スピリチュアル

人間嫌いでいいじゃない。動物好きな特徴から見える原因と人間性

人間を嫌いにならざるを得ない状況があり、嫌いになることは自分のための良い生き方となります。

ここでは、「人間嫌いでいいじゃない」という話を、人間嫌いの特徴と人間性からお伝えします。

ひねくれでも擁護でもありません。私が元々人間嫌いでしたので、嫌いで本当に良いと思う理解があります。

人間嫌いになる詳細を知るためには、動物好きである特徴とスピリチュアルな概念を含めることでわかりやすくなるので、それらを含めた理解をご覧ください。

  • 人間嫌いな人の特徴とは?
  • 人間嫌いになる原因とは?
  • 人間嫌いのスピリチュアルな理解とは?
  • 人間嫌いでいいじゃない

人間嫌いの理解や、人間嫌いなご自身の理解が育まれる一助となれば幸いです。

人間嫌いな人の特徴と原因

人間嫌いとは

「人」ではなく「人間」という表現をすることには意味があります。

目の前の人や関わる人ではなく、人間全般が嫌い。

人間嫌いとは人間が嫌いで、関わることが嫌なことです。

間違えてほしくないのですが、人間嫌いは「人類」嫌いではありません。

人間とは、人間嫌いな人が認識している人間全般

目の前にいる人や周囲の人、観るテレビに映る人など、視界と脳内に入る人間です。

全人類ではなく、これまでの人生にて認識した自分の知っている人のみが対象です。

 

人間嫌いは「人間が嫌い」なルールがある

脳の仕組み上、自分がルール設定した人間しか認識しないようになります。

無意識のフィルター認識を、RAS(Reticular Activating System):網様体賦活系(もうようたいふかつけい)ラスと言い、自分にとって大切だとルール設定しているものを脳が認識します。

脳が情報の取捨選択をし、自分にとって重要なもののみを無意識に区分けしてくれる情報処理能力で、心理学を含めてスコトーマ(心理的盲点)とも言います。

人間嫌いは「人のことが嫌い」という認識が自分にとって重要で大切なルール設定となり、脳はそのように思える人や状況を認識して自覚させてくれる。

ルール設定をして物事を見ているために、人間嫌いな人が関わる人は、自分にとって関わりたくないと思える人のみにあえて集中する状態になります。

人間嫌いな人からすれば「この世の全員」となりますが、実際には本当に極限られた一部の人間です。

 

人間嫌いは人に興味がないとは違う

人間嫌いと似たニュアンスに、「人に興味がない人」がいます。

人間嫌いは興味以上に関わりたくないため、人間性の完全なる相違が見られます。

  • 人間嫌いはできるだけ人と関わりたくない
    …物事の認識が狭くルール設定が「人・嫌い・避ける」
  • 人に興味がない人は自分に興味がある人以外は関わらない
    …自分の喜びのために興味のない人と関わる意味がない

人間嫌いとは自分で認識の制限をかけた上で、見える人全員と関わりたくない人のことを示します。

人間嫌いとは、自分が認識する人全員と関わりたくない

※人に興味がない人の特徴は、他人に興味がないのは普通のこと|特徴から見える真意は冷たく優しい をご覧ください。

 

人間嫌いな人の特徴

人間嫌いな人には共通の特徴があります。

人間嫌いな人の特徴
  1. 人が怖い
  2. 人を蔑み馬鹿にする
  3. 人を信用できない
  4. 人と関わりたくないので自分の話をしない
  5. 人と関わりたくないので人の話に興味を示さない
  6. 感情の起伏がなく、声の大きさが一定
  7. 自分が好きではなく、自己否定をする
  8. 心の傷が深くトラウマを持つ
  9. 思い込みと決め付けが激しい
  10. 動物好き、自然好き
  11. 感受性過敏
  12. 否定されることに強い嫌悪感を抱く
  13. 本当は誰よりも優しい

特に大きな特徴がありますので、詳しく見ていきます。

 

対人恐怖症

心の傷やトラウマは過去に周囲から受けた”否定行為”によるものです。

周囲の親や兄弟姉妹などの他者による人格否定や存在否定をされた経験により、人間不信になり対人恐怖症にもなります。

自分が傷つけられることを恐れる防衛意識にて、人と距離を取る無意識な在り方が作られ、人の視線や意見、何を言われているか、どういう反応をされるかが気になって仕方なくなります。

自己防衛として人となるべく関わらないようにするルール設定をして、人が嫌い、関わりたくない、嘔吐感、目まい、虫酸が走る、否定、蔑みという認識と行為を作ります。

 

自分が好きではない

人間を嫌う前に自分を嫌います。

自分を嫌うことで存在意義がなくなる場合は自分を嫌うのではなく、「自分が好きではない」と認識する場合もあります。

否定経験によって自分の存在を自ら見出すことができず、自分を好きになっても再度否定行為をされた時を危惧し、自分を愛する認識をしません。

人を否定すると同時に自分を否定する傾向があります。

根底に純粋過ぎる人間性と、優しすぎる人間性、人を愛し過ぎた人間性があり、元々自分が大好きだった人格の記憶が奥深くに眠ります。

  • 純粋過ぎるが故に、他者の意見や行為をそのまま受け入れてしまいます
  • 優しすぎるが故に、他者を見捨てたり排除せず、自分だけ傷を負ってしまいます
  • 人を愛し過ぎたが故に、愛とは正反対の攻撃を浴び、心をズタボロにされてしまいます

本当は誰よりも優しい心を持つ人です。

 

人間嫌いは動物好き

裏切らない、嘘をつかない、押し付けない、否定しない。

自分を傷つけることのない純粋で愛のある生き物が好きで、動物や自然が好きな特徴があります。

癒しや安らぎを求め、リラックスする状態が好き。元々人が嫌いでも興味がない訳でもありません。

ただシンプルに「人は人」だったんです。

同じ学校だからといって関わらなければならないことなんてありません。人と一緒にいなければいけないルールなんてありません。

自分が大好きで、自分のことは自分でまかなえるので、他者と関わっても関わらなくてもどっちでもいいんです。

人に、家族、友人、恋人、親友、他人という名前や区分けや差別のルールはいらなかったんです。

「人は人」であり、「人も動物も同じように大切で大切じゃない」

動物は愛の塊です。

愛を持って接すると愛で答えてくれる。気兼ねない恐怖のなさ、否定されない安心があり、愛を体感する自分が自分らしくて心地良い。

人間嫌いな人は自分らしく生きたい人です。それをさせてくれるのが動物であり自然であり、ありのままに差別や区分けをせずに生きている純粋な生き物が好きです。

 

人間嫌い スピリチュアル

人間嫌いのスピリチュアルな理解

人間嫌いは動物のようです。

純粋で、人間に対する抵抗を持つかどうかは人間次第であることを意味します。

そんな人間嫌いには大きく二つのタイプがあります。

人間嫌いのタイプ
  • 人間を嫌いたい
  • 人間を嫌いにならざるを得ない

両者は雲泥の差として人間性の相違があります。

ここでは、「人間を嫌いにならざるを得ないタイプ」を対象にお伝えしています。

嫌いにならないために人と関わらない選択をします。戦いではなく防御を選びます。

防御を選んだ意識と、人間嫌いな人の特徴にはスピリチュアルな理解があります。

 

人間嫌いにならざるを得ない原因は意志の強さ

過去の周囲の影響や人間模様にある経験から、人間を嫌うのか嫌いにならざるを得ないのかは人それぞれです。

違いを作るのが意志の強さです。

意志とは魂との繋がりにある真意。自ら喜びを作る覚悟であり、自らを存在させる動力です。

人間嫌いにならざるを得ない人は意志が強く、「自分」という存在を認識し、他と区分けする自意識が高い人間性があります。

意志が強いと自分を苦しめたり我慢させたりとやりたくないことをしません。頑固とは違い、意志に反した在り方をせず、自らを抑圧して縛り付けません。

そんな子供がいるとどうなるでしょうか?

 

意志が強いと周囲に抑圧されて人間嫌いになりやすい

周囲の人間に押し付け縛られ抑圧され、強引に自分の意志に反する人間性を作られます。

意志が強いと自分を押し潰されながらも意志を消さないため、我慢して耐え続ける状態になり、常にストレスと不満足を蓄積してしまいます。

  • 意志が弱い…自分を消し、周囲の押し付けと大衆意識に同調する
    ※ストレスはないが自分を喪失し、大衆的で自意識が低くなる
  • 意志が強い…何があっても自分を消さず、ストレスと攻撃を耐え続けて人間嫌いになることで自己防衛の対処をする
    ※ストレスだらけで自分を見失うが、意志は奥底へしまって守り通す

何というか侍みたいな人です。

意志を曲げればストレスを味わう必要がなくなります。折れて受け入れれば楽です。

耐え続けることで自己防衛として人間嫌いになり、人との関わりにて意志を消されることを防ぎます。

動物や自然と関わる際には自分らしくなります。守り通した意志が出てきます。

一切の抵抗なく、自分を守る対処をする必要がなくなった瞬間、無意識に意志を持って関わり、自らを存分に喜ばそうとします。

 

感受性過敏は波動認知の高さ

人間嫌いのスピリチュアルな特徴となるのが、感受性過敏です。

敏感で、感覚過敏な気質として生まれながらのもの、エンパスやHSPと言われます。

子供の頃を思い出すと、何となくその場の雰囲気が読めて何が起きているのかわかったり、人の感情がわかったり、意図が読めたりする記憶があるかもしれません。

波動を認識している状態でして、人が発するエネルギーを体感しています。

  • 波動とは:存在するものの状態を表す振動エネルギー

感情、心情、意図、健康状態、精神状態、心理状態、疲労度、満たし度など、人それぞれの今現在の状態から発される”自分を表現するエネルギー”。

感受性が高いことで波動認知が容易となり、人の状態を理解します。

否定される時には、人間の低い波動を感じて心地悪く苦しくなり、人一倍人間を好きにも嫌いにもなる気質です。

周囲の人間や社会の仕組みや風潮からの影響が強く、集団や社会性に相容れぬルールや押し付けがあると、嫌悪感が強くなり人間を嫌いになります。

 

人間嫌いは自意識が高い人

人間嫌いの人は、”個”としての自分の存在が確立されています

強い意志があり、魂との繋がりによる確固たる真意として、曲げられない自分を持ちます。

意志が強いが故に自分としての在り方があり、自分を大切にする人格や気質が生まれながらにあり、周囲には理解できない人間性をもっていたりします。

人としての在り方が社会としてであり、自分としてではない場合には、自分で自分を認識して受け入れることが困難になり、他者の存在と区分けし差別・分別・比較によって自分を見出そうとします。

人間嫌いな人は自意識があるために差別・分別・比較がなく、「人は人、命は命」という分け隔てないそのままの認識をします。

人だろうが動物だろうが虫だろうが同じ命、人がいなくなっても野良犬がいなくなっても同じ。そこに違和感はありません。

これが社会的に差別する常識にそぐわない場合には攻撃や排他され、強制や押し付けをされます。

社会全体の認識を押し付けられても、法律や規律のように理解できれば何の問題もなく従うのですが、意味も理解もできない差別や分別や比較を受け付けることができず、他のルールを押し付けられたり、自らのルールを貫き通そうとすることで、人間への嫌悪が強まります。

個が強く自意識がある人は、集団従順や押し付けに従わない人を排他する集団や社会の中では生きにくく、自らを護るために関わる人全般を嫌いにならざるを得ません。

ここで考えたいのは、「自らのルールを押し付けることでの人間嫌いであれば改善が大切ですが、他からの意味のないルールを押し付けられて人間嫌いにならざるを得ない場合は何か悪いのか?」というものです。

※人間嫌いで気持ち悪いと感じる原因は、【嫌いで良かった】人間嫌いで気持ち悪い│日本ならではの原因と仕組み をご覧ください。

 

人間嫌いの意見:「人間嫌いでいいじゃない」

私は元々人間嫌いですので、人間嫌い側の意見を言語化します。

あくまで私の目線と認識からの意見ですが、少しばかしは共通認識があるのではないかと願います。

どうして人間は邪魔するのでしょうか?

自分という存在がいたら、自分として生きて、孤立しても共有してもどっちでもいいと思います。

自分で自分のことが認識できていれば、自分を認めて、褒めて、愛してと、すがり欲することはありません。

自分に余裕があれば、他者を否定して批判して押し付けて強要して干渉する必要はありません。

どうして干渉するのでしょうか?

友人を作りたければ作ります、人と関わりたければ関わります。わがままではなく個の尊重であり、自分を愛する自然な行為です。

しかし、「こういうものだ」「常識はみんながするものだ」「正しい、間違っている」という社会性の常識やルールを正とし、押し付けと強制、少しみんなと違えば間違いとして排他、空気を読まなければ否定。まるで原始人か猿です。

自分として生きるのであれば自分の責任があり、他にすがり依存して泣きつきません。それが覚悟であり意志です。

死ぬことはそんなに嫌なことでしょうか。生きていれば死にます。抵抗するのは命への執着か恐怖への逃避か、それはただ目を瞑って何も考えていないことです。

邪魔して攻撃する。みんなと違うからズタボロにしていいのか、それをして気持ちいいのか、楽しいのか、助けないで見ているのがおもしろいのか、嬉しいのか、それをパーティと言うのか。

「自分で考えてみろ」

攻撃されて心を傷つけられ、学校に行けば何か言われ、家に帰れば逃げ場なく、どうすればいいのか。

自分を守ることしかできません。人を傷つけてもいいです、傷つけられたので。でも、それをしないのが意志であり、自分が傷つくことを選びました。

人間嫌い、何も悪いことではない。

嫌いだと決め込むことで自分を護り、戦いを好まず防ぐことに徹します。

「これ以上傷つけられないように盾だけ置かしてくれ…」と。

「人間嫌いでいいじゃない」

これに尽きると思います。これまでの経験があれば、そこに居た人間は腐っていたと思ってしまいます。

そんな状況でそこら辺に居た一人一人の真意なんて知りませんし、どうでもいいです。

でも本当は、関わっていた人が全員怖い人で、攻撃的で野蛮な人間ではないことも、心のどこかで知っています。

本当は世の中をフィルターなく見れば、メチャクチャ素敵で一緒に居たいと思える人が存在することも知っています。

それはフィルターがなくなった時に見ればよくて、フィルターがあるならそれはそれでよくて、「人間嫌いでいいじゃない」と。

動物が好きで自然が好き。動物は自分らしくいさせてくれる。動物も人も同じ命だから、人間がいなくてもいい。

自然な考えで、差別や線引きがないありのままです。

※動物に好かれる人の詳細は、動物に好かれる人の特徴に見えない秘密|心地良さを放つオーラと落ち着き をご覧ください。

動物に好かれる人の特徴に見えない秘密|心地良さを放つオーラと落ち着き人に好かれる人に理由があるように、動物に好かれる人にも理由があり、それは人間以上に明確な特徴が表れます。 動物に好かれる人には共通...

 

人間嫌いでいい まとめ

「にんげん、嫌い」「にんげん、食う」「あー」と石を投げてくるのがいましたね、ジブリの映画に。

人間様はいつからか偉そうになりました。

私達は自分で考えて感じて認識することで意見を作ります。社会性は大切ですが、法律と常識は違います。

人との共存のための常識やルールは人との共存の中で育みます。

その典型例が家族ではないかと思います。

みんなと同じ家族など存在するわけがなく、一つの屋根の下に考え方があり、共存の仕方や共有、助け合いの形があり、さまざまに蔑みあったり愛し合ったり、敬い合いののしり合い、切磋琢磨します。

自分の意見と意志を持たなければ自分の行為すら自覚しなくなり、喪失して彷徨い続けます。

人間嫌いであれば生き方がとても気楽になります。フィルターでの認識になるので制限を作ってしまいますが、少しずつ自分の意志を取り戻して自覚していくことで、認識は自然と広がっていきます。

すると動物好きなさまが対人の時にも出てきて、同じような人と出会ったり、愛を持っている人と出会うことが起きていきます。

人間嫌いの人は、心のどこかで本来の自分を感じていると思います。

意志が強い人ですので自分が消えることはありません。

動物好きであれば動物と、自然好きであれば自然と、私は虫好きなので虫とです。

結局、「人間嫌いでいいじゃない」という、そんな話です。

物事の見方は千差万別です。自らの在り方と人間性を最も信頼できるのはご自身です。

ここでの考え方を一つのご参考にしていただき、自らの理解を深め、認識を整理する一助となれば幸いです。

それでは、人間嫌いの人は自分があるというお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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POSTED COMMENT

  1. より:

    人間が好きになるか、動物が好きになるか、虫を好きになるか、選ぶのは自分だし自由だと思いました。北斗さんは暖かい人だと感じます。私は動物、特に犬が大好きで割と犬も好いてくれる様な気がしますが、一番人間と馴れ合いたいし気を使うし、統合したいです。その為には自分も歪めちゃいます。でもあまり好きではないです(笑)変です(笑)
    まだまだ夜は寒いからお気をつけて下さいね。

    • 北斗 より:

      人間に興味はあっても、好きな人はあまり多くないかもしれませんね。
      お互いに健やかに。

  2. さゆみ より:

    あ、コメント載っちゃうんですか?
    コメント書き込んだことなかったので考えてませんでした。。。

    • 北斗 より:

      コメントいただき、ありがとうございます。
      元気になる多少の一助であれば嬉しいです。
      ぜひ、またご覧ください。

  3. さゆみ より:

    はじめまして。
    人間嫌いというか、人との繋がりを自分からぶっ壊していくタイプで、どうしたいのか、なんなのか、何でそうなっちゃうのかさっぱりで此処に行き着き、少し元気になれました。。。
    ありがとうございます。

    またどうしようもなくなったら読みに来させてもらいます。

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