心理

旅行に興味がなくなったのは大切?!旅行する意味を知ると気付く事実

旅行なんてものはつまらないものかもしれません。

海外を5年間周って気付いたことですが、旅でも旅行でもどっちでもいいけど、旅行に興味ないのは普通であることです。

旅行に興味がなければ行く必要はありません。
ましてや観光、そして海外旅行なんて無理無理、意味なし。

時間もお金も労力も思考体力も、心の拠り所もストレス発散も、価値観や人生観の変化も・・・ん?

「なんのために旅行するのか」と、旅行の意味を考えると、娯楽のためだけではなく成長や向上の時を自ら作っていることがわかります。

物事の見方を変えることで、旅行一つの意味や目的は急変します。

私自身旅行に興味はありませんが、旅行することにはたくさんの意味と目的があることを体感しているので、興味がないのもあるのも認識しています。

ここでは、旅行に興味ある人とない人の違い、そして興味がなくなった場合の理由を紐解きます。

そこには旅行する意味と興味を持った方が良いのかどうかの理解が判明しますので、ご覧ください。

旅行への興味と意味

旅行への興味

旅行に興味がない場合には、人それぞれに理由があります。

私が海外をグルグルしていた際に出会った人々は、そもそも海外旅行に興味ない人がたくさんいました。

海外にいるのに海外旅行に興味ないとは謎ですが、人それぞれに興味ではなく目的を持っていました。

興味とは物事やある対象に対して心惹かれたり、特別の関心を示すことです。

そのため、旅行に興味があるとは“自分以外の他によって自分に喜びを示す”ことを意味します。

言い方を変えると、他によって喜びを貰えそうだと思ったら興味を示します。

旅行への興味とは : 喜びと満足をお金と時間と労力を払うことで他からもらえることへの関心

※約束された喜びを貰えるスケジュール行為が旅行

旅行ですと旅やバックパッカーや放浪とは違い、観光や娯楽へのフォーカスが強いと思います。

仕事の休みに温泉旅行、有給消化で海外旅行など、普段の場所とは違う環境にて、自分の喜びや刺激を求めて満たされることに興味がある。

当たり前ですが、「喜びや満足や納得のため」です。

満足するためにわざわざ海外まで行って、ご飯を食べたり、買い物したり、景色を見たり、豪遊したり、刺激を求めます。

自分の喜びや満足や納得を、お金を払って足を運んで、時間をかけることでもたらすことに旅行の興味の基があります。

 

旅行に興味がある人

旅行の興味の基は自分の喜びや満足ですが、本当に人それぞれに喜びがあります。

みなさんが何のために旅行をしているのかを知ることで、旅行の見方を変えることができますので、旅行に興味がある人の内側を覗いてみましょう。

家でも普段の生活環境で求める喜びがありますが、旅行することで普段とは違う環境に変えることができます。

その環境の変化によって、さまざまな喜びが作られます。

旅行の喜びの一覧をご覧ください。

旅行の喜びとは
  • 刺激・・・普段と違う人、場所、食べ物などから新しい経験をする
  • 思考的な幸福・・・労力や価値を考えて付け足すことで喜びを作り、優越感を感じる
  • 現実逃避療法・・・ストレス発散や、脳内への休息としてのサプリメント効果
  • 健康促進・・・行動せざるを得ない状況にて活力的になる健康法
  • 成長と学び・・・自己能力向上となる経験や学びによって人間として意識を上げる

旅行に興味のある人のほとんどは、刺激、思考的な幸福、現実逃避療法を求めているのではないかと思います。

普段の生活に縛りやストレスを抱えている場合には現実逃避の意味がありますので、旅行は点滴の形を変えたものだと思ってください。

その場に行くことでの新鮮味やその場にしかないものを体感することでの経験は、普段の生活にネガティブな気持ちが強ければ強いほどに、刺激としての喜びをもたらします。

また、国内で遊びに行くことと同様に、誰かと遊ぶ感覚で一緒に旅行することもあり、それは旅行ではなくバーベキューと同じノリです。

旅行に興味のある人の価値観として、これらのことを知ると旅行の見方が少し広がるのではないかと思います。

 

旅行に興味がある人と目的がある人の違い

旅行の興味とは他を主観にして自分の利益を上げることです。

言い方が少し刺っぽいので変えると、他によって喜ばせてもらうことが約束された行為です。

「変わらず棘ー」と。

旅行であるかどうかは正直何でもいいんです。喜びを貰えることに興味があり、そこに休息として普段と違う場所、刺激として普段と違う人という普段とは違うことによる“喜び”にて満足と納得があることに旅行する意味があります。

マチュピチュに行っても写真取れればいいんです。行ったことが大切で、その結果によっても他者の反応で己の価値を見出すなどの利益もあります。

旅行とは良いとこ取りスタイルの旅ですので、何でもOK。

病院に行く代わりが旅行になり、フリスク10粒一基食いが旅行になり、東南アジアで金持ち顔をして優越感を感じるのが旅行であり、近所のインドカレー屋ではなくインドの本場カレーを食べることでの、「ここまで来ての本物は最高だぁ!」という喜び作りの思い出作りです。

実際に旅行でカレーを食べにインドに行く人が周囲にいるか確認してみてください。

その人達は、興味以上に目的を持っています。

旅行に興味があるか目的があるかは大きく旅行する意味が変わります。

興味とは他が主観ですが、目的があると自分が主観になります。

  • 興味とは他を主観にして、他の人や場所や環境から貰える喜び、または他者の反応や評価にて見出すため
  • 目的とは自分を主観にして、関わる人や場所や環境を変えることで自ら作り出す喜びのため

目的がある人は自ら喜びや満足や納得を見出すために、旅行という行為を活用します。

すると、旅行の喜びにある“成長と学び”による喜びを求めることができます。

 

旅行に興味がない人

旅行の喜びとは人それぞれの利益を求める姿ですので、家に居てまかなえることがほとんどです。

普段の生活や仕事に喜びがあれば、わざわざ海外旅行することに利益はありませんので旅行に興味がないのは当たり前かと思います。

私は海外を周っていましたが観光地に行くことはほとんどなく、自分の目的のために常に人と関わり、現地の生活をしていました。

たまに観光地を巡る際があり、それは同じように旅行している人たちと出会い、一緒に行くことで楽しいからでした。

個人的にはマチュピチュに行くことと、500ⅿほどの近所の丘みたいな山に登るのは同義です。

一人であれば観光地のマチュピチュに行くことは、私には喜びが見出せないので興味が湧きません。

人それぞれの喜びが違うので、旅行に喜びが見出せなければ旅行に興味がないのは当然のことであり、「カラオケにどうして複数で行かなければいけないのか?」という学生時代の悩みと同じ問いが、旅行に興味がないことに見出されます。

旅行に興味がない人とは、わざわざお金や時間や労力を払ってまで、他から喜びを貰うことに意味を見出せないということです。

旅行に興味がない人とは、

自ら喜びを作り出すことを優先する人、自立して自分に責任を持っている

※生きている主観を明確に持ち、他からではなく自ら喜びを作る人間性

言わば当たり前のことかもしれません。

自分で生きているので、自分で喜びを作る。

しかし、今の快楽追及主義のドーパミン時代、マッサージを受けに行くように、他が何もかもをもたらしてくれる認識が常識になります。

富士山の山頂でピクニックすることが観光にならないのは、他によって山頂まで運んでもらえないからです。

己の力と意志が必要なので、必ず“目的”が要るという具合で、旅行に興味を持つ必要もないと思います。

 

旅行に意味がないと思う場合

旅行に興味がないのは人間性によって明確な理由がありますが、旅行に意味がないと思う場合はまた違う人間性があります。

旅行とは良いとこどりスタイルの喜び追及行為です。そのため、これまでお伝えしたように、他を主観にする人もいれば、自分を主観にして目的を持つ人もいます。

目的を持って旅行する人は自分自身で喜びを見出す認識があり、その上で環境を変えて、お金や時間や労力を変えることでの利益を上げます。

それが、成長や向上の学びであり経験です。

地元に居ることと都内で一人暮らしすることが全く違うように、日本に居ることと海外へ行くことでは全く違う学びや経験があります。

そのため、旅行に興味がなくても目的を持って旅行をすることで、普段とは違う喜びを別の土地で味わうことができ、そこには旅行する意味があります。

そのため、旅行でもどういう認識で旅行するかによって、必ず意味があり、そこには必ず自分にとっての利益として経験や学びによる成長があります。

旅行に意味がないと思う場合は、旅行に目的を持つことで意味が見出される。

※観光に興味がない場合と、旅行時の暇な時間については、観光に興味ない。意外に暇な旅行と人生を喜びに変える考え をご覧ください。

観光に興味ない。実に暇な旅行から人生を喜びに変える考え方「旅行は暇」「観光に興味ない」「旅行、来たものの、結構ひまだな……」 そんな方、実は非常に多いと思います。 私自身、海外を旅して...

 

旅行に興味がなくなった理由

旅行に興味がなくなった

「以前はしていたけど、なんか旅行に興味がなくなった」「観光に興味がなくなった」

旅行に興味がない場合には、旅行が嫌いという嫌悪感が過去の出来事にあったのかもしれません。同時に、旅行の楽しみ方がわからないから興味がないと距離を置くのかもしれません。

しかし、旅行に興味がなくなった場合には全く別の理由があり、旅行を自分で体験している上で、ある気付きや変化があったことで興味がなくなる明確な訳があります。

旅行に興味がなくなったのは何が楽しいのかわからなくなったからであり、どこに自分の喜びがあるのかを見直した状態が考えられます。

言い方を変えると、元々していた旅行というのに自分の意志がなかったのかもしれません。

旅行に興味がなくなった理由 : 今は自分の意見と経験で物事を観ているから

※旅行に喜びはこれまであったが、それは現実逃避や環境変化にてありのままの自分が出せることだった

旅行や観光には明確な自分の利益を求める目的があるので、そこに他者の意見を自分のもののようにインプットすることで、歯車が噛み合わなくなります。

「ボリビアと言えばウユニ塩湖だよね」と誰かやテレビや雑誌が言っていたので行った場合には、思考的な幸福を頭で作らなければ、「ヘアニだかメヤニだか知らないけど、白いだけだがね」という感想を持ちます。

しかし、「ここまで来た労力たるや」「言語にも苦労して来た甲斐がある」「航空券高かったぁ、くぅ」などから思考しまくります。

頭グルグルと高速回転させて、「うわー、こんな景色見たことない」「地球の神秘世界だわ」「本当にここまで来てよかった、まるでこの世で一番美しい鏡だな」と涙を流すことさえできます。

曇っていても、「曇っているからこその景色が見れた、感動」となれば、I like positive thinkingです。

正直になってみてください。
雨上がりの太陽の日差しがどれほど美しいか、快晴の空に、満点の星、田んぼの草原は柔らかく波打ち、風が木々を通り葉と枝の揺れで奏でる音楽がそこいらにあります。

少しロマンティックなティックタックですが、日本にも近所のスーパーの裏にも同じような感動があります。

スーパーの裏とウユニ塩湖の違いは思考があるかないかです。

目の前のものから感じる体感と心の想いは、場所を問わずに同じように心豊かで心地良い気持ちをもたらす。

 

旅行に興味がなくなるのは意志への気付き

旅行に興味がなくなったのは、物事を自分の目で鼻で耳で口で体で感じて、自分の心からの想いを見出したからかもしれません。

お金や労力や時間を費やすことの意味は、思考でしか見出せないことを知ったからかもしれません。

環境を変えることで自分を見出してもらって、ありのままの自分として生きることと、自らの喜びを自ら考えて感じて認識して理解することで、ありのままの自分として生きることの喜びは天と地ほど違います。

現実逃避やストレス発散は病院に行って点滴をうってもらうようなものです。

環境を変えることで在りたいように自分が出せることはとても大切ですが、旅行に興味がなくなったことは、環境ではなく自分自身で自分を変えることができた人が感じる違和感です。

それは成長したという言い方になり、喜びを周囲からもらうのではなく自分で作るようになった変化であり、受信者で待っている人から発信者として影響を与える側になったことを意味します。

旅行に興味がなくなった理由 : 喜びを与えてもらう必要がなくなった

※自らの意志で生きていることを表す気持ちが、“旅行興味なくなった感”

旅行に興味がなくなったことは大切な意味があり、とても良いことだと思います。

旅をする人とは、自ら喜びを作る発信者となることを求めている人々です。そこに旅と旅行の違いがあり、人間としての成長、自分としての確立を求めることで、喜びの目的が娯楽とは変わります。

何が大切なことかは千差万別ですが、現状が常にベストです。
常に向上して成長しているのが人間ですので、今の考えは過去の集大成であり最高かと思います。

※旅をしたくなる時の話は、旅に出たくなるのは心からの合図。一人旅にスピリチュアルな喜びがある をご覧ください。

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旅行に興味を出す方法

旅行に興味がなくなった際には、自ら喜びを作り出す意志があるのであえて旅行に行く必要は一切ありません。

旅行の意味は自分の喜びであり満足の利益です。言い方を変えると、自分が納得できる時間が普段とは違う場所に行くことでもたらされるのが旅行です。

「お金払ってやってるんだから、ほれ、ぺちぺち」と札束をほっぺたにちらほらさせているのであれば、自分自身で楽しむための時間にする必要があります。

本当に旅行が好きで楽しんでいる人は、自分が心から喜べるから旅行しています。

それは、ウユニ塩湖に行くことが心からの喜びであり、自然を見ることが喜びで、自分の意見として楽しみを見出せる旅行があります。

それは、誰かに楽しませてもらうのではなく、自分の意志で自分の好きなことを旅行というスタイルを活用して行います。

旅行に興味を出す方法 : 自分の喜びのために旅行のスタイルを活用する

※普段とは違う環境だからこそ生まれる自分の喜びを求める

何が自分の喜びなのかは旅行することで理解していきます。

カラオケに集団で行かなくても、歌を歌いたければ一人で行きます。家の方が良ければ家、で壁を叩かれながら熱唱します。それは自ら喜びを見出そうとしているからです。

また、一人でなく友人や恋人や夫婦で旅行をすることで喜びの種類が変わり、自分を見出すことの喜びではなく、娯楽や癒しの時間として純粋に旅行することができます。

旅行には新しい自分を知るために行ったことのない場所へ行き、見たことない自分を体感する喜びがある。
自分を知ると旅行に興味がなくなるので、その後に目的を変えて娯楽のために旅行を活用することで楽しい時間になる。

普段は大人しい課長が、土曜の深夜3時に新宿二丁目にいるような開放感。えぇ、女装は旅行です。

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旅行に興味がなくなった まとめ

旅行に興味がなくなるのは自分を確立した合図で、旅行の目的を娯楽や癒しなどの楽しみの時間にシフトチェンジする時間です。

しかし、興味がなければないので、無理矢理に旅行する必要はありません。

旅行に興味がない、嫌いという場合には、旅行の楽しみを知らない可能性があり、これまでしていたものはおままごとか、思考ゲームか、優越感気取りか、点滴代わりかもしれませんので、ご自身の旅行をぜひしてみてください。

「えっ?!蟻の目線になって近所の神社の森を這いつくばって冒険旅行しないの?変な人だねぇ」なんて言われても大概の人は困ります。

人それぞれの旅行の目的である“自分の喜び”は千差万別です。

押し付けるものでも決めつけるものでもありませんので、旅行に興味がないのであればそのままで良いですし、本当の意味での旅行の良さを知ることで旅行に興味がある人になるかもしれません。

私は海外をグルグルして気付いたのですが、成長を求める旅行は海外でも国内でも、そして、それは旅行をせずとも普段の生活にて学べることでした。

旅行に興味がなくなったことは大切な意味があり、旅行の意味を知ることで旅行に興味がないかどうかの概念もなくなると思います。

ただシンプルに、旅行は自分の喜びのために活用する。

それでは、旅行の意味を自ら作って楽しまれてください。

旅行に興味がなくなったことの意味を知ることで、アクセントとしてのより楽しい時間が人生に追加されることを願い、旅行に興味がなくなった理由についての話を終了します。

最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

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