、ご覧ください。

普通じゃない人は自分の好きなことだけする

自分を主張したり押し付けるようなことはしません。

普通じゃない人は、普通の人との逸脱から生まれるキノコ的扱いですので、意味合いが幅広くなります。

そのため、勘違いされやすいのですが、普通じゃない人ではなく、“ヤバイ人”というのがいます。

普通じゃない人とヤバイ人は、チーズとポッキーくらい大きく異なり、普通じゃない人には攻撃性がない特徴があります。

ヤバイ人とは自分を完全に見失ってしまったパターンでして、自分を偽った人しかなれません。

その状態になると、“自分の存在価値を見出して満足するため”、そして、“存在意義を見失わないために他者を巻き込む生き方”をします。

言い方を変えると、承認欲求を求め、自己肯定をするために他者の存在なく生きられなくなります。

これはけっこう怖いですし、気に食わないことや自分が恐れることに触れる出来事や言動をされると、怒鳴ったり泣いたりしてエネルギーを取る攻撃をします。

逗子の海にたくさんいるビリビリクラゲみたいなもので、攻撃性が強く、触ってはいけません。

普通じゃない人は攻撃性がなく感謝に溢れているので、一緒にいると好まれます。

だいたい、普通じゃない人は自分の世界にいるので、変なことしか言いませんから放っておけばいいんです。

自分が喜ぶために変なことを言っていて、それで周囲の人が喜んでくれれば、それがさらに自分の喜びになるので浮かれているだけですから、放置でいいですよ。

そしたら消えますけどね。依存とかがないので、フラーっとその場から消えて、二度と会わなかったりします。

 

自分の好きなことだけをして生きる

普通じゃない人は自分の喜びを作って生み出すことに集中しているので、生き方がシンプルになります。

自分の好きなことをして、嫌なことなんて絶対にしません。

無理強いや押し付けの状況があれば忍者のようにシュッと消えます。

そして、渋谷のセンター街で、傘持って雨乞いダンスとか踊っています。

普通じゃない人の生き方は自分の喜びをより作りやすい環境作りです。

しかし、ヤバイ人ではないので、他者に迷惑をかけるような、他者がいないと自分の存在や行動の意味が成り立たないような非常識なことはしません。

※変人の基準の話があるので、変人と言われる場合の明確な捉え方|変わっている人には基準がある をご覧ください。

変人と言われる場合の明確な捉え方|変わっている人には基準がある変人と言われることは、良いことでも悪いことでもありません。 世の中、大半の人は変人です。 「ごはんは毎回右手に箸を持って、左...

 

普通じゃない人はルールに縛られない

普通じゃない人は糞真面目に生きることをしません。

糞真面目とは :
あきれるほど真面目で、融通がきかないこと。真面目すぎて面白味のないこと。また、そのさま。
※引用 コトバンク

糞真面目ではなく、自分を持って自己責任の基に、自分のペースで焦らずに気楽に喜びを生み出しながらの生き方をします。

ルールに縛られずに、「何が自分にとっての喜びか」の探求が中心にある生き方をするので、「ちょっとふざけているんですか」「えぇ、もちろん」みたいなことによくなります。

「今日もバリバリ働いてきます」と言いながら、お昼休みには仕事を切り上げて全く知らない場所で川をボケーっと眺めていたりしますので、「真面目になりなさい」と思われる状況なのですが、良く見てみるとやるべき仕事は終了していたり、社長に好かれていたり、なんかうまいことやっています。

それは矛盾がないからでして、わがままや自分勝手とは違うので、攻撃性や他者を利用して自分を満足させようというエゴがありません。

 

普通じゃない人が自分を見失うと矛盾だらけで辛くなる

普通じゃない人は自分にとっての矛盾がないのですが、その主体となる“自分”がフラフラして浮ついていると、矛盾だらけになり、辛く苦しい人生に成り代わります。

仕事をしていても、一生懸命やってできないことがあれば、それはもうできません。できないものはできないんです。

しかし、理解のない人に、「不真面目だ」「ちゃんとやらない」「努力が足りない」と言われ、傷つくことで無理矢理にさらに頑張り、余計に自分を苦しくします。

できないんですから、やらない方がいいです。それは背伸びをしている訳ではなく、居場所や生き方が自分に合っていません。

自分を明確に持って、意志と責任の基に喜びを作りながら自分の人生を生きることが普通じゃない人の意味であり人生ですので、周囲の意見や評価を気にしている状態では、自分が既にいなくなっています。

自分を明確にすることで、自分のできることだけをしたり、それを周囲に伝えたり、そういう環境を選んだりします。

自分を明確にすることは恐怖を抱えないので、周囲の意見を気にすることがなくなり、自分を持つことで周囲に理解をする人が表れてきます。

すると、何だかんだうまいこと行きます。それは、理解者の知られざる言動があったり、配慮があったりという、普通じゃない人と共存をしようとする素敵な人がいるためです。

攻撃性がないことは、心を主体にして人と本気で関わる意志があり、その人間性には芯があります。

その様をより明確にするために自分をはっきりさせることは、周囲の人を敬う本気の関わりを促し、理解者を増やし、より他者に感謝をする生き方にもなります。すると、さらに良きことが循環される仕組みとなり、引き寄せにて起きることが変わります。

 

普通じゃない人とは発信者

普通であることはいつまでもずっと普通です。普通の人が世の中のほとんどであれば、ほとんどの人と同じになるので、何をするのも普通、何か成果や結果を上げるのも普通です。

どれだけ頑張っても普通に良い感じですので、みんなの中で良い状態です。

それは、“みんな”という枠から出ない人生ということです。

普通じゃない人は、普通の人には理解できない枠に居るので枠がなく、可能性が無限にあります。

自ら行動をすることで可能性を広げることができ、千差万別、唯一無二の自分を持っていることで、自らの喜びやできることを発信することができます。

その際、普通じゃない人は普通の人との共存環境を活用することができ、それが、自分を確立して人と接することでの恩恵として、「許される」ことです。

 

何だかいろいろ許される

「あぁ、あの人は普通じゃないからしょうがないんだ」と、諦めと同時に許しを得ます。

これは自由な時間を与え、生きるのが辛かったとしても喜びになります。何しても許されますからね。

そして成熟していくと、自分を抑えていたことの意味がわからなくなり、少しずつ人それぞれに解放し始めるので、普通じゃない人であることが羨ましがられたりします。

どう思われようが何でもいいのですが、普通じゃないことが周囲に喜びを与えるようになり、いつしか影響を与えるようになります。

そして気付きます。普通じゃないとは何なのかに。

関わってはいけないキノピオだったのですが、食べてみたらとても面白くて興味深い世界にやってきたということでしょう。

 

変人とは喜びを与える気楽な発信者

  • 自らの好きなことが形となり、人を喜ばせて影響を与える人だと気付く
  • 自らの喜びが欲の矛先なので、名誉とか人脈とか評価は価値にならない

キノピオは気付くんです。
「あ、私の頭を食べて喜んでもらって、みんなで表彰台に上がれるようになればいいんだ」と。

普通じゃない人として生きていくことには大きな意味があります。

喜びや感謝を生み出すことは、パフォーマーや発信側の立場として人々に良き影響を与える意味があり、自分のためだけではありません。

もちろん自分のためだけでいいのですが、その喜びを周囲に与えることでみんなに喜んでもらって、喜びから嬉しさや感謝、そして愛と幸せを作り生み出すことができます。

こんなに素敵な人生はありません。普通じゃない人の生き方は最高です。

 

普通じゃない人は好かれる

自分を明確に持ち、我慢や忍耐をせずに自分の好きなことをしている様は、他との違いから嫌でも目立ちます。

喜びを求める積極的な生き様があり、攻撃性なく他を他として尊重することで、とっつきにくい感はありません。

喜びを探求する人間性や、好きなことをする姿、そして発信者として他者に影響を与えることから、好かれる要素を多く持つのが普通じゃない人です。

顔や外見は関係なく、独自性や人間性にある中身を見てもらい、好意を抱いてもらうこととなります。

 

普通じゃない人は天才かもしれない

普通じゃない人と天才には共通点が多く、同じように自分を確立して、自分の世界を認識して常識を作り、自分ルールの基に生きていきます。

そのため、非常にマイペースで、突然自分の世界に入り込み、出てこなくなります。

自分の喜びを求め、嫌なことはしませんし、衝動的に突然行動し、平和的で攻撃性なく、頭の回転も速いです。

天才も同様の特徴を持っているのですが、普通じゃない人と天才には大きな違いがあります。

それは、“字の汚さ度”です、というのは冗談で、“自分の確立度”です。

天才は普通じゃない人がより自分を見出せた時になる進化系で、完全に自分の世界に入り込んで生きます。

そのため、普通じゃない人との大きな違いとして、集中力の持続時間が違います。
天才は気付くと一週間とか経っていて、生存維持もままならないので周囲に助けてくれる人がいます。

集中力が保持されるのは、心を主体にして目の前のことしか見えない認識があり、楽しみと喜びのみのために生きているという、完全に確立した生きる目的が点としてあります。

普通じゃない人がより自分を解放していくと、天才になります。

生まれた時からの気質があるので、簡単になれることではありませんが、人間としての経験値にて成長と学びを向上させることで成し得ます。

ここで残念なお知らせですが、成長させるためにはエゴや恐怖を克服する過酷な状況が必要となり、普通じゃない人はご存じの通り、嫌なことや苦しいことは絶対にしません。

はい、この話は終了です。

ですが、天才にならずとも、普通じゃない人として生きることが生き方であり、天才と紙一重である特徴を持ちます。

※変人と天才は紙一重である内容は、変人と天才は度合いで生まれる|バロメーターは地球との順応度 をご覧ください。

変人と天才の違いは度合いで生まれる|バロメーターは地球との順応度変人と天才とは同じようにも違うようにも見えますが、明らかな違いがあります。 そこには、地球への順応度によって変人から天才へ変わる仕...

 

普通じゃない人の意味 まとめ

普通じゃない人は毒キノコかもしれませんが、悪いものかどうかは食べてみないとわからないと、キノピオは常々人々に語りかけます。

自分に矛盾なく生きることで物事の見方は変わります。ご飯を綺麗に食べる人の行儀を見て、「不思議な食べ方をするね」と思うか、「毎回同じようにしか食べないね」と思うか全く変わります。

ご飯をかきこんで食べるのと、口だけで茶碗にガツガツすることの違いはありません。敢えて言うならば、口だけの方がおいしく感じる違いでしょうか。

自分を知った上でのバランスが大切となり、普通じゃない人になることは楽しいことでもありますが、毒扱いは神秘と暗黒の両面を持ち、どの世界に行くかは全て自分の意志次第です。

私は暗黒へ向かいました。黒いキノピオは周囲に毒づき、黒いもやのような空気を吸排気して生き続けます。

それはまるで、自分で自分を苦しめるようにスーハースーハーします。

しかしある日、アンパンマンというアニメをテレビで見ます。

それはそれは衝撃の瞬間でした。
「自分の、ああ、あああ、ああああああ、頭を食べさせているうううう!!!」と。

試しに食べてみたんですね、自分の頭を黒ピオは。
すると、ブワワワーン、ジュンジュジュジュプリーンとディジュリドゥの音とプッチンプリンの後ろをカチッとした時の音がして、五感変換されます。

うわぁ、音が虹に乗って話している。

その虹は波動でした。みんなにはみんなの波動があって、一人一人違う世界を持っていることを知った時、黒ピオは自分の世界を見てしまいます。

そして、全てが一つの箱にブオォオオと猛烈な音と風を作りながら戻っていきます。それは受け入れていなかった自分の全ての過去の記憶でした。

小さな四角い箱に全てが収まり、開いてみると、ピカピカと輝いていました。そしてそこには、食べたはずの自分の頭の欠片があり、パズルのようにピースを頭に戻すと、フワンとくっつきます。

それは普通じゃない人として生きる始まりです。

みなさん、普通じゃない人であることは良いことしかありません。幸せしかありません。

普通じゃない人の意味は、自分を持ち、自分の年齢も忘れるほどに楽しく喜びを求めて生きる人で、自分の責任の基に気楽にへらへらしたり、ピロピロしたりして遊んでいる人です。

自らの喜びは自ら作ります。その際に普通じゃない人同士で共有すると、より楽しみが増えるかもしれません。一人でも楽しいかもしれません。何でもいいんです。

少し大変かもしれませんが、普通じゃない人生の環境があることは、自分にしか成し得ない機会です。

普通じゃないことの意味を知って、気楽になられることを願います。

それでは、普通じゃない人の正体は黄金キノピオだったけど激マズという話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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