心理と特徴

自然体な人の特徴は蝶か風か│なりたい場合は自我と無我の選択を

自然体とは蝶であり、風であり、自然の様であり。

「人間ではない?!」という自然体な人。

そんな人には特徴があり、仕組みがあり、摂理に準ずる在り方があります。

ここでは自然体な人の特徴から、自然体になるにはどうすればいいかという、自然体な人になりたい際の理解をお伝えします。

自然体になる上での人間性と在り方を知ることで、そこには自我と無我の堺があり、どちらへ向かうかを見極め選ぶための過程があります。

自然体な人になろうとすることは自分自身をより理解して、“自然体であることの意味”、“本当に自然体な人になりたいか?”への真意を知るきっかけにもなりますので、ぜひご活用いただければ幸いです。

それでは、特徴からわかる自然体になる理解を見ていきましょう。

自然体な人の特徴

初めに、自然体な人とはどんな人かをご覧ください。

自然体な人とは

自然体とは、力まず、あるがままに、物事に頓着せず、他の影響にも反発せず、成り行きにまかせる様です。

そんな様には“拒否、認めない”というあらがいがなく、現実をそのままに見て、感じて、捉える認識があります。

言い方を変えると、現実を拒否せず、そのままをそのままにする様です。

自然体の意味を人に当てはめると、そのままをそのままにする人となり、現実として起きることや在るもの、居るもの、あらゆることに対して抵抗を作りません。

それは、邪魔にならない人であり、他の影響があっても反発しない人であり、現実をそのまま見る強さを持つ人です。

自然体な人とは、そのままをそのままに認識できる、物事や現実のリアルに抵抗を作らない人

 

自然体な人の特徴14選

自然体な人についてを知っていただいたところで、特徴にて人間性の詳細を掘り下げていきましょう。

1、あらゆることへの拒否が少ない

上述したように、自然体な人は拒否にて抵抗を作る様がありません。

その様がなければないほどに、自然体な人としての明確な人間性が表れます。

拒否や認めないという認識は、自分自身や目の前の人、起きた出来事や物事のリアルを見ないことですので、自然体な人は現実をありありとそのまま見る強さがあり、現実を隠さない勇気があります。

 

2、思い込みや決め付けがなく、嘘や偽りがない

現実をそのまま捉えることは、自分の都合に合わせたり、事実を曲げて解釈し、偽り誤魔化す嘘をつかないことです。

それは、自分にも他者にも嘘をつかないことで、特に自分に嘘をつきません。

同時に、あらゆる出来事を自分の目と頭と心で認識して理解するために、思い込みや決め付けのない特徴があります。

 

3、素直

自然体な人が抵抗を作らないための能力とも言えるのが、“素直さ”です。

素直さは物事を柔軟に、そして寛容に認め、あるがままに現実として流します。

素直さによって自分も他者も起きる出来事も、ひん曲げられずありのままに存在することができるため、人に好かれます。

それは、自分や他者や物事に対して否定や批判しないことであり、そのままを許容して受け入れる寛大な心を持ち、批判や非難や排他などの攻撃性がありません。

 

4、物事に頓着せず執着がない

素直さは捉え方を変えると、頓着しない様です。

心配や気に掛けることはしない意味でして、物事の結果や先行きに興味がありません。

それは、未来や起きる結果に対する期待をせず、どんなことでも受け入れることが当たり前の認識を持つ人間性だからこその在り方で、自分へも他者へも執着がありません。

執着にて心を奪われ、自らのコントロールから逸脱することがなく、自分としての確立度が高いために周囲から確実的な存在として認識されて際立ちます。

 

5、目立つ、モテる、人が集まる

自然体な人が執着しない様から、本人が望まずとも目立ちます。

それは、オーラとしての人格も作り、「あの人は唯一無二」というような外枠の明瞭度が高く、他者との区分けがハキハキとするためです。

そんな状態での素直さ、物事への否定や拒否しない様、他者を受け入れ抵抗を作らない様から、どんな人でもWELCOMEな雰囲気を作り、関わりやすいので人が集まります。

関わり合いを持つ他者に利益のみを与え、あらゆる人を拒否せず受け入れるため、異性からも同性からもモテます。

 

6、全ての生物に線引きと差別がない

思い込みも決め付けもなく、拒否も抵抗も作らない人間性は、物事の見方にルール設定やフィルターを付けません。

そのため、社会性に準じても自分なりの意見と認識を持った上で拒否せずに認めるので自分を見失うことはなく、活用するように常識やルールを心得ます。

あらゆる見方に上下左右の区分けがなく、抵抗のない見方は偏りのないものとなり、どんな人も平等に認識して関わり、どんな生物も同じように差別しません。

人も動物も虫も植物も、抵抗のない見方として命であれば同じ命、同じ連鎖の仲間であれば連鎖の一員として、生死も同等に捉えて関わります。

 

7、全体が繋がる中で生きている

あらゆることは繋がりながら結果となることを踏まえ、一点にフォーカスするのではなく俯瞰的に物事を捉える余裕の認識を持ちます。

例えば、豚を食べるために殺める際、豚の命による循環を理解し、その出来事の意味を知り、影響を知り、活用性を知りと、一つのことを受け入れる際に流れを作るように物事の循環を生み出そうとします。

それは、自分一人で作るのではなく、あらゆることは自分+他、他+他という関係性にて成り立つ理解があり、全ての構成の中で自分という存在がいることを認識しています。

あらゆる繋がりによって自分が存在し、他者がいることで自分が居り、他の影響があることで今があり結果があると俯瞰します。

 

8、調子に乗らない、自惚れない

自然体な人が調子に乗ることはありません。

自分を明確に理解し、全ての中の一つとして自分が存在している認識であるために、自分も他者も同様に敬います。

自分を敬うことを忘れることはなく、同時に他者を敬うことも忘れないために、調子に乗ったり自惚れて自分を見失うようなことがありません。

 

9、他者が主観にはならず、常に自分か全体が主観

自然体な人は他者の反応にて生きていません。そのため、他者の目や評価を気にする概念がなく、常に自分か全体としての俯瞰した見方を主観にします。

全体を把握する認識を持つために他者の状況を自然と理解するのが自然体な人の無意識の能力です。しかし、他者のことは他者自身の認識を尊重するために押し付けや干渉はせず、見守るような捉え方をする傾向があります。

自ら気づいていても他者のために指摘しない、相談されれば乗る、という具合です。

 

10、干渉にて他者を変えようとしない

自然体な人は無干渉です。

「あなたがそうしたければそうすればいい」というように、自らが他者を主観にして変化を作ったり見出したりはしません。

俯瞰しているために多くの状況や状態を他者を含めて理解していますが、そこに固執・執着することはなく、干渉しないので興味もありません。

それは本人の認識や意見を尊重することでもあり、本人が何か意見を求めれば伝えるという、まずは本人の認識を第一にした関わり方をして、自分が確立されているために物事の見方に余裕があります。

 

11、怖いものは怖い、恐怖でも何でも抵抗を作らない

自分を隠しません。恥ずかしいとも思いません。

馬鹿にされること、否定されること、卑下されること、何をしてもその人の自由であり、そのままをそのままにします。

他者が主観でないことからも、自らを包み隠しません。

そのため、怖いものは怖いと言います。恐怖に対峙して打ち勝とうとする強さとは別に、あらゆる恐怖を恐怖として受け入れる強さを持ち、とにかく抵抗を作りません。

強がりや演技偽りは一切なく、弱音も恐れも不安も何もかも露にして嫌なものは嫌と言い、「受け入れない」と拒否することを拒否しない明確な受け入れによる現実を作り、起きることに抵抗を作らない潔さを持ちます。

 

12、リーダータイプだけど相談役が適任

自然体な人は全体を俯瞰して見れるリーダータイプです。

しかし、一つの役割や肩書に留まることをせず、認識幅や情報処理能力が高いので、一つの目線だけの状態に一定期間が経つと飽きてしまいます。

何事にも抵抗を作らず素直ですが、自分を敬い自分の意見に対して真っ直ぐ嘘をつかない素直でもあるため、自然体な人を一つの場所に留める強制はできません。

それにあらがい嫌がるわけでもなく、誰も人を縛れないということを当たり前に認識して、一人一人の意志や生き方を尊重しているため、縛ろうとしても飽きればどこかに行ってしまいます。

そのため、リーダー以上に相談役として適宜助言をしたり、意見を伝えたり軌道修正する役回りに向いています。

何かを率先して始めた人なのに、盛り上がってきたら消えていなくなっていたりします。もう別のことを始めています。

 

13、流れる

自然体な人の大きな特徴は、常に流れていく、または流れを作ることです。

常に変化していくため、旅をするように、蝶のように、風のように流れていきます。

抵抗を作らないので起きることをそのままに、あるがままに起きるがままにフラフラと。

誰も留められず拒否せず反発せず、物事をフワフワと受け入れて漂い流れる雲と風のようです。

 

14、虫が寄ってくる

なんだか虫が周りに多い。

蝶が良く舞っている。カナブンの追撃が多い。いつの間にカマキリが背中に…後を絶ちません。

虫だけでなく動物や植物との距離が近い特徴があり、鳥が頭に乗ってきたり、猫がついてきたり、犬がついてきたり、いつの間にか自然界の中心になっています。

 

15、我がない

自然体な人の最後の特徴となるのが、最もわかりやすい特徴です。

我がありません。「私は私」という認識が薄く、それがなければないほどに自然体な人になります。

その状態は虫や植物や自然と同じであり、もはや人間ではないと。

風貌だけ人間味があり、それ以外は妖精か蝶か。正体がわかりにくい特徴がありますが、正体は我がない人間です。

または、自分を全ての中心として確立する絶対的な中心の認識があり、我が確立され過ぎて我を認識しない状態の人もいます。

どちらも自我を主張せず、「あなたはあなた、私は私、あなたが私、私は全部、全部が私」と訳わからないことを言い出すかもしれません。

言い方を変えると悟っている状態でして、この世の真理を理解して全体の見方をする俯瞰した人間性なので、宙に浮いている人と関わるような気持ちにさせるのが自然体な人です。

※動物に好かれる人は自然体な人ですので、動物に好かれる人の特徴に見えない秘密|心地良さを放つオーラと落ち着き もご覧ください。

 

自然体な人になりたい

自然体な人のタイプ

自然体な人にはさまざまな特徴がありますが、大きく二つのタイプに分けることができます。

そんなタイプはこの二つです。

自然体な人のタイプ分け

  1. 自我系・・・自我を明確に持ち、人生の主人公として明確に認識し、自分の中に世の中があるようにあらゆる中心に己がいる上での自由奔放、天真爛漫、明朗快活、子供のように童心を持つ蝶
  2. 無我系・・・我を持たず、人生の主人公である無意識な認識はもはや自覚なく、世の中という中心の中に自分がおり、自分も他者も全ての存在を含めて世の中は一つとして構成される繋がりの認識を持ち、統括的に俯瞰して全体を把握する風

自我系も無我系も同じように、これまでお伝えした特徴を持ちます。

両者の違いは蝶か風。

自我系か無我系かでタイプが違うのは、認識が自分を中心にしたものか、世の中が中心でその一部としているかです。

自分を中心にした自我系は自己中心性を思わせますが、絶対的な中心として認識することで調子に乗ることも自惚れることもなく、自分勝手やわがままということはありません。

絶対的な中心は完全なる敬いと愛を自分に抱き、自分の人生は自分のものという確たる常識を持ち、自然な生き方として全体を見る人間性であるために他者にも敬いを持ちます。

一方、無我系は自己犠牲精神を思わせますが、自分が人生の中心であることは当たり前であるために意識することもなく、自分も他者も全てを含めて世の中は一つとして存在する前提理解を持ちます。

その一つの中の1細胞として参加しているように、常に全体を見るように自分も他者も繋がって一つとして存在する認識にて同じように敬います。

そのため、自分の喜びも他者と同じように忘れることはなく、自分だけ損をするようなことも思い込みによる美徳を作ることもなく、全てを平等に捉えます。

 

自然体な人になりたい場合、タイプを選ぶ

自然体な人になりたいと思う場合、どちらかを選ぶ必要があります。

自我系か無我系。

「いや、なんか無理ー」と。

悟りとか言っている時点で何だか普通のことではないように思えるかもしれませんが、自然体な人とは一体何者なのかをお伝えすると、私の理解ではこのようになります。

しかし、一人一人に人生があり認識があり、過去の歴史があり記憶があるため、全く同じ自然体な人は存在しないように、自分にとっての自然体になることができます。

自然体な人に近付く視点で自然体になるために必要なことを理解し、近付く過程で“自然体に本当になりたいのか”、それとも“別の自分らしさがあるのか”に気づくことも大切になります。

 

自然体になるための必要なこと

自然体に近付くためには、自然体な人の特徴の中で特にわかりやすいものを取得することが近道になります。

最もわかりやすいものは、抵抗を作らないことです。

抵抗を作らない様には、素直さ拒否を作らない認識弱音も恐れも露にする正直さがあり、それら全てに共通していることがあります。

現実を隠さずに見ることです。

言い方を変えると、嘘をつかない、現実を見る目を持つことです。

現実を隠さずに真正面から捉える人間性にて自然体な人になる

  1. 嘘をつかない
  2. 現実を見る

嘘をつかないことで現実を現実としてそのままにすることができます。

そこで偽りや誤魔化しで思い込み、偽善や体裁を気にかけ、他者を主観にすることで現実を現実ではない疑似現実にします。

シンプルに嘘をつかないで現実を見る。以上で自然体な人に近付くことができます。

 

現実や事実のリアルは嫌われる

自然体な人に近付く段階で人それぞれに気づくことになることとして、現実をそのままにする人や事実をそのまま認識している正直者は時に嫌われます。

それは、現実を現実として認識したくない人がいるためでして、そのような人々を対象に嫌われます。

自然体な人になるかどうかは考え物だったりします。

事実は人によっては知りたがらない、言いたがらない、聞きたがらない。

リアルを見ない疑似現実的な生き方をすることで、死体を直視しないような、糞尿を直視しないような価値観を持ちます。

何も悪いことはありませんが、そこには恐怖を受け止めも受け流しも受け入れもしない“拒否”、“逃避”があり、現実を現実にしない不自然な状態を意志を持って作ることになります。

リアルを見ない人間性があることで、自然体ではなくなります。

現実をそのままに捉えるとそれを言いたくなるかもしれませんが、見たくない人には言わないことが敬いであり、干渉しないことが自然体です。

嘘つかない、現実直視、以上。というシンプルさが大切です。

 

自然体とは不要なものをそぎ落とすこと

自然体な人になるためには、物事を増やすのではなく減らすことが大切です。

不要な認識や負荷をなくし、嘘をつかない自分をあるがままの自然な状態にする。

それをするのが難しい。

あらゆる執着があり、期待に思考に思惑があるために、不要物はどんどん蓄積されて思考は止まらず素直になれず、良い人には優しくできるけど、嫌な人には素直になれないものです。

そのためにシンプルを求め、積まれた荷物を片付けるように一つ一つの人間性や価値観を見直して整理することが、自然体な人になるための道です。

そして、嘘をつかないだけでなく、現実をそのまま見ることもシンプルさを心掛けることで促進されていきます。

例えば、「今日があなたの最後の一日です」と宣告され、決定事項だとします。

その時に自然体な人は何も変わりません。いつもと同じようにご飯を食べて、日常をパタパタと過ごし、そのままチーンと終了します。

同様に、「この命があと1万年続きます」と宣告されても同じです。

自然体でなければ宣告された後に普段とは生活を変えることでしょう。それは現実を見るのではなく、現実によって得た未来に着眼して執着した状態を表し、空想を主観にして物事を認識する思考ゲームに入ります。

そのため、現実をそのまま見る際には、余計な思考とどう関わるかがポイントになります。

投げちゃう、捨てちゃう、瞑想しちゃう。

 

自然体な人は力まない気楽さを持つ

嘘をつかず、現実を見ることで拒否を作らない人間性が完成します。

その状態が標準になることで、普段の生活にてある一つの大きなことが起きます。

力まなくなります。

それは、強張らない、緊張しない、恐れない、頑張り過ぎない状態です。

力まないことで思考も蓄積されず和らぎます。

恐れた時、「怖い」と本気で暴露してみてください。そこに恐れによる筋肉の緊張も力みも手放されて緩みます。

力まない状態になることで、嘘をつかずに現実を見ることができるため、抵抗を作らずに素直にそのままをそのままにして、フラフラ、ユラユラ、ヘラヘラすることができます。

ヘラヘラと過ごしたり仕事する人がいますが、それはその状態になることができる人間性があり、ほとんどの人はなりたくないとしても、やらないのではなくできません。

力まない自然体のために必要なこと
  1. 強張らない(恐怖に負けない、対峙しない、受け流す)
  2. 緊張しない(恐怖を真に受けない、飲み込まれない)
  3. 恐れない(恐れを受け入れる、または受け入れないと受け入れる)
  4. 頑張り過ぎない(自分にとっての自然体を知る)

力まない状態は気楽さを醸し出します。そこには余裕があり自然と目立ちます。

その際には、他者から褒められることや認められることを欲することはなく、他者の見方が変わり、どのように敬うかを自由に気楽に考えていることかと思います。

 

自然体な人の特徴 まとめ

自我系か無我系か、どちらのタイプが合っていますか?

自然体になった際にはどちらでもいいと思うことですが、自然体になる前はどちら系か知っているかがとても重要なことだったりします。

それは、自然体になるためには自分を知っていることが何よりも大切だからです。

世の中がみんな蝶のように風のように、パタパタヒラヒラしていてはおかしくなります。

一人一人に自分という人間性があり、生き方と価値観があり、その根底に物事を捉える認識があります。

ご自身がどういう認識を持ち、どういう人間性を持っているかの理解が大切でして、そこから少しずつ自然体な人に近付いていくことで、その過程で別の道が見えるかもしれません。

その際には迷わず見つけた道へ進まれることをおススメします。ウサギがいればトラがいるように、鷹がいれば蛇がいるように、マングースがいればナマケモノがいるように。

この世は千差万別で物事の流れを一人一人が担い、繋がり、育まれます。

その流れにて育みがあり、打消しによる学びがあり、組み合わせがあることで共存と成長が促進されます。

自然と人間の関わりのように互いが互いを理解することが共存を作り、物事の流れにて循環を作り、俯瞰性によって一方通行にならない敬いを持つことができます。

自然体な人は自由で天真爛漫、何も考えていないように見える人もいますが、その根底には全体を含めた認識があり、他と他の関わりを作り見守る在り方が力まず気楽に保たれています。

特徴を知ることで自然体な人に近付く理解が深まり、より自分自身を育み循環を作る人間性が作られると、止まることなく向上する益々の加速があるかもしれません。

そんな自然体な人の特徴と自然体な人になるための話、気楽に読んでいただけたことを願います。

それでは話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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