人生哲学

ネガティブな人に疲れる、めんどくさい【本当にネガティブな人?というお話】

悲観的で消極的、マイナス思考で物事をプラスに捉えない。

ネガティブな人と関わると、身体の右側から徐々に青くなっていく。なんて体験があるかもしれません。

ネガティブな人といると疲れる、めんどくさい、時には嫌いと思うことも。

ここで一つ明確にしておきたいことがあります。

「その人って本当にネガティブな人ですか?」
そんなお話がここにあります。

  • ネガティブな人といると疲れるのはなぜ?
  • 疲れる原因はネガティブな人側ではない?
  • ネガティブな人に疲れているかどうかの見極めとは?

これらの紐解きにて、疲れたりめんどくさいと思う原因がネガティブな人だけではない理解が判明します。

本当にネガティブな人なのかどうかの見極めに私の体験談も含めておりますので、疲れる真相を知る一つの考え方となれば幸いです。

それでは、ネガティブワールドの探求をお楽しみください。

ネガティブな人に疲れる、めんどくさい

ネガティブな人に疲れる、めんどくさい原因

「今日も天気は晴れ、嫌になっちゃうね、全く」
「今日は雪、この世の終わりだね、こりゃ」

何を言ってもネガティブぶ~ぶ~。
「でも、だけど、もし隕石が降ってきたら、もしあの人が宇宙人だったら」

関わると疲れてうんざり、めんどくさくなります。

疲れる大きな原因として考えられるのが、エネルギー搾取です。

ネガティブな感情や波動は伝播して同調させ、ネガティブワールドに飲み込む干渉が起きます。

ネガティブを伝播させる最たる方法が、愚痴や泣き言、悪口に否定、批判に非難。しかし、これらが疲れさせているわけではなく、エネルギーを奪い取るための行為が核になります。

同情です。

愚痴や悪口などを吐き出して同情を誘う場合、人のエネルギーを直接奪い取る行為になり、はっきりと疲れます。

この疲れはドッと体が重くなるもので、エネルギー不足による症状です。

マラソンして筋肉が疲弊するのではなく、自らの生命維持の力が吸い取られ、ただただ疲れて動けなくなり、休息を必要とします。

これが続くと精神が壊れるほど危険なものです。

ネガティブな人との関わりで、
「これって最悪じゃない?ねぇそう思うでしょ?」
「ちょっと話聞いてるの?見てよあの店員、態度悪ぅ、そうじゃない」

このように同情を求められた場合、疲れます。

同情を得るために強要する人もいます。

「真剣に聞いてよ、こっちは悩んでいるっていうのに、なんとかしてよこの状態!」
「どうせ私なんか嫌われ者ですよ、あなたにも見捨てられて、あなたはそういう人間だよ」

人に恐怖心や罪悪感を与えて同情させる方法であり、怒りや泣き、愁いや脅しを使います。

 

ネガティブに同情させる人は疲れるで留まらない

同情とは干渉です。相手を自分の世界に飲み込んで変えようとするさまであり、ネガティブを主張します

エネルギー搾取によって疲れるのはもとより、干渉にて強引に変えられる煩わしさにめんどくさくなり、自分のためだけに人を利用するさまにイライラや嫌悪を抱きます。

関わり続けると痛い目を見てしまいます。

ここで一つ明確にしておきたいことがあります。

このようなネガティブ主張の人には疲れてしまうのは当然ですが、ネガティブな人はネガティブを主張しません。

「それじゃあ、ネガティブな人って一体どんな人?」という謎解きを始めましょう。

※疲れるエネルギー搾取の詳細は、エネルギーを奪う人の特徴と真意│人の幸せを奪うこと をどうぞ。

 

ネガティブな人のタイプ

ネガティブとは消極的で否定的、悲観なマイナス思考、陰性を意味します。

陰陽思想で言う陰側に傾く状態で、陰とは恐怖を意味します。

ネガティブとは陰の恐怖を内包する性質であり在り方。不安や悩みを抱きやすく、喜びや満足を得る以上に、辛さや苦しみがないことに喜ぶ人もおり、幸せの基準が低い傾向があります。

ネガティブな人を表すキーワードは恐怖の内包と考えられます。

恐怖とは拒否したくなるさまであり、物事の捉え方が悲観的で消極的、否定的でマイナス思考になるのは恐怖寄りの性質の表れです。

反対にポジティブ側は愛の内包となり、楽観的で積極的、肯定的でプラス思考、愛の性質です。

この恐怖の内包から、ネガティブな人のタイプが分類されます。

ネガティブな人のタイプ
  1. ネガティブ拒否
  2. ネガティブ自覚

両者は全く別物になりますので、詳細を見ていきましょう。

 

①ネガティブ拒否タイプはとにかく周囲を疲れさせる

このタイプは上述のエネルギー搾取族です。

ネガティブという陰の性質にある恐怖の内包がありながら、拒否します。

ネガティブを認めていない意味です。

恐怖とは拒否。これを認めないと恐怖という拒否を拒否するという矛盾が起き、嫌だと感じる恐怖を自分で受け止めるのではなく、誰かに解消してもらおうとします。

ネガティブを認めない人は自覚がなく自責がなく、他への執着が強い特徴があります。

他への執着が強い上で自責という自分の思考と行動を認めるさまがないため、結果的に起きるのは他者に愚痴や悪口を言って同情してもらうこと。必ず他を巻き込みます。

悩みが起きた時に自分で向き合い、助言を貰って考え、心理や自己理解を深めるために学ぶのではなく、他に執着して何とかしてもらおうとします。

愚痴や悪口を言うのが当たり前になり、正当化して他に頼り、エネルギーを自覚なく奪い取り、周囲を疲れさせます。

これをエゴと言います。

青ざめたパンダの着ぐるみを着ている状態であり、どっちつかずになっています。本当はポジティブかもしれませんし、ネガティブかもしれません。

自分を認めていないからこそ主義主張が強くなる心理のように、ネガティブを認めていないからこそネガティブを主張し、ネガティブすぎる状態になります。

 

②ネガティブ自覚タイプは周囲を疲れさせない

ここでお伝えしたいのはこのタイプです。

「まぁ今日も生きてるの辛いけど、恐怖と共に過ごしますか」というイメージで、ネガティブを認めているので主張する動機を持たず、ネガティブが当たり前の状態です。

恐怖を内包しているので、「嫌だ、知りたくない、認めたくない、めんどくさい」と自分の中に拒否があることを認めています。

恐怖と向き合い、あらがわずに見ない振りも誤魔化しもせず、嫌なものは嫌だと明確に捉え、「嫌だ」と拒否します。

その結果、悲観的でマイナス思考、愚痴も悪口も否定もします。

ネガティブは恐怖内包を認めることでもたらされる性質であり、知性を表す陰の性質でもあります。

イメージは海の底の真っ暗な中で体育座りしている人であり、泣きながら「誰か助けてー」と叫ぶのではなく、ブツブツと独り言を言って恐怖とどう向き合うかを考えます。

その結果、恐怖との向き合いは我慢、愚痴や悪口などの吐き出し、あえて恐怖に身を染まらせる、悲観的でマイナス思考と人それぞれに表れます。

ことあるごとに悲観から入るので、「でも、しかし、もしかしたら」と先に進まず、合わない人は合いません。

しかし、同情や干渉して押し付けや強要するわけではないので、合わない人が合わせようとすると疲れてしまうというものです。

 

ネガティブを主張しない人はめんどくさがられるが、好かれもする

ネガティブな人は相手が自分に合わせれば謙遜にて悲観し、合わせなければ悲観。どの道です。

恐怖との向き合いは、起きた事柄に対しての自己内観であり、自己理解を深めるために思考を使い、「あ~あ、嫌な思いをさせられたのはあの人のせいだ」と思っても、「なんとかしてよ」とはなりません。

なる場合はエゴであり他への執着なので、ネガティブとは別のお話。

悲観的なので話が先に進まず、知らぬ間に相手をネガティブワールドに入れている場合もありますが、合わせる必要はありません。

悲観的がデフォルトなので、めんどくさくなる場合はありますが、無理に合わせようとしなければ不利益より利益の方が多い関わりになります。

自己理解が深いために好かれる理由がたくさんあります。

一覧でご覧ください。

ネガティブな人が好かれる理由
  • 人に干渉せずに関わる距離感の持ち方が上手い
  • 自己理解が深く、人として中身が魅力的
  • 思慮深く、危険察知、危機回避能力が高い
  • 自己内観能力が高く、物事の習得や覚えが早い
  • 一つのことを納得するまで極めるゆっくり確実ペース
  • 他者のネガティブな気持ちをよく知り、理解できる
  • 悩みの一時凌ぎではなく、根本の解消ができる
  • 孤独と向き合える
  • 不安と恐怖に向き合えるために冷静
  • 悲観的なさまが謙虚っぽくなる
  • 幸せの基準が低いので、喜びや満足があると子供のように喜ぶ

このタイプがいることで、疲れたりめんどくさいことはネガティブな人だけが原因ではない理解が出て来ます。

※ネガティブな感情との関わり方は、【ネガティブな感情を受け入れる方法】とてつもなく大切な陰との対話 をどうぞ。

 

ネガティブな人に疲れるかどうかは自分次第

ネガティブな人に疲れやすいタイプ

「今日も生きるの辛いよね、嫌になっちゃう、どうする、この社会がいけないんだよ、ねぇ?」
「今日も生きるの辛い、まぁでもテキトーに行きますか、辛いけど」

この違いのように同情を求めるか否かがあり、後者は恐怖を自己対処します。

恐怖寄りの性質によってプラスではなくマイナスに依存するため、愚痴や悪口、泣き言や悲観、否定や批判が多いネガティブな人。

このような恐怖寄りの性質があるため、合わない人は疲れやすく、嫌いにすらなりやすいです。

恐怖をどれほど毛嫌いしているかによって合う合わないが決まり、ネガティブな人と関わる人が、疲れる反発を作っている可能性があります。

恐怖を嫌がり、「嫌なものは嫌」ではなく、「嫌なものは見たくない」となる人ほど反発が強くなります。

この最たる例が、ポジティブを主張する人です。

 

ポジティブな性質、恐怖と向き合いたくない人は反発が強くなる

ポジティブな性質には陽である愛要素が含まれます。

これを主張するようになると、ポジティブが善・良・正と正当化をして、自我を押し付けるように他に干渉します。

  • ポジティブ主張が他に干渉すると、支配して相手を変えようとする
  • ネガティブ主張が他に干渉すると、同情して相手のエネルギーを奪おうとする

どちらも主張すると本来の性質を認めなくなり、他への執着が強まります。

ポジティブとネガティブは±で合致します。

しかし、主張し合うと強烈に反発して忌み嫌い合います。

どちらかが主張すると、どちらかが疲れます。

ネガティブな人に疲れる場合、相手が主張しているか、自分が主張しているかのどちらかだと考えられます。

恐怖と向き合わず、逃避して誤魔化し、見ない振りをして関わりを持たないようにするさまが強ければ強いほど、ネガティブを主張されていなくとも一方的に反発を抱きます。

「この人はネガティブでめんどくさい」の真意は、「ポジティブが正義なのにこの人は違うからダメだ」となっているかもしれません。

※自分の話ばかりで疲れる詳細は、「さすがに疲れる」。自分の話ばかりする人の心理と対処法 をどうぞ。

 

どうして疲れるかの見極め

疲れる原因はどこにあるのか。

ネガティブ主張有無(本当にネガティブな人かどうか)によって、愚痴や悪口や否定の内容も変わります。

ネガティブを主張する人は性質を自分のものにできていないため、知性の使い方が空虚になりがちで、否定する際には誰か他を批判だけして終わります。

ネガティブを主張しない人は、知性を自分の経験と知恵に基づいて使用し、自己理解が深く自分を否定する傾向があり、他の否定や批判をしても中身があるために本音や指摘や意味のある意見になります。

両者は全く異なります。

ネガティブを主張して同情を求める人は疲れます。同様にポジティブを主張して支配する人も疲れます。同じです。

主張有無、そこに同情があるかないか、他への執着があるかないか、本人は自らの思考と行動を自覚しているか否かが見極めのポイントと考えられます。

※疲れる原因の詳細は、一緒にいると疲れる人のスピリチュアル│疲れる原因と対処は「エゴ」 をどうぞ。

 

ネガティブな人に疲れているかどうかの見極め体験談

ネガティブの主張と言ってもわかりにくいかもしれません。

見極めに大切なのは疲れる原因の特定であり、自らがポジティブ主張している可能性の炙り出し確認です。

私がネガティブな人のタイプを知ったのは、海外にて多くのドイツ人達と共同生活をしたためでした。

私の勝手な理解では、世界一否定や文句を言うのがドイツ人だと思っています。日本人がわかりやすいと思えるほど、ドイツ人は表と裏の顔が全く違い、綺麗に使い分けます。

共同生活をした際には、何かあれば直ぐにクレーム。愚痴や悪口ばかりで困ったものでした。

しかし、約一年、何十人も入れ替わりながら共同生活をすると、愚痴一つとっても中身の有無が極端に違うとわかってきました。

多くの人は中身のない批判をします。しかし、自分の意思と知性を使って批判する人々もおり、両者は全く違う人々だと関わる内に知っていきます。

両者の違いはこれでした。

  1. 言いたい、聞いて欲しい、批判したい、黙って我慢したくない
  2. 自分には理解できないから言いたい、聞いて欲しい、批判したい、黙っていたくない

自分で理解できているかを明確にしている違いがあり、①は「理解なんてしたくもない、しようとも思わない」と自らの恐怖心と向き合いません。

私は①と関わると疲れてしまうので自分を護るために距離を取りました。しかし②とは関わっていて面白く、喜んでワハハとはなりませんが、会話が深くて中身があるので有意義な時間です。

この二つの違いには同情を欲するか否かがあり、他に執着するか否かがあり、自らの思考や行動を自覚できているか否かがありました。

 

無意識なポジティブ観念があるかもしれない

社会観念ではポジティブは善、ネガティブは悪。これが今の考え方だと思います。

知らぬ間に自分自身の観念に刷り込まれている可能性があります。どうしてポジティブが善でネガティブが悪なのでしょうか?

善悪の意味は愛と恐怖であり、良い悪いではありません。

愛がなければ恐怖にならず、恐怖がなければ愛にすらなりません。どちらも必要なもので、二つで一つになります。

ポジティブを善・良・正に決め込むと、ネガティブな人を見ただけで悪に決め付ける人もいます。

この場合、疲れる原因はネガティブな人ではありません。観念によって反発を作っていることを見る大切さがあります。自己内観です。

自らが反発を作っているという知りたくない事実との向き合いがもしあれば、ネガティブな性質の大切さが体感され、ポジティブもネガティブも両方大事だと知る機会になることと思います。

※ポジティブな人に疲れる件は、ポジティブな人に疲れる時にわかること【度がすぎる陽と合わない陰】 をご覧ください。

ポジティブな人に疲れる時にわかること【度がすぎる陽と合わない陰】「バリバリ行くよ、さぁ元気出して希望へ向かって走ろう!」 「はぁ、どっと疲れた、何だったんだあの人との絡みは…」 ポジティブ...

 

ネガティブな人に疲れる、めんどくさい まとめ

ネガティブな性質を持つ人は、自分の世界の理解が深い特徴があります。

恐怖とは自分の中にしか存在しないため、その状態に慣れることで自己内観と同時に認識力の高さがあります。

フォーカスを他に向けずに自分との向き合いを重んじるため、先に進むスピードは遅いですが、確実に能力を向上させていく着実性があります。

このような人と一緒にいると、疲れる不利益より利益の方が多いかもしれません。

同情狙いがないので、愚痴や悪口を言ってもこちらから干渉する必要はありません。

ネガティブな人は否定されると自分の中の恐怖心と向き合うので、ネガティブな泉に浸かって体育座りして、「疲れる原因は私じゃないよ」と言いません。

声をあげないので代わりにお伝えしますが、ネガティブな人と一緒にいても疲れません。

疲れるのは観念によるルール設定に触発した反発作り、またはネガティブな性質を認めていない主張者のエネルギー搾取であり、ネガティブな人ではなくエゴが強い人にはご注意あれ。そんな考え方です。

ポジティブとネガティブが両方あって、愛の性質を強めることができますので、両方を認める一助となれば幸いです。

亀がウサギを越えるには、亀を知りウサギも知る。その逆も然り。そんな日本昔話です。

それでは、ネガティブな人に疲れるお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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