スピリチュアル

自分がわからないこそのスピリチュアルな意味|本当の自分を見つける機会

自分とは何なのか?
迷子なのか?
彷徨い人なのか?
演技なのか?
自分がわからないとはどういう意味か?
本当の自分がいるのか?

自分も何もかもがわからなくなったある時、私は旅に出ました。

それは彷徨いを強調する自分を見失う旅。自分探しの旅をすると、自分を見失う仕組みがあります。知りませんでした。

しかし、余計に自分がわからなくなるという結果に、実は恩恵と気付きがあり、自分がわからないことの意味が生まれます。

それをスピリチュアルと言うのかもしれません。

スピリチュアルに本当の自分というものを理解すると、「そんなものはいません」という答えが見出されます。

ここでは、自分がわからなくなり、本当の自分を見つけた私の体験から、本当の自分がわからないことに隠された意味と理解をお伝えします。

その認識はスピリチュアルになり、本当の自分を見つける方法と理解になりますので、ぜひご覧ください。

一つだけ言っておきますが、私はただの変人絵描きですので、気楽にテキトーに読まれることが、最も理解に繋がりますので、そんな感じで行きましょう。

自分がわからない人の特徴

本当の自分を見失い、自分の気持ちもわからなくなることがあります。その状態では人それぞれにさまざまな特徴を表し、いくつかの共通点があります。

生まれた時から自分がわからない

もう、初めから知りません。
ということは、一生知らないのかもしれませんが、この感覚がある場合は、必ず本当の自分を見つけることになります。

それはスピリチュアルな謎ルールですが、理由は魂レベルが高い状態の兆候であるためで、自分の人生に“辛くて過酷な人生を経験するプロセス”を盛り込んでいます。

生まれた時から、“自分を理解しようとしている状態”でして、「うわぁ、来ちゃったよ本当に」「マジか、地球かよ、チェッ」という感嘆の気持ちを持つ赤ん坊や子供もいます。

 

本当の自分がいると思っている

自分を見失う過程を踏むことで他と比較します。

すると、過去の自分や、周囲の他人と比較をして、「昔はこんなんじゃなかった」「みんなと全然違うじゃないか、どうしちまった私」ということになります。

それは、過去の自分に戻りたい意志が無意識にあり、現状を否定する状態です。

「本当の自分というものがどこかに存在するんじゃないか?」という願望や期待を持ち、現状への不満と落胆のネガティブを持ちます。

 

本当の自分がいると感じている

過去の自分や他人との比較をせずとも、「今の自分は本当ではないんだ」と“感じる”場合があります。

これは思っている状態とは違い、今の自分を否定するのではなく、「私はこんなもんじゃない」「全く違う喜びに溢れた自分がいる」という喜びを持つ自分とのギャップを感じます。

それは違和感や空虚感になりますが、同時に、「自分を知りたい欲と意志」を持ちます。

ネガティブな感情を持ち、ポジティブな心の想いを望んでいる状態で、向上意欲を持って自分と闘うことになります。

 

本当の自分を見出さないようするエゴを持つ

自分がわからなくなり、自分の気持ちもわからなくなる場合、エゴが邪魔をしています。

エゴとはネガティブな思考でして、脳内でのみ生きられるもう一人の自分です。

エゴの特徴は、恐怖を持ち、恐怖から逃げるために生きます。すると、考え方も生き方も、あらゆる物事の認識が恐怖から逃げるためのものになり、誰しもが共通の特徴を持ちます。

エゴにて自分がわからない時の特徴
  • 褒められたい
  • 認められたい
  • 愛されたい
  • 自分の愛を理解されたい、と、欲の矛先が決まる

欲求の矛先が恐怖への対処となり、自分が否定される恐怖、存在価値を見失う恐怖、存在意義がなくなる恐怖など、自分の必要性への影響を怖れます。

それは、「自分を知ってほしい」「必要としてほしい」という欲となり、あらゆる行動と認識は他人の反応、評価、判断のためとなり、他人のために生きます。

 

居る環境が自分に合っていない

自分に見合っていない場所や人や仕事などの環境にいることで、自然と自分を見失い、自分がわからなくなります。

人それぞれにこれまでの生活環境からの性格や考え方があり、自分としての気質や性格があり、ごはんを食べようとする意志や、寝ようとする意志があり、血液やリンパ液の量、ホルモンバランスや幸福ホルモンの分泌量に、自律神経やチャクラの循環度合い、あらゆるものが違うので、合う合わないがあります。

自分の居る場所に違和感や嫌悪感がある場合には、明らかに自分を見失う材料となり、そこで自分がわかる人はいません。

その場合には共通の認識があり、その場に“愛がない”という状態です。

それは自分に愛がないか、周囲にも愛がない、または両方ないかです。

以上が、自分がわからない時の特徴です。

※自分らしい生き方については、自分らしいの本当の意味とは│らしさなんて存在しないエゴの大切さ をご覧ください。

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自分がわからないスピリチュアル

自分がわからない時の気持ち

自分がわからなくなると、自分の気持ちもわからなくなり、自分の意見もわかりません。
自分の意見として口から言語を発していても、自分のものではないことを自覚しています。

私がそうでしたが、自分を見失うと攻撃性を持ちます。それは怒りとして、“不満足”の蓄積による負のエネルギーを発散するようになり、周囲への害となります。

それを喜ぶ周囲の環境があれば、なおさら自分がわからなくなります。

周囲に自分と同じように、「あなた、自分います…?」と思う人が居ても、自分と同じような状態になっているかどうかは人それぞれです。

自分がわからない状態でも、それをネガティブと捉えるかポジティブに捉えるかは人によって違います。

ネガティブに捉える場合には、「自分がわからない状態を欲するのか」「自分がわからないことを何とかしようと思うのか」に分かれます。

 

自分がわからない状態を欲する自己憐憫系

自己否定を好み、自分が哀れなこと、可哀そうなことに対して喜びを感じる自己憐憫のタイプがいます。

「自分がわからない、彷徨っている、見失い、気持ちもわからない、もう悲劇、あぁ辛い」

という状態を欲します。

この場合、本当の自分を知る気も探す気もありません。自分も気持ちもわからないという状態があることで、自分の存在価値を見出す方法になるので、そこにしがみつきます。

これを読んでいるあなたは、このタイプではないはずです。

 

自分がわからない現状を何とかしたいけど、何したらいいかわからない

このタイプの場合、この先の“自分がわからないスピリチュアルな意味”を読んでみてください。

自分がわからない時、スピリチュアルでも何でも、“引き寄せ”とか、“楽しいことをする”とか、“喜びのあることだけをする”と言います。

でも、自分がわからないと、「楽しいことがなんなのかわからない」「喜びがない」「好きなことがわからない」となります。私が完全にそうでした、楽しめません。

そのため、知識を広げようと考えたり、人を観察したり、自分を理解しようとします。すると思考をたくさん使い、エゴが広がり、他者を蔑んだり馬鹿にしたりします。

そして、そんな自分が嫌になったり、嫌だと思わないために馬鹿にしまくったり、怒りで自分を見失うようにして暴れたり、自暴自棄になったりします。

すると、うつや統合失調症などの神経系に負担を増やした結果が起きます。

自分がわからないことを何とかしたい場合、その状態と錯綜意識からスピリチュアルな見方が生まれます。

※自分がわからなくなる経験に意味がある話は、辛い人生とは一体なにか│スピリチュアルは愛の勉強会を設ける をご覧ください。

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自分がわからないスピリチュアルな意味

「自分がわからない、気持ちもわからない、ってかこの人誰やねーん」と思う気持ちには“意識”があります。

それはエネルギーとも言い、自分の内側から溢れる意志です。

「現状が正しいのか悪いのか知らないけど、確実に感じることがある、それは、なんか違うってこと」という具合に、何かが違うことを感じている意志です。

スピリチュアルな認識をすると、その意志を出しているのが、『本当の自分』です。

本当の自分と今の自分とのギャップに対する違和感が、“自分がわからない”と思う理由。
“自分がわからない”ことに悲観的になる必要はなく、自分がわからないことこそにある、本当の自分を知ることができる仕組みが、『自分がわからないスピリチュアルな意味』

それでは、自分がわからない状態にある大切な意味を順番に見ていきましょう。

 

本当の自分は「本当の自分」だと認めない

本当の自分はいるのですが、空想だと思った方がいいかもしれません。

自分がわからない時には自分を見失っているので、見失っていない自分がいるはずなのですが、本当の自分は、「この私が本当の自分」だとは絶対に言いません。

「ん?私が本当の自分?はは、そうかもね、何でもいいけどね」と言います。

何言ってんの?って感じだと思いますけど、私が初めて本当の自分を見つけた時は、「やっと見つけたぜ、これじゃこれ!これが私だ!」となりました。

しかしそれは、私のプロデュース力による演出だったことを、その数か月後に気付きます。

自分がわからないことや見失っている違和感や思考によって、ネガティブな感情を広げます。そして、「このままじゃダメ」「違和感の苦しみがあるっていうのは現状がおかしいってことだ」と思いますが、それは決め付けでして、自分の思考ではありません。

感覚や気持ちから、「この違和感は本来の形に戻れってことだ」「現状の在り方に問題あり」と感覚的にもなりますが、この認識をする前提に、「ポジティブが幸せ」「ネガティブは悪」などの社会性やインプット情報があります。

本当の自分はそういった概念が一切ありません。常に自分の中に居て、サインやメッセージとしての違和感や気持ちを伝えますが、「早く見つけて」とは絶対に言いません。

それを言うのは、自分の頭の脳です。

本当の自分とはそんな感じで、緩くてテキトーということではないのですが、“自分”という存在を大きく捉えている、完全なる愛です。

本当の自分は自分のことを“本当の自分”だと認識しない。
※愛であることから、現状の自分でも何でも、今ある状態を敬い、「今、認識していることが大切なんだ」と意味を見出してくれるのが本当の自分。

※自分を知ることに詳細がありますので、自分を知ることは本当の自分ではない|スピリチュアルは活用するもの をご覧ください。

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本当の自分を知るためには愛の認知が伴う

自分がわからない状態から、自分を見つける場合には、愛を認識することで達成します。

本当の自分とは愛のことです。

スピリチュアルな認識では、愛とは心のことでして、創造主と言うこの世を創造した光(またはソース)との繋がりの認知のことです。

言い方を変えると“ワンネス意識(一体化)”を体感することでして、あらゆる万物は、人々も動物も菌も植物も地球も宇宙も全部が一つに繋がっていて、その根底に創造主という愛の塊がいることの認知です。

愛から派生するように私たちは“個”として“自我意識”を持ちますが、心にてワンネス意識に繋がっていることで愛を感じて、物事に良しの理解が生まれます。

そんな愛を知ることが、本当の自分を知ることです。

 

「愛を認知して」とは本当の自分は思っていない

愛を認知することで本当の自分として生きられますが、本当の自分は本気で、「本当の自分として生きようぜ」「ねぇ、早く」とは言いません。

本当でも嘘でも、自分として生きていることを何より尊重します。

「今の自分が本当の自分かどうかは関係なく、今生きていることに意味があり、今のあなたであることに意味がある」と本当の自分は思います。

本当の自分は常に自分の中にいます。それはスピリチュアルな魂のことでして、“心”と言います。

心を紐解くと現れるのが“愛”です。
愛とはポジティブな想いを生み出す源でして、喜びや楽しみや幸せを感じ、本当の自分であることを実感する材料でもあります。

そのために、楽しいことをする、喜ぶことをする、自分を愛する行為をすることで、本当の自分として、ありのままに生きることができるのですが、それができていたらこの世はハッピーハッピーなヒッピーグッピーみたいな感じになります。

するとどうなるか、「なんで生きてるんだろ?」って思います。
飽きますよ、毎日、「あは、幸せだなぁ、ビーチにエメラルドグリーンの海、サイコー」ってのは、生まれた時からそういう生活をしている、フィジー人とかあそこら辺の生まれた時からの変わらない認識があるから成し得ます。

彼らも都会に行けば、認識が変わります。

 

自分がわからないことは、自分を知り足りない意味

自分がわからないことのスピリチュアルな意味として最も大きなことは、本当の自分からのサインとしての意味があることです。

自分がわからないと思ったり感じたるする場合には、本当の自分からのサインとして、「もっと今の自分を知って」という愛の思いやりがあります。

現状の自分をもっと理解する必要があることを、本当の自分は内側からサインを出します。

それは、「今の自分の認識と経験がとても大切なんだ」という意味でして、経験して成長するために生きていることを教えてくれます。

スピリチュアルな認識では、魂レベルを高めることに生きている意味があり、そこに幸せの喜びがあります。

人それぞれに、毎日ビーチにいることも幸せですが、あくまでその人に対してのみ言えることで、同じことが適応される人間はいません。

成長するためにはあらゆることを経験することが大切で、本当の自分は“見失っている状態の自分”も本当の自分の一部だと理解しているので、現状を敬います。

ネガティブなこともポジティブなことも、自分がわからないと思っていることも、そう思えるからこそ経験できることも、自分を探そうとする行動も何もかもを敬います。

そのために、“違和感”や“空虚感”などのもどかしい感覚を出して、“行動動機”を与えてくれます。

※自分がわからなくなると旅に出たくなったりします。旅に出たくなるのは心からの合図。一人旅にスピリチュアルな喜びがある をご覧ください。

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ネガティブな感情を理解してほしい本当の自分からの気持ち

自分がわからなくなることで、ネガティブな感情を味わいます。自分を見失うことで、エゴを作ります。

自分がわからないことのスピリチュアルな意味には、「自分がわからない今だからこそ経験できることをしてほしい」という本当の自分からの想いがあります。

本当の自分になった時に、常にそうやって心から想って見守っていたことを実感します。

自分を見失った際のネガティブな感情やエゴを理解してほしい意図があり、エゴを理解することが“自分がわからないスピリチュアルな意味”になります。

 

エゴを理解することで自分がわからない時間が終わる

エゴは恐怖を抱える自分です。他人の反応のために生きて、他人が求める自分として生きる自分です。

ネガティブな思考を持ち、否定・批判・非難・愚痴・泣き言をする自分です。

エゴとは愛と正反対のもので、愛がなければ生まれません。愛があることでポジティブな心の想いを作ると同時に、愛がないことで、ポジティブとネガティブの脳の思考と感情を作ります。

心か脳かによって、ポジティブも意味が大きくことなり、そこにあるのは“喜び”か“納得”の違いがあります。

愛を知ることは愛を育み、愛を知らないことはエゴを育み、エゴを知ることは愛とエゴを育みます。

そこで、「自分がわからない」「自分の気持ちがない」「自分を見失った」という本当の自分からの感覚と違和感があることで、エゴを知る際に、エゴを育むことはせずに愛を知ることができます。

そして、本当の自分が自然と見出されます。

※自分を取り戻す方法は、自分を取り戻す方法はあるのか?|ない、から作る。自分はここにいる をご覧ください。

自分を取り戻す方法はあるのか?|ない、から作る。自分はここにいる自分を失う、彷徨う、わからない。 とはどういう意味か…。 見失う感覚とは? 彷徨う気持ちとは? わからないとは何がわからない...

 

本当の自分を知る方法

自分がわからないと認識する場合、エゴを知り、ありのままの自分を知り、そして本当の自分を知るという段階があります。

本当の自分を知ることは、エゴを知ることが全てと言っても過言ではありません。

 

ネガティブな自分を観察する大切さ

本当の自分を知るためには、ネガティブを持つエゴの自分と、ありのままの幸せな自分を区分けすることで成し得ます。

そのために、エゴを理解することが大切で、その方法はネガティブな自分を観察することです。

あらゆる自分を認識します。
「文句を言う私」「怒って声を荒げる私」「怒りが泣く行為の私」「直ぐに悲しくなる私」「人を利用している私」「利用していることを認めずに自分に嘘をつく私」「誤魔化すことになんの心地悪さも感じない私」「感じているけど事実を隠す私」

あらゆる自分を観察して認識することで、エゴを理解することができます。

 

現状の自分を自覚することで本当の自分を知る

自分自身を自覚します、「これが私なの」と。

一つ一つの言動、行動に自分を受け入れないことがあれば、それがエゴを作ります。

自分を受け入れることができれば本当の自分として生きることができます。

しかし、受け入れられないがためにエゴを持ち、恐怖を恐れる生き方になります。

そんな自分を自覚します。

すると、最も受け入れられることから受け入れるようになります。完全に人によって千差万別にかかる時間が違いますが、自分の言動・行動を自覚することから、自分の物事への認識を知り、自分を受け入れることに繋がります。

それが進んでいくと、自分から周囲に対する受け入れへと繋がり、愛の認知が広がっていきます。

 

本当の自分は常に自分の中にいる

自分がわからなくなると、本当の自分がどこか別にいるような、探し出して見つけるような、成長によって見出せるような、そんな気がするかもしれません。

本当の自分とは常に自分の中にいて、感覚とサインを送り続けます。

自分の違和感や不調和の感覚となり、現状の自分の目の前にあることや、自分の認識によって必要なことを教えてくれます。

自分がわからなくなることや、気持ちがわからなくなる錯綜や彷徨いの状態をも喜びの一つとして、成長の糧として本当の自分は内側から微笑んで見守ります。

常に横に居たけど、それを見ないように顔を固定してそっぽを向けるのがエゴです。顔をひょいっと戻す行為、それがネガティブを理解してエゴを観察することです。

今の自分を知ることで、自然と認識を広げて物事を受け入れる成長が伴い、敬いを持って待ち続ける本当の自分と、来たるべき時に会う日がやってきます。

そして、「ついに見つけたよ」と言うと、「ん?ずっとここで見ていたよ、ずっといたじゃん」と言ってきます。

本当の自分かどうかなんて一切気にせず、今を本気で生きることに集中する自分として生きる時間が始まります。

※自分がわからない時におすすめの本がありますので、本当の自分がわからない時に読む本|ふざけた人生哲学 幸せはムニュムニュムニュ をご覧ください。

自分がわからない時に読んでほしい本|ふざけた人生哲学 幸せはムニュムニュムニュ幸せになりたかったのか、苦しみから解放されたかったのか。何の目的も持たず、ただ目の前の道を歩き進むことは彷徨いではありません。 幸...

 

自分がわからないことの意味 まとめ

エゴを知り、愛を知ることが本当の自分がわかるようになる方法です。そこには、本当も嘘もない“自分”が存在し、自分がわからないことこそが、本当の自分を知る意味があります。

自分として生きている以上、本物も偽物もないかもしれません。あらゆることに意味があり、生きていることに意味があります。

エゴの自分がいることで愛を知ります。冬があることで春を嬉しく思います。

本当の自分を知ることは、どんな自分であっても今の自分を知ることです。今の自分は本当の自分ではありませんが、今の自分を知ることが本当の自分を教え、そしてそんな人がいるかどうかを気にしない自分が出てきます。

それは、「本当の自分なんていませんよ」ということでもあり、何よりも大切なことは、“今を大切に生きること”だと教えてくれます。

結局、本当の自分かどうかを認識するのは自分です。そして、本当の自分になったあかつきには、本当の自分かどうかを何とも思っていない自分になります。

とにかく今という時に起きている現実を本気で生きて、今感じること、思うことを本気で噛みしめて認識して、本気で楽しみ笑い、悲しみ泣きます。

そんな自分には本当も何もなく、全てが真実であり真意です。

ただ、起きていることを現実として認識して、目の前にあることを大切にして、手元にあることを大切にして、生きていることを感じる。

それは、呼吸を吸って吐いている自分がどう思って、感じて、想うかの真実を知ることかもしれません。

自分がわからない、自分の気持ちがわからないと思う際に、気楽になる内容であれば幸いです。変人の戯言ですので、何か心に引っ掛かることがあれば、何かの参考にしてみてください。

それでは、良いときを過ごしてください。最後までありがとうございました。

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