生き方

【インドで気づく】他人はもちろん自分に期待しない生き方と心理

潜在意識を理解して、人生を自在に作る学びの場があります。
著名なメンタルセラピストとして知られる、西澤裕倖(にしざわひろゆき)先生による養成講座。
現状打破と今後の飛躍を求め、人生を変えたい方。心理セラピスト、カウンセラー、コーチング技術をより高めたい方はぜひご活用ください。

※あらゆる知恵の詳細。無料プレゼントのお受け取りはこちらからどうぞ。

気づけばイライラし、落ち込み、悩み、彷徨う。

私達は知らぬ間に何かに期待し、思い通りにならないと落胆し、裏切られた気持ちになり、憤り、ストレスを溜めていたりします。

期待には極端な良し悪しがあり、期待感が強まるほど現実から離れて落ちる、空想世界へのクレパスがあります。

他人はもとより、自分にも期待し、人生に期待する。

一旦全部やめてみませんか?

ここでは、他人はもちろん自分に期待しない生き方を知っていかれてください。

  • 他人や自分に期待する・期待しない心理とは?
  • 自分に期待する・期待しない体験談とは?
  • 自分に期待しない生き方をするには?

これらを紐解き、「無意識の受動的な人生をやめるってことなんだ」と知っていただく内容となっております。

期待する内情を知りながら、期待しない生き方を選択するための一つの考え方となれば幸いです。

自分に期待しない心理

他人や自分に期待する心理

期待とは
あることが実現するだろうと望みをかけて待ち受けること。当てにして心待ちにすること。
※コトバンク 引用

期待の手前に願望があり、期待の後に現実があります。

期待の立ち位置
  1. 願望
  2. 期待
  3. 現実

「何もない砂漠に水があったらいいな」と願望し、より現実的に水がありそうな、あってもいいような、あるべきだと思う時、期待します。

何もない空想(非現実)から徐々に現実味がモワモワ、すると出て来る期待。

非現実と現実の狭間にあるのが期待です。

 

他人に期待すると受動的な待ちになる

期待を他人にする場合、明確にある行為が起きます。

自分のコントロール外で起きる自分の現実を“待つ”

他人のことは他人にしかコントロールできず、自分では何もできないので受動的になります。

「あの人ならこの世を救ってくれる」

「ヒーロー、あとはよろしくね」と自らは行動しない動機を持ち、自らに起きる現実の責任がサラサラっと消える。

「あなたならできるよ!」

「だから頑張って、信じているからね」と相手を奮い立たせ、相手の動向次第で自らの陰陽、喜怒哀楽をもたらしてもらう“待ち”。

他者を支配して私物化する自己愛に基づく欲が加速し、「自分が満足する、納得する」ための他者依存が顕著に表れます。

他人がもたらす自らの人生の現実

これを受動的に待つと執着や依存が強くなり、無意識に自立を拒み、他責になり、思考や行動を自覚できず、現実を作って生きていく自分の人生が希薄化する可能性があります。

 

自分に期待すると良い悪いが極端

他人への期待は依存循環システムなので良い点が経済維持以外に見出しにくいですが、自分への期待は良い悪いが両方あります。

期待によって願望と現実の間を埋めるためにワクワクして待つことで、受動的ではなく能動的になります

「これだけ仕事しているから昇給できるぞ」

一生懸命行動した結果が来るのを楽しみに待つように、期待を使って自らの気持ちや在り方を創作し、現実が起きるまでの時間を自分の人生とする行為。

躍動やモチベーションになり、自らを奮い立たせる活力の見出しです。

しかし、期待は起きる現実に対して執着する可能性があります。

「これだけ頑張ったんだから昇給できるはずだ」

起きる現実が予測通りでないと、不納得を作る要因になってしまいます。

期待自体は待ち時間の工作や工夫であり活力を見出す方法ですが、起きる現実に執着すると一気に悪い方向へ向かいます。

執着せずに人生の創作として期待を使う場合には良い点になり、期待によって執着すると悪い点が出て来ます。

※期待しすぎる真面目心理は、【真面目に生きるのは至難の業】壊れる前に疲れをリリース をどうぞ。

 

自分に期待しない心理

他人への期待は言わずもがなですので、ここからのフォーカスは自分への期待に向けていきます。

自分への期待は良い悪いが変わると知っていただきました。

変わる理由は執着心です。

執着心によって願望が現実になるのを受動的に待ちながら、良い結果だけを認める未来制限、支配、自己愛の主張、恐怖回避心理が表れます。

全て認識の制限です。

 

認識の制限は完璧主義の花道

生きる世界に制限を作って狭めてしまうのが、自分に期待する作用。

完璧主義を無自覚に貫き、行いの始まり、過程、結果を含めずに捉え、良いことだけ認め、悪いことがあれば自らを見つめず、自己納得するための都合主義になる可能性があります。

仏教では行いに対して、

  • 善因善果(ぜんいんぜんか)
  • 悪因悪果(あくいんあっか)
  • 自因自果(じいんじか)

という言葉があります。
※因果応報を表す意、行為の応報
※善い結果があれば善い原因があり、悪い結果があれば悪い原因があり、自分の結果は自分に原因がある

自分への期待は現実を捉える以上に自己都合の捉え方になり、善因善果は認め、悪因悪果であれば認めない、または他因自果と決めて他者の責任にすることが起きます。

自因自果のないさまが膨らみ、気づかぬ内に現実を制限してしまい、「自分の人生を生きる」ではなく、「求めた良いことだけを認める」という心理になります。

これを全部やめちゃう。それが自分に期待しないことです。

 

自分に期待しない=現実は自分で作る

期待をやめると現実に対する制限が解放されます。

一切の制限なし世界で起きるのは、現実を自分で作ることです。

「なんだか疲れちゃいそう」と思えるかもしれませんが、実際にはかなり気楽です。

制限がなくなるとは追われない、強制的にしない意味です。

行動するのは結果が欲しいから。行動したくなければ行動しない行動をする、以上。

「ロリポップ欲しいから駄菓子屋に買いに行く、よし買ったぞ、ペロ」以上です。

買いに行く途中で、「やっぱやめよう」となってもOK。家に帰ってコーヒーでも飲む、道端の石でもボケーッと眺める、何をしてもいいんです。

自分次第で制限がない世界を作るのが、自分に期待しないことです。

 

自分を信じていない誤魔化しの手放し

自分に期待すると、「これは大丈夫、次はうまくいくよ」と奮い立たせ、自分を信じていると思えます。

しかし、潜在的には別のことが起きていたりします。

うまくいくと信じていないからこそ期待し、自分に期待すればするほど自分を信じていない無意識が拡大していきます。

行動制限ができ、期待している(信じている)認識を強めるためにも、「余計なことはしなくていい、期待しているんだから大丈夫」と行動を減らしやすく、決め付けが増えます。

「いける、成功する、良いことが起きる」と言い聞かせ、顕在的に自分を信じていると思い込み、潜在的に信じていない自分を見たくない欲求を納得させる、不安や恐怖逃避するための期待になります。

自分に期待しないことで、潜在領域で行われている誤魔化しや気づきにくい内部やり取りが撤廃されます。

信じていないと自覚しないように信じようとする欲求(完璧主義的怠惰)、恐怖を嫌がり向き合わない誤魔化し(自己愛主張)を手放すのが、自分に期待しないことです。

 

自分に期待する、期待しない体験談

これまでの内容がわかりやすくなればと思いますので、私自身の期待していた時と、期待しなくなった体験詳細をご覧ください。

自分に期待する生き方 inインド

インドを旅していた時、私は自分を期待して過信し、うぬぼれていました。

自己満足なので何も悪いことはなかったのですが、自分に期待すると認識を制限しながら、自己都合で納得するように世界を狭めて見ていました。

旅の継続にて資金がなくなっていながら、うぬぼれ者は期待によって危機感を持っていませんでした。

安宿を巡り、お寺に泊めていただき、瞑想施設でお世話になり、現地の出会った人々に助けてもらいます。

お金は徐々になくなっていき、「まずいな、働かないと」と思いながらも自分への期待が拭えず、「なんとかなる」と思い込みたい認識を信じようとします。

「仕事ない?くれ」とお店を訪ねますが本気で行動せず、数軒訪ねて終わり。

「みんな仕事欲しいのに、ヒンディー語も話せない私には無理か」と行動しているようで自分が納得する世界の制限内だと気づきません

インド人の慈悲や優しさにて恩恵を受けますが、最終的には自分を期待し続けて甘んじたつけがまわり、お金がほぼ底をつきます。

ここで私は自己都合の空想から抜けて現実を目の当たりにし、自分に期待するのをやめて期待しない生き方へ入ります。

 

自分に期待しない生き方の始まり

期待するのをやめると、真っ先に起きたのが行動です。

本当の意味での行動、自らが現実を作る行動です

デリーから少し離れた街にいた私は、デリーの国際空港までの電車賃を残し、インターネットカフェへ向かいます。

お金はありませんが優しいインド人からネット代をいただき、現状打破の作戦を練ります。

調べていると、当時のオーストラリアでのワーキングホリデーはビザが直ぐに取れるとわかり、直ぐに申請してクレジットカードで決済。同時にオーストラリアまでの航空券も決済。

始まりました。

日本の銀行口座には残金がありません。カード決済から引き落としまで約2ヵ月間の猶予。

オーストラリアへ行って直ぐに働き、お金を稼いで日本の口座へ送金、カード決済前までに全ての問題を片付ける。

「集中、さぁ!」という状況でした。

自分に期待しないとやることがシンプルに自分次第でした。

全ては自分が決め、行動するかしないかを選択し、行動しないならしない行動、するなら自らが望む現実を掴み取るために行動。期待している暇も意味もなくなりました。

 

自分に期待しないと重荷ゼロ inオーストラリア

到着しました。西オーストラリアはパース。

真夏で40℃を超える猛暑期でした。

空港に着き、インドの電車賃をケチって浮いた料金を両替すると15ドル残りました。

早速フィッシュアンドチップスを買い、3ドルくらい残りました。

自分に期待しないと何もかもが気楽です。困るなら食わない、困らないなら食べる。

困らないために行動するか否かは全てが自分次第だとわかっているので、私は食べます。パクパク喜んで食べました。

どこに行けば何があるかわからない私は空港にいた人々に聞き、ここから南下していくとファームがあると教えてもらい、少し離れた場所でヒッチハイク開始です。

何台もの車に乗せてもらい、家に泊めていただきながら二日後に目的の町に到着。

ファームでの仕事を探しながら宿泊場を巡りますが、後払い約束では宿泊を許されず、許してもらえてもワーホリの人が多い時期で満室ばかりでした。

自分に期待しない私にとって、行動を止める理由はありません。

とにかく訪ね回り、最終的には翌日からの仕事をゲットします。宿泊場がなかったのですが、行動し続けていたら町外れの宿のオーナーとたまたま出会い、宿泊が決まります。

結局、随分と余裕を持って送金ができ、問題解決で事なきを得ました。

現実を掴み取るために行動するので、願望を叶えるためにも謙虚な気持ちになり、我が我がと主張せず強い芯を持つ、そんな行動継続を自然とできる生き方でした。

この件で私は、自因自果(自らの行いは自らに原因があって結果がある)を身を持って体験し、自分に期待しない生き方を選択するようになりました。

※期待しないと幸せになる検証内容は、【検証結果】何も考えないと起きるのは幸せ│あることと引き換えに… をどうぞ。

 

自分に期待しない生き方

自分に期待しない生き方とは?

実際に期待する・期待しない生き方を味わってわかったのは、はっきりした違いです。

  • 期待する生き方は自己納得できる受動
  • 期待しない生き方は自己納得する能動

受動と言っても、自己納得できるように自発的な願望を持って期待するので、「受動的に生きている」と認識する人はあまりいないと思います。

「受動的だと思わないように、自らが納得できるように制限した世界」を味わい、自分を信じていないとは思わないように信じるので、世界が制限されているとは思いませんし、思わないための生き方が期待による受動です。

期待しない能動的生き方は、自己納得できるように生きるのではなく、自己納得するかしないかを自ら決めて作ります。

納得したければ行動して自分の現実を作ります。したくなければ流れるように見守ってもよく、起きるそのままを味わってもよく、何をしてもいい状態フリーです。

自分に期待しない生き方は認識フリーであり、状態フリー。

全ては自分次第で、「喜びたければ喜ぶ、そのために何する、こうしよう、いざっ」とシンプルです。

知らぬ間の制限も、気づかぬ内の完璧主義的強制も、見えない重荷もありません。

こんなに気楽なことはありません。

  • 自分に気を使うなんてしない
  • 怒りを鎮めるためにお菓子なんてあげない
  • 自分をコントロールなんてしない
  • 問題を他になすりつけるなんてしない
  • 責任を他に持たせるなんてしない
  • 見たくないものを誤魔化しなんてしない
  • 嫌なものは嫌だと言う、後悔なんかしない
  • 逃げたいものは逃げる、後ろめたくなんかならない
  • 人と関わりたくなければ関わらない
  • 人と調和したければ調和する

全部自分の問題。

自分に期待しない生き方とは、在り方・生き方・自分自身の責任を100%持ち、今の現実を認め、これからの現実を作ることです。

※期待せずに適当に生きる方法は、適当に生きる人生はいいもんで│できるか否かの生き方はお気楽と責任 をどうぞ。

 

自分に期待しない方法

言葉では簡単でも、実際に期待しないのは難しいですね。

自分に期待しないためには自立を要し、執着や依存心との向き合いが必ずあります。

期待しないと人との関わりがなくなるような、悲しさや孤独を感じます。

他者に執着していればいるほど、社会に期待して依存していればしているほど、認め難い気持ちを抱きます。

既に認識に制限がかかっている状態です。

期待しないと実際に起きるのは、執着や依存心を手放す自立です。

自立すると執着や依存し直すことも可能です。その時には自らを軸にした能動的な執着、執着したいからする自覚ありきのシンプルなものです。

執着とは時と場合によっては大切なものですので、好んでしていれば重荷や縛りではありません。

初めは難しいですが、進む道の先には気楽な自分次第の生き方が必ずあります。

 

ポイント:初めは期待を自分のために使う

執着や依存心は多少にかかわらず私達ほとんどが持っています。

そのため、いきなり自立して手放そうとするのは困難です。

自立するには「学び、知る」が重要になり、他のサポートや助けを含めて一歩一歩成長していく必要があります。

そこでおすすめしたいのは、「自分に期待してもいい、でも期待を自分のために使う」という方法です。

期待はとても活用的で、利点の多い工作道具のようなものです。

願望して現実がやってくる過程にあるのが期待ですので、自らに期待して待つのではなく、期待を使います

現実が起きるまでの待ち時間を、ワクワクした楽しいものに変える自己創作にします。

作る行為によって自因自果の理解が育まれ、受動は能動に切り替わり、期待に執着することでの悪い面が弱まります。

「あれだけ勉強したから、きっと資格取れるよ」と自らに期待する時、結果に執着する受動ではなく、結果を楽しんで待つのが能動です。

笑うから楽しい、楽しいから笑う。どっちでもいいんです。

重要なのは、「あなたはどうしたいの?」の答え。

「楽しみたいから笑う」のが期待を使う状態です。

初めは自分のために期待を使います。創作経験によって執着や依存心が薄れ、徐々に期待しないことが容易になっていきます。

その際に、自分に期待しない生き方を始められると良き塩梅だと思います。

※不真面目な生き方については、【真面目をやめる人体実験結果】不真面目に生きるとどうなるか?!をご覧ください。

 

自分に期待しない生き方 まとめ

期待とは不安と似ている空虚なものです。

知り合いのいない未知の場所へ行った時、不安を恐怖にするか、喜びにするかは選択。不安だからこそ何が起きるか楽しみにもなれます。

期待も同様に、自分次第で良い悪いが変わります。

受動的な待ちは怠惰欲のエゴ、知らぬ間に執着と依存を引出し、結果に執着して思い通りにいかないと憤り、落胆します。

悪因悪果。悪い結果があれば悪い原因があり、全ての問題は他ではなく自分を見つめるのが自立です。

自分を見つめなければならないのではなく、見つめると本人のためになり、人間的魅力、創造性の開拓になり、「それをしたければする」のが自分に期待しない生き方、全部自分次第です。

「なんでもいい、ようは自分の意志と気持ち」という気楽なスタンス、まるで脱力ラッパーは今日も奏でて踊って休んでドゥン。

イン踏んでインドで糞ではにかんでドゥン。

期待しないとどうしようもないこと言っても気楽。ということでインドバンザイ。重荷のなくなる制限フリーな生き方、お役立ちできる考え方となれば幸いです。

人生は気楽なものか過酷なものか。自分で決める人生なら気楽でもいいかもしれませんね。

それでは、自分に期待しない生き方のお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

自己理解を深めて悩みを解決する個別相談、心理セラピストになる養成講座。
全ての物語りは自分を知った後に始まります。
人生を創り、使命を得る機会。現状打破と今後の飛躍。人生を変える際にぜひご活用ください。

※あらゆる知恵の詳細。無料プレゼントのお受け取りはこちらからどうぞ。

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。