逃げ道を作り、認識を誤魔化し、現実と向き合わず、なでなでと甘やかし、なあなあにやり過ごす。
自分に厳しくできない時、憤りを感じて厳しくなりたい気持ちが芽生える。
しかし、自分を責めた時、既に甘えであることは非常にわかりにくいです。
自分に厳しくできない際、自らを過酷で辛い状況にさらし、なでなでをガサガサと荒っぽくしてしまう可能性があります。
厳しさの意味をはき違えると、ストイックに自らを傷つける筋トレのようになりかねません。
私自身何度も痛い目を見ましたので、ここでは自分に厳しくするには何が大切なのかを見ていかれてください。
- 自分に厳しくできない人とは?
- 自分に厳しくできないのはなぜ?
- 自分に厳しくするにはどうすれば?
これらを紐解き、甘えていないと思うために厳しくするのではなく、厳しさを自分のために活用する内容となっております。
「厳しさ」を自らの在り方に適応させる場合、辞書の意味合いとは大きく変わりますので、ご自身を大切にしながら成長や向上を図る一つの考え方となれば幸いです。
Contents
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自分に厳しくできない人の特徴

自分に厳しくできない人の特徴11選
1,納得していないのに完結する
「もうジョギング疲れた、痩せてないけどこれでいいや」
自己納得がなくても物事を終わらせ、自分の中で収集をつけられる特徴です。
「はいみんな集まってぇ、今回は目的達成できなかったけど、まいっかってことで解散、パー」
楽観的で気楽な特徴でもあり、メリットにもデメリットにもなりますが、厳しくする場合にはデメリットになります。
2,妥協点を探すのが上手
不納得が起きても、自らの納得ハードルを自由自在に下げられます。
妥協や諦めやすい特徴となり、設定した目標や目的が強くない表れとなります。
3,逃避癖
嫌なことがあれば逃げる選択が優位になる特徴です。
[戦うor逃げる]の選択で迷わまい場合、自分に甘くて厳しくできなくさまが表れます。
4,責任がない
自らの思考や行動を認めていない特徴です。
自分のことを自分自身で認めていない意味でもあり、他によって認めてもらうのが当たり前の人もいます。
責任を持たないと自らの行為をなあなあに認識できる利点があるため、妥協や逃避する際の一歩目が早くなり、少しの間も嫌なことを味わわない対処法になります。
5,自己評価が低い
自らが自らを捉える認識が少ないため、自己評価できなくなってしまう特徴です。
自信がない特徴であり、タイプが分かれます。
- 自らを低く見積もる
- 自らを他によって見積もるので、自分自身では自己評価していない
特に②は、「あなたは可愛い、カッコいい、運動できる、仕事できる」など、他によって評価されるので自己評価が高いと思う人もいます。
しかし、自ら評価していないので自己評価そのものが存在せず、急に一人になりたかったり、虚しい気持ちになったりと空虚感を感じます。
6,めんどくさがりで継続力がない
飽き性で我慢できず、目的への強い念や覚悟がなく、「まいっか」と継続できません。
特にめんどくさがりな特徴が継続力の育みを邪魔し、途中でピョイっと投げ出しちゃうこともしばしば。
7,恐怖心が苦手
嫌なことに対する抗体がなく、危険・苦痛・拒否(恐怖心)の認知が人一倍強い特徴です。
恐怖心との向き合いができず、見たくない現実が起きれば目を背けるのが恒常化します。
嫌なことの乗り越え以上に、嫌なことが起きない状態を強く望みます。
8,罪悪感が強い
認識力が高い特徴です。見たくないから逃避しても、しっかり目の当たりにしている事実を認識してしまいます。
甘え、妥協、諦め、怠惰、めんどくさがり、逃避、我慢しないなど、全ての自らの在り方を捉える力があるからこそ、後ろめたさや罪悪感を感じやすくなります。
9,知性の活用が少ない
失敗を活かしたり反省するのが苦手、またはしない特徴です。
知性以上に感性や感覚的に欲に従う優先度が高く、自らを俯瞰させたり、認識を自分からではなく外側から捉えるなど、思考を使った工夫や応用がなく、知性への重んじがない人もいます。
10,やりたいことがない
強い目的や目標がない特徴です。
道しるべや達成意欲がなく、何に向かって進めばいいのかわからないと、自分に厳しくできないのは当然です。
11,誤魔化し
自分に厳しくできない人の最も大きな特徴です。
自らに嘘をつき、認識を誤魔化します。物事をしっかり認識してしまうからこそ、見たくないものも見えてしまい、より誤魔化しが強まります。
以上が、自分に厳しくできない人の特徴でした。
自分に厳しくできない原因
上述でお伝えしたのは、自分に厳しくできない人は、自分に甘い人とは少し違うことがわかる特徴です。
自分に厳しくないからこそ厳しくしようとするのは、[自分に甘いことへの負の印象+厳しくない自分自身への不納得]があると考えられます。
[拒否感+不納得=現状の自分に納得いっていない]
妥協点を変えて納得できるようにするのが特徴の一つですが、自らの在り方に対しては妥協がありません。
これは明らかに自分に甘くない人です。
ただ、厳しくもありません。
甘くも厳しくもないことは、自分がどの道を歩めばいいかわからなくなっている状態です。
この心理がある場合、自分に厳しくできない原因にはあることが見出されます。
憤りを発散できていないことが原因という考え方です。
自分に厳しくできないのではなく、自分自身を誤魔化すことに我慢できない心理です。
自分に厳しくしたくない原因は誤魔化しと我慢癖
厳しくできない理由は、厳しくしたくない一択です。
「どうして厳しくしたくないの?」の答えとなる原因には、誤魔化しの多さがあり、それに我慢できない状態が考えられます。
実際には我慢し続けているからこそ、これ以上は我慢しないぞという状態です。
しかし、感受、思考、起きている事実を捉える認識能力の高さにて、誤魔化している事実を見続け、不納得の在り方に何も言わずに我慢し続けてきました。
[自分の心理vs自分の心理]で反発。
我慢が限界にやってくるとドーンと噴火、「自分に厳しくするべきだ、厳しくなりたい」
「自分に厳しくなりたい=これ以上誤魔化し続けることに我慢できない」と考えられます。
これまでの内容から、自分に厳しくできない、厳しくなりたい全ての原因となるのがこちらです。
誤魔化し。
※いつの間にか我慢してしまう際は、【我慢してしまう癖をやめる方法】いつの間にかうぬぼれている?!をどうぞ。
自分に厳しくするには
ここから厳しさを追加する内容へ入ります。
初めに、「厳しい」の意味を明確にしていきましょう。
自分に厳しくするとは?
「厳しい」とは、なさけ容赦がない厳格なさまを意味します。
容赦なくすると、エベレストに登る人のようにとんでもなく厳しくなり、言葉通り厳しくしては大変ですので、厳しさを自分に追加する際には意味が変わります。
人によって厳しくする目的が違うので、「なんのために厳しくするのか?」の答えを知る必要があります。
例えば私の場合、甘ったれて恐怖から逃げる在り方に納得いかず、アラスカの森に60日間彷徨わせました。
まるで地獄にぶち込んだ日々でしたが、この際の目的は明確に「強くなる」という弱さの克服でした。
弱さは誤魔化し癖でして、自分はこうしたいのにしないで逃げる、逃げているのに逃げたと思わず、しょうがないと思い、常識的に違うと取り繕い、他責で誰かや環境のせいにする。
誤魔化して責任を持たず、常に逃げ道を作る在り方に納得いかない状態でした。
弱さの克服の場合には不安や恐怖心と向き合えないさまがあるので、「なんのために厳しくするのか?」の答えは、「事実を事実として認めるため」です。
誤魔化さずに自らが自らを認めるため」です。
人それぞれに答えは違いますが、共通して考えられるのが、「自分に厳しくするとは、誤魔化さずに自らを認める意味。これがここでお伝えする主旨です。
自分に厳しくするポイント
実際に厳しくする際、することはシンプルです。
自らを誤魔化さない。
例えば、「自分に厳しくできない、くそっ」と自らを責める場合、明確な甘えになります。
本来は自分に甘い人ではないと思いますが、この行為は自分に対する不納得の蓄積緩和のために、甘えて納得を得ます。
自らを責めると、まるで戒めて叱咤、在り方を叩き直し、奮い立たせるように思えますが、実際にしているのは慰めであり、頭をなでなでしている行為に変わりなく、改善や変化に繋がりません。
このようには思いたくないので誤魔化しそのものが起きて、自らを責めて一時的に納得しようとします。
こういった例は本当にたくさんあります。私達人間は脳を誤魔化しのために多用します。
悩み相談は一方的なストレス発散、話を聞けている良い自分を作って満足、気を使っていい人の振り、友達として関わりながら実際は孤独回避、可哀想と言って自覚しないように見下し、他者の配慮は全体を把握したいだけ‥‥、もはや無限にあります。
少し厳しいですが、こういった現実認知と向き合わず、事実を誤魔化すのが厳しくできない原因ですので、事実を誤魔化さずに向き合うのが自分に厳しくするポイントです。
厳しくする注意点:筋トレや完璧主義的厳しさとは違う
注意点がありますので明確にしておきましょう。
一人で全部をこなすなど、他者を信頼しない心理があると、自らの首を絞めてしまう可能性があり、ストレスを溜めやすく、不安や恐怖の克服には繋がらず、筋トレ的な厳しさになります。
筋トレは細胞を傷つけ、回復する肉体だからこそ意味があります。しかし、自らの在り方を筋トレ的に厳しくすると精神が傷つき、自然に回復しないので病院代のための日々を生きるなんてことが本当に起きます。
自らをあえて過酷にし、重りを足首につけ、背中に強制ギブス、腕にブロック塀ですので、辞書の意味通りですが、ここでお伝えする厳しさとは別物だと思ってください。
自らをコントロールして思うままに管理しようとする完璧主義がありますが、こちらも全くの別物です。
完璧主義は厳しさではなく縛りです。
自らの行為、結果、思考を縛り、自らが求めたもののみを手に入れようとします。
他の評価や反応、承認や価値取得有無の「他」が主体ですので、他に認めてもらうための能力向上にはなります。
筋トレや完璧主義的行為は別の意味がありますが、誤魔化しをなくすとは自分にとっての事実を隠さない意味ですので、これらとは交錯しないようにご注意ください。
※自分に厳しすぎる注意点は、【自分に厳しすぎる人へのエール】能力を無駄にしないための注意点 をどうぞ。
自分に厳しくする方法①:恐怖逃避の認知
それでは実際に厳しくする段階へ入りましょう。
方法は自らとの向き合い。これまで目を逸らして瞑っていたことを見るのが大切ですが、目をひん剥けると自己防衛が発動してバタンと急速に心を閉じる可能性があります。
目はひん剥けず、目を逸らしたら逸らしたと認めるのが方法です。
嘘をついたら嘘をついたと自覚。
誤魔化したら誤魔化したと自覚。
嫌なもの、見たくないもの、拒否したくなる恐怖心。
恐怖心は強さの材料となる重要なものですが、拒否感が表れる嫌なものです。
嫌なものは嫌ですので、自らの認識を誤魔化さず、事実は事実としてそのままにするのがファーストステップです。
嫌なものを良いものだと思うのが誤魔化しですので、そのままはそのままに。
自らの認識を信じる意味となります。
自分に厳しくする方法②:目的設定
セカンドステップは自らの歩む道を明確にします。
仕事場では自分に厳しいけれど、それ以外では厳しくないというように、場所や環境、周囲の人によって厳しくなくなる人もいます。
厳しくなくなる時、行動が明確ではなく、めんどくさい、やりたくない、やりたいことがわからないなど、行動しないことを優先する状態になります。
目的がない、または目的達成意欲が弱いと、普段は厳しくても厳しくできなくなりますので、自分が何をしたいか明確にする必要があります。
例えば、ダイエットで食事療法する時、「やせたい、健康的になりたい」などの目的がありますが、「周囲からよく思われない、馬鹿にされたくない」など不安や恐怖と向き合いたくないのが真の目的かもしれません。
自らを高めたり喜びを得る目的ではなく、恐怖から逃げられるようにする目的は、自分が本当は何をしたいのかわかっていない可能性があります。
一回一回目的を設定する習慣化
目的の明確化には、習慣化がおすすめです。
もういちいち目的を設定して行動します。
「今日は仕事でこれだけするぞ」「18時までに家に帰れるようにするぞ」など、なんでもいいのですが、些細なことにも小刻みに目的を作り、達成したかどうかをちゃんと自覚します。
例えば、都内と田舎暮らしを比較すると、都内では便利な点が多いと思います。この便利さは言い換えるなら他力です。
これが甘えになる人もいれば、厳しくするための工夫になる人もいます。
毎日出社する時にカフェでコーヒーを変える便利さ、スーパーがあり、飲食店があり、休日は暇つぶしがたくさんある。
これらは自分ですることを分散させて、他にやってもらえる状態です。
コーヒーを自分で豆から煎って入れなくても、注文して数分待てば出て来る。この時、甘えの材料にもなりますが、コーヒーを淹れる時間や労力を自分のために使うと目的を明確にし、この後の仕事を達成する目的を持って挑む効率化にも、より力を追力する工夫にもなります。
自らが望む目の前のことに、「今日はこれを達成しよう」など、大小関わらず一回一回設定すると、甘えているからこそ自分に厳しくできているとわかるようになります。
自らを誤魔化さないとは、自分のできることとできないことを明確にする意味でもあり、目的設定はこれを無意識にはっきりさせ、行動へ向かわせる力になります。
自分に厳しくする方法③:自分に甘くする
最後のステップは甘くしちゃいます。しかし、頭をなでなでする責任放棄とは違います。
自分に厳しくすると起きるのが、恐怖心との対面です。
それでは、いざ恐怖と向き合いましょうとなった時、恐怖が嫌なのに無理矢理対峙すると、自らを自らの拒否感と戦わせる[自分vs自分]になります。
この戦いをもし本当にする場合、「死」が待っています。
私は痛い目を見たので、ここでお伝えしたいのは戦わなくてもいいことです。重要なのは、恐怖は嫌なものとして認める。これが自分を誤魔化さないさまです。
自分に厳しくできない時には、厳しくできない自分を認めて、目的を持って目の前のことに一生懸命取り組みます(これが上述の①②)。
これをすると誤魔化しがなくなるので、誤魔化しによる自分への甘え、いわゆる自分に厳しくしたいと思う原因がなくなります。
問題解決は、自らが望むものを手に入れる完璧主義的厳しさ、不満解消ではなく、問題の根本を把握して改善する行動です。
自分に甘くするとは、誤魔化しをなくして自らと真に向き合う結果。
頭をなでなでする甘えとは別物の、自らを信じて自分のできることとできないことを認め、他力の時は他力、お願いする時はお願いし、することは目的を持ってする。
これが責任を持って自分に厳しくする状態です。
※自分に甘くする利点は、【自分に甘いのは悪くない】末路は条件付きの幸せorアンタッチャブル をご覧ください。
自分に厳しくする方法 まとめ
誤魔化しには責任のなさ、責任を空白にする自分を自分で認めないさまがあります。
責任とは社会的には「負う」概念を持つ人もいますが、実際には責任とは自分にしか付帯されておらず、「持つ」ものです。
自らのものしか持てないため、自らの思考と行動、そして認識を自覚して認めることが自責の表れです。
これを筋トレ的に厳しくすると、他者の責任までも請け負って自分のものにしようとします。
厳しく言ってしまいますが、これはうぬぼれ以外の何物でもありません。
このような厳しさ、もとい、うぬぼれをなくすと、知らぬ間に我慢していた無意識の誤魔化しが表れ、見えなかったものが見えるようになります。
誤魔化しにある責任は、自らの信頼でもありますが、それ以上に他者を信頼しているかどうかがはっきりわかります。
責任を持つことは他者には他者の人生があり、生き方があり、生きる道があると尊重する意味が含まれ、甘えるためにも自らのできることとできないことを認め、行動の目的を決める大切さがあります。
まだまだ知らぬご自身がいます。認識力の高さは自覚を強め、見たくないものも多く見てしまうので誤魔化しを強めますが、真実を見ている意味でもあります。
ぜひ、無意識のご自身を知っていきましょう。
厳しさとは自らとの誠実な向き合い。そんな理解がご参考となれば幸いです。
それでは、自分に厳しくする方法のお話を終了します。
最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。
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