心理と特徴

【徳を積んだ人の特徴14選】徳が高い人と低い人の違いは『自分の大きさ』

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徳とは善の行い。

宗教に限らず自然崇拝であり、量子の繋がり、共同体感覚、集合的無意識の自覚、スピリチュアルなワンネス認知。

わかりにくいものですが、徳が高い人と低い人の違いを明らかにすると、徳とはシンプルに“ある人間味”による働きだとわかります。

ここでは、徳を積んだ人の特徴と共に、徳が高い人と低い人の違いをお伝えします。

  • 徳を積んでいる人とはどんな人か知りたい
  • 徳が高い人と低い人の違いを知りたい
  • どうすれば徳が高くなるか理解したい

人生哲学にもなり、生きる意味や目的にもなる言葉、『徳』

徳の理解を深めるために、一つの考え方となれば幸いです。

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徳を積んだ人の特徴

徳を積んだ人の特徴14選

初めに、徳を積んだ人とは何者なのか、特徴を順番にご覧ください。

1,生き物、社会、環境を大切にする

生きとし生けるもの、人や動物や虫や菌などの意識体をはじめ、出来事や物や社会、自然環境や地球のことを考えて関わります。

攻撃性や排他意識に基づく、「奪う、盗む、破壊する、疑う、拒否」をせず、そのものを認めて、「守る、助ける、与える、授ける」人です。

 

2,物持ちがいい

出来事や物を大切にするので、起きたことをよく覚えており、物持ちがいい人です。

小学校の筆箱を今でも使っているなど古い仲間が多く、「今日もありがとう」と冷蔵庫に話しかけていたりします。

 

3,人との繋がりを重んじる

縁起を重宝し、人間関係は誠実で真摯。

一期一会。出会ったからには意味、一連、繋がりがあると知っており、関わりを大切にします。

繋がりを重んじることは別れを重んじ、関わった記憶を重んじるさま。

人と人の出会いと別れ、生と死を大いに悲しみ、大いに受け入れます。

 

4,人からもらい物が多い

なにかとギフトをもらう人

見えないところで無意識に人々に恩恵を与えている特徴です。

実際はお返しを受けている状態でして、常に自分から笑顔を振りまき、感謝を伝え、些細な手助けや、気持ちの寄り添いなど、自然と相手が喜ぶことを与えている人です。

 

5,人に教える

自分の知っている知識や経験を他者に教える人です。

ただ教えるのではなく、他者がわかるように価値として提供する特徴があり、相手の立場で考えて伝え、学びを与えます。

 

6,「ありがとう、感謝」が口癖

もはや癖のようにポジティブな言葉を発します。

人だけでなく物や植物、鉱物や養分に感謝する人もおり、自分と他の繋がりをポジティブにしようとする意志が恒常化しています。

 

7,損得勘定しない

「なにをどれだけ与え、利益率はどうか、どれだけの見返りが対価か」といった社会的常識など、他の理論や情報を基準に物事を比較しない特徴です。

「ゴミが落ちていれば拾う、なぜならば地球が嫌がっているだろうから」

「おばあちゃんが横断歩道を渡ろうとしているから助ける、なぜならば怖がっているから」

シンプルに善行するさまであり、資本主義や功利主義など既存の常識とは別に、自分の見方や感じ方をないがしろにしない特徴でもあります。

 

8,冷静で落ち着いている

善いことをする際、衝動的に思い立ったら動く訳ではありません。

「自分がそうしたい」という自己認識と、「相手のためになるだろうか?」という他者認識を合致させてからお助けします。

冷静に物事を捉える力があり、慌てたり焦ることが少ないです。

問題解決能力が高く、ネガティブな感情を排他せずに受け入れている特徴です。

 

9,役目や使命感を持って仕事する

仕事という恩恵や価値を与える社会の仕組みを活用し、人々に利益を与える人です。

「何が価値になるか、何を与えられるか?」を考え、役目や使命感を持って仕事することで、日常的に徳を積む工程サイクルを作ります。

自分のできることを提供し、人々に喜びや笑顔を与え、厳しさや現実を教え、学びや知恵を授け、恩恵と価値を与えます。

 

10,物事を平等に捉える

徳の高い人は、起きた現実をフラットに見ます。

「被害者だから同情する、可哀そう」ではなく、出来事の真意や本質、関わった人々の気持ちや立場を上下左右の区分けと差別なく捉えます。

自分も含めて平等に捉えており、大好きなプリンをもらった時に周囲に人々がいれば、みんなで食べる人です。

 

11,素直で楽観的

子供のように純粋で真っすぐな人。

嫌なことがあれば悲しみ、怒り、しっかり主張して、やる時は罵倒してぶっ飛ばす。

嬉しいことがあれば隠さずに笑顔がとろけ、しっかりと噛みしめて喜び、大いに笑ってマシュマロを炙る。

嫌なことが終われば終わり、起きたこととして過去に流れ、既に次を始めている楽観的な人。

頑固、固執、期待、執念がない特徴であり、他の意見を快く聞き入れ、応用します。

 

12,運がいい

なにかと困ったことがあれば助けられ、なんだかんだ上手くいく人。

困ることがあっても本気で乗り切る努力ができる人であり、ラッキーな出来事やハプニングが多く、最終的には全て物事が豊かに巡ります。

全ての出来事が繋がっている一連を垣間見ることが多く、「不具合や障害があっても、だからこそ後の巡りがよくなる」と知っている人です。

スピリチュアルに言うと、守護霊やご先祖様などの見えない存在がたくさん見守ってくれている特徴です。

 

13,孤独であり大家族であり

徳を積み続ける人は孤独であり、たくさんの人々に慕われもします。

自分次第で人々と関わるか否かを決めることができ、関わろうと決めれば人々が寄ってきて、関わらないと決めれば徹底的に孤独に過ごします。

このように自由な人間関係のスイッチを持っており、周囲がそれを受け入れてくれるのが大きな特徴です。

会いたいと言えばみんな駆けつけてくれる、人々から好かれ、助けられ、愛される人です。

 

14,みんながやりたくないことを率先する

最後の特徴は、誰もやりたくないことを進んで行います。

故人との関わり、辛い鍛錬、汚れ作業、恐怖心との向き合い、覚悟と決断のいる行為など、「勇気と死(恐怖)」が関わる物事に突き進みます。

「俺がやる」
「それじゃあ僕がやる」
「いやいや私がやる」

「じゃあどうぞどうぞ」の「オイッ、どうぞじゃないだろ!」がないパターン。

「どうぞどうぞ」「はいOK、じゃあやるね」

そんな人は今日も徳を積み続けます。

以上が、徳を積む人の特徴でした。

 

徳が高い人と低い人の違い

徳が高い人=幸福度が高い人

徳をたくさん積んだ人は徳が高くなります。

徳が高い人の大きな特徴は、徳を積んでいると思っていないことです。

概念として把握し、「徳を積めばいいことがあるんだ」とはならず、普段からしていることが自然と徳積みになっている。

誰もやりたがらないトイレ掃除をしている時、「あ、陰徳を積んでいますね」と言われて、「え、これって徳になるの?ラッキー!」なんて具合です。

狙って善き行いをしていないにもかかわらず、実行しているのは善きこと

徳が高い人とは、行為が無意識に善きことであり、正しいことであり、他のためになっている人、という考え方です。

 

「他のため」に働ける人は幸福度が高い

仏教では行為・働き(業)を[身業・口業・意業]の三つに分けて捉えます。
※コトバンク 引用

徳が高い人は、身体的行為(身業)、言語表現(口業)、心意作用(意業)が、「他のため」になっている人。

心の作用も含めて行為がなされるため、「言葉で善い能弁を垂れても、心で何を考えているかわかったものではない」と猜疑されるさまがありません。

好かれ、慕われ、頼られ、愛される人です。

誠実で、誠意あり、気品あり、品位と質の高さがうかがえる人、と言えると思います。

質の高さは、身が豊かに輝く天然鯛のようなものかもしれません。

養殖で制限された鯛よりも、大海原を優雅に駆け巡り、自然な生き方をする鯛は身がプリップリ。

食べればわかる、「あ、この鯛はきっと幸せに生きていたんだろうな」という幸福示唆。

日々を自分のできる働き、関わりにて最大限楽しみ、能力と才能を制限しない活力みなぎる自己発揮による、人生を最高値に高めて得る歓喜。

自分を制限しない強さがあるから余裕を持てる。

余裕があるから知性を深め、優しくなれる。

優しいから人を許し、他のために働ける。

他のために行為できることは、心の温かさと余裕であり、自らを制限せずに解放させる結果、幸福度の高さに表れると考えます。

徳が高い人は幸せな人であり、他のために善い行いをする余裕があります。

※他のためにならない自己犠牲については、【自己犠牲をやめる見極め】嫌なのに断れない原因を知った体験談 をご参照ください。

 

徳が低い人=余裕がない人

徳を積まない人は、「他のための行為・働き」がありません。

私達は誰しも「自分のため」に生きていると思いますので、「他のため」は「自分のため」に追加するかどうかの選択、と捉えられるかもしれません。

追加すれば徳を積み、追加しなければ自分のためにフォーカスでき、自己利益や功利取得に追力できます。

しかし、大前提に私達は独りで生まれも生活もない環境で生きています

母親に産んでもらい、社会性によってスーパーでご飯を購入でき、お金があって家を作る人がいて、働く場所があって生活できるように。

常に自分以外の他の生き物、物質、成分、情報、ルール、社会、国、自然、地球、宇宙…などと共に存在しています。

この大前提を含めると、「他のため」は追加するのではなく、排他するかどうかになります。

徳が低い人は「他のため」を排他します。

利己。

「自分のため」だけが残りながら、「自分のために他を利用する」という使い方が見出されます。

徳が低い人の典型は、自己中心的に自己愛に執着し、他を巻き込んで自らの私利私欲を満たし、不平不満を解消。

そのためにも他の存在を排他しなければならない労力を要し、さらに利益を得たければ他を利用すらための働きも要します。

忙しいです。

他なくして存在しない大前提を含めると、「徳を積まないとは、他の存在をできる限り排他する努力」を意味すると考えられます。

※魂がないと徳が低い件は、【魂がない人の特徴13選】魂を見失うと起きる人間離れ をご覧ください。

 

「自分だけのため」は難しい

他者との共存で構成される社会性の中では、徳を積まない利己的な生き方は非合理だったりします。

世の中は、[自分or自分以外の他]と大きく二分けされますので、自分だけに限定するために、あらゆる他の存在をないがしろにしなければなりません

極端に言うと、大気という他をないがしろにすれば、口をムムムと閉ざし続ける努力が要る、とこういうお話です。

「自分だけのため」にするには、あらゆる現実に対して自己都合で偽装するか、認知を歪めるか、拒否するか、認識できない状態になるか、自らを誤魔化す必要があります。

「大気は必要だから排他しない」
「スーパーは便利だから使う」
「仲が良い人だけは全然OK」

数えきれないほどのルール設定が必要となり、かつ「自分だけのために他を排他している」と思っては罪悪感という不利益になるので、フィルター機能を生かして嫌なことは見えないようにグシャグシャと塗り潰す。

認識する現実は塗り潰しでほぼ真っ黒になる可能性があり、それでは自己都合で世の中を見ていると自覚してしまうので、空想や妄想世界に入る逃避へ向かう人もいます。

徳を積まないとはとても努力がいる行為。

「自分だけのため」にフォーカスして生きることは、多大な労力にてエネルギー消費が起き、脳内キャパシティを埋め、いざ「他のために」と思っても余裕がなくなります。

徳が低い人とは努力が空回りして余裕がない人、と考えられます。

何もしない人の方が徳を積まないと思えるかもしれませんが、「他のため」を排他する努力の大小がより関わります。

※徳の低い自己中心については、【支配か成功】自己中心的な人の末路は二つ│自己中は大切な土台 をご覧ください。

 

徳が高い人と低い人の違い:「自分の大きさ」

幸福度、余裕の有無で変わる徳の高低。

実際には徳とは本人の問題ですので、徳が高い低いという表現には良悪の概念はありません。

徳が高いから良い、低いから悪いのではなく、高低の違いは“ある人間味”を表すバロメーターと考えます。

ある人間味とは、自分の大きさ

自分という存在の大きさです。

  • 徳が高い人は自分が大きい
  • 徳が低い人は自分が小さい

魔人ブウが人間をチョコレートにしてバリバリ食べると、体内にはその人間達が入ってサイズ感がでかくなる。

  • 自分が大きい人ほど、[自分=自分+他]で構成され、[他]の部分が割合の多くを占める
  • 自分が小さい人ほど、[自分=自分のみ]で構成され、自分を貫くために他を排他する努力をしなければならない
  • 徳が高い人は他の割合が多いため、「他のため」の行為や働きが起き、「これは徳になるぞ」と考えずとも自然と行為できる
  • 徳が低い人は他の割合が少なく、他を排他する努力をしながら生きるため、「あえて自分のためだけにしたい」という行為や働きと共に、願望や欲求が増える
  • 自分の大きさは余裕がある状態であり、余裕とは強さや理解、メタ認知や許容、仕組みの把握や成長を意味する
  • 自分の小ささは余裕のなさであり、弱さや抵抗、執着や頑固、素直にならず自己世界に閉じこもり、他を許容せず成長しないさまを意味する

※徳の高低がわかるカルマの重みは、【因果放置は意味深い】カルマが重い人の特徴&軽い人との違い をご覧ください。

 

徳の高い人になる方法

私達は何が起きるかわからない現実を社会的に生きていますので、誰しもが無意識に不安や恐怖を回避するために、多少の違いはありながら他を排他していると思います。

徳を積みたくても積みにくい仕組みの中で生きており、何かを変えるには必ず努力と行動を要します。

徳の高い人になる方法としてお伝えしたいのは、他の排他をやめることです。

他の排他とは、他(生き物、物事、情報、ルール、社会、地球など)との関わりに置くを意味します。

壁とは素直の反対、頑固、固執、執着、抵抗、誤魔化し、逃避、嘘、不信、疑い、差別など、他を受け入れないための拒否やあらがいです。

これを少しずつなくす努力によって、徳の高い人になっていく考え方です。

他を受け入れることは大切ですが、まずは排他していると知るのが第一優先。

「私は何を排他しているかな?」を模索して自覚を増やしていき、排他行為をストップします。

「自分のためだけ」にフォーカスした行為を見つめなおし、磨くべきは自分そのもの。

その後にするのは、他を受け入れるのではなく、受け入れたいと思える人と関わる選別です。

一人でも見つかれば、その人のために行為することで徳は自然と積まれていきます。

そんな人がさらに増えていくと、徳はどんどん積まれていきます。

徳を積む生活は幸福度を高め、徳の高い人には運がついていく不思議な仕組み。ぜひ活用していきましょう。

 

徳を積む人と積まない人 まとめ

徳はあえて積むと言うよりは、現実を知り、人間とは何かを紐解き、自分にできることを理解し、最適で自然な行為をするに伴って自動的に積まれていくものだと思います。

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誰も喜びません。

「徳だ徳だ!」とはしゃいだゆえの行為はエゴ祭りの開催であり、自分だけに限定して自分を小さくする方法になってしまいます。

徳を積んだ人の「他のため」が自然と組み込まれた在り方は、自+他によって自分が構成されるさまであり、意識せずとも調和、協調、共有、尊重します。

とても合理的な利他心であり、結果的に自らの遺伝子を残しやすくする本能的な功利なんかもザックザク。

花咲じいさんが結局得をする、そんな日本昔話です。

私達は一人一人誰しもに大きな力があり、類まれな能力と才能があると思います。

見るべきはおそらく現実です。

資本主義や社会、いかに利益を得るかを条件付けた限定的現実ではなく、生命体として地球環境で生存している現実、条件やルールで制限しない現実全て。

現実を見るには、自分とは自分だけではないと知る大切さがありそうです。

他を含める必要はありませんが、まずは他を排他しない大切さがあります。

その後、必要に応じて含めたいと思う人や情報や社会や自然と関わります。

素敵な人と深く関わるためには、素敵な自分になる磨きと成長が必要です。

するべき努力の矛先を明確にして、自らの能力と才能を最大限生かし、人生を最適化させる自然なさま。

今日も『徳』は龍のようにフラフラと流れている。

そんな理解がお役立ちとなれば幸いです。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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