本当の自分

本当の自分とは戻るとわかる無自覚のあなた│いつもいるけど直ぐに消えるよね

本当の自分とは何か、とんでもなくわかりにくいです。

なんせ自覚がない、そしてすぐに消える、しかし隣にいる。

見えなくなるんですね。

本当の自分とはいつでもどこでも近くにいて、戻ったり離れたりを繰り返しているかもしれません。

ですが、戻っても自覚がない。

意味深で確実な存在です。

ここでは本当の自分に戻るために、掘り下げた内容をお伝えします。

本当の自分とは戻ることだとわかると、より自分のことを知り、理解し、認識し、潜在状態での才能開花と、楽しいことが増えます。

本当の自分を見つけ、離れ、戻り…。そんなことを繰り返している内に理解した内容を、一つの考えとして必要な方に役立てば幸いですので、ここに残しておきます。

それでは、本当の自分の紐解き、本当の自分に戻る理解と共にご覧ください。

本当の自分とは

本当の自分とは

そもそも、「本当って何?どういうこう?」と表現が微妙です。

今ある自分が本当?偽物?被り物?ドラえもん仮面?歌舞伎の怖いお面?

仮面を被っていようが何だろうが、私が私です。

しかし、この「私」。自分の中に何万人もいます。

驚愕の数字、万?!

人それぞれに数は違いますが、自分という存在は何人にも無限に増えていきます。

これを哲学的には“多数性”と言ったりします。

今この瞬間にも、あることをすればボンボン増加中。

すると、どれが自分か自覚できなくなり、見失うことが起きます。

そして、「本当の自分」という概念が誕生します。

本当の自分とは多数性の大元であり、自分の中に一人しかいない状態のその人のことです。

ちょっと哲学的でややこしそうですが、そんなことはないのでご安心ください。

 

本当の自分を見出すのは多数性のどれか

なんだかいっぱいいます、“自分”が。

何で増えていくのか疑問なものです。

しかし明確に自ら増やしていたりします、あることをして。

それは、自分を見出そうとすることです。

観察したり、認識したり、これが私と思い、考え、個性を見出し、独自性を探し、他者との違いを見つけ‥‥と続きます。

あえて、自らを見出そうとする意識。これは脳の仕組みや他者との比較、パーソナリティを見つけ、アイデンティティを確立しようと意図することで、自分を影分身のようにシュシュシュ、増し増し。

誰しも自分のことは知りたいものです。自分らしさ、個性、独自性、特異性、他者との違い、差、肉体反応、脳の思考、心の気持ち、「これが私かな?」と見出す動機も材料もわんさかわんさか。

この自分を見出そうと認識する意識、捉えると二つあります。

自分を見出そうとする意識の種類
  1. 自分で自分を認識する意識(アイデンティティの確立)
  2. 自分を他者と区分けして認識する意識(パーソナリティの発掘、またはエゴ)

自分を他者と区分けする意識は、自己認識に重きを置くか、他者認識に重きを置くかにて、パーソナリティかエゴかが分かれます。

  • 自分を中心にして他者と比較したり、照合、判別することでパーソナリティを発掘する
  • 他者を中心にして自らと比較、照合、判別することでエゴを増大させて自分を見失い、装う

本当の自分はアイデンティティでもパーソナリティでもありません。もちろんエゴでもなく。

自らを見出そうとしない自分です。

自分として存在する以上、「これが私」という概念すらなく、主観の認識をせずとも絶対的に主観である状態。

あえて言うならば、アイデンティティを確立している意識の大元、スピリチュアル的には魂とも言います。

※本当の自分を謎の絵で説明している話は、本当の自分とはスピリチュアル|本物は自分だと認識してくれないんです をご覧ください。

 

本当の自分は常にいるけど見つからない

本当の自分になった時、「私は本当の自分だよ」とはなりません。

自らを見出そうとしないので、なんとも自覚がありません。

イメージとして、「これが私」「この名前が私」「私の身体はこれ」「私は頭がいいの」「私はあの人とここが違う」「私の方がスゴイ」「私の方が可愛くない」とガヤガヤ騒ぐ内側のみんなをボーっと眺めているような。

自分であることが当たり前なので、あえて見出そうとも知ろうともせず、たくさんの多数自分の中心で座布団の上に鎮座して、静かに確立している、という感じです。

ドンッ、我は我なり。

言わない言わない、そんなこと言いませんが、ただ無心で好きなことをしています。

この本当の自分、なかなか見つけにくいのはこれまでの内容からおわかりかもしれません。

見つけようとすればするほどに見つかりません。

見つけようとするのは多数自分、たくさんいる影分身の方ですので、あえて見出そうと認識する際にはそれをしている影分身が主観になり、本当の自分はスーっと消えます。

しかし実際には消えていない。

隣にいるのですが、主観が外れているので見えなくなります。

隣にいるのになぜ?

影分身は自分を知りたいという欲に純粋まっしぐらなので、その欲を持っている自分を手放せず、“主観を己にしながら主観を探す”という矛盾を作ってしまいます。

すると、さらに影分身が一人増えます。

なんともジレンマものです。

自らを知りたいことは自然な私達の認識であり行動です。にもかかわらず見つけ出そうとすればするほどに離れていき、影分身を増やして本当の自分がどれかわからなくなっていきます。

 

本当の自分は常にいるけど消える

本当の自分のことを考えたり、知りたい場合、言い方を変えると執着・依存している(自らの在り方に抵抗がある)状態が考えられます。

執着や依存には思考や感情、本能的性質に情動や心情、肉体反応に反射行動が関わるため、脳や肉体や心を駆使して、あえて認識しようとするスタンスになります。

これは私達人間には自然なことでして、他者との関わりや常識やルールなど、他の情報を基にした生活環境や教育の上で生きている以上は、本当の自分は常にいるけど普段は消えていることがデフォルト(標準設定)とも言えます。

常にいます。けれども、「これが私」と思った時点でシュンと消え、そこには影分身がいるという。

この状態、無意識に本当の自分を消して影分身を選んでいたりします。

本当の自分は自らの在り方に一切の抵抗がないため、執着や依存をしません。

あくまで執着や依存しないだけですので、肉体も脳も心も自らの一部であり構成要素として認知の上、起きることを見て、感じ、知り、考え、思い、想いと認識します。

少しわかりにくいかもしれませんが、あえて認識しないだけですので何も認識しないこととは違い、肉体や脳や心の状態や状況、それは健康や心理や精神状態に自然な様として認識し行動し、起きることに対処し、改善し、生きます。

いわば、自分にとっての自然に赴くままです。

すると、アイデンティティをあえて認識せずとも、過去の記憶や経験、肉体器官や反応、本能的性質に思考プログラミング、才能や価値観に基づいて、確固たる唯一無二の存在が表れます。

ここに、本当の自分を消してしまう大切なポイントがあります。

「真意として本当の自分の状態が良いですか?」ということ。
※これは顕在的だけでなく潜在的にも問う質問

 

本当の自分は大切だけど、無意識に消している

誰しもに存在し、常に身近にいる。

自分にとっての自然に赴くままであるため、場所や環境次第では本当の自分にいつの間にか戻っていたりします。

お風呂の時に大声で熱唱、ウラーラー!

ですが、直ぐに消える。
「ちょっとうるさいよ」
「はい、すいませーん、シュン」

本当の自分の状態ではない方が都合がよかったりするので、消します。

実際に本当の自分に戻ることで体感されると思いますが、とっても心地良いです。

一人で生きられるから、なんでも楽しいから、なんでも喜びになるから、好きなことだけしていられるから、違和感がないから、恐怖がないから‥‥。

物事の受け入れが多く、拒否がなくなり、あらゆるものが美しく愛らしく認識されたりします。

とっても素敵。ですがこれは一人の時の話。
他者との関わり、社会に参加すると状況は少し変わります。

「自分一人で大丈夫?」「孤独は寂しくない?」「執着しなくていいの?」「否定されるの怖いよ?」「こんなこと言われるかもよ?」「何が起きるかわからないよ?」

他との関わりや、他の情報に触れることで、嫌でも影分身達が出て来ます。

「大丈夫、私には才能があるから」「恐怖なんて受け入れちゃおう」「頑張ろう、楽しもう」「何か言われても大切な意見だよ」「全てのことには意味があるから自分のために変換しちゃおう」

アイデンティティの確立、人としての自立や成長は見えますが、本当の自分は消えています。

本当の自分として生きていても、少しでも恐怖への抵抗、執着や依存、何かしらあえて認識する=現状に抵抗があると、いつでもどこでも気軽に消えてしまう存在です。

あの人、本当に直ぐに消えちゃう。

ですが消えるから=悪いなんてことはありません。

本当の自分とは見つけるものでも見出すものでもなく、ただ戻す存在。

そんな詳細を見ていきましょう。

※本当の自分がわからない話は、本当の自分がわからない時のより大切な話│一つの彷徨いは無限への始まり をご覧ください。

 

本当の自分に戻る

本当の自分とは戻るもの

「本当の自分とはこれ」という見本例の人々がいます。

赤ちゃん~幼少期の子供(またはダウン症や知的障害者の人々など)です。

誰しもが本当の自分を持っている基盤があり、生育と共に他の情報、他との区分け、比較が起き、多数性が育まれます。

多数性は本来の自分を見失いますが、他者との関わりや社会性で生存するためにはなくてはならないものでして、それがエゴになれば自己防衛として身を護る術にもなる重要な盾となります。

昔は刀や銃を腰辺りに携えていたかもしれませんが、今では見えない刀や銃、そして盾にレーザー光線、さらに洗脳手法や目くらましや薬剤(スマホと言うとかなんとか)を携えている状態です。

人それぞれに生活環境や生育環境があり、あらゆる多数性により自らの防御を固め、膨らませて強く見せる方法をとります。

本当の自分とは見つけるものでも探すものでもなく、如何に戻れるか。それは如何に気付くかがポイントだと私は理解しています。

シンプルに言えば、子供の頃を思い出す。

ですが、影分身の主観の方が自分にとって利益があると判断すれば、上述のように無意識に消すことが起きます。

いかんせん自覚しない状態が本当の自分でして、言い方を変えると“今この瞬間”にしか着眼していない超集中、超認識スタイルですので、子供の頃を思い出すように過去を振り返ることで、「これが本当の自分か」という具合に認識し、戻るヒントになります。

 

本当の自分に戻る方法(考え方)

本当の自分になることには、ある意味勇気が要ります。

執着も依存も手放した状態ですので、現状そこに拒否があれば本当の自分以上に今の自分であることに利益があり、本当の自分に心から戻る動機は出にくくなります。

そのため、「本当の自分になりたいかどうか?」の真意が物を言います。

実際に本当の自分に戻りたい意志があれば、シンプルに戻るだけです。

それは自分を見出すことをやめる。

現状の影分身、多数性を受け入れるという方法です。

一人一人を自覚するように認め、拒否しないことで、大元の一人に一歩ずつ近づきます。

今生きている自分が自分であることは紛れもない事実なので、どんな自分でも受け入れて拒否しないことで、影分身の量が少しずつ減っていきます(あの人達はいつでも直ぐに増えます)。

どんな自分でも、エゴでも、パーソナリティの発掘をしていても、アイデンティティの確立を目指していても、実際に確立していても、何をしていても自分であることを拒否しないことで自然な様となり、本当の自分に戻ります。

私の場合、ぶっ飛びネジなしパンピーでしたので、このために森で一人こもる生活をして、自らを認知するように経験を増やし、内なる自分を理解する時間を設けることで、最終的には本当の自分に戻ることができました。

本当の自分に戻る完全ブックと言わんばかり(と言いたい)本があります。
人生を変えた経験を本に|ふざけた人生哲学 幸せはムニュムニュムニュ

 

本当の自分に戻ることの意味

本当の自分とは自覚できないので、どんな状態かわかりにくいです。

そして、本当の自分に戻っても直ぐに離れ、また戻り、また離れを繰りかえすこともあり、安定感のないグラグラがあります。

本当の自分になることはゴールではなく始まりです。実際に始まったところで何が起きるかというと人それぞれ違いますが、誰しもに意味があります。

本当の自分に戻る意味
:意志と信念を明確にして、自らが人生を創る覚悟と行動動機が促される。

言い方を変えると、人生をどう過ごすかが完全に自分次第になるというものです。

人生の創作意欲によって軸も核も己となり、主体性を持って能動的に行動することができます。

責任と自信が付随する覚悟を明確にすることで、他への干渉や執着がなくなり、自らの人生の過ごし方に他への責任押し付けや、他を利用した一方的な我欲の解消行為がなくなります。

自ら物事を考え、対処を試み、失敗を喜び、改善に繫げ、喜びを作り、楽しみ、遊び、躍動と行動と共に人生を彩ります。

本当の自分に戻ることがあくまで始まりなのは、自ら目的を持って行動し、やりたいことや達成したいことを明確にするきっかけだからです。

それは、使命や役割や生きがいとしての行動動機となり、自然と自らの才能を開花させるように無意識に努力を積み重ねる動きや、その気づきを意味します。

まとめます。

本当の自分に戻る意味
  1. 自分を思い出すように意志と信念を持つ
  2. 自らが人生を創る始まりを切る
  3. 人生を創る覚悟と行動動機を持つ
  4. 創作意欲を持ち、ブレない軸と核を持つ
  5. 主体性を持ち、能動的に活動できる
  6. 使命、役割、生きがいを知る
  7. 才能開花や気づきが促される

 

大切なこと

本当の自分に戻った際には、自らを極めるように認識を深めたり、才能や能力を広げるように自分の内側に邁進する人もいます。

同時に、社会の一部として他との連動や影響をもたらすため、俯瞰的に他者との関わりの中での認識を深めるようにする人もいます。

シンプルに言うと、ミクロになるかマクロになるか。両方素敵です。

どちらも誰しもが持っている自らの隠れた才能を開かせ、そこに突き進むように人生を歩みます。

ここで一つ懸念として、本当の自分は直ぐに消えてしまうことが浮上します。

ですが、消えていなくなっても問題はありません。大丈夫です。

私は何度も消えて戻ってを繰り返していた時がありますが、その甲斐あってか、より本当の自分についてを知ることができたと思っています。

大切なことは、本当の自分を忘れないことです。

一度戻ることが重要でして、その後は消えたり離れることで、本当の自分がどんな存在なのかを客観的に自覚するチャンスでもあります。

すると、より確たる自分のことを理解でき、戻ることが容易になり、社会性を活用しながら成長することができます。

※本当の自分を知る話は、自分がわからないこそのスピリチュアルな意味|本当の自分を知る機会 をご覧ください。

自分がわからないこそのスピリチュアルな意味|本当の自分を知る機会自分とは何なのか? 迷子なのか? 彷徨い人なのか? 演技なのか? 自分がわからないとはどういう意味か? 本当の自分がいるのか?...

 

本当の自分を知る人の特徴

最後に、本当の自分を忘れないためにも、本当の自分を知る人の特徴をいくつかお伝えして終了します。

順番に見ていきましょう。

1、孤独を愛する

孤独が本当の自分としての楽しみを最大限広げるため、孤独の時間を大切にします。

 

2、認識力が高い

物事の認識幅が広く、本当の自分の理解が深ければ深いほどに自己認識から他者認識の理解も深く、物事を他者の立場や俯瞰的に見ることが得意です。

認識力の高さから、気がつき、気が利く人でもあります。

 

3、創意工夫、創作意欲がある

自ら作り、創る意識があり、生み出すように創作します。

芸術だけでなく、アイデアに独創性や工夫があり、一つアレンジをするようにちょっとしたことにも創作を施す意欲があり、喜びは他者から貰う以上に自ら作ります。

 

4、感情の取り扱い方を知っている

感情のコントロールができ、何かしらの感情(例えば怒り)から自らの利益(自分の理解を深める機会にするなど)をもたらすことが上手です。

 

5、自己表現が上手い

内側の理解が深く、表現する他への着眼も深い意味です。

 

6、ユーモアがある

常識やルールに飲まれず、悲しみも笑いに変えるように楽しみ、さらに楽しませることへの意欲も人によっては強いです。

本当の自分を知ってればいるほどにふざけるようになるので、大衆向けの人からは理解されなくなっていきます。

 

7、受け入れが多く、拒否が少ない

思考に偏らず、感覚や感性が鋭くなる意味でもあります。

 

8、使命や役目、生きがいを持つ

人生の目的や目標、するべきことやしたいことなど、信念を持って物事に取り組みます。

そこに才能開花の道も付随し、自然と日々を努力して才能を高めるような過ごし方をします。

 

9、物を人のように扱う

物を大切にする意味です。

まるで人と同じように関わることもあり、話しかける人もいます。

物持ちが良く、購入する際も大切にできるものを買う特徴です。

 

10、集中力がある

一点集中、超認識の元。

時間の概念すらなくなる人もいます。

以上が、本当の自分を戻す手がかりにもなる特徴でした。

 

本当の自分を知る人の特徴 一覧

一覧です。

本当の自分を知る人の特徴
  1. 孤独を愛する
  2. 認識力が高い
  3. 創意工夫、創作意欲がある
  4. 感情との関わり方が上手
  5. 自己表現が上手
  6. ユーモアがある
  7. 受け入れが多く、拒否が少ない
  8. 使命や役割、生きがいを持つ
  9. 物を人のように扱う
  10. 集中力がある

良いことだらけ。

 

本当の自分に戻る まとめ

本当の自分は誰にでも存在し、いつでもどこでも直ぐ隣にいることを知る内容となれば幸いです。

本当の自分に戻ることは始まりです。

軸も核もあり、何があっても揺れないブレない、確たる信念を持った自分がいることを知ることが大切になり、その後は離れたり消えたり見えなくなることが起きます。

それがまた大事。
自らを確認しながら、時に自分に戻り、信念を確認して覚悟チャージ、ピヨピヨン。

そういった繰り返しで自立を高め、精神性を高め、社会性を育み、他者の理解を養い、認識を高めていきます。

それが変化であり、進化であり、進歩。そして成長になります。

離れた時に客観的に自己理解を深め、より本当の自分を、千差万別で唯一無二の自分を知り、記憶を増やしながら“自分”という存在を構築、増築していきます。

それは自分らしさ以上?以下?のらしさ。
どちらでもいいと思いますが、認識すらしない絶対的な主観を持つ“生き様”です。

誰のために生きているのか?意味は?利益は?効果は?
そういったものは大切ですが大きなことではなく、今を如何に生きるかの集中には、如何に現実というリアルを謳歌するかという唯一認識の中心点があったりします。

歌いましょう。

い~つの~こと~だか~、思い出して~ご~らん~。
あんな~こと~、こんな~こと~、あ~った~でしょ~お~。

本当~の~自分~に~、たまに~戻り~ま~しょ~お~。
ちゃ~ん、ちゃちゃ~ん、ちゃちゃ~ん。

はい。

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