変人とは

普通の人生とは幸せと不幸せ|両方味わえるつまらなく羨ましい生き方

普通の人生には両面からの見方があり、良くも悪くも不思議な魅力を持つ生き方となります。

そのために、幸せと不幸せが混在し、つまらないと思われたり羨ましいと思われたりします。

普通の人生とは何なのでしょうか?

普通であることから良くも悪くもなり、中立的で真ん中を取った生き方は中身がないのか、あるのか。

普通の人生の意味を知ることで、普通であることの良さとつまらなさ、普通の人生であることの不幸と羨ましさを理解します。

そして、普通の人生を理解することで明確に見えるものがあります。

『自分の意志』です。

両面性を持つ普通の人生の意味、生きる方法、楽しさ、辛さ、望むべき人生であることと、難しいこと、そして、つまらなく幸せであること、さまざまな顔を持つ人生をお伝えします。

ぜひ、読み終わる際に見える自分の意志を確かめてみてください。

普通の人生、それは自分を教える人生の生き方です。

普通の人生とは

普通とは

普通の人生となる“普通”を認識していきましょう。

「何が普通なのか?」
曖昧なニュアンスかもしれません。

辞書で“普通”の意味を調べてみるとこのようになっています。

普通とは : 引用 コトバンク

特に変わっていないこと。ごくありふれたものであること。それがあたりまえであること。また、そのさま。「今回は普通以上の出来だ」「普通の勤め人」「朝は六時に起きるのが普通だ」「目つきが普通でない」

普通であることは、集団意識としての統一認識がなければ成し得ない概念です。
その為、“普通”だと認識するには、大多数が持つ同じ考え方が必要です。

それはお金と同じように、みんなが“それはそういうものなのだ”という考えや認識を持つことで、“普通”が作られます。

普通とは : みんなと同じこと

みんなと同じこととは統一意識であり、普通の人生の生き方を作るルールにもなります。

大多数がそうしているので、「それが当たり前」などと認識する思い込みが容易となります。

みんなと同じことをすることで、普通の人生を作っていきます。

そんな普通の人生とはどういうものでしょうか。

 

普通の人生とは

普通の人生とは、みんなと同じ人生という意味になりますが、一人一人に人生があるので同じ人生など存在しません。

そもそも人生とは何なのかを考えると、生きている時間であり、生きている空間であり、そこに自分がいることで人生が構成されます。

人生とは : 時間 + 空間 + 自分 = 人生

  • 時間とは → 生まれてから死ぬまでの持ち時間(タイムリミット)
  • 空間とは → 生きる環境(地球→日本→家→自分の居る空間→自分の生活環境)
  • 自分とは → 認識をする自我意識(肉体+脳+心)

= 人生とは、自分が死ぬまでの自分の居る環境を自分として生きる時間

“人生”とは、完全に自分のことのみを主体にした環境と空間と認識をする時間です。

自分が認識をすることで考え方や価値観を持ち、「あれが良いこれが悪い」などと言いながら物事を判断したり、喜んだり悲しんだりしていきます。

そんな人生を“みんなと同じ”にするのが普通の人生でして、その際に必ず必要になるのが、時間を普通にして、空間を普通にして、自分を普通にすることです。

全部をみんなと同じにするとは、「自分のものではなくする」ということです。

普通の人生とは : みんなの作る環境でみんなの認識としてみんなと生きる時間
※人生を自分のものとする保有認識をなくし、集団意識に属して統一的に生きる
※みんなの認識となる常識や社会のルールが、人生の構築材料となる

普通の人生、少し想像してみてください。

有名歌手の歌を聞いてライブ会場でみんなと同じように普通に踊って騒いで、ラップ会場でみんなと同じように普通に体を揺らして手を挙げて振る、普通の人生。

野球やサッカー観戦をして、みんなと同じように普通に声を出して、同じ文言で応援してはしゃぎ、ヤジを飛ばし、ビール掛けをして泣いて喜ぶ、普通の人生。

大衆文化の教育過程にて普通に学校にいき、普通に勉強をして、普通にテストを受けて、普通に給食を食べて、普通に卒業して、普通に進学や就職をして、普通に困らない程度のお金を稼ぎ、普通に保険を掛けて、普通に国から保障と安全をもらう、普通の人生。

普通に生きて、普通にご飯を食べて、普通に趣味を持ち、普通に娯楽を味わい、普通に就寝して、普通に好きな人ができて、普通に人に助けられ、普通に人を助ける、普通の人生です。

普通の人生とはこういうものです、どうでしょうか?

普通の人生を知ると、「良いなぁ」と、「嫌だなぁ」の両方があると思います。

それが普通の人生の神髄でして、自分なくみんなと同じことをしていくのですが、そこには完全に生かされる人生があるわけではなく、幸せも喜びもあります。

同時に、生かされている認識もあり、窮屈にも不幸にも、辛く苦しいものにもなります。

普通の人生に対しては、「羨ましい」と「つまらない」の見方があり、「幸せ」と「嫌だ」の見方が人それぞれに分かれる。
陰と陽、ネガティブとポジティブを併せ持つ生き方。

※普通の人とは何者か?の話は、普通の人とは覚悟を決めた強い意思│類まれな努力を作る特徴と人間性 をご覧ください。

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普通の人生にある幸せ

普通の人生の幸せ

人生には“時間”があります。

時間を自分の時間とするか、みんなの時間とするか、それはどちらもできません。

なぜならば、時間とはそもそも存在しないからです。

一人一人に時間感覚があり、時間の経過を体感としてみんな同じにすることはできません。

そのために時計を作り、共通認識をしますが、自分という存在をいくらみんなと同じ認識にしたとしても、体感や気持ちを同じにすることができず、できるのは脳の認識です。

そこに、普通の人生が幸せになる仕組みがあります。

それは、“みんなと同じ認識の活用”です。

あくまでみんなと同じ認識は自分の喜びのために活用することで、普通の人生においてみんなと同じであることが自分の利益となる場合には普通に従い、自分の利益にならなければ従わない。

それは、一瞬一瞬にある時間を自分にとって自然な形で生きることです。

みんなと同じになることで喜びを見出す活用をすることもあれば、自分を出して苦しみを味わわない喜びを見出すこともあります。

普通の人生が幸せになる理由 : みんなと同じ認識を自分の喜びのために活用する
※喜びがなければ自分の意見や認識を主張して普通にならない
※自分の喜びを尊重する時間の区分けにて、普通の人生を活用する

サッカー応援に熱狂して違和感なくルールに従っている時間と、ライブ会場で決まった踊りや動きで応援をする時間と、自分を出さずに社会で作られたレールの上を歩いている時間は同じです。

サッカーを応援していて、「レッツゴー、レッツゴー、タンタンタン」の時に一人だけ、「ほにゃらら、ほにゃらら、ピンピンプン」なんてことをしていると、人によっては喜びがありません。

普通の人生がみんなと同じだとしても、それは自分がないことにはならず、自らの意志にて普通の人生を活用することで幸せな人生になります。

 

普通の人生を幸せにするポイント

普通の人生とはある意味レールを準備されている状態です。
その上を歩いていると起きることは、「恐怖を抱かずに済む」という“安泰ゲット”です。

それが良いか悪いか、みんなと同じ認識であれば、「サイコー!」です。
なんせ怖くならずに済むのですから。

  • 普通の人生を自分なく生きることと、自分として生き方を活用するのでは、幸せも不幸せも分かれる。
  • 自分として生きながら、人生である空間の環境と自分である認識がみんなと同じになっても、時間は誰のものにもならず、自分の意志があれば自分として生きる自然な時間(誰のものでもなくみんなのものでもある)にすることができる。
  • 自然な時間にすることで、みんなと同じにするか自分の認識にするかは自分次第になり、喜びを求めた普通の人生の活用をすることで幸せな時間が作られる。

自分の認識と意見で作る人それぞれの人生でも同じで、自分として意志を持てば幸せになります。

※普通じゃない人の特徴と人生の話は、普通じゃない人に辛さと喜びの人生│自分の意志が強いと弱くなる をご覧ください。

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普通に生きたい理由

普通の人生を理解する上で大切なことは、普通に生きることをどうして目指すのか?に対する自分の意志と目的です。

どうして普通に生きたいのか?

そこには苦しみや、現状への変化を求める目的があり、現状打破として自分に納得がいかない不調和や違和感があり、普通に生きるべきである考え方がある場合、“普通に生きたい”と思います。

普通に生きることができない場合、それは、自閉症やアスペルガー症候群、ADHD(多動性症候群)、LD(学習障害)、ASD(自閉スペクトラム症)などの障害の可能性があり、または周囲から“変な人”と蔑まれる状況かもしれません。

私は完全に変な人として生きてきましたので、羨ましいと思う気持ちがわかりそうで、わかりません。

普通の人生は自分の意見をなくします。大切なことは認識であり、「みんなと同じは嫌だ」「みんなと同じが良い」と自分の意見を自分にも他にも押し付けることで、認識を狭めます。

実際、普通の人生で幸せに生きている人は、「みんなと同じ、はは別にいいじゃん」「みんなと同じなら最高?そんなこと考えたことないよ」などと気にしません。

普通の人生となる、みんなと同じを受け入れたいと思うかどうかは人それぞれに自由ですが、現状の自分を否定されたが故に、「普通が良いのではないか」と思う場合には、自分を尊重せず大切にしない意志が含まれ、自分よりも他人の意見を主体に自分を作ろうとする現実逃避かもしれません。

 

普通に生きたい人の真意

普通に生きたいと思う場合、現在の自分を愛していない、尊重していない状態があると思います。

普通の人生とは統一意識でありルールです。

ルールに準ずることで統一的に作られた生き方が築かれる基盤となり、普通に生きることで普通に仕事をして、普通に楽しんで、普通に苦しんで、普通にご飯を食べて、普通に幸せを感じ、普通に生きます。

普通に生きられない自分に対して苦しみを感じるのであれば、それは「普通に生きられない自分はダメ」「普通に生きることが正しい」という思い込みがあります。

普通に生きたいと思う場合には、自分を否定されることを恐れる自分がいるかもしれません。

過去に受けた心の傷があることで、恐怖を逃れて自己否定したり、自分の存在を認識するために他者と比較をする癖がついてしまいます。

普通の人生が誰しもに合っていることはありません。なんせ、みんなと同じで自分がなくなるのですから。

私なんかはそうですが、絶対に嫌です。

ですが、普通の人生に喜びを見出せる人はそれがその人にとっての素敵な人生で、大切な敬うべき在り方です。

※普通に生きる人については、どうして普通の人になりたいの?根底の原因は心の傷と生活環境をご覧ください。

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普通の人生は難しい

普通の人生が難しい理由

普通の人生とは、「普通に生きたいなぁ」と思ってなれるものではありません。

それはとても難しい生き方でして、普通の人生を謳歌するのは本当に極僅かです。

真ん中の真ん中であり、みんなの中のみんな、King of ordinaryが普通の人生でして、そこから人それぞれに調整して、「結構普通の人生」「だいぶ普通」などと自己解決の理解をします。

普通の人生が難しいのは、普通の人生を過ごすためには能力が必要となる理由があります。

普通の人生に必要な能力
  1. 忍耐力
  2. 脳の記憶力
  3. 脳の思考優位で心を使用しない
  4. 努力

普通に生きる場合には、みんなと同じである世間のルールに順じますので、仕事をする際の勤務量や給料の額、楽しみや苦しみの陰と陽の度合、幸不幸の度合など、大まかにですが決まっています。

お金を稼ぐ方法が決まっており、一生懸命に働く前提があり、嫌なことがありながらも、そこに対処法や幸せを見出す考え方を作り、一定の金額を得ることでの喜びも決まっています。

その為、「こういうものだから」「これが当たり前」という諦めや受け入れとなる忍耐力が必要となり、目の前にある状況から一生懸命に見出せるものを見出す献身的な姿が生まれます。

それは日本人の姿でもあり、海外の人が持つイメージかもしれません。

 

普通の人生には激しい忍耐がつきもの

ルールに従い守る従順性があるので、脳を主体にしてルールを記憶していきます。

記憶したルールを基準に自分の考えを作るので、それはルールの中で生まれる定型文のようになり、芸術作品を見た時の感想のように決まったものとなり、それも実は自分の考えではありません。

普通の人生が難しい理由は、忍耐力から生まれる献身性や従順性が必須であることです。

ルールの中でも切磋琢磨して、良いことも辛いことも経験しながら、一生懸命に生きる我慢強さや精神性を養う姿があります。

 

普通に生きる上での最難関

普通の人生を最も難しくさせる理由は、“脳の思考優位で心を使用しない”ことにあります。

普通の人生が難しい理由 : 心を使用しないで生きる
※自分の認識の源となる“心”、日本人の心を、消す

心を使用しないで生きることができますでしょうか?

私には到底無理な能力です。

自分という存在を認識する際には、考える基ではなく、感じる基が自分になります。

脳の思考にて考える際には、自分の意見ではなくとも誰かが言っていることや、本や有名人が言っていることを自分の意見のようにすることができますので、そこには自分はいません。

自分の意見を作る際には、経験をして肉体の感覚と脳の記憶を基に、心の気持ちを使用して完成されます。

沖縄のキレイな海とメキシコのキレイな海では、それぞれに何を感じ、何を想うかを体感して、心によって自分の意見が生まれます。

心を使用しない方法は、脳の記憶を使用する方法となり、沖縄には行ったことがないけれど、テレビの映像やタレントさん達の良さそうな感想から、「沖縄は良いよね」と自分の意見を作るようで、そこには自分が存在しません。

心を使用しないで生きることは中身のないことを口から発することであり、「自分がいません」と公言するようなことです。

塩ラーメンを食べた際にも、心ではなく脳を使用する方法であれば、過去の塩ラーメンと比較をしておいしいかどうかを評価・判断するので、食べているその時になにをどう感じるのかではなくなり、脳の思考の中で過去と今を行き来して、計算している状態となります。

  • 心を使用しない普通の人生は、脳の中で生きることとなり、目の前のことを感じるのではなく、過去と比較して脳内で計算をする思考巡りとなる。
  • 今この瞬間に目の前で起きていることを感じないことで自分の認識がなくなり、普通に生きることを容易にして、記憶力を高める。
  • 心を主体にして出来事や目の前のことに対してどう感じ、どう想うかを認識している場合には、普通の人生を歩むことは難しい。

心を主体にする際は、「嫌なものは嫌」「良いものは良い」という正直な自分がいます。

愛する人を目の前にした時の心が感じるドキドキやワクワクがあり、それを認識せずに、「目の前にいる人は顔が美しいから好き」「声が優しそうだから良い人」「腕時計が高級品だから愛している」と思います。

どうでしょうか、できますか?

できる人には何の問題もなく思います、「それ、グッチの時計、最高、I love you」と。

※普通の人生の難しさをまとめていますので、超能力的に難しい生き方。普通に生きるのは変人どころの騒ぎではない もご覧ください。

普通に生きるのは超能力的に難しい|変人どころの騒ぎではない生き方ここ日本に居る人々の能力の高さを物語る言葉が、「普通に生きる」です。 普通に生きることの“普通”とは、統計上最も多くの人が、「うん...

 

普通の人生の素晴らしさ

普通に生きることはとても難しいことですので、普通に生きる方法となる考え方や能力の理解が必要となり、その能力がなければ養い育む鍛錬の努力が必要となります。

ですが、理解と共に鍛錬を乗り越えた暁には、普通の人生が始まります。

普通の人生にはたくさんの喜びがあり、幸せがあります。

みんなと同じ大衆向けの意見を自分のものとして受け入れることで、ルールの中で切磋琢磨して生きる人生が導かれます。

自ら人生を作る意志がなければ誰しもが生きる意味を見失ってしまうので、普通の人生にある“みんなと同じ”を活用することがとても大切な認識となり、それが社会基盤ともなります。

その際には、一生懸命に努力をして我慢も必要ですが、辛いことの先には自分自身で良いことを作り出す思考が作られ、「仕事を頑張った後のビールは格別」という具合に幸せがもたらされます。

普通の人生には真面目さや献身性、従順性や一生懸命な姿に輝かしい姿が見られ、その代表例としてクレヨンしんちゃんの一家があると思います。

原作者の臼井さんは、普通であることの素晴らしさを物語り、過酷なことも辛いこともあり、家のローンも車のローンもありながら、仕事後には飲みに行き、みさえは買い物好きがこうじてバーゲンを漁り、なんだかんだお金を使いながら自分の欲求と収入のバランスを見て喜び、それを理由に喧嘩をして家族の団結としんちゃんの強さが作られ、さらにひまわりの自由さが作られ、シロはエサを貰えない時は路上パフォーマンスをして自分でエサを得る、そんな隠れた忍耐が作られます。

普通の人生はルールや大衆の意見によって自分の世界や生き方を作り、その中で切磋琢磨して一生懸命に生きることで、努力や忍耐、献身性や従順性を養う。
与えられた環境の中で喜びや辛さを味わうことで、人との共有や協調が生まれ、幸せを作る基盤となる。

普通の人生には喜びが溢れ、私達日本人に合った生き方かもしれません。

 

普通の人生をやめる

普通の人生はとても良い人生であるのですが難しいものがあり、一握りしか成し得ない現実があります。

難しさは、「本当に普通に生きたいのか?」に対する確固たる自分の意志と目的を持ち続けられるかどうかです。

普通ではないことは、普通の人々には理解が困難になります。
それは理解しようとする思考があり、物事を正しいか間違っているかのルールに納めようとする従順性があるためです。

実際には、自分の人生は自分の時間ですので、誰が何を言おうが出来事や現実を受け入れるかどうかの影響力は本人次第です。

普通の人生ではないことはみんなと同じではないことであり、それは“自分”という個の存在で生きることです。

みんなと同じであることを窮屈に感じる時、それは自分という個が心の中からムクムクと出てきて、隠し切れなくなることがあります。

すると、「普通の人生、や・め・た、へっ!!」と唾を吐くかの如く夕日を見ながら叫びます。

これは私の例ですが、普通の人生をやめる場合には、人が蟻に見えた瞬間かと思います。

それは悪い意味ではなく、そこに自分の居場所はないことへの気付きで、自分には合っていない生き方を理解したことです。

私は普通の人生を頑張って生きてきて、途中で気付いたことでブンッと放り投げてやめた人間です。

自分という存在がある以上、みんなと同じが嫌ならばやめればいいと思います。それは自分に合った環境を探すことであり、自分で環境を作ることでもあります。

普通の人生をやめるとは : 自分に合った環境ではないことへの気付き
※自分で環境を探すか作るかの次のステップに入るサインとして、普通の人生に嫌悪を感じる

自分を尊重し大切にするが故に、自分の心で何を感じ、どう想うかを主体に自分の考え方や生き方を作ります。

それは自分の世界を持って自分を認識していることであり、他者を排他したり攻撃したり、押し付けたり決め付けることの無駄を、無意識でも認識していることでもあります。

  • 普通の人生をやめることは、自分の存在を尊重して大切にしている姿。
  • 自由と個を基に、人を排他せず攻撃せずに生きる心の愛を持つ。
  • 全てに制限がないので、考え方や生き方が無限に作られ、人との共存や協調が無限大に生まれる。
  • 幸せの制限がないので、自分の意志の基にいくらでも幸せになることができる。

普通の人生も良いですが、普通の人生が合わない場合にはやめることに素晴らしいものがあります。

※不真面目な人生もいいもんですので、不真面目に生きるとどうなるか?!真面目をやめる人体実験結果 をご覧ください。

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普通の人生とは まとめ

普通の人生には、忍耐力、脳の記憶力、そして心を使用しない能力がありますが、普通の人生の難しさは心を使用しないことへの覚悟や意志であり、その根底には普通の人生をどう認識するかの考え方があります。

普通の人生には良きこともつまらないことも共にあります。

そんな普通の人生を知ることで見えるのは、“自分の意志”です。

生きる上で大切なことは自分の意志を持って選択をすることです。
自ら喜びを生み出し、幸せをもたらす考え方と生き方の認識に気付く人生には、“みんなと同じでない自分”がいて、“みんなと同じ自分”がいます。

どちらでも構わないことを普通の人生は教えてくれます。しかし、大切なことは、どちらでも受け入れることです。

人とは既に完成されたもので、自由に何事も決められる意志を持ちます。そのために、自分を消す心を使用しない方法が難しさを極めます。

意志が不確かで自分自身で把握できない場合には、人との共存や協調や助けがあり、それが社会環境でもあり、さまざまに活用する道があります。

普通の人生が教えてくれることは、制限を設けることで自分を見る材料とすることです。

自分の意見なく、自分を認識せずに生きることは生きる意味を見失いますので、その際には考え方や生き方の基盤を作ってもらうことで、その中で自分らしさを見出しながら一生懸命に生きることが可能となり、幸せを作ることができます。

生きる方法はいくらでもあり、それは個を尊重して敬う時に気付く自分の認識に答えがあります。

普通に生きられないことは、自分がないのではなく自分があるが故の結果です。

自分を消して普通の人生を受け入れるかどうかは、自分自身に再度確認してみてください。

どんな自分でも自分を認識できるのは本人のみです。
目の前の出来事や目の前の人をどう考え、感じ、想うかは自分にしかわかりません。

「どうして普通に生きたいのか?」に対する自分の意見と意志、そして目的をぜひ確認してみてください。

そんな機会となることを願います。

それでは、普通の人生についての話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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