心理

【島の隠れ作用】頭でわかっていても行動できないのは病気ではなく心理

「行動は言葉よりも強い」

かのゴータマ・ブッダは、客観性と合理性とバランスを重んじたそうです。

行動によって自らの求めるものを手に入れ、成長し、自分にとってのゴールへ近付く。

誰しも行動によって道を歩みますが、頭でわかっていても行動できない時があります。

一体どうしてなのか気になるところです。

答えは意外に近くにあるかもしれません。

私事ですが、最近八丈島に一週間ほど滞在しており、島の作用(効果)によって行動できなくなる訳があると知りました。

島暮らしジャパンだからこその、頭でわかっていても行動できない仕組みを紐解きます。

  • 病気かもしれないと心配がある
  • どうして行動できないのか知りたい

日本人ならではの行動抑止には環境からの心理(メンタル)影響がありますので、問題解決と行動飛躍のご参考になれば幸いです。

それでは、島の作用を深掘りです!

頭でわかっていても行動できないのは病気?

「頭でわかっていても行動できない」の真意

昇進したければ、
結婚したければ、
お金が欲しければ、
この場を克服すれば、
人気者になりたければ、

行動して自分を変え、鍛え、能力を高め、才能を磨き、成長すれば‥‥。

悩みの解決、問題対処、価値観の変化、自己解決能力の向上など、あらゆる不利益は行動によって対処改善解決し、利益に変えられます。

しかし、わかっていても不安が煽り、恐怖心が現れ、やる気が出ず、めんどくさくなり、行動できなくなる。

いざ行動しても三日坊主でダイエットが終わる、なんてこともあると思います。

頭ではわかっていても行動できない時、ストレスやうつ、やる気や動機の欠如、抑圧による行動抑止、自己喪失に自分の意思がない、障害や病気などが考えられ、人それぞれに原因と理由があります。

何が該当するかさまざまですが、誰しもに該当する明確な原因があるかもしれません

「頭でわかっていると思うから行動できない」

 

頭でわかっていれば行動に躊躇がない

「頭でわかっている」という言葉、少し気になります。

私達は一人一人に個と共同体があるため、実際に自ら経験してみたり、心が賛同する智慧の理解がないと、「わかる、知る」に至りません

スペイン語の教科書知識があっても、現地で通用するかどうかは別問題と同じです。

あらゆる情報が氾濫する社会、グローバル環境、AI化。

情報化社会では実際にわかっているかどうか以上に、わかったと思う気持ちが先行しやすく、さらに教科書や社会性という正当正義の概念があると、「私はわかっていない」と思う方が難しくなる。そんなトリックが潜みます。

他からの外部情報は社会性の基盤になりますが、一人一人個がある私達人間にとって、「自分として理解した」にはなりにくいです。

自分としてわかっていれば、ご飯を食べたいと理解しているから食べるように、何も考えずとも躊躇がないので既に行動しているかもしれません。

頭でわかっていると思うパターン
  1. 自分としての理解ではない
  2. 全体の客観的理解ではない
  3. 自分と全体のバランスを見た把握ではない
  4. わかったと思うことに疑問視がない

これらは全て、「自分にとっての正しい目線で理解していない」を意味します。

「わかっている」と思うことが自然になる心理が潜みます。

 

病気ではなく心理(メンタル)の癖

うつやストレス過多、体調不良に栄養不足、自己抑圧に精神アンバランス、障害やメンタル弊害など、さまざまな要因がある中で着目したいのがこちら。

心理的な癖

ポイントは、「囚われ」です。

外部や自分自身による囚われ(縛り)があると、頭でわかっていても行動できない状態になりやすく、病気に繋がる可能性もあります。

不納得や不満足など自分らしくいられない状況であれば、ストレスによる囚われが起き、睡眠や体調管理の質が悪化し、生活習慣が崩れていきます。

「こうしなければ、ああするべきだ」という思考や価値観に囚われると、栄養バランスが崩れ、人間関係や自分との向き合いに傾きが起き、筋トレは右腕だけモッコリ的に。

「損害回避や思考優位、内向性傾向によって行動する前にあれこれ考える」と自らの性質に囚われると、性質を尊重した上でバランスを図るための別分野の育みが欠けます。

私が行動できない時は、「この仕事を完成させるぞ!」と目の前の目的のみに囚われ、目的の次の目的(全体の客観視)がないと次への動き出しが一切できず意気消沈、やる気がなくなります。

実体験や自分にとっての理解がなくても、「これが私だ、こういう存在だ」と存在認知の囚われによって、「わかっている」と思いやすくなります。

心理的な囚われはストレスを溜め、自己喪失しやすく、精神疾患やうつ、病気にも繋がります。

行動できない紐解きの核は、心理的に囚われる癖だと考えます。

※行動できる人の特徴は、【行動力がすごい人のある力】特徴と共通点に行動力の秘訣 をご覧ください。

 

頭でわかっていても行動できない心理

島国の行動できない原理

「囚われ」にフォーカスする訳は、私が八丈島という東京都南下の島へ行った時の気づきによります。

友人が移住していたため、訪ねて一週間の島国体験をしました。

家と車を自由に使わせてもらい、友人界隈の人々と関わりながら、友人の育てた野菜や現地でとれる魚を食し、海を泳ぎ山に登り、火を焚いて動物と戯れ、夕陽を眺め夜空にミルキーウェイを見る美しい日々。

友人は、「いつまででも居ていいよ」と言ってくれたのですが、6日目に突如感じた危機感がありました。

「このまま居ると気づかぬ内にこの土地に根を張り、動けなくなる!ハッ」

「気づけば足の裏から根がピロピロしており、八丈の大地に釘打ち状態だ!ハッ」

目が見開き脳内に閃光が走り、「もう出よう!」と思い立ち、翌々日には飛行機に乗って高飛びビューンでした。

島国の生活はとても心地良く、初めは刺激で癒しに変わり、私の心は海に沈むように落ち着いていました。

まるでユラ~と浮かぶように気持ちよく、癒される生活、なんて素敵な場所なんだ。

「仕事もできるし、ここはいいなぁ~」と思った時に気づいたのは、行動できないトラップでした。

自分の認識できる範囲が狭くなればなるほど、居場所が一つに固定されやすく、自覚なく根を張り始め、心地良さによって安泰を求め、変わることが難しい状況になっていく。

島は私にとって素敵な場所でありながら、制限環境(場所、人、行動etc)。

滞在が長期化すれば無意識に目的がシンプルになっていき、生活を築きたくなり、生活に余裕ができればできるほど外に出る動機がなくなり、動かなくなると確信するほどでした。

気づいたのは、「このままでは行動しなくなる」という制限認識。

リミットのある環境では無意識に根を張り、安泰を求めやすく、安泰を得た暁には浦島太郎になる可能性アリ。

 

日本は頭でわかっていると思いやすく、行動しなくなりやすい

島の原理は日本に拡大しても同じことが言えると思います。

島国ですので捉える、関わる、知る範囲は限定され、さらに捉えたい、関わりたい、知りたい欲求も枠が決まり、自然と認識が狭くなります

経済成長による生活の安定、社会基盤による困らない環境は、認識を広げる欲求、生存への意志、自らを競わせる、高める動機を見出しにくくなるのが自然。

特に安泰によるそれなりに生活できる状態は、行動できなくなる環境そのものです。

さらに社会性、グローバル化と文明発達により、実際に経験がなくても情報が入り、「これはこういうものだ、男はモテたいものだ、女は買い物好きだ、だってこんな情報がある」などの無数の規定ルールがインプットされます。

自分にとっての目的でなくても、「社会人になれば働く、お金を貰える企業で、安定が約束された場所で」が目的に思えてくるように、わかっていなくても頭でわかった気持ちになります。

「私の食事は1日15食だよ」
「土日は芋と豆しか食わない」
「マンションの屋上は逆立ちするためだけの場所」
「お金稼ぎで仕事はしない、その分楽しくなければ直ぐやめる」
「バーベキューでバーベキューしないのが一番楽しいね」

認識が制限されると、一人一人自分の理解や考えがあったことを忘れやすくなります。

私達がわかっていることはあまりなく、わかるのは自分のことくらい

自分の経験と、心を開いて聞き入れられる智慧や真理ぐらいだったりします。

わかっていれば行動に抵抗がなくなり、無意識にも行動します。

わかっていないと未知による恐怖があり、経験がなければ潜在的に自信ないのが当然ですので、周囲の目が気になって不安が煽られ、ハードルがどんどん上がります。

英語テストの点数がいい人の方が、実際に現地で話せなくなるように。

島国であり日本であるからこそ、頭でわかっていると思いやすく、行動しなくなりやすいです。

 

閉鎖環境による心理的癖

行動できない考え方の中核となるのが、“閉鎖環境”。

囚われが強調されます。

島によって場所場所の往来がしにくくなるので、閉鎖的になりやすいのは自然ですが、島でなく大陸だとしても原理は同じ。

キーワードは閉鎖です。

例えば、私の住む田園風景の広がる田舎は、昔から一切変わりません。

閉鎖的で内気、オープンマインドがなく、時代の流れや情報を受け入れず現状維持、安泰願望、受動的な在り方にもなります。

環境を狭めると地域から町、村、土地、そして家になり、人間関係の囚われもあります

親子、夫婦、親戚、友達、同僚などの囚われは、支配、私物化、思い込みが典型的です。

私物化による心の囚われを初め、観念と価値観を植え付け、意志と意思を抑圧する縛りにもなります。

「家族がいるから仕事を辞められない」など人それぞれの囚われがあり、他からの縛りが多ければ多いほど、自らの縛り(思い込みと決め付け)が多ければ多いほど、閉鎖環境が鉄格子のように強固になります。

私達人間には生体恒常性機能(ホメオスタシス)があり、身を護るためにも一定の状態を維持し、無意識に恒常化と不変を図ろうとすることが知られています。

潜在意識は継続したものを癖にして、無意識に行動しないことが当たり前になり、「頭ではこうしたいのにいざ動こうとしてもできない、直ぐにやめてしまう」とホメオスタシスによる保持機能が働きます。

その場合、「こうしたい」と思っても頭の奥深くでは、「それはしたくない」と思う体系ができています

例えば、嫌々仕事をし続けると、嫌な気持ちになるのが当たり前になり、潜在的に心身は現状維持を図り、知らぬ間に行動できなくなる。そんなイメージです。

心理的に思考や心が囚われると閉鎖メンタルによる癖が付き、頭でわかっていても行動できない思考と行動のギャップ、いわゆる自己コントロールがしにくくなります。

閉鎖環境による囚われは、「変わりたいのに変われない」になり、自己内部でのジレンマと憤りのストレス原因にもなります。

※行動できないがために変われない詳細は、【潜在意識】変わりたいのに変われない体験にてわかった大前提 をご覧ください。

 

行動できない時は自己理解ファースト

独立して生きる基盤があれば、鎖国して独自の文化を維持、保持する方向にシフトしやすくなります。

自国愛や独自性があればあるほど、行動しなくても維持と継承を貫く共同体の重要性が見出され、個以上に全体としての生き方になります。

しかし、情報が四方八方から入ってくる今の時代、どうしても他からの影響を受けて、これまで通りを貫くのが困難になります。

「では実際に変えよう」と思っても起きるのは不安と恐怖、囚われによる周囲の目、経験がないための自信のなさ、閉鎖環境による安泰維持、ホメオスタシスによる恒常化

ジレンマです。

といっても、私達は定住タイプもいれば、ノマドタイプもおり、行動の解釈が異なります。

動き続けるだけが行動ではありませんので、同じ場所に留まってするべきこと、自らの使命やいきがいを全うする大切さを持つ人もいます。

八丈島はとにかく素敵な場所でしたが、移住に適応するのは根を張り、その場その土地で自らのするべき行動を理解できる人だと思いました。

私の現状は根を張る心理ではないので、「これはいかん、良いとこすぎる!ファンファン」と警鐘が鳴りました。

留まっても動いても、どちらも必要なのは目的です。

「なんのために行動する?」の答えは、他ではなく自分の心のみが知っています。

世間体や常識、他からの意見や情報ではなく、唯一無二の自分の答えを知り、見出せるか。

行動できない時は心理であり、自己理解が最も大切です。

 

頭でわかっていても行動できないのは病気ではなく心理 まとめ

今回は島特有の雰囲気や環境にある、根張り作用のお話でした。

根を張る準備ができていれば最高の環境であり、空を羽ばたく準備ができていれば危険な環境でもある浦島。

どっぷり浸かるには自分の意思が必要です。

島人であり、自然との関わりが深い国では、環境からもたらされる心理精神影響が大きくあります。

現状は、「サムライドコイッタ?フシギナクニネ」的なところもありますが、独自の文化が強いので自然と閉鎖的にもなります。

閉鎖にはメリットもありますがデメリットもあり、共同体として一人一人の個を重んじ調和し合う意識がなければ、デメリットは増えていきます。

メリットに変えるためにも情報との関わり方、自らの確立が宿命となるお国柄かもしれません。

どんな環境でもさまざまな制約と制限があり、誰しも多少にかかわらず囚われているのが人間です。

一切皆苦。

「この世の一切は苦しみである」とインドのゴータマ・ブッダが思想を残しています。

囚われの中で如何に縛りをなくすかに人生の醍醐味と遊びがあり、自己理解を深めると実は行動による変化作りは簡単にできると気づきます。

行動できない在り方には心理的な囚われの可能性がありますので、一つの考え方としてご参考になれば幸いです。

自己理解の大切さを重んじる方に、下記心理講座をおすすめいたしますので、ご自身のための機会にされてください。

それでは最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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