スピリチュアル

【キラキラな目の正体】目が綺麗な人のスピリチュアルは「欲と心」

キラキラ、サラサラ、メラメラ、ギラギラ。

さまざまな目に表れる擬音。綺麗さ、涼やかさ、光、闇、淀み、穢れを表します。

目が表す印象には良し悪しがあり、綺麗な目は人に癒しと心地良さを与えます。

目が綺麗な人とは一体何者なのでしょうか?

ここでは、綺麗な目に焦点を当てて、目が綺麗な人やキラキラしている人のスピリチュアルな理解をお伝えします。

  • 目が綺麗な人の特徴とは?
  • 目が綺麗でキラキラするのはなぜ?
  • サラサラ、メラメラ、ギラギラの目とは?
  • 目の綺麗さが表す意味とは?

目が表す霊性には人間の心の在り方があり、目の綺麗さの真意が判明します。

ご自身の目の理解を深め、より綺麗で美しい目となることで、眼(まなこ)を開く道を見出す一助となれば幸いです。

目が二つ、眼が一つ。人間って不思議、気管って不思議。そんな内容をお楽しみください。

目が綺麗な人のスピリチュアル

目が綺麗な人の特徴13選

初めに特徴を順番にご覧ください。

1,目がキラキラしている

外部光量と水分量と瞳孔開きの兼ね合いにてキラキラしているとは別に、目の内側から醸し出される綺麗さ、美しさ、純粋さがあります。

他者に心地良さを与える特徴で、ホワッと癒しを与えます。

 

2,目力がある

力強さを感じる目。恐怖を内包し、エネルギーが強い人です。

 

3,心を認知している

目が綺麗な人は心が綺麗な特徴があります。

心を基に自らの在り方や価値観や観念を作ります。

 

4,自尊と自信がある

心の認知は自尊心の認知を意味します。

自らを敬い尊重する意思と意志(覚悟)があり、自信を持つ特徴です。

 

5,自己受容する

自分を受け入れる特徴です。

自らが自らを迎え入れるスタンスがあり、喜んで自分であることを認識し、誇りにすら思う人もいます。

 

6,情緒があり感性豊か

心に忠実で誠実な特徴があり、情緒と感性を醸し出します。

自らが見て、感じて、考えて、想ったことを主体に意見・感受・知覚し、他の情報を主体にして何も考えないというさまがありません。

ロボットのように知識だけをインプットとは違い、自らの情報を主体に、他の情報も含めて認識を作ります。

 

7,自分を誤魔化さない

嘘をついても、嘘をついている自分に嘘をつかない特徴です。

偽りや猜疑心を持たない純粋な人です。

 

8,自分に誠実

在り方や姿勢や考え方など、あらゆる自分のさまは自分に見せて恥ずかしくない人です。

「嫌なものは嫌」「良いものは良い」「嫌だけど受け入れるものは喜んで受け入れる」「起きたことは起きた」と物事と自分の関わりに抵抗や邪魔を作らず、シンプルに理解する自然があります。

 

9,心の在り方に抵抗がない

自分自身に抵抗を作らず、心の在り方に真っ直ぐ向き合います。

心が満たされている幸せな人です。

 

10,感動しやすい

心の認知度が高いために影響を感じると心が触発してブルつき、共感や感情移入しやすく、よく感動します。

 

11,相手のことを理解しようとする思いやり

物事を有耶無耶にしない特徴があり、わからないとしても起きたことを自分なりに理解しようとします。

目の前で泣いている人がいれば、「どうすればいいか?」「相手は慰めて欲しいと思っているのか?」「放っておいて欲しいのか?」と、押し付けではなく相手側の立場で理解しようとする思いやりや配慮となる特徴です。

 

12,欲に忠実で純粋

欲に対して純粋にまっしぐら。

喜びへの道を進み、自らを満たし、目的を果たし、やる気を持ちと、動力と行動動機が多い特徴です。

 

13,第三の眼が開いている

脳内部位の松果体が縮こまっていない特徴です。

心と通じる心身状態があり、自らを肯定して受容して、洞察力が高く本質を見極め、ありのままに物事を認識する人です。

嘘も偽りも誤魔化しも通用せず、スピリチュアル能力を持つ人もおり、波動が高いです。

以上が、目が綺麗な人の特徴でした。

※心が綺麗な人の詳細は、【心が綺麗な人】心にこもると生きづらい│改善は人間の三位一体 をご覧ください。

 

目が綺麗な人とは心が満たされている人

目の綺麗なさまには人を魅了する雰囲気があります。

目は大切な気管の一つ、心を表す器官と言われ、目の力を表すことわざがありますので一部ご覧ください。

  • 目は人の眼(まなこ)…どんな人物かは目に表れる
  • 目は心の鏡…その人の心や本性をそのまま表す
  • 眼光紙背に徹す…書物の表面だけでなく背後にある真意を読み取る、洞察力

目は心を表し、眼は洞察力となる真意を見る。

人の心を垣間見る目の綺麗さと淀みと恐怖。

目の前のバナナを見て、「黄色、果物、黒い斑点、うまそう」だけではない見方をもたらす力。

意味深で不思議な気管です。

 

目が綺麗な人は心の在り方に反発がない

目が心を表すことは、心の在り方に対する自分自身の関わりを意味します。

目が綺麗な人は心に対して反発や抵抗がなく、自らが心を真っ直ぐに見つめられる表れです。

心が綺麗なのかどうかは本人にとっての心。自らが自らの在り方を認めて受け入れていればいるほどに、心に淀みがない純粋で綺麗なさまが目に映し出されます。

目が綺麗な人は、自らの心に疑わしいことや拒否や誤魔化しがありません。

 

心に真っ直ぐに向き合い、心が満たされている

心の在り方は時と場合によっと常に移り変わります。

嬉しいことがあれば目が綺麗、楽しければ目がキラキラと変わり、楽しくなければ目が汚れたりくすんだり、死んだ目になることもあります。

心に真っ直ぐに向き合うことは、周囲の状況や状態によって目が変わる以上に、自らが心の淀みを管理するように汚れれば綺麗にし、抵抗があればなくしという自己対処ができる意味でして、自立や自責の高まりなど成長によって目は綺麗になっていきます。

子供の頃は誰しも目が綺麗だったと思います。その後に心の淀みとなる反発が作られて蓄積していき、自らの心と向き合えなくなり、心の存在を忘れてしまう人もいます。

淀みが付く前は純粋に心と向き合っていたために目に綺麗なさまが写り、中には淀みを作らずに生きられる人もいます。

どれも目の綺麗さには心が満たされているさまがあります。

 

心は常に満たされている

「満たされている」と言うと、カップに水が満ちているように思えるかもしれませんが、心とは常に満ちているのがデフォルトです。

デフォルト状態から満たされないことで満たされ度が減る一方通行。満たすのではなく不満の原因となる自らへの反発や抵抗をなくせば、心が満たされる仕組みです。

一度反発が作られると、不満の原因をなくすには反発を認めて受け入れる必要があり、なかなか難しくなります。

そこで成長という自らの向上や学びによる高まりが、受け入れという許し、創作、俯瞰性、許容、寛容、自由を基に不満をなくして心を満たします。

※目が怖くて綺麗ではない人の詳細は、【目は心の満足度を表す】目が怖い人の心理とスピリチュアル をご覧ください。

 

目がキラキラしている人のスピリチュアル

目がキラキラしている人とは?

目が綺麗な人には、キラキラしている人や目力がある人など、「綺麗」の意味合いに違いがあります。

目が綺麗な人の種類
  1. 子供の綺麗な目
  2. 子供の時から綺麗を維持した目
  3. 一度汚れてから成長によって綺麗になった目
  4. 目力がある目
  5. 吸い込まれるような目

子供や、子供の時のままの目を持つ人はキラキラする目をします。

純粋で穢れのない目は子供のように真っ直ぐに物事を見つめ、自らの心を主体にします。

そんなキラキラしている目には、とても特徴的な人間味があります。

 

目がキラキラしている人は欲に真っ直ぐ

キラキラの材料となるのは「欲」だと考えられます。

欲に対する在り方が心との向き合いを真っ直ぐにさせ、欲への忠実なさまが目の綺麗さとして写ります。

欲とは動力であり活力、行動動機であり生きる源、生命の力そのものです。

しかし、欲の使い方を一歩変えると、我欲というエゴになってしまいます。
※我欲とは他者によって自らを喜ばそうとする欲、他への執着

目がキラキラしている人は欲を純粋に自分のために使用し、我欲にしません。自らが自らを喜ばし満たすために欲に忠実になります。

お猿さんが檻かごの中のバナナを食べたいのは欲があるから。

欲に忠実になることで目をキラキラさせ、檻かごを開けるためのクロスゲームクリアに一生懸命。そしてガシャン、「ウキウッキー」とバナナをパクパク食べます。

大人になっても子供のように目がキラキラしている人は、我が道を行き、独自性と個性を持って自らを信じて疑わずに生きます。

多少変人に思われる場合もありますが、目が心の綺麗さをそのまま表します。

ホームレスの人に目がキラキラしている人が多い気がする。そう思う私の社会性です。

 

成長によって綺麗になった目はサラサラ

子供のままの綺麗な目とは一変して、多くの方は子供の頃に目が死ぬ、いえ、淀むと思います。

心に淀みができるのは、他者との共存であり統一を重んじる社会では常識かもしれません。

しかし、淀みができても自立し自責を持ち、自己理解を深めて自分を知るにつれて、心の淀みをキュキュッと磨くことができます。

成長によって心の不満を解消すると、子供のようなキラキラとは違う綺麗さになります。

サラサラ。

川の流れのような、風の動きのような、木々の揺らめきのような綺麗さ。

サラサラな目は癒しを与え、人を安心させる涼やかな目です。

 

成長した綺麗な目は大人の美しさ

成長すると大人としてのサラサラを手に入れます。

大人しさ、落ち着き、冷静さ、強さを秘めた心の在り方は、子供の美しさとは別に大人の美しさを含みます。

自然の一部であるような、人々を落ち着かせる安心感をもたらし、癒しを与えて包み込みます。

「毎年の休みにハワイなんて行かなくていい」と言っちゃうほどに、大人の綺麗な目は人々を魅了し、心地良さを与える価値です。

成長は心を磨き、より光らせ、終わることなく光を増す磨きができる人生を私達は貰っています。

使命を全うする時や、人々に影響を与える価値となる時、目の綺麗さは輝きを増し、第三の眼はもう開いてピカーンです。

額から人それぞれの色を持ったオーラが出始めます。

 

目力がある綺麗な目はメラメラ

目に力がある人にも綺麗さがあります。

目力はエネルギーの強さを物語り、綺麗さは時に怖さにもなります。

恐怖は人を魅惑する力であるため、怖いけど見たいと惹き込み、人に与える影響力が高いです。

目力がある人は能力が高く、何かに特化した才能を持ちます。

キラキラとは全く別物でして、恐怖を内包するメラメラの目です。

情熱的で威圧的、攻撃的で魅惑的。人を惹き込むタイプの目は欲がとにかく強い特徴があります。

この目を見る人は恐怖心に飲み込まれて心を支配される可能性があり、目力は人によってメラメラ、人によってギラギラにもなります。

 

ギラギラの目は我欲剥き出し

ギラギラの目は我欲の目です。

我欲をひた隠すことなく前面に出す欲の強さは、他者を利用して自らを満たす行動へ向かわせるため、人を翻弄して困惑させ疲労させ消費させます。

ブンブン振り回してポイ捨てするイメージ。危険な目ですので離れましょう。

自分の見失いによってギラギラになる可能性がありますが、基本的にはメラメラの目。我欲ではなく欲に忠実に自らのエネルギーと能力を使用し、自らを喜ばそうと行動します。

メラメラの目は行動力と瞬発力、爆発的な力強さを表し、能力発揮している時の目はとても美しく魅惑的です。

 

吸い込まれるような目は宇宙の真理

稀に人を吸い込む目があります。

赤ちゃんに多い目です。

この目は宇宙の真理を垣間見ます。

陰と陽を超越した目であり、五次元以上を体感させ、自らが宇宙の一部であり、宇宙そのもの(小宇宙)である体感をさせ、一瞬別空間に移動させられたような感覚があります。

意識が宇宙全体というワンネス認知にある人が持つ目は、宇宙人のような黒目です。

真っ黒な目には光と闇の両方の内包があり、とても魅力的で見つめてしまうかもしれません。

見つめれば見つめるほどに飲み込まれていくような感覚になり、宇宙の一部である体感があります。

第三の眼である松果体に吸い込まれる感覚と似ており、「自分とは何か?」を体感として認知する経験が待っています。

怖くて楽しみで、嫌で嬉しくて、いろいろと混ざっている感覚は複雑でありシンプル、「魅力」です。

この目の持ち主は赤ちゃんだけでなくとも、宇宙人のような目でなくとも存在します。

自己認知を深める存在となるツインソウル、使命に関わる人、成長をもたらす人、懐かしさを感じる人、グループソウルのリーダーなどの目には、吸い込まれるような感覚があります。

※吸い込まれる目の詳細は、吸い込まれそうな目力にある秘密│真理を体感するスピリチュアル をご覧ください。

吸い込まれそうな目力にある秘密│真理を体感するスピリチュアル世にも奇妙な、吸い込まれそうな目。 引き込まれる感覚を覚えるかもしれません。 吸い込まれそうな目には目力があり、愛と恐怖(光...

 

目の綺麗さが表す意味 まとめ

心を表す目。目の綺麗さはある一つの人間性を表します。

自分をどれほど認めているか、受け入れているか。

肯定でも受容でも、自らを自らが認識している人は目が綺麗になります。

私達人間は自分を認めることがとにかく難しい生き物です。

認めたくないがために嘘をつき、偽り、誤魔化し、騙し、思い込み、決め付け、誰かのせいにし、逃げ、なかったことにし、執着します。

難しい認める行為をできている人は目が綺麗な人です。

目が綺麗なことに正解も間違いもありません。目も心も自分にとってのものでしかありません。

あくまで自らの心との向き合いであり、認めるも受け入れるも自らしかできず、自らのみが目を綺麗にすることができます。

すると、目を綺麗にしないこともできます。

他者との共存社会では自分を曲げ、折れ、我慢し、不安や恐怖を味わわないように対処します。引き換えに心に淀みを作ります。

そんな自分を認められれば目は綺麗ですが、自らが本当に我慢したくして我慢しているのかは本人の心が最も知っています。

それが真意であり、それを見るのが自らの眼です。

目に眼、なんだか二つもありますがなんでもいいんです。

目も眼も自分にしかわかりません。自分のみが知れます。何が事実か何が真意か何が綺麗かは常に心が目に表してくれるため、目を見ることで目を知り、眼を知り、自分を知ることができます。

目の綺麗さは、「自らが自らを認めている?」という最も大切な自分としての在り方を教えてくれているのかもしれません。

そんな理解が深まる内容となれば幸いです。

ご自身の目をご覧になられてみてください。

綺麗ですか?淀んでいますか?

ご自身が綺麗だと思えれば最高です。終わることのない成長をより進めていきましょう。

それでは、目が綺麗な人、目がキラキラしている人のスピリチュアルなお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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