心理と特徴

怒らない人の心理は冷たくて怖い?│自立者は冷たいと思われた方がいい

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怒ることで何かを伝え、求め、変え、得ます。

怒らない人はこの目的に意味を持ちません。

他者との関わりに「興味」が希薄になり、冷酷で怖い人に思われることがあります。

怒らない人は冷たい人?怖い人?

一体何者なのでしょうか?

ここでは、怒らない人が冷たくて怖いと思われる理由と真意。実際にはどうなのかの内情をお伝えします。

私は幼い頃は怒らない人。生育と共に怒る人となり、直ぐに怒っていました。今では怒る行為を忘れてしまったほどに怒ることはありません。

怒ると怒らないの経験から、怒らない人が冷たくて怖いと思われる理由がよくわかります。

怒らないための心理や、怒る行為の見直しとしてご参考になれば幸いです。

怒らない人の心理と特徴

怒らないのはなぜか?

怒らない理由はとても簡単です。

怒る意味がないからです。

怒る理由はおそらく人それぞれにありますが、怒る行為に意味があるか否かは人によって綺麗に分かれます。

  • 怒る意味がない人は自分を客観的に見る
  • 怒る意味がある人は自分を他者との共存の中に見る

怒る行為を自分を対象にしているか、他者を含めて対象にしているかの違いがあります。

怒るのは自分ですので、エネルギーを使うのも、表現するのも、意味や目的を持つのも、利益や損失を得るのも、全て自分のみが対象です。

このように認識する場合、怒ることでのプラスはなく、「エネルギー消費して疲れる」とマイナスがほとんど。これでは怒る動機がない、目的がない、欲がないので行動しない、という状態です。

怒らない人はこういう見方をしているので、冷静です。

 

怒る人は自分に他者を含める

一方、怒る意味がある人の認識は全く異なり、怒る行為は自分だけでなく他者も含めます。

怒ることで他者に影響を与え・与えられ、変化を加え・加えられ、「自分のため」にも「他者のため」にもなります。

怒る行為に他者を含めることでメリットが多くなり、目的や欲を持って怒ることができます。

例えば、怒って相手を自分の思うように変えたり、なだめてもらって満足したり、優しくされたり、恐れさせて支配したり、コントロールしたり、人と関わるきっかけを作ったり、心を開かせたり、開かせてもらったり、関係性を深めたり。

他者も含めることで怒る意味も目的もできるため、怒ります。

※怒れない人の場合は、【改善策は毒吐き】怒れない時に悲しくて泣いてしまうのは合図 をどうぞ。

 

怒らない人の心理

怒らない人の内情には、「自分」を極立たせる在り方があります。

感情優位で衝動的に自己表現するのではなく、意味や目的を見据えて先を見るように物事を認識します。

その心理には、いくつかの特徴がありますので、一覧でご覧ください。

怒らない人の心理と特徴
  1. 怒る行為は自分のみを対象に認識する
  2. 他者に干渉しない
  3. 自律と自責がある
  4. 自己観察の癖がある
  5. 自主性があり自意識が高い
  6. 物事の理解は外面ではなく内面
  7. 思考が多いと企みの顔が出る(サイコパス)
  8. 自分と他を比較しない
  9. 他者によって自分を構成しない
  10. 自分を尊重する

順番にご覧ください。

 

1,怒る行為は自分のみを対象に認識する

「他者によって怒らせられた」と他からの影響を鵜呑みにしない特徴です。

物事の現象が自分に起きた時には、どういう影響があるかを内観し、内側で何が起きるかを認識します。

怒る行為は自分が対象なので、他を含めて捉えません。

 

2,他者に干渉しない

他者に興味がない特徴で、人によって興味有無の概念がない人もいます。

興味がないのは他者に干渉しないからであり、執着や依存をしないことからの結果です。

人間関係で執着は大切ですが、それを欲しないのが怒らない人です。

 

3,自律と自責がある

自らの在り方やルールは自ら作ります。

思考や行動は自ら認識して責任を持ちます。

 

4,自己観察の癖がある

自分に起きる現象や影響を観察し、客観視する特徴です。

 

5,自主性があり自意識が高い

自ら発信するように考えて行動します。

自意識があり、自と他を区分けする特徴です。

 

6,物事の理解は外面ではなく内面

より内部へ、より真意を、より真実を、より詳細を見るように物事を見て、感じて、考えて、想います。

外面よりも内面の価値観や人間性、経験や観念、欲や意識、根底の概念に興味があります。

 

7,思考が多いと企みの顔が出る(サイコパス)

全員ではありませんが、「怖い」と思われる要因にサイコパス懸念があります。

理解を深めるために思考を多用すると、あらゆることを理解した上で怒るか怒らないかの選択ができ、その様が露呈します。

「何か企んでる?!」と思われる顔を気づくとしている時があり、あらゆることを知った上で行動する様は、感情表現(情報開示)しない未知の存在として、警戒心を与えて怖いと思わることがあります。

 

8,自分と他を比較しない

自らは自らで認めるため、他と比べてもそれまで、優劣や正否にて判断するために比較しない特徴です。

 

9、他者によって自分を構成しない

自分は自分で作る意識を持つ特徴です。

自責の念が強くあり、「誰かに作られない、生かされない」と何が重要かを理解して生きます。「自立」です。

 

10,自分を尊重する

自己否定しません。自己評価が低い人はいますが、自らを苦しめることはせず、我慢はせずに忍耐(自分のためと意志を持って我慢)にする特徴です。

行為を成長や変化に繫げ、尊重する意志を持ちます。

以上が、怒らない人の心理に見られる特徴でした。

 

怒らない人は冷たい、怖い

怒らない人は冷たい?

怒ることを他者との関わりにするかどうかは選択です。他者を含めた行為にすれば人間関係を作る一つのツールになり、人に興味があればあるほどに怒る行為を使用します。

「使用」という言葉を使ったのは理由があります。

怒るとは本来自制のない激昂です。もう危険な状態、アウトオブコントロールで暴れる。目的を持たずに憤りや反発を衝動的にぶちまけます。

これは肉体的にも精神的にも危険であるため、人それぞれに自制し、思考的に怒るようにします。

これが怒りを使用する状態です。

実際には激昂しないように怒る意図と目的を持ち、根底には欲があり動機があり、他者を含めて意味を作る思考があり、怒ります。

この見方は、他者利用として自分のために怒りを使用することでもありますが、怒りによって他者との関わりを深める未来への期待でもあります。

良いも悪いもどちらにも取れ、人によって使う目的があります。

 

怒る人は他者に興味がある

怒る人は目的に他を含めていることがわかります。他者を含めなければ、川沿いで独りで怒りをぶちまけて叫んだりします。

独りで川で叫んでも、家に帰ってきてから、「こんなことがあってさ、だから叫んで来たんだ」と誰かに伝えるのが、他を含める状態です。

他を含めることで怒る意味となる利益を見出し、目的ができます。

怒ることを他に対しての表現とする場合、共存や他者との人間関係に大切なツールになります。怒る人は他を重要視するので、他者との共存や共生に前向きな姿勢があります。

良く言うと、他者に期待して、他者に興味があります。普通に言うと、執着と依存して、他者利用します。

共存意識や集団帰属のある他者と距離感の近い人でもあれば、人を利用するエゴにもなります。

 

怒らない人は他者に興味がない

反対に、怒らない人は他者に干渉せず、興味がありません。良く言うと、執着と依存をせず、他者利用しません。

自尊意識のある強い人でもあれば、冷たくて冷酷な個人主義にもなります。

これらは周囲からの見方による評価・判断。上述の心理にあるように、怒らない人はこのような他の評価・判断以上に自立が主体です。

自律があり自責があり、自主性と自力があると、自分のことは自分でまかなうようになるため、他者への興味がなくなります。

実際には興味がない訳ではなく、自分への興味が強くなっている状態。他者への興味割合が自然と減ります。

自分と他を明確に区分けする自意識の高さによって、他者への干渉や介入の意味がなくなり、「私は私、あなたはあなた」という見方をします。

私がよく怒っていた時は自意識がなく、常に他と比較し、自分を認められていませんでした。

認めるために他が必要で、他に表現して肯定を求め、正当化を求め、主張して干渉し、支配独占し、顕示欲を誇示し、優劣をつけて優を求めます。

怒らない人はこういう意味での他者への興味・関心がありません。自己犠牲になるのであれば見捨てもし、ならない範囲で助けもします。

冷たいと思うかどうかは人それぞれの意見ですので自由。内面が実際に冷たいかどうかでは、冷たいとは考えにくいと思います。

人を愛するも助けるも、まずは自分を愛して助ける状態があってから行為できます。そうでない場合には損得や利益有無を勘定し、助けて感謝されなければ「助けなければよかった」などと真意が出たりします。

これを冷たいと言うのかもしれません。

 

怒らない人は怖いと言われる

他者に興味がないことは、冷たいと同時に怖いと思われる要因になります。

他者に興味がない人と言っても、二つのタイプがあります。

「興味ないわけではないが干渉しない」
「興味、全くない、あるわけない、全然ない」

  • 他者に干渉しない…冷たいと言われる
  • 他者に興味が全くない…人として怖いと言われる

 

冷たいと言われる場合はそのままがいい

自律や自責があり、自分のことを自分で認める怒らない人は、あえて興味がないとは思わず、自分として生きることを尊重した結果として興味が少なくなります。

興味がある人にはとても興味があり、興味の有無が極端に変わります。

この場合、冷たいと言われても怖いと言われることはありません。

この「冷たい」は、怒りを他者との関わりで使用しない様に対して、「馴れ合わないなんて冷たい」「興味の有無を選ぶなんて冷たい」という、集団帰属のない様に対するものと考えられます。

冷たいと言われることで関わる人とのフィルターが自然とできるため、より深い人間関係を必要な人と作る際には、この状態は活用的です。こういう見方が冷たいと思われちゃいますね。

 

他者に全く興味がない人は純粋に怖い人、またはサイコパス

もう一つのタイプとなる、完全に他者に興味がない人は、人との関わりで自分の喜びを作る気がそもそもありません。

自分が確立されているため、喜びは自分で作るのが基本スタンス。自立済みです。

一つ気になるのが、自律という自らルールを作り従う様が強過ぎて自責がない人がいます。自責がないことで自立者ではなく、自分の喜びを作るために他者を選んで利用します。サイコパスに多い特徴です。

怒るか怒らないかのルールを自分の中で明確にしているので、思考による企み感が強く醸し出されます。

あらゆるものを把握し理解した上で物事を考える様は、「手のひらコロコロされる?!」的な警戒心を与える可能性があります。

何を考えているかわからない様や感情表現で情報開示しない様から、予想・予測できない対象として「未知」と認識され、防衛意識から恐怖を周囲は感じます。

利用できないとわかれば興味が極端になくなり、見捨て、助けることはありません。

サイコパスは「利用できる」と認識した人や環境では全く怒らなくなり、冷たくも怖くもなります。

 

怒らない人が怒るとただ怖い

印象としての怖さや、警戒心や企みの未知による自己防衛からの怖さ。

これとは全く別概念で、いざ怒るととんでもない怖い人になります。

怒らない人は自意識を持ち、自律と自責があります。自分のことは自分で認めるため、他者に執着や依存を求めず、興味は自ら作るようにします。

この在り方には、大人しさがあります。

大人しさとは、「大人、らしい」様です。

大人しくなるには、自らの行動を自覚して自責を持つに至る経験があり、幼少期から経験値を積む人もいます。

その経験となるのが、恐怖を味わい、克服することです。

  • 恐怖を味わう経験が多ければ多いほど、失わせる力を内包する
  • 恐怖を克服する経験が多ければ多いほど、人を守る強さを内包する

恐怖経験は失わせる力、拒否したくなる様を作り与える力。良いも悪いも味わうのか克服しているのかの違いで変わります。

 

怒らない人が怒ると本気の恐怖を味わわせる

怒らない人は相手からを発端に攻撃されたり、傷付けられたりすると、恐怖を味わわせる動機ができるため怒ることがあります。

恐怖経験にて得た力を使用するため、本気で相手に恐怖を味わわせることが起き、とんでもなく怖いです。

思考的に意図や目的を持って怒りを使用する状態とは別物。何かを失わせる恐怖の力を出すので、怒らない人を怒らせるのは本当にやめた方がいいほど危険行為。もしもの時はご注意ください。

 

怒らない人は冷たくて怖い まとめ

印象を与えることには、冷たくて怖いと思える何かがあります。

怒る人は集団帰属が強く、他者を含めて自分を構成するため、そこに属さない個人主義は冷たく思われます。

さらに、他者に興味が一切ない様と、物事を認識し尽して選択する様は、容易に心を鷲づかまれるような印象を与え、情報開示を定期的にしないと自然と恐怖を与えてしまいます。

私達人間は、「未知」をとにかく恐れます。わかりにくい人であり、認知の広い様は多くの人が思う人間味から少し逸脱するため、演技でも怒ると他者のためになります。

「他者のため」

この認識がないと冷たい、または怖いと思われます。

実際に冷たいかどうかは別として、「自分のため」も「他者のため」も共に持つと、優しくて敬いのある怒らない人になります。

怒らない優しい人は共同体意識を持ちます。個人主義でも集団帰属でもなく、両方を組み合わせたものが共同体意識です。

まずは怒らない人になり、自らを確立させていくことが重要だと思います。

冷たい、怖いと言われようと、怒らない人は絶対数が少数ですので、何かを言ってもらえることは大衆的でみんなと同じではない表れ、個を尊重する存在の際立ちを意味します。

怒る人も怒らない人も、怒らない人への印象にある内情から、怒りについての理解を深めるご参考となれば幸いです。

最後までありがとうございました。

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