本当の自分

一緒にいて落ち着くのはなぜ?ほっこりフィーリングには秘密あり

とある孫と祖父が一緒に散歩していました。

二人はほとんど会話せず、ピッタリ横について歩く。
たまに発する言葉は、「野菜ジュース飲もー」「うん」

「はぁ~」と見ている私が落ち着いちゃう。

家族か恋人か異性か、条件に関係なく一緒にいると落ち着く人がいます。

もはや会話なんて邪魔かも、と思っちゃうほどに力が抜けて自然体になれる人。

なぜ?
落ち着く人には不思議な力があるの?

この答えには、落ち着く人だけでは成り立たない仕組みが潜みます。

少し奇妙な話ですが、落ち着く人との間にある、ほっこりフィーリングの紐解きをお楽しみください。

それでは、ほっこりもっこり始めましょう。

一緒にいると落ち着く人の特徴

一緒にいると落ち着く人の特徴

初めに、落ち着く人の紐解きとして、特徴を順番にご覧ください。

1,支配欲がない

とってもわかりやすく表れる特徴に、支配しない様があります。

それは、あなたを、一緒の空間を、時間を、認識を。

You are free to go.

縛らず、囲まず、閉じ込めず、利用せず、コントロールせず、牛耳らず、独占せず。

 

2,他者に執着しない

執着は他者利用の典型、しません。

すがることで相手との繋がりを確証づけたり、自らの利益を欲する行動に入りますが、それらがないために、相手に無用な詮索や抵抗、自己防衛や反発を作らせない特徴です。

 

3,対等な関係を作ろうとする

落ち着く人は相手と対等な関係を求め、それを自ら作ろうとします。

初めの作り出しは常に落ち着く人からでして、相手との関係性を作る意識を持つ特徴です。

 

4,自己顕示欲がない

対等な関係を自ら作ろうと努力しても、それをドヤドヤがやりません。

そのため、一緒にいても何もしていないように思える影の功労者。

褒めてもらう、肯定してもらうなどの自己顕示欲も承認欲求も押し付けない特徴です。

 

5,干渉しない

相手の世界に入り込んで強要、変化を促す、こねくり回す、ぶち壊す。

そういった、押し付けや干渉をしない特徴です。

 

6,焦らない

自分のペースと流れを大切にする人です。

焦らない人ですが、焦らないことが好きという方が近いニュアンスでして、そのために冷静に状況や状態を見ようとします。

そこには、内向的で客観視する人間性が表れます。

 

7,攻撃性がない

敬いや尊重の気持ちを持ち、他者との時間は利用し合いや利益の追求し合いではなく、共有や調和となる性格で、平和的です。

攻撃性がない特徴となり、排他や否定や批判や非難などを好みません。

しかし、周囲に攻撃性やエゴがあることで、自己防衛の盾としてやむなく攻撃的になる人もおり、性根に攻撃意識がないために攻撃の仕方を知らず、極端に荒れて落ち着きとは真逆の様を持つ人もいます。

 

8,会話は一つの選択

落ち着く人はコミュニケーションの理解が幅広く、会話とはその内のあくまで一つでしかないことを知っています。

そのため、会話せずとも別のコミュニケーションの形をとっていたりします。

 

9,空間共有

コミュニケーションの主体となるのが、空間共有。

空間、時間、テリトリー、エネルギーフィールド、パーソナルスペースを相手と共有します。

そこでは、感情や気持ちなど、状態そのものから発される波動を分かち合います。

 

10,聞き上手

人を心地良くさせることが上手な特徴です。

相手に話させるのが上手く、気付けばそこはフワフワ羽毛の世界、なんてことも。

 

11,自分の事は進んで話さない

「自分を知ってもらいたい、理解を深めてほしい」という他者ありきで自分を見出す欲求がありません。

言い方を変えると我欲があまりなく、聞かれれば話しますが、自ら進んで自分の事や過去を話さない特徴です。

 

12,愛を愛している

愛が大好き、もはや愛しています。

愛とは人を敬い想う気持ちであり、受け入れる様、俯瞰性や不干渉ができる人間性を意味しますが、そのような状態に心地良さや自分のあるべき姿を感じます。

そのため、落ち着く人は愛を持つ(または見失っていない)人との共有を好み、会話や形にこだわる顕在化を求めず、見えない気持ちなどの潜在的な認識を求める特徴があります。

 

13,愛のない人にはガチで興味なし

愛の半面、愛のない人に対しては微塵も興味がないほど人が変わったりします。

攻撃性や干渉がないので、興味がなければ対象は無です、無になります、無。

そのため、環境によっては全く周囲から相手にされない人もおり、「この人は落ち着く人だ」と知っているか否かは人によって綺麗に分かれます。

勘違いされている訳ではなく、ある人には落ち着き、ある人には興味なしと極端になる特徴です。

 

14,子供や動物や自然が好き

ませた子供は引くほど興味がなかったりもしますが、幼少期の小さな子供や動物が好きな特徴で、自然との関わりを好む人も多いです。

以上が、落ち着く人の特徴でした。

 

一緒にいると落ち着く仕組み

これまでの特徴から、「こりゃもう悟ってんな」と思うかもしれませんし、「極端な人」と思うかもしれません。

極端な様は人それぞれで、関わる人によって変わります。

そのため、落ち着くかどうかには一緒にいる人が大きく関わります。

いわゆる、「落ち着く~」って感じる側。

上述の特徴が鮮明に表れるのは、一緒にいる人が愛を共有できる人である場合限定です。

愛を持つ人、または知っている人、または見失っていない人。これら愛を内包する人の場合、落ち着く人の良き特徴が花開くように表れ、お互いの相互関係にて生まれるそれ。

ほっこりフィーリングです。

ほっこりフィーリングは心地良い癒しの体感感受。

最高の癒し空間の共有にある“感じ”です。

落ち着く人は攻撃性がなく、他者に執着せず、自己内観力のある内向的性質があると考えられます。

自己への執着はあっても、他への執着に意味を持たないために、好んで他に干渉したり、押し付けたり、強要したり、利用したりといった関わりをしません。

そこには自己愛の認知や、自尊意識があり、愛という敬いの気持ちを重要視する人間性があります。

愛とは異性や性行為に対する脳内快楽とはわけが違い、自由を表す尊重・受け入れ・俯瞰・不干渉です。

ちょっとヒッピー的なことを言い始めましたが、落ち着くという感覚は、「自分として存在することに一切抵抗がない状態」と考えられます。

ノー緊張、ノー硬直、ノー恐怖。

あるのは自然体、緩み、ほわ味、ふわ味、ほっこりする温かさ、自分の中の優しさが引き出されるような、心がポカポカお昼寝するような、自分の在り方に抵抗を作らず過ごせ、余計な思考が働かない一切の自己防衛不要空間、ちょっと懐かしい昭和の香り。最後のは忘れてください。

落ち着くのは、「愛」による敬いからの影響です。

ですが、ほっこりフィーリングは落ち着く人の人間性や気持ちだけでは成り立ちません。

最も重要なのは、落ち着く人と落ち着く側の間にあります。

詳細を深掘りしましょう。

 

一緒にいると落ち着く人 なぜ?

なぜ落ち着くのか?

大好きな人がいます。たまらなく好きで常に一緒にいたい。

自分が好きであることを伝えたい、相手から愛されていることを知りたい、感じたい。

このような場合、ここには明確に「欲」があります。
自らの行動を促す欲、相手に求める欲。

欲は生命力であり動力や動機になる大切なもので、他者に欲した欲が叶うと起きるのは、刺激です。

どれだけ落ち着く人が愛を持って空間共有しようと、相手がそこに同調せず、欲望を持って関わると起きるのは、相手の要望に乗ったり乗らなかったりの干渉反応です。

いわゆる、相手の世界に入れられるか、自分の世界に入れ込めるか、どちらにも入らないか。

ここに何も悪いことはありません、人それぞれです。

ですが事実として起きるのは、対等な関係がなくなることです。

落ち着くには対等な関係である必要があり、お互いの共有認識が条件だったりします。

 

落ち着くには一緒に落ち着く空間共有がある

対等な関係は落ち着く人が初めに作ってくれます。

そこで落ち着く側が同調し、対等な関係を作ろうとするか否かで、ほっこりフィーリングの誕生有無が分かれます。

いわば、ほっこりフィーリングは落ち着く側の賛同によって完成するというものです。

これが、愛のある人と愛のある人の調和

愛とは敬いであり自由です。

相手を敬うことは、そのままを尊重して拒否しない意味となり、干渉や強要、押し付けに決め付け、他への欲求に願望、何もありません。

特に他者に対する拒否(否定や非難、排他に文句、干渉に押し付けなど)は一切NG、もうそれをした瞬間に落ち着きは、ばみつき、なんというかスッゴイへどろっち、ほっこりはぼっこりに。

と、こんなこと言っていますが、愛とは自由ですので人それぞれに解釈されてください。あくまで私の理解からの意見ですので、テキトーに読んでください。

落ち着く人は愛を内包しており、それが強ければ強いほどに相手のそのままを尊重するために、上も下もない関係、まるでお互いに赤ちゃん、またはジジババかのように対等に見る自然な認識になります。

そこには一切の攻撃性も支配も独占もない空間伝播、言い方を変えると無抵抗のエネルギーフィールドが広がります。

そこに、「ねぇねぇ、面白いことして私を笑わせて」なんてのが来れば、ドガンドガンボロボロボロー。ゴジラや、無視、興味ねーと、そういう話です。

しかし、その空間創作に加わり、同じように愛を持って敬う認識の人が加わると、スー、ホワンホワン、ピュー、わーいわーい。

調和による空間共有、落ち着く人と落ち着く側の両者認識の合致にて、ほっこりフィーリング完成です。

この空間、感情や気持ち、意見に含まれる状態や状況、心身も精神も心理も含めた状態からの体感が伝播し、“感じ”として感受する二人のコミュニケーションテリトリーになります。

落ち着くには、両者が欠かせない大切な存在です。

 

落ち着く人にてわかる自分

落ち着く人とは、相手を敬って対等な関係を作ってくれる人です。

多くを求めず、欲求を他に向かわせず自ら作る意識を持つため、受け身に見られる影の功労者。

大人しくて許容のある人です。

ですが神様ではなく一人の人間ですので、愛のない人に対しては一切の興味なし、無関心になったり、ぼっこりぼっこり。

そんな落ち着く人の存在によってわかることがあります。

自分自身です。

落ち着く人の力を発揮させるには、せっかく作り出しをしてくれた対等な関係を完成させる人が必要です。

お互いの関係なので一方通行では成り立たず、そこで重要なのが落ち着く側です。

人と一緒にいて落ち着けるというのは、その人と自分が近いことを表し、認識や価値観が似ていると考えられます。

まるで自分のような人であればあるほどに、落ち着くための共有が作りやすく、極論はもう一人の自分と一緒にいれば最高に落ち着くほっこりむっつり。

双子とかツインソウルとかが最高ですね。

自分と似ていればいるほど、それは趣味や育ち、境遇や外観以上に、認識や価値観である内側の話です。

考え方や体感や感覚や感情の認知が似ていれば、相手をそのままに尊重する気持ちが出てきて、自然と愛を持つことに繋がります。

落ち着くというのは癒しや自然体な感覚ですので、それを求める場合には落ち着く人のような特徴があり、内向的で自己内観や客観的に物事を見る認識があるかもしれません。

同時に、平和で調和的な様を好み、子供や動物など愛のある存在との時間を大切にし、自らを敬い想う。

それ以外はプイッ、なんてこともあったりなかったり。

このように、落ち着く人と関わることで自分自身を知れる。そんな存在でもあります。

※落ち着く人のナチュラル感は、自然が好きな理由にある性格と心理│ナチュラルは人間もナチュラルにする をご覧ください。

 

落ち着く人との時間に会話は要らない

会話がないと気まずくて苦しいという人は多いかもしれません。

人間はお互いの関係を作る時には、多くの場合は対等な関係ではなく上下関係を欲します。

そこには、常識やルールや他律に則って関わり方を見出す方が楽である心理があり、一人一人の人間性や認識を知って人間関係を作るのは、自律も勇気も認識力も経験も必要です。

落ち着く人は常に対等な関係を持とうとしてくれます。

そのため、落ち着く人は愛のある人に対して完全にウェルカムで、会話がなくても平気だったり、心地良かったり。

落ち着きを感じることは自分の中にある愛の認知にもなります。

わざわざそんなことを認識する人は少ないかもしれませんが、自分の中に愛があると知れる存在はとても貴重で、自尊や自信を持つ恩恵が見えないところであったりします。

落ち着く人との空間共有にある体感を経験すると、コミュニケーションとは会話という言語交流だけではないことがよくわかります。

言語はあくまで一つの方法でしかなく、気持ちや状態共有には多くの営みがあると知れる大きな機会かもしれません。

私自身、落ち着く人と関わると学ぶことがとても多く、会話の要らない関係性はなんとも心地良く、気楽で癒されます。

そこには、落ち着く人から発してくれる気持ちの伝播、愛があり、なんとも有り難い存在で、大好きになれる貴重な人だと理解しています。

※安心感にて「ほっ」とする人の話もあるので、ほっとする人の特徴に秘密のポーション?安心感の心理とスピリチュアル をどうぞ。

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体験談(ほっこりフィーリングの秘密)

最後に私事ですが、落ち着く人と一緒にいる体験談から理解した、ほっこりフィーリングの秘密をお伝えして終了します。

私にとっての落ち着く人はおじいちゃん。

小さい頃に亡くなりましたが、じいちゃん家に行った時、私はじいちゃんの横から離れない子でした。

私達二人は周囲からとても奇妙がられていました。

二人とも何にも話さないんです。

私達が普段することは、じいちゃんがくれるお菓子を横に座って食べる、散歩する、お風呂に一緒に入る、同じ大衆食堂へ行く、そして三味線のテープを聞く。これ以外の記憶はほとんどなく、会話した記憶もほぼありません。

私は一緒にいる時間が幸せでしょうがありませんでした。

とにかく落ち着き、癒され、自分として居られる空間。
「なんて優しいんだ」と心から感じていました。

お互いに会話はしませんが、同じ三味線テープを何度繰り返し聴いても、じいちゃんは一緒に聴いてくれて、再生が終わると一緒に顔を見て微笑み合う、エへへ。

お菓子を食べ終わると一緒に顔を見て、エへへ。
「もう一個いる?」と聞かれるけど要らない、エへへ。

じいちゃんに何か求めているのではなく、じいちゃんも何か私に求めているのではない。

会話は本当に要らず、一緒の時間と空間があるだけで最高でした。

そんなじいちゃんが家族全員から恐れられ、とても恐い人だと知ったのは死んだ後でした。

「だからいっつも周囲に人が居なくて、誰も話しかけなかったんだ」と気付きましたが、「じいちゃんの本当の顔は私達の思い出だ」と勝手に理解しています。

 

じいちゃんのおかげでわかったほっこりフィーリング

お互いに何かを強要するでも求めるでもなく、ただそのままの「私」と「じいちゃん」が同じ空間を一緒に作る時間。

そこにあるのは本当にシンプルに、「同じ空間に一緒にいる」という確たる認識のみ

空間の全てに拒否せず、ただただ自然にいるだけ。受け入れるという概念すらない潜在的な受け入れ状態、そのまんまです。

ここには、ほっこりフィーリングの核となるポイントがあり、同じ空間にいる人に対するある認識があります。

ある認識とは、「一緒にいてあげる」と「一緒にいてもらう」の両方。

  • 「一緒にいてあげる」は、相手のためを想った認識
    ※上から目線ではなく、相手を理解して相手が欲する前に提供してあげる気持ち
  • 「一緒にいてもらう」は、相手を敬い感謝する認識
    ※対等な関係を作るための大切な気持ちとなり、一方通行にならないコミュニケーションの核

二つを持つことで、ほっこりフィーリングの誕生基盤が出来上がり、残すは落ち着く側の同調にて完成。同じ認識だともう最高。

共同創作のアートです。

そんな大好きな人の話でした。

※落ち着く人の心がわかりやすくなると思うので、思いやりの心とは他と自の同一化│持つためには敬いを育む覚悟 もどうぞ。

思いやりの心とは他と自の同一化│持つためには敬いを育む覚悟思いやる際に必要な“心”。 思いやりの心とは何か? 心の理解を基にした思いやり、そこには人と人の関わりにある人間味があります...

 

なぜか一緒にいると落ち着く人 まとめ

落ち着くには落ち着く側も大切という話。

ほっこりにある愛、とても身近で頻繁にありますが、そこに気付くかどうかは全て本人次第です。

気付く人は愛を持つ人。

共有することで育まれ増大するのが落ち着く心地良さ、ほっこりフィーリングです。

心の「ほっ」は、力が抜けた「ほっ」
温かい「ほっ」は、優しさの「ほっ」
敬いの「ほっ」は、自然な「ほっ」
愛の「ほっ」は、自由の「ほっ」

最も自由な存在は自然、そこには大きな愛があり、何もかもをそのままに尊重する認識があるのかもしれません。

落ち着く人の話から、会話はあくまで一つのコミュニケーションツールだと理解する一助となれば幸いです。

人間の認知は幅広く、思考以外にも感覚や気持ちがあり、偏る以上に制限を取り外すと広々し、より自然な状態になるかと思います。

見えないのでわかりにくいですが、確実にある空間共有。

人と人の関係の幅広さから、共有するか育むか、吸い取るか吸い合うか、選択肢が増えていくと良い塩梅ですね。

それでは、一緒にいると落ち着く人へのお歳暮は、煎餅と将棋盤という話を終了します。

って違うかー。

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