エッセイ

実は波動を高めている行動『さりげない幸せの理由』

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最近なんだかいい気分。

運気の上りには大きな前触れがあり、タイミングがあり、ここぞとばかりに波に乗る感覚があります。

そんなわかりやすいものとは別に、そこはかとなくプラス事が起き、毎日を心地よく過ごせるエネルギー状態。

おみくじ引いたら中吉、的なものがあります。

そこには、見えにくいながらも波動を高める行動が潜んでいます。

そんな行動は気づくのもあれば気づきにくい無意識のもありますので、在り方を見える化するために深掘りしていきます。

  • 波動を高めるさりげない行動を知りたい
  • 毎日が心地よくなるエネルギー状態を知りたい

『ささやかな幸せ作りは自分でしているよ』

そんな自分の在り方に着目した内容。

幸せな人には相応の行動がありますので、波動を高めるためにも一つの考え方としてご参考になれば幸いです。

実は波動を高めている行動11選

なんでも
なんでも
ささやかな幸せ作りになっていながら気づきにくい行動、特にお伝えしたいものを見ていきます。

実は波動を高めている行動➀:自分から折れる

自分から折れることは勝ち負けや比較、他人利用する執着の世界から抜け出ている状態や、抜け出る気があるさまを表します。

「なんでわからないの、服が汚れるからここに置かないでよ!」

「なな、なんだよその言い方は!ちょっと間違っただけじゃないか!」となれば同じエネルギー。

「ごめんね、次は間違えないように気を付けるよ」

自分から謝り、その場を収める意志であり、物事を正否で捉えない柔軟な見方。

その場の自力解決、調和図り、相手の尊重、なにより相手を理解している、または理解しようとしている在り方はエネルギーが高くなります。

※ちなみに、「はいはいわかったよ」「あなたが言った通りです(早く終わってよ)」という呆れや投げやり感があると波動は低くなります。

 

実は波動を高めている行動②:関わる人の選別

明確な選別にて冷たく突き放す、そんな若年期は喧嘩もいざこざも人間関係は大変かもしれません。

波動が低い行為に思えるかもしれませんが、本質的にいい想いを味わうための辛い前座であり、苦痛の先に宝物があるという摂理です。

波動が高い人の場合、人を突き放つのは真に人間関係を見つめることが目的。

関わるからには誠実に、親身に対話でき、意見を言い合い、時に批判もし合える大切な存在として認める。

そんな選別の決行に揺るぎない意志があればあるほど、年々起きるのは独りの時間を愛しながら、時に大切な人との関わりも愛する。

年齢経過と共にこれまでの冷たくした行為は、孤独の時間を守り、他者との調和を作る、そんな自立と責任ある人間となる軌跡。

孤独と調和を共に重んじる人の波動はとても高いです。

 

実は波動を高めている行動③:「初めまして」

いくつになっても波動が高い人は『初』が多いです。

会ったことのない人と会う、やったことのないことをやる、行ったことないお店に行く。

こういった初対面、初体験、挑戦といった「初めまして」

初顔合わせの緊張、初体験の不安など、ネガティブな状況を乗り越える瞬間であり、迷いの先の先へ向かう行動があります。

お店で言うと、新しいお客さんが常にやって来る、新しいポスティング、新しい家具の配置、デザイン変化などが起き続けている所は波動高し。

※ちなみに、従業員はこういった流動や変化を作る担い手であるため、働く人がコロコロと新しくなり続ける場所はエネルギーは高めたくても高まらなくなります。

 

実は波動を高めている行動④:文句、愚痴、悪口を言われる

一般的に胸糞ざわめく邪の大好物ですが、これを言う側ではなく言われる側のエネルギーが高いです。

といっても条件があり、文句、愚痴、悪口に飲まれずに受け止められればです。

例えば、コールセンターでクレーム処理をしている人には、とんでもなく波動が高い人、とんでもなく低い人が両方います。

両者の違いは受け止められたかどうか、自分の力として活かせているかどうかです。

文句や愚痴や悪口には邪念と悪気、哀れさと愚かさが含まれるのでとても波動が低いもの。

そういった低い負のエネルギーは自分を守る力、防御力を高め、精神基盤になる軸や芯作りに欠かせない材料です。

自ら生んだ負のエネルギーは自己付属物なので飲まれやすいですが、他人からの負のエネルギーは他人の付属物であるために飲まれない制御や対応が可能です。

それができる人は拒否せず受け止められた暁に急激に精神を熟し、安定的なブレない波動の高まりを体得します。

※補足もありまして、現状は受け止められずとも、やり返すのではなく耐え忍ぶことができれば、後々受け止められる時に吸収して昇華し、自分を育む力になります。

言われた経験はどれだけ時間が経とうが、波動も精神性も人間力も高める大切な材料です。

 

実は波動を高めている行動⑤:辛い経験を忘れていく

忘れていく、思い出さなくなる、思い出しても笑えるなどの状態です。

辛い経験や記憶への執着が手放されていき、留まる念や後悔が薄れている証。

脳の衰えにて忘れて、ふとした時に思い出し、「クソ!許せない!あんなことがあったんだ!」と再沸するのは全く別物です。

記憶は魂に刻まれているため無自覚の領域では忘れることはありません。

そのため、この世で忘れるというのは記憶の薄れだけでなく執着の薄れ。

ギュッと掴んで離さなかった漆黒の念が空に舞っていくように、辛い経験は精神の骨組みとなり、許す気持ちは魂を輝かせます。

 

実は波動を高めている行動⑥:何もしない

何もしない時間を味わえる人は波動を高めます。

「何してるの?」と思えるおじいちゃんのたそがれ時。

「何の意味があるの?」と思える水たまりで遊ぶ虫の観察。

「何かいるの?」と思える空を見上げて空気を味わう毎朝。

ふとした習慣、何もしない無の時間はエネルギーを真理に近付けます。

穏やかな気分、刺激は少なく感受は溢れ、幸せも悲しみもなく共にあるような、本当はここに現実など存在していないという世界。

座布団を重ねて座ってみる、そういった遊びではなく。

目を瞑って空気を吸い込んで…何もしない、「あれ、空気吸って何かしてたんだっけ?」「ふ、知らないな」「ま、なんでもいいさ」という無、時空の“間”。

宇宙にいます。

 

実は波動を高めている行動⑦:ふざける

ふざけている人は基本的にずっと波動が高いです。

ここで言う“ふざける”とはいたずら心や遊び心のあるさまでして、頭以上に心を中点にした状態です。

ルールに縛られず物事を楽しむ世界観、創作意欲や想像力の豊かさがあり、思ったことを実際に具現化する行動をします。

友達と家で夜ご飯、「そこの席に座って待ってて」と言われて座ろうとしたら、「小さなキン肉マンが座ってる…」

「はいおまたせ~」と持ってきたシチューは料理サンプル、食べる所をウキウキしながら見ているあの人。

「コーヒー飲む?」と持ってきたマグカップに小さなアヒルが浮かんでいる、「お風呂か!」と一人でツッコんでいるあの人。

元々波動が高いだけでなく、さらに高め続けている無為なさま、大人子供です。

 

実は波動を高めている行動⑧:時間に使われない

死んだ時間を味わうことが少ない、生きた時間の味わいが多い人。

時間に使われず、時間を使います。

「時間がない」「もうこんな時間、なんてこった」「時間を奪われた」と思わない。

「もうこんな時間だ、はは」「私が今日何するか決める」「突然だけど旅しよう!」と自ら意思を持って扱うさまが見られます。

時間が消費したという概念がなく、時間経過にネガティブな認識がないため、年を重ねることに喜びを感じます。

「制限」の中ではなく、「無限」の中で生きる鍵を持っている人です。

 

実は波動を高めている行動⑨:違和感優先

これは元々持っている波動が高い人の場合。

違和感をキャッチして、「は!ここにいてはダメだ!これは観てはならない!離れよう!」と行動する人は波動を低くする要因を自力で回避します。

悪口ばかり言っている毒ガス漂う空間にいたら、「はう!逃げねば、タタタ」と退散。

「スー、あぁここは空気が美味しいな」と自分を守りながら、喜ばせる環境に多く携わることができます。

集団で話している仲良しグループ、嫌な雰囲気はないけれども近くにいると、「なんか胸が締め付けられる、苦しくなる」

違和感をキャッチしても、「ま、気のせいか」「ま、いいか」と流す、または無意識に流して留まることが一般的には多いと思います。

波動を高くしている人は、「は!違和感!なんかわからないけど違和感は答え!タタタ」なんて具合に即決、即行動が目立つ特徴です。

 

実は波動を高めている行動⑩:マイペース

自律・意思決定・自己選択があるさまは内面からエネルギーを高めます。

自分の在り方を重んじ貫く力がある人であり、周囲に流され何も考えずに従う、自己圧迫が少ない。

周りを気にせずボケーとしていると思いきや、自分のやり方で仕事をチャチャっと終わらせている。

「これからちょっとランニングしてきます、モグモグ」と走る前にホットドッグを食べているあの人。

マイペースな人は自分としての“個性化”を持つ人。

周囲からの抑圧や強要、社会従順といった呪縛は何も考えなくなった瞬間を逃さず漬け込むので、知らぬ間に起きていたりしますが、マイペースはその隙間を与えないため、波動を低くする要因を吹き飛ばす在り方にもなっています。

 

実は波動を高めている行動⑪:ささやかな気持ち

「あ、今日は晴れてる、フワァ」

「今日のご飯はごぼうか、香りが好きなんだよなぁ」

「なんか風がいつもより冷たくて、草の香りが混ざってる」

小さな感覚をキャッチし、一歩留まり、なんか嬉しい気分。

些細な感覚でも流さずに見つめ、そこから“ささやかな気持ち”を味わう人は波動を高めています。

「はぁ、チュンチュンと鳥がやってるな、落ち着く」

見逃しそうな小さい感覚をキャッチすると、人々の周りに妖精が隠れながら飛んでいるのが見えるように、日常には豊かさがたくさんあることに気づきます。

小さな胞子が無数に連なり、純度の高い濃縮された美しいエネルギーになっていきます。

以上が、実はやっている行動でした。

 

波動を高めている人の共通点

本質的なエネルギーの高め

なんでも
なんでも
波動が高い人と言えばポジティブで快活、行動しまくる起業家、なんてイメージがあるかもしれません。

それは物理行動としてエネルギーが高いので、怒れば一時的ですがエネルギーが高まるのと似ており、筋トレと同じでそれをやめたら急速に低くなる仕組みがあります。

中吉的に波動が高い人のエネルギーは本質的に高く、外面以上に人間質としての内面の濃さがあります。

「量より質」のお手本であり、年齢層が上がるほどこういったエネルギーを持つ人は多いです。

無意識に行っているものがあれば癖のようになり、気づけば波動が高いというなんとも有難いお話し。

本人は無意識であることが多いと思いますが、そんな人には共通点として明確にしていることがあります。

自力の活動が多い

自力で守り、努め、動き、考え、感じ、作り、解消し、改善し、見つめる。

自分のチカラ。

森の中、静かな空間、空気が綺麗で自然と落ち着く身体、美しい蝶と鳥のさえずりが同化する意識はトロンと穏やかな周波数帯になり、四方5mには蚊帳を全面に張り、蚊にさされる心配も虫が脚に乗ってくる恐れもない。

一方、ガヤガヤとうるさい満員電車の中で静かに座って目を瞑り、集中。気づけば周囲に人がいることを忘れている。

どちらも共に大切なことですが、外部影響を含めて得るものと内面から生み出すものとでは、エネルギーの“質”が別物です。

『自力』の圧倒的な違いがあります。

そして不思議なお話しですが、自力が多いほどに努力や工夫や時間の費やしにあまり自覚がありません。

「え、そんなスゴイことなの?そんな大げさな、アハハ」

一方で、環境作りなど外部影響を多く準備するほど自助努力の自覚が多く、「私はこれだけやっている」「こんなに頑張っているのに」といった自負、期待、欠乏、渇望が起きやすい。

自力で実現している人ほど無意識、癖のような行動になっており、波動を低くする在り方をしなくなります。

あとは目標や目的を達成できるほど波動は高まっていく。

低くならず高くなる、かつ無意識の行動継続。

もはや最強メソッドと言えるかもしれないそれは、自らの在り方、行動、対処、改善、工夫といったあらゆる積み重ねがあり、明確なまでの努力があります。

こういう人は苦戦しながらも一人でこなしていくプロセスがあり、年々開花していくタイプ。

一見華やかに見えず、あまり目立ちたくない、けれども内面の輝きは隠せておらず、見る人が見たら一瞬でわかる、そんな素敵な人です。

 

【根本の在り方】

なんでも
なんでも
無意識に幸せ作りをできる人には、見逃せない最重要ポイントがあります。

例えば、食事の一口一口を噛み締めて味わう時。

サーモンの刺身を食べ、感受を重んじ、味わいを楽しみ、もういない、透明。

笑顔の残像が微かに残る物理世界の傍ら、本人は意識の世界で濃密で多彩なクリオネワールドを堪能している。

それを自然にやるまでにいたった軌跡は、他者にはわかり得ないほどの見えない行動と改善の繰り返し、大いなる努力があります。

しなければならない慣習に縛られず、水やりは活き活きする花との繋がり感受、落ち葉の掃き掃除に意義があり、自ら使う生きた時間があります。

自分の在り方を貫き、マイペースを持ち、自分のできることを自分の範囲内でするさまがあります。

そこには波動を無意識に高めている根本的な在り方が見えます。

今の自分が完璧だと知っている

「これが私」

「この私が最高」

「これがベストでありパーフェストなの」

自己否定のしようがない、絶対的肯定、そして受け入れ。

良い悪いなく、これ以上も以下もなく、ただただ「これが私だ」と知っている。

こういう自覚や認めがある人こそ、時間に縛られず、無駄を楽しみ、自分をいじめず、できることを一生懸命行い、今ここを生きます。

出かけるのは出かけたいからであり、その時間を感じて生きるため。

カフェに行くのは楽しい行事であり、お店の雰囲気、店員さんとのやり取り、ちょっとした会話、コーヒーの味、椅子の座り心地、隣のお客さんに感じるもの、机の艶や可愛らしさ、一つ一つを噛み締め、堪能します。

ささやかな幸せを感じながら、既に入店前よりエネルギー高めという循環サイクル。

知らぬ間にしているけれども気づきにくい、そんな実はしている行動。

さりげない幸せ作りがそこにある、というお話しでした。

 

最後に:実は波動を高めている人の行動

エネルギーの高めは意識の高め。

さまざまな見方があり、高め方は多様にあると思います。

そんな中でも無意識の癖のような行動は、本質的であり内面から生み出す美しい光の研磨です。

ただ、それをするに至る過程にはあらゆる実行動の積み重ねが、これでもかというほどギュッとしています。

本人も初めは自覚があったと思いますが、あまりに続けた研磨はその内自然行為となり、自覚がなくなる努力となっている。

毎日バットを振る、毎日サンドバッグを叩く人のような、それを日常の『生きる』行為に置き換えて実践している人であり、生きるとは、時間とは、幸せとは何かを考えさせてくれる存在かと思います。

ささやかなものほど、それを美しく感受するのはとても難しいです。

しかし、その感受には愛があり、マイペースには自己の尊重があり、今のこの私が完璧であるという絶対的受容があります。

それはもう宇宙の在り方。

私たちは誰しも今この瞬間が完璧です。

それを信じ、知る人は現状を肯定し、受け入れます。

変えたい部分があるなら、この完璧さに何かを追加するか、何かを手放すかする。

追加するなら努力する、手放すなら内面を知る。

そこには常に自力が礎としてあります。

自力があるからこそ感受の重んじがあり、マイペースがあり、完璧だと認められる。

無意識でもなんでも努力、本当の意味で努力してきた人は、そのことを自らが知っています。

そこにあるのは大それた行動ではなく、本人にとってのささやかな幸せ作り。

そんな考え方が一つのご参考になれば幸いです。

ありがとうございました。

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