心理と特徴

悪口を言わない心理と友達が少ない関係性│無関心と怖さは距離感ツツツー

悪口を言わなければ人に与える印象はポジティブ、信頼も好感も持てる素敵な人。

このように思えます。

しかし、悪口を言わないにもかかわらず友達が少ない人がいます。

「そんな人いるのかな?」という感じもありますが、結構いたりします。

私、その一人でして、周囲には同じような人が多いです。

私は悪口ばかり言っていた時があり、周囲に人が集まる経験をしました。

ですが、悪口を言わないようになってから瞬く間に起きたのが、孤独になっていく、友達が減っていく、みんなとの距離感ツツツー。

不思議な現象でしたが、「どうして悪口を言わないと人が周囲にいなくなるのか?」を自身や、同じような境遇の人を洞察すると、ある共通点がわかりました。

ここでは私なりの理解ですが、悪口を言わない人の友達が少なくなる理由をお伝えします。

「どうして悪口を言わないのか?」における心理と人間性が大きく関わるため、疑問や悩みになっている場合には、よりご自身を知る一助となれば幸いです。

それでは、現象検証を始めましょう。

悪口を言わない人の心理:友達が少ない

悪口を言わないと起きること

悪口とは悪意を込めた否定行為、愚痴や文句や誹謗、非難に中傷に攻撃。

[悪意、否定]がポイントになる行為かと思います。

そんな悪口は言わないに越したことはないと考えるのは、社会的な常識、道徳的正義、模範解答。

「それでは悪口を言わなければいい感じ」

とはなりません。

「悪口を言わなければ教科書通りの人」という具合がしっくり。

面白みがない、人間味がない、つまらない、不思議な人、わかりにくい人、怖い‥‥などの負の印象も与えかねません。

ですが、このような印象を与える場合には条件が存在します。

悪口を言う人達にはそのように思われるという。

ここで少しこの話の概要が見えてきます。

集団を重んじる環境や人間関係では、悪口を言わない人は少数派、悪口を言う人は多数派。

悪口を言わないと起きるのは、少数派になることです。

 

悪口を言わない人の心理

「悪口を言わない人」と一言で言っても、ここにはいくつかのタイプがあると考えられます。

タイプによって心理が違うために、「どうして悪口を言わないのか?」の答えも、「友達が多いか少ないか?」の道行きも変わります。

そんなタイプの一覧はこちらです。

悪口を言わない人のタイプ
  1. 教科書に書いてあるから言わない従順系
  2. 悪意がどこにもない愛系
  3. 悪口を言う意味がわからない自尊系

従順、愛、自尊という言葉で分けてみました。

心理をそれぞれに見ていきましょう。

 

1,悪口を言わない心理:従順系

このタイプは、悪口とは言葉通り悪と教えられ、それを守り抜く人です。

純粋に周囲の影響を受ける傾向があり、他律ぎみと考えられます。

従順系の特徴は、「悪口はダメ、いいことではない、悪いことはしてはならない」という自己概念が強くルール設定多め、規律に則って価値観や生き方を持ちます。

そのため、悪口を言うことでの他からの見られ方、反応、評価を気にする心理があります。

するとある特徴的な心理が表れます。

悪口を言われることを恐れる。

この思いが強ければ強いほどに、八方美人、気を使う、周囲の反応を伺い自分を作ることが起きます。

いわば、意志に反した我慢や誤魔化しという自己矛盾や自己抑制(縛り)が起き得る心理です。

 

2,悪口を言わない心理:愛系

このタイプはとにかく素直でして、拒否する概念がありません。

言い方を変えると、現実をなかったことにしたり、誤魔化したり、自己都合で湾曲させたりという、正当化を求める状態ではありません。

起きたことは起きたと受け入れ、あらがわないため、悪口を言う必要性がない。

このタイプは闇要素がなく光の存在として優しく思いやりがあり、悪口を言っている人を助けるように包み込む力があります。

愛の塊みたいなイメージで、好かれますしモテます、そして友達多め。

 

3,悪口を言わない心理:自尊系

ここでの内容の主旨はこのタイプ、自尊を自ら作れる人です。

闇も光も共に持ち、自律にて物事を認識します。

そのため自責もあり、自らのことは自ら理解して認識して育む意志を強く持ちます。

自尊系の大きな特徴は、自他の区分けが明確であること。

人は人、あなたはあなたの過去があり、生き方と価値観を育む環境があり、歴史があり、今がある。

この心理には、自意識が高い精神的な特徴があり、そのために自他の区分けがはっきりして自己理解が深く、自己認識力高め。

すると、他に執着する必要も意味もなく、悪口を言うことの意味を他者ではなく自ら見出せないので言わない。いわば、悪口を言う意味がないので悪口を言いません。

このタイプ、自分への興味はありますが、他者に興味がなかったりします。

そこに、友達が少なくなる理由があります。

※悪口を言う心理は、悪口ばかり言う人は羊か狼?│心理とスピリチュアルにある明確な意識 をどうぞ。

 

悪口を言わないのに友達が少ない人とは?

心理の話から、友達が少ない人のタイプがわかります。

従順系と自尊系です。

両者は全く異なる人間性ですが、同じような結果になります。

ですが、従順系は初めの内、友達が少なくありません。

悪口を言わないのは保身や正当化、恐怖を味わわないための常識への従い、面倒を嫌い安泰を求める様など、自らの利益のためであると気付かれることで、徐々に友達が減っていくと考えられます。

つまらないと思われる可能性があり、悪口になれば急に何も言わなくなるので明らかな空間共有に対する拒否、または悪口を言うことに対する嫌悪があるために、悪口を言う人との反発が起きていたりします。

気を使ったり、八方美人的な振る舞いになる人もおり、悪口を言われたり否定されることを恐れる心理が、自覚なく気付かぬ内に顕著になっており、「自分が嫌な思いをしたくない」という行動が表れます。

友達が少ない人の特徴になりますが、従順系以上に友達が少なくなるのが自尊系です。

自尊系は、自分で言うのもなんですが、友達すっくない。

特徴はそれに何も思わないことです。

友達を作らなきゃ、とはならない、気にしない。

自己理解の深い人同士の関わりが人間関係の基盤となる傾向があり、関わる友達は深い関係になるので、「何が友達なのか」への着眼もしっかりし、友達の量に興味がありません。

一人でも友達がいれば、大切な存在としての相互理解のある関係になり、十分過ぎるほどに良い関わり合いになります。

さらに自尊系は孤独でも生きられる強さを持ちます。

独りでもOK、動物や自然との関わりなどもあるので、結局独りではなく困ることもなく、「友達は少ない方がいいのでは?」と考える人もいると思います。

この自尊系を主体に、「どうして悪口を言わないと友達が少ないのか?」の詳細をここから紐解いていきたいと思います。

 

悪口を言わない人は友達が少ない理由

友達が少ない理由

「友達ってそんなに必要ですか?」という根本の話は、詳細を紐解くためにも一旦ぶん投げておきましょう。

友達が少ない、多い状態には必ず理由があります。

「相手に利益を与える人」は友達が多くなると考えられます。

利益とは納得や満足、不納得や不満足のなさのことで、ポジティブがある、ネガティブがない、または両方ゲットです。

友達が少ない人は、この利益を与えていない人、または不利益を与える人でして、不利益を与える人は嫌われます。

人間関係は相互交流ですので、ここには常に相手と自分の利益の行き交いがあり、与える・貰う・共有する・作る・見出すという具合に利益創出を図ります。

シンプルに言うと、喜び(愛・敬い・満たし)があれば関わる意味も利益もあるので人が集まりやすく、怖さ(恐怖・苦痛・危険)があればその反対。

そのため、相手の喜びを作ってあげる人は人が集まり、友達が多くなると考えられます。

これが、悪口を言わない愛系。

同時に、悪口を言っていても友達が多い人もいます。

悪口から利益を見出す人でして、悪口を本音や毒舌、指摘や成長機会、打破や強さ、ユーモアを入れたエンターテインメントとして提供する人です。

悪口を言っても言わなくても、相手に利益を与える人は友達が増え、人を集め、影響力を持ちます。

利益を与えないのが自尊系、理由があります。

 

悪口を言わないのに友達が少ない理由

自尊系は悪口を言う意味がわからないので言いません。

それは、「悪口を言わない清く正しい道徳心を持った人」とは少し違います。

私の理解では、「そんなに他者に興味がないので、他者を否定する意味がわからん」です。

「こんな言いようじゃ友達なんかできないよ」と思われても、「ふーん、あなたはそう思うのねー」と思っちゃうところがポイント。

無関心

自尊系は自らを認識し、自律と自責、そして自立もしているので他に干渉も執着もしません。

悪口とは自他を区分けしていない状態で、他からの影響にて干渉され、影響され、そこに違和感や嫌悪や反発があることでのあらがい、否定、拒否です。

そこには、「自分を汚されたくない、守りたい、尊重したい、信じたい」といった自己防衛意識があり、自分を主張して正当化や共感を得ようとすればするほどに悪口ばかり言うようになります。

「自分は自分であることが当たり前、学び成長し、日々自分を構成して作っている」と自らを認識して自覚する人は、自尊が汚されても自ら補修したり新しく作り出します。

そのため、周囲が悪口を言い合うワイワイした環境でも、「何が面白いんだろう?」と内観していたりします。

自尊があり、さらに無関心であることから、「悪口ばかり言って何が楽しいんだよ、理解できないね」と他者否定に向かわず、悪意も否定もないけど、理解できなければ肯定もない。

周囲からすると共感や同情できる点が少なくなります。

ここでもう一つの友達が少なくなるポイントが表れます。

何考えてるかわからない怖さ

悪口を言う共有コミュニケーション、参加しなくても、悪口言う人を否定すれば相手からすればわかりやすい存在です。

でも、それもしない。

従順系はここで悪口を言わなくとも、「自分のために言わないんだな」と周囲には理解されやすく、わからない印象は与えません。

ですが問題は自尊系。

「この人、この場にいるのに参加しない、さらに否定もしない、一体何考えてんの?」

「内観」

「なにそれー、どういうことー、何者ー」とわからない要素を強めます。

せめて悪口を言う人達の観察や、「言いたくないから言わない」などの自己表現をしてくれると周囲は助かるのですが、そんな他者の一方的な利益追求に興味はないので謎を深めさせていたりします。

何考えてるかわからない、偽善者?悪口なんで言わないんだ?みんなと空間共有しないの?集団意識に染まらないで怖くないの?優越感欲しいでしょ?仲間外れは怖くないの?正当化しないの?他者を悪く言えばスッキリするじゃん?

「そういうものなのか、あなたたちはね」と一線ドーン。

悪口を言うことに意味があり、理由があり、目的があり、利益がある人からすると、謎謎謎。

なにもわからないと、「怖い」印象を周囲に与えます。

私の経験からの理解では、無関心と怖さが、悪口を言わない人に友達が少ない理由です。

「怖さ」には、悪口を言う人と言わない人の反発を作る原因がありますので、より深層へ向かいましょう。

※悪口を言うと友達が多くなるパターンは、【種類あり】悪口言うのに友達が多い人│人を集める悪口の使い方 をご覧ください。

 

悪口を言わない人が怖いと思われる原因

「相手のことがわからないとどうして怖いと思うのでしょうか?」

これは集団帰属意識の強い人の特徴と考えられます。

集団の中で自分という存在を構成している人は、自と他の区分けがないため、集団に利益を見出しやすい人間性を持ちます。

自と他の区分けがあるかないかは人それぞれですのでなければ集団へ、あれば個と、認識が変わるだけです。

ですが大きな特徴として表れるのが、集団意識が強い人は孤独をとにかく嫌がることです。

言い方を変えると、恐怖(拒否や否定、危険や苦痛)を嫌がる。

恐怖への抵抗が強いと、目の前の人が何をするか把握しておかないと関わるのが困難になる人もいます。

いつ否定されるか、苦痛を与えられるか、危険性があるかわからない。

まるで真っ暗闇に居るような気持ちにさせてしまうことすらあります。

すると、「どうして悪口言わないんだよ!」と自己防衛意識から反発が強まり、恐怖対処が露になって怒りや悲しみを隠せない人もいます。

ここにある怖さは、自分がないことを知ってしまう恐怖だったりします。

言い方を変えると、自尊がある人といると、自尊がない自覚をしてしまう。

悪口で利益を得ようとしている自分が、鏡のように悪口を言わない人に写る。

利益取得に何も悪いことはないのですが、自尊がないと自覚したくない(本当は自尊があるのに抑圧されている)人にとっては苦痛になり得ます。

悪口を否定するつもりもない悪口を言わない様、悪口に意味を見出せないと表す在り方、悪口を言う意味がどうしてもわからないと表す人間性が、知りたくない、認めたくない、味わいたくない怖さを認識させ、周囲に距離をとらせます。

自尊の防衛本能に反する人間、それが自尊系の悪口を言わない人、そんな話です。

※他者に興味がない人の話は、他人に興味がないのは良い?悪い?│どっちでもいい大切な話 をご覧ください。

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悪口を言わない人は友達が少ない まとめ

無関心と怖さの合わせ技は多数派との距離をもたらします。

自尊系は悪口を言われることすら気にしないところがあり、気にするのは、「どうして悪口を言わなければならないのか?」「悪口のどこが楽しいのか?」の内情理解かと思います。

それは、自分への興味のことでして、他者に興味はなくても自分に興味深々なのが特徴的です。

このような人は、悪口を言う人から距離をとられますが、悪口を言われてはいなかったりします。

集団意識の強い人は恐怖をとにかく恐れるため、恐怖を与える自尊系との相性はNG、愚痴や否定はできますが、悪意を込めて悪口を言うことはできない対象になります。

そのような友達が少ないことや悪口を言われるかどうか以上に、その理由や仕組みの紐解きとなる内容が何かの参考になれば幸いです。

私自身、悪口を言いまくっていた時と、全く言わなくなった時の経験では、極端に関わる人も数も変わり、とても興味深い現象を垣間見ました。

その理解には、「悪口も大切な集団行為」という気付きがありまして、人との関わりやコミュニケーションの際には悪口を自分なりに工夫・改良しながら使用すると、相手のためにも自分のためにもなる関わりの創作ができると思います。

それはまさにアートでして、料理のように人と人が混ざり合う空間は、人間ならではの想像と創造があり、自尊系ならではの自己認識を使用した人間模様が起きると思います。

ぜひ、人との関わりを楽しまれてください。

歴史、価値観、環境、意識、認識、そこにちょちょっと悪口を注ぐ。

良い関わりが自他のためになることを願います。

それでは現象検証終了です。

お次は、愛系になって友達作り。

光の存在は人を敬い包み込む、かぁ、スゲー。

でも興味ねぇ、ってかー。

自尊系、賛否両論ー。

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