変人とは

変人と言われる場合の明確な捉え方|変わっている人には基準がある

変人と言われることは、良いことでも悪いことでもありません。

世の中、大半の人は変人です。

「ごはんは毎回右手に箸を持って、左手でお茶碗持って食べるよ」

これは、明らかな変人です。

「本を読んでいると、本の中の文字が一文字一文字それぞれに生活をし始めて、ページをめくると潰してしまうから、本の読み方がわからない」

これは、ヤバイ人です。

万が一、変わっている人と言われて、どういった解釈をすればいいかお困りであれば、“変人の基準”をここで知っていってください。

あくまで私の解釈ですが、小さな頃から変わっていると言われ続け、海外を旅して周ることで世界中の変人と会い、変人になりたい人、変人もどきに、変人である変わり者や、怖い人やヤバイ人としての変人を理解してきました。

変人は世界中にいて、都会でも町中でも、インフラのない民族でも、シャーマンや自然と共存する環境でも、どこでも変人には共通した特徴があり、変人の基準があります。

変人の基準からご自身を捉え、自分を知る機会となる時間であることを願います。

変人の基準

変人の基準とは自分の確立度

変人の基準とは段階のことで、段階を上げるごとに変人の度合いである“変人度”が上がります。

言い方を変えるとレベルがあり、ポケモンと同じだと思ってください。

変な人にも種類がありますが、元来、変人には自覚がありません。それは昔はみんな変人だったためで、「あなた普通だね」と言われることにむしろ違和感という状態です。

日本は民主主義ですので、多数決で認識が変わるものだと思って生きています。

そのため、普通の人の割合が多ければ、変わり者と言われることに違和感があります。しかし、違和感がある人は変人ではないのでご安心ください。

ここで、「いや、変人じゃないって言われるとなんかショックだな」と思う場合は、さらに変人ではありません。

変人の基準には段階がありますが、前提として周囲の反応は自分の意見を揺さぶる材料にならず、変人には他者を自分の世界に入れる思考がありません。

 

変人とは自分がどう思われるかの思考がない自分の世界で生きる人

ある犬がいます。犬は飼い主から洋服を着させられて、香水もシュッシュとつけられ、ばっちりメイクでお散歩です。

初めは臭うし変な恰好だと思ったのですが、そのような犬が周りにいないので注目の的となり、そのうち、「嫌じゃない、ワン」と。

これは犬でも人でもいいのですが、普通の人が自信をもって生き始めた状態で、「あなた、それ普通だよ」と言われると、「そんなことないワン」となります。

犬が出てきたのには理由がありまして、変人の基準とは、人間として動物のようになっていくことで変人かどうかがわかり、さらい変人度のレベルが変わっていくためです。

 

変人の基準は、地球への順応度

動物のように、虫のように、植物のように自分の世界を持って、地球に順応して生きている人を変人といい、社会性から離れることに変人度を増します

社会性を離れることは統一主義のみんなと同じ概念が薄くなることです。それは、“自分として生きる度合い”が増すことを意味します。

変人度の変動は、動物っぽい状態から虫っぽくなり、最終形態は植物っぽくなる。

変人度の違い
変人度 低人間らしい
動物らしい
変人度虫らしい
植物、鉱物らしい
変人度 高自然らしい(土、水、大気など)

変人の基準は動物的であるかどうか。

変人度が上がれば上がるほどに虫になり、自分を確立すると同時に社会性がなく、地球に順応していきます。

植物になる人は本当に数少ないですが、最後はもはや喋らず、インド辺りにいきます。

植物となることで地球と一体化して、完全なる自然体として生きることとなり、一切周囲の概念が入ってこず、自分の世界に入りきります。

※変人の基準に天才との明確な違いがあるので、変人と天才の違いは度合いで生まれる|バロメーターは地球との順応度 をご覧ください。

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変人と言われる人の特徴

変人の基準は動物的であり、虫的であり、植物的ですが、これは脳の思考がどんどんシンプルになっていることを示します。

変人や変わり者とは言わずもがな普通ではありません。これは、自分の意見や考え方、認識や生き方を持っているためで、他者と同じ認識を持たないためです。

 

思考以上に感覚と感性に基づいて自然に生きる

自分として自然に生きているので、頑張って自分の世界を持ったり、あえて意識的に他者と違う独自性を努力にて振り絞ろうということではないので、“変人みたいな人”、“変人になりたい人”との明確な違いが出ます。

変人願望のある場合には思考を使用しますので、思考的に変人になろうとする行為がより自分を社会性の中に埋め込む矛盾となり、自分を見失う可能性があります。

夜な夜なキッチンから奇怪な声がする。
恐る恐る見に行くと、漬けている梅干しとニヤニヤして会話しているではありませんか!

どんな癖かと思いきや、梅干しと何の邪魔もなく対面して、大切に感謝しながら味わって食べることが好きなんです。

誰に見せるためでもなく、あくまで自分が喜ぶために生きています。

 

変人と言われる人の特徴

変人の意見や生き方には特徴がありまして、それは自分の喜びが全ての中心であることです。

動物のように自分が喜ぶことを隠さずにまっしぐらです。虫なんかになると、もはやそれしか見えていないかのように生きていきます。

変人と言われる人 : 思考をなくし、感じるままに自分の喜びのために生きる
※植物は悟り状態

変人度が上がると脳の思考がよりなくなるのですが、それは心の想いをより強く認識していく意味があります。

感性や感覚、心が感じる気持ちを基に行動規範や動機が作られ、考え方や生き方になります。

変人の基準にて、変わっていると言われる人や自分自身を観察してみてください。

変わっていると言われる人の特徴
  • 動物のように衝動的に行動して後先を考えない。
  • 自分の世界として物事を認識して、自分ルールや自分の常識を持つ。
  • 自分の世界の中で生きてマイペース、楽しいことや喜びを求める。
  • 喜びのないことをする意味がわからず、否定や批判や非難はしない。
  • 一人一人の“個”を尊重して人の意見を敬い、自分の意見を持っていない人を不思議そうに見る。
  • 好きなものしか食べない、趣味が独特で自分なりの楽しみ方をする。
  • 一人で楽しめるために一人の時間が多く、動物や子供や自然と共鳴して戯れる。

自分の世界を持つ人と一緒に居ると楽しい時間を過ごすことができます。
変人はネガティブな人や喜びのない時間や空間に滞在することはないので、変人と一緒に居る人は共鳴して同じように喜びを求める人です。

植物まで行っている変人を見られたらかなりレアで、伝説ポケモンくらいです。ミュウまではいきません。

犬なんかを見るとエサの食べ方は毎回同じなんですが、虫になると同じではなかったりします。

カマキリなんかは網戸を登る格好でエサを食べているので、机に座りません。箸持たないかなと思って、切った髭を二本渡しても、「いや、手がこれなんじゃい!」と言われているかのようにこちらを睨んできて、髭箸を落とします。

ですが次の日なんかは、網戸を降りていく逆さの格好で食べていたり、虫の食べる位置もバラバラです。

なーんにも考えていないんですね。

変人も同じです。

 

変人度がわかる様子は、何にも考えていないかどうか

沖縄の小さな島に行くと、大概のおじいちゃんおばあちゃんは道端でぼーとたそがれています。

変人です。

都内の公園のブランコでぼーっとしている人とは全く違います。何にも考えていない度合いによって変人度がわかります。

毎回同じ食べ方なんかしません。その日やその時その時の自分を認識して、左手を使用したり、お寿司みたいにごはんを握ってから一口一口手で食べたり、手は使わないでお茶碗に頭を突っ込んだりします。

人差し指と中指は箸だと思っているかもしれませんし、左手指をまっすぐにして、「へへ、フォークだぜ」と本気で思って、鯖の塩焼きに突き刺します。

虫になると、毎回同じ食べ方です。毎回右手で箸を持って、お茶碗を左手のひらに乗せて、白米を口に運んで30回モグモグ、ゴックン。味噌汁ズズズ、たくあんバリバリ、ゴックン。
リピートです、白米口に運んで30回モグモグ…と続いていきます。

 

平和的で攻撃性がない

世界中どこにいても変人は平和的で攻撃性がありません。

そのため、顔を見るとわかります。柔和な顔をしていれば少し変人度があり、ぼけーっとしている人はさらに変人度が増します。

一緒に歩いていても突然立ち止まって一点集中、飲食店の看板についている黒くて丸いシミを舐めるように見回し、「どうしたの、大丈夫?」と聞いても何の反応も返ってこない場合は、虫レベルに入っています。反応があれば動物です。

動物はいろいろ認識や動機がありますが、虫になると行動の動機がシンプルです。

「虫さん、なにしているんですか?」
「生きています」

生きるという自分の喜びのためです、生きている意味も目的も。そのため、攻撃をするのは自分が攻撃をされていると認識した時の防御としてか、エサを求める時です。

防御の際も何も考えていないで、自分の解釈で目の前のことのみを認識して勝手に攻撃されていると思っていますので、メチャクチャ自由です。

ですが、攻撃されなければ凄く平和的です。

※変人とは別枠の不思議な人については、不思議な雰囲気と言われる人の特徴は謎めく│変人とは別概念の独特さ をご覧ください。

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変人と怖い人の違い

変人と全く違う種類の変わり者がいまして、それが怖い人やヤバイ人です。

世間的に変人にネガティブなイメージがつく際には、怖い人やヤバイ人を区分けするために“変人”という言葉を使っています。

変人に攻撃性や周囲に迷惑をかけることは一切ありませんので、見分けは直ぐにつきます。

考え方や生き方の主観が自分のみであり、さらに喜びですので、言い方を変えれば他者に興味ありません。

変人同士であれば喜びが増長されるので、変人は変人に興味はありますが、わがままとか自分勝手にはなりません。

しかし、他者を巻き込んだり、他の反応をエサにして優越感を感じたり、自分の暇つぶしや存在意義の材料にしたり、承認欲求を満たす種類は、怖い人、ヤバイ人です。

 

変人と怖い人の明確な違いは、他者が必要か否か

変人のように見える怖い人は、関わることに危険性を感じます。否定や批判や批判をして、愚痴や文句をのたうち回りますので、一緒にいるとエネルギーを奪う攻撃をもしてきます。 

怖い人とは、求めている喜びの類が違うのですが行動は動物であり虫です。

変人の基準に当てはまりそうな行動や言動をしているのですが、必ず思考があり、思考の使い方が、「どれだけ周囲の人の反応で自分が喜べるか」でして、脳が喜ぶ化学物質をエサにしているイメージです。

変人は思考がないので心がどう想い感じるかを中心に生きていて、他者がいるかどうかはどちらでもよくて、心から喜びを感じる自分が好きなことや楽しいことをします。

同じ動物でも、動物みたいな人間と、動物みたいな脳でキレイに区分けされ、これは天と地、うんとちほど違い、“と”を取るとわかりやすいかもしれません。

※変人の特徴もりもりですので、変人の特徴は本当に変なのか?実は普通かもしれない21の気質 をご覧ください。

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変人と言われる際の解釈

変人と言われるのが嫌な場合

変人と言われるのは、普通の人に理解できない言動から、「私にはあなたのことがわかりません」という意味です。

その意味は、言ってくる人の性格次第で良い意味だったり悪い意味だったり。

そのため、「変人だね」と言われることへの返答というのはありません。
「あなたの顔色、今日の午後2時35分に池袋駅東口の改札で、切符と高級乾燥わかめを間違えていた人みたいだよ」と言われるのと同じなので、

「知るかっ!」です。

変わっていると言われる人は、明確に自分の世界の主人公として生きているので、脳も使いますが、心を使用して生きています。

変人と言われるのが嫌だと思う場合には、嫌だと“感じて”いて、それは言ってくる人にネガティブな意味合いが気持ちとして含まれるからです。

それは波動と言うのですが、心の機能は波動という全てのものが有する振動からのエネルギーを変換して気持ちにすることです。

変人と言われるのが嫌だと感じるのは、関わっている人が合っていません。

 

変人と言われることに嫌悪を感じる際は関わっている人を変えるといい

攻撃性を持ってネガティブな意味で「変人」と言っている人々ですので、それを好む人は同じような攻撃性を持っている人です。

変人と言われて嫌だと感じる人は攻撃性を持ちません。
あまりに、「いやーい変なやつー」「変わっている変わっている、やーいやーい」と言われ続けることで嫌悪感が募り、誰に言われたかではなく言葉に反応することもあります。

それは攻撃性ではなく、虫のように防御としての対処ですので真意とは別です。

変人と言われるのが嫌な際の対処 : 関わっている人を変える
※変人という言葉や、攻撃性のある人の言動に反応過多になって、本来の自分を見失っている

職場などの人が限られた環境であったとしても、どんな環境でも自分に合う人は必ずいます。

人は引き寄せあっているので、自分の認識が変われば関わる人が変わります。

※変人は嫌われるのか好かれるのかの詳細は、変人が嫌われる理由がある|躊躇したらそれは普通の人だよって話 をご覧ください。

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変人ばかりが寄ってくる

変人が何だか寄り付く場合、あなたは蜜になっています。

すると、蜜の周りには蜜を求める人が寄ってきます。

それは言い方を変えると、外的に自分の喜びを求めようとする人が寄ってくることで、変人ではない可能性があります。

変人は自ら喜びを作ろうとしますので、外的に蜜を探し求めることをしません。

目の前にあることから蜜を作るイメージで、「人から喜ばしてもらおう」という思考を持ちません。

 

変人が寄ってきて困る場合は変人ではないのが寄ってきている

変人が寄ってきて困るかどうかを基準にすると、寄り付く人が変人か怖い人かがわかります。

変人が寄ってくる場合は、あなたは確実に変人です。なぜならば変人は自ら寄り付くことはなく、唯一が変人同士の共鳴です。

基本的に変人は子供や動物や自然が好きなので、それ以外の人は変人同士の関わりです。

ただ、変人は思い立ったら行動をするので、コンビニの店員さんに急に万葉集の一部をお聞かせして、感想を求めたりします。

その際にコンビニ店員をしている人は、気付いていないかもしれませんが変人で、自分の解放と共に本来の姿を取り戻します。

しかし、その際にコンビニ店員さんが嫌な気分になれば、目の前の万葉集の感想を聞いてくる輩は怖い人で、コンビニ店員さんの波動が著しく低いことを意味します。

 

波動が高くポジティブな状態だと変人が寄ってくる

変人は喜びと楽しみのために生きているので、目の前に楽しいことを作ろうとします。そのため、変人が寄ってくる人はポジティブで楽しいことや喜びを求める人で、波動が高い特徴があります。

すると波動の共鳴と引き寄せにて、同じように変人が何人も寄ってきます。

変人が寄ってくる人が変人というわけではなく、同じポジティブなエネルギー状態や楽しいことを求める生き方にて共鳴して、否定や批判を好まず、心地良い生き方をする人です。

その反対に、波動が低くネガティブな状態では、変人ではなく怖い人やヤバイ人が寄ってきて、蜜というエネルギーを吸い取っていきますのでご注意ください。

※変人が寄ってくる場合の対処法は、変人が寄ってくるのは気を遣うから|自分が寄せ付けている自覚で終わる をご覧ください。

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変人と言われる際の解釈

世の中には本当にたくさんの変人がいます。

私は海外を5年間周っている際に出会った人々は変わっている人ばかりで、どの国でも同じようにみんな動物か虫でした。

何にも考えていないんです。ただ目の前のことや今この瞬間を楽しむことしか頭になくて、先のことなんか話すことがありません。

アフリカの民族と暮らしていた際にはインフラがない環境で、集落にお店などは何もないのですが、そこに居る人々は全員変人でした。

そこに普通の人がいたら非常に浮きます。

私はそこに突然行ったのですが、長老や集落の人は快く受け入れてくれて、長老の側近みたいな人には、「あなたが来ることは朝のお告げでわかっていました」と言われました。
完全に変人です。

虫はスピリチュアル能力が高くなるので、変人にはいろいろな能力や捉え方があります。一般的には第六感や虫の知らせなどを認識していて、それは脳の思考が少なくなると自然と理解していきます。

 

本当はみんな変人

日本にもたくさん変人がいますが、傾向としてあまり公けにはしないかと思うので、変わっていると言われると人それぞれに思うことや感じることがありますが、本来、普通の人とは存在しません。

少し前までの時代は、国としての意識が必要だったり、生存のために一致団結する必要があったので、個としての認識があっても尊重できませんでした。

しかし、今は一人で生きられて、何を言ってもいいですし、意見を持っていい環境です。

少し前までは恋愛なんかでも、「愛だけではやってらんないっしょ、金よ、か・ね」という状態で、それは抑制や決め付けや思い込みが多い社会だったので、「自分一人では生きられない」という認識だったと思います。

変わっていないことがこれから違和感になっていくかと思います。

生まれた時は一人一人が全く別の認識があって、みんな変人状態でした。

変人と言われることは実は当たり前です。変わっていない人はいなくて、みんな一緒だと怖くなくなるから一緒になろうと頑張りました。

でも周りを見てください。自分として生きてみてください。変人は本当に多いですし、とても平和的で楽しいです。

 

変人と言われる際は、自分が虫かどうかを確認する機会

さらに平和的な世の中が当たり前になってくると、自分を露わにすることに恐れがなくなるので、ますます変人が増えてきます。

変人の割合が多くなってくると、変わっていないことが当たり前ではない認識が明らかになり、自分のない人は少し生きるのが大変になります。

ですが、変人に攻撃性はないので、変わっていない人が排他されることはないので、いかに自分で自分を露わにするか、恐怖と対峙するかの個人の問題になります。

変人と言われることで反応をしている今があっても、変わっていることを受け入れていくことで、その内に全く反応もしなくなります。

「あなた変わっているね」が、「あなた目と目の間で、目と口の間に鼻があるね」に聞こえてきますので、「当たり前か!」とつっこむことでしょう。

しかし、変わっていると言われる際に、動物なのか虫なのか自分を確認することで変人度を把握できます。

言われなければ気付くことがありませんので、言ってくれるのはありがたい認識機会になります。

本当に変人は自覚がありませんので、自分を知るチャンスです、「私は今、イグアナくらいかな」と。

※個性が強いと言われる場合は、個性が強いと言われる訳がある|特徴からわかる個性的とは違う人 をご覧ください。

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変人と言われる まとめ

少しずつ、何だか呼吸をしていることを忘れていく。

それは、当たり前を認識するように、変人と言われることに何も思わなくなっていくこと。

変人の基準があることで変人度のレベルがありますが、人に上下がないように、「うわぉ、あの人の変人レベル78、スゲー」ということはありません。

しかし、その内に変人マスターが認定されるかと思いますので、ポケモンマスターのように、レベルを見るゲームボーイみたいな機械を持って、「今私が歩いているのは、この道路にここを歩くように言われたからだけど、本当は履いている靴といつも一緒に寝ているからで、紐の長さが左の靴よりちょっと短いからなんだ」と通りがかった人に言われる場合、

「はっ、何言ってんの?」と言ってやりましょう。

ヤバイ人です。

「猫みたいに生きたいな」という人がいると思います。実際に猫になる人が変人です。

猫になっている時には、自分が人間であることも認識していないでしょうから、猫じゃらしを目の前にちらつかせてみましょう。

「何しているのよ、はは」

あぁよかった、まだ人間だ。

変人はあくまで動物のような人間です。心を主体にした人です。

変人と言われるのが当たり前となり、猫だらけとなり、この世の社会が崩壊する。

変人と言われる常識がやってくる時には、完全なるAI社会となり個の意識で生活を作っていきます。

しかし片や、本当に猫みたいな人々だけの国ができて観光地化されます。その際には、「普通の人はいないのか」みたいな政治的動きが出るかもしれませんね。

それでは、変人の基準についての話を終了します。

「どういうことやねーん」という感じですね。

何か気が楽になられたことを願っています。
最後までお付き合い頂きまして、ありがとうございました。

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