悩み

誰とも話が合わないのは変人だから?改善は一言「饅頭普通に食わせろやー」

「この人と合わない、何が面白いのか、合わせられない、意味プーだ、あなたの名前はプーだ」

人によって、それは友達のあの子、彼氏、彼女、職場のあの人、上司などと話が合わないことがあります。

ですが、誰とも話が合わない人がいます。いわば、自分の周囲の人と話が合わない。

多くの人はその状態を善とせず、関わり方を模索して人間関係を作り、自らの居場所を作り身を休め、守ります。

これをできない人がいます。私。

正確に言えばできますが、する意味がない、利益がない、動機がないので行為に向かわない、向かえない、向かう理由がない。

「誰とも話が合わないのは当たり前」

そんな話を、私の理解からお伝えします。

話が合わない原因には、人間性の構築となる根底の根底、意識に潜む奇妙な理解があったりします。

まずは原因を、お困りの場合には悩みの改善を、そして「なんでもいいね」という理解を。

あやしい内容ですので、見極めてご覧ください。

誰とも話が合わない

誰とも話が合わない原因

話が合わないのが人によってであれば、その人と自分に合わない原因があるので、見るべき対象が二つとシンプルシンプルです。

しかし、誰とも話が合わない場合、見るべき対象は完全に己、自分だけのシンプル。

話が合わない時は結構あります、思い出してみましょう。

「ねぇねぇみんなでお土産のお饅頭食べようよ」
「なんで?で?」

「あの発注の件だけど、ちょっと数が少なかったから」
「なんで?で?」

「昨日のテレビに出てたお相撲さん、歩く度にフーって言ってたね」
「は?で?」

「今日はお姉ちゃんの誕生日だから、プレゼント何が良いと思う?」
「は?で?」

いや、誰とも合わねー

思わずツッコンじゃいましたね。

ここでわかるのは、誰しも人に合わせて話していることかと思います。

合わせる必要がないのは、自分が好き勝手発言する時、自分のためになる時くらいです。

そんな話から、

誰とも話が合わない原因は、他者に興味がないことが考えられます。

言い方を変えると、「興味云々の前に関わる意味がわかってない」です。

 

誰とも話が合わない人のタイプ

他者そのものの存在や話に興味がない、誰とも話が合わない人にはタイプがあります。

誰とも話が合わない人のタイプ
  1. 自分を見失った喪失
  2. 己に集中する天才
  3. 個を尊重する変人
  4. 自分に興味があり過ぎる自己愛過多

喪失は自分にも興味がないので、「誰かと話そう」と思うことすらないと思うので、ここから一旦抜きます。

残りの三つには全て共通することがあります。

自己認知が高い(自意識が高い)。

ですが、天才は自我を超えて自分という認識もなくなり、話しが合わないことに何か疑問や悩みを抱きすらしませんので、ここから一旦抜きます。

変人と自己愛は個を尊重するか主張するかに分かれ、変人は個を尊重するので、一人一人他者の在り方に個があれば敬います。

そのため、変人は変人と話が合います。

言い方を綺麗にすると、己の世界を持って個を敬う人は、同じように己の世界を持つ人を敬います。

変人は居る場所や関わる人が変人系統でない場合、話が強烈に合わない感を抱きます。

「何が面白いのかわっかんねー」と頭をもたげうねる。

そして、「もういいや、めんどくせー」と関わる時間を無駄に思い、話が合わないことを気にしなくなります。

変人もここから抜きたいところですが、ちょっと待ってください。

自分が変人(己の世界を持つ)と気付かない人は、おそらくこの世に相当いるかもしれません。

なので抜かない。

残すは自己愛過多です。

誰しも自己愛は持っていますが、過多になると自己愛を主張して自分への興味がこの世の中心になるので、自分以外の誰とも話が合わなくなります。

唯一が、自分の望み通りにしてくれる人、話を聞いてくれる人、満足と納得を与えてくれる人でして、それは会話でも何でもない一方通行。

ここでお伝えしたい、誰とも話が合わない人のメインは変人(未だ気付いていない人)、そして自己愛過多です。

これらのタイプに共通点があります。

誰とも話が合わない状態が起きると同時に、それに疑問や悩みを抱き、気にすることです。

この紐解きをここからしていきましょう。

※変人は基本的に話が合わない話は、変人と言われる場合の明確な捉え方|変わっている人には基準がある をご覧ください。

 

誰とも話が合わない人の特徴

誰とも話が合わない人とは

変人だと気付いていない、自己愛過多。

ちょっと言い方が誤解を招くので変えましょう。

自分を抑圧して解放しない人、自分を愛していない人。

変人だと気付いていない場合、押し込めようとします。

自らの在り方や真意を吐き出さず、解放を止めて制限を強めて抑圧し、周りと合わせようとします。

いわば、自分を認めていないので、他律で他のルールや常識に従うというものです。

愛の主張は、自信がない時に自信を主張するようなもので、お金持ちが金持ち感を主張しないように、既に満たされていれば主張しません。

いわば、自分を認めていれば、主張はしないというものです。

ここでタイプが綺麗に二つに分かれることがわかります。

  • 変人
  • 天才

※自分を認めているので、話が合わずとも気にしない

  • 変人に気付いていない
  • 自己愛過多

※自分を認めていないので、話が合わないと気になる

認めることで、変人のように同じ己の世界を持つもの同士の人間関係が作られ、それぞれに個々を主張した綺麗で馴れ合いのない繋がりを作ります。

または天才のように完全に己の世界にのめり込み、誰と関わらずとも気にならず、気にする概念の理解すら無駄なほど、孤高の生き方を作ります。

気付くか否か、それは自覚するか否かの違いがありますが、全てのタイプには共通して、「誰とも話が合わないってどういう意味?」の答えがあります。

「誰とも話が合わないのは当然でしょ」です。

変人が変人と話が合うのは、相手を尊重しているからです。理解しようとする気があり、興味・関心があり、相手の話を聞きたい、自分の話を聞いてほしいという欲求があります。

欲求とは生きる力、動力です。

天才はその基盤を知り、自己認知が高いために話すらしない。または話しても個々は別々の存在で、別々の意見を持ち、別々の世界を持ちと、別々の上で己の世界を常識的に中心にします。

ここでお伝えしたいことは、自分を認めているかどうか以上に大切な理解となる、誰とも話が合わない人の特徴。

それは、「心から、誰とも話が合わないのは当然だと思っている」ことです。

自分を認めないと、この真意を顕在的に認識しません。ですが、潜在的には常に認識しているかもしれません。

この真意、私の理解では人を敬う基盤であり、人と心から繋がるための絶対的に必要な認識です。

詳細を見ていきましょう。

※同じように見えて全く違う理解の話は、どこに行っても嫌われることが辛い時│人相とエネルギーに改善の道 をご覧ください。

 

誰とも話が合う人

話が合わないのが当然である理解、自分を認めず他律であればあるほどに、自分を愛していなければいないほどに、いわゆる変人に気付いていなければいないほどに、自己愛を主張すればするほどに隠れていきます。

隠そうとすればするほどに隠れます。

「そんな考え方はダメ」と危惧、恐れ、不安に。
「自分を愛していないなんてことはない」と拒否、隠ぺい、誤魔化しに。

すると無理矢理に話を合わせようとします。全く状況も状態も違い、価値観も認識も違う人にすら話を合わせようとします。

おそらくご本人が最も自覚していると思いますが、「いや、合っわねー!」と。

なんせこの世で最も合わない人達と合わせようとしているから、だったりします。

この理解、少しややこしいかもしれませんが、わかりやすくしてくれる存在がいますので、今日は来てもらいました。

誰とも話が合う人です。

言い方を変えると、誰とも話を合わせられる人。

八方美人とかですね。

とにかく他に合わせて従います。すると起きるのは人間関係は上下関係に。

上下関係は立場や状態をわかりやすくし、話す内容も話し方すらも決まり、損得、恩徳勘定の利益追求の関わりや、ルール順守の規律性、余計なストレスを削減する未知への恐怖回避などに役立ちます。

いわば、完全なる他律従順。

ここに何も悪いことはありません。

ただ一つ明確なのは、誰とも話が合わない人にはまず合わないと考えられます。

八方美人で自分を消して他と関わる。
それができていれば苦労しません。

「ここに私の世界にとってなんの意味があるんですか?」と答えを見出そうとするのが自己認知の高い人です。

意味がわからなければ、どれだけ頑張って関係性を作ろうとしても動機も動力もないので、即日終焉、シュン、もう無理となるのは自然です。

誰とも話が合う人は上下関係に身を投じても我慢できます。そこには本人にとっての利益があり、意味があり、理由があるからです。

嫌われない、否定されない、非難されない、陰口を言われない、拒否されない‥‥。不安や恐怖を感じないという利益。

誰しも嫌われたくないものです。しかし、話が合わない人はそんなことより遥かに重要な認識があります。

「自分の行為の意味を自覚したい」

話を合わせようとする自分の行為の意味、納得できる答えを知りたいんです。なぜならば自分の行為だから。

これ、「自分でいたい」という意味です。

本当は自律があり、己の世界があり、自分を認めたい気持ちがあり。

それが消えない、拭えない、隠せない、出てくる。
人間関係の改善を頑張れば頑張るほどにアラームがなる、サインが響く、合図が教えられている。

誰とも話が合わない人は、誰とも話を合わせられる人、または誰にでも話を合わせようとする人々との明確な違いが、根底の意識としてあると考えられます。

※合わない人の詳細は、波長が合わない人や場所から離れる?留まる?│対処法は人間の基本原理 をご覧ください。

 

誰とも話が合わない 改善

誰とも話が合わない人が知りたいポイント①

この内容の核です。

私自身、周囲が話す内容から、「一体何が面白いんだろう?」「あ、笑ってる」「今のどこに笑い要素があったかな?」「笑うってなんだ?」と、わからないことの模索が多々ありましたが、この状態から大切な理解に気付きました。

  • どれだけ答えを見出してもわからない場合、わかる気がない
  • どれだけ頑張っても自分が変わらない場合、その先に答えはない

この二つは、既に自分の中に答えがあることを意味します。

答えがわからなければ、相当な頑固者でない限り受け入れ、自らを変えたり学んだりと、知識や経験を追加して自分なりに理解しようとします。

ですが、どれほど頑張っても自分を変えたり受け入れられない場合、真意として自らの答えを既に持っている可能性があります。

誰とも話が合わない人の真意となる心からの意見には、顕在的に自覚できずとも潜在的に認識している答えとして、人間関係における在り方が明確にあったりします。

上下関係ではなく、対等な関係を求めることです。

対等な関係とは、まさに変人:変人の関係性そのもの。お互いの共通認識にておきる、同じ会話・対話空間のシェア。

この空間はお互いがお互いにフィールドを保持して干渉しません。お互いに共通認識した際に共有という形で調和しますので、必ず一方通行にはならずに両者の許諾があった上でフィールドが交えます。

上下関係でこれはまず起きません。ビジネスシーンや規律など、必要な場所や環境があり、鎧や武器、守ったり隠したいものがある場合には重要な方法です。

しかし裸同士の場合、いわゆる鎧や武器のない状態での会話や対話の時に上下関係が出てくると、意味がわからなくなり得ます。

そもそも、こんなことは意味わかりません。

心を露わにせず、隠し事をしながら、相手を詮索し、利益のために利用し、利用され、損得が生まれ、恩徳勘定が起き、主導権を握り、下手に出て、上手を決め、思考が巡り、比較し、優劣を見出し‥‥。

「いや、別でやれー」

お土産の饅頭をくれるなら、その場に参加しなきゃダメ感を作るんじゃないと。

しかしこれは日本の常識でありルールですので、なかなか難しいこともあります。

誰しもが調和して饅頭と共に食っちゃべってくれればとても温かい対等な関係になりますが、ここに一人でも上下関係を、「あ、饅頭食べたね」と、「あ、この集団に入ったね」と、「それじゃあみんなと同じ空気にしてね」と、「調和を乱さないでね」という人がいれば、くー難しい。

我慢しちゃう、抑圧しちゃう、自分がダメだと思っちゃう。既に上下関係の渦の中、自らを下にする認識に進んでいたりします。

これはもう合わない、何が何でも上下関係は合わない。

「饅頭普通に食わせろやー」という話。

話が合うのは対等な関係を求める・作れる人です。

※孤独もあり。そんな話は、孤独を楽しむとは人生を喜ぶこと│一人であることを活用しない手はない をどうぞ。

 

誰とも話が合わない人の知りたいポイント②

二つ目は、思考ではなく感情寄りの可能性です。

話が合わない人は、思考にてルール作った会話や対話以上に、感情(情動や感性)を主体にした形式が合っているように思います。

己の世界を持つ、または自分としていたい人は、自らを中点にして人と関わります。

この軸は何があってもずれない人間性の基盤であるために、ここを変えると苦しくなります。

思考による表現とは外部情報による組み合わせや計算式のようなものですので、ほとんどの情報は自分以外の他によって影響され、インプットされていると考えられます。

一方感情は、他の影響も大きく関わりますが自らの体感が主体になるために、自分が中心である基盤を認識した表現となります。

いわば、自分を忘れないコミュニケーションとなるのが感情を含めたものです。

これは喜怒哀楽でガヤガヤめんどくさい人ではなく、情動や感性を含めた会話をすることで、より自分に見合った話し方や関わりができる意味です。

イメージとしては、ジェスチャーを交えた感情豊かな手話が、合うコミュニケーション方法かと思います。

言葉がなくとも気持ちや感情などの情動を伝える方法もあり、その場の空間共有や、想いを伝える動作、アイコンタクト、波動伝播など、コミュニケーション方法は多岐に渡ります。

思考以上に感情や感性主体が合う場合には、手話のようなコミュニケーションは新しい自分ならではの会話形式となり、より自らの核を見出す心地良い人間関係の構築になると思います。

以上が、改善のためのポイントとして、私が理解していることです。

何か思い当たることがあればご参考にされてください。

※会話と対話にて話が合わない話は、会話ができないのは対話との混同│改善は会話必要なし?!をどうぞ。

会話ができないのは対話との混同│改善は会話必要なし?!二人以上で話し合うことを会話と言いますが、会話できない、または苦手な人はとても多くいると思います。 世代や年代の違う人同士の関わり...

 

誰とも話が合わない まとめ

「心から、誰とも話が合わないのは当然だと思っている」

この認識はちょっと冷たい感じはありますが、真意には人を敬う関わりをするために必要な理解が潜みます。

私達人間は、自尊を持っているのが当たり前で生まれてきました。

しかし、強制や干渉、批判に無視など、自尊を傷つける外部影響の中で育っていく人がほとんどです。

特に日本はルールや常識に厳しく、順守・従順意識の高い人が多いので、規律が整う住みやすい環境が作られる良き面もありながら、不安や恐怖が多く自身や自尊がない人も多くなるのかもしれません。

すると、人との会話・対話は、ネガティブな状態がない=自尊を傷つけられる可能性がない状態をプラスだと認識して満足する人もいます。

そこに利益が見出せると、他者と話を合わせることに意味があり、理由があり、動機があるので、頑張ればできるようになります。

ですが、どれだけ頑張ってもできないのが誰とも話が合わない人。

言い方を変えると、己の世界を持って自尊を自ら作れる人、ネガティブなしではなく、ポジティブありが満足の人です。

傷付けられないように防衛すると、自己を抑圧して他律になったり、自己愛を強めて自らの力だけでもなんとか愛そうとしますが、その状態になればなるほどに違和感と抵抗を感じる場合、あなたは変人であり、自尊は守られたまま保持されています。

ただちょっと奥へ行っているだけです。

変人は最高です。

己の世界の尊重は、他の誰とも話が合わないのを当然とします。

これは個々を尊重する認識であり、排他や拒否を撤廃する一掃の基盤。

話が合わないのは自分に対する敬い、自尊を忘れない軸となり、その上で相手の個々の認識を聞いて、感じて、理解することで、一つの意見として聞いたり、戯言として笑ったり、勉強になると学んだりと共感します。

そこには執着を欲せず、相手を飲み込み、飲み込まれの上下関係なく、個々を排他しないフラットな見方があります。

誰とも話が合わないのは当然です。

これを当然とするためにも、まずは自らを認めて、自分らしい関わりを探求して考察して研究してみてください。

別に誰かと話さなければならないことはありませんので、孤独の生き方も己の世界を尊重する大切な生き方です。

自らの在り方は自らが決める。

そんな方が、誰とも話が合わない人ではないかと思います。

それでは、誰とも話できないから、折り紙に命を吹き込んで家族を作ろー。

いやもう、変人とかじゃなくて魔人ー。

ってねー。

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ふざけた人生哲学 幸せはムニュムニュムニュ

サラリーマンだった人間がおかしくなる、とある森での変人化計画とその全貌。

一人での森生活、襲ってきた熊は忘れていた大事なことを思い出させ、そこで見つけたものはムニュムニュしていました。

一風変わった哲学書であり、森を舞台にした一人の元サラリーマンが自分を探し出す物語。

自分を見失い、人生に疑問を抱き、違和感を感じる時こそ、本当の自分という名のふざけた自分を見つけ出す変貌ストーリーが始まります。

忘れている大事なことを思い出し、自分らしく人生を生きるための経験と知恵を詰めた内容です。何か興味を感じた方は、ぜひ始まりの合図を受け取ってください。

 

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