人生哲学

「生きるために働くのはおかしい?」辛い原因は別にある日本のお話

働き尽くして自分がいなくなり、「何で働いてんだ?」とふと思う夕方。

「生きるためなのか?」
「そもそも何のために生きているんだ?働くためなの?」

どうしても日本という島国では価値観が変わりにくく、ネットやグローバル社会によって外からの情報だけは頻繁に入り、現実と理想のギャップが著しく巨大化します。

心と頭の不調和は物事の意味をうやむやにし、いつの間にか社会や会社に飲み込まれ、いいように使われ、違和感や憤りが出てきます。

「生きるために働くなんておかしいよ」

実際のところ、どうなのでしょうか?

ここでは、生きるために働くのがおかしい訳ではなく、根本に別の原因が潜む。そんなお話を見ていかれてください。

  • 生きるために働くのはおかしいの?
  • 本当におかしいのは一体何?
  • 働くのが辛い時に大切な考え方とは?

これらを紐解き、「おかしいのは働く動機ではなく、生きる動機なんだ」と知っていただく内容となっております。

不満足や不納得の原因根底には人間の基盤が見えますので、自己理解を深める一つの考え方となれば幸いです。

生きるために働くのはおかしいか否か

生きるために働く、働くために生きるのはおかしくない

生きるために働くだけでなく、働くために生きるのもおかしくない。そんな考え方から入ります。

日本社会の在り方や、企業が従業員を利用して奴隷化を進める主義、辛いのに精神修行のように勤務し続けるさま、そうしなければ生きていけない強迫観念。

残業の多さに、仮面を被ったブラック実態、声を上げても聞き入れられない憤り、人間関係の気持ち悪さに、業務とは関係のないメンタル相撲の持ち込み、一切信頼できない上司と部下、自分のことしか考えていない利用し合いの従属関係‥‥。

あげればきりがないほど、日本の働く仕組みや、企業の在り方には疑問や憤りが多いかもしれません。

にもかかわらず、おかしくないとお伝えしたいのには意図があります

生きるために働いても、働くために生きても、どちらにしろ生きる上で「働くこと」は重要な利益取得方法であり、人生の主たる使い方になる理由があります。

 

生きるために働く、働くために生きる

「働く」とは、目的を得るために身体や知能を使う行為や作用です。

働くことでお金を得ると同時に、社会への所属意識(孤独対処や安心感取得)、生きている時間の使用手段、人間関係の育み、肉体脳機能の発達・退化防止となります。

「働きたくない!」と会社を辞めて解放されても、社会に所属していないと存在そのものや、生きている意味を見失い兼ねませんので、社会への所属意識は特に大きな利益です。

人それぞれに働く意味はさまざまですので、「働く=好きなことをする」なんて人もいると思いますが、好きなことをしているかどうかは関係なく、働くことの利益はとにかく多いです。

「働く=会社に従事して目的を果たす活動」を主体にした、ストレス社会で人間関係に揉まれながら、やりたくないことをさせられ、満員電車を使って否応がなしに仕事へ向かう状態であっても、利益は膨大です。

しかし、利益以上に肉体や精神疲労が増すと、不調和や違和感を感じます

自分次第では対処できない不利益が多くなると、「日本の働く仕組みや価値観は変、働かないと、お金がないと生きていけない世の中は嫌だ、働けば働くほど自分がいなくなる環境は怖い、なんかおかしい」と思えます。

嫌なことを我慢して、働くために生きている。働かなければならない強迫観念に駆られます。

逃れたくても逃れられない恐怖心、何かに追われているネガティブ優位、違和感が拭えない、一体何なのか。

「おかしい」と思う根底には、働くことへの違和感ではなく、生きることへの違和感があるかもしれません。

 

「死なないために働く」状態

働くことの利益は見えずらくても本当にたくさんあります。

しかし、並列的に不利益が多くなると起きるのが、自分という存在の不明確です。

働き過ぎ、ストレス、ルール縛り、制約に抑圧の多さ、意味のない仕事をさせられる不毛、無駄の多い会社の仕組み、日本にしかない独特過ぎる謎の価値観、理解不能を我慢して強いられることの多さ。

あらゆる抵抗材料の積み重ねによって不利益が増えると、認めたくない自分になっていき、存在認知に対する欲求がなくなっていきます。

喜んで働いている自分であれば、「これが私、最高!」となりそうですが、辛くて悲しくて怒っている自分であれば、「これは私ではない」となる。

認めたくない自分が働いていると、利益を得るためではなく、不利益を得ないために働くようになります。

いつの間にか自分のために働くのではなく、他のために働く状態にシフトします

他のために働く状態とは、このような具合です。

他のために働く状態例
  1. 失敗しないようにビクビクする
  2. 怒られないように周りを見て気を使う
  3. ルールに従い、言われたことをするように努める
  4. 仕事をちゃんとしていると思われるように他からの評価を気にする
  5. 恥ずかしい思いをせず、周囲から冷たい目線を送られないように我慢する
  6. プライドを崩さず、称賛される肩書きをなくさないように頑張る
  7. 辞めたいが過去の自分を否定してしまう気がして続ける
  8. 次を探すことへの不安などがあり、継続して働く
  9. 将来に希望が持てない社会が頭から離れない

この心理状態は、生きるために働く、働くために生きるのではなく、不利益を得ないために働く、すなわち恐怖心を味わわないために働くさまです。

極端に言うと、死ぬのが怖いから働く状態

死なないために働くことが目的になると、働くこと自体がおかしくなります。

※日本で真面目が損する詳細は、【日本的真面目さの落とし穴】真面目な人ほど損をして報われない仕組み をどうぞ。

 

おかしいのは生きるために働くのではなく、死なないために働くこと

「死ぬのが怖い」は重点ではありません。

「死ぬのが怖いから生きる」が着目です

生きることに目的がない可能性があります。

目的など必要ありません。しかし、生きている意味をなんとなくでも把握しないと、日本の社会ではあらゆることで不利益が多くなると考えられます。

これは、「ジェットコースターに乗るのが怖い」と思うか否かに似ています。

ジェットコースターという、叫びの発散をしても誰にも咎められない状況では、存分にストレス発散など解放を促して楽しめます。

「イエーサイコー!怖いってサイコー!」

しかし、怖いと思う場合は目を閉じて現実を見なかったり、万に一つの可能性である機械故障による災難空想を信仰したりします。

ジェットコースターに乗る目的がわかっていない状態です

働くことに置き換えると、生きる目的や意味がわかっていない場合、死なない苦しまないため、路頭に迷うであろうことが起きないため、恥ずかしい思いをしないためなど、他を主体に働くことが増えて不利益が多くなります。

ここでお伝えしたいのは、着目は働くこと以上に、生きることに対する考え

生きる目的がないと、生きるために生きるのではなく、死なないために生きるようになり、死なないために働くことでの不具合が出始めます。

「人生を生きたい」ではなく、「死にたくない」という不利益回避、逃避スタンスになっている可能性があります

※働かないと生きていけないおかしさは、「働かないと生きていけない」をおかしいと思う大切さ。inインド をどうぞ。

 

喜ぶ動機ではなく、悲しまない動機を持つ

日本の働くさまを見ると、私が会社員の時もそうでしたが、喜びを見出すために働く以上に、悲しみを見出さないために働く人は多いかもしれません。

自分にとっての利益以上に、不利益回避が優先になると、嫌いな仕事であってもそつなくこれとなく働きます。

精神美徳による従順性があると、会社に迷惑をかけず、周囲から疎外せず、嫌なことを我慢し、知らぬ間の精神修行が起きます。

失敗せず、恥をかかず、不安をあおらず、恐怖を感じず、評価を落とさず、無用ないざこざに巻き込まれず、気を使い、周囲を配慮して、ディフェンス意識、ルールは何か、レールはどこか。

不安優位の心理状態です。

この根底にあると考えられるのが、日本社会の在り方です。

先行きの見えない経済、お金をぱぁっと使えない不安社会、自己投資に重きを置かない価値観、多様化の情報過多による頭の先行、心が付いていかずに感情抑圧、中身が希薄化する日本、自らを認められない国家心理。

信念が弱まり、核がブレ、中身がなくなると起きるのが、「作れない」ことです

クリエイティビティではなく、一番初めの精神基盤である、自分で自分に喜びを作る思考・行動がなくなり、知らぬ間に不安が基盤に鎮座します。

これが、生きるために働くのではなく、死なないために働く状態です。

死なないために働くと辛くなり、人生の大半の時間を費やす仕事で喜びを作れなくなる社会や自らの在り方が、違和感やおかしいと思える点になる、という考え方です。

※働くのが嫌いな人の利点は、【労働が嫌いな人の特徴と教科書】現代社会の気楽な生き方が載っている をどうぞ。

 

生きるために働くのが辛い時に知りたいこと

生きるために働く、働くために生きるのは大切

仕事とは楽しくもつまらないものでもありますが、目的が明確になると利益認知が増え、見えずらかった利益がわかりやすくなります。

生きるために働く大切さを実感できる最たる例が、自給自足です。

自ら野菜を育て、インフラを整えるために考え、自然との繋がりや有難みを重んじ、現実を見る力を見出しながら、必要に応じて周囲と調和する術を作る生き方。

全ての行為は自分が生きるための活動になり、何もない状態から作る生き方は、身近に死があるために物事を真剣に捉え、勇気を持って自分に喜びを作り与える源を蘇らせます

このように自らに喜びを与える生き方は、仕事が会社のためでもなんでも、働く動機が喜び作りになり、「生きたいから生きる」という気力ある目的や意味になります。

生きる目的や意味とはわかりにくいかもしれませんが、何か大それたものである必要はありません。

しかし、おそらく日本で生きる目的や意味を実感している人は少数です。

死生観には宗教など大きな存在や、過去の継承による観念や価値観の影響が強くあり、日本にはその重んじがかなり少ないと思います。

そのため、社会で生きながら自然と培へないのが日本の特徴の一つです。

ですが安心してください。

私達人間は自らの欲求を満たすことを優先する性質があるので、喜びに楽しみ、愛に敬い、感謝に共感、満足に納得など、利益取得を目的にすると、死なないために働くという目的不明確はなくなります。

喜び作りを主体に生きるため、または喜びを作るために、働くことは活用的で重要な行為です。

※働く楽しみ方は、仕事が楽しいなんておかしいと思える大切さ【楽しむ方法は一つ】をどうぞ。

 

生きるために働くのが辛い時のポイント

社会が不安優位になると、企業や資本主義の在り方はネガティブに偏り、そこに従事する人々の、「自分の喜びを作るために働く」という価値観が見えずらくなります。

自分の喜びのために働くことを善としない社会や企業の在り方が発生します。

自分の喜びのためなんて、なんだか自分勝手なような

日本のスタイルですので、このように思えるかもしれません。

多様化を喜び、外からの情報を得るのは大切なグローバル化だと思いますが、実際に吸収して理解できているか否かは全く別の話であり、頭が追い付いても心が追い付かないと自己内部にギャップを作り、自分がわからなくなります。

ヨーロッパや北アメリカ(USA,カナダ)のように、多種多様に混血した人々の共存社会で多様化は必須だと思いますが、日本にそれが適応するかどうかは別問題。

日本には日本の根強い文化や価値観があるので、現実的には少しずつ取り組むような形態だと思います。

もし突然のルール押し付けでこれまでの物がパッとなくなると、一気に中身がなくなります。

それが明治時代に急速に起き始めたことかもしれません。

物事には利点があれば汚点もあります。

社会そのものが生きることに目的や意味を見出さず、喜び作りを善としない場合、嫌々でも不利益回避のために働かなければならず、働かないと生きていけない強迫観念が作られやすくなります。

これまで頑張って働いた自分を否定したくないので、現状のルールを重宝し、不変を貫きたくなるかもしれません。

重要なのは、社会がどうこう、情報過多でどうこうと考える以上に、「自分はどうして働いているか、どうして生きたいか」を理解、または考える機会を設けているか否かです。

辛い場合には目的や意味がなくなっている可能性があります

着目は自分。喜びを欲するのか、悲しみを嫌がるのか。

もちろん悲しみを嫌がってもいいんです。それを自覚して目的にしているか否かがポイントです。

自己理解はあればあるほど働くのも生きるのも楽になります。

楽になればなるほど、辛い時の経験が何よりも重要なことに気づけます。

「何のために働いているのでしょうか?どうして生きているのでしょうか?」

「辛さを今の内に味わっておきたい、頃合いを見て喜び作りにシフトする演出、それは人生の監督遊び」なんていいかもしれませんね。

「ビールをおいしくするため~」もいいですね。

※うがい代わりに、【不真面目に生きる大切さを教える国】ふざけた人生は最高だった をどうぞ。

 

生きるために働くのはおかしくない まとめ

生きるためではなく、死なないために働くと不利益が増え、違和感や不調和が蓄積していきます。

喜び作りにフォーカスして働くと、生きるために働くのも、働くために生きるのも共に重要な人生の楽しみ方になります。

人生とは暇つぶしみたいなものだと思います。

目的や意味は深く考えるものではなく、どちらかというと直感的で感覚的なもの。とっても気楽なものが答えだったりします。

もちろん考えて見出すものも、宗教観念による真理も重要です。

しかし、従う場合は見極めが必要。人間の本質は作ることです。

多様化によるグローバルな情報も大切ですが、私達は日本人です。

人間を作る多くの材料は過去にあると考えます。

DNAに遺伝子、日本の歴史、両親の観念、生まれてから今日までの自分の過去、出来事、経験測に基づき、今の自分が構成されます。

時間の概念を跨ぎ、マンモスにむしゃむしゃ食い付いていた時の影響もあるかもしれません。

「私の腸は動物性脂を消化・分解できない、とすると祖先はマンモス食べても下痢してたのかも」

と、私のことはどうでもいいですが、重要なのは働く動機であり、意志の見出しだと思います。

意志とは自らに喜びを与える覚悟であり勇気。

生きるために働くのは本当に重要であり、人生という暇つぶしを喜びにする最たる方法。働かないのも楽しいアクセントになります。

物事は考え方次第でいくらでも陰陽が変わり、幸不幸も変えられます。そこにあるのは自らの作り出しであり、情報は自ら考えるための参考程度が良い塩梅です。

ここでの内容も一つの考え方としてお役立ちできれば幸いです。

それでは、生きるために働くのはおかしい訳ではないお話を終了します。

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

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POSTED COMMENT

  1. ゆうた より:

    ひゃー嬉しい
    お察し通りでびっくりです😂
    「」そのまま最近意識していることです。

    言語能力高いと思ったことないけど、嬉しい。
    コメント見た後の1時間くらい仕事中微笑んでましたよ😂

    電脳コイル見てたんですね!
    感想も北斗さんらしくて、聞けて良かった^^

    今月仕事辞めるんです。
    旅が近くになる程、目的探したり、何がしたいかわからんふりしたり、困ったふりしながら
    まさに本気になれず他任せですが、もーそのまんま困っても泣いても悩んでも行ってきます。😂

    怖さから逃げない事は現実を見せてくれますね^^

  2. ゆうた より:

    北斗さんお久しぶりにブログ見にきました
    相変わらず一つ一つの物事について丁寧で内省上手、言葉上手!
    いつも危うく、自分もそう!これ!と引っ付けてしまいそうです😂

    小さい時は目的は考える間もなく当たり前に自分の中にあったような気がします。
    今はというと、反対されたり、まじめに相手の意見を聞いたり、怖いこと想像して曲げたりしているうちに
    自と他が一緒になってつぎはぎでふくらんでしまったブヨブヨのどれがなんだったのか、どれ自分の意見だったのかわからなくなった感じです😂

    あり方で自も他も調和させていくこともできるんですが、まーーぼちぼち。😂

    自分はブヨブヨから、他と距離をとって自を確立しながら少しずつ他を自に、自を他にしている感じです。
    意思とか目的がキーになってます。

    なんか自分を作ってる感じがして、不安優位になる最近ですが、文にしてみるとなんかいい感じ。😂

    それと、北斗さんやったらどうみるのかなぁって思って、さっき見終わったアニメがありまして。
    アニメとかこういう話好きかわからないけど、もしいい感じな気がしたら〜と思って送ります。違法転載やけど⭐︎
    https://youtu.be/_4xv4VKh2l4

    • 北斗 より:

      ゆうたさん、記事を読まれ始めた時とは、全く変わりましたね。
      勝手ながら、「自分のできることから向き合っているのだなぁ」とわかる、意義ある強さの向上かとお察しします。

      あと、お気づきのように文を書くといいと思いますよ。
      これも勝手ながら、言語能力(特にスピーキング)が高いと思うので、文にするとより利点・汚点などを含めて自分の理解が深まります。

      アニメは磯光雄さんのですね。電脳コイルが好きで、よく観ていました。
      Netflixにあるので観てみます、教えてくれてありがとうございます。

      ちょっと観ただけで、「面白いなぁ~」って感じですね。
      作品の基盤にエゴがないのが好きで、個人を尊重している人柄がよくわかります。

      大概の作品は先が読めてしまうけど、磯さんのような方は、「先を読む」の概念を取っ払ってくれる、綺麗さがあって、かつ飲み込まない。
      こちらのエゴすらも消してくれる、素晴らしいですね。
      いい感じがします、ありがとうございます。

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