スピリチュアル

【第六感がある】勘が鋭い人の秘める力は現実主義者の象徴

「なんでこの人わかるんだ?!」

予想・予測できない情報不足の中、勘で切り抜ける人がいます。

勘が鋭い人。

「かん…はて?」と勘とは何ともわかりにくいものですので、ここでは勘が鋭い人、第六感がある人の紐解きをお伝えします。

スピリチュアルなチャクラの概念が含まれますが、勘や第六感とは霊性だけではなく認識のさまでもありますので、誰しもが持っている感覚の一つです。

  • なぜ勘が鋭いの?
  • 勘が鋭い人の特徴とは?
  • 勘や第六感のスピリチュアルな理解とは?
  • 勘を鋭くする方法は?

勘があっても認識しているか否かに、勘が鋭い人と鈍い人の違いが表れますので、勘とは何かを知っていただき、勘を磨く一助となれば幸いです。

勘と第六感の言語化をお楽しみください。

勘が鋭い人

勘(第六感)が鋭い人とは一体?

勘とは第六感に紐づく人間の知覚と考えられます。

誰しもが持っているものであり、勘や第六感を磨くか否かにて鋭さが変わります。

勘が鋭い人とは、勘(第六感)を磨いてきた人です。

 

勘を磨く人は見えない感受からの情報量が多い

勘は目には見えず、“感じ”があります。

“感じ”を認識するためには材料が必要となり、身体の感受機能によって情報を集めます。

感受する情報量が多く、自覚できていればいるほどに情報認知が増え、勘や第六感の材料が増えていきます。

この材料集めが上手な人が勘が鋭い人
というのがここでお伝えしたい考え方です。

 

勘が鋭い人は感受性や敏感性によって勘や第六感の材料を集める

勘が鋭い人の特徴には感受性と敏感性の高さがあります。

五感である光、音、におい、味、自と他の区分け(触覚)を感じ、喜怒哀楽の感情を感じやすく、敏感に感受することで自然と情報量が多く、勘や第六感の材料を集めます。

あとは材料を基に、「なんとなく、違う」「こんな気がする、違う」「きっとそう、違う」の選択を判断します。

判断できることは自らの感受への信頼や疑いのなさを表し、認めて受け入れている状態です。

勘が鋭い人は自らの感受を疑いません。

 

なぜ勘が鋭いの?

勘が鋭い人もいれば鈍い人もいます。

両者の違いは、勘や第六感となる“感じ”の材料の多少、勘を磨いているか否かの有無があります。

  • 勘が鋭い人は勘の材料集めとなる感受と、感受に対する認識の自覚や正確性があり、勘を磨く経験や判断の積み重ねがある
  • 勘が鈍い人は感受が低い、または感受に対する自覚や正確性が乏しく、勘を磨く経験がない

わかりやすくなればと思うので極端にお伝えすると、「私は勘がいい、第六感がある」と嘘偽りなく自覚している人は勘が鋭いです。

勘は誰しもが持てるものですが、勘の材料集めは自分でしかできないので、その量を増やすか否か、量を減らさない在り方をするか否かによって、日々の生活にて自然と勘を磨けるのが、勘がいいと自覚している人です。

「自分をどのように使用して、認識して、感受機能の在り方を作っているか?」の自覚如何で勘が鋭くなります。

 

勘が鋭くなるのは現実を現実として捉えるから

勘が鋭い人に最も顕著に表れる在り方が、現実を現実とすることです。

当たり前のことかもしれませんが、当たり前が当たり前にならないのが醍醐味かと思いますので、現実を誤魔化し、偽り、曲げ、隠し、変形させるのが世の常です。

感覚を感じても、感情を感じても、それらの認識を自らが誠実に正直に向き合うかどうかは本人次第です。

「これは感じたくない、知りたくない、認めたくない」となれば、私達人間には思考がありますので、いくらでも思うことで現実は変えられます。

現実として捉えることは、他ではなく自分自身が認識する現実を認め、受け入れる意味です。

拒否せず、誤魔化さず、嘘をつかず、逃げず、それはそれ、あれはあれ、これはこれ。

自分自身と向き合っているさまを表します。

例として、山ごもりのハンターは自らの感受に徹底的にのめり込みます。命がかかっているため、自分にとっての現実に一切邪魔をしない集中状態を作ります。

自らの認知を疑わない現実の受け入れにて勘や第六感が鋭くなり、使わないと退化します。

 

勘を鋭くするための日々の経験磨きをする

自らに向き合って現実に抵抗を作らないさまは、五感や感情、他からの影響による感受、肉体と脳と心が感じるものを認めます。

拒否せずに認めることで情報が多くなり、五感や感情以外の勘や第六感の材料認知が増えます。

あとは材料を如何に磨いて、判断するかが残り。ここに経験による勘磨きがあります。

まるで歯を磨くことと同じです。

如何に現実を現実にするかのさまは、物事や自分自身を自然にする状態を意味し、自分の感受に抵抗を作らない生活によって磨かれていきます。

ここで表れるのが感受性と敏感性の高さ、本質を見抜く洞察力と透視力です。

 

感覚・感情・洞察・透視・直観・ひらめきの自覚が勘や第六感を磨く

感受性にて感覚と感情を。

敏感性にて感覚と感情と観察を。

洞察力にて観察と気づきと本質理解を。

透視力にて真実の見極めと現実をそのままにする認識を。

直観にて信頼と真理の探究を。

ひらめきにて自己理解と創造性の育みを。

これらがあればあるほどに勘や第六感が磨かれます。

あとは、勘を判断する自分がいれば完了です。

 

勘を磨いたら自分を信頼する心

仕上げは磨いた勘を判断して使用する、内から外へ出すのみです。

内側で集まり磨かれている勘は、自らが判断することで外へ出し、表現や使用となります。

「○○さんって勘が鋭いよね」と言われる本番が目の前です。

勘があっても自らの“感じ”を信じず疑えば、判断されるのは却下です。

「こんな気がする」という感じには観察から洞察があり、透視から現実があり、感覚感受だけではなくあらゆる自分にとっての知性と理論が既に組み込まれています。

「こんな気がする」と感じても、「証拠も何もないからな」となってしまうと、自らを信じる以上に他からの評価・判断、他の情報に基づいた他律を優先します。

勘や第六感は自分にとっての感覚も感性も知性も理性もあるため、なんとなくの何かがあればそれが現実です。

どれほど自らを信じるかには自信が関わり、自らを敬う自尊が関わります。

自尊とは心、愛を意味します。自らを愛する人は自らの認識に疑いの概念はなく、信じるも信じないもない絶対的な信頼があります。

心がとても重要です。心によって勘が鋭い人の完成です。

※虫の知らせを知る人は勘が鋭い詳細は、虫に好かれる人は心の使い手│寄られる役回りを担うスピリチュアル をどうぞ。

 

勘が鋭い人の特徴8選

これまで内容のまとめと共に、特徴を順番にご覧ください。

1,感受性と敏感性が高い

感覚や感情に敏感であり感受能力が高い特徴。HSPやエンパス気質の人が多い傾向です。

感受性の高さによって波動認知も高く、他の感情や状態の把握にも長けています。
※波動とは万物が有する状態から発される振動エネルギー

 

2,鼻が利く

「におい」という空気感、前触れ、企み、心の動き、次元など、物事の嗅ぎ分けができ、少ない情報から真実に辿り着く認識力を持ちます。

変化に気づく能力や察知能力とも言えるものです。

 

3,洞察力が高い

勘が鋭い人は何と言っても洞察力があります。

物事の本質を見抜き、見通す力があり、人の嘘や情動の把握が得意です。

人によっては相手を見透かす透視能力も持ちます。

 

4,感性と情緒豊か

自らの見方、感じ方、考え方、想い方と、自分なりに認識の仕方があります。

自分の五感と感情を使用し、さらに心を使用するために情緒のある人です。

 

5,知性と理性がある

感受だけではないのが勘が鋭い人の特徴です。

感性や感受を大切にしながらも、知性と理性の頭を使用します。

理性があるために自分なりの見方である感性を使用し、自論やこだわりを持つのが特徴的です。

 

6,感覚と感情の感受に絶対的な信頼

自らの感受認識への一切の疑いのなさがあり、受け入れます。

自らに誠実で正直に向き合う特徴です。

 

7,誤魔化さない

出来事や自らの在り方を誤魔化さず、自分に嘘をつかない特徴です。

嘘はつけるのですが嘘をつくと大きな違和感と心地悪さがあり、自らの心を穢すために苦しくなります。

このさまが顕著であり、生活環境や状況によって嘘をついて自分を誤魔化さなければならない場合、自分を喪失するほどの大きな損傷を作ります。

 

8,現実を現実にする

真理としての常識者を意味する特徴です。

現実とは愛であり、心を主体にするさまを表します。

誤魔化しも疑いも通用しない心を持ち、自らを敬い尊重し、自らの感性と知性と理性にて現実を現実として認識します。

自らを認めて受け入れるさまを表し、自分を喜ばすことを敬います。

以上が、勘が鋭い人の特徴でした。

※鼻が利く人のスピリチュアルは、【鼻がいいのはなぜ?】匂いに敏感な人の特徴にスピリチュアル をご覧ください。

 

勘(第六感)が鋭い人のスピリチュアル

勘(第六感)のスピリチュアル

勘は自らの認識と向き合い、使用して責任(自らの行動と思考の自覚)を持つ在り方。誰しもが勘も第六感も持ち、在り方と磨く経験の違いにて鋭いか鈍いかが変わります。

ここにスピリチュアルな概念は関与しませんが、直観やひらめきが加わるとスピリチュアルが関わります。

第六チャクラの開きによって直観やひらめきを認識しやすくなるために、勘が鋭くなります。

 

第六チャクラ(第三の眼)が開くと勘が鋭くなる

第六チャクラは、「目には見えないものを見る力」を象徴し、第三の眼を表します。

感覚や感情、脳や本質、直観やひらめき。チャクラが開くことでこれらの認知が広がり、勘や第六感の材料集めが容易になります。

勝手に開くものではないため、上述の“勘が鋭い人の特徴”にあるようなさまの育みによって開いていきます。

特に感性と知性のバランスが大切になり、スピリチュアルな理解を含めると感覚や感性だけが勘の鋭さではなく、知性や理性が重要であることがわかります。

※スピリチュアルの意味は、【スピリチュアルとは一体なに?】簡単に言うと意識。深掘りすると宇宙。をどうぞ。

 

勘を鋭くする方法

第六チャクラを開くと、勘と第六感を鋭くする基盤ができます。

チャクラを開くには自覚が大きなポイントになります。

自らを自らが認め、どれほど認識できているか。自覚であるために意識的に認識する大切さがあり、無自覚で潜在意識が把握しているのではなく、顕在的に把握している状態です。

自覚には自らとの向き合いと、感受・認知・知覚への疑いのなさである、自分の受け入れがあります。

自らを拒否せず抵抗を作らないさまは、現実を現実にする意味となり、固定観念や物事への固執・執着を手放し、起きたことを起きたままに、そのままをそのままに見れるようにします。

第六チャクラが開くことで、自覚を増やす経験によって日々勘が鋭くなり、さらに直観やひらめきがもたらされ、より勘として確たる疑いようのない材料が増えます。

 

スピリチュアルな勘はスケールが大きくなる

直観やひらめきが加わる勘は、「こんな気がする」のスケールが個人レベルから全体へ広がり、「なんとなく」の感覚から確たる“感じ”になります。

直観とは本質を見抜き、真理へ繋がる道の開きです。

ひらめきとは創造性であり、自らの能力と才能を顕在意識から潜在意識、または超意識と言われるワンネスの繋がりにて広げるものです。

二つが加わる勘は、チャクラの開きと、現実を現実のままに認識できる人間性の向上によって、予言にもなります。

「あ、今日は雨降りそうだよ」と晴れている時に言っていた勘。

「きっと11月14日に結婚するよ」というものに。

仕舞いには他者のことに対して勘を伝えられる人にもなります。

 

他者に伝える勘はスピリチュアル能力となる

他者への伝えは自らの認識領域から他へ向かうため、潜在意識から他者の潜在意識に繋がるか、超意識にて全体と繋がる状態です。

勘が鋭ければ鋭いほど自らの感受はさることながら、自分という存在の認識、現実をそのままにするさま、自分から全体への意識変容、精神向上が伴っているさまがあります。

第六チャクラは霊性の高まりと高次エネルギーの繋がり、感性と理性のバランス(右脳と左脳の連動)があり、人間性の高まりによって他者に伝える勘の鋭さが向上し、スピリチュアル能力の一つとなります。

予言、占い(一部)です。

チャクラの考え方では、これらの能力を持って他者に伝える場合には、洞察や透視にて本質を見通す人間性があり、感覚だけでなく知性や理性(理論や仕組みや法則)を持ち、思考と感覚と心のバランスを持って現実を現実として捉えられる人だとわかります。

 

勘や第六感が鋭い人 まとめ

勘や第六感は誰しもが持っている“感じ”だと知っていただければと思います。

私達は「目」という気管に頼る時間が多いと思います。目では光を感じていますが、目を思考代わりに使用することが多いと、過去の記憶や知識との照合が主体となり、実際に目の前にある光を感じていなかったりします。

このように“感じ”とは曖昧にも思えてしまうかもしれません。

勘が鋭い人は全く別の捉え方をします。

常に光を感じ、においを感じ、音を感じ、味を感じ、肌感触を感じます。一人一人に得意な五感感受があり、目を使用せずに耳、耳ではなく鼻、鼻ではなく口、口ではなく肌の人もいます。

目で見るだけでもとてつもなく多くの情報取得があり、認識のどこまでを自覚できているかが勘の材料認知の量を変えます。

この感じる状態に自らの知性と理性を加え、バランスをとります。

勘が鋭い人は例外なく頭の使い方を知っています。社会的なIQの良し悪しとは別ですが、自分の中での社会性を構築し、自らにとってのIQを自分の世界で作ることができる人です。

勘や第六感の理解が深まると、何が勘の材料かが体感にてわかるようになります。

これまた“感じ”ですので実際に体感してみないとわかりませんが、体感すると明確にわかります。

「あ、結構常に感じてたかも」とそんなことに気づかれると思います。

勘とは物事の本質を捉える現実を阻害しないさまにてもたらされます。

現実を現実にするためには心が必ず関わります。誤魔化さず、偽らず、そのままに現実を流すことは、現実主義の本質が表れます。

何が現実か。現実は脳だけでは成り立ちません。現実を現実にした時、そこには現実主義者が常にいます。

それを現実を創ると言うのかもしれません。

そんな勘が鋭い人。勘や第六感の理解に繋がる一助となれば幸いです。

それでは、嘘や誤魔化しのなかった時代の人は誰しも勘が鋭かっただろうなというお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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