悩み

どこに行っても嫌われることが辛い時│人相とエネルギーに改善の道

どこに行っても、何をしても、老若男女、オールラウンドに嫌われる。

これは辛いです。

辛い理由は改善の余地が見えないこと、だとお考えの方、ここで私のわかることをぜひ知っていかれてください。

妬みや嫉み、清潔感や話し方、性格などに起因して嫌われるのであれば、改善や対処ができるために、自らへの変化や行動を促せます。

しかし、どこに行っても嫌われることは、理由も原因もわからず改善の道がわかりにくくなり、先行きの不安や恐怖に襲われ、嫌われることを気にしないなんて悠長なことは言ってられなくなります。

ここでは、本当に訳もわからずどこに行っても誰からでも嫌われて辛いと思う方を対象に、嫌われる理由の特定をお伝えします。

私の少しばかしの理解ですが、人相とエネルギーからわかる改善への道がありますので、役立つことを願います。

どこに行っても嫌われる人

どこに行っても嫌われることの意味

関わる人の認識と同時に、本人の認識による両者の合致・不一致の兼ね合いがあり、千差万別の嫌われる理由があります。

ですが、嫌われるからには必ず理由があります。

人によって理由が変わりますが、共通していることは不利益を相手に与えていることが考えられます。

この不利益を無意識に与えている場合には、嫌われる理由がわからず、「何故か嫌われる」となります。

そんな不利益とは、見たくないことをされる、知りたくないことをされる、認めたくないことをされる、拒否したくなくことをされる、と言った、嫌なことをされることです。

人によって、
「この人と居ると楽しくないから嫌い」
「見透かされているようだから関わりたくない」
「利用されているようで嫌」
「私物化されて支配されているから嫌」
「支配と執着をさせてくれないから嫌」
「見下されているようで嫌」
「一緒に居るとまるで私が嫌な人みたいに思われるから嫌」

人間とは優しくもあり、勝手でもあり、さまざまです。

嫌われることは自分の非か相手の非かはわかりにくいこともありますが、どこに行っても嫌われる人はとてもわかりやすいことが一つあります。

嫌われる理由は自分自身にあり、相手ではないということです。

どこでも嫌われることは、男女、年齢関係なく、子供も老人も嫌ってきます。

そのため、嫌われる理由は明らかに相手ではなく自分にあります。

 

どこに行っても嫌われる人の特徴

世の中にはたくさんの人がおり、人を嫌いになれない人もいます。

そのため、どこに行っても嫌われる人は、特定の人を引き寄せていることが考えられます。

それが、人を嫌いになれる人です。

嫌なことをされれば人を嫌いになれるのは当たり前だという考え方もありますが、人を嫌いになれない人は世の中に本当にたくさんいるので、わかりやすく“人を嫌いになれる人”とここでは表現したいと思います。

どこに行っても嫌われる人の特徴となるのは、人を嫌いになれる人が周囲に多いことです。

それは、脳の認知機能や引き寄せの理解から、本人が同じように人を嫌いになれる人であり、そのような人を引き寄せやすい認識や波動を持っていることを意味します。

この特徴は人を敬う気持ちがないことを意味し、嫌われる経験の蓄積によって、その人をその人としてそのまま見ていない可能性があります。

言い方を変えると、自分の見たいようにしか見ていないことです。

以上は、どこに行っても嫌われる人の大きな特徴です。

敬いを持って人を見ないことは、嫌われた時にも自分の保身や正当化、自分の態度や在り方にフォーカスして、「どうしてあの人は私を嫌いになったのだろうか?」「あの人には私がどう映っていたのだろうか?」と嫌った対象の人を一人一人見ることをしなくなります。

自分のことしか考えていないから他者を見ないのか、自分も他者も考えられないのかで嫌われる理由が変わります。

自分のことしか考えていない場合には、それがそのまま嫌われる理由だと考えられます。他者に興味がない状態で、自分の見たいように見る認識しかない状態です。

ここでお伝えしたい主旨は“自分も他者も考えられない”ことで嫌われる場合です。

自分のことしか考えていない場合には、嫌われることを煩わしく思うことでしょう。しかし、対処したいけどできない場合には、「辛い」と思う状況があり、複雑な心理と認識による要因がありますので、先を読み進めてみてください。

 

どこに行っても嫌われる人の特徴一覧

上述の特徴を初めに、いくつか特徴的な人間性がありますので一覧にまとめます。

どこに行っても嫌われる人の特徴一覧
  1. 人を嫌いになれる
  2. 自分も他者も考慮して見れない
  3. 自分を信じていない
  4. 自分を愛していない
  5. 疑いの念を自分にも他者にも持っている
  6. 変化するための行動をしない
  7. 向上以上に現状からの逃避を求める
  8. 人が恐い
  9. 人と関わりたくない
  10. 人を比較して区分けする
  11. 自分を否定して他者を否定する
  12. 無意識に押し付けている

 

特徴は後付けで作られたもの

特徴の一覧を見ていただくと明白なことは、本来の自分の特徴とはまるで違うと思います。

自分を信じていないのも愛していないのも、人が恐くて関わりたくないから。
疑念も嫌われたから、変化の行動ができないのも改善の道が見えないからしたくてもできない。

全て人から嫌われることで作られた人間性であり在り方、後付けの特徴です。

これらの特徴からわかる大切なことがあります。

どこに行っても嫌われる人の人間性や在り方は、人から嫌われることでの恐怖心によって作られています。

言い方を変えると、他者から言われたことや反応や評価が自分を作り、自らが元々持っていた意志や信念が薄くなっていることです。

そのため、今の認識である価値観や考え方、性格や人格、感情や意見は自ら作ったものではなく、他の影響にて作られていると考えられます。

もし思い当たれば、このことの自覚がとても大切ですので、一つの知識としてお役立てください。

ですが、思い当たらなければ見当違いの戯言ですので無視してください。

※好かれる人の参考は、人が寄ってくる人の人間性は一つ|特徴からわかる人が寄ってこない訳 をご覧ください。

人が寄ってくる人の人間性は一つ|特徴からわかる人が寄ってこない訳人も動物も、人に寄るのには理由があります。 そのため、人が寄ってくる人になるには明確な理由があり、人が寄ってこない場合の理由もあります...

 

どこに行っても嫌われる理由

どこに行っても嫌われるのは何故か?

場所、年齢、性別を問わず嫌われるのは、関わる際に理由が潜みます。

関わるとは直接話すことだけでなく、視界に入ることも含めた“認識の対象になる”ことを意味します。

私達人間は肉体の物理現象のみならず、オーラや波動と言われる振動エネルギー、五感感受のために音波や光など空間伝播するエネルギーがあり、呼び方は何でもいいのですが、不可視な波やエネルギーや粒子の振動を発信・受信しています。

目の前の人、または周囲の人との関わりでは、自らの言葉と同時に態度や状況、それは健康状態に精神状態に心理状態からの人相、エネルギー(波動とも言う)が無意識に伝わります。

直接的な対面での関わりのみならず、人間性や在り方からの見えない状況も認識の対象となるために、人との関わりは広範囲で無自覚の領域を多く含み、そこに嫌われる理由が潜みます。

 

わかりにくいけど確実にある嫌われる材料

広範囲となる人との関わりがあることで、視界に入るだけでも嫌うに足りることが起きていたりします。

突然文句を言われる人や、攻撃されるといったことも起き、誰かと一緒に居る時に自分だけ嫌われることも起きます。

そこには、わかりにくいのですが確実にある嫌われる材料が二つ。

嫌われる材料
  1. 人相
  2. エネルギー(波動)

人相は視覚的に見ることでわかるので、嫌いたくなるような人相をしていれば嫌われます。

エネルギー感受は人それぞれに自覚の有無が分かれ、無意識に違和感や嫌悪感にて、「なんかムカつく」「理由がわからないけど関わりたくない」といった“見えない不利益”を相手に与えます。

共に嫌う側は何かしらの違和感があり、それが本人にとって不利益であることで嫌います。

しかし、嫌われる側は人相もエネルギーも自覚しずらいものなので、訳もわからず嫌われることになります。

相手に伝わる人相とエネルギーにある、嫌われる詳細を順番にご覧ください。

 

嫌われる人相

嫌われる理由の一つが人相、これは“目”のことです。

人は認識する際は、目を見ることで情報収集のほとんどを行います。

どこに行っても嫌われる人は、嫌われる目をして人を見ます。

あくまで人が居る時ですが、目が変わります。

劣等者を作る目に。

自分を劣等にするか、見る人を劣等にするかのどちらかで、どちらも嫌われる理由になる人相を作ります。

劣等の目は、「目つきが鋭く睨む、人殺しのようだ」というものではなく、自らを他者より劣っていると相手に認識させる人相を作り、「人を常に比較して差を作り、区分けして分類して見ています」と伝えます。

同時に、人によっては相手を劣等者として見ます。

「劣っている」という認識はなくとも、差を作って分ける目で見ることで、自分を下にするか他者を下にするか。そこには敬いも尊重もなく、誰が下かを作る目があります。

どこに行っても嫌われる理由は、劣等者を作っていることを人相で無意識に伝えている。

 

人を区分ける目は恐れと憤りを与える

劣等者を作る目は、自分でも他者でも人を蔑む目です。

この目で人相が形成されることで恐れと憤りを周囲に与え、目を見るだけで関わりに壁や防御をする本能が働きます。

防御のために距離を取り、攻撃をし、仲間を作り身を守る対処をします。

一対一で関わればより相手に嫌われます。

恐いからです。

そのため、恐怖を抱える人であればあるほどに攻撃してきます。

恐いと同時に、憤りも与えます。

劣等感でも優越感でも自由に抱きますが、大概は頭の中です。それを目に表すことには、自らを護り、人を敵かのように決め付ける無意識の認識があり、本人も気付かぬうちに敵視しているかもしれません。

この状態はサトラレのようで、自分の中にある見られざる恐怖と人を蔑む見方が剥き出しです。

会った瞬間から劣等を抱かれていることがわかると、「この人まるで私が悪いことをしたかのような態度をしている」と、突然加害者の悪者にさせられた気持ちになる人もいます。

いきなり否定されるようなショックもあり、怒りも湧き出てきて、イライラするのではなくさせられます。

どこに行っても嫌われるのは、嫌われること以上に恐れと憤りを与えている。

※素の自分が嫌われる話は、素の自分が嫌われる時に知りたい人間味│自分を作ると性格が悪くなる をご覧ください。

素の自分が嫌われる時に知りたい人間味│自分を作ると性格が悪くなる素の自分を出すと嫌われる。 嫌われないことを優先して人と関わることには、嫌われるか嫌われないかの現実を創る在り方があります。 ...

 

嫌われるエネルギー(波動)

もう一つの嫌われる理由はエネルギー、または波動とも言います。

物事を線引きして人を区分ける認識による恐怖や敵視があることで、人間性や在り方として発されるエネルギーにフラットなものがなくなり、目の前の人をその人として見なくなります。

そこには、自らの恐怖心を押し付ける在り方があり、怯えに漬け込むような攻撃的な人や、純粋に狂暴で残酷な子供を引き寄せます。

さらに、「この人と居ると、まるで私が恐がらせているようだ」思えるような違和感を与え、関わることに嫌悪を抱かせます。

それが、エネルギーの押し付けです。

人への恐怖や信じられない猜疑心があることで無意識な壁を作り、上下左右に分けて、自らを護るシールドのような空間を作り、それを自分のために一切引かずに人と関わることで、無自覚の領域で人の空間を否定することが起きます。

否定する意識はないのですが、自らの認識を曲げずに断固貫く姿勢があることでエネルギーを押し付けてしまい、関わる人に(周囲の人も含めて)違和感や不調和の居心地の悪さを与えます。

それは言わば、一方的に自らの思念を押し付けて願望を求めるようなもので、一方的な恐怖回避という利益追従による、人の利用と同じ状況が起きます。

もちろん本人にその意志も思考もないと思いますが、恐怖にて構成された人の見方、認識の仕方によって、線引きのルール、差別化、身を護ることの押し付けによる他者否定、他者を悪にさせる在り方を与えてしまっている可能性があります。

どこに行っても嫌われるのは、無意識の認識を押し付ける在り方にて、怒りと違和感と不調和の心地悪さを与えている。

※嫌われるわかりにくい理由の詳細は、嫌われる理由がわからない時に知ってほしい│何故か嫌われるスピリチュアルと心理 をご覧ください。

嫌われる理由がわからない時に知ってほしい│何故か嫌われるスピリチュアルと心理異様に、極端に嫌われる。 あからさまだから嫌われているのは明白。しかし理由がわからない、何故嫌う? 思い当たる何かがあれば納...

 

嫌われることの改善方法

どこに行っても嫌われることは、とても複雑な経路と心理を辿っていると思います。

自らの在り方によって嫌われる理由を作り、それを他者に与えることで嫌われる。

しかし、訳もわからず嫌われることで自分や他者を否定し、自然と恐怖を植え付けられるように自らの認識や在り方が他からの影響にて作られるため、自らが要因であることに気付くことが困難。

そのため、対処ができないにも拘わらず嫌われる現実は起き続け、辛くなります。

これは悪循環の中に居ることを意味します。

人に嫌われないための対処として、人相を変えて笑顔を作り、話し方を変え、外見を変え…と現状に何かしらの変化を作ることは大切ですが、悪循環をまずは抜けることが改善の第一です。

悪循環を抜けないと、関わる人のために笑顔を作るのではなく、嫌われることの恐怖回避=自分のためだけに笑顔を作り、関わる人にとってはより恐ろしい人相になるということが起きます。

どこに行っても嫌われる人の場合、自らが嫌われる要因を作っていると自覚することが改善になります。

思い当たらなければ自覚は難しいので、思い当たることがとにかく大切です。

ここでの内容で思い当たらないことはとにかく無視してください。

 

自覚してから、認識を自らのものに変えていく

他者との比較、区分け、線引き、分類分け、劣等感に優越感の良い悪い、上下左右、勝ち負け、正しい間違っている。

これらは全て他によって作られる認識ですので、自分のものではありません。

自分のものとすることで劣等感は自らを知る喜びとなり、優越感も自らを知る喜びを意味するため、物事や一つ一つの意味さえも認識が変わります。

自覚を初めとして、その後は認識を自らのものに変えていくことで、人相における目やエネルギーの押し付けを変えることができ、嫌われる要因を減らすことでの改善に繋がります。

その際に、自らの意見や理解を持った上で笑顔を作ったり、話し方を変えたりということが効果的になりますので、試されてみてください。

 

どこに行っても嫌われる時に知ってほしいこと

最後に、知ってほしい理解をお伝えして終了します。

どこに行っても嫌われる場合に知ってほしいことは、“気付き”が何よりも重要ということです。

自らの認識が作られ、他者から嫌われ否定され攻撃されることへの恐怖を抱え、人を見る目も自分を見る目も下を向き、さらに他者の反応や評価などに影響されて在り方が構築されていきます。

この状態では、意志を持って人との関わりを作り、認識を作り、目を作り、エネルギーを作ることができず、嫌われる要因も無自覚、嫌われる理由もわからない、自らに変化を促すことも困難となってしまいます。

変えたくても変えられない状態はとても辛く苦しいものです。

変化の一歩目を作ることが最も難しく、そのために必要なことが“気付き”であり、それが自覚を促す“認める”です。

気付きがあれば、「どうして嫌われるようになっていったのか?」の理解が次のステップとなります。

嫌われ始めた時があり、ますます嫌われるようになり、嫌われる在り方が作られ、どこに行っても嫌われるようになり…という流れがあると思います。

それらの根底にあるのは、自分を信じられなくなった記憶の蓄積です。

信じられない疑心は、自らと記憶と出来事と人を認めなくなり、より嫌われる要因を強める悪循環を作ります。

人相を変えることも、話し方を変えることも、認識を変えることも、自分を信じず他者を信じなければ何のためにしているかわからなくなり、より違和感を与えてしまいます。

何のために笑顔を作るのか、それは自分のためか人のためか、行動するには必ず目的があり、動機があり、意志があります。

意志も目的も理解もなく行動することは悪循環に空回りを作る可能性があるので、自分を知り、意見を持ち、目的を把握し、理由を理解し、意志を明確にすることが知ってほしいことです。

そのためにも、悪循環の中に居ることを把握し、まずは出ること。そして、自分を信じて疑心をなくしていくことが改善です。

※嫌われることが悩みとなる場合には、悩みを解決する方法で正体が見える│紐解くとわかる解決しない案?をご覧ください。

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どこに行っても嫌われる まとめ

対処が見えなくなることは、「一度見直しの時間だよ」という合図になります。

八方塞がりはありえません、四方八方への道がなければ真ん中があります。

それは自分の中にある道、自分を知る見直し、または成長です。

どこに行っても嫌われる場合には、自分に嫌われる要因がある明白の事実ですので、改善は自覚により、自覚は認めることにより、認めることは信じることにより始まります。

嫌われるからと言ってわざわざ好かれようとする必要はないと思いますが、嫌われて辛い場合には他者と同時に自分が見えずらくなっているかもしれませんので、ぜひ一休み。

お昼寝は太陽の下、団子は団子屋、寄りかかるのは木。

見直しはありのままに見ること。それは、自然体な自分を知ることです。

どんな貴方が貴方らしい?

そんな時間も人生には大切なアクセントとなり、世の中の認識を広げることと思います。

思い当たることのみ認め、あとは無視。それでAll goodです。

それでは、気楽な人との関わりがもたらされることを祈ります。

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