対処・解消法

【おかしくなる】一人の時間がないと気が狂う時の解消法

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「気」の使いすぎはうつへの花園。

人との関わりを好む人もいれば、一人の時間を大切にする人もいる。

そして、一人の時間がないとダメな人もいます。

私たちは社会的な自分、親しい人への自分、自分だけに見せる自分を使い分けています。

一人の時間は、唯一自分にだけさらけ出せる完全無欠、裸以上に裸になれる。

こんな時間が大切ではない訳がありません。

ここでは、一人の時間がないとイライラやストレスが溜まり、気が狂うほど精神が困惑する方へ向けて、内部構造と気楽にする考え方をお伝えします。

  • 一人の時間がないと気が狂う理由を知りたい
  • 気楽にするための心理と精神理解を深めたい

私自身、一人の時間を明確に確保しており、代えがたい至極の美しさと捉えています。

ストレスや疲れ、そして精神削りの実体験を紐解き、一人であることを重んじる方のご参考になれば幸いです。

それでは、気が狂う仕組みに迫りましょう。

一人の時間がないと気が狂う理由

一人の時間がないと気が狂う人の特徴

「気が狂う」「おかしくなる」「頭が爆発しそう」「どうにかなりそう」

他者との関りに疲れ、ストレスが溜まる。

『気』が暴れまわると、狂います。

そんな体験をしたことがある人には、いくつかの共通点が考えられますので、一覧でご確認ください。

一人の時間がないと気が狂う人の特徴
  1. 頑張り屋
  2. 他に合わせすぎる
  3. 周囲の目や評価が気になる
  4. 繊細、敏感、感受性が高い
  5. 認識力が高く、よく気づく
  6. 頭の回転が速く、洞察力が鋭い
  7. 我慢が癖になってやめられない
  8. 義理堅く、生真面目、断れない
  9. 押し付けや強要で縛られるのが嫌
  10. 自分を抑えることで問題解決する
  11. 義務感が強く、「~しなければ」が多い
  12. 想像力に長け、妄想と空想をよくする
  13. 内向的、自己世界にこもるのが好き

上記に該当するものが多い人ほど、この共通点があります。

『よく気が付き、よく気を使う』

=人といる時は自分ではなくなる意味です。

一人の時間がないとダメな人は、よく気が付きながらよく気も使い、自分がなくなりやすいと考えられます。

これによって起こることがあります。

『気』の使い方がおかしいと、気が狂います。

 

気の使い方が特徴的

私たち人間は意識体でありエネルギー体です。

意識的か無意識的かにかかわらず、あらゆる言動は気(エネルギー、波動)で構成され、気を吸収し、消費し、循環し、使用しています。

気が付く人は、自分だけでなく周囲の人々の気の状態や在り方を察知し、感受します。

気を利かしたり使う人は、自分の気を消費することで周囲に気使い、他に合わせ、配慮し、従います。

気が付いて、気を使うほど、気を消費するので疲れます

ここで着目したいのは、気を使って他者と調和や循環し、エネルギーを吸収や増加させているのではなく、さらに奪っているのでもなく、

気がおかしくなる使い方をしている可能性があります。

私がそうだったのですが、相手に合わせるために気を使うと自分がなくなります。

自分の気を自己喪失するために使う、という使い方です。

誰かと居続ける、または集団環境にいると疲れやストレスを溜めやすく、一人の時間がないとイライラし、自己保持が難しく、気が狂うようなアウトオブコントロールになります。

 

一人の時間を必要とする原因:[能力+メンタル]

相手に合わせることで自らをなくす気の使い方、わかりやすい例が子育てです。

何もかもを赤ちゃんに合わせていたら、気付くために常に言動を注視し、泣き止むように気を使い、さらに周囲に迷惑をかけないように気を張ります。

嫌でも頑張り、気にして、気を使い、さらに気付き、気になり、気を使い…と続き、

ブーン!!!

気がおかしくなりえます。

子育てでなくても、よく気付き、よく気使いする人ほど他者や公共との関わりによって自分を失いやすくなります

この在り方には、能力とメンタルが大きく関わっていると考えられます。

よく気付くのは、認識力の高さ。
※認識力とは、物事を捉える量・速さ・質の高さ

よく気使うのは、周囲(他)を気にするメンタル。

認識力とは地頭の良さであり、頭の回転や洞察力を高め、物事をよく捉え、クリアに見通します。

物事の本質を理解する力であり、相手の言動や状態を捉えるだけで、「あ、この人は目の前の人が好きなんだ、嫌いなんだ」などと求めているものも知ってしまいます。

ここで会ったが百年目。

知れば知るほどないがしろにすることは無視となり、潜在的に罪悪を感じたり、誠実さや義務感を強める要因になり、何も気付かない人とは比べられないほど気にしなければいけなくなります

周囲を気にするメンタルが構築されると、認識力が高い人ほど自然に気を使うようになり、相手に合わせます

これが癖になると自分をなくすために気を使い、心が暴れ、精神が狂ってしまう可能性があります。

 

一人の時間がないとダメな人と平気な人の違い

私たち人間は社会的生物として知られていますので、他者との調和や協調を重んじる道徳があります。

見える見えないにかかわらず『繋がり』を重んじ、他者と繋がることで孤独を感じず、生命や自己の存在を認識し、自己保存の本能に従います。

捉え方を変えると、他者と繋がるからこそ孤独死せずに済み、エネルギーを供給してもらう、し合うことができる

カップルや夫婦、家族や友人など、繋がりを重んじる区分けやルールを作り、「悩みがあれば一緒に解決しようよ」「さぁ、言ってごらん、あなたの悩みは私の悩みだから」なんてことにもなります。

全く別の考えもあります。

他者の悩みを真に理解できるのは本人しかいないのでは?

本人が理解できない場合もあるので、わかる人が教えてあげればいいのでは?

他者が解決しては本人の理解がないまま、次も問題が起こり、困るのは本人では?

アフリカに寄付金だけ渡しておけばいいのか、インドに学校の基金だけ与えればいいのか?

一生お金を渡し続けるのが得策?自立をあえてさせないようにしたいの?助けるってどういう意味なの?依存作りなの?

自立を敬い、自律心を育み、自由を創作する人は、個々人の在り方を尊重し、他者の自立や向上のサポートに周ります。

一人の時間がないとダメな人は、自分として生きている人であり、自分として生きたい意志がある人。

一人の時間がなくても平気な人は、他者との成り立ちで生きている人であり、他者との組み合わせで生きたい意志がある人。

どちらも大切であり、時と場合に応じて使い分けられるのが人間。

一人の時間がないとダメだと思う場合、自分として生きたいがために自己を尊重、または主張したい気持ちが強いと考えられます。

 

一人の時間がないと気が狂う解消法

気が狂う=大切なアラーム

他者との共有も去ることながら、私たちは己の支配者ではないため自分との共有が大前提にあります。

自分との向き合いであり共有は欠かせない自己理解であり、アイデンティティを持って存在する上での必須課題と言えそうです。

しかし、理解しておきたいのは、自分として存在するかどうかは人それぞれであること。

私たち人間は動物でありながら知的生命体でもあり、人によって他者と共に自らを成り立たせ、執着や依存は必要アイテム。

「自分」が強すぎると、我の押し付けや支配にて邪魔になってしまう時もあります。

例えば、「私は私なんだ!」と主張する親はそもそも子育てができない、または偏った思想で洗脳する躾や教育になり、他者の意志を冒涜する可能性もあり、私物化やぬいぐるみ化が加速します。

一人の時間が大切なのは、「自分」でありたい時と場合。

自分でありたいのにあれないと、私たちは自己喪失、精神虚無、疲れやストレスが限界になり、自分がいなくなるアラームにて気が狂います。

このことから、気が狂うとはプラスの兆候だとわかります。

「自分でありたい」という気持ちが空回りしているサインの明示。

「暴れ狂いそうなほど気の使い方がおかしい、自己保持の仕方に不具合がある」と精神が本質的に気持ちを表している、という考え方です。

「やっぱり一人じゃなきゃダメなんだ」ではなく。

「現状の自分の在り方は、自分に合っていないんだ」と気付けます。

これによって解消法が見出されます。

 

解消法:一人の時間が欲しい時、「現状の気の使い方がおかしい」と考える

気が狂う感覚は憤りの限界突破のようなものですので、怒りのエネルギーでありポジティブな心の反発です。
※怒りとは本来ポジティブ

気が狂うのは自己内部を鮮明に表すプラスの気持ちですので、着目は自分。

「現状の気の使い方がおかしいんだ」と捉えると役立ちます。

自己喪失する気の使い方、精神を骨身にして、自分をなくす在り方をしているか要確認です

典型例はこちら。

  • 身を粉にするまで頑張っている
  • 精神を苦しませるほど我慢している
  • 自分をなくすほど周囲に合わせている
  • 気付きすぎだけでなく、気を使いすぎている

見直す機会です。

 

おすすめ解消法:自分をさらけ出す時間を増やす

気が狂うという精神困ぱいは、“人間嫌い”から来ている人もいます。

一人や孤独になることは、自立や自律心を高めたい方にとって欠かせない、とっても重要な自由作りそのものです。

一人の時間がとにかく必要で大切だと思う場合、本当に一人になることを強く求めているのかもしれません。

一人になるとは自分にしかさらけ出せない自分になれること。

完全なる解放、考えられないほどのノーストレス、裸をさらに裸にした状態でパー、パプアニューギニアァ!

私たちは一人一人に自分にしか見せない自分がいます。

一人になると考えられない解放状態の自分になれます。

それは至福の極みかもしれません、「ピーヒャラピーヒャラパッパパラパってこのことか!」と真に言葉の意味を知る瞬間かもしれません。

なんにも、本当になんにも気を使わない時間は、いくらでも一人になることで作れます。

人との関わりで疲れやストレスが溜まり、誰かと一緒にいすぎて気が狂いそうになれば、自分をさらけ出す解放を味わう時です。

定期的にこの時間を用いることで、自分なりのエネルギーチャージ方法がわかり、気の使い方(消費ではなく吸収側)を理解できます。

我慢や頑張りは環境によってやめられない人もいると思いますので、まずはエネルギーチャージの術を作るために一人の時間を本格的に重宝することをおすすめします。

意図的に一人の時間を設けることで、これまでの自分ではなくなるので人と一緒にいる時間が長くなっても反応が変わります。

ストレスはそれほどではなくなり、精神アラームは出ず、イライラや気が狂いそうな感覚はなくなっていきます。

 

注意点:着目は他ではなく自分

「一人の時間がないとダメ、おかしくなる、気が狂う」と思った際に気をつけたいことがあります。

自分以外の他に着目すると、本質的な問題点を逸脱してしまいます。

「こんなに疲れるのは、この職場の環境や人がよくないんだ」

「こんなにストレスを溜めるのは、都会という場所が悪いんだ」

「自己を見失いかねないのは、日本という社会環境のせいだ」

どう考えるのも自由ですが、一人の時間を必要とする気持ちは物理的に体力を回復する以上に、精神的なエネルギーの枯渇をなくす内的アプローチです。

自己喪失、アイデンティティクライシス、虚無感など、他からの影響が強すぎて自らの意志や信念、自分軸が消えている精神の表れです。

精神は何かを追加するのではなく、不要なものを手放して本来の状態に戻るとスムーズに働きます。

そのために考え方は、「この職場の環境や人がよくないんだ」の後に、

「この環境によって自分の在り方がおかしくなっている、だから自分を見つめよう」が良き塩梅です。

他者や周囲の環境による精神圧迫があったとしても、最終的に見つめるのを己自身にすると、「毎日夕方の17:00~19:00は私だけの時間」という具合に、より本格的に一人の時間を作れます。

 

最後に:一人の時間がないと気が狂う

自らの精神は自ら知り、ケアし、調整し、育む。

一人になれる方だからこそ成り立つ考え方です。

私自身、一人の時間がないと頭がビヨンと鳴り、煙が出るので水をかけていた時があります。

今では沈黙を共有でき、穏やかに対話できる人と好んで関わります。

一人の時間はかけがえのない自己との向き合いであり、自己との共有です。

私はここに美しさがあると感じており、他者と協調し合い、時に執着する社会的ゲーム以上に、個々を尊重し合った先により面白味のある協調があると理解しています。

なんせ自己との向き合いとは、「自分とは存在しないんだ」という気づきと、存在なき気の使い方。

気が狂うからこそ、こんなキテレツな理解へも向かい、人それぞれにある本質的解釈が導かれると思います。

「これ以上はダメだ、一人になりたい!」という気持ちは内面の奥からのサイン。

「どうして一人になりたいのか?」を紐解く考え方としてご参考になることを祈ります。

それでは最後までありがとうございました。

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