好かれる人

【種類あり】悪口言うのに友達が多い人│人を集める悪口の使い方

悪口とは道徳心に反する悪の所業。

誰しもが心地悪く、心をざわつかせる胸糞悪い行為。

本当にそうでしょうか?

本当だと思います。

ですが、少し形を変えることで悪口は人を魅了し、利益をもたらす行為になります。

「悪口の使い方がある」
こんな話をここではしたいと思います。

そこで、話をわかりやすくしてくれる存在をご紹介いたします。

悪口言うのに友達が多い人。

と一言で言っても、ここには明確に悪口の使い方に工夫がない馬鹿の一つ覚えか、工夫を含めた悪口かの違いがあります。

さっそく悪口を言ってしまいましたが、この悪口の詳細を、悪口多用にもかかわらず友達が多い人から紐解いていきたいと思います。

ここには、「悪口言うから友達多し」の意味がはっきり見えますので、悪口の捉え方を広げる内容となることを願います。

それでは、悪口を言う影響伝播の探索を始めましょう。

悪口言う人は友達が多い

悪口言う人に友達が多い理由

「それって友達ですか?」という疑問はここでは一旦ぶん投げておきましょう。

「周囲に人が集まりやすい」というイメージで、友達が多い、好かれる、人気者に見える状態には、友達かどうか関係なく、ある一つの共通があります。

「周囲に利益を与える人には人が集まる」というものです。

悪口を言ってもなんでも、周囲に納得や満足、または不納得や不満足のなさを提供している人は友達が多くなると考えられます。

そのため、何かしら利益を与える働きがあります。

その働きとして悪口がババンと登場。

悪口となる他者否定、悪意を込めた文句、愚痴、誹謗、中傷、非難など、そこから他者にとっての利益を生み出す人は、周囲に人を集めます。

いわば能力。

悪口を言う人に友達が多い理由には、悪口という行為にて人に利益を与える働きがあったりします。

少しイメージをわかりやすくしたいと思います。

例えば、人の悪口を独りでギャーギャーほざく人がいます。

これはもうヤベー感じ、人は集まりません。

選挙カーで、あいつはダメ、こいつはダメ、あれもダメ、これもダメ、ダメダメダメ、それでは私に清き一票を。

「入れられるかーい」と誰もがツッコむボケ。

一緒の時間を共有しているのに、「あの人は許せない、ふざけてる」「あいつは終わってる、人間性を否定する」と自分の時間にして悪意のぶちまけ。

「こいつがふざけてるわ」と一緒に居る人は思ってしまう。

ただ単に悪口を言う人、これは嫌われます。

ここで起きているのは、[自分+悪意を持つ対象のみ]を認識します。

いわば悪口を言う場に居る人を無視してしまう、または聞いてもらうだけの利用、「一人でやってくんない」と思えるものはただの悪影響、違和感、抵抗の散布、邪魔くさくてたまりませんので当然人を集める働きにはなりません。

しかし、人を集める場合、悪口によって起きることがあります。

コミュニケーション、共有空間作りです。

良い共有かどうかは抜きにして、人それぞれに利益のある空間シェアを作る働きがあると、一緒に居る人や周囲の人に利益が生まれ、嫌われなくなります。

悪口にて人を集める人は、人との関わりを作る創作者という見方です。

自ら人との関わりを作ろうとする人は、始めの段階では友達が増え、嫌われません。

その後はどうでしょうか?

ここで、悪口を言いながらも友達が多い人の種類が分かれます。

 

友達が多い悪口言う人の種類

自ら人との関わりを持とうとする人は嫌われにくいです、始めは。

それが学校や職場の入学・入社時など、誰もがアウェイ状態であればあるほどに人を集める力となります。

いわば、不安や恐怖を抱く環境や心理があればあるほどに、悪口でも何でもコミュニケーションを作る人に集まります。

そして、その後も離れずに留まろうとします。

そこには、不安や恐怖保持者にとって、悪口を言う人は利益になる理由があるためです。

集団帰属による保身、安全の確保です。

悪口は集団意識を維持する効率的な方法の一つと考えられます。

仲間意識ではありませんが、ルール縛りとして集団維持する方法。

人を集め、ルールで縛り、執着し合い、余計な面倒から逃避できる、集団効果を図る手っ取り早い行為。その反面、脆く、結束は張りぼて。

利益となるのは不安や恐怖を感じずに済む、孤独にならない、面倒に巻き込まれないなど、危険や苦痛や拒否を避けて誤魔化せる状態。

一方、不安や恐怖逃避をキープできないと一瞬で崩れてしまう可能性があるので、縛りは強めにする必要がある。

いわゆる、ネガティブにならない利益を得られる方法が、悪口による集団構築・維持・身の隠しと考えられます。

これは利用し合い、利益をお互いに得る条件付きの関係性であるため、どちらかに利益がなければ終了しかねないロープ渡りの天秤状態。

この悪口に自分の意見はありません。

対象を下げて己を上げることに意味があり、自尊を守り、正当化を図り、悪口を言い合う集団縛り、喜びに共通ルールを作り、集って笑う。排他制度による恐怖の揺さぶりがあり、集団から怖くて離れられない。

それ面白いんですか?
下がいれば、自分が上になれば、みんなと一緒なら、排他されなければ、条件と制限付きの集団維持、面白くないけど利益はある。

言わずもがなですが、このタイプから学ぶことは何もありません。これ以上の紐解きは終了です。

主旨となるのは、悪口の使い方が全く違うタイプ。

それが、悪口をコミュニケーション作りだけでなく、意見として述べる人です。

悪口言う人の種類
  1. 自分の意見なく悪口を言う人
  2. 自分の意見で悪口を言う人

自分の意見を持って悪口を言う人は自分があるために、悪口の使い方が違います。

悪口に中身があり、意見として具体的に悪意を持って発言する人です。

詳細を見ていきましょう。

※悪口ばかり言う人の詳細は、悪口ばかり言う人は羊か狼?│心理とスピリチュアルにある明確な意識 をご覧ください。

 

自分の意見で悪口を言う人

人の悪口を聞いていると、おそらく上述の二種類が明確にわかると思います。

片方は悪口に中身がなく、感情的で汚い言葉を並べ立て、とりあえず否定をしまくります。

片方は中身を入れるため、悪口を聞く意味を周囲にもたらします。いわば興味をそそる悪口。

興味をもたらした段階で、既に相手に利益を与える悪口となります。

自らの認識と着眼による意見を持ち、意味を持つ悪口であるために聞く価値があり、コミュニケーションを加速させるように他者を参加させます。

この場合、どれほど口が悪く、悪意を込めていても、「ちょっと聞いてみようかな」となったりします。

悪口はトゲトゲですが中身があると、悪口を聞く人からすると認識のフォーカスは中身になります。

聞く際の認識が外側だけになると、否定している負の感情、心地悪く違和感の強い空気感、波動、エネルギーを淀ますような表情、動作、落胆や空虚な時間消費への付き合い、無意味で労費になる体力の奪われにフォーカスするため、利益はありません。

これだと、ただの胸糞悪い発言、人は集まりません。

ですが、相手に利益を与えるつもりがなくとも、自らの意見と悪意を込めると起きるのは、「悪口の意味を知ってもらいたい」という思いです。

これは、「目の前の人に伝えたい」という相互交流の意志となり、コミュニケーションをお互いのために作る働きになると考えられます。

悪口の意味に悪意というネガティビティだけでなく、+空間共有のお互いのポジティビティが追加されるというイメージです。

このタイプは、相手に利益を与える悪口であるために利用し合いは起きず、悪口に意味があるからこその人を集める力となり、友達が多くなります。

この友達が多い人を基に、ここからはより詳細に悪口の使い方について紐解いていきたいと思います。

※性格が悪いのに人気者の話は、【利用は餌撒き?!】性格の悪い人ほど人気者で友達が多い訳がある をご覧ください。

 

友達が多い人から知る悪口の使い方

これまでの内容は少しわかりにくかったかもしれませんので、「悪口とは何か?」の詳細を見ていきたいと思います。

悪口とは?

友達が多い人の存在によって、悪口は幅の広がりを見せるように思います。

それが悪意という気持ちに感情しか入れないか、思考を入れるか。

思考を入れると自らの意見が入るため、悪口に意味がもたらされます。

愚痴でも文句でも、悪意を込めることで悪口となり、そこには他者を否定したい狙いがあります。

それによって相手を落とし、下げ、負かし、劣等させ、蔑む。それによって自らを上げ、勝たせ、優越させ、納得させ、正当化する。

人それぞれに利益取得の狙いがあります。

ですが、悪口に中身が入るとあることが起きます。

自責です。

自分の意見があると、一方的に相手だけダメ、悪、下と否定するのではなく、自分を見つめた上で相手がどうなのか、照合した上でダメなのか、比較した上で悪なのか、ちゃんと経験した理解として否定しているのかが明確になります。

リアルな悪口と言うのでしょうか、価値のある悪意という、感情も情動も経験も含めた意見。

「この会社はクソだ!」

「どこがどのようにクソなの?」と聞かれても答えが自分の意見としてある悪口には、他責で他律で自己責任を放棄して逃げるスタンスがありません。

いわば、逃げる気のない悪口

いけいけ。
悪口ですけどね。

現実から逃げるための悪口なのか、現実を受け入れて立ち向かうための悪口なのかの違いがあり、集まる友達の意味も明確に変わります。

以上から、外観は同じ悪口でも、自責があるかないかにて中身の有無が変わり、悪口の使い方が見出されます。

ここでお伝えしたい友達が多い人は、自責がある悪口を言う人です。

そんな自責の悪口、言い方を変えるとわかりやすくなります。

 

自責のある悪口とは?

悪口の幅が広がることで、悪口の言い方も変わります。

悪意の有無にて悪口と愚痴は別物に捉えられると思いますが、自責があるかないかにてこのようにも捉え方が変わります。

自責のある悪口とは
  • 本音
  • 思考を含めた自己表現(エンターテイン)
  • 指摘・助言
  • 毒舌

悪口を言う人で友達が多い場合、悪口は上記のような形になると考えられます。

悪口によって誰も言えなかったことを共有する空間創作になり、本音として悪口を言うことで親密度が上がり、仲間意識の高まりにもなります。

言えなかったことを言ってくれる人として、信頼のおける人になったりします。

悪口に笑いやユーモアを含め、エンターテインメント性を作る人もいます。

心をグサッと刺す内容でも、指摘や助言として学びや成長に繋がる行為にもなります。

毒舌にて自責を明確にして、逃げない意志や勇気を込めた意見にて、他者からの賛同やサポートを受ける強さや、賛否の反応を促す影響力にもなります。

外身が悪口でも、中身を如何に入れるかによって、「仲間意識」「信頼」「笑い」「思いやり」「強さ」「影響力」に変化します。

 

友達が多い人の悪口の使い方

友達が多い人の場合、悪口の使い方は人を集める方法になっていると思います。

その最たる使い方が、エンターテインメントと毒舌です。

本音や助言なども友達を大切にする悪口になりますが、友達が多いというよりは深い関わりになる特徴です。

悪口によって人を楽しませる場合、感情も思考も共に含めることで中身がたっぷり詰まるので、悪意は必須になります。

しかし、ネガティブをポジティブに変える変換が必要なので、ルール設定をして悪口を多用します。

ルールは人それぞれの経験によって構築していきますが、否定しても相手を攻撃して陥れないことが、友達が多い人の共通点。

いわば、自らの悪意はいくら込めても中身や表現の多様化になるのでグッドですが、相手を傷つけることがフォーカスではありません。

そして、否定だけではネガティブ一辺倒ですので、友達が多い人は笑いを込めるために妥協点や自虐を含めたり、ユーモアでネガティブをポジティブに変える工夫があります。

私の理解では、エンターテインメント性悪口者は、初めは悪意を持って悪口を言っていたのですが、それに対して喜んでくれる人がいると知り、悪口の目的を少しずつ「みんなのために悪口を言う」に変えているのかなと思います。

明確に悪口を言う目的が、「他者の利益のため」になっていき、本音や笑いなど何かしら意味を見出すことで関わる人が増えていき、笑顔が自然と追加されていき、悪口の使い方が見出されます。

さらに、毒舌があると自分の意見と、現実を受け入れた上での理解を含めた悪口になるため、経験からの情動や思考が含まれたリアルな悪口になります。

これは強さや自信を含めた否定悪口になるため、賛同も反発も増えるまさに影響者たる力を表します。

経験の記憶(自己認識)に偏ると感情や情動が強くなるので、トゲトゲ感が強くて聞いていると心が痛む人もいるのが毒舌系悪口者の特徴。
※これが他者認識へ向かうと悪口は言わなくなると考えられます

ですが、どれほど自分を確立しているかによって、相手への攻撃ではなく自らの意見として物事の認識を正し、修正する力にもなる悪口の使い方です。

この影響力によって人を集める力となり、悪口を言うからこそ友達が多いという結果をもたらす、そんな使い方をしている人の話です。

気付けば目の下はクマかもしれませんけどね。

※悪口を言わないと友達が少なくなる話は、悪口を言わない心理と友達が少ない関係性│無関心と怖さは距離感ツツツー をどうぞ。

悪口を言わない心理と友達が少ない関係性│無関心と怖さは距離感ツツツー悪口を言わなければ人に与える印象はポジティブ、信頼も好感も持てる素敵な人。 このように思えます。 しかし、悪口を言わないにも...

 

悪口言う人は友達が多い まとめ

悪口は悪口ですが、中身があるかないかにて全く別物に変わるため、外側だけではない奥深さが見られる行為かと思います。

この悪口の中身の有無によって顕著に表れるのが、人間関係の相互交流の意味。

利用し合うのか、相互に交流が起きているのか。

友達の意味も大きく変わります。

悪口は道徳的には反正義かもしれませんが、場所や環境によって言いたいことを言えない人もおり、自信や自尊が少なければ少ないほどに安全構築にも、信頼にもなったりと、人によって大切な行為かと思います。

環境によって捉え方が変わるのが悪口、本当は良いも悪いもないのかもしれません。

ただ中身があるのかないのか、そこだけは周囲に与える影響を変えるのでよーく確認したいところです。

何かしら影響を与える悪口という『否定』行為は、人に恐怖を与え、心を突き刺す攻撃性があるため、恐怖を牛耳る人質的な集団維持にもなります。

同時に、意見を含めた現状打破や進化の立役にもなり、仲間意識を高める結束や強さと信頼、そして笑いにもなり、両者は全く別の道を行きます。

この世に同じ人間はいないので、全員が一つに賛同するようなことはなく、悪口とは自己の主張にも、集団帰属ならではの生き方にもなりますので、人それぞれに意味を見出し、悪口の見方を変える内容となれば幸いです。

そんなことを表現してくれているのが、悪口言うけど友達が多い人、という話です。

それでは、悪口ばかり言っていたら顔がドス黒くなってきたので、禁悪口をしていこうかと思います。

悪口ってタバコと同じなの?

否定ばかりじゃ、ガンになるとかなんとか。

結局悪?

使いようはあるけどしない方がいいよねー。

これまでのはなしー。

チャンチャン。

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