人生哲学

【悪いことではなく幸せ】向上心がない人は仕事を辞めてフィジーに行けばいい

向上心がないと何かと標的にされます。

過去の私は向上心がない人を理解できず、「なんて怠慢だ」と思っていました。

向上や成長という言葉に敏感な人にとって、向上心がないさまは悪い印象が強く、評価をあえて下げる見方をして、自らを正当化したり持ち上げることすらします。

向上心がないと悪いのか?

私は海外を旅して、向上心のない人の多さに驚き、事実は思い込みとは全く別であることを学びました。

ここでは、向上心がないことを見つめるために、良い悪いの理解を見ていかれてください。

  • 向上心がないとどうなる?
  • どうして向上心がないの?
  • 仕事で向上心が持てない時はどうすればいい?

これらを紐解き、向上心がないからこその考え方を知っていただく内容となっております。

向上心が持てないご自身や、周囲の向上心がない人をより知るための一つの考え方となれば幸いです。

向上心がないのは悪いこと?

向上心がないと悪い印象を与える

「知らないことをもっと知りたい!」
「今知っていることで十分満足だよ」

世の中には全く異なる認識が人それぞれにあります。

向上心とは向上や成長や進歩するために努力する心を意味します。

常に前を向いて階段を昇っていく心の在り方は、自己成長になり、社会貢献になり、会社の業績アップになり、あらゆる利益や恩恵を作る働きです。

利益が欲しければ欲しいほど、必要であればあるほどに重要な向上心。怠惰とは真逆に、嫌なことや恐怖があっても負けじと突き進むさまがあります。

自ずと才能や能力開花となり、精神強化や経験の積み重ねにも、知恵の育みにもなる大切なものだと思います。

向上心を持って切磋琢磨する努力のさまは、周囲に良い印象を与えます。

反対に向上心がないさまは、環境によって悪い印象になってしまうことがあります。

 

向上心がないと暗黙のルールで悪になる

他者との共存によって利益を作る環境では、向上心のなさは悪い印象を与えます。

会社所属、多数での仕事、家族、複数の人間関係、経済なんかが該当します。

さまざまな人間で埋め尽くされた社会。必ず他者と関わり、共同して、協力して、利益と言う名の欲の満たしと解消に励む。これがルールとしてインプットされている人もいます。

例えば、会社に属すと他者と共同して仕事し、会社のために利益を上げる働きをします。

向上心があればあるほどに働き、評価を得て、給料を上げようと努力し、自分のためになりながら会社のためになり、資本主義に則った社会のためになり、経済の歯車になれます。

このような環境で歯車にならない人がいると、「えっ、どういうこと?!」と思われます。

社会では現状維持や経済を循環させるためにも、向上心がある人は善になり、向上心がない人は悪になる暗黙のルールがあると考えられます。

 

向上心がない人を悪くすることに意味がある人々

これは過去の私のことです。

向上心がない人を悪いと認識して、自分の利益にする。優越し、他を劣等させることに勤しむエゴ、我欲です。

実際には向上心があるのではなく、自らの正当化や肯定や承認されたい願望があり、自らを上(または下ではない)と認識し、「私はルールに順じている、頑張っている、正しいんだ」と思うために、向上心がない人にあえてフォーカスを強めて悪い印象を持ちます。

自らがまるで向上したと思え、ルールに則った正義であると認められ、さらにアリの法則(2:6:2)のように、ダメだと思える人がいることでモチベーションを上げます。

[向上心がない=悪いこと]にして、「それはおかしい」「あなたはダメだ」「怠慢だ」「給料ドロボーだ」とあえて認識します。

他人によって自らの存在意義や価値を見出す利益を求める場合には、向上心がない人をターゲットにして蔑んだり、馬鹿にするような人もいます。

※向上心がある人の見方については、「周りのレベルが低い?!」と感じた時にわかる心理と対処法 をどうぞ。

 

向上心がない心理

社会的には悪になりがちな向上心のなさ、何かとターゲットになるのであれば暗黙のルールに順じている方が安泰のような気もします。

「どうして向上心がないのか?」

会社員をしていた時の私には全く見当も付きませんでした。

しかし、海外を旅して周り始めてから、向上心のない人の多さに驚き、少しずつ理解することができました。

初めに気づいたのは、向上心がない人にはとても特徴的な心理があることです。

 

向上心がない人は感覚的で概念が少ない

「暗黙のルール、なんだそれ?」
「世間的にはこれがいい、どういうこと?」
「会社のために働く、なんで?」

概念があまりないためにルールに縛られない。縛りつけて今の社会の歯車に入れ込めることができません。

見ようによれば自分のことしか考えていないと思われる可能性もあります。

感覚的であると理解するのは自分の認知です。見て・嗅いで・聞いて・味わって・触って。

自分の認知を基に物事を認識します。考えて・知って・捉えて・評価して・判断して。

他人の意見や情報、社会のルールや常識などのが減り、「自分がどう感じ、どう考え、どう想うか」のが主体になります。

概念が少ないので、「これはこういうもの」「これをすれば良い、悪い」という思考による共通認識に対して、「うんうん、そうだよね!」とはなりません。

例えば、「ほにゃほにゃ賞という世界的に偉大な本の賞を取ることと、保育園で自分が作った本を子供達に読むのはどっちが大切?」となれば、迷うことなく保育園。

概念がないとリアリティを先行し、より身近で現実的で、他ではなく自分を主体にした喜びを選びます。

これらの心理によって、「今を生きる」という在り方になります。

 

嫌なものは嫌なものとして受け入れると向上しなくなる

向上心がない人の今を生きる在り方は物事を素直に認識し、受け入れる特徴があります。

あるものをあるままに、そのままをそのままに捉え、嬉しいものは嬉しい、悲しいものは悲しいと、感覚的で感性的な人間性が表れます。

嫌なものがあれば嫌であり、自らの認知との向き合いが正直です。

「恐怖心は心地悪く、苦しく、辛く、嫌で拒否したい。じゃあ拒否します」

「会社で働くと周囲からの圧力で心身がやられる、でも我慢してなんとかしよう」とはならず、嫌なものは嫌なものとして受け入れるので、立ち向かったり、克服したり、成長して恐怖との関わり方を知ったりと、次のステップへ向かいません。

今を生きる良さもありながら、その先にあるであろうレベルアップがなくなるために、可能性という未知への開拓や、未来への働きかけがなくなります。

これこそが向上心がないメリットだったりします。

 

向上心のなさは幸せに生きるためのメソッド

私は先にあるかもしれない光を度外視するさまが最も理解できませんでした。

「このままでいいの?もっと楽しい世界があるかも、もっと成長したら気楽になるかもしれないよ、今だけ努力すればその先の選択肢が広がるよ」と思ってしまう。

向上による広い世界に何か素敵なものがあると思っていました。

しかし、多くの人々と出会って明確にわかったのは、今を生きている人の方が明らかに幸せということでした。

「明らかに」は強調したい点です。

向上しない人は現状に対する不満や不納得を作る隙間がなく、「今がダメだから向上しなきゃ」にならず、今を如何に最高にするかの認識があり、今をとにかく受け入れます。

全く向上心がなく、最高に幸せな人達は個人的にはフィジー、トンガ、バヌアツ、あそこらへんの島国の人々だと思っています。

フィジーは世界幸福度ランキングでいつも一位ですので言わずもがなですが、実際に一緒に関わると意味が直ぐにわかります。

仕事を一緒にしていたのですが、10分でもあれば2時間くらい休憩する勢いで休憩します。

今を最高にするために全力で集中し、自分を主体にして感覚的。概念がないので周囲にどう思われるか、良い悪いの世間的評価を気にせず、先のことをあまり考えません。

概念がないのは縛りを作らないこと。考えないのは不安や恐怖を作らないことを意味し、支配や抵抗や反発などの余計なものがありません。

「仕事で出世したくないの?」

こんなことを聞いてはなりません。愚問ですのでギャグのようにゲラゲラ笑われます。

真面目な質問をネタに1時間くらいみんなでワイワイします。それができちゃいます。

向上心がないとは、現状を100%堪能して生きるための、シンプルな今の受け入れだと考えられます。

※向上心がないと幸せになる詳細は、【検証結果】何も考えないと起きるのは幸せ│あることと引き換えに…をどうぞ。

 

向上心が持てない時の考え方

仕事で向上心が持てない

向上心がないと幸せになれるというお話をお伝えしましたが、実際にはなかなかそういう訳にはいかないと思います。

仕事をする際には他者との関わりがあり、会社に属してお金を頂く立場であれば、向上心がないことは悪になってしまう可能性があります。

向上心の必要有無は環境次第で大きく変わります

フィジーのように、芋でも植えて落ちたココナッツを食べ、魚を釣って日々を幸せに生きる環境もあり、日本の資本主義のど真ん中で、経済歯車となって働かなければならない環境もあります。

私達は一人一人違う人間であり、AIではありません。

ニューロダイバーシティ(神経多様性)という言葉があり、神経や脳の在り方や特性は人それぞれという捉え方があります。

どれだけ頑張ってもできないことはあり、頑張ること自体が自己犠牲になってしまう人もおり、私達は本当に一人一人に人格があり、性格があり、性質があり、歴史があってバラバラです。

「敬い」という言葉一つとっても人それぞれの敬い方があり、自ら人を敬う積極的な人もいれば、受け身だけど人からの働きかけを全て受け止めてくれる、そんな尊重の在り方もあります。

仕事をする環境がどうなのか、どうして向上心を持たなければならないのか、今一度考える大切さがあります。

 

向上心がない人は人一倍責任を持つ大切さがある

社会で生きている以上、仕事や家族など他者との関わりがあり、向上心のなさを共存の中で尊重することは他を無視した自分勝手になりかねません。

向上心のなさを尊重していいかどうかは環境が大きく関わると考えられ、日本でも都心部か田舎か、個人事業か雇用契約かなどによって、自らの在り方を変えるか否かの必要性が変わります。

向上心がない人は今以上に何かを求めるのではなく、現状を如何に大切にして最高の形にするかの在り方があるので、今に対する認識を見直すとご自身のためになります。

仕事で向上心が持てない、家族のために向上心が欲しいけど持てないなど、着眼を他や未来にすることはとにかく合いません。

着眼は自分であり、今です。

今自分は何をして、何ができるか。

向上心がある人は未来や周囲も含めた責任があり、その分今に対する責任が希薄です。

責任とは自覚であり、自らの思考と行動を知り、認めることです。

未来に責任を持つ人は恐怖や不安との関わりがあり、戦いがあり、勇気を要します。

今に責任を持つ人はそれらがない分、今を如何に楽しみ喜び、幸せを作れるかの創作を要します。

人それぞれにできることとできないことがあります。

向上心がない人がしかめっ面をしても何も悪いことはありませんが、責任の希薄さが表れ、今にも未来にも責任がないと起きるのが自分勝手であり、過去への執着です。

向上心がないと未来への責任がなくなりますが、今に対する責任を強める努力ができます。

如何に自らが認められるように今の自分を作り、この仕事をする今を如何に楽しむか、この家族といる今を如何に最高にできるかが、今に対する認識の見直しです。

 

仕事することだけが仕事ではない

他者との共存は能力や目立った技能だけでは成り立ちません。

影の貢献者、人間関係を作る人、雰囲気を作る人、全体を認識できる人、管理する人とたくさんの役割があります。

向上心がないと業務成績への関わりは目立ちませんが、業務を進める過程では一人一人の在り方は何かしら影響し合っています。

私がフィジー、トンガ、バヌアツの人々と働いていた時、彼らは全く働きませんでした。

しかし、幸せそうな在り方は周囲に伝播し、楽しそうに会話したり仕事するさまは、重要な雰囲気作りになっていました。

中には仕事しないさまがモチベーション向上になっている人もおり、知らないところで全体として稼働する役割を果たしていたりします。

※働きたくない当たり前については、「働きたくない」の当たり前とおかしさに向き合う。無理に働かない生き方 をどうぞ。

 

向上心が持てない時は仕事を辞めてフィジーに行けばいい

向上心を持たなければならない、なんてことはありません。

環境の見極めが大切になり、今に対する責任を持つことで他者への見えない影響を与える力になります。

向上心のないさまは良い評価にはならないので、周囲からの圧力や厳しい目に晒されることは致し方ないと思います。

ましてや日本という統一的ルール従順の環境は、暗黙のルールに従う概念国家ですので、感覚的な人には合う合わないが顕著です。

向上心がない人には環境選びが最重要だと考えます。

仕事を辞めたり、縛りやルールの少ない環境探しは重要な選択肢の一つ。

極端に言うと、仕事を辞めてフィジーに行きましょうという考え方です。

今の時期では海外への移動は困難ですが、環境を選ぶことは今に責任を持つ意味そのものです。

海外でなくても縛りの少ない環境や施設を自ら作る選択もあります。

同じように感覚的で概念の少ない人と関わる時間を設ける大切さもあります。

子供や老人や動物です。

向上心があることもないことも、共に重要な私達人間の在り方です。

今に責任を持てる強みがあり、如何に幸せになるかは向上心がないからこその成長だったりします。

人それぞれの特性を活かしていきましょう。

※努力したくない向上心のない真意は、【努力したくない気持ちが教えてくれること】疲れる努力は誰のため? をどうぞ。

 

向上心がないのは悪いことではない まとめ

向上心があってもなくても、どちらも悪いことではありません。

大切なのはなんのために向上したいか、どうして向上したくないかの理解だと思います。

もっと別の幸せの形を探して満足したいのか、今あるもので幸せを極めたいのか。

現状を一つでも多く受け入れられる人は、本当に幸せそうです。

そこに向上するもしないもありません。

現実をそのままに受け入れられるのが感覚的な人です。概念やルールは社会的には大切であり、他者との共存では重要ですが、自分が希薄になり主体が他になる可能性を高めます。

自分が主体でなければ今の責任を持つ基盤がないので、幸せになる力が弱まります。

自分が主体であれば今の責任を持って、あらゆる今起きていること、今の時間、感覚、気持ち、思考を受け入れ、幸せを作る力を最大限発揮できます。

なくてはならないものではなく、向上心がなくても人それぞれの成長があります。

自己納得を広げる探求か、今の最大限の活用か。

未来への希望は眩しいか暗いかわかりません。確実なのは今の光をより知れば眩しくなるということかもしれません。

向上心がなくてもいいじゃない。

そんな理解がご参考になれば幸いです。

それでは、向上心がなくても悪くないというお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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